浄土宗と浄土真宗の違い 教えて。 【浄土教と浄土宗の違い】簡単にわかりやすく解説!!それぞれの意味や共通点について

法然と親鸞は師弟関係|浄土宗と浄土真宗の決定的な違い

浄土宗と浄土真宗の違い 教えて

そういった意味では、浄土真宗も浄土宗の一派である。 とは言うものの、親鸞には開宗の意志はなく、実質的な開祖は彼の曽孫(ひ孫)・覚如(かくにょ)である。 なお、浄土真宗は「真宗」とも言うことがあり、かつては「 一向宗(いっこうしゅう)」「 門徒宗(もんとしゅう)」とも呼ばれていた。 主な教え 浄土宗の教えといえば、 専修念仏(せんじゅねんぶつ)である。 専修念仏とは、ただひたすら「南無阿弥陀仏」と念仏を唱えることをいう。 浄土宗では、これ以外の修業は一切必要ないとしている。 他方で浄土真宗の教えといえば、 絶対他力(ぜったいたりき)の思想である。 絶対他力とは、すべてを阿弥陀如来に任せることをいう。 浄土宗は念仏という 行いを重んじている一方、浄土真宗では阿弥陀如来への 信心を重んじていると言える。 また浄土真宗では、開宗当初から 肉食妻帯(にくじきさいたい)を認めていたのも特徴である。 今でこそ僧侶であっても肉を食べ、結婚することができる。 しかし、これが許可されたのは明治5年(1872)のことであり、それ以前は浄土真宗と修験道(しゅげんどう)くらいでしか認められていなかった。 葬儀について 葬儀への考え方 両者の葬儀における大きな違いは、授戒・引導の儀式の有無である。 そもそも浄土真宗では、人は死と同時に阿弥陀如来によって極楽浄土へと導かれる(往生即成仏)と考えられている。 よって葬儀において、死者の成仏を願う必要はないため、 授戒(仏門に入る者に戒律を授けること)・ 引導(死者が悟りを開けるよう、法語を唱えること) の儀式は行われない。 葬儀はあくまでも、故人の徳を偲ぶために行われるものとされているのである。 他方で浄土宗の葬儀では、 授戒・引導の儀式が行われる。 焼香のマナー 浄土宗の葬儀においては、焼香は 基本的に3回(地域や寺院によって異なる場合あり)とされている。 親指・人差し指・中指の3本の指で香をつまみ、その手を仰向けにする。 そしてもう片方の手を下から添え、 額に押しいただいてから香炉にくべる。 他方で浄土真宗の焼香の仕方は、内部の宗派(代表的なのは「本願寺派」「大谷派」、他にも「高田派」「興正派」「佛光寺派」などいくつかの宗派がある)によって異なっている。 まず本願寺派ではつまんだ香は 額に押しいただかず、そのまま1回だけ香炉にくべる。 また大谷派でもつまんだ香は 額に押しいただかず、そのまま2回香炉にくべる。 ただし、こちらも地域によっては異なるため、気になる場合はあらかじめ確認しておくことが望ましい。

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浄土宗と浄土真宗の違い

浄土宗と浄土真宗の違い 教えて

法然上人は、浄土宗を完成され、どんな人間でも、念仏を信じ唱えれば、 生きながら仏の子としての生涯を送り、、死後、阿弥陀仏に導かれ浄土に転生し、 成仏の道を歩めると教えてくださいました、 法然上人の弟子の親鸞上人は、「人が念仏を信じ唱えるのは、自分の力ではなく、 阿弥陀仏の光という絶対他力に導かれ救われたので、念仏を唱えようと思ったときは、既に 死後の成仏を阿弥陀仏に約束され救われているのだ。 だから、念仏とは ・阿弥陀仏様、私を救ってください ではなく ・阿弥陀仏様、私を救ってくださり、ありがとう、永遠に阿弥陀仏様と共に歩んでいきます。 という感謝報恩として唱えるのだ。 それが、法然上人が、教えてくれた真の浄土宗 だ」と 浄土真宗を開かれました。 Q 私の家では、ご法事の際に、ごえいか(御詠歌)と言うものをします。 お葬式やご法事の有った日の夕方、御詠歌をされているオバさん達に家に来て頂いて、チリーン、チリーンと、金剛鈴を鳴らして、 「なぁーーーーむーーーかーーぁーーんーーーーぜーーぇーおーーーんーーーーんーーー」 と言う感じの、非常に長い歌(?)をしんみりと仏前に揚げます。 今年の9月の初彼岸に、親類が集まり、今年の春の葬式のお話になりましたが、 「同じ宗派だけどやらない、初めてこの前の葬式で聞いた。 どうしてやるのかな?」 「お寺で供養したのだから、やらなくても良いんじゃない?」 「めずらしな、お前の家代々の名物だ(隣街の親類)」 と言う方が居られました。 曹洞宗です。 よろしくお願いします。 私の家では、ご法事の際に、ごえいか(御詠歌)と言うものをします。 お葬式やご法事の有った日の夕方、御詠歌をされているオバさん達に家に来て頂いて、チリーン、チリーンと、金剛鈴を鳴らして、 「なぁーーーーむーーーかーーぁーーんーーーーぜーーぇーおーーーんーーーーんーーー」 と言う感じの、非常に長い歌(?)をしんみりと仏前に揚げます。 今年の9月の初彼岸に、親類が集まり、今年の春の葬式のお話になりましたが、 「同じ宗派だけどやらない、初めてこの前の葬式で聞いた。 どうしてやるの... A ベストアンサー 真言宗の僧籍のものです。 まず「御詠歌」とは基本として五・七・五・七・七の短歌形式です。 また御詠歌とよく混同される「和讃」は七・五調の長歌で、両者共に一定の節をつけて唱え上げられ、仏の功徳や教え、寺院の霊験などを詠んだ仏教賛歌です。 奈良・平安期頃から「釈教歌」という、仏教的内容の短歌・長歌・今様が見られ、特に中世から近世にかけて西国三十三観音霊場への巡礼が盛んになるにつれ、各札所寺院の霊験を称えた歌が詠み上げることが盛んに行われるようになり、それが全国各地に広まり御詠歌へと発展しました。 このように自然発生的に生まれて御詠歌ですが、明治以降には真言・天台・浄土・曹洞などの各宗派で独自の流儀・作法を形成させ(曹洞宗の梅花流・高野山真言宗の金剛流・浄土宗の吉水流)、またその宗派独自の御詠歌・和讃も新たに作られ、現在の形へと発展しました。 さて霊場寺院に参拝した際のみだけでなく、死者への追善供養として御詠歌を唱えるのは、死者に成り代わり各霊場に参拝する、いうなればバーチャル巡礼でもありますが、その作法には地域独自の風習があるにせよ功徳のあることですから、年忌法会や盆・彼岸、さらには日々の仏事でもお唱えされるのは良いことだと思います。 宗派によって御詠歌・和讃の唱える節や作法が異なりますから、この縁を大切にして菩提寺にご相談されてはいかがでしょうか。 真言宗の僧籍のものです。 まず「御詠歌」とは基本として五・七・五・七・七の短歌形式です。 また御詠歌とよく混同される「和讃」は七・五調の長歌で、両者共に一定の節をつけて唱え上げられ、仏の功徳や教え、寺院の霊験などを詠んだ仏教賛歌です。 奈良・平安期頃から「釈教歌」という、仏教的内容の短歌・長歌・今様が見られ、特に中世から近世にかけて西国三十三観音霊場への巡礼が盛んになるにつれ、各札所寺院の霊験を称えた歌が詠み上げることが盛んに行われるようになり、それが全国各地に広まり御... A ベストアンサー 幾つかの意見があるかと思いますが・・・ 自分は浄土宗で以前仏壇仏具店に勤務していたので解る範囲でお話しします。 お寺さんの指導がなければ特に宗派の違いはありません。 ご住職も「出来る範囲で」と仰っておられるので。 初盆ですので祭壇でお飾りをされると良いでしょう。 ご葬儀の際に使った祭壇で結構ですし、なければ仏壇店などで購入できます。 私が述べるよりも以下のURLにて詳しく説明されていますので参考になさって下さい。 daikokudo. nogami-butsudan. youtube. 動画の13仏の掛け軸はなくても構いません。 出来ればお花は同じ柄の花瓶を一対でお飾りして下さい 祭壇の両サイド 御供え物はお母様の好きな物を供えて戴いて結構ですが 季節柄虫が寄ってきますので生もの・果物等は気を付けて下さい。 7月・8月でも、初旬にお飾りをして構いません。 お盆にお参りに来られない方が早めに来られる事もありますので 遅くても12日までには飾られて下さい。 キュウリの馬で早くお迎えに行き、ナスの牛でゆっくりお帰りになってもらいましょう。 html お母様のお帰りが待ち遠しいですね。 色々お母様と話されて下さい。 幾つかの意見があるかと思いますが・・・ 自分は浄土宗で以前仏壇仏具店に勤務していたので解る範囲でお話しします。 お寺さんの指導がなければ特に宗派の違いはありません。 ご住職も「出来る範囲で」と仰っておられるので。 初盆ですので祭壇でお飾りをされると良いでしょう。 ご葬儀の際に使った祭壇で結構ですし、なければ仏壇店などで購入できます。 私が述べるよりも以下のURLにて詳しく説明されていますので参考になさって下さい。 daikokudo. nogami-butsudan. Q 先日大切な祖母が亡くなったのですが、お通夜やお葬式の時のお経について興味があり質問させていただきます。 以前、般若心経の現代語訳の本を読んで以来、その意味に感銘を受けすっかり虜になってしまいました。 そこで、祖母のお通夜とお葬式でも読経されるのかな?と思い注意深く聞いていたのですが、お焼香をしたり祖母との思い出を思い出したりしているうちにすっかり忘れてしまいました(笑) 調べてみたところ、般若心経は宗派もあまり関係なくあげられるとありましたので、もしかしたら読まれていたのかもしれないと思ったら気になってしまいました。 我が家は浄土宗なのですが、お通夜やお葬式であげれらるお経は「これ!」という決まったものがあるのでしょうか? 祖母は私にとって大事な存在でしたので、その祖母にどのような言葉が贈られた(?)のだろうかと気になったもので、 般若心経だけでなく、他のお経の意味についてもこれから勉強したいと思い質問させていただきました。 初歩的な質問で申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします。 A ベストアンサー >>我が家は浄土宗なのですが、お通夜やお葬式であげれらるお経は「これ!」という決まったものがあるのでしょうか? ありますよ。 差定(さじょう)といって基本的な作法・よむべきお経は決まっています。 ただ地方や、寺院によって若干違いがあります。 では基本的なものをご紹介します。 ・通夜差定 1、香偈(こうげ) 我が心身を清らかにしたまえと念じ、香をたいて全ての世界時代の仏様に帰依し供養するという意味で、最初に読みます。 2、三宝礼(さんぼうらい) 佛(仏様)・法(仏教)・僧(僧侶を中心とした人々の集まり)という三つの宝を敬い帰依することをたたえる偈文。 3、三奉請(さんぶじょう) 一に阿弥陀さま、二にお釈迦さま、三にその他十方の仏さまがたをお招きする文です。 自分自身が作った罪の全てを仏様の前で懺悔(さんげ)するためにお念仏する前にとなる偈文。 (十念・十回お念仏を声に出して称える。 ) 5、一尊哀愍(いっそんあいみん) 香偈の一種と思っていただければよいかと思います。 6、開経偈(かいきょうげ) なかなかめぐり合えないお釈迦様の教えに人間に生まれてやっと出会えた喜びはなんいにもかえがたい。 というような意味のお経をよむ前に称える偈文。 (焼香) 7、真身観文(しんじんかんもん) 浄土三部経のなかの『観無量寿経』のなかにとかれている、阿弥陀佛の姿を心の中で念じ観るという部分。 8、回向(えこう) 今まで積んだ功徳や善根を亡くなった故人に振り向ける。 9、降魔偈(ごうまげ) 仏教は煩悩を断ずるための教えであって、それは悪魔を切るの剣のようなもので、「南無阿弥陀佛」の念仏はどのような愚かな者であったとしても罪を滅ぼし浄土において煩悩を断ずることができるという、徳をたたえる偈文。 在家のなくなった方に用いる偈文。 (十念) 10、摂益文(しょうやくもん) 『観無量寿経』の「光明徧照(こうみょうへんじょう) 十方世界(じっぽうせかい) 念仏衆生(ねんぶつしゅじょう) 摂取不捨(せっしゅふしゃ)」という文で、阿弥陀仏の光は全ての人に分け隔てなく注がれているが、南無阿弥陀佛と念仏する者は全てを受け入れられ捨てられることはない。 という意味です。 11、念仏一会(ねんぶついちえ) 念仏の数の多少にかかわらずお念仏に出会い、お称えすること。 12、通夜回向(つやえこう) お通夜読経や念仏の功徳を故人に振り向ける。 13、総回向偈(そうえこうげ) 全てのことを振り向けるための偈文。 14、同唱十念(どうしょうじゅうねん) 通夜に出席した人とともに、十回お念仏を称える。 15、総願偈(そうがんげ) 仏教の悟りを志す人たちが誓うべき四弘誓願の意味を表す偈文。 ・葬儀差定 1、四奉請(しぶじょう) 三奉請の一に阿弥陀さま、二にお釈迦さま、三にその他全ての世界の仏に、四つに観音菩薩・勢至菩薩や全ての菩薩お招きする文。 2、懺悔偈 上記通夜4の通りです。 (十念) 3、根本陀羅尼(こんぽんだらに) ノウボウアラタンノウタラヤーヤー ノウマクアリャミターバーヤー タタギャタヤアラカテイ サンミャクサンボダヤ タニャタオンアミリテイ アミリトウドハンベイ アミリタサンバンベイ アミリタギャラベイ アミリタシッデイ アミリタテイセイ アミリタビキランデイ アミリタビキランダギャミネイ アミリタギャギャノウキチキャレイ アミリタドンドビソバレイ サラバアラタサダニエイ サラバキャラマキレイシャキシャヨウギャレイ ソワカ という、阿弥陀佛を讃える言葉をサンスクリット語という古代インド語で読むものです。 4、本誓偈(ほんぜいげ) 真実だ物が立てた本願の要旨は全ての人々を極楽往生させることで、阿弥陀佛の心にかなうためには念仏し速やかに極楽往生し、不退転の位に住すことであるという偈文。 (十念) 5、歎佛偈(たんぶつげ) 『勝鬘経』の一節で、仏の体も智慧も全てすばらしいものであると称賛する偈文。 6、下炬(あご) 導師がたいまつをもって引導を渡すこと。 (十念) 7、開経偈 上記通夜6の通りです。 (焼香) 8、歎佛頌(たんぶつじゅ) 『無量寿経』上に、阿弥陀佛が仏になる前の法蔵菩薩という菩薩であった頃、師匠である世自在王佛を賛嘆した偈文。 9、摂益文 上記通夜10の通りです 10、念仏一会 上記通夜11の通りです。 11、回向 上記通夜12の通りです。 12、総回向偈 上記通夜13の通りです。 13、同唱十念 上記通夜14の通りです。 14総願偈、 上記通夜15の通りです。 ですから、 >>祖母のお通夜とお葬式でも読経されるのかな? とご質問の中にありますが、通夜葬儀ではよまれていません。 浄土宗は基本的に南無阿弥陀佛の念仏を称えて阿弥陀佛の他力によって極楽に往生させてもらうという教えですから、自力修行によって「空」という境地を体得していくための『般若心経』は中心としてよむお経ではありません。 ですから、浄土宗の流れを組む浄土真宗では、『般若心経』は一切よみません。 あくまで、浄土宗でよまれる『般若心経』も補助的な意味で読まれるものです。 浄土宗で中心としてよむお経は「浄土三部経」とよばれる三つのお経です。 それは『無量寿経』『観無量寿経』『阿弥陀経』の三つです。 この三つのお経は、『妙法蓮華経(法華経)』や『般若心経』と並んでメジャーなものですから、現代語訳や解説書はかなり出ていますから書店でも探しやすいものであると思います。 >>祖母は私にとって大事な存在でしたので、その祖母にどのような言葉が贈られた(?)のだろうかと気になったもので、 浄土宗や浄土真宗・時宗と言った浄土教と呼ばれる仏教には、還相回向(げんそうえこう)という考えがあって、亡くなったかたは仏様になっていつでも私たちの隣にいて見守り導こうとしてくださるといいます。 たしかに、通夜葬儀はなくなった方のためであるかもしれません。 けれども、仏教の本当の目的は私たち生きている人間がどのように生きていくかです。 ですから、通夜葬儀のお経はは亡くなった故人が「私たちに向って」送ってくださった「このように生きていきなさい」というメッセージであるかもしれませんよ。 >>般若心経だけでなく、他のお経の意味についてもこれから勉強したいと思い質問させていただきました。 非常にすばらしいことです。 浄土三部経の一つ『阿弥陀経』のなかには「倶会一処(うえいっしょ)」阿弥陀仏の極楽浄土を目指して念仏を称えるものは、今一度極楽浄土で会うことが約束されているという意味です。 ですから、浄土宗の通夜葬儀はさようならする会ではなく、極楽浄土で今一度会う再会の喜ぶを分かちあくことを約束する会なのです。 だからこそ、自分自身がしっかりお念仏を声に出すことで阿弥陀仏とまたは故人と一生懸命生き抜いて後亡くなっと時には極楽浄土に向うことを約束することで、故人も「また会えるのか嬉しいんぁ」と安心して極楽に向うことができるのです。 浄土三部経の中には『般若心経』とはまた違った仏教の味わいが書かれています。 仏教は味わいがいのある宗教であり、味わいがいのある哲学でもあります。 いろいろ興味深いことがたくさん出てくると思います。 長々書き連ねましたが、まとまらない稚文のため文意を読み取っていただきたく思います。 至らないところがあれば、続けて回答させていただきます。 合掌 南無阿弥陀佛 >>我が家は浄土宗なのですが、お通夜やお葬式であげれらるお経は「これ!」という決まったものがあるのでしょうか? ありますよ。 差定(さじょう)といって基本的な作法・よむべきお経は決まっています。 ただ地方や、寺院によって若干違いがあります。 では基本的なものをご紹介します。 ・通夜差定 1、香偈(こうげ) 我が心身を清らかにしたまえと念じ、香をたいて全ての世界時代の仏様に帰依し供養するという意味で、最初に読みます。 2、三宝礼(さんぼうらい) 佛(仏様)・法(仏教)・僧(... A ベストアンサー jun95さん、今日は。 私が調べてみた所では、智慧と行に因って煩悩を断ち切ろう、と教え諭す般若心経に対して、浄土真宗の 教えは、一切の計らいを捨てて、阿弥陀如来の力に任せて、其れに因って救われる、という物だそうです。 従いまして、浄土真宗の人間が般若心経を上げる事は、却って、阿弥陀如来の 力を否定する事に為る為、浄土真宗で般若心経を上げる事は無い、との事です。 もう少し深いお話に為りますと、以下のサイトに詳しい説明が為されてい ましたので、宜しければ、御覧下さい。 2001年12月11日掲載分です。 big. 簡単に説明すると(ちゃんと信心がある人には怒られそうですが) 浄土系というのは「南無阿弥陀仏」さえ唱えていれば救われるというものです。 法華経系にはさらに密教系、禅宗系、日蓮系があります。 この中でも、古参、新興ともに団体が多いのが日蓮系でなんですね。 浄土系に対抗して「妙法蓮華経」さえ唱えていれば救われるという 日蓮大聖人の教えに反しているんじゃないかと思われるものから 儒教と迎合したものまで種々雑多なんですね。 創価学会なんですが、最初は創価教育学会といいまして、 宗教団体ではありませんでした。 それが、道徳教育には宗教が必要だという考えもあって 日蓮正宗へ参加します。 でもって袂を分かつんですが、日蓮正宗方の言い分は 邪流に走ったから破門なんですが、創価学会方の思いは「散々、貢がせておいて いらなくなったらポイっかい」というものです。 なので、創価学会は寺院も坊さんもおらず、葬式も友人葬として学会員で行います。 日蓮正宗が学会を池田教といえば創価学会は正宗を日顕宗と呼んだりしています。 悪く言えば、しいたげられても尽くしてきたのに、必要がなくなったら あっさりとフラれたときの逆恨みとでもいいましょうか、 聖教新聞なんかを見るとあからさまな攻撃記事がありますね。 共通点と言えば、双方とも何か言えば必ず反論してくるところです。 仏壇に仏像がない理由ですが 現在の仏像というのは仏教を広めるために他の宗教の神様が仏に帰依したという 考えのもとできあがったもので、本来、釈迦が説いたものには偶像という概念が ありませんでした。 日蓮大聖人もまた釈迦が説いた仏法への回帰を目指していたため 正統な日蓮系には偶像崇拝はないんですね。 仏教には大きく浄土系と法華経系があります。 簡単に説明すると(ちゃんと信心がある人には怒られそうですが) 浄土系というのは「南無阿弥陀仏」さえ唱えていれば救われるというものです。 法華経系にはさらに密教系、禅宗系、日蓮系があります。 この中でも、古参、新興ともに団体が多いのが日蓮系でなんですね。 浄土系に対抗して「妙法蓮華経」さえ唱えていれば救われるという 日蓮大聖人の教えに反しているんじゃないかと思われるものから 儒教と迎合したものまで種々雑多なんですね。 創価学会な... A ベストアンサー 私は、真宗大谷派に属する門徒です。 まず、お寺さんの呼び方ですが、地域により異なります。 なので、「何も知らなくてお恥ずかしいのですが、どのようにお呼びすれば良いか教えてください」と素直に聞くのが一番良いと思います。 決して失礼なことではありません。 ちなみに私の地方では、ご住職(もしくは住職)と呼んでいます。 また作法・マナーについても、ご住職に聞かれるのが一番だと思います。 細かな点については一度では話しきれないかと思います。 大谷派の場合は「お内仏のお給仕と心得」という入門書が本山(東本願寺)から出版されています。 本願寺派の入門書も西本願寺から出版されています。 ご住職によっては、作法・マナーを伺った時に手渡してくれるかも知れません。 しかし最低限のマナーはあります。 それは寺に行くときは「念珠」を持参することです。 寺に用意されている念珠は、あくまでも忘れた人のためのものです。 念珠の扱いについては、以下の点に注意してください。 ・念珠は、念珠袋に入れていき、カバンやポケットに直接入れない。 ・畳や床の上に念珠を直に置かない。 ・トイレに行くときは、念珠袋にいれてカバンかポケットに入れる。 念珠の形式は、八宗用念珠などの特別な形の念珠は用いません。 「片手念珠」(もしくは「略式念珠」)と呼ばれる念珠が、浄土真宗の正式な念珠です。 (女性の場合に限っては、「八寸門徒」と呼ばれる浄土真宗専用の念珠がありますが、形見としてもらってない限り最初から持つ必要ありません。 ) 浄土真宗で大事な作法は、合掌礼拝・称名念仏です。 尊前で念珠を用いて合掌し、大谷派は「なむあみだぶつ」(「なんまんだぶつ」・「なんまんだぶ」とも称えます)、本願寺派は「なもあみだぶつ」と声に出すのが作法です。 最初は口を動かしているだけのような小さな声で構いません。 (参考までに、適切な声の大きさは自分の耳に聞こえる大きさです。 ) 最後に「教えて!goo」などネットの情報は、浄土真宗の作法やマナーについてかなり間違えて回答されている方が多いので注意してください。 長文になってしまい大変失礼しました。 私は、真宗大谷派に属する門徒です。 まず、お寺さんの呼び方ですが、地域により異なります。 なので、「何も知らなくてお恥ずかしいのですが、どのようにお呼びすれば良いか教えてください」と素直に聞くのが一番良いと思います。 決して失礼なことではありません。 ちなみに私の地方では、ご住職(もしくは住職)と呼んでいます。 また作法・マナーについても、ご住職に聞かれるのが一番だと思います。 細かな点については一度では話しきれないかと思います。 大谷派の場合は「お内仏のお給仕と心得」という入門... Q 四十九日まで、初七日や逮夜以外の日に、家族はどのように供養すればよいか教えてください。 数日前、喪主として母の葬儀を終えました。 (ちなみに父はずいぶん昔に亡くなっています) 今のところわからないまま、家族で毎夜般若心経を3回唱えています。 (般若心経の本がたまたま家にあったので、なんとなく3回です) 宗教は、私自身は信仰はありません。 私の実家(母の婚家)は浄土真宗です。 亡くなった母の実家は真言宗です。 葬儀は音楽葬という形でお坊さんはお願いしませんでした。 引っ越しを期に(浄土真宗)の檀家ではなくなり、仏壇は置いていません。 お盆やお彼岸はお墓参りだけで、自宅で祀ることはしていません。 現在、遺骨はローボードの上で、写真とろうそく立て・線香立て・花入れを並べています。 これもわからないまま、なんとなくです。 (住宅事情で後飾り壇・中陰壇というものを設置できません。 ) 仏壇があった頃は平常、仏飯器と華瓶を仏壇に供えていました。 この時期も同じようにしてもよいのかどうか。 故人の好物などを供えてもよいのかもわかりません。 お参りに来られる方も呼ぶべき人もいませんので、対面を気にする必要はありません。 信仰している宗教はないのだから好きなようにしていいのじゃないかと思いつつ、腑に落ちないまま日が過ぎています。 最初に初七日・逮夜・四十九日といった言葉を使いましたが、法要や、お骨やお墓をどうするかもまだ考えていません。 十分に悲しんで母との別れを納得したいです。 含めて助言をいただけたらと思います。 よろしくお願いします。 四十九日まで、初七日や逮夜以外の日に、家族はどのように供養すればよいか教えてください。 数日前、喪主として母の葬儀を終えました。 (ちなみに父はずいぶん昔に亡くなっています) 今のところわからないまま、家族で毎夜般若心経を3回唱えています。 (般若心経の本がたまたま家にあったので、なんとなく3回です) 宗教は、私自身は信仰はありません。 私の実家(母の婚家)は浄土真宗です。 亡くなった母の実家は真言宗です。 葬儀は音楽葬という形でお坊さんはお願いしませんでした。 引っ越しを期に(浄... A ベストアンサー お母様を亡くされてご愁傷様です。 人間は死んだら物体になるだけと思っていますし、宗教はビジネスだと思っている者です。 そんな人間の意見なので参考まで。 三谷幸喜さんが若くして他界された、俳優の伊藤俊人さんの葬儀で、「人間は2回死にます。 1回は肉体的な死。 そして、もう1回は友人たちがその人のことを語らなくなった時です。 僕たちは君のことを語り続けます」と言う内容の弔電を述べられました。 また、居酒屋で知り合った男性は他界された奥様のことを今でも心から愛していると話されていました。 奥様が他界される1週間前、病床で私は生まれ育った故郷の墓に入りたいと言われたので離婚届を提出され、奥様を故郷の菩提寺に供養されたそうです。 お墓参りには中々、行けないけど、奥様と過ごした写真を部屋中に貼られているそうで毎日、行って来ます、ただいま、と声を掛けられ、、その日の出来事を奥様の写真に話しをされているそうです。 何が言いたいのかと言うと供養の方法等どうでもよいのです。 ただ、悲しみが癒えるまでお母様との思い出に浸り、納得が行ったときにお墓に供養されればいいのです。 そして、たまには故人を思い出すことが大切だと思います。 大体、多くの日本人はクリスマスを祝った1週間後に初詣に行き、春になったらお墓参りしているんです。 質問者様がどうかわかりませんが、そんな宗教にいい加減な人が仏教の供養方法にこだわっても無意味だと思いませんか? お墓は、離婚をされていなければお父様のお墓に供養されればいいです。 ただ、遠くてお参りできないのなら近所に建てるのも良い思います。 質問者様がご結婚されていて息子さんがいらっしゃるのなら、外墓地を探されるのもよいし、未婚、あるいは息子さんがいらっしゃらないのであれば納骨堂での永代供養墓というのもあります。 納骨堂は比較的、費用を安く抑えられると思います。 お墓に納骨する時期ですが、一般的には四十九日前にされる方が多いですが、それを過ぎたらいつ納骨しても同じです。 ただ、永代供養墓の場合、契約期間が、十三回忌までとか三十三回忌までとなっているので手元にお骨を置いて供養する期間が長ければ、お墓の使用期間が短くなります。 納骨堂の場合、使用期間を過ぎると合祀墓に合祀されます。 話が前後しますが、故人を忘れないために、法事を行い、子孫に故人を語り継いでいく、そのことで故人の2度目の死を避ける事ができます。 お母様を亡くされてご愁傷様です。 人間は死んだら物体になるだけと思っていますし、宗教はビジネスだと思っている者です。 そんな人間の意見なので参考まで。 三谷幸喜さんが若くして他界された、俳優の伊藤俊人さんの葬儀で、「人間は2回死にます。 1回は肉体的な死。 そして、もう1回は友人たちがその人のことを語らなくなった時です。 僕たちは君のことを語り続けます」と言う内容の弔電を述べられました。 また、居酒屋で知り合った男性は他界された奥様のことを今でも心から愛していると話されて...

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浄土宗と浄土真宗3つの違い・どっちが助かりやすい?

浄土宗と浄土真宗の違い 教えて

今回「終活ねっと」では浄土宗と浄土真宗に関して以下のような事柄を中心に説明していきます。 浄土宗と浄土真宗の歴史• 浄土宗と浄土真宗のちがいについて 時間がないという方やお急ぎの方も、知りたい情報をピックアップしてお読みいただけます。 ぜひ最後までお読みください。 時代背景 浄土宗と浄土真宗は、平安時代の終わり頃に開かれました。 朝廷では摂関政治が幕を閉じ、院政が行われている時代です。 当時、寺院は土地や僧兵という武力を持っていて、朝廷にも発言できるような強い勢力になっていました。 院政を行っている上皇たちも、自分たちの権力を安定させるため、寺院を後ろ盾にしていたのです。 このように、当時の仏教とは、個々人を救済する宗教ではなく、国家の安定のために存在するものでした。 同じ時期、世の中には武士が台頭し始めて、治安が悪化していました。 庶民の間では「末法思想」という「この世は終わりだ」という考えが広まって、不安感が大きくなっていったのです。 浄土宗と浄土真宗の成立 浄土宗 浄土宗の開祖は、法然上人です。 法然上人は幼い頃より仏教を学び、天台宗の本山、比叡山で厳しい修行に励みました。 若くして勉学に励む法然上人は、周りから注目され期待されますが、自身が望むような真理に出会うことはなかなかできませんでした。 しかしながら、修業の中で出会った『往生要集』を熟読していくうちに、「阿弥陀仏の名をたたえて、念仏を称えれば極楽浄土に往生できる」という教えに感化されます。 そして、1175年、ただ念仏を称えれば誰でも平等に往生できるという、専修念仏の教えを説きました。 こうして、浄土宗が開かれたのです。 今までの仏教では、厳しい修業を行った者や財力や権力を持つ者だけが救われると考えられていました。 このため、「『南無阿弥陀仏』を称えれば誰でも平等に極楽浄土へ往生できる」という浄土宗の教えは、庶民から圧倒的な支持を得て広まっていきました。 日本で最初の、庶民に開かれた仏教の教えとも言えます。 浄土真宗 浄土真宗の開祖は、法然の弟子だった親鸞聖人です。 親鸞聖人が法然上人の教えを否定して、新しい宗派を作ったものだと勘違いされがちですが、実際には、親鸞聖人は法然上人のことを生涯に渡り尊敬しており、自ら新しい宗派を開こうと考えたことはなかったそうです。 法然上人の浄土宗が広まっていく中で、その人気を恐れた既存の宗派や朝廷が法然上人やその弟子たちを弾圧し始めます。 法然上人と弟子たちは各地に流罪になり、その中で弟子同士で法然の教えについて解釈に差異が生じていきました。 親鸞聖人も越後に流罪となったとき、「非僧非俗」という立場を取ります。 これは僧侶のような浮世離れした人間ではなく、今生きている人間に教えを説くというものです。 その一環として、親鸞聖人は越後で結婚をして、子どもにも恵まれました。 浄土真宗では、浄土宗を基礎にしながらも、解釈の異なる部分があります。 絶対他力 浄土宗・浄土真宗のいう「他力」とは、阿弥陀如来の本願力のことです。 浄土宗では、念仏を称えるという行いにより救われるという「他力本願」を説きますが、浄土真宗では、念仏を称えようと思ったときにはすでに救われているという「絶対他力」を説いています。 行いなのか、心なのかという違いがあるのです。 悪人正機説 人には皆悪いところがあるので、悪人ですら救われるという教えです。 肉食妻帯を認める どんな生き物でも、生きるためには殺生をしなければなりません。 また、次世代に子孫を残すためには、結婚することも必要です。 つまり、肉食妻帯はごく自然なことで、それを絶たなければ救われないというのは、逆に不自然だという考えによります。 浄土宗と浄土真宗の具体的な違い 同じく「南無阿弥陀仏」という念仏を称え、極楽浄土への往生を祈る両宗派ですが、違いはどこにあるのでしょうか? お経 両宗派とも、「浄土三部経」を教えのよりどころにしています。 浄土宗では他の宗派でも採用されている「般若心経」も読みますが、浄土真宗では読みません。 般若とは、智慧という意味です。 般若心経を読むことは、人間が仏の智慧を得てその道を進むことを目指しています。 けれども、浄土真宗では「絶対他力」という考えがあるので、人間が智慧を得る必要がないのです。 仏壇 仏壇の飾り方にも違いがあります。 大きく違うのは、ご本尊である阿弥陀如来の姿と掛け軸です。 浄土宗 阿弥陀如来は、舟形の光背のついたものです。 掛け軸は、向かって右側が「善導大師」、向かって左側が「法然上人」です。 浄土真宗 阿弥陀如来は、頭光と光背が付いているものです。 掛け軸は、向かって右側が「親鸞聖人」、向かって左側が「蓮如聖人」です。 まとめ いかがでしたか? 浄土宗と浄土真宗の関係性をご理解いただけましたでしょうか。 どちらも、平安時代から現在まで長く人々を惹き付ける宗派です。 今も昔も、人が往生を願う気持ちは変わらないのでしょうね。 「終活ねっと」では様々な記事を紹介しています。 鎌倉新仏教についても知りたい方は、こちらの「終活ねっと」の記事をご覧ください。

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