モーゼ の 奇跡。 十戒(1957) : 作品情報

モーセ

モーゼ の 奇跡

紀元前15世紀頃、神の選民であるイスラエル民族 (ヘブライ民族)は、エジプトで奴隷として苦役を受けていました。 神との約束と苦役期間である400年が満たされたとき、民族を奴隷から解放し、エジプトから導き出す使命を持った人物モーセが現れます。 モーセはファラオに民族の解放を要求しますが、ファラオは認めませんせん。 それどころか、労役をますます過酷にしました。 エジプトに災いがもたらされるたびに、ファラオは災いを止めることと引き換えに、民族の解放をモーセに約束します。 しかし、モーセたちが災いをおさめると、ファラオは心を頑な (かたくな)にして、約束を守ることはありませんでした。 そして、10番目の「エジプトの長子を皆殺しする災い」により、ついにファラオは屈服し、イスラエル民族を奴隷から解放することを認めました。 このエジプトにもたらされた一連の災いを「十の災い(十災禍)」と呼んでいます。 モーセは3人兄弟(姉弟)の末っ子。 ミリアム(長女)- アロン(長男)- モーセ(次男)。 ちなみに、父はアムラム、母はヨケベド。 なお、第4の「アブの災い」以降は、エジプト人とイスラエル人が区別され、エジプト人だけに災いが下るようになります。 ナイル川の水が血に変わり、魚が死に絶え、水が飲めなくなった。 ナイル川から蛙が次々と這い上がり、エジプトの地面を埋め尽くした。 ブヨが大量発生し、人々や家畜が襲われた。 アブの大群が押し寄せ、エジプト人を襲った。 伝染病が発生し、エジプト人の家畜が次々と倒れた。 すすがエジプト人とその家畜に付き、膿の出る腫れ物になった。 稲妻と雷がとどろき、激しい雹が降り、畑の作物が枯れた。 イナゴが大量発生し、エジプト全土を覆い、作物を荒らした。 エジプト全土が3日間、真っ暗闇になった。 エジプト人のすべての長子が怪死した。 神の命令のとおりに、モーセの指示でアロンがその手に持っていた杖をエジプトの王ファラオの前に投げたとき、それが蛇(へび)になりました。 これを見たファラオは、王室の魔術師を召し寄せて、モーセたちに対抗することを命じます。 魔術師が杖を投げたところ、同じように蛇となりました。 ところが、アロンの蛇はファラオの魔術師の蛇を飲み込んでしまいました。 この魔術争いは、モーセとアロンがファラオに勝利したことになりますが、ファラオはかたくなになり、イスラエル民族の解放をますます拒むようになりました。 Old Testament 主はモーセとアロンに言われた。 「もし、ファラオがあなたたちに向かって、『奇跡を行ってみよ』と求めるならば、あなたはアロンに、『杖を取って、ファラオの前に投げよ』と言うと、杖は蛇になる。 」 モーセとアロンはファラオのもとに行き、主の命じられたとおりに行った。 アロンが自分の杖をファラオとその家臣たちの前に投げると、杖は蛇になった。 そこでファラオも賢者や呪術師を召し出した。 エジプトの魔術師もまた、秘術を用いて同じことを行った。 それぞれ自分の杖を投げると、蛇になったが、アロンの杖は彼らの杖をのみ込んだ。 しかし、ファラオの心はかたくなになり、彼らの言うことを聞かなかった。 主が仰せになったとおりである。

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(2ページ目)モーゼは本当に“海を割った”!? フィクションではなかった、「モーゼの奇跡」!!

モーゼ の 奇跡

ユダヤ教の創始者であるモーゼは神の啓示を受けた預言者として今でも讃えられており、十戒や葦の海の奇跡で有名な人物です。 では、実際のモーゼはどのような生涯を送ったのでしょうか? この記事では、十戒や葦の海の奇跡以外にも十の災い・マナ・約束の地カナンといったモーゼに関するキーワードをふまえつつ、彼の生涯について解説していきます。 ヘブライ人とイスラエル人とユダヤ人の違い モーゼを紹介する前に、ヘブライ人とイスラエル人とユダヤ人の違いについて説明します。 ヘブライ人とイスラエル人、そしてユダヤ人はいずれも「神の選びの民」という意味があり、ほぼ同じ存在です。 ただ、厳密にはカテゴリーが少し違っており、アブラハム(子孫:ヘブライ人)の子がイサク(子孫:ユダヤ人)であり、さらに孫がヤコブ(子孫:イスラエル人)という定義です。 まとめると以下のとおりです。 父:アブラハム=(ヘブライ人) 子:イサク=(ユダヤ人) 孫:ヤコブ=(イスラエル人) ひ孫:12人(ルベン、シメオン、レビ、ユダ、イッサカル、ゼブルン、一人娘であるディナ等) モーゼの生涯 モーゼは神の啓示を受け、3つのしるしを与えられました。 そして先導者として約束の地カナンまでユダヤ人60万人を引き連れて行きました。 その道中で葦の海の奇跡などの奇跡を起こし、また神から十戎を授かりました。 しかしモーゼ自身は志半ば、ヨルダン川手前のヨポ山で亡くなりました。 彼の波乱万丈な生涯について紹介します。 誕生および青年期 紀元前13世紀、モーゼはエジプトに住むヘブライ人の家庭に産まれます。 当時、ファラオ(エジプトの王)はヘブライ人が多くなるのを懸念して、ヘブライ人の新生児を処刑するようにお触れを出していました。 モーゼの親は息子の処刑を防ごうと、幼いモーゼをナイル川に流します。 ファラオの王女が川に流されたモーゼを拾い上げ、水から引き上げるという意味のマーシャにちなんで「モーゼ」と名付けました。 ある日、モーゼは同胞であるヘブライ人がエジプト人から虐待されているのを見て止めようとします。 その結果、図らずもそのエジプト人を殺してしまいます。 その結果モーゼはファラオに命を狙われてエジプトを離れ、ミディアン(アラビア半島:現在のサウジアラビア辺り)に逃げ込みました。 そこで、ツィポラという羊飼いの女性と結婚します。 神の啓示 ある日、天使が「燃える柴(雑木)」の中から、当時羊飼いとして暮らしていたモーゼのもとに現れます。 モーゼは天使から神の啓示を受け、天使は、 「エジプトに帰り、イスラエルの民を救え。 そして約束の地カナン(現在のパレスチナ)へ連れて行くように」 とモーゼに言いました。 さらに、モーゼは神から「杖が蛇になる」「ナイル川の水が血に変わる」「手が癩病(レプラ)で雪のように白くなる」という3つのしるしを授かりました。 そこで、モーゼは妻子を連れてエジプトへ向かいます。 ファラオに神の啓示を伝え、ヘブライ人退去の許しを求めますが、ファラオは首を縦に振りませんでした。 そこで、モーゼは持っている3つのしるしの1つ「杖が蛇になる」を使い、杖が蛇に変化するという奇跡を起こしました。 しかし、その程度はファラオの配下の魔術師たちでもできたため、ファラオはモーゼの奇跡を見ても驚かず、やはりヘブライ人退去を認めませんでした。 十の災い 困ったモーゼは神に相談し、2つ目のしるしである「ナイル川の水が血に変わる」を使い、エジプトに十の災いを起こしてもらいました。 その内容は下記の通りです。 ナイル川の水を血に変え、魚を殺し水を飲めなくする 2. カエルを異常発生させる 3. ブヨを異常発生させる 4. あぶを異常発生させる 5. 疫病で家畜を殺す 6. 膿を出す腫物を流行らせる 7. 雹で畑の作物を全滅させる 8. イナゴを大発生させる 9. 3日間エジプト中を暗闇にする 10. 初子は人も家畜も全て殺す 10番目の災いで、ファラオの息子を含めすべてのエジプトの初子が無差別に殺害されてしまいます。 一方、この10番目の災害を起こす前に、神はモーゼにあることを告げていました。 「子羊の血を門柱に塗りなさい。 私はエジプト中の初子を全て殺す。 しかし、血の塗られた家は過ぎ越していくだろう」 これが今日におけるユダヤ教の「過越祭」の始まりと言われています。 ファラオはこの10番目の災いに震えて耐えきれなくなり、モーゼに対しユダヤ人(ヘブライ人)と共にエジプトを出る許可を出しました。 そこで、モーゼと200万人のユダヤ人たちはカナンの地を目指して、エジプトを出発(出エジプト)しました。 葦の海の奇跡 モーゼ達がエジプトを出発した後、ファラオは許可を出したことを後悔し、多くのエジプト軍を使ってモーゼとユダヤ人達の抹殺を命じます。 後ろから迫るエジプト軍に追い詰められたモーゼ達一行は、前方に葦の海(紅海)、背後にエジプト軍と、絶体絶命の危機に陥ってしまいます。 しかしその時、奇跡が起きます。 モーゼが海に手を差し伸べると、神様が東風を起こして、目の前の葦の海を真っ二つに割って道を作ってくれました。 ユダヤ人一行が向こう岸に渡り終えると海が閉じられ、背後を追ってきたエジプト軍は海に沈んでしまいます。 こうしてモーゼ達はエジプト軍から生き延びる事が出来ました。 シナイ山で十戒を受ける 葦の海の奇跡で紅海を渡ったモーゼ一行は、シナイ山のふもとにたどり着きます。 神はシナイ山の山頂でモーゼに十戒(10の戒め)を授けました。 十戎の内容は以下の通りです。 他の神を信じてはならない 2. 偶像を作ってはいけない 3. 神の名をみだりに唱えるな 4. 週の7日目を安息日とせよ 5. 父母を敬うこと 6. 殺してはならない 7. 姦淫してはならない 8. 盗んではならない 9. 偽証してはならない 10. 人の物を欲しがるな 下山したモーゼは神から授かった掟をユダヤ人達に伝えて誓わせました。 そして再び山頂に戻り、40日間にわたって神から細かい指示を受け、掟を記した2枚の石板を授かります。 その後、モーゼが再び下山すると、ユダヤ人達はモーゼを裏切り、金の子牛を作って偶像崇拝していました。 モーゼは十戎の1つである「偶像崇拝をしない」に触れているこの行為に激怒し、2枚の石板を投げて金の子牛を破壊してしまいます。 その時、偶像崇拝に加担した者を3,000人処刑したと言われています。 そして三度山頂に戻り、新たな十戎が記された石板を手に入れました。 マナで飢えを凌ぐ カナンの地への道中で、ユダヤ人達は水や食べ物のことでしばしばモーゼに不平不満を言います。 その度にモーゼは神に祈り、甘く白い食料を天から降らせてもらいました。 ユダヤ人達は「これは何だろう」と言いながら、口にすることで飢えを凌ぎました。 そして、その食料を「これは何だろう」を意味するヘブライ語「マナ」と呼びました。 こうして長期間に渡り人々のお腹を満たし続けたことからも、マナは自然のものではないと考えられています。 約束のカナンの地を目指して モーゼ一行はマナで道中の飢えをしのぎながらカナンの地を目指しますが、カナンの地には屈強なペリシア人(パレスチナ人)たちが居ました。 ユダヤ人たちはこのペリシア人を倒すのに難航します。 時には怖気づき、エジプトに戻ろうとすることもありましたが、その度に神の怒りに合ったため、40年間も放浪生活をすることとなります。 40年の間に多くの試練を克服したユダヤ人達は、強靭な精神と強い信仰心を会得しました。 そうした中、モーゼはヨルダン川手前のヨポ山で亡くなり、後継者にヨシュアが選ばれます。 ヨシュアは見事カナンの地へ侵攻することに成功します。 その後、占領したイスラエル全体を12の部族に分け与えました。 まとめ ユダヤ教を生み出し、今なお語り継がれるモーゼの生涯はいかがでしたか。 彼は同胞を守り神の教えに従うため、生涯にわたって尽力しました。 その後のユダヤ人は時代の流れに翻弄され、長きにわたり世界中へと散らばってしまいました。 しかし現在では、カナンの地に「イスラエル」という自分たちの国を作っています。 現在でも、ユダヤ人の行動規範はモーゼが神から受けた十戒に基づいています。 また、その後のユダヤ教からは、キリスト教やイスラム教といった、今日の世界で広く信じられている宗教たちが生まれます。 モーゼの教えは、今でも非常に多くの人々の心の中で息づいていることでしょう。

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(2ページ目)モーゼは本当に“海を割った”!? フィクションではなかった、「モーゼの奇跡」!!

モーゼ の 奇跡

先月、という記事を書きました。 そこでは太古より火山噴火が恐れられてきた例として、『旧約聖書』に出てくるソドムとゴモラの町の壊滅の物語を示しました。 実は『旧約聖書』にはもう一つ、火山噴火の話が出てきます。 それは『十戒』という映画にもなった、有名な『出エジプト記』です。 ソドムとゴモラの町の壊滅の物語と同様に、ここでも明確に火山噴火とは書かれていないのですが、現在の科学者たちは概ね火山噴火が起きたと考えています。 『出エジプト記』は、エジプトで奴隷として生活していたイスラエル民族をモーセが解放していく物語です。 伝統的に考えられてきた、モーセ一行の出エジプトの推定ルートは、下記の青線です。 詳しくは『旧約聖書』の『出エジプト記』を読んでください。 ここでは「モーセの奇跡」ともいわれている、『出エジプト記』で書かれている印象的な現象を列記してみます。 <十災禍の奇跡> ・ナイル川の水が血に変わり、魚が死滅した。 ・カエルが大発生した。 ・ブヨが大発生した。 ・アブが大発生した。 ・イナゴが大発生した。 ・疫病で家畜が全滅した。 ・かまどのすすを天に撒くと、人や家畜にうみの出る腫れものができた。 ・雷と雹 ひょう が降り、火が瞬いた。 ・暗闇に覆われた。 ・エジプト人の初子、家畜の初子が死滅した。 <その他の奇跡> ・モーセ一行は「火の柱」と「雲の柱」に導かれて、荒野を進んで行った。 ・モーセが手を差し伸べると、激しい東風が吹いて、紅海が割れた。 一行は割れた海を進んで対岸に着いた。 追ってきたエジプト軍は、割れた紅海を歩いている最中に、海が元に戻り、全滅した。 これらの奇跡は本当に起きたのでしょうか? 『出エジプト記』の時期は、古代エジプト第19王朝3代目の王ラメセス2世(BC1290年~24年:ただし『出エジプト記』ではパロという名前)の時代だといわれています。 実はこの頃、地中海のサントリニ島の火山が大噴火しています。 モーセの奇跡は、実はこの火山の噴火によるものだと、科学者たちは考えています。 噴火は「雷と雹」の発生を促します。 「暗闇」や「かまどのすす」は火山灰でしょう。 地中海東部は、夏にエテジアと呼ばれる南東の季節風が吹きます。 これに乗ってエジプトに火山灰が降り注いだのです。 「紅海が割れる奇跡」の前に吹いた東風も、エテジアでしょう。 「火の瞬き」や「火の柱」は噴火、「雲の柱」は噴煙を意味しているのでしょう。 モーセ一行は、何もない荒野の中で、遠くに見える噴火・噴煙を羅針盤のようにして進んで行ったのではないでしょうか。 カエル、ブヨ、アブ、イナゴの大発生は、火山の噴火に伴って、しばしば起きる現象です。 危険な場所から動物たちが避難するために、大移動が起きるのです。 火山ガスが雲に取り込まれると、酸性雨が降ります。 酸性雨は地中のコバルトを海や川へ流し出し、プランクトンの赤潮を大発生させ、魚から水中の酸素を奪います。 ナイル川を血のように赤く染め、魚を死滅させたのは、この赤潮だと思われます。 「うみの出る腫れもの」を症状にもち、太古から存在する病気といえば、ペストです。 「疫病や初子の死」は、大発生したブヨなどの虫を媒介として、ペストが広まったためでしょう。 「紅海が割れる奇跡」の要因も、サントリニ島の大噴火が有力です。 サントリニ島の地形を見れば明らかなように、カルデラとなっています。 カルデラとは、大噴火によって大量の溶岩が吐き出され、火山の内部が空洞化したものです。 その空洞部分に海の水が入り込んだ状態が、地形から読み取れます。 恐らくカルデラができた直後は、海の水は入ってこなかったのでしょう。 しかし、残った山の状態が不安定だったので、海の水圧に耐え切れなくなり、噴火からしばらくして山が崩れ落ちます。 続いて、大きな空洞に海水が一気に流れ込んだため、地中海沿岸に急激で大規模な引き潮が発生し、海が割れたように見えたのです。 モーセたち一行は、ちょうどその瞬間に居合わせたのです。 大規模な引き潮の後には、反動で上げ潮、つまり大津波が起きます。 モーセたちが渡り終わった瞬間、今度は大津波が押し寄せ、エジプト軍が海水に飲み込まれたというわけです。 しかし、聖書には紅海が割れたと記されています。 紅海と地中海の間にはシナイ半島があるので、地中海の引き潮は影響しません。 ということは、海が割れる奇跡が起きた場所は紅海ではないはずです。 『出エジプト記』に書かれた数々の奇跡がサントリニ島の大噴火で説明できるのですから、紅海という記述に誤りがあると考えるのが科学的です。 実は聖書の原書では、割れた海は「ヤム・スフ」と書かれています。 英語に訳すと、「Reed Sea=葦(あし)の海」です。 これを「Red Sea=紅海」と一文字間違ったのではないかと考えられます。 割れたのは紅海ではなく「葦の海」だったのです。 では、葦の海とはどこか。 地中海とつながっており、引き潮の影響を受けるマンザラ湖や、バルダウィール湖が候補とされています。 つまりモーセたちは、伝統的な出エジプトの推定ルートよりも、もっと北寄りのコースを辿ったのではないかと考えられます。 『出エジプト記』に書かれた数々の奇跡は、サントリニ島の大噴火によって起きた一連の現象に、ほぼ間違いないでしょう。 しかし、モーセが信仰によって神の命令を実行した瞬間と、その物理現象の発生が連結していることは、奇跡と言えるのかもしれません。

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