かんぴょう。 かんぴょう(干瓢)について

かんぴょう(干瓢)について

かんぴょう

目出たく収穫できた 植えた畑は急ごしらえの畑といえる場所ではなかったが何とか2個だけ大きくなってくれて収穫することができました。 2本植えて2個だけなんでちょっとさびしいけどな。 あと何個か小さい物が成ってはいたものの、ここまで大きくはならずじまいであった。 大急ぎで作った自家製かんぴょう剥き器 昔、使ってた剥き器はとっくに捨てちゃってないので大急ぎで剥き道具を作りました。 材料費はホームセンターで購入した剥き刃となるステンレスの金具だけで100円程度で出来上がりだ。 10個〜20個のお遊び程度ならこれで十分剥けますぞ。 昔の剥き器は1本物(刃の部分と持ち手の部分が一体)のカミソリを巻き付けてあったのを記憶している。 うまく剥けています ご覧のように結構うまく剥けます。 こうやって、その昔、爺さん婆さんがやってたわい。 剥く時間は早朝いくら早くても結構。 少なくとも8時までには剥き終わって干すのも完了しているのが良い。 要するに1日でほぼ乾燥し終えるくらいを目標とすべし。 最初の乾燥が早く済む程良いかんぴょうに仕上がると。 特に翌日が雨や曇天予報であるときは剥かないこと。 乾燥不良でカビがきたりズブズブになって失敗する。 ほぼ乾燥すると小巻にして1週間くらい干さないと完全乾燥とはなりません。 乾燥したみたいに見えても実はまだダメなのです。 もう一つ大事なことは、あまり早くかんぴょうが成熟しすぎると梅雨が明けきらないうちに剥く時期が到来となり剥いても乾燥不良、置いとけば成熟し過ぎて剥くに剥けないふわふわ状態となる。 かんぴょう干し 剥き上がったかんぴょうを物干で乾燥させます。 かんぴょうが物干竿に引っ付かないようにわらを巻いています。 結構長めに剥けてます。 かんぴょう干しの出来上がり 十分に乾燥させて無農薬、無漂白の自家製かんぴょう干しが完成しました。 かんぴょうの種が発芽 昨年、捨てずに採っておいたかんぴょうの種を取り出して触ってみると何かふわふわしており発芽するかどうか疑問はあったもののとりあえず撒いておいた。 するとしばらくして2〜3個にょっきりと芽を吹いて来た。 で、写真のとおり8割位は発芽したと思われる。 こんなに発芽しても定植するところがないな。 昨年と違うところといえばかんぴょうの形です。 種から育てたかんぴょうは丸い形になりました。 昔見慣れたかんぴょうです。 今年も収穫 2013年は6個収穫できました。 種から自家製なので経費はゼロですな。 発芽具合も昨年より完璧である。 今年は場所もあるんでたっぷり定植しよう。 さて、ここで種の取り方であるがかんぴょうを剥いたときの種はまだまだ種自体が成熟しておらず、採っておいて蒔いてもほとんど発芽しません。 あ〜残念。 種を採るときは残りもののかんぴょうを収穫せずにそのまま畑に置いておきます。 実が腐ってズブズブになった頃が種の採り時です。 ちょっと臭いですがガマンして水で洗い流し採ってください。 畑に置いとけないなら、できるだけ成熟させたかんぴょうを軒先にでもおいて腐らせましょう。

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かんぴょう

かんぴょう

ウリ科(APG分類:ウリ科)の一年生植物である(瓠 ふくべ ともいう)の白色果肉を細長く皮をむくように切り、乾燥した食品。 もとは、摂州(大阪)の木津が産地であったので「きづ」ともいう。 現在では栃木県が特産地として名高い。 その由来については、近江 おうみ 水口 みなくち 藩主・鳥居忠英 ただてる が、下野 しもつけ 壬生 みぶ 藩に転封となった際(1712)、名物「水口かんぴょう」をもたらしたからといわれる。 収穫は7月下旬~9月で、果実が白くなり、表面の細毛が消えたころが適期である。 果肉を幅3センチメートル、厚さ3ミリメートルくらいの細長い帯状に削り、日干しまたは温風で乾燥する。 昔は包丁を用いた手むきであったが、大正時代にかんぴょう鉋 かんな が考案され、現在では動力用の丸剥 まるは ぎ機によっている。 日干しのときには、カビ防止のため、1日で水分20%程度まで乾燥できるように、天気のよい日を選ぶ必要がある。 なお白色果肉の褐変 かっぺん と微生物の繁殖を抑制するため、水分40%程度にまで乾燥したとき硫黄 いおう 薫蒸を行うことがある。 乾燥後は吸湿しやすいので保存に注意する。 古くなると褐色が濃くなり、風味が低下する。 抜けるように白いのは漂白を強くしたもので、こくがない。 クリーム色をしたものが良質である。 主成分は炭水化物で甘味がある。 洗って塩もみをしてから煮ると、早く柔らかくなる。 乾物の目方の10倍の水を加え、透明な感じになるまで煮てから調味する。 味つけは、甘味をきかしたほうが味がよい。 含め煮、汁の実、和 あ え物、五目ずしや巻きずしの具、いなりずしや昆布巻きの帯などに利用する。 また栃木県宇都宮には、かんぴょうを砂糖漬けにした友志良賀 ともしらが という菓子がある。 [河野友美].

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【ご家庭でも簡単】干瓢(かんぴょう)の正しい戻し方

かんぴょう

干瓢の原材料となるユウガオの実 気温の低い、前の早朝に作業を行うことが一般的である。 加工 [ ] 直径30cm程度になった実を収穫し、伝統的には包丁で輪切りにし、中心部のワタをくりぬき、手(てかんな)で内側から均等に削る。 主産地では加工が電動化されており、実を機械の軸に刺してモーターで回転させて、外皮、白い実の順に外側から帯状にむく。 機械には足踏みが付いており、実を回転させて、横から皮むき器を当て、まず硬い外皮から取り去る。 次に、ぶれの出ないように、柄を半固定した鉋(かんな)の様な刃物を当てて、のように帯状に長く剥く。 かんぴょう作りでは水にさらす工程のある地域(栃木など)と水にさらす工程のない地域(福島など)がある。 乾燥 [ ] 伝統的な製法では、かんぴょう干しには2日かかり、1日目に竹竿に吊るして干し、それを切り揃えて2日目にゴザの上に広げて干す。 雨などの影響でかんぴょう干しに3日以上かかってしまうと茶色に変色する。 の干瓢には、防、防虫、変色防止のためにで硫黄を行う漂白干瓢と、燻蒸を行わない無漂白干瓢がある。 亜硫酸は有害物質であり、では干し干瓢1kgにつき5. 0g以上残存しないように使用しなければならない。 重さ6 - 7キログラムのユウガオから、約150グラムの干瓢が作られる。 産地 [ ] から作られていたとされる干瓢の主産地は以後、南部であり、日本の干瓢生産の8割以上を占めている。 かつてはが栽培が多く、の連作『』では、(現在の)の絵に干瓢を干す姿が描かれている。 現代では、日本で消費される干瓢のうち、8割は輸入品(中国産など)で、主に業務用で使われる。 国産は2割で、消費者へ直接小売りされる商品に多い。 浮世絵に見える干瓢干し(東海道五十三次・水口) 食材・料理 [ ] 全国的には、の干瓢巻きや太巻き寿司やの具、煮物の昆布巻きや揚げ巾着、の結束に用いるのが一般的な用途である。 産地の栃木県では、この他に、、、、卵入りの干瓢汁、等にも用いることが多い。 近年では、材料やの衣としての使い方も広がりつつある。 漂白干瓢は乾物から戻す時に、とをして、の残留物を除去する必要がある。 無漂白干瓢は薄いで、自然な甘味や旨味があり、柔らかく仕上がるが価格は漂白品に比べて一般に高い。 鉄砲巻き [ ] 海苔を半分に切って直径3センチメートル程度に細巻きにした。 乾燥させた干瓢を水で戻し甘辛く煮たものを使用。 その黒い細身の姿から鉄砲巻きとも呼ばれる。 食べるときは二等分に切り、さらに二等分もしくは三等分に切る。 木津巻き [ ] ので干瓢巻きのことを「木津巻き」と呼ぶ。 その由来には下記のように諸説があり、いずれもゆかりの地名から取っているとされる。 木津が干瓢生産の発祥の地といわれ、また干瓢生産が盛んであったから。 から木津川を下り摂津の木津へ運ばれ、そこで干瓢巻が誕生したから。 大正時代から昭和にかけて大阪の市場では山城の木津干瓢はブランドとなっていた。 故に、関西では干瓢のことを木津とも呼んでいた。 二年にからに国替えになったが、干瓢の栽培を奨励したことが、今日の栃木県の干瓢生産の興隆につながっている。 その水口藩内の産地が木津であったから。 、デジタルコレクション(2018年10月18日閲覧)。 いわき市. 2019年10月19日閲覧。 - 下野市観光協会、2020年4月2日閲覧。 「」厚生労働省、2015年8月3日閲覧。 最新版日本の地理5『関東地方』15頁• 家森幸男、奥薗壽子 監修『すべてがわかる!「乾物」事典』 世界文化社、2013年。 - 日本経済新聞、2020年1月28日、2020年4月2日閲覧。 栃木県下都賀農業振興事務所企画振興部 2011年. 2017年1月24日閲覧。 関連項目 [ ] ウィキメディア・コモンズには、 に関連するカテゴリがあります。

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