こちら も 抜か ねば 無作法 という もの ネタ。 「鬼殺隊レビュアーだったが…」抜かねば無作法な「世界に飛ばされた件…」

日常会話に使える鬼滅の刃の台詞集とは (ニチジョウカイワニツカエルキメツノヤイバノセリフシュウとは) [単語記事]

こちら も 抜か ねば 無作法 という もの ネタ

私の格言 4452 格言 慣れるより笑え 解説 自分とは性格の合わない人と接するとき、相手の性格に慣れるという苦難の道を歩むより、何も考えずに笑って過ごした方が得策であるということ。 12211 格言 勝負事において本当に強いのは、勝とうとしてくる相手ではない。 負けないように戦ってくる相手である。 これは、スポーツにおける僕の持論です。 勝とうとしてくる相手は、どうしても攻めることばかりに、気を取られてしまいディフェンスがおろそかになりがちで、そのスキをついて攻めることが出来ます。 しかし、負けないように戦ってくる相手は、まずディフェンスを固めてから、攻めてくるので、なかなかスキがないので、攻める手だてを見つけるのは難しいものです。 12457 格言:財力を有するものは人を制する 解説:人生は8割強金で決まると断言します 21502 【何事も気持ちの持ちよう次第】 解説 例えば、私がよくやる方法ですが、おなかが痛くなった時に「おなか痛くない」と唱えたら不思議と痛かったのもましになる。 それと同じで、「嫌だな〜」とか「おもしろくないな〜」と思ったことも気持ちをプラスに持っていけば、不思議と楽しくなったりする。 だから、心がけ次第で何事も変わっていくということです。 マイナスにもだと思うけど) 私は常にプラスの方向に気持ちを持っていきたいと思っています。 21505 溺れる者は石をも掴む 解説;溺れているときは気が動転して冷静な判断が出来ず、石を掴んで沈んでしまうといった結果に陥りやすいものである。 どんな状況でも落ち着いて行動できる人間になりたいものだ。 21506 格言:弱さは人の心を開く 解説:病気や悩みなど身体的、精神的な弱さは私達にマイナスの影響を及ぼすことが多い。 しかし、その弱さゆえに人の弱さを理解し、心を開く助けとなることもあるものだ。 固くもなるし柔軟にもなれる。 22102 人生とは採掘場所めぐりである 人はみずから場所を巡り歩いて自分でしたいことも、友達も得ていかなければならない。 その自分でしたいことや友達というのは宝石のようにすぐわかるものもあれば、すぐに分からないものもある。 だから採掘場所で宝石を見つけられるかどうか、つまり自分のしたいことや友達を得られるかどうかは自分次第である、ということ。 22103 机に寄りて熟眠、エアコン全開。 勉強の途中でちょっと疲れたりしたら、昔は北の窓を開ければ涼めたのだろうが、今はエアコン全開でもなければうたたねもできない。 22104 人の心人知らず 分かり合えるという言葉は、たとえ一時に通じるものであっても、常に当てはまるものではありません。 どんなに気心の知れた人であっても、こちらが想像もつかない、絶対に分り得ないものを持っているのです。 そしてこのことは、人と良く付き合っていけばいくほど忘れがちになってしまうものです。 それを念頭において、人との関係を円滑にすることを心がけたいものです。 22105 長い物には巻かれてやる 解説:長い物に巻かれるのはなんとなく屈辱的だが人間関係の平和のために巻かれてやってると思えばそうでもない。 しきられ上手。 22107 格言: 最小の努力で最大の結果を! 説明: 無駄な事を極力省いて少しの努力で最も良い結果が得られるなら、それに勝るものはないと思います。 何事も効率良くすべきである!ということ 22108 格言: 失敗を補えば補うほど、ミスかさむ!! 解説: 自分の失敗を補おうとすれば、するほど失敗が増え、最後には失敗だらけになるという意味。 22109 『話しすぎの友達失い』 解説:例えば入学式などで初めて知り合った人に積極的に話しかけるのは非常に勇気がいることであり、友達がすぐできる可能性が高く、さらにみんなから早く好かれるという事も十分に考えられる。 しかしながら、ここで調子に乗ってしまう人がいるのが残念である。 話を面白おかしくしようとする余り、ついついあることないこと口にしてしまうのである。 さらに自分の持っている情報量が他人より多い事を自慢しにかかったりしてしまう人も中にはいたりする。 そのうち周りからの信用を失い、話に真実味のない人というラベルを貼られてしまい(他人の悪いところは見つけやすいものである)、気が付けば人気者から独り者になってしまったという話を耳にしたことがある。 周りに目を向ける事を忘れないようほんのちょっと心がけていれば良かったのだ。 安物を手に入れて買い物上手だと自負している人と話し上手だと思い込んでいる人は少し先を見てほしい。 が、高価なものを買えばすむという話でもなければもちろん消極的にいくと成功するという話でもない。 その都度臨機応変に頭を働かせることが必要なのではないかと思う。 22110 格言:うまくいってる時こそ慎重に!! 内容:人間誰でも物事がうまくいくと調子に乗ってしまうもの。 イイ感じの時こそ気を引き締めよう!! 22402 格言 塵が積もってもいづれは掃除する 解説 どんなにめんどくさくて後回しにしようとしても いつかはしなくてはいけなくなる だから早くするのも後でするのも勝手だが きちんと自分でかたをつけなければいけないという意味 22403 笑顔は世界一の宝石である 笑顔はどんな宝石よりも人を魅力的にするものである。 たまにしか見ることのできない笑顔はとても貴重に思える。 いつも見ることのできる笑顔は親しみやすさを感じることができる。 笑顔は場面場面でさまざまな輝き方をし、時と場合により人に与える印象を変える。 また、ニセモノはつけている本人にとって心地よいものではない。 そして、ニセモノだとみやぶることのできる鑑定士が周りにいる可能性がある。 22404 財布の中身は、その人のプライドの高さのバロメーターである。 財布の中身は、えてしてその人が最低限持っていたい量以上に入っているものであって、 その中身はその人のプライドの高さに比例する。 持っている人ほど、自分の経済力だけでなく、その他諸々の事に関して、 優位に立っているような気がしてくるものである。 私はそんなに持ち歩かないのだが・・・・・・。 22405 《人生はどう転んでも楽しくて仕方ないものである。 》 解説;生きていく中でとても辛い事が訪れるときもあるが、それを乗り越えた時に人は一歩強くなり優しくなれると思う。 その時は人生を恨んでどん底のように思えるかもしれないが、それはきっと間違った道に進もうとしている私を正そうと教えてくれているのだと思う。 私は現に今までたくさん辛い事もあったが、全ていい方向にいっている。 ありきたりだけど、これからどんなに辛いことがあっても、私はチャンスだと思って乗り越えていくつもりだ!みんなも頑張って! 22406 『人を指示する時、口で動かすのではなく、行動で示せ』 指示される側は相手の行動を見る。 つまり、人をまとめる者 は口先だけではだめだと言うこと。 22407 格言:一人のこころは世界の心 解説:一人一人の行動がわたしたちの暮らす世界に影響をあたえて います。 例えばごみについてもみんなが分別して回収してて も一人がそれを乱せば、無駄になってしまいます。 一人一人 が決められた枠のなかで自分の行動に責任をもつように心がけることが今の世界に大事かなと思います。 世界のみんなが自分の欲を捨て相手を思いやることで、戦争とかもきっとなくなります。 世界の平和のためには、一人一人の平和への強い思いが必要 だと感じます。 だから、「一人のこころは世界の心」だなぁと思いました。 自分のことをちっぽけだなぁと思ったときこれを思い出すとなんだか誇らしくなります。 22408 格言:親が子にお金を使うぐらい、子も親にお金を使え 解説:親は子供に教育費など大金を費やすけど、子供は親の介護費にお金を費やすのを嫌がる。 それでは、平等ではないと思う。 この春から一人暮らしを始めて、親のありがたさがわかり、思いついた格言。 22409 恋は電車のごとし 恋はまるで電車のようである。 乗った電車は各駅停車で、それはゆっくり進む恋なのかもしれない。 目の前を通過する特急や頑張って乗った始発はもちろん、環状線さえ も恋に例えることが出来る。 そして最終電車に乗った時、人生最後の恋が始まるのである。 二時間かかる電車通学の中で、このことが心に浮かんできたので提出して みることにしました。 22410 [格言]沈黙が許せてこそ友達 [解説]知り合ったばかりの頃は、互いに気を使いあっているため、少し会話が途切れただけでも何とか話題を探そうとするものだが、慣れていくうちに無理に探し出そうとしなくなる。 そうなってこそ互いがただの知り合いでなく、友達と認めたことになると思う。 22411 格言 強者が弱者をつくる 開設 人間は生まれながらに平等である。 しかし、あることについて優れている人(強者)がでてくると、 それに対する劣っている人(弱者)がでてくる、ということ。 22412 [格言]受験の朗報は寝て待て [解説]受験の結果は、人の力ではどうにもならないから、むこうからやってくるまで、あせらないで待ちなさいという教え。 22413 意志ある者に道はある 解説:辛くて苦しいことがあっても、自分の信念を貫き通せば最後には必ず道が開けることを 信じて、頑張っていくことが大切。 22414 格言: 努力が必ず成功するとは限らない。 しかし成功いた者はすべからく努力している。 内容: そのままの意味。 受験の辛い時期にこの言葉に助けられた。 22415 無言実行 人に言わずに努力や善行を行う。 22418 格言:時間は自分で作るものである 解説:時間というものは、自らが気に留めなければただ流れて行くものである。 そして、決して永久の物ではない。 その限られた「時間」という枠の中で 自らが生み出し、行う事こそが大切なのであり、そのために人は一所懸命に 生きるべきである。 22419 格言:お金は流れもの この格言は先輩後輩の関係についてのものである。 一回生としてサークルに入れば必ず先輩方におごってもらう機会があるだろう。 これは僕自身もであるが、意外に遠慮してしまいそのあと先輩に話しかけづらいことがあることが多い。 つまり先輩が損されたのではと思うのだ。 だが先輩がおごってくれるのはおそらく先輩が一回生のときに上の先輩におごってもらったからなのだろう。 一回生のうちは私たちはひたすらおごってもらう、そして来年入ってくるであろう後輩たちにひたすらおごってあげることが大切なことであると私は確信している。 22420 粘った者勝ち 説明:私は今まで何事もこれで乗り越えてきました。 力が足りなくても見込みが無くても、初志貫徹で最後まで頑張って努力すれば 結果はついてくると思います。 何事も粘り強く頑張ることが大切だと思います。 22421 <先を見ずして直線引けず> まっすぐな線を引こうとするとき、手元を見て線を引いたら大きく曲がった線になってしまう。 線の終着点を見て線を引けば少しのずれがあるだけでおおよそ直線が引ける。 人生においても、現状だけを見つめるのではなく、ある程度の先(将来)も視野に入れることが必要。 22422 <流れる水も留まる水も空に還る> とまってるからって焦っても結局かえるとこはひとつやねんから、ゆっくり焦らず毎日を生きるのです。 22424 格言:人間は支えあって生きている 解説:人という字は倒れそうな左の人を右の人が下から支えているような形に似ている。 しかし一見相手を支えているように見える右の人も、左の人を支えていなければ倒れてしまうだろう。 左の人は右の人に支えられていると同時に右の人を支え、右の人は左の人を支えていると同時に左の人に支えられているのである。 つまり、人間は人間である限り必ず誰かに支えられ、誰かを支えている、ということ 22425 今日を精一杯 何もしなくても明日は来るけれど、自分の望んでる明日にはならない。 自分の望む明日を迎えるためにはまず今日できることを精一杯やらなければならない。 一日では無理かもしれないけれど投げ出さずやればその「今日」がいっぱい積み重なって、やがて望んだ明日が来るという意。 22427 格言:強い者が勝つのではなく勝ったものが強いのだ 解説:いくら強いと言われていても勝負はやってみないと分からない、 最後に勝った方が結局強い!! 22428 格言:練習は嘘をつかない 解説:スポーツで結果が出ない人は、練習が足りないのである。 結果が出る人は練習をしていた人である。 最後に物を言うのは、練習量である。 22429 格言:三年目で初心者 説明:武道の道では三年間練習して初めて初心者となり、三十年間練習して達人となることから少し練習したからといって初心を忘れてはいけないということ。 特論の掲示板に21日に間違って書き込んでしまったので、すみません。 いい人生送りたいから自分のなかの最高に近づけたらかなりいいですやん?人生前向きが一番ですとも! 22431 格言:僕のための君のため 解説:そのまんまそのまんま。 22433 格言:果報はきちんと起きて待て 意味:ただ寝ていても良い知らせはやってこない。 それより、待っている間にも、今何かできることをしていく方が良い。 22434 格言:男はアホである 解説:男と女が付き合っている時、男はやたらと主権を握りたがる。 そして、男は自分が主権を握っていると思いがちだが、 実際に主権を握っているのは女である。 しかも、影はどんな時でもしっかりと 地に足をつけているし、そのままを光として映し出している。 22436 格言:2県先は福井 解説:大阪の2県隣は福井です。 大教にきて「福井って東北?」って聞かれました。 みんな福井 の場所を知ってください。 22437 格言 : 一に愛情。 二に根性。 三が体力。 もち、知性。 解説 : 小学校教師に必要だと思われるもの。 「生徒は、嫌い」なんて先生には、誰も習いた くない。 困難にぶち当たっても挫けない根性も大切。 ハードな仕事を毎日こなすには 体力が必要。 そして、生徒たちに伝えるべき知性を磨くことが不可欠。 単なる「知 識」でないところがミソ。 「もち」とは、「もちろん」の略。 22438 格言;転石懐入(てんせきかいにゅう) 解説;たとえ石につまずいて転んでしまっても、その石を拾ってポケット(懐)に入れて前に進もうという意味。 人生の道のりの中で、我々は多くの問題に直面する。 しかしその問題を解決することで、人は少しずつ成長していく。 せっかく問題を解決しても、何も得ることがなければ意味がない。 だからつまずいてしまった石をしっかり拾って自分の力にしていこう。 きっと拾った石が大きければ大きいほど、多ければ多いほど、心の強い立派な人間になることが出来るだろう。 しかし,自分を嫌ってばかりいては,成長できません。 嫌いな自分の姿を受け入れ,好きな姿へと変えていけるように,又は嫌いなところより多くの好きなところを見つけることにより人は成長すると思うのです。 自分を嫌いになり(嫌自;ケンジ),好きになる(好自;コウジ)。 この繰り返しで人は成長し,新たな自分になれるという意味。 22442 親がいないと子は生まれない 説明 普段はついついありがたみを忘れてしまいがちだが、子供のことを 一番考えているのは結局親なのだから、その気持ちを改めて感じるために この格言を作りました。 22443 格言:二兎追う者は三兎得る 解説:中学・高校時代、部活と勉強の両立に悩む事がよくありました。 そんな時にはこの言 葉!!両方がんばれた時には、努力の分だけ得るモノが多いはず・・。 22446 一寸先は光 今が辛くてもちょっと先はわからないから 22448 <気持ちの持ちようで全て変わる> これは高校の時、部活をしていて思ったことです。 種目はバドミントンだったのですが、これは瞬発力や素速い動きが必要で、やる気や勝つ気がない時は動きも遅く、メリハリのない試合になってしまいます。 そこで、一度冷静になって気持ちを切り替えると、全く動きに違いがでてきました。 その時に今まで頭ではわかっていたけれど、気持ちの持ち方って大事だなと身をもって感じました。 22449 格言:影に耳あり同時に眼あり 意味:自分の行動は影というごく身近な存在が常に見ていると気にかけ 誤った行動は慎むようにとの意 22450 格言:「たかが努力、されど努力」 解説:人間にはやはり限界というものがあり、例えば何の力も借りずに 空を飛べと言ってもそれは無理なことである。 しかし、努力するだけで 成し遂げられることもまた数多く存在する。 人は頭では努力すればできると解っているのだ。 しかし、いざ実行 するとなると、これがなかなか出来ることではない。 まさに、 「たかが努力、されど努力」なのである。 22451 格言:一生勉強 内容:勉強なんてたいていの人が大学までで終わりだと思っているが、実際学校で学ぶこと以上に社会や周りの人から学ぶことの方が多いと思うから。 人は一生勉強し、成長するものである。 22452 格言 能ある鷹は爪を隠さず 意味 近頃才能を隠していたら生けていけないから 22453 格言:狙いを定めて回転寿司 解説:チャンスを掴むには、よく吟味する必要があることの意味。 (回転寿司は、チャンスの比喩です。 )私が、回転寿司=チャンスとしとのには、3つ理由があります。 まず、回転寿司の皿を取るのには、時期を見計らわねばなりません。 皿を取るのが早すぎたら、後悔するかもしれません。 しかし逆に遅すぎたら、誰かに取られてしまうかもしれません。 また、回転寿司は、外見だけでなく、それ自身の味を見定めて取る必要があります。 外見が奇麗でも、まずいかもしれません。 逆もまた、あります。 しかし、どういった回転寿司であっても、自分から手を出さなければ、成功も失敗も、何も始まりません。 自分で皿を取って寿司を食べる事で、初めて美味しかったかまずかったかの評価が出来るのです。 チャンスは、時期や真の価値の有無を判断して、自分から掴みにいくことが大切です。 22454 格言;ひらめきも才能のうち 解説;電撃的に頭に浮かぶ「ひらめき」は天から授かったもののように思える。 「ひらめき」は誰にでも起こりうる現象だがそれに目を向けられるかどうかはその人 次第。 ぱっと思い付いたものを「ひらめいた」と発言したり実行したりして自分の発想を 形にできることも才能の一つである。 22456 期待は期待のままでいい 期待しても、期待を超えるような現実は殆ど無い。 期待どうりにならなければ、満足することは決してないし、 期待どうりになることは、殆ど無いから、満足することは無い。 期待は期待のときに価値がある。 22458 「おかんのあかんは聞かん」 解説 何かと小言の多い母の「あかん!」は日常生活においてただのバックミュージック化していること。 22460 『友は梅干』 解説:青梅の時に摘み取り、しその葉と交互に並べながら壺の中に入れていく。 塩を満遍なくふりかけ、落し蓋を落としてその上から漬物石をドンッと置く。 梅干は2、3日で食べられるようにはならない。 じっくり、ゆっくりと塩が全体に行き渡り、梅の色が青から赤に変わるまで辛抱強く待た なければならない。 待てば待つほど味が出る。 この梅干のように、友達も2、3日やそこらですべて分かり合えるようにはならない。 時間をかけ、じっくり、ゆっくりと仲を深めていく。 そのようにしてお互いのことを知り 合うのだ。 長くなればなるほど、梅干同様、友の味も濃くなっていく。 こういう想いを込めてこの格言を考えました。 22461 美味しいものは早く食べよ。 解説;大好きな食べ物が夕飯に出て、後に残してても、横取りされたり地震などがあって食べられなくなってしまうこと。 つまり、何でも思い立ったらすぐしないと、チャンスは逃げていったり、人の手に渡ってしまう。 22462 格言:試練とは、それを乗り越えられる者にしか訪れない 解説:できないことなどない。 辛いことにぶつかった時は、自分にはそれに対処するだけの能力があるのだと信じて立ち向かえば良い。 22463 過去にこだわらず今を生きろ 過去を振り返ること大切な事である。 だけど、人が生きているのは今という時である。 昨日は昨日。 今日という日を大切にしよう。 22464 強者は弱者、弱者は強者 世間では、「私は弱者だ」と言うことによって逆に強者になりたがる人たちがいます。 例えば、今も途切れることのない「従軍慰安婦問題」。 彼女たちは、「自分は戦争中に日本軍にイジメられた弱者だ。 私達に補償をしない日本は人道に外れている。 」と主張します。 強弱が逆になっているのに気づきますでしょうか?週休二日制により授業に追いつけない、と言う輩も同じです。 これは教訓となるでしょう。 私達も、逆境に陥ったときなどに、必要以上に困った顔をしないようにしたいものです。 22465 格言 運命は変えられる 説明 運命はあらかじめ決まっているが、運命までにする努力次第で、運命は変えられる。 22467 格言:元気が一番 解説:体さえ元気でいればどんなに失敗しても必ずやり直すことが できる。 去年受験に失敗したとき病気で亡くなった友達の事 を思い出して、この事に気づきました。 要するに、失敗をする事はいいが、その経験を生かしてそこから何かを得る事が大事なのだ。 22470 格言:成功の影に苦あり 解説:私は今年、大学受験の過程を通り、志望校であったこの学校に合格することができました。 しかし、この喜びを味わうまでにはたくさんの苦しみがありました。 「すべりどめ」として受験した私立大学は、勉強不足のせいか、すべて落ちてしまいました。 もう後がないという中で受けた志望校であったこの大学に合格できたのです。 この経験から、この格言が思いつきました。 22471 格言:自分の話を聞いて欲しければ、まず相手の話しを聞け 解説:話をしているときはお互いに自分の話しを聞いてもらいたいはず。 まずは相手の話を聞いて、相手に次はあなたの話しを聞くわと思わしてから話をすると よく聞いてくれる。 22472 格言:晴れの日もあれば雨の日もある 解説:例え今は辛くてしんどい毎日であっても、これを乗り越えれば楽しくて幸せな日々が待っている。 例え今物事がうまくいってなくても、この先必ずうまくいく時はやってくる。 天気と同じように・・・。 22473 「目に見えないもの程価値がある」 解説:友情、愛情、絆など、目に見えないものは人にとって不可欠だと思います。 現代の拝金主義は不幸を生むだけです。 大事なものは目に見えないと思います。 22474 全ては恋愛である! 恋愛というものがあるからこそ毎日が楽しいから。 恋愛なしの人生などありえない! 22475 [格言]花のつぼみは暦を知らず [解説]暦に関係なく、自分が感じる空気の暖かさだけを信じて咲く花々のように、常識に惑わされず自分の正しいと思う事を信じて行動すれば、道は開けるという意味。 22476 格言:大切な者の価値は無くして初めて気付く 解説:長期間ある状態にあると、その状態が当然のことのように思われ相手の 存在価値を忘れがちになる。 相手の存在の大きさは離れて初めて気付くものである。 22477 今を一生懸命生きないやつは将来もそれぐらいしか生きれない 説明 読んでのとおりだが、今を中途半端に生きている人は、将来、一生懸命生きようとしても怠けぐせがついているから、結局、中途半端にしか生きれないということ。 22478 眠たさあまって憎さ百倍 説明 すごく眠たいのに授業が長かったり、課題が終わらなかったりして、だんだん先生や課題が憎らしくなってくること。 22479 出会いこそ 人生において最高の宝物であり すべてのカギを握る ある人との出会いが自分の人生を大きく変えることがある。 また、人間は日々誰かに出会い自分でも気づかないうちに何かしら影響を受けている。 人間は人の影響によって成立しているところが多いと思う。 世界の人口が60億人を超えた現代において、世界中の人々全員に会うためには、190年の歳月が必要といわれている。 そんな中で得られる出会いは、まさに奇跡である。 22480 夫の言葉は最高のエステ:中年の女の人は自分の体型を美しく保つために通販で色々なダイエット商品を買い込んだりエステに通ったりする。 けどそんなことをするより夫が「最近きれいになったなぁ。 」とかゆってあげるのが一番効果的だということ。 22482 今日があるから明日がある 説明 今日の我慢とか努力とかは全て後の自分のためになる。 受験の時に、本当に苦しかったけれど受かるも落ちるも全部今日にかかっていると思って頑張った。 22483 努力は必ず報われる どんなに辛く、険しい道でも、自分の信念をしっかりもって、進んで行けば 必ず目標に、到達することができるという意味。 受験の時に支えとして頑張った 22484 「茶碗の底は熱い」 解説:炊きたてのごはんを茶碗にもっておいて、もう冷めたかなーっと思って茶碗をもちあげた らまだめっちゃ底が熱くてびっくりする事から、初めて会った人の印象を決めつけておい て、しゃべってみたらびっくり!実はまったく印象とは違った人だった、という私の実体 験から得た格言。 ごはんだろうが人だろうが見た目で判断してはいけません。 22485 「百見は一聞くにしかず」 楽譜をず〜と眺めているよりは一度その曲を聴いてみたほうがわかりやすい。 22486 友は宝なり 「人生山あり谷あり」これは、昔からよく聞いてきたフレーズだ。 自分が山に登っている状態にある時は問題ない。 しかし、谷に落ちた時はどうすればよいのか!?やはり、友達の力に頼るしかない。 悲しいことに、自分でできる事には限界がある。 そこで、多くの人に支えられて自分が成り立っているのである。 友達は多いに越したことはない。 なぜなら、自分の宝だからだ! 24205 格言 大きなミスも小さなミスも同じ!! 解説 次の課題をやろうと思ってホームページを開いた所、数日前に送ったはずの「私の格言」 がなかった!!よく考えれば「書き込み」をクリックする時「新規書き込み」をクリッ クして満足して終わっていた・・・。 もともと出さなかったのと、クリックのボタンを間違えるミスは、同じ結果に終わる。 24206 [格言]「死にそう。 」は「死んでいない。 」 [解説]例えば、ぎゅうぎゅうの満員電車から降りて一言。 「死にそうだった!!」とよく言い ます。 また、食べ過ぎた時に一言。 「死ぬほど食べた!」でも、実際は死んでいないん ですよね。 生きているから言えることです。 人間って、おおげさかも・・・。 24207 「急がば周るべからず」 急いでいる時は、なんだかんだ言っても近道するべきだ。 いつもの道で行って失敗するよ りは、チャレンジした方があきらめがつくと思う。 実際私の経験から言うと、近道した方が 間に合う確率の方が高い。 いつもの慣れた道でナメて急いで行くと、猫やイタチをひきそう になった。 24208 「犬も歩けば不況にあたる」 今、町を歩いてもテレビでニュースを見ても、あらゆる所で倒産やリストラなど,不況を感じずにはいられないような日本です。 だから、どこに行っても不況に出くわすということからこの格言を作りました。 24210 格言 一日一膳 解説 一人暮らしを始めて早半月。 食費節約と食事を作るのが面倒くさいという事で、一日一食なんていうこともしばしば・・・それでも人間はしっかり生きていけるのだと、自分の身をもって感じました。 というわけで、こんな格言を作ってみました。 (だけど本来は一日三膳が望ましいはずです。 ) 997601 失敗の中に必ず成功の光がぴかっとひかり 解説 「失敗は成功のもと」から発想した。 私の座右銘には失敗と成功の間の関係が もっと緊密を示している。 「志学」についての感想 4452 まず、作文と料理が似ているという文章が衝撃的でした。 今まで、私の作る料理(文章)がまずかったのは(下手だったのは)ひとつの料理のところどころの過程が抜けていたからだということがわかりました。 文章をかくのに、こんなに丁寧に材料を集めたり推敲したことがないのです。 たとえば、タイトルをつけるのにこの志学のようにB5の半分も語ることができるような理論がありませんでした。 しかし、料理というものは間違った作り方をしたときにかえっておいしく仕上がるときもあります。 文章にもそういう意外性が必要なときもあるのではないかと考えさせられます。 12211 僕は、大学入試のときに小論文を書いたことはない。 そのせいか、決して文章を書くことが苦手でも、嫌いでもないのに、1回生のときにレポートの課題を出されると苦労したことがあった。 書く内容に困るのではなく、書き出しに困るのである。 書き出しの重要さは、よくわかってはいたが、この「志学」を読んで、改めて書き出しの大事さがわかった。 僕は小説をよく読むのだが、やはり面白い小説は書き出しが面白い。 そして、会話文や心中文から入っているものも多い。 確かに、レポートを書くときには、このような手法を使うのは、難しいかもしれない。 しかし、型にはまりきったものではなく、思い切った書き出しをするよう心掛けてみようと思う。 この「志学」は、他の部分でも今までまったくの我流で文章を書いていた僕にとっては、教えられることの多かった「参考文献」であった。 12457 文章を書く時、今までの私が気をつけていた事は【簡潔さ】【ネタ性】の2点だけで した。 それを実行すると、文章の短い味気ない作品に仕上がってしまい、自分の文章 に納得がいかないことが多々ありました。 自分自身ではその理由はわかりませんでし た。 ところが今回「志学」を読んで、初めてその理由がわかったんです。 私は話の材 料集めを怠っていたんです。 自分の持っている発想力だけで戦っていました。 負け試 合です。 これからは内容の濃い文章を書けるよう、いっそうの精進が必要だと悟らさ れました。 21502 このプリントは大変わかりやすかったです。 「なるほど」と思うところがたくさんあり、 先生の生徒に対する作文をうまくなってほしいと言う気持ちもかなり感じることができたし、 この先生はとても親切だな、とも感じました。 このプリントの手順・方法に従って書くと確かにいい作文ができそうです。 でも、私としては生徒たちが技術にとらわれすぎることが心配です。 きっと生徒たちはこれを読んだあと、この通りに書こうとするでしょう。 でも、仕事や小論文じゃない限り、書きたいことをそのまま書いてしまうのが 本当の作文じゃないかなあ?とか思ってしまいます。 言い過ぎている気がしますが・・・ これから、私たちはレポート・卒論・仕事など論理的な文章、人をひきつける文章を書くことを 要求されるでしょう。 そのときはこうして書く技術が必要になってきます。 でも、まだ中学生だから、うまい作文を書けるに越したことはないけど、 まだ自由に書いていっていいんじゃないか、と私は思います。 もちろんこの先生はとてもいい先生だと思うし、私自身たくさん勉強になりました! ということは言うまでもありません。 21505 全体を通しての感想は、自分が中学の時にこの内容をしっておきたかったという事です。 そうしたら感想文や弁論等の文章を書く際にあんなに悩まずに済んだのに、と思うと悔しいです。 私は文章を書けないということは無いけれど、その書き方は全くの自己流の為、順調に書ける時もあれば、一字も書けないという時もあります。 だからこの志学の内容は、メカラウロコ、という感じでした。 特に、タイトルを他人に考えて貰う、読み返す時は声に出して澱みのない文章かどうか確かめるという項目は、是非実践していきたいです。 ただ、書き出しの部分で、「会話文から入る」というポイントがありましたが、その書き方は私はあまり好きではありません。 いきなり会話から入られると、無理やり話に引き込もうとする書き手の意図がみえみえで、却って胡散臭い感じがして読む気がうせます。 この書き方は、ありなんでしょうか。 他の人はどう考えているのか、きになります。 21506 教科通信を発行するのはよいことだと思う。 生徒も楽しみにしていることから考えると、一方的なものではなく「志学」の内容は子ども達に伝わっているようだ。 作文の書き方について書かれているが、中学生にとってわかりやすいように工夫されていると思う。 具体例を挙げたり、1,2というようにうまくまとめられている。 文章を書くということはとても大切なことだと思う。 自分の考えを文章にする力は必要不可決 だ。 文章を書くためにはまず自分の考えをもち、次にそれをうまく相手に伝える技術が必要となる。 私自身も入試のために小論文を書いていて、文章を書く難しさと楽しさを実感した。 大学に入ってレポートに悪戦苦闘する学生を減らすためにも小学校、中学校から文章を書く機会をどんどん与えていく必要があると考える。 21507 私が最近書いた文章といえば入試の小論文だ 小学生の頃は作文に抵抗はなかったが中学生になると嫌いになった 志学を読んで少し作文に対する意識が変わった 書かず嫌いで終わらないようにいろいろな材料集めからはじめようと思った 22102 私は文章を書くのが苦手で、特に感想文というのはどう書いたらよいのかわからず、最も苦手である。 しかし、この志学で文章の書き方をわかりやすく書いてあるのを読んで、少し楽になった。 そうか、結構文章を書くというのは、筋道が決まっていて、わかりやすい作業なんだなと思った。 しかし、今実際にこの感想文を書くとなるとやはり難しいものだ。 頭でこうすればいいんだということがわかっていても、中々うまくできないものだ。 やはり、文章を書くというのは練習と、慣れも重要なんだなあと実感する。 22104 「志学」にあるように着実な、堅実な方法で文章を書けばきっと、「読みやすい」「きちんとした」文章に近づけるのだろう。 しかし、私にはそういう堅実な方法というものによって必ずしも「いい」「人の共感を得る」ような文章を書けるようにはならないと思える。 文章の成り立ちを学ぶ前に、人は「いい」文章を書く感性を磨くべきではないだろうか。 22105 読みやすい文章と読みたくなる文章は違う。 私は作文がもっと芸術的なものであればいいと思う。 結局のところ、自分を表現したいがために人は文章を書くのであって、それは芸術的行為だ。 だから、一部の人には理解できなかったり、嫌われたりするのは仕方がない。 実際、私も小論文の添削を受けた際、斬新な書き出しはあっさり否定された。 斬新にする必要はないということだった。 だったらこの小論文自体に意味はあるのか、と思ったら馬鹿らしくなった。 内容を伝えるのに、確かにこのやり方は有効かもしれない。 教えてもらう価値はあると思う。 でも、型にははめないでほしい。 私たちは日本語を母国語としているわけで、せめて日本語でぐらい遊びたい。 わざとめちゃくちゃに書いたっていいと思う。 そうやって怒られて作文が嫌いになった子が何人もいるわけだから。 22107 志学を読んで文章を書くのに参考になるなぁと思うと同時に、文章を書くのは難しいことだと再認識させられたように思います。 これまでに作文は数え切れないほど書いてきたと思うけど、志学にあるようにじっくり考えて書いたことはなかったし、読む側のことなんて以ての外でした。 何か行事の後に宿題として書かされ、たいていは日記のような感じの文章になっていたと思います。 これからレポートや小論文を書く事も増えると思うので志学を参考に読む人に読みやすく、しっかりと論理だった文章を書きたいとおもいます。 22108 毎回講義で配って頂ける「志学」を読んで、大変参考になる点か数多くあります。 本当に参考になります。 志学のようには、なかなか指導できないと自分で感じていた ので、将来的にも大変参考になると感じました! これからの国語指導は、まず言葉の美しさ、日本語の美にふれることが大切だと私は 考えています。 この点からも、特に作文指導に低学年から取り組ませたいと考えます! 22109 小論の練習をしている時に文章を書くのは難しいと改めて思い直したと同時に、何を基準に採点されるのか疑問に思ったことがありました。 型にはめられた書き方なんてないし、読み手によっていい文章の基準は変ってくるはずだと思ったからです。 池田先生は生徒たちに文章を書き始めるにあたってよいきっかけとアドバイスをあたえていらっしゃるとは思うけれど、少し型にはめすぎだと思いました。 個人のいいところを引き出してやることの大せつさを忘れかけているのではないかとおもいました。 向田邦子さんの『父の詫び状』を読んでみました。 確かにタイトルには引かれるとことがあるし、時間を前後させながら書いてあってテクニックとしてはすばらしいと思ったけれど、正直なところを言うとそのような技を多様しすぎたせいか、非常に読みにくい作品だと思わざるを得なかったです。 「良いか悪いか、使えるか使えないかの判断は〜やめるのだ。 」「書き上げてから1日以上時間をおいてから読む」「書き上げたばかりの文章は独自の熱を持っている」のところは私的に感動を受けました。 22110 私は文章を書くことがあまり得意ではない。 しかし、将来国語の教師を目指しているため「面白くて、読みやすい」文章を書くことが必要になってくると思う。 自分の頭の中にあることを文章で表現することは難しいことだが、今この「志学」を読んで少しは参考になったような気がする。 これからは他人に楽しく読んでもらえる文章を心ざしたい。 そしてたまには料理をしてみよう!! 22401 自分は文を書くことが苦手、というか嫌いな方かもしれない。 文では自分の伝えたいことが伝えにくいから、自分の言いたいコトを伝えきれない部分があるから。 大学入試の小論文も何で自分が合格したのかわからないくらい上手くできない。 けど、これからレポートなど文を使って色々と表現しなければいけないから、料理を作る感じで文を書こうと思った。 今一人暮らしでインスタントが多いから、手料理から始めて、文を上手く書くぞ。 22402 小学校などで作文は思ったことを素直に書きなさいなどと いったことがいわれるが僕はずっとそれに近いことをしてきた だがこれを読んで誰かに読んでもらうことを前提とするものとしては それ相応のテクニックなども必要なのだと気付かせれる事ができた これからは参考にしたい 22403 そういえば小学校の授業で習ったなと思いながら読んだ。 取材や情報収集にインターネットを使うのは便利ではあるが、 ネット上には有益な情報のほかにゴシップやデマも多く流れている。 ネットで得た知識や情報が正確であるかどうか見極める能力も 求められるのではないだろうか? また、簡単に漢字入力ができるため いざ鉛筆を持って書こうとした時、漢字をど忘れしてしまう。 パソコンやネットは便利ではあるが その便利さに溺れない様に常に気をつけないといけない気がする。 22404 私は、作文が苦手である。 こんな私でもこの学校には入れたのだから、努力というものの力は素晴らしいものだと思う。 作文や小論文といったもの類に触れることをしてこなかった為、入試前は、自分で言うのもなんだが、大変努力した。 何度も何度も書いては消し書いては消し、書けたと思ったら、題とはかけ離れた内容になってしまったり、そんな苦労を続けた私にとっては、大変為になった物だった。 料理にたとえ、インパクトの持たせ方、さまざまな手法が分かりやすく書いてあって、今までの苦労は何だったのかと思うくらいである。 もっと前にこれに出会えていたら良かったのに。 おそらく、同じ内容を書いた「作文の書き方」と題した本より数倍いいものだと思った。 22405 私は作文がかなり苦手です。 だから更に志学に書いてあるような文章の書き方などを考えていくと、余計に作文というものが勉強といったようなものに思えてしまいました。 しかし、小論文の勉強をしてても思ったのですが、相手に読んでもらうという前提で文章を書くときは、題名に工夫を凝らしたり、書いた後に第三者に読んでもらったりするのも大事だと思います。 と言いつつもまだ私は思った事をどんどん書いていく方法でしか書けません 笑)実際小論文も一気に書いていく人だったので、一枚書くのに10分ぐらいで書いていました。 これからは志学も参考にして、読みやすい文章を書けるようになれればいいなと思います。 22406 作文の書き方についてだった。 書き上げてから一日以上あけて、読み返す というのは共感できた。 その時は熱中していいかんじやなって思う。 でも、 冷静によむと全然たいしたことなかったりする。 でも、基本的に作文なので 好きなように書くのが一番いいんちゃうかな。 鵜呑みにすると書き方の幅が 狭まると思う。 22407 作文といえば小学校や中学校で書いた「遠足」や「体育祭」 について、自分の体験や思いを示したものを思い出します。 それは、大学受験の時に苦労して書いた小論文とは別のもの だとされています。 しかし、文を書くことには違いなく、読 み手に思いや考えを伝える点では同じです。 志学を読んでそ の考えが特に強くなりました。 というのも、わかりやすく相 手に読む気を与える文を書くことが必要だという部分を読ん で、これは両方ともにあてはまると感じたからです。 作文は自分の体験したことを起きた順に書くことが多く、 実際は、この形式が私たちが嫌うものだという部分に、全く その通りだなぁと思いました。 ただつらつらと、相手の体験 談が記されていても内容がおもしろくない限り、読む気はし ません。 志学を読んでみて、意外と作文を書くときに注意できてない 部分が多いということに気づきました。 これから、作文を書くときはタイトルや内容の構成を十分に 練りあげて書き、昔書いたものと比較して読んでみると、 考え方や目のつけどころも違ったりしておもしろいかも知れ ません。 22408 他の人と書き出しが同じになるけれど、自分は作文は嫌いだ。 上手くかければカッコいいだろうなとは思うけど、その努力はしなかった。 この「志学」よんで、なんとなく自分にも書けそうかなと思えた。 時間をかけて、書ける様になればいいかなと。 22409 私が通っていた中学校の国語の授業では、こういった「作文の書き方指導」 が盛んに行われていて、毎時間のように作文を書いたのを覚えている。 その時 先生はやはり、作文における書き出しの重要性をいつも主張していた。 「志学 」には書かれていない事柄であるが、書き出しに例えば擬態語や擬声語を置く ことを効果的だとすすめていた。 他にも話の材料を集めるよう言われたが、「 志学」にあるようにその材料を吟味して上手くつなげていくのには苦労したも のだった。 私は、作文にはある程度ミステリアスな部分が必要だと思う。 謎な部分があ るほど、人間はより興味をひかれ「読みたい」という意識が強くなるのではな いだろうか。 22410 プリントにもありましたが、私も文章を書いてる途中で関係ないことをふっと思いつくことがあります。 プリントでは「そのアイデアを簡単に捨ててはいけない。 」といったことが書いてありましたが、むしろ私はその逆で、何とかそのアイデアを強引に文章中に入れようとしてしまいます。 結果、ピントのぼやけた文章になってしまいます。 いずれの場合でも「吟味する」っていう作業が必要で、自分に最も欠けていた作業だってことを知りました。 次に作文を書くときは、いきなり文を書こうとせず、ちょっとしたメモをとって吟味する時間をとってみようと思います。 22411 志学の内容には、共感するところと、そうでないところがありました。 その通りだ、と思ったところは、書き上げてすぐの文章はよく思える、というところです。 言われてみれば、今までに書いた作文・論文でも、完璧と思って他人に見せたのに、 おかしいところを指摘され「なんでこんなふうに書いたんだろう・・・」と 思ったことが多々ありました。 共感しなかったところは「会話文・心内文から入る」というところです。 aとbの文章がありますが、私はaの方がわかりやすく思いました。 それに、「会話文・心内文からはいると、次の二点が達成される。 いきなり事件の山場に入る・読者をおやっ?と思わせる」 とありますが「いきなり事件の山場に入る」という点では、 aの方が適当ではないか、と思います。 最後にためになったことですが、うかんだアイディアを使う使わないにかかわらず、 メモしておく、ということはいいと思いました。 22412 「良いか悪いか、使えるか使えないかの判断は、アイディアを出し切ってから、その次に行う」と書いてありましたが、正に同意見です。 僕は、趣味で簡単な推理小説を書くのですが、その時によく「これは駄目だろう。 」と決めつけてしまう時がありました。 しかし、ある時から「とりあえず思いついた事を書き出してみよう。 」と思って実行に移したところ、案外それまで駄目だと思っていたことも役に立つことが分かりました。 [志学]を読んで、頭の中であれこれ整理するより、まず頭に浮かんだことを書き出してみる、という作業の大切さを再確認することができました。 22413 その時感じた自分の気持ちを書き込むこと、これが私の作文の書き方です。 この方法は率直に自分の感情を伝えることが出来るけど、文の途中で話をどう展開したらいいのかわからなくなってしまうことがあります。 「志学」を読んで、柱を立てたうえで文章を構成することの大切さを改めて感じました。 私も人をひきつける魅力的な文章を書けるように頑張りたいと思います。 22414 カレーの作り方に例えて、作文の書き方を説明したのは、とてもわかりやすく面白かったです。 小論対策で、文の書き方を習い実践していたつもりだったけれど、本当に、読みやすい文を書けていたか自信がありません。 読もうとする人が食いついてくるような文章を書けるように、なりたいです。 22416 昔から作文は大の苦手だったので、これはとてもためになりました。 特に書き出しのところは、文章の順序を入れ替えるだけでこんなにも印象が変わり、読みやすくなることに感心しました。 他に印象深かったのはタイトルのところです。 言われてみれば私もタイトルだけ見て、おもしろそうだと思い本を借りてることもよくあります。 私は今まで、タイトルは付け足しのように適当に考えてきたけれど、これからは重要な役割を持つものだと認識して考えていきたいです。 今回の授業で触れられなかったというものも、機会があれば聞かせて下さい。 22417 志学のプリントを読んでいて、作文にも読み手を引き付けるようなものが必要なんだと初めて知りました。 内容をきちんと考えて組み立て、タイトルに印象的なものを付ける・・・という一連の作業はまるで小説やエッセイを書く時の様で、作文も同じように書くことが出来るというのは新鮮でした。 小学校や中学校であった宿題の作文などは毎年嫌で嫌でしょうがなかったんですが、もしこれから文章を書く機会があったなら、今までとは違った気分で書いてみようと思います。 22418 『志学』を読み、初めはそのタイトルに大仰な内容を想像していた。 しかし、中身は 「作文の書き方」について、筆者は語っていた。 そのことは冒頭でもわかることだが、 そう思って読み進めていくと、ただ作文のことに言及しているだけではなく、余談含め なかなか楽しく読むことが出来た。 内容全体的な感想を書くと、納得できる部分が多々あった。 「順序立てること」と 「閃くこと」。 また、論の組み方に工夫を加え、読み手が興味を持つように組み立てて いくということ。 これらはつい1・2ヶ月前に、この大学の入試に必要であった小論文 でも共通のことである。 だから、これらの項目には大いに苦心したし、また、その分 書き慣れもした。 こういった個所は確かに同意見である。 しかし、それは「小論文」で、 である。 作文においてでは、閃きは重要でも、文の構成と言うよりは文の勢いの方が より大きなウエイトを占めていると思う。 文に勢いがあれば、それだけで読み手は大いに 興味を持つだろうし、それが小論文との違いであり、作文の良さではないだろうか。 また余談の部分で、筆者はインターネットについて述べている。 そこで、「頭がよいと いうことは、多くの知識を取り出せることではなく、如何に使えるか」がポイントだと 言う。 「不思議だと思うこと、なぜなんだろうと思うことが頭のいい人」だと言う。 し かし、不思議に思うだけでなく、そこでそのことについて考えを突き詰め、正しい解答 を出せなくとも、自分なりの答えを見つけ出すことが重要であると考える。 それが、今 言われる「考える力」なのだろうが。 ま、自分で書いておいて、正直そう言ってそれが できれば苦労はないとも思う。 実際、今の自分にできるという絶対の自信はない。 文字 の上では・・・と調子に乗った自分に少し反省。 話が逸れたが、『志学』 学を志す ということは、すごく大変なことであると改めて 認識した。 昔の誰かさんは十五にして、よくこんなことを思ったものだと感心する。 22420 私が作文を書くときは、まず頭の中で大まかな話の流れや展開をまとめてから 一気に書きます。 それから何度も読み直して、文章のリズムを整えたり、誤字・ 脱字がないか確認します。 タイトルは最後につけます。 タイトルにしても、話の 内容や展開にしても、一ひねりあるものにするように悩みますが、それがなかなか 時間がかかります。 でもそうやってできた時の達成感がいいので、作文は好きです。 これからは、インターネット等も使って知識の幅を広げ、より深みのある作文を 書けるようになりたいです。 22421 小学生の頃から、読書感想文を除く作文は好きだった。 しかし、昔から「話がごちゃごちゃ」と指摘される事が多かった。 おごる訳ではないが、文章を書いていると、次から次へ書きたいことが出てくるのだ。 それをまとめる事もせずにだらだらと書いてしまうので、読み手には読みにくかったと思う。 やはり、文章を推敲し、まとめる事は大事だと再認識した。 加えて、文章を書くことに慣れなければならないとも思った。 22422 作文(文章)をおもしろくわかりやすく、人に興味をひかせるよう書くのはとても難しいです。 志学に書いてあったとおりやっても、下手したらダサい文章になってしまいそう。 (いきなりセリフからはじめるやつとか。 )内容をあたためている段階から全体の構想をねって、そのうえで使ったなら上手に出来るかもしれないなー、と思いました(^-^) 22424 本文:僕は今まで作文を書くのがとても苦手だった。 何を書けばいいのか分からなかったり、上手く書こうと思うあまり、とりあえず書いてみるということができなかったからだと思う。 しかし、志学を読んで相手を引き付けることのできる書き方が分かった気がする。 とりあえず材料をいろいろと出してみて、後はだらだらと書いていくのではなく、相手が読みたくなるように順番を考えたり、タイトルや書き出しを工夫したりすることは、今までの自分にはできていなかったが、とても大事なことだと思った。 22425 志学を読んで思ったのは何事も土台がないといいものは生まれないということです。 料理に下ごしらえがあるように作文にも下ごしらえがある。 もっともなことです。 私もこれまでたくさんの作文を書いてきましたが、相手に読んでもらおうと思って書いたことはなかった気がします。 でも作文は他人に読んでもらうもの。 そういうところも料理と似ているんですね。 小学生の頃はわからなかった作文の書き方が今やっとわかるようになりました。 それはこの文を読んだからだけでなく、先生のお話や、何よりも作文をいっぱい書いてきたからだと思います。 やはり土台あればこそなんですね。 22426 小学生の頃、作文を書くことに苦闘している私に向かって先生は一言、「自分の思ったままを書いたらええよ。 」 この一言で何か頭のもやもやがとれたのか、その後はえんぴつがすらすら動いた。 言葉を選ぶことなく、ほんとうに思ったまま書いた。 小学生の時分はそんなものだろう。 大学生になった今、何か文章を書く時私は、『ちょっとええ文章』にしたくなる。 この感想文もそうしたい。 そのため言葉を選び、文章にちょっぴり遊びを入れたいのだが、それがなかなかできない。 原因は分かっている。 ただ一つ、語彙の不足だ。 語彙が豊富であってこそ、ええ文章が書けると思う。 22427 簡単に言うと、文章を書くことの難しさを改めて知ることとなった。 いままで、 受験時の小論文含め こんなに深く、文章を考えさせられたことはなかった。 この「志学」は、作文が題材であったが、それでも読者の興味を引く書き方や、構成、 アイディア集めなど本当に納得のいくものであった。 まぁ言えば、あまり考えずに文章と思って書いていた自分が、ただのバカだったと 思い知らされた。 でも、今はもう文章をあまり書かなくて良いので、気にはしていない。 こうやって、レポートとして少々書く分に関しては、文章の上手い下手は正直、あんまし 関係ナイっしょ! 以上、感想終わり。 22428 作文なんてしばらく書いていません。 入試対策として小論文を1カ月ほど練習しましたが、自分でやりたくてやっていたわけではなかったので、全然楽しくありませんでした。 昔から特別作文が好きと言うわけではないので、これから先、自分から進んで作文を書くと言う事はないと思いますが、もし、「作文を書かなければいけない」という事態に遭遇したら、 『志学』の内容を思い出して書いてみようかと、少しだけ思っています。 22429 確かに何か文章を書いている時、けっこう良い考えが浮かんだのに「これは関係ないかな」とか「こじつけだな」と感じて文字にするのをやめてしまうことがしばしばあります。 でも「志学」を読んで、そういうひらめいた時はとりあえず文字にしておいて、後で全体的にまとめるという方法を学んだので、今後実行したいと思います。 また、文章の並び方の違いだけで全体の印象ががらっと変わるということも勉強になりました。 今度からは文章を書いて全体を見直す際、この点にも注意したいです。 22430 一番最近書いた作文が小論やと思う。 小論はタイトルっちゅーのがなかったけど。 小中高とカンペキ関西弁で作文書いてたから、標準語に直すんにめっちゃ苦労した。 関西弁で作文書くんは失礼やって何回か言われたけど、なんでかわからへん。 世の中謎だらけやわ… 22432 私は私立小学校に通っていて、小学生時代にはかなり作文を書きました。 その時に先生に教わったこととよく似たことが書いてあって、やっぱり作文を書くのにはポイントがあるのだと思いました。 でも、ひとつ「志学」を読んで初めて分かった事は、「途中で思い出した事も書けるようにアイデイアを出し切ってから書く」という事です。 これは分かっているようで実際はできないことだと思います。 作文を書いていると「あ、これ書くの忘れた!でも面倒やからいっか」と思うことが多多ありました。 でもこの通りに書くとそういう心配がなくていいなぁと思いました。 22433 志学を読んで思ったのは、そうそう上手くいくかなということです。 確かに、ああなるほど、と思う箇所は多々ありました。 「作文と料理は似ている」「誰にも書けないことを書く」「3行が勝負」どれもその通りだな、とは思いました。 で、だから?あまりに漠然としていて、「作文の書き方」としては、ほとんど実用的でないと思いました。 中学生は小説家ではありません。 そんな立派なものを書かなくたって、自分の感じたありのままを書いてはいけないのか。 それが、作文の最も大事なところではないのか。 あまり立派なものを書こうとして、作文の最も大事なその部分があやふやになったり、誇張してしまったりしないか。 そんな作文を仕上げて、本人はそれで満足か。 そんな疑問が沸いてくる文章でした… ちなみに「ボールペン」のところで私が読みたいと思ったのは「その2」です。 最も身近(?)で、興味がありました。 「その3」は意味がわからなすぎて、読みたいとは思いませんでした。 ただ、、<余談>のところは共感できました。 知っているだけではなく、それを生かせていけるように、知識を身につけてつけていきたいと思います。 22434 『面白くて、読みやすい』そんな文章はこれからとても必要だ。 教師になった時『面白くて、読みやすい』文章でなければ生徒は読んでくれないし、子供だけでなく大人も読んでくれない。 どんないいことを書いていても読んでもらえねければ意味がないからです。 志学を読んで、どうすれば読む人が興味を持つ文章、読みやすい文章に書き方がちょっと分かった。 その中でも書き上げてから一日以上時間をおいてから読み返すのは大切だなあと思った。 また、僕がおすすめすることは、書くための材料として、行事が終わった直後にその時の気持ちを何かに書いておくことです。 そうすると、その時の自分の気持ちや周りの情景を思い出しやすい。 どうしても時間がたつと気持ちの熱が冷めてしまい作文がさめた文章になってしまう。 しかし、これはその時の気持ちを思い出すのにとっても便利だから、熱い文が書きやすいです。 22436 作文の書き方は自分では知っているつもりだったが不十分だったと思った。 特にタイトルに関して自分は無関心だったのでこれからは読み手を引き付けるようなタイトルをつけたい。 22437 会話文、心内文から入る、という箇所について。 私は、物語を書くのが趣味だ。 小学生のとき、友人数人と、自分の書いた文章を持ち寄って見せあう、ということをしていた。 その第1日目のこと。 全員が持ち寄ったノートを見比べてみて、私たちは思わず笑ってしまった。 これが、5人それぞれの作品の書き出しだった。 全て擬音語、あるいは会話文、心内語で始まっていた。 (しかも、目覚まし時計が2人もいた)。 みんなに聞いてみたところ、地の文ではなかなかいい書き出しが浮かばず、結局、音や声で始めるのが一番ラクだったそうだ。 実は私もそうだった。 そして最近、ある雑誌を読んでいたら、小説コンクール入選発表のコーナーに、選考委員のインタビューが載っていた。 「それにしても、セリフ、擬音語で始まる作品がびっくりするほど多い! みんな、声や音に逃げるんですよ。 まあ、そのセリフが面白ければいいんですけど、だいたい同じような、平凡なものが多いんですね。 挨拶とか。 途中からは、またか、これもか、って感じで、飽き飽きしちゃいました。 」 『会話文、心内文から入る』という方法は、パッと読者の注意を引きつけ、しかもラクに始められるという点では、確かに便利だ。 しかし、わりとみんな使う手法なので、大量の文章を読み慣れた人には、かえって芸のない、幼稚なやり方だと感じられる場合もある。 「とにかく、音か声で始めりゃいいや」というのではなく、その内容も興味深い、オリジナリティのあるものにしなければならない。 また、地の文での魅力的な書き出しを模索することも大切だろう。 22438 私は幼い頃から作文を書くのが好きでした。 特に構成を考えるのが好きだったので、その部分について書きたいと思います。 私は3番の関係のなさそうなものを書いていきながら最後に共通項でつなげて書くといった書き方がいいと思います。 その方が、読み手も結論が楽しみだし、分かりやすい文章になるでしょう。 しかし、私はせっかく構成を考えても、書き出すと止まらなくなり、結局始めの構成を無視してしまうことがよくあります。 だから、自分で読むだけでなく、他の人の視点で読んでもらうことは最終チェックのためにとても必要だと思います。 また作文を書きたいなあと思いました。 22439 文章を読むのは好きですが、書くのは苦手でこれからレポートなどをどう対処したらいいのか不安でいっぱいです。 大学入試の小論文の対策としては、高校の先生に言われ、できるだけ多くの文章を書くようにしました。 確かに文章を書けば書くほど文章を書くことに慣れてきました。 「志学」に書いてあったことは、「なるほど」と思うことがたくさんありました。 私の場合書き出しはいつも悩むところで、読む人の興味を引くように書こうと思えば思うほど自分の思うようには書けず、書くことがいやになってくるのです。 私としてはもっと上手に、楽しく、楽に文章を書きたいのですが・・・。 もっと早くに「志学」に出会いたかったです。 22439 大学入試の小論文の対策として、高校の先生に言われ、できるだけ多くの文章を書くようにしました。 確かに文章を書けば書くほど文章を書くことに慣れてきました。 しかし、苦手意識は消えませんでした。 「志学」に書いてあったことは、「なるほど」と思うことがたくさんありました。 私の場合書き出しはいつも悩むところで、読む人の興味を引くように書こうと思えば思うほど自分の思うようには書けず、書くことがいやになってくるのです。 私としてはもっと上手に、楽しく、楽に文章を書きたいのですが・・・。 もっと早くに「志学」に出会いたかったです。 22440 まさに偶然なのですが昨日の夕ご飯にカレーライスを作りました。 志学を読んで作文も同じだとはなかなかうまく考えているなと思いました。 どんな人でも作文を知っている人ならば、ある程度は書けるものです。 このことを肝に銘じて作文そして料理にとこれからも挑戦していきたいです。 22442 私は今まではずっと何も考えずに好き勝手に作文を書いてきた。 タイトルとかもすごく適当に決めてたけど、志学の中のインパクトのあるタイトルを付けた方が良いという意見にすごく納得できた。 他にもごく当たり前の事だけどついつい忘れてしまう事も書いてあったのでこれから作文を書く時は参考にしたいと思った。 22443 「志学」を読んでおもしろいと思ったのは、作文が料理に似ていて材料がいる、というところだ。 私は大学の入試のために小論文の練習を始めたが、最初はまったく書けなかった。 書くための材料がなかったのだ。 それからは、材料集めのために情報網をはりめぐらせた。 新聞や本を読んだり、先生や友人の意見をきいたりして、いろんな考え方を学んだ。 作文と小論文は違うといわれそうだが、書くために材料がいるという点は同じだと思う。 そして、普段からいろんな事に目を向け考えることが、文章を書くときの「イメージの花火」を大きくさせるだろう。 22444 小説家は、「タイトルと書き出しで勝負する」と書いてあったのは、その通りだと思った。 僕が本を買うとき、タイトルに誘われてその本を手に取ったり、書き出しを読んで買うかどうか決めるからだ。 そして、中学の時にこのようなことをまとまって教えてもらって、羨ましいと思った。 僕は、今でもそうだが結構いいかげんに書いていた事がわかった。 読みやすく、読みたくなる文章を心がけようと思った。 22446 いつも作文は思いつくままに書いていたので志学のプリントを読んで自分がすごくいい加減に書いてたんだなぁと思いました。 そう思うと今までの文章が恥ずかしい・・・。 特にタイトルとか適当につけてました。 でも急に上手くなるものでもないだろうから新聞をよく読んでみるとか少しずつ頑張ろうと思います。 いつか読んでみたいと人に思われるような文章が書けるようになりたいです。 22448 私は文章を書くのが苦手で、書き始めるのにとても時間がかかるので、もっとスラスラ書けるようになりたいと感想文なんかを書くときに思います。 一度書いた文章を時間がたってから読み直すことが大切だと書いてあったのを見てその通りだと思いました。 だいたい読み直しをしたら、おかしい所を何箇所か発見します。 アドバイスにあったように、その後で誰かに見てもらおうかなと思いました。 22449 私は作文というものがあまり得意ではありません。 「志学」で述べられているような「読みやすい文章」「読みたくなる文章」などを意識して書いたこともありませんでした。 確かに読んでみてなるほどとは思いましたが、小学生などにこの技術といいますか書き方を求めるのは少し苦しいかと思います。 そもそも、私は作文というものが小学生時代はあまり好きではありませんでした 本や映画を見たあとに半ば強制という形で感想文を書かされるわけですが、それは小さいながらも自分の胸の内で感動が冷めると共に疑問が広がるものでした。 その後は仕方がないんだろうなという感じで疑問もなくなり今に至るわけですが・・・。 「志学」ではそういう文章を書くタイミングというものには触れられていないのでその辺りの考えを知りたく思います。 22450 人文社会系の二次試験は皆もよくご存知のとおり小論文である。 おそらく入試前は誰もが必死で小論に必要だといわれる知識を詰め込み、 何枚もの原稿を真っ黒にしたことだろう。 かく言う私もその一人である。 私は小学生の頃は文章を書くことが嫌で嫌で仕方が無かった。 国語の 授業のあとに毎回書かされる「今日の感想」。 なんとか避けられないものか と仮病を使ったことも無いとは言わない。 そんな私だったが、いつの間にか 中学も終わり、高校に入ってからというもの、何故だかわからないが文章 を書くことへの抵抗感が薄れていた。 いや、むしろ、好きだったかもしれない。 (何を書いていいかすらわからない数学の問題を解くよりは、なんでもいいから 答えの出せる作文のほうがマシだと感じたかどうかはまた別の話) そして大学入試の時が迫る。 なんと科目は小論文。 「得意分野だ!!」 と意気込んで、先生との一対一の指導が始まる。 「貴女は文章が上手ですね」 と何度も言われた。 そのたびに私は嬉しくなり、また、得意にもなった。 そのおかげで試験本番もたいして緊張せずに答案を作ることが出来た。 「センター試験であれだけ失敗したのにも拘らず合格したのはやっぱり私の 文章力だ!」 と、ますます要らぬ自信を持った。 しかし。 しかしだ。 志学を読んで我に返った。 私の文章は誰もが読みたいと思うような ものではない!小論文の書き方、教わったマニュアルどおりの構成。 私らしさなど、どこにもないではないか!!と。 他人が読みたくなる文章には、やはりオリジナリティーと幾分かのユーモア が必要であろう。 それが私の文には完全に欠如しているのではないか。 出来た作品のタイトルだって、これ以上無いくらいに適当に付けたものである。 こんなことではいけない。 誰もが読みたくなる文章。 こういうものを書けるようになるまで、 私は自分の文章を改良し続けよう。 その為に、友達の文と自分のものを読み比べ、 様々な書き方を「私の作風」としてアレンジし、取り入れていきたい。 そう思わされた『志学』であった。 22451 私は小さい頃から文章を書くことが苦手で、いつも文章を書くことから逃げていました。 でも、この志学を読んで、作文を書くということは思っていたよりも楽しい事だと感じました。 【書き出す】のところに書いてある『書き上げた文章をもう一度読み見直す、又は他人に読んでもらう』ということを私もすすめます。 この大学を受験するため小論文を勉強していて、「出来た!! 」と思った文章でももう一度読んでみると、文章のつながりが悪かったり、自分の言いたいことがうまく伝わらない文章だったりすることがよくありました。 だから私は、他人に読んでもらったり、自分で声に出して読み見直すことは大切だと思います。 私も「面白くて、読みやすい」文章がかけるように努力していきたいと思います。 22452 私は作文が苦手です。 いままで自分のことばかり考えて作文を書いていました。 でも、入試のため小論など練習してようやく人が読みやすく書けるようにすこしなりました。 今志学についてを読んで改めて人に読んでもらいやすい文の書く大切さを学びました。 今度また文を書く機会があればこれをおもいだしてかきたいです 22453 志学を配布されたときには、今更、作文について言われても、、。 と思っていました。 そして、読まず、そのままバインダーにはさんでおきました。 私自身、作文が嫌いで、見たくもないという感情からです。 私は今まで、小学校のころから事あるごとに宿題として出される作文が、悩みの種であり、苦痛でした。 どう書いたらいいのか誰も教えてくれなかったし、いつもいかにして字数を稼ぐかということばかりに気をとられていました。 課題のために、(仕方なく)志学をよんでみて、まず「ハッ」と驚きました。 すごい!と。 もう、とにかく目からうろこがバサバサ落ちました。 そしてその反面、小・中学校の先生も志学のような作文の書き方を教えてくれたらよかったのに、、、と思いました。 そうすればきっと、作文や、感想文を書くことに嫌悪感を抱かなかったに違いありません。 それを考えると、もっと早い時期に志学と出会いたかったなぁと、残念です。 何はともあれ、志学に出会えて、作文に対する見方が180度変わりました。 18年間生きてきた中で、かなり大きな出会いでした。 (大袈裟?)これから文章を書く機会には、絶対、志学を参考にします!自分の将来受け持つかもしれない子供たちにも、志学の事を語り継ぎたいと思います。 (迷惑でなければ) 22454 志学を読んでおもしろい作文の書き方がわかったような気がしました。 文章の順序を変えるだけで文全体の印象が全然違うように見えるのは本当におもしろいと思います。 小説にはこのトリックがたくさん使われていることに気づきました。 高校の先生もカレーと同じような例で説明してくれました。 高校の先生は、材料が多ければ多いほど比較、検討の末厳選した材料を使うのでいい文章が書けるとおっしゃってました。 本文の中でワープロを本格的に使う事で「書き直すことに何の苦痛も感じない」とありました。 パソコンやワープロを使いこなせる人はよくそう言います。 でも、今の私は少々苦痛を感じても紙と鉛筆で作文を書く方が多いです。 私はパソコンを使いこなせないので苦痛を感じない書き直しの快感がわかりません。 今も紙に書いた下書きを見ながら書き込みをしています。 野浪先生のおっしゃるようなペーパーレスの時代は必ず来ると思います。 だから、これからは原稿用紙での作文の練習と一緒にワープロでの作文の練習も欠かせないと思います。 「パソコンの方が楽やわー」と思えるように早くなりたい、「志学」を読んで強くそう思いました。 22456 会話文、心内文から入ることが効果的であるというがそれは、文の内容によるのではないか?例に二つの文章があるがbの方は分かりにくく、違和感がした。 それは内容が合唱際の発表というたわいもない内容だからだ。 文頭で思い切りひきつけておいて,「神様」という途方もない物を出しておきながら、ただの「発表」でとても興ざめである。 それは、僕のめんどくさがりで、結論だけを早く知りたがる性格が関係しているのかもしれないが…。 22460 「作文の書き方」を「カレーの作り方」に置き換える、これはナルホド・・・!と思いました。 小・中・高と、いろいろ作文を書く機会に恵まれ、その都度先生の堅苦しい説明を受けてきましたが、そんなことなどはすぐに忘れていました。 ですから、今回、作文はカレーだ!と言われて、これなら忘れずにいつでも思い出せるぜ!と思いました。 だから、私事の意見ですが、カレーを例に出してきたのはいいアイデアだと思います。 また、教わってきた中で一つだけはっきり覚えているのが、『文章の読み出しを会話文で始めると、相手がその作品を読みたくなる』ということです。 これは当時の私も納得し、高校受験当日の作文にこの戦法を使った覚えがあります。 作文の始まりが、いつも「私は・・・」「僕は・・・」だと、読む側の人も『またか・・・』と疲れてしまうのも当然です。 「作文」というと、自分の思っていることを書き連ねることだと思っていましたが、実は作文というのは、完成にたどり着くまでには色々な要素を自分の頭の中で広げだし、ろ過し、練り上げて、それを膨らましていくものである、ということを今回「志学」で確認させられました。 だから作文を上手に書くことのできる人は、いろんな文章に対して読解力がつくのだと思います。 私も作文からもう一回始めないといけないな、と思いました。 22461 受験のときに小論文を山ほど書いた。 しかしそれは、タイトルや内容について殆ど決められてはいた。 また、序論・本論・結論だの起承転結だのどういった書き方に沿って書いたものだった。 小論文と作文はいくらか違って入るけれど、根本的なものは一緒だと思う。 私は下手だけれども文を書くのが好きだし、日記まがいのものを書いたりしている。 けれどもそれは、人に見せられるような、かっこいい文章ではないし、読んでいて楽しいものでもない、ただの文章の羅列なだけだ。 しかし、「志学」を読んで今までとは、一味も二味も違う作文の楽しさ。 そして技術のようなものを得たような気分だ。 楽しかった遠足、緊張した発表の瞬間。 いかにして読む人にその場の臨場感を伝えることができるか。 また、タイトルをどうやってつけるか。 人に、全世界の人に自分の文が読まれる。 それってすごいことだと思う。 文を書くことは楽しいことだし、良い文がかけるとそれだけで嬉しくなる。 人にも見せたいと思う。 だからこそ、こういった文章の書き方、またはインターネットの様な文明の利器の利用によって、自分の文を成長させていける力。 その力をつけていきたいと思いました。 22462 初めてこの文に目を通したとき、まさに「目からウロコ」であった。 中学まで私は、どちらかといえば作文が得意な方だった。 しかし、特に何かを意識して書いていたわけでもなく、もちろんこの文が言うような「相手に読みやすい文」なんかを書いているつもりもなかった。 この文では、作文を書く秘訣みたいなものが書かれていたので、そういう意味で「目からウロコ」であったのだ。 しかし同時に、これを今の時点で作文が得意な子にはあまり見せたくないなぁとも思った。 中学生ならまだしも、小学生には技とかは全く意識せずに書いて欲しいと願うからだ。 22463 文章の書き方についてとてもわかり易く書かれていてなるほどなあと思った。 よく考えてみるとうまい小説というのは読者の考えている事の裏をかいたり、つい先が読みたくなるようなものだ。 けど、そこに至るまではタイトルや文章の構成など「志学」に書いてあったような様々なことに苦心して出来ているんだなあと思った。 文章の奥深さをまた一つ知れたと思います。 22464 最初に見たときには、「よくもまあこんなにも作文について長々と書いたね」ということでした。 しかし書いてある内容を吟味してみると、なるほどもっともな事が書かれていました。 私もいろいろと文章を書く機会があるのですが 平均していつも原稿用紙3枚くらい 、こんなことを考えて書くことはありませんでした。 いつも私は自分なりの手法で書くので、まあ一度くらいは考えつつ書いてもいいかなと感じました。 22465 とてもいい勉強になりました。 文章を書くのは難しいけれど、志学を読んでかなり納得させられました。 もっと勉強して文章を書くのが得意になればいいなと思いました。 22466 作文の書き方について考えたことはなかったけど1の書き方で知らないうちに書いていたと思う。 これからは文章の構成を考えて書こうと思う。 22467 今まで作文を書かされた事はあっても、「志学」に書かれている いるように作文の書き方を教わったことは一度もなかった。 この文章の中で私が最も納得できたのは、一度書いた文章を一日 位おいてまた読み返すとよい、ということである。 その方法の何 がよいのかはわからなかったが、私は手紙を書く時によくこの方 法を使っていた。 (作文を書くのとは違うけれども・・・)今回 「志学」の文章を読んで時間を置いてから読み返すことは自分が 冷静になって自分の文章を読み返すことができるのだと知った。 私はこれからもこの方法を用いて文章を書いていこうと思う。 22468 カレーライスに例えていたりして分かりやすかった。 私は文章を書く時あまり何も考えずに書いていたが、やはり順序を追って書いた方が自分の書きたい事をより明確に書けるのではないかと思った。 これから作文を書く時の参考にしたいと思います。 22469 志学を読んでまず思ったことは、受験で体験した小論文に少し似ているなぁということです。 でも作文と小論文で違うと思ったことは、小論文は与えられたテーマに対して自分の意見を述べ るものであって、作文のように自分の書きたいように自由気ままには書けません。 それとは反対 に作文は自分の好きなように書けるため、志学の中で述べられているように材料探しなど様々な 楽しみがあると思います。 志学の中ではこういった作文を書くためのアドバイスなどが、例えを 用いたりして詳しく書かれていたので、とてもわかりやすかったです。 作文や小説、あるいは論 文などを書く機会が近い将来必ずあると思うので、志学を読んだ事で得た知識を活用したいと思 います. 22470 今まで、作分を書くということは幾度とあったけれど、自分の文章は、ただダラダラと文字を綴っただけのものであったように思います。 作文を書くことにこのような技術や工夫があるとは考えられませんでしたし、ましてや読者のことなどまったく考えることもありませんでした。 これらの方法を用いれば楽しく、またより優れた文章が書けそうな気がしました。 22471 私がいる人文社会の二次のテストは、小論文だった。 小論文を勉強していくうちに、文章というのは、なんと奥が深いのだろうと思った。 文章の構成や、出だし方一つで文章の感じがまったく別のものになる。 「志学」は、そんな文章の奥深さを教えてくれるものの一つとして見ている。 様々な方法を教えてほしい。 22472 私は最近小論文という形でしか文章を書いたことがありません。 小学生の時、作文を書く機会はありましたが、ここまで深く考え、材料やアイデアを集めたことはありませんでした。 これからは作文を書く時はこういった材料やアイデアを大切にして書きたいと思います。 22473 私は母に習い、文章の書き出しを工夫するということを早くから実践していました。 それは今でも続けているし、作文とは全く違うからやめといたら、と助言をうけた大学入試の小論文さえスタイルを崩しませんでした。 文中にもあるように「読みやすい」「読みたくなる」文章だとてっとりばやく錯覚させるには、文頭におもしろい台詞をもってくればいいと思ったからです。 (もちろん中身をつめないと意味はないですが。 )志学を読み、その考えは間違っていなかったと確信でき、非常に嬉しかったです。 もうひとつ興味をもったことは「書き上げて一日以上時間をおいて読む」ということです。 なるほど、これを行っていなかったから私の書いた文章は、書いた時点の自己満足にしか過ぎなかったのだと分かりました。 完成させ随分後に読むと、未熟すぎてはずかしくなることばかりだったからです。 例えば、担任になって学級通信を書く時も、ある程度冷めてから推敲しないと、こどもがついてこれないようなひどい文章になるだろうなと思いました。 22474 「志学」を読んで、なるほど!と思いました。 確かに料理と作文はよく似ていると言えると思います。 料理は仮に同じ料理を作るとしても作る人によって味付けなどが微妙に違ってくるし、作文も同様に同じ事を書くとしても書く人によって感じ方などが違ってきます。 そういう類似点に気づく機会に出会えて良かったです。 「志学」はなかなか興味深く読めました! 22475 私は作文ひとつ仕上げるのにすごく時間がかかる。 というのも書く前にしっかりと文章の構成も考えず、半ば行き当たりばったりで書いてしまうことが多いからだ。 ただインスピレーションの湧くままにシャーペンを走らせる。 しかしいつも途中で行き詰まってしまう。 あまりに何の考えも無しに話を進めてきてしまったので、どうやって話を結末に持って行けば分からなくなってしまうのだ。 私は途方に暮れる。 そこで今まで書いた分をとりあえず読み返してみると、ただ感情的でなんの論理性もない文章だということにやっと初めて気づき、とても人に見せられないと思い、また最初から書きなおすはめになってしまうのだ。 この志学を読んで私は、私の作文を実際読む人の身になり書く必要があることを学んだ。 読みやすい文章=読みたくなる文章を目指して、これから文章を書いていきたいと思う。 22476 正直、『志学』とゆうタイトルを見た時、難しそうなイメージを抱いたが、内容を読むと単なる作文の書き方で心配ゾンやった。 しかし、詳しく読んで見ると「閃きが重要」であったり「情報収集」など、納得できる部分もあった。 また、作文とゆう本来、規定なく自由に書けるモノを、参考にせよ、書き方を記しているところに興味を抱きました。 22477 はじめ志学と聞いて正直何のことかさっぱりわかりませんでした。 でも、プリントを読んで行くと、作文というのはこういうふうに書くのかと、今まで考えてきた文章の書き方と全く違い驚きました。 次回、文章を書くときは、このプリントで読んだ知識を活かして書いていきたいと思います。 22478 1印象的なタイトル2何だろうと思わせる書き出し3読みやすい文字、レイアウト4しっかりとした内容 これらは何回も言われ、私も心がけてきたことです。 でも作文を書くためにインターネットを使うことや、向田邦子さんの本を読むことをすすめられたことはありませんでした。 作文によって自分の世界を広げることもできるのだと気がつきました。 作文のコンクールなどに出すとき、先生がやたら手を加えるけれどあれは良いのでしょうか。 疑問に感じます。 私は読書感想文が苦手なので、その書き方も教えていただきたいと思いました。 22479 私は、文章は文章を作るのが結構好きな方だと思います。 といっても、最初から好きだったわけではありません。 小学校3年の時に担任の先生が作文を誉めてくれたことがかなり嬉しくて、もっと誉めてもらいたい一心で、毎日の自由宿題では作文ばかり書いていました。 私は、何かを順序立ててしたり、方法に乗っ取って行う事が苦手でこれまでも「作文の書き方」という文章に出会っても、あまり興味を抱かなかったし、ちゃんと読んだ記憶もありません。 それは、自分の中で自惚れもあったからだと思います。 しかし、読みやすい文章、読みたくなる文章であったのかと考えると、自信がありません。 (柱を立てる)の中で「苦労して調べたものは、すべて使って書きたいと思う」とありましたが、私は全くそのとおりだなと気づかされました。 日記なら、許されることであっても、人に読んでもらおうとするとき、全くの自己満足であっては、いけないなと思いました。 、 22480 私は作文に限らず小論文などとにかく文章を書くというのが苦手で大教大の小論文の入試の勉強でもとても苦労した。 小論文の書き方の本なども2冊ほど買った。 買ったはいいもののいざ書くとなるとなにから書き出していいかわからず書きなれるまでにはかなりの時間がかかった。 でもこれを読んでなんか「あれ?文章書くのってそんなに難しいことちゃうんかなぁ?」って思えた。 私が今まで文章を書くことを苦手と感じていたのは実はただの食わず嫌いのようなものだったのかもしれない。 22481 今回志学を読めて良かったです。 今まで作文を書く時は思ったままに書いていて読み手のことを考えて書いたことは一度もなかったように思います。 きっと読みにくい文章だったでしょう。 読み手のことを考えて書いた文章といえば入試の小論文くらいです。 その小論文も先生の指導の下なんとか形にはなりましたが、志学にもっとはやく出合えていれば少しは楽になったかもしれません。 これから文章を書く時の参考にしたいと思います。 22482 私は作文などを書くことは好きだけれど、普通すぎて面白みのない文章になりがちです。 しかしこの志学は書く前の段階から説明してくれていて、わかりやすかったです。 また、文章の組み立て方や興味のひきつけ方も説明してあり、これから文章を書く上で使えると思いました。 22483 私は、今までにたくさんの作文を書いてきましたが、書くときに『相手に読んでもらう』のでなく、自分の思うこと、体験したことをやみくもに書いていたように思います。 作文を書くときは、自分中心に書くのでなく、相手の立場にたって考えていくことの大切さを、 痛感しました。 22484 私が、「志学」の文章を読んで感じたことは、今までの私の作文のヤバさです。 おそらく私の18年の人生で一番良くできた文章は、大学入試のときの小論文です。 あの時は人生の分かれ道に立っていたので、なかなか「志学」の文章にそった書き方かもしれません。 しかし、それ以外はほんとに「おもしろくない」作文だっただろうなーっと反省しました。 22486 「面白くて、読みやすい」文章のこつを書いた文章だけに、この志学自体、興味を引かせる文章でした。 また「良いか悪いか、使えるか使えないかの判断は、アイディアを出し切ってから、その次に行う」これは、以前、余計なことを考えても意味がないと思っていた私にとって、論文の勉強をしていた時、どれだけ大切なことか思い知らされたことでした。 一見、無駄に思えるこの作業も、文字にすることで視覚を使い、自分の考えていることが頭の中で考えるよりずっと分かりやすくなります。 またそうすることで、いろんなことを思いつくきっかけにもなるのです。 この志学は、私自身が納得することも、なるほど!と驚かされることも書いてあり面白い文章でした。 私はどちらかと言えば文章を書くのは苦手ですが、読みやすい文章を書くために、読みたくなる文章を書くために、常にいろんなことに興味関心を持ち、新しい発見をしていきたいです。 24205 私は、小さいころは学校で書く作文が好きでした。 でも、大きくなるにつれ苦手に思えるようになった。 プリントを読んですごくいい事を聞いたような気持ちになりました。 文章をろくに書いたことがないので、これからたくさん文書を書いていこうと思いました。 24206 「作文の書き方」という内容についてはとても役に立つ事が書かれている。 ただ、こういうプリントを中学生に配布するということは、私だったら、いやだ。 なぜかというと・・・。 「志学」にも書いてあったように読みたくなる文章、読みやすい文章ではないからだ。 字も小さいし、字と字の間隔も狭い。 本当に子供たちに読んでほしいという作者の思いが伝わってこない。 パソコンを使っているというのもそれを反映していると思う。 私だったら、手書きにする。 私が小学生の時に、先生の作ってくれたプリントは読みたくさせるものだった。 ちょっとしたイラストがあったり・・・。 字というのはその人そのものだと思う。 だから、子供たちをひきつけるものがあれば、もっとよくなると思う。 24207 「志学のプリント」を読んで、改めて文章の魅力の偉大さを感じたように思う。 私は今まで人から文章によって刺激を受けて満足してきたが、今は逆に「自分が人を惹き込ましたい」という思いがこみ上げてきた。 皆をワクワクさせるような、そして頭の隅でもいいからずっと残してもらえるような、そんな文章を書きたい。 とは言っても今の私には人を惹きつけるどころか、「文章」というものすら書けない。 だからまずは、毎日書いている日記から改めて「文章」というものを考え直したいと思う。 今思うと、今まで書いてきた「幼稚な文章」を抹消したいくらい恥ずかしい・・・ 24208 私も、アイデアを出す時に、関係のないものはすぐに書くのをやめようと判断してしまっていると思った。 作文の力をつけて、3番目のパターンで書ける様になりたいと思った。 24210 私は「志学」と聞いてはじめはさっぱり何のことか分かりませんでした。 とりあえず、「文章の書き方・組み立て方」ということなのでしょうか。 私は今まで文章というものは、小学校のころの読書感想文とか、反省文くらいしか書いたことがなくて、文章の構成とか読みやすさなんて考えたこともありませんでした。 ただ思いついたことをそのまま文章にしていました。 なので、今まで私の書いた文章を読んできた人は、読みにくくて主旨が分からないと感じていただろうと思います。 どうせなら、文章を書き始める年頃のころに、「志学」を学びたかったです。 今まで私が書いた文章を読んできてくれた人たちに謝りたい気分です・・・読みにくい文章しかかけなくてすいませんでした!! 997601 「志学」を拝読した。 作者が主に作文材料と書き順番という二つを書いている。 全文は先生の立場から生徒に作文の作法を教える話だ。 ここで、「志学」について、いくつか違う考えを述べましょう。 まず、タイトルとして「志学」とは何か?「学問に志すこと」と辞書でいう。 この文章の中味は作文材料と書き順番なのだ。 確かに、作文を作ることは学問である。 が、このタイトルが大きすぎではいないか?もし何か副タイトルうぃ付いた方がいいと思う。 次に、作者が作文に料理をたとえる。 作文作法のプログラムとカレーの作り方と似ている。 そして、「こんなことはどこの作文の参考書にも書いてない」と作者が考えた。 もちろん、中学生向け分かりやすい説明が必要がある。 が、周知のように、普通の人がカレーの材料をスーパーで買って「手順通り」で作って、大体出来てくる。 しかし、作文の材料どこでもらう、どのような材料がいるか、どのように書くか、「マニアル」あるか?頭が考えないと出来るか?だから、作文と料理が根本的に違うには、作文のプログラムが思惟で創作活動である。 作者が後の文章の中でもそう書いている。 「カレーライスをつくるのであればその足りないものをスーパーにでも行って買ってくれば、済むのですが、作文の場合は、どうしたらいいのでしょうか?」と自ら「 作文」と「料理」似ている+ことを否定した。 つづいて、作者が材料捜す方法を話だ。 その方法として、1、本やインタネットで調べる。 2、人に聞く。 3、現場に行って調べる。 とまとめた、ここで、とくにインタネットをたくさん紹介した。 インタネットを利用して中学生が『四人はなぜ死んだのか』という本が出たの例を挙げていた。 作者の意図が一体なんだろうか、皆がすべてインタネットを利用ですか?皆が本を作るか?中学生が一体どれぐらい知識を持っているか、文学史で有名な作家川端康成がそれでも高校生時に作品を出した。 そして『四人はなぜ死んだのか』このテーマだけから考えると、矢張りインタネットからいろいろ情報をまとめてではないか。 この本でどれぐらい文学的芸術性を持っているか?図書館でたくさん名作を読んで、基礎的なものをがっちり身に付けた方がいいと思う。 上 997601 続く 最後、作者が「書く順番」について三つ方法をまとめた。 残念ながら、プリントで2番の方法が漏れた。 作者が「1、出来物の起きた時間順に書く」に対して、「書きやすいかもしれませんが読む方からすると読みたくはない形式」と否定した。 作者が文章のジャンルを考えず、こんな結論を出してくる。 ご存知のように、時間順に書く文章が日常生活の中にたくさん出ている。 たとえば、地震、テロなど事件が発生後、その場面の描写記事がすべて時間順に書く、誰でも読みたくないではない。 だから、ジャンルによって、それぞれ書き方がある。 どちらがいいか悪いかいえない。 「志学」の中で、まだまだ議論価値がある。 以上おおざっぱに考えながら書いた。 下 四季の歌 4452 春の暖かい雰囲気さんからね わらわら届いた みんなの合格の笑顔が ジリジリ蒸し風呂みたいな教室さんからね たらたら届いた みんなの滴る汗が たくさんおいしい料理ののったテーブルからね わいわい届いた みんなの食べっぷりが 木々をふるわすこがらしさんからね ちくちく届いた みんなの丸まった背中が 12211 眠たげな桜さんからね ゆらゆらとどいた ピンクのゆうびんが どこまでも高い空さんからね きらきらとどいた 真っ青なゆうびんが 少し寂しげなコスモスさんからね こっそりとどいた むらさきのゆうびんが やわらかい粉雪さんからね ちらほらとどいた 真っ白なゆうびんが 12457 春風さんからね いっぱい届いた 桜吹雪の郵便が アスファルトさんからね ゆらゆら届いた 陽炎の郵便が 台風さんからね 音だけ届いた 雷の郵便が 空気さんからね 乾燥して届いた 肌アレの郵便が 21502 出会いの季節からね ワクワク届いた 新しい友達っていう郵便が 汗と涙の季節からね ドキドキ届いた たくさんの青春っていう郵便が 食欲の季節からね ひやりと届いた 体重増加っていう悪夢の郵便が 別れの季節からね どしどし届いた かけがえのない思い出っていう郵便が 21506 春風さんからね ひらひら届いた 桜色の郵便が 雷さんからね 突然届いた 夕立の郵便が 秋風さんからね そよそよ届いた 黄金色の稲穂の郵便が 木枯しさんからね 静かに届いた 柊の花の郵便が 21507 桜の木さんからね ふわりと届いた お花見の招待状の郵便が 海の風さんからね キラキラ届いた 夏休みのしおりの郵便が 木の葉さんからね がさっと届いた 運動会のお知らせの郵便が 空の雲さんからね ひゅーと届いた 友達からの年賀状の郵便が 22104 硬い地面からね ひよっこり届いた 小さな緑の郵便が 晴れ空からね どしどし届いた 日射しの郵便が 視界の隅からね じっくり届いた 褐色の郵便が あの木からね ひらっと届いた 最後の一枚の郵便が 22107 春:予備校さんからね たくさん届いた うちにおいでの郵便が 夏:花火さんからね ド派手に届いた 夏の終わりの郵便が 秋:渡り鳥さんからね 忙しく届いた 寒くなるよの郵便が 冬:ネオンライトさんからね キラキラ届いた Merry Christmas! 桜の木さんからね、青空に届いた 桃色嵐の郵便が。 夕立さんからね、今日も届いた 洗濯物の郵便が。 もくもく煙さんからね、おなかに届いた 夜ごはんの郵便が。 雪だるまさんからね、お水と届いた 来年の約束の郵便が。 22424 春:風さんからね やさしく届いた きれいな花びらの郵便が 夏:太陽さんからね 力強く届いた 木々を育てる光の郵便が 秋:大地さんからね いっぱい届いた 輝く稲穂の郵便が 冬:雪降る街さんからね 美しく届いた 小さな奇跡の郵便が 22425 蒲公英さんからね ふわふわと届いた 春の匂いが 向日葵さんからね さんさんと届いた 夏の太陽が 秋桜さんからね びゅうびゅうと届いた 秋の風が 葉牡丹さんからね しんしんと届いた 冬の寒さが 22426 春:菜の花さんからね ここちよく届いた 春のおとずれの匂いが 夏:アブラゼミさんからね うるさく届いた 夏のおとずれの鳴き声が 秋:鈴虫さんからね 美しく届いた 秋のおとずれの合唱が 冬:ちらつく小雪さんからね じんじん届いた 冬のおとずれの感激が 22428 春 太陽さんからね ポカポカ届いた 心弾む郵便が 夏 太陽さんからね ギラギラ届いた 熱い日差しの郵便が 秋 太陽さんからね しみじみ届いた 赤い夕日の郵便が 冬 太陽さんからね なんとか届いた あったかパワーの郵便が 22429 はるかぜさんからねピクニックが届いた桜の郵便が 太陽さんからね海水浴が届いたスイカの郵便が さんまさんからねおいもが届いたもみじの郵便が 雪だるまさんからねスキーが届いたゆきの郵便が 22430 はる さくらさんからね ふんわりとどいた ももいろのゆうびんが なつ うみさんからね とどいた そらいろのゆうびんが あき もみじさんからね しょんぼりとどいた ゆうやけいろのゆうびんが ふゆ ゆきさんからね きらきらとどいた まっしろな きらきらひかるゆうびんが 22432 ちょうちょうさんからね ヒラヒラとどいた なのはなのゆうびんが せみさんからね ミンミンとどいた あさがおのゆうびんが すずむしさんからね リンリンとどいた コスモスのゆうびんが みのむしさんからね ジーっととどいた さざんかのゆうびんが 22433 春:さくらさんからね ひらひらとどいた おめでとうのゆうびんが 夏:たいようさんからね ぎらぎらとどいた ひやけのゆうびんが 秋:おちばさんからね ほくほくとどいた やきいものゆうびんが 冬:ふきのとうさんからね ひょっこりとどいた もうすぐはるねのゆうびんが 22434 うぐいすからね ホケキョととどいた うぐいすのゆうびんが こうえんからね イッチニッサンシととどいた らじおたいそうのゆうびんが ぐらんどからね イチニツイテヨ〜イドンととどいた うんどうかいのゆうびんが じんじゃからね ゴ〜ンゴ〜ンととどいた としのはじめのゆうびんが 22437 ふたごたちからね ぽしゃぽしゃとどいた 雪解け水のゆうびんが さそりくんからね ざあざあとどいた 夕立のゆうびんが アンドロメダさんからね さらさらとどいた 霧のゆうびんが オリオンさまからね きゅっきゅっとどいた 霜柱のゆうびんが 22438 新しい友達からね どきどき届いた これからの夢と希望の郵便が 田舎のおばあちゃんからね しゃきしゃき届いた 新鮮夏野菜の郵便が 昔の友達からね どしどし届いた 夕日を見ながらたまには語ろうよって郵便が サンタさんからね わくわく届いた 心のこもった贈り物の郵便が 22439 土さんからね、こっそり届いた 芽と花の郵便が 青葉さんからね、ザワザワ届いた 心地よい風の郵便が もみじさんからね、静かに届いた 真っ赤な山の郵便が 寒い風さんからね、急に届いた 雪景色の郵便が 22440 花びらさんからね ふわりと届いた 一面ピンクの郵便が サザナミさんからね そっと届いた 海の歌声の郵便が 落ち葉さんからね じんわり届いた ぬくぬく布団の郵便が コタツさんからね みんなに届いた 甘いみかんの郵便が 22442 みつばちさんからね ちくちくとどいた はちみつのゆうびんが かみなりさんからね ゴロゴロとどいた はなびのゆうびんが かきのきさんからね ハラハラとどいた おちばのゆうびんが ゆきうさぎさんからね しんしんとどいた こなゆきのゆうびんが 22443 お雛さんからね ももの花届いた もうすぐ別れと出会いの季節だよって 織姫さんからね ほしの空届いた ほらほら上を向いてがんばってって うさぎさんからね つき夜届いた つらい時には泣けばいいって 節分の鬼さんからね ゆきが届いた ゆめをあきらめるなって 22444 大阪教育大学から レタックスが届いた 合格の郵便が かき氷から 頭がキンとする痛みが届いた 冷たさの郵便がお腹から ぐううと届いた 食欲の郵便が寒気から ヒユウと届いた 白い吐息の郵便が 22446 さくらさんからねふわふわ届いた花びらの郵便が 夏風さんからねもくもく届いた入道雲の郵便が りすさんからねころころ届いたどんぐりの郵便が 北風さんからねひらひら届いた雪の郵便が 22448 春:みつばちさんからね やっと届いた レンゲの蜜のゆうびんが 夏:かえるさんからね たくさん届いた おたまじゃくしのゆうびんが 秋:ひがんばなさんからね 一面に届いた 真っ赤なじゅうたんのゆうびんが 冬:きたかぜさんからね じわじわ届いた しもやけのゆうびんが 22449 春:カミサマからね 偶然届いた 誕生という喜びが 夏:両親からね いつのまにか届いた 愛情という宝物が 秋:息子にね たくさん送った 同じように愛情を 冬:カミサマからね いつのまにか届いた 私のところへおいでよと 22450 枕草子からうらうら届いた綺麗なあけぼのが 枕草子からゆらゆら届いた夜のお月様 枕草子からほらほら届いた真っ赤な夕暮れが 枕草子からはらはら届いたしんしん雪の朝 22451 ちょうちょさんからね ひらひらとどいた えがおのゆうびんが せみさんからね みんみんとどいた げんきのゆうびんが こおろぎさんからね りんりんとどいた いやしのゆうびんが みのむしさんからね じーっととどいた がまんのゆうびんが 22452 さくらさんからね ひらひらとどいた 春のゆうびんんが 太陽さんからね ギラギラとどいた 暑いゆうびんが まつたけさんからね においがとどいた 食欲の出るゆうびんが 雲さんからね ゆらゆらとどいた 雪のゆうびんが 22453 たいようさんからね ぬくぬくとどいた つくしのゆうびんが おおなみさんからね ざぶーんとどいた ひとでのゆうびんが くりのきさんからね わくわくとどいた ひみつのゆうびんが しろくまさんからね しゃりしゃりとどいた かきごおりのゆうびんが 22454 大学一回生の四季 春:おばあちゃんからね にこにこ届いた 頑張るんよと電話の声が 夏:高校の友だちからね ぶるぶる届いた また会いたいねと電子メールが 冬:学科の仲間からね どっさり届いた 今年もよろしくと年賀状が 22456 春が来たみたい 世界が感激に満ちているから 夏が来たみたい 世界が元気に満ちているから 秋が来たみたい 世界が眠りの準備を始めたから 冬が来たみたい 世界が眠りに入ったから 世界は面白い だって生きているのだから 22459 おだやか陽気さんからね 布団に届いた 眠らせなさい、て誘惑の便りが ギンギラ日射しさんからね 私に届いた バテなさい、て意地悪な便りが 夕焼けさんからね さびしそうに届いた もうすぐ冬だね、てため息混じりの便りが 星空さんからね 自慢げに届いた 寒いと星はこんなにキレイなんだよ、て便りが 22460 名札さんからね ドキドキ届いた 新しく名前の入ったピカピカのゆうびんが プールさんからね キラキラ届いた 笑った顔のゆうびんが 運動会さんからね ワクワク届いた 必死に応援してるゆうびんが マラソンさんからね ハァハァ届いた ほっぺを真っ赤にしたゆうびんが 22461 ちょうちょさんからね、ひらりと届いた 春一番のゆうびんが ふうりんさんからね、せわしく届いた 夕立のそくたつが からすさんからね、かなしく届いた 夕焼け空のえはがきが ゆきだるまさんからね、オソロシク届いた 猛吹雪の小包が 22462 春:桜さんからね、ウキウキ届いた「新生活だよ」と期待の郵便が 夏:セミさんからね、ミンミン届いた「最近どないや?」と心配の郵便が 秋:紅葉さんからね、はらはら届いた「やっぱりな…」とためいきの郵便が 冬:北風さんからね、チクチク届いた「はよ彼氏つくれよ」といやみな郵便が…… 22463 春:さくらさんからねひらひら届いた新しい生活への期待の郵便が 夏:せみさんからねみんみん届いた暑さに負けない郵便が 秋:赤とんぼさんからねそろって届いた赤い夕焼けの郵便が 冬:みのむしさんからねゆらゆら届いた冬の寒さの郵便が 22464 さわやかなかぜさんからね ウトウトとどいた 「あかつきをおぼえず」のゆうびんが きりさめとたいようさんからね キラキラとどいた なないろのゆうびんが うさぎさんからね まんまるとどいた つきみだんごのゆうびんが いそがしいサンタさんからね おくれてとどいた 「あけまして」のゆうびんが 22465 桜さんからね ひらひら届いた はなびらのゆうびんが 海さんからね ざあざあ届いた なみのゆうびんが 紅葉さんからね はらはら届いた おちばのゆうびんが 雪さんからね しんしん届いた ちいさなこおりのゆうびんが 22466 春:たんぽぽさんからね ひらひら届いた 綿毛の郵便がね 夏:太陽さんからね ポカポカ届いた 日ざしの郵便がね 秋:落ち葉さんからね ほかほか届いた 焼き芋の郵便がね 冬:サンタさんからね こっそり届いた 子供への郵便がね 22467 桜さんからね ひらひら届いた 新たな出逢いの郵便が 太陽さんからね じりじり届いた 日焼けの郵便が お月さんからね ぼんやり届いた 趣深い郵便が 粉雪さんからね しんしん届いた 真冬の郵便が 22469 春:つくしさんからね 甘い香りが届いた 春の訪れ告げる郵便が 夏:高校球児さんからね 感動届いた 真夏の熱い日差しの郵便が 秋:いちょうさんからね たくさんの銀なん届いた 食欲の秋の郵便が 冬:カエルさんからね 静かな寝息届いた 冬の始まりの郵便が 22470 春:つくしさんからね新しい芽とどいた新緑の郵便が 夏:セミさんからね悲しく強い声とどいた命の郵便が 秋:すすきさんからね季節とどいた真っ赤な郵便が 冬:お空さんからねおくりものとどいた琥白のゆうびんが 22471 春:小鳥さんからね 人に届いた 桜の花びらの郵便が 夏:海さんからね 砂浜に届いた ヤシの実の郵便が 秋:お隣さんからね 私の鼻に届いた サンマの煙の郵便が 冬:寒空さんからね 宝石店に届いた 白いダイヤの郵便が 22472 春:桜さんからね 花びら届いた 桜吹雪の郵便が 夏:潮風さんからね 大波届いた 台風の郵便が 秋:もみじさんからね 色彩届いた 紅葉の郵便が 冬:北風さんからね 大雪届いた 吹雪の郵便が 22473 春雨さんから やさしく届いた 新しい出会いの予感が 夕立さんから 急に届いた 旧友の帰省状況の報告が 秋雨さんから そっと届いた 誕生祝いのメールが 粉雪さんから ふわふわ届いた 新年会のお誘いが 22474 チューリップから届いた 別れの次に新たな出会いがあることを予感させる郵便が ひまわりから届いた 太陽を見つけたうれしさいっぱいの郵便が もみじから届いた 紅く染まっていくことを知らせる郵便が クリスマスに届いた ずっと一緒にいようねというメッセージが 22475 あまがえるさんからね しとしととどいた はるさめのゆうびんが やどかりさんからね さわさわとどいた かいがらのゆうびんが しまりすさんからね ころころとどいた どんぐりのゆうびんが しろくまさんからね きらきらとどいた こおりのゆうびんが 22476 春:タケノコさんからね ひょっこり届いた 新芽の郵便が 夏:甲子園からね 熱気届いた 夢の郵便が 秋:秋桜さんからね ぱあっと届いた 色彩の郵便が 冬:白鷺さんからね ふわっと届いた 粉雪の郵便が 22477 春:大山さんからね 雪解け水が届いた つくしの郵便が 夏:大海さんからね 潮風が届いた かもめの郵便が 秋:大森さんからね 枯葉が届いたよ 焚火の郵便が 冬:大空さんからね 粉雪が届いたよ 北風の郵便が 22478 たけのこさんからね にょきにょきとどいた おいしい郵便が かきごおりさんからねしゃくしゃくとどいた つめたい郵便が おいもさんからね ほくほくとどいた あまーい郵便が おなべさんからね にこにことどいた あったかい郵便が 22479 春:太陽さんからねポカポカ届いた 暖かい陽だまりの郵便が 夏:海さんからねザバーンと届いた 気持ちいい水しぶきの郵便が 秋:空さんからねひっそり届いた さみしい夕暮れの郵便が 冬:風さんからねピューッと届いた 冷たい木枯らしの郵便が 22481 たけのこさんからね にょきにょきとどいた 七分袖のゆうびんが きゅうりさんからね しゃきしゃきとどいた 半袖のゆうびんが いがぐりさんからね ちくちくとどいた 長袖のゆうびんが やきいもさんからね ほかほかとどいた コートのゆうびんが 22483 春:暖かいそよ風と、桜の香りに誘われて みんながむくむくと、息吹きはじめる。 夏:打ち上げ花火の閃光のように、 色とりどりの花が咲き乱れる。 秋:真っ赤に染まった紅葉が、 澄みきった青空に照りはえる。 冬:北風が冷たいけれど、 雪の彩る銀世界を満喫する。 かぶとむしさんからね、たっぷり届いた、樹液の郵便が。 すずむしさんからね、今年も届いた、虫達のコンサートの郵便が。 くまさんからね、一足早く届いた、冬眠準備の年賀状が。 夏:太陽さんからね、さんさんと届いた日焼けの郵便が。 秋:山さんからね、感動届いた紅葉の郵便が。 冬:空さんからね、ふわふわ届いた雪の郵便が。 24210 はる イチゴさんからね コロコロ届いた ぷちぷちおいしい郵便が なつ ひやむぎさんからね さらさら届いた ひんやりおいしい郵便が あき やきいもさんからね ホクホク届いた あつあつおいしい郵便が ふゆ おもちさんからね ぺったんぺったん届いた のびのびおいしい郵便が 997601 桜さんからね はらはらとどいた お団子のゆうびんが 蝉さんからね じいじいとどいた 小枝のゆうびんが 月さんからね こうこうとどいた 空のゆうびんが 雪さんからね しんしんとどいた 冷蔵庫のゆうびんが 我が家語 4452 目をとる:コンタクトをはずすこと たけのこ=まめ:昔、私がたけのこご飯を買いに行ったとき店員さんは明らかに口では「たけのこですね」と言ったのだが出てきたのは豆ご飯で、とてもショックだったということを家族に話してから、我が家では「たけのこ」と言いながら口パクで「まめ」と言うのがはやっている。 今日はどこにいると思う?:わたしはパグがすごく好きで、ぬいぐるみを5体ももっている。 わたしの父親は私の帰りが遅いとそのぬいぐるみたちを移動させる。 今ではそれが趣味のようで、いろいろなところへかくして喜んでいる。 12211 1、バチコン・・・テレビのリモコンのこと。 バチバチとすぐチャンネルをかえるので、こう呼 ばれるようになった。 2、モミモミ・・・マッサージ機のこと。 前の家のマッサージ機にこのような商標がついていた ので、新しいマッサージ機になってもこう呼ぶ。 最近、腰痛がひどいので、 よく利用する。 3、コキン・・・うちの母親は金庫(小さい手提げ金庫)のことをなぜかこう言う。 12457 チューチュー:チューペットのこと。 吸うから。 鬼大根:「す」があり、鬼のようにまずい大根。 類例として鬼白菜もあり。 私も妹もちっちゃい時に使っていた。 「むいむい来たで」とか「むいむいにかまれた」のように使う。 幼くてかわいらしい、と言った意味。 21505 「びびんこ」肩車のこと。 方言で馬の子という意味らしい。 「タッチャン」リモコンのこと。 「ぶちゃ」ネコに水をあげるとき水の ことをこういう。 なぜかは分かりません。 21506 ベルじょうたい:我が家の愛犬ベルのようであること。 すなわち、食べて、寝るだけのおきらくな様子を意味する。 くるくる:ローラー式の粘着型掃除道具。 服についた犬の毛をとるための必需品。 生きた化石:時代後れの人のこと。 我が家では父親を意味することが多い。 21507 チャンネル:テレビのリモコンのこと 「かたしといて」:「かたずけといて」という意味、私は今まで普通に使ってきたが友人に伝わらなくてビックリした。 現役:主に私が使う。 クラブをしていた時のことのみをさす。 勉強の話など誰もしない我が家で「現役で合格」といわれてもピンとこない。 22102 1. めちゃ笑える 非常に笑える、面白いということ。 3、ポパイ 卵とほうれん草を一緒に炒めたもの。 22104 フタ開けてんで! 電気つけてるで! 父さん帰ってくるで! 3つとも、早く風呂に入れという意味です。 22105 ヤマタツ:TOKIOの山口達也のこと。 我が家ではキムタク以上の大スター。 中川君:母は気に入った男性タレントをすぐ君付けで呼ぶので、私はまた中川家のことかと思ったらランディーズのボケの人のことだった。 裏目る:麻雀で待ちを崩した直後に欲しかった牌がくること。 裏目に出ること。 家だけじゃないかもしれない。 22107 オキャン:ぶりっ子を指す言葉。 がじる:我が家の愛鳥が籠から出て遊びたいがために籠をガジガジとかじること(かじるといってもつつくだけだが)から略されてこの行為はがじると呼ばれるようになった。 もうそろ:単に「もうそろそろ」が略された言葉でもうすぐと同じ。 22108 ・高野山に行く・・・・祖父がよく使っていた言葉。 トイレに行くの意。 ・何でも屋・・・同じく祖父がつかっていた言葉。 昔の人だったからか、コンビ二の ことをこう言う。 ・錦行く・・・京都ならでは。 錦市場に行くこと。 22109 ゴロン:ガチャガチャの事。 つ:かさぶたの事。 つめたい:風が強くて刺すように寒い日の事。 家では祖母が九州の西浦出身ということもあって西浦弁がとびかっています。 だから正式には我が家語ではないけれど、こんな誰にも通じない日常会話を楽しんでいます。 22110 じょんじょ:つっかけのこと。 これを履いてコンビニへ・・・ たんたん:靴下のこと。 ちゃぷちゃぷ:お風呂のこと。 22401 びっちゃ:違うという意味。 ちきない:しんどいという意味。 ダラ:馬鹿じゃないのという意味。 22402 チャンネル 主にテレビのリモコンのこと ちょぼちょぼ 何かのレベルが同じもの同士を比べるときに使用 例 あいつら野球のうまさはちょぼちょぼやな 目玉焼き丼 主に僕がよく作る手抜き料理 半熟にした目玉焼きをご飯の上に載せて醤油をちょっととマヨネーズ(お好みの分 量で)をかけて食べる マヨネーズ好きにはたまらん一品 22403 1、お父さん喫茶:お父さんお気に入りの喫茶店のこと。 店名とは全くかけはなれた呼び方。 2、かねぼく :ほかにもあるのだが、このように名字とは違う 「やごう」と呼ばれている人のおうちを指す言葉を 家ではいまだに使っている。 ちなみに私の家の「やごう」は「あたらしや」 3、オゾウシ :食器を洗ってかたづけること。 22404 純野菜炒め:純粋に野菜のみの野菜炒め。 貧乏人にお勧めの食物繊維豊富な料理。 九分九厘:ほかの家では99%の意味であるが、よく考えると、9. 9% 米(よねと読む):米のことである。 別名べい・まいなどなど。 おかあはいまだにこう言ってます 小笑 22406 みやけん:宮沢賢治の本のこと。 今、我が家ではやっている。 あれとって:新聞のこと。 父親のみが使用。 これちゃうんちゃう:反論するときにつかう。 デブ:妹のこと。 妹はこれが大好きで彼女 の名前とかけて名付けられた。 クッションちゃん: 私がものごころついたときからずっと抱き かかえていたエンジ色のクッション。 ふわ ふわである。 みそアルミ: 料理の一種で、鳥肉としめじやしいたけと、みそ をアルミに包んで焼いたもの。 妹の好物である。 22408 ファミコン:一般には「ファミリーコンピューター」のことだけど、ウチの母親は全てのゲーム機をひっくるめてファミコンという。 22409 プー:音から分かるようにオナラのこと。 オナラとか屁とかいうよりプーの方 がカワイイ!だから何年か前に「プ ー太郎(フリーターのこと)」とい う言葉が出てきた瞬間「ゲッ!」と びっくりした。 パチン:テレビのリモコンのこと。 多分家 によって色々呼び名があると思う けど、我が家はずっとコレ。 ボタ ンを押す音や様子からきていると 思う。 ピッピ:電子レンジのこと。 完了した時に 音がピッピと鳴るから。 「電子レ ンジ」と言いにくいので呼び名が 変化した。 たいがいのことは何でもできるので、 母が何か頼むときによく使う。 たとえば、人に迷惑をかけたりするやつ (授業中に騒ぐやつとかは、人間の偏差値が低い) という感じ。

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2002年度 国語学概論受講者 作品集(課題順)

こちら も 抜か ねば 無作法 という もの ネタ

私の格言 4452 格言 慣れるより笑え 解説 自分とは性格の合わない人と接するとき、相手の性格に慣れるという苦難の道を歩むより、何も考えずに笑って過ごした方が得策であるということ。 12211 格言 勝負事において本当に強いのは、勝とうとしてくる相手ではない。 負けないように戦ってくる相手である。 これは、スポーツにおける僕の持論です。 勝とうとしてくる相手は、どうしても攻めることばかりに、気を取られてしまいディフェンスがおろそかになりがちで、そのスキをついて攻めることが出来ます。 しかし、負けないように戦ってくる相手は、まずディフェンスを固めてから、攻めてくるので、なかなかスキがないので、攻める手だてを見つけるのは難しいものです。 12457 格言:財力を有するものは人を制する 解説:人生は8割強金で決まると断言します 21502 【何事も気持ちの持ちよう次第】 解説 例えば、私がよくやる方法ですが、おなかが痛くなった時に「おなか痛くない」と唱えたら不思議と痛かったのもましになる。 それと同じで、「嫌だな〜」とか「おもしろくないな〜」と思ったことも気持ちをプラスに持っていけば、不思議と楽しくなったりする。 だから、心がけ次第で何事も変わっていくということです。 マイナスにもだと思うけど) 私は常にプラスの方向に気持ちを持っていきたいと思っています。 21505 溺れる者は石をも掴む 解説;溺れているときは気が動転して冷静な判断が出来ず、石を掴んで沈んでしまうといった結果に陥りやすいものである。 どんな状況でも落ち着いて行動できる人間になりたいものだ。 21506 格言:弱さは人の心を開く 解説:病気や悩みなど身体的、精神的な弱さは私達にマイナスの影響を及ぼすことが多い。 しかし、その弱さゆえに人の弱さを理解し、心を開く助けとなることもあるものだ。 固くもなるし柔軟にもなれる。 22102 人生とは採掘場所めぐりである 人はみずから場所を巡り歩いて自分でしたいことも、友達も得ていかなければならない。 その自分でしたいことや友達というのは宝石のようにすぐわかるものもあれば、すぐに分からないものもある。 だから採掘場所で宝石を見つけられるかどうか、つまり自分のしたいことや友達を得られるかどうかは自分次第である、ということ。 22103 机に寄りて熟眠、エアコン全開。 勉強の途中でちょっと疲れたりしたら、昔は北の窓を開ければ涼めたのだろうが、今はエアコン全開でもなければうたたねもできない。 22104 人の心人知らず 分かり合えるという言葉は、たとえ一時に通じるものであっても、常に当てはまるものではありません。 どんなに気心の知れた人であっても、こちらが想像もつかない、絶対に分り得ないものを持っているのです。 そしてこのことは、人と良く付き合っていけばいくほど忘れがちになってしまうものです。 それを念頭において、人との関係を円滑にすることを心がけたいものです。 22105 長い物には巻かれてやる 解説:長い物に巻かれるのはなんとなく屈辱的だが人間関係の平和のために巻かれてやってると思えばそうでもない。 しきられ上手。 22107 格言: 最小の努力で最大の結果を! 説明: 無駄な事を極力省いて少しの努力で最も良い結果が得られるなら、それに勝るものはないと思います。 何事も効率良くすべきである!ということ 22108 格言: 失敗を補えば補うほど、ミスかさむ!! 解説: 自分の失敗を補おうとすれば、するほど失敗が増え、最後には失敗だらけになるという意味。 22109 『話しすぎの友達失い』 解説:例えば入学式などで初めて知り合った人に積極的に話しかけるのは非常に勇気がいることであり、友達がすぐできる可能性が高く、さらにみんなから早く好かれるという事も十分に考えられる。 しかしながら、ここで調子に乗ってしまう人がいるのが残念である。 話を面白おかしくしようとする余り、ついついあることないこと口にしてしまうのである。 さらに自分の持っている情報量が他人より多い事を自慢しにかかったりしてしまう人も中にはいたりする。 そのうち周りからの信用を失い、話に真実味のない人というラベルを貼られてしまい(他人の悪いところは見つけやすいものである)、気が付けば人気者から独り者になってしまったという話を耳にしたことがある。 周りに目を向ける事を忘れないようほんのちょっと心がけていれば良かったのだ。 安物を手に入れて買い物上手だと自負している人と話し上手だと思い込んでいる人は少し先を見てほしい。 が、高価なものを買えばすむという話でもなければもちろん消極的にいくと成功するという話でもない。 その都度臨機応変に頭を働かせることが必要なのではないかと思う。 22110 格言:うまくいってる時こそ慎重に!! 内容:人間誰でも物事がうまくいくと調子に乗ってしまうもの。 イイ感じの時こそ気を引き締めよう!! 22402 格言 塵が積もってもいづれは掃除する 解説 どんなにめんどくさくて後回しにしようとしても いつかはしなくてはいけなくなる だから早くするのも後でするのも勝手だが きちんと自分でかたをつけなければいけないという意味 22403 笑顔は世界一の宝石である 笑顔はどんな宝石よりも人を魅力的にするものである。 たまにしか見ることのできない笑顔はとても貴重に思える。 いつも見ることのできる笑顔は親しみやすさを感じることができる。 笑顔は場面場面でさまざまな輝き方をし、時と場合により人に与える印象を変える。 また、ニセモノはつけている本人にとって心地よいものではない。 そして、ニセモノだとみやぶることのできる鑑定士が周りにいる可能性がある。 22404 財布の中身は、その人のプライドの高さのバロメーターである。 財布の中身は、えてしてその人が最低限持っていたい量以上に入っているものであって、 その中身はその人のプライドの高さに比例する。 持っている人ほど、自分の経済力だけでなく、その他諸々の事に関して、 優位に立っているような気がしてくるものである。 私はそんなに持ち歩かないのだが・・・・・・。 22405 《人生はどう転んでも楽しくて仕方ないものである。 》 解説;生きていく中でとても辛い事が訪れるときもあるが、それを乗り越えた時に人は一歩強くなり優しくなれると思う。 その時は人生を恨んでどん底のように思えるかもしれないが、それはきっと間違った道に進もうとしている私を正そうと教えてくれているのだと思う。 私は現に今までたくさん辛い事もあったが、全ていい方向にいっている。 ありきたりだけど、これからどんなに辛いことがあっても、私はチャンスだと思って乗り越えていくつもりだ!みんなも頑張って! 22406 『人を指示する時、口で動かすのではなく、行動で示せ』 指示される側は相手の行動を見る。 つまり、人をまとめる者 は口先だけではだめだと言うこと。 22407 格言:一人のこころは世界の心 解説:一人一人の行動がわたしたちの暮らす世界に影響をあたえて います。 例えばごみについてもみんなが分別して回収してて も一人がそれを乱せば、無駄になってしまいます。 一人一人 が決められた枠のなかで自分の行動に責任をもつように心がけることが今の世界に大事かなと思います。 世界のみんなが自分の欲を捨て相手を思いやることで、戦争とかもきっとなくなります。 世界の平和のためには、一人一人の平和への強い思いが必要 だと感じます。 だから、「一人のこころは世界の心」だなぁと思いました。 自分のことをちっぽけだなぁと思ったときこれを思い出すとなんだか誇らしくなります。 22408 格言:親が子にお金を使うぐらい、子も親にお金を使え 解説:親は子供に教育費など大金を費やすけど、子供は親の介護費にお金を費やすのを嫌がる。 それでは、平等ではないと思う。 この春から一人暮らしを始めて、親のありがたさがわかり、思いついた格言。 22409 恋は電車のごとし 恋はまるで電車のようである。 乗った電車は各駅停車で、それはゆっくり進む恋なのかもしれない。 目の前を通過する特急や頑張って乗った始発はもちろん、環状線さえ も恋に例えることが出来る。 そして最終電車に乗った時、人生最後の恋が始まるのである。 二時間かかる電車通学の中で、このことが心に浮かんできたので提出して みることにしました。 22410 [格言]沈黙が許せてこそ友達 [解説]知り合ったばかりの頃は、互いに気を使いあっているため、少し会話が途切れただけでも何とか話題を探そうとするものだが、慣れていくうちに無理に探し出そうとしなくなる。 そうなってこそ互いがただの知り合いでなく、友達と認めたことになると思う。 22411 格言 強者が弱者をつくる 開設 人間は生まれながらに平等である。 しかし、あることについて優れている人(強者)がでてくると、 それに対する劣っている人(弱者)がでてくる、ということ。 22412 [格言]受験の朗報は寝て待て [解説]受験の結果は、人の力ではどうにもならないから、むこうからやってくるまで、あせらないで待ちなさいという教え。 22413 意志ある者に道はある 解説:辛くて苦しいことがあっても、自分の信念を貫き通せば最後には必ず道が開けることを 信じて、頑張っていくことが大切。 22414 格言: 努力が必ず成功するとは限らない。 しかし成功いた者はすべからく努力している。 内容: そのままの意味。 受験の辛い時期にこの言葉に助けられた。 22415 無言実行 人に言わずに努力や善行を行う。 22418 格言:時間は自分で作るものである 解説:時間というものは、自らが気に留めなければただ流れて行くものである。 そして、決して永久の物ではない。 その限られた「時間」という枠の中で 自らが生み出し、行う事こそが大切なのであり、そのために人は一所懸命に 生きるべきである。 22419 格言:お金は流れもの この格言は先輩後輩の関係についてのものである。 一回生としてサークルに入れば必ず先輩方におごってもらう機会があるだろう。 これは僕自身もであるが、意外に遠慮してしまいそのあと先輩に話しかけづらいことがあることが多い。 つまり先輩が損されたのではと思うのだ。 だが先輩がおごってくれるのはおそらく先輩が一回生のときに上の先輩におごってもらったからなのだろう。 一回生のうちは私たちはひたすらおごってもらう、そして来年入ってくるであろう後輩たちにひたすらおごってあげることが大切なことであると私は確信している。 22420 粘った者勝ち 説明:私は今まで何事もこれで乗り越えてきました。 力が足りなくても見込みが無くても、初志貫徹で最後まで頑張って努力すれば 結果はついてくると思います。 何事も粘り強く頑張ることが大切だと思います。 22421 <先を見ずして直線引けず> まっすぐな線を引こうとするとき、手元を見て線を引いたら大きく曲がった線になってしまう。 線の終着点を見て線を引けば少しのずれがあるだけでおおよそ直線が引ける。 人生においても、現状だけを見つめるのではなく、ある程度の先(将来)も視野に入れることが必要。 22422 <流れる水も留まる水も空に還る> とまってるからって焦っても結局かえるとこはひとつやねんから、ゆっくり焦らず毎日を生きるのです。 22424 格言:人間は支えあって生きている 解説:人という字は倒れそうな左の人を右の人が下から支えているような形に似ている。 しかし一見相手を支えているように見える右の人も、左の人を支えていなければ倒れてしまうだろう。 左の人は右の人に支えられていると同時に右の人を支え、右の人は左の人を支えていると同時に左の人に支えられているのである。 つまり、人間は人間である限り必ず誰かに支えられ、誰かを支えている、ということ 22425 今日を精一杯 何もしなくても明日は来るけれど、自分の望んでる明日にはならない。 自分の望む明日を迎えるためにはまず今日できることを精一杯やらなければならない。 一日では無理かもしれないけれど投げ出さずやればその「今日」がいっぱい積み重なって、やがて望んだ明日が来るという意。 22427 格言:強い者が勝つのではなく勝ったものが強いのだ 解説:いくら強いと言われていても勝負はやってみないと分からない、 最後に勝った方が結局強い!! 22428 格言:練習は嘘をつかない 解説:スポーツで結果が出ない人は、練習が足りないのである。 結果が出る人は練習をしていた人である。 最後に物を言うのは、練習量である。 22429 格言:三年目で初心者 説明:武道の道では三年間練習して初めて初心者となり、三十年間練習して達人となることから少し練習したからといって初心を忘れてはいけないということ。 特論の掲示板に21日に間違って書き込んでしまったので、すみません。 いい人生送りたいから自分のなかの最高に近づけたらかなりいいですやん?人生前向きが一番ですとも! 22431 格言:僕のための君のため 解説:そのまんまそのまんま。 22433 格言:果報はきちんと起きて待て 意味:ただ寝ていても良い知らせはやってこない。 それより、待っている間にも、今何かできることをしていく方が良い。 22434 格言:男はアホである 解説:男と女が付き合っている時、男はやたらと主権を握りたがる。 そして、男は自分が主権を握っていると思いがちだが、 実際に主権を握っているのは女である。 しかも、影はどんな時でもしっかりと 地に足をつけているし、そのままを光として映し出している。 22436 格言:2県先は福井 解説:大阪の2県隣は福井です。 大教にきて「福井って東北?」って聞かれました。 みんな福井 の場所を知ってください。 22437 格言 : 一に愛情。 二に根性。 三が体力。 もち、知性。 解説 : 小学校教師に必要だと思われるもの。 「生徒は、嫌い」なんて先生には、誰も習いた くない。 困難にぶち当たっても挫けない根性も大切。 ハードな仕事を毎日こなすには 体力が必要。 そして、生徒たちに伝えるべき知性を磨くことが不可欠。 単なる「知 識」でないところがミソ。 「もち」とは、「もちろん」の略。 22438 格言;転石懐入(てんせきかいにゅう) 解説;たとえ石につまずいて転んでしまっても、その石を拾ってポケット(懐)に入れて前に進もうという意味。 人生の道のりの中で、我々は多くの問題に直面する。 しかしその問題を解決することで、人は少しずつ成長していく。 せっかく問題を解決しても、何も得ることがなければ意味がない。 だからつまずいてしまった石をしっかり拾って自分の力にしていこう。 きっと拾った石が大きければ大きいほど、多ければ多いほど、心の強い立派な人間になることが出来るだろう。 しかし,自分を嫌ってばかりいては,成長できません。 嫌いな自分の姿を受け入れ,好きな姿へと変えていけるように,又は嫌いなところより多くの好きなところを見つけることにより人は成長すると思うのです。 自分を嫌いになり(嫌自;ケンジ),好きになる(好自;コウジ)。 この繰り返しで人は成長し,新たな自分になれるという意味。 22442 親がいないと子は生まれない 説明 普段はついついありがたみを忘れてしまいがちだが、子供のことを 一番考えているのは結局親なのだから、その気持ちを改めて感じるために この格言を作りました。 22443 格言:二兎追う者は三兎得る 解説:中学・高校時代、部活と勉強の両立に悩む事がよくありました。 そんな時にはこの言 葉!!両方がんばれた時には、努力の分だけ得るモノが多いはず・・。 22446 一寸先は光 今が辛くてもちょっと先はわからないから 22448 <気持ちの持ちようで全て変わる> これは高校の時、部活をしていて思ったことです。 種目はバドミントンだったのですが、これは瞬発力や素速い動きが必要で、やる気や勝つ気がない時は動きも遅く、メリハリのない試合になってしまいます。 そこで、一度冷静になって気持ちを切り替えると、全く動きに違いがでてきました。 その時に今まで頭ではわかっていたけれど、気持ちの持ち方って大事だなと身をもって感じました。 22449 格言:影に耳あり同時に眼あり 意味:自分の行動は影というごく身近な存在が常に見ていると気にかけ 誤った行動は慎むようにとの意 22450 格言:「たかが努力、されど努力」 解説:人間にはやはり限界というものがあり、例えば何の力も借りずに 空を飛べと言ってもそれは無理なことである。 しかし、努力するだけで 成し遂げられることもまた数多く存在する。 人は頭では努力すればできると解っているのだ。 しかし、いざ実行 するとなると、これがなかなか出来ることではない。 まさに、 「たかが努力、されど努力」なのである。 22451 格言:一生勉強 内容:勉強なんてたいていの人が大学までで終わりだと思っているが、実際学校で学ぶこと以上に社会や周りの人から学ぶことの方が多いと思うから。 人は一生勉強し、成長するものである。 22452 格言 能ある鷹は爪を隠さず 意味 近頃才能を隠していたら生けていけないから 22453 格言:狙いを定めて回転寿司 解説:チャンスを掴むには、よく吟味する必要があることの意味。 (回転寿司は、チャンスの比喩です。 )私が、回転寿司=チャンスとしとのには、3つ理由があります。 まず、回転寿司の皿を取るのには、時期を見計らわねばなりません。 皿を取るのが早すぎたら、後悔するかもしれません。 しかし逆に遅すぎたら、誰かに取られてしまうかもしれません。 また、回転寿司は、外見だけでなく、それ自身の味を見定めて取る必要があります。 外見が奇麗でも、まずいかもしれません。 逆もまた、あります。 しかし、どういった回転寿司であっても、自分から手を出さなければ、成功も失敗も、何も始まりません。 自分で皿を取って寿司を食べる事で、初めて美味しかったかまずかったかの評価が出来るのです。 チャンスは、時期や真の価値の有無を判断して、自分から掴みにいくことが大切です。 22454 格言;ひらめきも才能のうち 解説;電撃的に頭に浮かぶ「ひらめき」は天から授かったもののように思える。 「ひらめき」は誰にでも起こりうる現象だがそれに目を向けられるかどうかはその人 次第。 ぱっと思い付いたものを「ひらめいた」と発言したり実行したりして自分の発想を 形にできることも才能の一つである。 22456 期待は期待のままでいい 期待しても、期待を超えるような現実は殆ど無い。 期待どうりにならなければ、満足することは決してないし、 期待どうりになることは、殆ど無いから、満足することは無い。 期待は期待のときに価値がある。 22458 「おかんのあかんは聞かん」 解説 何かと小言の多い母の「あかん!」は日常生活においてただのバックミュージック化していること。 22460 『友は梅干』 解説:青梅の時に摘み取り、しその葉と交互に並べながら壺の中に入れていく。 塩を満遍なくふりかけ、落し蓋を落としてその上から漬物石をドンッと置く。 梅干は2、3日で食べられるようにはならない。 じっくり、ゆっくりと塩が全体に行き渡り、梅の色が青から赤に変わるまで辛抱強く待た なければならない。 待てば待つほど味が出る。 この梅干のように、友達も2、3日やそこらですべて分かり合えるようにはならない。 時間をかけ、じっくり、ゆっくりと仲を深めていく。 そのようにしてお互いのことを知り 合うのだ。 長くなればなるほど、梅干同様、友の味も濃くなっていく。 こういう想いを込めてこの格言を考えました。 22461 美味しいものは早く食べよ。 解説;大好きな食べ物が夕飯に出て、後に残してても、横取りされたり地震などがあって食べられなくなってしまうこと。 つまり、何でも思い立ったらすぐしないと、チャンスは逃げていったり、人の手に渡ってしまう。 22462 格言:試練とは、それを乗り越えられる者にしか訪れない 解説:できないことなどない。 辛いことにぶつかった時は、自分にはそれに対処するだけの能力があるのだと信じて立ち向かえば良い。 22463 過去にこだわらず今を生きろ 過去を振り返ること大切な事である。 だけど、人が生きているのは今という時である。 昨日は昨日。 今日という日を大切にしよう。 22464 強者は弱者、弱者は強者 世間では、「私は弱者だ」と言うことによって逆に強者になりたがる人たちがいます。 例えば、今も途切れることのない「従軍慰安婦問題」。 彼女たちは、「自分は戦争中に日本軍にイジメられた弱者だ。 私達に補償をしない日本は人道に外れている。 」と主張します。 強弱が逆になっているのに気づきますでしょうか?週休二日制により授業に追いつけない、と言う輩も同じです。 これは教訓となるでしょう。 私達も、逆境に陥ったときなどに、必要以上に困った顔をしないようにしたいものです。 22465 格言 運命は変えられる 説明 運命はあらかじめ決まっているが、運命までにする努力次第で、運命は変えられる。 22467 格言:元気が一番 解説:体さえ元気でいればどんなに失敗しても必ずやり直すことが できる。 去年受験に失敗したとき病気で亡くなった友達の事 を思い出して、この事に気づきました。 要するに、失敗をする事はいいが、その経験を生かしてそこから何かを得る事が大事なのだ。 22470 格言:成功の影に苦あり 解説:私は今年、大学受験の過程を通り、志望校であったこの学校に合格することができました。 しかし、この喜びを味わうまでにはたくさんの苦しみがありました。 「すべりどめ」として受験した私立大学は、勉強不足のせいか、すべて落ちてしまいました。 もう後がないという中で受けた志望校であったこの大学に合格できたのです。 この経験から、この格言が思いつきました。 22471 格言:自分の話を聞いて欲しければ、まず相手の話しを聞け 解説:話をしているときはお互いに自分の話しを聞いてもらいたいはず。 まずは相手の話を聞いて、相手に次はあなたの話しを聞くわと思わしてから話をすると よく聞いてくれる。 22472 格言:晴れの日もあれば雨の日もある 解説:例え今は辛くてしんどい毎日であっても、これを乗り越えれば楽しくて幸せな日々が待っている。 例え今物事がうまくいってなくても、この先必ずうまくいく時はやってくる。 天気と同じように・・・。 22473 「目に見えないもの程価値がある」 解説:友情、愛情、絆など、目に見えないものは人にとって不可欠だと思います。 現代の拝金主義は不幸を生むだけです。 大事なものは目に見えないと思います。 22474 全ては恋愛である! 恋愛というものがあるからこそ毎日が楽しいから。 恋愛なしの人生などありえない! 22475 [格言]花のつぼみは暦を知らず [解説]暦に関係なく、自分が感じる空気の暖かさだけを信じて咲く花々のように、常識に惑わされず自分の正しいと思う事を信じて行動すれば、道は開けるという意味。 22476 格言:大切な者の価値は無くして初めて気付く 解説:長期間ある状態にあると、その状態が当然のことのように思われ相手の 存在価値を忘れがちになる。 相手の存在の大きさは離れて初めて気付くものである。 22477 今を一生懸命生きないやつは将来もそれぐらいしか生きれない 説明 読んでのとおりだが、今を中途半端に生きている人は、将来、一生懸命生きようとしても怠けぐせがついているから、結局、中途半端にしか生きれないということ。 22478 眠たさあまって憎さ百倍 説明 すごく眠たいのに授業が長かったり、課題が終わらなかったりして、だんだん先生や課題が憎らしくなってくること。 22479 出会いこそ 人生において最高の宝物であり すべてのカギを握る ある人との出会いが自分の人生を大きく変えることがある。 また、人間は日々誰かに出会い自分でも気づかないうちに何かしら影響を受けている。 人間は人の影響によって成立しているところが多いと思う。 世界の人口が60億人を超えた現代において、世界中の人々全員に会うためには、190年の歳月が必要といわれている。 そんな中で得られる出会いは、まさに奇跡である。 22480 夫の言葉は最高のエステ:中年の女の人は自分の体型を美しく保つために通販で色々なダイエット商品を買い込んだりエステに通ったりする。 けどそんなことをするより夫が「最近きれいになったなぁ。 」とかゆってあげるのが一番効果的だということ。 22482 今日があるから明日がある 説明 今日の我慢とか努力とかは全て後の自分のためになる。 受験の時に、本当に苦しかったけれど受かるも落ちるも全部今日にかかっていると思って頑張った。 22483 努力は必ず報われる どんなに辛く、険しい道でも、自分の信念をしっかりもって、進んで行けば 必ず目標に、到達することができるという意味。 受験の時に支えとして頑張った 22484 「茶碗の底は熱い」 解説:炊きたてのごはんを茶碗にもっておいて、もう冷めたかなーっと思って茶碗をもちあげた らまだめっちゃ底が熱くてびっくりする事から、初めて会った人の印象を決めつけておい て、しゃべってみたらびっくり!実はまったく印象とは違った人だった、という私の実体 験から得た格言。 ごはんだろうが人だろうが見た目で判断してはいけません。 22485 「百見は一聞くにしかず」 楽譜をず〜と眺めているよりは一度その曲を聴いてみたほうがわかりやすい。 22486 友は宝なり 「人生山あり谷あり」これは、昔からよく聞いてきたフレーズだ。 自分が山に登っている状態にある時は問題ない。 しかし、谷に落ちた時はどうすればよいのか!?やはり、友達の力に頼るしかない。 悲しいことに、自分でできる事には限界がある。 そこで、多くの人に支えられて自分が成り立っているのである。 友達は多いに越したことはない。 なぜなら、自分の宝だからだ! 24205 格言 大きなミスも小さなミスも同じ!! 解説 次の課題をやろうと思ってホームページを開いた所、数日前に送ったはずの「私の格言」 がなかった!!よく考えれば「書き込み」をクリックする時「新規書き込み」をクリッ クして満足して終わっていた・・・。 もともと出さなかったのと、クリックのボタンを間違えるミスは、同じ結果に終わる。 24206 [格言]「死にそう。 」は「死んでいない。 」 [解説]例えば、ぎゅうぎゅうの満員電車から降りて一言。 「死にそうだった!!」とよく言い ます。 また、食べ過ぎた時に一言。 「死ぬほど食べた!」でも、実際は死んでいないん ですよね。 生きているから言えることです。 人間って、おおげさかも・・・。 24207 「急がば周るべからず」 急いでいる時は、なんだかんだ言っても近道するべきだ。 いつもの道で行って失敗するよ りは、チャレンジした方があきらめがつくと思う。 実際私の経験から言うと、近道した方が 間に合う確率の方が高い。 いつもの慣れた道でナメて急いで行くと、猫やイタチをひきそう になった。 24208 「犬も歩けば不況にあたる」 今、町を歩いてもテレビでニュースを見ても、あらゆる所で倒産やリストラなど,不況を感じずにはいられないような日本です。 だから、どこに行っても不況に出くわすということからこの格言を作りました。 24210 格言 一日一膳 解説 一人暮らしを始めて早半月。 食費節約と食事を作るのが面倒くさいという事で、一日一食なんていうこともしばしば・・・それでも人間はしっかり生きていけるのだと、自分の身をもって感じました。 というわけで、こんな格言を作ってみました。 (だけど本来は一日三膳が望ましいはずです。 ) 997601 失敗の中に必ず成功の光がぴかっとひかり 解説 「失敗は成功のもと」から発想した。 私の座右銘には失敗と成功の間の関係が もっと緊密を示している。 「志学」についての感想 4452 まず、作文と料理が似ているという文章が衝撃的でした。 今まで、私の作る料理(文章)がまずかったのは(下手だったのは)ひとつの料理のところどころの過程が抜けていたからだということがわかりました。 文章をかくのに、こんなに丁寧に材料を集めたり推敲したことがないのです。 たとえば、タイトルをつけるのにこの志学のようにB5の半分も語ることができるような理論がありませんでした。 しかし、料理というものは間違った作り方をしたときにかえっておいしく仕上がるときもあります。 文章にもそういう意外性が必要なときもあるのではないかと考えさせられます。 12211 僕は、大学入試のときに小論文を書いたことはない。 そのせいか、決して文章を書くことが苦手でも、嫌いでもないのに、1回生のときにレポートの課題を出されると苦労したことがあった。 書く内容に困るのではなく、書き出しに困るのである。 書き出しの重要さは、よくわかってはいたが、この「志学」を読んで、改めて書き出しの大事さがわかった。 僕は小説をよく読むのだが、やはり面白い小説は書き出しが面白い。 そして、会話文や心中文から入っているものも多い。 確かに、レポートを書くときには、このような手法を使うのは、難しいかもしれない。 しかし、型にはまりきったものではなく、思い切った書き出しをするよう心掛けてみようと思う。 この「志学」は、他の部分でも今までまったくの我流で文章を書いていた僕にとっては、教えられることの多かった「参考文献」であった。 12457 文章を書く時、今までの私が気をつけていた事は【簡潔さ】【ネタ性】の2点だけで した。 それを実行すると、文章の短い味気ない作品に仕上がってしまい、自分の文章 に納得がいかないことが多々ありました。 自分自身ではその理由はわかりませんでし た。 ところが今回「志学」を読んで、初めてその理由がわかったんです。 私は話の材 料集めを怠っていたんです。 自分の持っている発想力だけで戦っていました。 負け試 合です。 これからは内容の濃い文章を書けるよう、いっそうの精進が必要だと悟らさ れました。 21502 このプリントは大変わかりやすかったです。 「なるほど」と思うところがたくさんあり、 先生の生徒に対する作文をうまくなってほしいと言う気持ちもかなり感じることができたし、 この先生はとても親切だな、とも感じました。 このプリントの手順・方法に従って書くと確かにいい作文ができそうです。 でも、私としては生徒たちが技術にとらわれすぎることが心配です。 きっと生徒たちはこれを読んだあと、この通りに書こうとするでしょう。 でも、仕事や小論文じゃない限り、書きたいことをそのまま書いてしまうのが 本当の作文じゃないかなあ?とか思ってしまいます。 言い過ぎている気がしますが・・・ これから、私たちはレポート・卒論・仕事など論理的な文章、人をひきつける文章を書くことを 要求されるでしょう。 そのときはこうして書く技術が必要になってきます。 でも、まだ中学生だから、うまい作文を書けるに越したことはないけど、 まだ自由に書いていっていいんじゃないか、と私は思います。 もちろんこの先生はとてもいい先生だと思うし、私自身たくさん勉強になりました! ということは言うまでもありません。 21505 全体を通しての感想は、自分が中学の時にこの内容をしっておきたかったという事です。 そうしたら感想文や弁論等の文章を書く際にあんなに悩まずに済んだのに、と思うと悔しいです。 私は文章を書けないということは無いけれど、その書き方は全くの自己流の為、順調に書ける時もあれば、一字も書けないという時もあります。 だからこの志学の内容は、メカラウロコ、という感じでした。 特に、タイトルを他人に考えて貰う、読み返す時は声に出して澱みのない文章かどうか確かめるという項目は、是非実践していきたいです。 ただ、書き出しの部分で、「会話文から入る」というポイントがありましたが、その書き方は私はあまり好きではありません。 いきなり会話から入られると、無理やり話に引き込もうとする書き手の意図がみえみえで、却って胡散臭い感じがして読む気がうせます。 この書き方は、ありなんでしょうか。 他の人はどう考えているのか、きになります。 21506 教科通信を発行するのはよいことだと思う。 生徒も楽しみにしていることから考えると、一方的なものではなく「志学」の内容は子ども達に伝わっているようだ。 作文の書き方について書かれているが、中学生にとってわかりやすいように工夫されていると思う。 具体例を挙げたり、1,2というようにうまくまとめられている。 文章を書くということはとても大切なことだと思う。 自分の考えを文章にする力は必要不可決 だ。 文章を書くためにはまず自分の考えをもち、次にそれをうまく相手に伝える技術が必要となる。 私自身も入試のために小論文を書いていて、文章を書く難しさと楽しさを実感した。 大学に入ってレポートに悪戦苦闘する学生を減らすためにも小学校、中学校から文章を書く機会をどんどん与えていく必要があると考える。 21507 私が最近書いた文章といえば入試の小論文だ 小学生の頃は作文に抵抗はなかったが中学生になると嫌いになった 志学を読んで少し作文に対する意識が変わった 書かず嫌いで終わらないようにいろいろな材料集めからはじめようと思った 22102 私は文章を書くのが苦手で、特に感想文というのはどう書いたらよいのかわからず、最も苦手である。 しかし、この志学で文章の書き方をわかりやすく書いてあるのを読んで、少し楽になった。 そうか、結構文章を書くというのは、筋道が決まっていて、わかりやすい作業なんだなと思った。 しかし、今実際にこの感想文を書くとなるとやはり難しいものだ。 頭でこうすればいいんだということがわかっていても、中々うまくできないものだ。 やはり、文章を書くというのは練習と、慣れも重要なんだなあと実感する。 22104 「志学」にあるように着実な、堅実な方法で文章を書けばきっと、「読みやすい」「きちんとした」文章に近づけるのだろう。 しかし、私にはそういう堅実な方法というものによって必ずしも「いい」「人の共感を得る」ような文章を書けるようにはならないと思える。 文章の成り立ちを学ぶ前に、人は「いい」文章を書く感性を磨くべきではないだろうか。 22105 読みやすい文章と読みたくなる文章は違う。 私は作文がもっと芸術的なものであればいいと思う。 結局のところ、自分を表現したいがために人は文章を書くのであって、それは芸術的行為だ。 だから、一部の人には理解できなかったり、嫌われたりするのは仕方がない。 実際、私も小論文の添削を受けた際、斬新な書き出しはあっさり否定された。 斬新にする必要はないということだった。 だったらこの小論文自体に意味はあるのか、と思ったら馬鹿らしくなった。 内容を伝えるのに、確かにこのやり方は有効かもしれない。 教えてもらう価値はあると思う。 でも、型にははめないでほしい。 私たちは日本語を母国語としているわけで、せめて日本語でぐらい遊びたい。 わざとめちゃくちゃに書いたっていいと思う。 そうやって怒られて作文が嫌いになった子が何人もいるわけだから。 22107 志学を読んで文章を書くのに参考になるなぁと思うと同時に、文章を書くのは難しいことだと再認識させられたように思います。 これまでに作文は数え切れないほど書いてきたと思うけど、志学にあるようにじっくり考えて書いたことはなかったし、読む側のことなんて以ての外でした。 何か行事の後に宿題として書かされ、たいていは日記のような感じの文章になっていたと思います。 これからレポートや小論文を書く事も増えると思うので志学を参考に読む人に読みやすく、しっかりと論理だった文章を書きたいとおもいます。 22108 毎回講義で配って頂ける「志学」を読んで、大変参考になる点か数多くあります。 本当に参考になります。 志学のようには、なかなか指導できないと自分で感じていた ので、将来的にも大変参考になると感じました! これからの国語指導は、まず言葉の美しさ、日本語の美にふれることが大切だと私は 考えています。 この点からも、特に作文指導に低学年から取り組ませたいと考えます! 22109 小論の練習をしている時に文章を書くのは難しいと改めて思い直したと同時に、何を基準に採点されるのか疑問に思ったことがありました。 型にはめられた書き方なんてないし、読み手によっていい文章の基準は変ってくるはずだと思ったからです。 池田先生は生徒たちに文章を書き始めるにあたってよいきっかけとアドバイスをあたえていらっしゃるとは思うけれど、少し型にはめすぎだと思いました。 個人のいいところを引き出してやることの大せつさを忘れかけているのではないかとおもいました。 向田邦子さんの『父の詫び状』を読んでみました。 確かにタイトルには引かれるとことがあるし、時間を前後させながら書いてあってテクニックとしてはすばらしいと思ったけれど、正直なところを言うとそのような技を多様しすぎたせいか、非常に読みにくい作品だと思わざるを得なかったです。 「良いか悪いか、使えるか使えないかの判断は〜やめるのだ。 」「書き上げてから1日以上時間をおいてから読む」「書き上げたばかりの文章は独自の熱を持っている」のところは私的に感動を受けました。 22110 私は文章を書くことがあまり得意ではない。 しかし、将来国語の教師を目指しているため「面白くて、読みやすい」文章を書くことが必要になってくると思う。 自分の頭の中にあることを文章で表現することは難しいことだが、今この「志学」を読んで少しは参考になったような気がする。 これからは他人に楽しく読んでもらえる文章を心ざしたい。 そしてたまには料理をしてみよう!! 22401 自分は文を書くことが苦手、というか嫌いな方かもしれない。 文では自分の伝えたいことが伝えにくいから、自分の言いたいコトを伝えきれない部分があるから。 大学入試の小論文も何で自分が合格したのかわからないくらい上手くできない。 けど、これからレポートなど文を使って色々と表現しなければいけないから、料理を作る感じで文を書こうと思った。 今一人暮らしでインスタントが多いから、手料理から始めて、文を上手く書くぞ。 22402 小学校などで作文は思ったことを素直に書きなさいなどと いったことがいわれるが僕はずっとそれに近いことをしてきた だがこれを読んで誰かに読んでもらうことを前提とするものとしては それ相応のテクニックなども必要なのだと気付かせれる事ができた これからは参考にしたい 22403 そういえば小学校の授業で習ったなと思いながら読んだ。 取材や情報収集にインターネットを使うのは便利ではあるが、 ネット上には有益な情報のほかにゴシップやデマも多く流れている。 ネットで得た知識や情報が正確であるかどうか見極める能力も 求められるのではないだろうか? また、簡単に漢字入力ができるため いざ鉛筆を持って書こうとした時、漢字をど忘れしてしまう。 パソコンやネットは便利ではあるが その便利さに溺れない様に常に気をつけないといけない気がする。 22404 私は、作文が苦手である。 こんな私でもこの学校には入れたのだから、努力というものの力は素晴らしいものだと思う。 作文や小論文といったもの類に触れることをしてこなかった為、入試前は、自分で言うのもなんだが、大変努力した。 何度も何度も書いては消し書いては消し、書けたと思ったら、題とはかけ離れた内容になってしまったり、そんな苦労を続けた私にとっては、大変為になった物だった。 料理にたとえ、インパクトの持たせ方、さまざまな手法が分かりやすく書いてあって、今までの苦労は何だったのかと思うくらいである。 もっと前にこれに出会えていたら良かったのに。 おそらく、同じ内容を書いた「作文の書き方」と題した本より数倍いいものだと思った。 22405 私は作文がかなり苦手です。 だから更に志学に書いてあるような文章の書き方などを考えていくと、余計に作文というものが勉強といったようなものに思えてしまいました。 しかし、小論文の勉強をしてても思ったのですが、相手に読んでもらうという前提で文章を書くときは、題名に工夫を凝らしたり、書いた後に第三者に読んでもらったりするのも大事だと思います。 と言いつつもまだ私は思った事をどんどん書いていく方法でしか書けません 笑)実際小論文も一気に書いていく人だったので、一枚書くのに10分ぐらいで書いていました。 これからは志学も参考にして、読みやすい文章を書けるようになれればいいなと思います。 22406 作文の書き方についてだった。 書き上げてから一日以上あけて、読み返す というのは共感できた。 その時は熱中していいかんじやなって思う。 でも、 冷静によむと全然たいしたことなかったりする。 でも、基本的に作文なので 好きなように書くのが一番いいんちゃうかな。 鵜呑みにすると書き方の幅が 狭まると思う。 22407 作文といえば小学校や中学校で書いた「遠足」や「体育祭」 について、自分の体験や思いを示したものを思い出します。 それは、大学受験の時に苦労して書いた小論文とは別のもの だとされています。 しかし、文を書くことには違いなく、読 み手に思いや考えを伝える点では同じです。 志学を読んでそ の考えが特に強くなりました。 というのも、わかりやすく相 手に読む気を与える文を書くことが必要だという部分を読ん で、これは両方ともにあてはまると感じたからです。 作文は自分の体験したことを起きた順に書くことが多く、 実際は、この形式が私たちが嫌うものだという部分に、全く その通りだなぁと思いました。 ただつらつらと、相手の体験 談が記されていても内容がおもしろくない限り、読む気はし ません。 志学を読んでみて、意外と作文を書くときに注意できてない 部分が多いということに気づきました。 これから、作文を書くときはタイトルや内容の構成を十分に 練りあげて書き、昔書いたものと比較して読んでみると、 考え方や目のつけどころも違ったりしておもしろいかも知れ ません。 22408 他の人と書き出しが同じになるけれど、自分は作文は嫌いだ。 上手くかければカッコいいだろうなとは思うけど、その努力はしなかった。 この「志学」よんで、なんとなく自分にも書けそうかなと思えた。 時間をかけて、書ける様になればいいかなと。 22409 私が通っていた中学校の国語の授業では、こういった「作文の書き方指導」 が盛んに行われていて、毎時間のように作文を書いたのを覚えている。 その時 先生はやはり、作文における書き出しの重要性をいつも主張していた。 「志学 」には書かれていない事柄であるが、書き出しに例えば擬態語や擬声語を置く ことを効果的だとすすめていた。 他にも話の材料を集めるよう言われたが、「 志学」にあるようにその材料を吟味して上手くつなげていくのには苦労したも のだった。 私は、作文にはある程度ミステリアスな部分が必要だと思う。 謎な部分があ るほど、人間はより興味をひかれ「読みたい」という意識が強くなるのではな いだろうか。 22410 プリントにもありましたが、私も文章を書いてる途中で関係ないことをふっと思いつくことがあります。 プリントでは「そのアイデアを簡単に捨ててはいけない。 」といったことが書いてありましたが、むしろ私はその逆で、何とかそのアイデアを強引に文章中に入れようとしてしまいます。 結果、ピントのぼやけた文章になってしまいます。 いずれの場合でも「吟味する」っていう作業が必要で、自分に最も欠けていた作業だってことを知りました。 次に作文を書くときは、いきなり文を書こうとせず、ちょっとしたメモをとって吟味する時間をとってみようと思います。 22411 志学の内容には、共感するところと、そうでないところがありました。 その通りだ、と思ったところは、書き上げてすぐの文章はよく思える、というところです。 言われてみれば、今までに書いた作文・論文でも、完璧と思って他人に見せたのに、 おかしいところを指摘され「なんでこんなふうに書いたんだろう・・・」と 思ったことが多々ありました。 共感しなかったところは「会話文・心内文から入る」というところです。 aとbの文章がありますが、私はaの方がわかりやすく思いました。 それに、「会話文・心内文からはいると、次の二点が達成される。 いきなり事件の山場に入る・読者をおやっ?と思わせる」 とありますが「いきなり事件の山場に入る」という点では、 aの方が適当ではないか、と思います。 最後にためになったことですが、うかんだアイディアを使う使わないにかかわらず、 メモしておく、ということはいいと思いました。 22412 「良いか悪いか、使えるか使えないかの判断は、アイディアを出し切ってから、その次に行う」と書いてありましたが、正に同意見です。 僕は、趣味で簡単な推理小説を書くのですが、その時によく「これは駄目だろう。 」と決めつけてしまう時がありました。 しかし、ある時から「とりあえず思いついた事を書き出してみよう。 」と思って実行に移したところ、案外それまで駄目だと思っていたことも役に立つことが分かりました。 [志学]を読んで、頭の中であれこれ整理するより、まず頭に浮かんだことを書き出してみる、という作業の大切さを再確認することができました。 22413 その時感じた自分の気持ちを書き込むこと、これが私の作文の書き方です。 この方法は率直に自分の感情を伝えることが出来るけど、文の途中で話をどう展開したらいいのかわからなくなってしまうことがあります。 「志学」を読んで、柱を立てたうえで文章を構成することの大切さを改めて感じました。 私も人をひきつける魅力的な文章を書けるように頑張りたいと思います。 22414 カレーの作り方に例えて、作文の書き方を説明したのは、とてもわかりやすく面白かったです。 小論対策で、文の書き方を習い実践していたつもりだったけれど、本当に、読みやすい文を書けていたか自信がありません。 読もうとする人が食いついてくるような文章を書けるように、なりたいです。 22416 昔から作文は大の苦手だったので、これはとてもためになりました。 特に書き出しのところは、文章の順序を入れ替えるだけでこんなにも印象が変わり、読みやすくなることに感心しました。 他に印象深かったのはタイトルのところです。 言われてみれば私もタイトルだけ見て、おもしろそうだと思い本を借りてることもよくあります。 私は今まで、タイトルは付け足しのように適当に考えてきたけれど、これからは重要な役割を持つものだと認識して考えていきたいです。 今回の授業で触れられなかったというものも、機会があれば聞かせて下さい。 22417 志学のプリントを読んでいて、作文にも読み手を引き付けるようなものが必要なんだと初めて知りました。 内容をきちんと考えて組み立て、タイトルに印象的なものを付ける・・・という一連の作業はまるで小説やエッセイを書く時の様で、作文も同じように書くことが出来るというのは新鮮でした。 小学校や中学校であった宿題の作文などは毎年嫌で嫌でしょうがなかったんですが、もしこれから文章を書く機会があったなら、今までとは違った気分で書いてみようと思います。 22418 『志学』を読み、初めはそのタイトルに大仰な内容を想像していた。 しかし、中身は 「作文の書き方」について、筆者は語っていた。 そのことは冒頭でもわかることだが、 そう思って読み進めていくと、ただ作文のことに言及しているだけではなく、余談含め なかなか楽しく読むことが出来た。 内容全体的な感想を書くと、納得できる部分が多々あった。 「順序立てること」と 「閃くこと」。 また、論の組み方に工夫を加え、読み手が興味を持つように組み立てて いくということ。 これらはつい1・2ヶ月前に、この大学の入試に必要であった小論文 でも共通のことである。 だから、これらの項目には大いに苦心したし、また、その分 書き慣れもした。 こういった個所は確かに同意見である。 しかし、それは「小論文」で、 である。 作文においてでは、閃きは重要でも、文の構成と言うよりは文の勢いの方が より大きなウエイトを占めていると思う。 文に勢いがあれば、それだけで読み手は大いに 興味を持つだろうし、それが小論文との違いであり、作文の良さではないだろうか。 また余談の部分で、筆者はインターネットについて述べている。 そこで、「頭がよいと いうことは、多くの知識を取り出せることではなく、如何に使えるか」がポイントだと 言う。 「不思議だと思うこと、なぜなんだろうと思うことが頭のいい人」だと言う。 し かし、不思議に思うだけでなく、そこでそのことについて考えを突き詰め、正しい解答 を出せなくとも、自分なりの答えを見つけ出すことが重要であると考える。 それが、今 言われる「考える力」なのだろうが。 ま、自分で書いておいて、正直そう言ってそれが できれば苦労はないとも思う。 実際、今の自分にできるという絶対の自信はない。 文字 の上では・・・と調子に乗った自分に少し反省。 話が逸れたが、『志学』 学を志す ということは、すごく大変なことであると改めて 認識した。 昔の誰かさんは十五にして、よくこんなことを思ったものだと感心する。 22420 私が作文を書くときは、まず頭の中で大まかな話の流れや展開をまとめてから 一気に書きます。 それから何度も読み直して、文章のリズムを整えたり、誤字・ 脱字がないか確認します。 タイトルは最後につけます。 タイトルにしても、話の 内容や展開にしても、一ひねりあるものにするように悩みますが、それがなかなか 時間がかかります。 でもそうやってできた時の達成感がいいので、作文は好きです。 これからは、インターネット等も使って知識の幅を広げ、より深みのある作文を 書けるようになりたいです。 22421 小学生の頃から、読書感想文を除く作文は好きだった。 しかし、昔から「話がごちゃごちゃ」と指摘される事が多かった。 おごる訳ではないが、文章を書いていると、次から次へ書きたいことが出てくるのだ。 それをまとめる事もせずにだらだらと書いてしまうので、読み手には読みにくかったと思う。 やはり、文章を推敲し、まとめる事は大事だと再認識した。 加えて、文章を書くことに慣れなければならないとも思った。 22422 作文(文章)をおもしろくわかりやすく、人に興味をひかせるよう書くのはとても難しいです。 志学に書いてあったとおりやっても、下手したらダサい文章になってしまいそう。 (いきなりセリフからはじめるやつとか。 )内容をあたためている段階から全体の構想をねって、そのうえで使ったなら上手に出来るかもしれないなー、と思いました(^-^) 22424 本文:僕は今まで作文を書くのがとても苦手だった。 何を書けばいいのか分からなかったり、上手く書こうと思うあまり、とりあえず書いてみるということができなかったからだと思う。 しかし、志学を読んで相手を引き付けることのできる書き方が分かった気がする。 とりあえず材料をいろいろと出してみて、後はだらだらと書いていくのではなく、相手が読みたくなるように順番を考えたり、タイトルや書き出しを工夫したりすることは、今までの自分にはできていなかったが、とても大事なことだと思った。 22425 志学を読んで思ったのは何事も土台がないといいものは生まれないということです。 料理に下ごしらえがあるように作文にも下ごしらえがある。 もっともなことです。 私もこれまでたくさんの作文を書いてきましたが、相手に読んでもらおうと思って書いたことはなかった気がします。 でも作文は他人に読んでもらうもの。 そういうところも料理と似ているんですね。 小学生の頃はわからなかった作文の書き方が今やっとわかるようになりました。 それはこの文を読んだからだけでなく、先生のお話や、何よりも作文をいっぱい書いてきたからだと思います。 やはり土台あればこそなんですね。 22426 小学生の頃、作文を書くことに苦闘している私に向かって先生は一言、「自分の思ったままを書いたらええよ。 」 この一言で何か頭のもやもやがとれたのか、その後はえんぴつがすらすら動いた。 言葉を選ぶことなく、ほんとうに思ったまま書いた。 小学生の時分はそんなものだろう。 大学生になった今、何か文章を書く時私は、『ちょっとええ文章』にしたくなる。 この感想文もそうしたい。 そのため言葉を選び、文章にちょっぴり遊びを入れたいのだが、それがなかなかできない。 原因は分かっている。 ただ一つ、語彙の不足だ。 語彙が豊富であってこそ、ええ文章が書けると思う。 22427 簡単に言うと、文章を書くことの難しさを改めて知ることとなった。 いままで、 受験時の小論文含め こんなに深く、文章を考えさせられたことはなかった。 この「志学」は、作文が題材であったが、それでも読者の興味を引く書き方や、構成、 アイディア集めなど本当に納得のいくものであった。 まぁ言えば、あまり考えずに文章と思って書いていた自分が、ただのバカだったと 思い知らされた。 でも、今はもう文章をあまり書かなくて良いので、気にはしていない。 こうやって、レポートとして少々書く分に関しては、文章の上手い下手は正直、あんまし 関係ナイっしょ! 以上、感想終わり。 22428 作文なんてしばらく書いていません。 入試対策として小論文を1カ月ほど練習しましたが、自分でやりたくてやっていたわけではなかったので、全然楽しくありませんでした。 昔から特別作文が好きと言うわけではないので、これから先、自分から進んで作文を書くと言う事はないと思いますが、もし、「作文を書かなければいけない」という事態に遭遇したら、 『志学』の内容を思い出して書いてみようかと、少しだけ思っています。 22429 確かに何か文章を書いている時、けっこう良い考えが浮かんだのに「これは関係ないかな」とか「こじつけだな」と感じて文字にするのをやめてしまうことがしばしばあります。 でも「志学」を読んで、そういうひらめいた時はとりあえず文字にしておいて、後で全体的にまとめるという方法を学んだので、今後実行したいと思います。 また、文章の並び方の違いだけで全体の印象ががらっと変わるということも勉強になりました。 今度からは文章を書いて全体を見直す際、この点にも注意したいです。 22430 一番最近書いた作文が小論やと思う。 小論はタイトルっちゅーのがなかったけど。 小中高とカンペキ関西弁で作文書いてたから、標準語に直すんにめっちゃ苦労した。 関西弁で作文書くんは失礼やって何回か言われたけど、なんでかわからへん。 世の中謎だらけやわ… 22432 私は私立小学校に通っていて、小学生時代にはかなり作文を書きました。 その時に先生に教わったこととよく似たことが書いてあって、やっぱり作文を書くのにはポイントがあるのだと思いました。 でも、ひとつ「志学」を読んで初めて分かった事は、「途中で思い出した事も書けるようにアイデイアを出し切ってから書く」という事です。 これは分かっているようで実際はできないことだと思います。 作文を書いていると「あ、これ書くの忘れた!でも面倒やからいっか」と思うことが多多ありました。 でもこの通りに書くとそういう心配がなくていいなぁと思いました。 22433 志学を読んで思ったのは、そうそう上手くいくかなということです。 確かに、ああなるほど、と思う箇所は多々ありました。 「作文と料理は似ている」「誰にも書けないことを書く」「3行が勝負」どれもその通りだな、とは思いました。 で、だから?あまりに漠然としていて、「作文の書き方」としては、ほとんど実用的でないと思いました。 中学生は小説家ではありません。 そんな立派なものを書かなくたって、自分の感じたありのままを書いてはいけないのか。 それが、作文の最も大事なところではないのか。 あまり立派なものを書こうとして、作文の最も大事なその部分があやふやになったり、誇張してしまったりしないか。 そんな作文を仕上げて、本人はそれで満足か。 そんな疑問が沸いてくる文章でした… ちなみに「ボールペン」のところで私が読みたいと思ったのは「その2」です。 最も身近(?)で、興味がありました。 「その3」は意味がわからなすぎて、読みたいとは思いませんでした。 ただ、、<余談>のところは共感できました。 知っているだけではなく、それを生かせていけるように、知識を身につけてつけていきたいと思います。 22434 『面白くて、読みやすい』そんな文章はこれからとても必要だ。 教師になった時『面白くて、読みやすい』文章でなければ生徒は読んでくれないし、子供だけでなく大人も読んでくれない。 どんないいことを書いていても読んでもらえねければ意味がないからです。 志学を読んで、どうすれば読む人が興味を持つ文章、読みやすい文章に書き方がちょっと分かった。 その中でも書き上げてから一日以上時間をおいてから読み返すのは大切だなあと思った。 また、僕がおすすめすることは、書くための材料として、行事が終わった直後にその時の気持ちを何かに書いておくことです。 そうすると、その時の自分の気持ちや周りの情景を思い出しやすい。 どうしても時間がたつと気持ちの熱が冷めてしまい作文がさめた文章になってしまう。 しかし、これはその時の気持ちを思い出すのにとっても便利だから、熱い文が書きやすいです。 22436 作文の書き方は自分では知っているつもりだったが不十分だったと思った。 特にタイトルに関して自分は無関心だったのでこれからは読み手を引き付けるようなタイトルをつけたい。 22437 会話文、心内文から入る、という箇所について。 私は、物語を書くのが趣味だ。 小学生のとき、友人数人と、自分の書いた文章を持ち寄って見せあう、ということをしていた。 その第1日目のこと。 全員が持ち寄ったノートを見比べてみて、私たちは思わず笑ってしまった。 これが、5人それぞれの作品の書き出しだった。 全て擬音語、あるいは会話文、心内語で始まっていた。 (しかも、目覚まし時計が2人もいた)。 みんなに聞いてみたところ、地の文ではなかなかいい書き出しが浮かばず、結局、音や声で始めるのが一番ラクだったそうだ。 実は私もそうだった。 そして最近、ある雑誌を読んでいたら、小説コンクール入選発表のコーナーに、選考委員のインタビューが載っていた。 「それにしても、セリフ、擬音語で始まる作品がびっくりするほど多い! みんな、声や音に逃げるんですよ。 まあ、そのセリフが面白ければいいんですけど、だいたい同じような、平凡なものが多いんですね。 挨拶とか。 途中からは、またか、これもか、って感じで、飽き飽きしちゃいました。 」 『会話文、心内文から入る』という方法は、パッと読者の注意を引きつけ、しかもラクに始められるという点では、確かに便利だ。 しかし、わりとみんな使う手法なので、大量の文章を読み慣れた人には、かえって芸のない、幼稚なやり方だと感じられる場合もある。 「とにかく、音か声で始めりゃいいや」というのではなく、その内容も興味深い、オリジナリティのあるものにしなければならない。 また、地の文での魅力的な書き出しを模索することも大切だろう。 22438 私は幼い頃から作文を書くのが好きでした。 特に構成を考えるのが好きだったので、その部分について書きたいと思います。 私は3番の関係のなさそうなものを書いていきながら最後に共通項でつなげて書くといった書き方がいいと思います。 その方が、読み手も結論が楽しみだし、分かりやすい文章になるでしょう。 しかし、私はせっかく構成を考えても、書き出すと止まらなくなり、結局始めの構成を無視してしまうことがよくあります。 だから、自分で読むだけでなく、他の人の視点で読んでもらうことは最終チェックのためにとても必要だと思います。 また作文を書きたいなあと思いました。 22439 文章を読むのは好きですが、書くのは苦手でこれからレポートなどをどう対処したらいいのか不安でいっぱいです。 大学入試の小論文の対策としては、高校の先生に言われ、できるだけ多くの文章を書くようにしました。 確かに文章を書けば書くほど文章を書くことに慣れてきました。 「志学」に書いてあったことは、「なるほど」と思うことがたくさんありました。 私の場合書き出しはいつも悩むところで、読む人の興味を引くように書こうと思えば思うほど自分の思うようには書けず、書くことがいやになってくるのです。 私としてはもっと上手に、楽しく、楽に文章を書きたいのですが・・・。 もっと早くに「志学」に出会いたかったです。 22439 大学入試の小論文の対策として、高校の先生に言われ、できるだけ多くの文章を書くようにしました。 確かに文章を書けば書くほど文章を書くことに慣れてきました。 しかし、苦手意識は消えませんでした。 「志学」に書いてあったことは、「なるほど」と思うことがたくさんありました。 私の場合書き出しはいつも悩むところで、読む人の興味を引くように書こうと思えば思うほど自分の思うようには書けず、書くことがいやになってくるのです。 私としてはもっと上手に、楽しく、楽に文章を書きたいのですが・・・。 もっと早くに「志学」に出会いたかったです。 22440 まさに偶然なのですが昨日の夕ご飯にカレーライスを作りました。 志学を読んで作文も同じだとはなかなかうまく考えているなと思いました。 どんな人でも作文を知っている人ならば、ある程度は書けるものです。 このことを肝に銘じて作文そして料理にとこれからも挑戦していきたいです。 22442 私は今まではずっと何も考えずに好き勝手に作文を書いてきた。 タイトルとかもすごく適当に決めてたけど、志学の中のインパクトのあるタイトルを付けた方が良いという意見にすごく納得できた。 他にもごく当たり前の事だけどついつい忘れてしまう事も書いてあったのでこれから作文を書く時は参考にしたいと思った。 22443 「志学」を読んでおもしろいと思ったのは、作文が料理に似ていて材料がいる、というところだ。 私は大学の入試のために小論文の練習を始めたが、最初はまったく書けなかった。 書くための材料がなかったのだ。 それからは、材料集めのために情報網をはりめぐらせた。 新聞や本を読んだり、先生や友人の意見をきいたりして、いろんな考え方を学んだ。 作文と小論文は違うといわれそうだが、書くために材料がいるという点は同じだと思う。 そして、普段からいろんな事に目を向け考えることが、文章を書くときの「イメージの花火」を大きくさせるだろう。 22444 小説家は、「タイトルと書き出しで勝負する」と書いてあったのは、その通りだと思った。 僕が本を買うとき、タイトルに誘われてその本を手に取ったり、書き出しを読んで買うかどうか決めるからだ。 そして、中学の時にこのようなことをまとまって教えてもらって、羨ましいと思った。 僕は、今でもそうだが結構いいかげんに書いていた事がわかった。 読みやすく、読みたくなる文章を心がけようと思った。 22446 いつも作文は思いつくままに書いていたので志学のプリントを読んで自分がすごくいい加減に書いてたんだなぁと思いました。 そう思うと今までの文章が恥ずかしい・・・。 特にタイトルとか適当につけてました。 でも急に上手くなるものでもないだろうから新聞をよく読んでみるとか少しずつ頑張ろうと思います。 いつか読んでみたいと人に思われるような文章が書けるようになりたいです。 22448 私は文章を書くのが苦手で、書き始めるのにとても時間がかかるので、もっとスラスラ書けるようになりたいと感想文なんかを書くときに思います。 一度書いた文章を時間がたってから読み直すことが大切だと書いてあったのを見てその通りだと思いました。 だいたい読み直しをしたら、おかしい所を何箇所か発見します。 アドバイスにあったように、その後で誰かに見てもらおうかなと思いました。 22449 私は作文というものがあまり得意ではありません。 「志学」で述べられているような「読みやすい文章」「読みたくなる文章」などを意識して書いたこともありませんでした。 確かに読んでみてなるほどとは思いましたが、小学生などにこの技術といいますか書き方を求めるのは少し苦しいかと思います。 そもそも、私は作文というものが小学生時代はあまり好きではありませんでした 本や映画を見たあとに半ば強制という形で感想文を書かされるわけですが、それは小さいながらも自分の胸の内で感動が冷めると共に疑問が広がるものでした。 その後は仕方がないんだろうなという感じで疑問もなくなり今に至るわけですが・・・。 「志学」ではそういう文章を書くタイミングというものには触れられていないのでその辺りの考えを知りたく思います。 22450 人文社会系の二次試験は皆もよくご存知のとおり小論文である。 おそらく入試前は誰もが必死で小論に必要だといわれる知識を詰め込み、 何枚もの原稿を真っ黒にしたことだろう。 かく言う私もその一人である。 私は小学生の頃は文章を書くことが嫌で嫌で仕方が無かった。 国語の 授業のあとに毎回書かされる「今日の感想」。 なんとか避けられないものか と仮病を使ったことも無いとは言わない。 そんな私だったが、いつの間にか 中学も終わり、高校に入ってからというもの、何故だかわからないが文章 を書くことへの抵抗感が薄れていた。 いや、むしろ、好きだったかもしれない。 (何を書いていいかすらわからない数学の問題を解くよりは、なんでもいいから 答えの出せる作文のほうがマシだと感じたかどうかはまた別の話) そして大学入試の時が迫る。 なんと科目は小論文。 「得意分野だ!!」 と意気込んで、先生との一対一の指導が始まる。 「貴女は文章が上手ですね」 と何度も言われた。 そのたびに私は嬉しくなり、また、得意にもなった。 そのおかげで試験本番もたいして緊張せずに答案を作ることが出来た。 「センター試験であれだけ失敗したのにも拘らず合格したのはやっぱり私の 文章力だ!」 と、ますます要らぬ自信を持った。 しかし。 しかしだ。 志学を読んで我に返った。 私の文章は誰もが読みたいと思うような ものではない!小論文の書き方、教わったマニュアルどおりの構成。 私らしさなど、どこにもないではないか!!と。 他人が読みたくなる文章には、やはりオリジナリティーと幾分かのユーモア が必要であろう。 それが私の文には完全に欠如しているのではないか。 出来た作品のタイトルだって、これ以上無いくらいに適当に付けたものである。 こんなことではいけない。 誰もが読みたくなる文章。 こういうものを書けるようになるまで、 私は自分の文章を改良し続けよう。 その為に、友達の文と自分のものを読み比べ、 様々な書き方を「私の作風」としてアレンジし、取り入れていきたい。 そう思わされた『志学』であった。 22451 私は小さい頃から文章を書くことが苦手で、いつも文章を書くことから逃げていました。 でも、この志学を読んで、作文を書くということは思っていたよりも楽しい事だと感じました。 【書き出す】のところに書いてある『書き上げた文章をもう一度読み見直す、又は他人に読んでもらう』ということを私もすすめます。 この大学を受験するため小論文を勉強していて、「出来た!! 」と思った文章でももう一度読んでみると、文章のつながりが悪かったり、自分の言いたいことがうまく伝わらない文章だったりすることがよくありました。 だから私は、他人に読んでもらったり、自分で声に出して読み見直すことは大切だと思います。 私も「面白くて、読みやすい」文章がかけるように努力していきたいと思います。 22452 私は作文が苦手です。 いままで自分のことばかり考えて作文を書いていました。 でも、入試のため小論など練習してようやく人が読みやすく書けるようにすこしなりました。 今志学についてを読んで改めて人に読んでもらいやすい文の書く大切さを学びました。 今度また文を書く機会があればこれをおもいだしてかきたいです 22453 志学を配布されたときには、今更、作文について言われても、、。 と思っていました。 そして、読まず、そのままバインダーにはさんでおきました。 私自身、作文が嫌いで、見たくもないという感情からです。 私は今まで、小学校のころから事あるごとに宿題として出される作文が、悩みの種であり、苦痛でした。 どう書いたらいいのか誰も教えてくれなかったし、いつもいかにして字数を稼ぐかということばかりに気をとられていました。 課題のために、(仕方なく)志学をよんでみて、まず「ハッ」と驚きました。 すごい!と。 もう、とにかく目からうろこがバサバサ落ちました。 そしてその反面、小・中学校の先生も志学のような作文の書き方を教えてくれたらよかったのに、、、と思いました。 そうすればきっと、作文や、感想文を書くことに嫌悪感を抱かなかったに違いありません。 それを考えると、もっと早い時期に志学と出会いたかったなぁと、残念です。 何はともあれ、志学に出会えて、作文に対する見方が180度変わりました。 18年間生きてきた中で、かなり大きな出会いでした。 (大袈裟?)これから文章を書く機会には、絶対、志学を参考にします!自分の将来受け持つかもしれない子供たちにも、志学の事を語り継ぎたいと思います。 (迷惑でなければ) 22454 志学を読んでおもしろい作文の書き方がわかったような気がしました。 文章の順序を変えるだけで文全体の印象が全然違うように見えるのは本当におもしろいと思います。 小説にはこのトリックがたくさん使われていることに気づきました。 高校の先生もカレーと同じような例で説明してくれました。 高校の先生は、材料が多ければ多いほど比較、検討の末厳選した材料を使うのでいい文章が書けるとおっしゃってました。 本文の中でワープロを本格的に使う事で「書き直すことに何の苦痛も感じない」とありました。 パソコンやワープロを使いこなせる人はよくそう言います。 でも、今の私は少々苦痛を感じても紙と鉛筆で作文を書く方が多いです。 私はパソコンを使いこなせないので苦痛を感じない書き直しの快感がわかりません。 今も紙に書いた下書きを見ながら書き込みをしています。 野浪先生のおっしゃるようなペーパーレスの時代は必ず来ると思います。 だから、これからは原稿用紙での作文の練習と一緒にワープロでの作文の練習も欠かせないと思います。 「パソコンの方が楽やわー」と思えるように早くなりたい、「志学」を読んで強くそう思いました。 22456 会話文、心内文から入ることが効果的であるというがそれは、文の内容によるのではないか?例に二つの文章があるがbの方は分かりにくく、違和感がした。 それは内容が合唱際の発表というたわいもない内容だからだ。 文頭で思い切りひきつけておいて,「神様」という途方もない物を出しておきながら、ただの「発表」でとても興ざめである。 それは、僕のめんどくさがりで、結論だけを早く知りたがる性格が関係しているのかもしれないが…。 22460 「作文の書き方」を「カレーの作り方」に置き換える、これはナルホド・・・!と思いました。 小・中・高と、いろいろ作文を書く機会に恵まれ、その都度先生の堅苦しい説明を受けてきましたが、そんなことなどはすぐに忘れていました。 ですから、今回、作文はカレーだ!と言われて、これなら忘れずにいつでも思い出せるぜ!と思いました。 だから、私事の意見ですが、カレーを例に出してきたのはいいアイデアだと思います。 また、教わってきた中で一つだけはっきり覚えているのが、『文章の読み出しを会話文で始めると、相手がその作品を読みたくなる』ということです。 これは当時の私も納得し、高校受験当日の作文にこの戦法を使った覚えがあります。 作文の始まりが、いつも「私は・・・」「僕は・・・」だと、読む側の人も『またか・・・』と疲れてしまうのも当然です。 「作文」というと、自分の思っていることを書き連ねることだと思っていましたが、実は作文というのは、完成にたどり着くまでには色々な要素を自分の頭の中で広げだし、ろ過し、練り上げて、それを膨らましていくものである、ということを今回「志学」で確認させられました。 だから作文を上手に書くことのできる人は、いろんな文章に対して読解力がつくのだと思います。 私も作文からもう一回始めないといけないな、と思いました。 22461 受験のときに小論文を山ほど書いた。 しかしそれは、タイトルや内容について殆ど決められてはいた。 また、序論・本論・結論だの起承転結だのどういった書き方に沿って書いたものだった。 小論文と作文はいくらか違って入るけれど、根本的なものは一緒だと思う。 私は下手だけれども文を書くのが好きだし、日記まがいのものを書いたりしている。 けれどもそれは、人に見せられるような、かっこいい文章ではないし、読んでいて楽しいものでもない、ただの文章の羅列なだけだ。 しかし、「志学」を読んで今までとは、一味も二味も違う作文の楽しさ。 そして技術のようなものを得たような気分だ。 楽しかった遠足、緊張した発表の瞬間。 いかにして読む人にその場の臨場感を伝えることができるか。 また、タイトルをどうやってつけるか。 人に、全世界の人に自分の文が読まれる。 それってすごいことだと思う。 文を書くことは楽しいことだし、良い文がかけるとそれだけで嬉しくなる。 人にも見せたいと思う。 だからこそ、こういった文章の書き方、またはインターネットの様な文明の利器の利用によって、自分の文を成長させていける力。 その力をつけていきたいと思いました。 22462 初めてこの文に目を通したとき、まさに「目からウロコ」であった。 中学まで私は、どちらかといえば作文が得意な方だった。 しかし、特に何かを意識して書いていたわけでもなく、もちろんこの文が言うような「相手に読みやすい文」なんかを書いているつもりもなかった。 この文では、作文を書く秘訣みたいなものが書かれていたので、そういう意味で「目からウロコ」であったのだ。 しかし同時に、これを今の時点で作文が得意な子にはあまり見せたくないなぁとも思った。 中学生ならまだしも、小学生には技とかは全く意識せずに書いて欲しいと願うからだ。 22463 文章の書き方についてとてもわかり易く書かれていてなるほどなあと思った。 よく考えてみるとうまい小説というのは読者の考えている事の裏をかいたり、つい先が読みたくなるようなものだ。 けど、そこに至るまではタイトルや文章の構成など「志学」に書いてあったような様々なことに苦心して出来ているんだなあと思った。 文章の奥深さをまた一つ知れたと思います。 22464 最初に見たときには、「よくもまあこんなにも作文について長々と書いたね」ということでした。 しかし書いてある内容を吟味してみると、なるほどもっともな事が書かれていました。 私もいろいろと文章を書く機会があるのですが 平均していつも原稿用紙3枚くらい 、こんなことを考えて書くことはありませんでした。 いつも私は自分なりの手法で書くので、まあ一度くらいは考えつつ書いてもいいかなと感じました。 22465 とてもいい勉強になりました。 文章を書くのは難しいけれど、志学を読んでかなり納得させられました。 もっと勉強して文章を書くのが得意になればいいなと思いました。 22466 作文の書き方について考えたことはなかったけど1の書き方で知らないうちに書いていたと思う。 これからは文章の構成を考えて書こうと思う。 22467 今まで作文を書かされた事はあっても、「志学」に書かれている いるように作文の書き方を教わったことは一度もなかった。 この文章の中で私が最も納得できたのは、一度書いた文章を一日 位おいてまた読み返すとよい、ということである。 その方法の何 がよいのかはわからなかったが、私は手紙を書く時によくこの方 法を使っていた。 (作文を書くのとは違うけれども・・・)今回 「志学」の文章を読んで時間を置いてから読み返すことは自分が 冷静になって自分の文章を読み返すことができるのだと知った。 私はこれからもこの方法を用いて文章を書いていこうと思う。 22468 カレーライスに例えていたりして分かりやすかった。 私は文章を書く時あまり何も考えずに書いていたが、やはり順序を追って書いた方が自分の書きたい事をより明確に書けるのではないかと思った。 これから作文を書く時の参考にしたいと思います。 22469 志学を読んでまず思ったことは、受験で体験した小論文に少し似ているなぁということです。 でも作文と小論文で違うと思ったことは、小論文は与えられたテーマに対して自分の意見を述べ るものであって、作文のように自分の書きたいように自由気ままには書けません。 それとは反対 に作文は自分の好きなように書けるため、志学の中で述べられているように材料探しなど様々な 楽しみがあると思います。 志学の中ではこういった作文を書くためのアドバイスなどが、例えを 用いたりして詳しく書かれていたので、とてもわかりやすかったです。 作文や小説、あるいは論 文などを書く機会が近い将来必ずあると思うので、志学を読んだ事で得た知識を活用したいと思 います. 22470 今まで、作分を書くということは幾度とあったけれど、自分の文章は、ただダラダラと文字を綴っただけのものであったように思います。 作文を書くことにこのような技術や工夫があるとは考えられませんでしたし、ましてや読者のことなどまったく考えることもありませんでした。 これらの方法を用いれば楽しく、またより優れた文章が書けそうな気がしました。 22471 私がいる人文社会の二次のテストは、小論文だった。 小論文を勉強していくうちに、文章というのは、なんと奥が深いのだろうと思った。 文章の構成や、出だし方一つで文章の感じがまったく別のものになる。 「志学」は、そんな文章の奥深さを教えてくれるものの一つとして見ている。 様々な方法を教えてほしい。 22472 私は最近小論文という形でしか文章を書いたことがありません。 小学生の時、作文を書く機会はありましたが、ここまで深く考え、材料やアイデアを集めたことはありませんでした。 これからは作文を書く時はこういった材料やアイデアを大切にして書きたいと思います。 22473 私は母に習い、文章の書き出しを工夫するということを早くから実践していました。 それは今でも続けているし、作文とは全く違うからやめといたら、と助言をうけた大学入試の小論文さえスタイルを崩しませんでした。 文中にもあるように「読みやすい」「読みたくなる」文章だとてっとりばやく錯覚させるには、文頭におもしろい台詞をもってくればいいと思ったからです。 (もちろん中身をつめないと意味はないですが。 )志学を読み、その考えは間違っていなかったと確信でき、非常に嬉しかったです。 もうひとつ興味をもったことは「書き上げて一日以上時間をおいて読む」ということです。 なるほど、これを行っていなかったから私の書いた文章は、書いた時点の自己満足にしか過ぎなかったのだと分かりました。 完成させ随分後に読むと、未熟すぎてはずかしくなることばかりだったからです。 例えば、担任になって学級通信を書く時も、ある程度冷めてから推敲しないと、こどもがついてこれないようなひどい文章になるだろうなと思いました。 22474 「志学」を読んで、なるほど!と思いました。 確かに料理と作文はよく似ていると言えると思います。 料理は仮に同じ料理を作るとしても作る人によって味付けなどが微妙に違ってくるし、作文も同様に同じ事を書くとしても書く人によって感じ方などが違ってきます。 そういう類似点に気づく機会に出会えて良かったです。 「志学」はなかなか興味深く読めました! 22475 私は作文ひとつ仕上げるのにすごく時間がかかる。 というのも書く前にしっかりと文章の構成も考えず、半ば行き当たりばったりで書いてしまうことが多いからだ。 ただインスピレーションの湧くままにシャーペンを走らせる。 しかしいつも途中で行き詰まってしまう。 あまりに何の考えも無しに話を進めてきてしまったので、どうやって話を結末に持って行けば分からなくなってしまうのだ。 私は途方に暮れる。 そこで今まで書いた分をとりあえず読み返してみると、ただ感情的でなんの論理性もない文章だということにやっと初めて気づき、とても人に見せられないと思い、また最初から書きなおすはめになってしまうのだ。 この志学を読んで私は、私の作文を実際読む人の身になり書く必要があることを学んだ。 読みやすい文章=読みたくなる文章を目指して、これから文章を書いていきたいと思う。 22476 正直、『志学』とゆうタイトルを見た時、難しそうなイメージを抱いたが、内容を読むと単なる作文の書き方で心配ゾンやった。 しかし、詳しく読んで見ると「閃きが重要」であったり「情報収集」など、納得できる部分もあった。 また、作文とゆう本来、規定なく自由に書けるモノを、参考にせよ、書き方を記しているところに興味を抱きました。 22477 はじめ志学と聞いて正直何のことかさっぱりわかりませんでした。 でも、プリントを読んで行くと、作文というのはこういうふうに書くのかと、今まで考えてきた文章の書き方と全く違い驚きました。 次回、文章を書くときは、このプリントで読んだ知識を活かして書いていきたいと思います。 22478 1印象的なタイトル2何だろうと思わせる書き出し3読みやすい文字、レイアウト4しっかりとした内容 これらは何回も言われ、私も心がけてきたことです。 でも作文を書くためにインターネットを使うことや、向田邦子さんの本を読むことをすすめられたことはありませんでした。 作文によって自分の世界を広げることもできるのだと気がつきました。 作文のコンクールなどに出すとき、先生がやたら手を加えるけれどあれは良いのでしょうか。 疑問に感じます。 私は読書感想文が苦手なので、その書き方も教えていただきたいと思いました。 22479 私は、文章は文章を作るのが結構好きな方だと思います。 といっても、最初から好きだったわけではありません。 小学校3年の時に担任の先生が作文を誉めてくれたことがかなり嬉しくて、もっと誉めてもらいたい一心で、毎日の自由宿題では作文ばかり書いていました。 私は、何かを順序立ててしたり、方法に乗っ取って行う事が苦手でこれまでも「作文の書き方」という文章に出会っても、あまり興味を抱かなかったし、ちゃんと読んだ記憶もありません。 それは、自分の中で自惚れもあったからだと思います。 しかし、読みやすい文章、読みたくなる文章であったのかと考えると、自信がありません。 (柱を立てる)の中で「苦労して調べたものは、すべて使って書きたいと思う」とありましたが、私は全くそのとおりだなと気づかされました。 日記なら、許されることであっても、人に読んでもらおうとするとき、全くの自己満足であっては、いけないなと思いました。 、 22480 私は作文に限らず小論文などとにかく文章を書くというのが苦手で大教大の小論文の入試の勉強でもとても苦労した。 小論文の書き方の本なども2冊ほど買った。 買ったはいいもののいざ書くとなるとなにから書き出していいかわからず書きなれるまでにはかなりの時間がかかった。 でもこれを読んでなんか「あれ?文章書くのってそんなに難しいことちゃうんかなぁ?」って思えた。 私が今まで文章を書くことを苦手と感じていたのは実はただの食わず嫌いのようなものだったのかもしれない。 22481 今回志学を読めて良かったです。 今まで作文を書く時は思ったままに書いていて読み手のことを考えて書いたことは一度もなかったように思います。 きっと読みにくい文章だったでしょう。 読み手のことを考えて書いた文章といえば入試の小論文くらいです。 その小論文も先生の指導の下なんとか形にはなりましたが、志学にもっとはやく出合えていれば少しは楽になったかもしれません。 これから文章を書く時の参考にしたいと思います。 22482 私は作文などを書くことは好きだけれど、普通すぎて面白みのない文章になりがちです。 しかしこの志学は書く前の段階から説明してくれていて、わかりやすかったです。 また、文章の組み立て方や興味のひきつけ方も説明してあり、これから文章を書く上で使えると思いました。 22483 私は、今までにたくさんの作文を書いてきましたが、書くときに『相手に読んでもらう』のでなく、自分の思うこと、体験したことをやみくもに書いていたように思います。 作文を書くときは、自分中心に書くのでなく、相手の立場にたって考えていくことの大切さを、 痛感しました。 22484 私が、「志学」の文章を読んで感じたことは、今までの私の作文のヤバさです。 おそらく私の18年の人生で一番良くできた文章は、大学入試のときの小論文です。 あの時は人生の分かれ道に立っていたので、なかなか「志学」の文章にそった書き方かもしれません。 しかし、それ以外はほんとに「おもしろくない」作文だっただろうなーっと反省しました。 22486 「面白くて、読みやすい」文章のこつを書いた文章だけに、この志学自体、興味を引かせる文章でした。 また「良いか悪いか、使えるか使えないかの判断は、アイディアを出し切ってから、その次に行う」これは、以前、余計なことを考えても意味がないと思っていた私にとって、論文の勉強をしていた時、どれだけ大切なことか思い知らされたことでした。 一見、無駄に思えるこの作業も、文字にすることで視覚を使い、自分の考えていることが頭の中で考えるよりずっと分かりやすくなります。 またそうすることで、いろんなことを思いつくきっかけにもなるのです。 この志学は、私自身が納得することも、なるほど!と驚かされることも書いてあり面白い文章でした。 私はどちらかと言えば文章を書くのは苦手ですが、読みやすい文章を書くために、読みたくなる文章を書くために、常にいろんなことに興味関心を持ち、新しい発見をしていきたいです。 24205 私は、小さいころは学校で書く作文が好きでした。 でも、大きくなるにつれ苦手に思えるようになった。 プリントを読んですごくいい事を聞いたような気持ちになりました。 文章をろくに書いたことがないので、これからたくさん文書を書いていこうと思いました。 24206 「作文の書き方」という内容についてはとても役に立つ事が書かれている。 ただ、こういうプリントを中学生に配布するということは、私だったら、いやだ。 なぜかというと・・・。 「志学」にも書いてあったように読みたくなる文章、読みやすい文章ではないからだ。 字も小さいし、字と字の間隔も狭い。 本当に子供たちに読んでほしいという作者の思いが伝わってこない。 パソコンを使っているというのもそれを反映していると思う。 私だったら、手書きにする。 私が小学生の時に、先生の作ってくれたプリントは読みたくさせるものだった。 ちょっとしたイラストがあったり・・・。 字というのはその人そのものだと思う。 だから、子供たちをひきつけるものがあれば、もっとよくなると思う。 24207 「志学のプリント」を読んで、改めて文章の魅力の偉大さを感じたように思う。 私は今まで人から文章によって刺激を受けて満足してきたが、今は逆に「自分が人を惹き込ましたい」という思いがこみ上げてきた。 皆をワクワクさせるような、そして頭の隅でもいいからずっと残してもらえるような、そんな文章を書きたい。 とは言っても今の私には人を惹きつけるどころか、「文章」というものすら書けない。 だからまずは、毎日書いている日記から改めて「文章」というものを考え直したいと思う。 今思うと、今まで書いてきた「幼稚な文章」を抹消したいくらい恥ずかしい・・・ 24208 私も、アイデアを出す時に、関係のないものはすぐに書くのをやめようと判断してしまっていると思った。 作文の力をつけて、3番目のパターンで書ける様になりたいと思った。 24210 私は「志学」と聞いてはじめはさっぱり何のことか分かりませんでした。 とりあえず、「文章の書き方・組み立て方」ということなのでしょうか。 私は今まで文章というものは、小学校のころの読書感想文とか、反省文くらいしか書いたことがなくて、文章の構成とか読みやすさなんて考えたこともありませんでした。 ただ思いついたことをそのまま文章にしていました。 なので、今まで私の書いた文章を読んできた人は、読みにくくて主旨が分からないと感じていただろうと思います。 どうせなら、文章を書き始める年頃のころに、「志学」を学びたかったです。 今まで私が書いた文章を読んできてくれた人たちに謝りたい気分です・・・読みにくい文章しかかけなくてすいませんでした!! 997601 「志学」を拝読した。 作者が主に作文材料と書き順番という二つを書いている。 全文は先生の立場から生徒に作文の作法を教える話だ。 ここで、「志学」について、いくつか違う考えを述べましょう。 まず、タイトルとして「志学」とは何か?「学問に志すこと」と辞書でいう。 この文章の中味は作文材料と書き順番なのだ。 確かに、作文を作ることは学問である。 が、このタイトルが大きすぎではいないか?もし何か副タイトルうぃ付いた方がいいと思う。 次に、作者が作文に料理をたとえる。 作文作法のプログラムとカレーの作り方と似ている。 そして、「こんなことはどこの作文の参考書にも書いてない」と作者が考えた。 もちろん、中学生向け分かりやすい説明が必要がある。 が、周知のように、普通の人がカレーの材料をスーパーで買って「手順通り」で作って、大体出来てくる。 しかし、作文の材料どこでもらう、どのような材料がいるか、どのように書くか、「マニアル」あるか?頭が考えないと出来るか?だから、作文と料理が根本的に違うには、作文のプログラムが思惟で創作活動である。 作者が後の文章の中でもそう書いている。 「カレーライスをつくるのであればその足りないものをスーパーにでも行って買ってくれば、済むのですが、作文の場合は、どうしたらいいのでしょうか?」と自ら「 作文」と「料理」似ている+ことを否定した。 つづいて、作者が材料捜す方法を話だ。 その方法として、1、本やインタネットで調べる。 2、人に聞く。 3、現場に行って調べる。 とまとめた、ここで、とくにインタネットをたくさん紹介した。 インタネットを利用して中学生が『四人はなぜ死んだのか』という本が出たの例を挙げていた。 作者の意図が一体なんだろうか、皆がすべてインタネットを利用ですか?皆が本を作るか?中学生が一体どれぐらい知識を持っているか、文学史で有名な作家川端康成がそれでも高校生時に作品を出した。 そして『四人はなぜ死んだのか』このテーマだけから考えると、矢張りインタネットからいろいろ情報をまとめてではないか。 この本でどれぐらい文学的芸術性を持っているか?図書館でたくさん名作を読んで、基礎的なものをがっちり身に付けた方がいいと思う。 上 997601 続く 最後、作者が「書く順番」について三つ方法をまとめた。 残念ながら、プリントで2番の方法が漏れた。 作者が「1、出来物の起きた時間順に書く」に対して、「書きやすいかもしれませんが読む方からすると読みたくはない形式」と否定した。 作者が文章のジャンルを考えず、こんな結論を出してくる。 ご存知のように、時間順に書く文章が日常生活の中にたくさん出ている。 たとえば、地震、テロなど事件が発生後、その場面の描写記事がすべて時間順に書く、誰でも読みたくないではない。 だから、ジャンルによって、それぞれ書き方がある。 どちらがいいか悪いかいえない。 「志学」の中で、まだまだ議論価値がある。 以上おおざっぱに考えながら書いた。 下 四季の歌 4452 春の暖かい雰囲気さんからね わらわら届いた みんなの合格の笑顔が ジリジリ蒸し風呂みたいな教室さんからね たらたら届いた みんなの滴る汗が たくさんおいしい料理ののったテーブルからね わいわい届いた みんなの食べっぷりが 木々をふるわすこがらしさんからね ちくちく届いた みんなの丸まった背中が 12211 眠たげな桜さんからね ゆらゆらとどいた ピンクのゆうびんが どこまでも高い空さんからね きらきらとどいた 真っ青なゆうびんが 少し寂しげなコスモスさんからね こっそりとどいた むらさきのゆうびんが やわらかい粉雪さんからね ちらほらとどいた 真っ白なゆうびんが 12457 春風さんからね いっぱい届いた 桜吹雪の郵便が アスファルトさんからね ゆらゆら届いた 陽炎の郵便が 台風さんからね 音だけ届いた 雷の郵便が 空気さんからね 乾燥して届いた 肌アレの郵便が 21502 出会いの季節からね ワクワク届いた 新しい友達っていう郵便が 汗と涙の季節からね ドキドキ届いた たくさんの青春っていう郵便が 食欲の季節からね ひやりと届いた 体重増加っていう悪夢の郵便が 別れの季節からね どしどし届いた かけがえのない思い出っていう郵便が 21506 春風さんからね ひらひら届いた 桜色の郵便が 雷さんからね 突然届いた 夕立の郵便が 秋風さんからね そよそよ届いた 黄金色の稲穂の郵便が 木枯しさんからね 静かに届いた 柊の花の郵便が 21507 桜の木さんからね ふわりと届いた お花見の招待状の郵便が 海の風さんからね キラキラ届いた 夏休みのしおりの郵便が 木の葉さんからね がさっと届いた 運動会のお知らせの郵便が 空の雲さんからね ひゅーと届いた 友達からの年賀状の郵便が 22104 硬い地面からね ひよっこり届いた 小さな緑の郵便が 晴れ空からね どしどし届いた 日射しの郵便が 視界の隅からね じっくり届いた 褐色の郵便が あの木からね ひらっと届いた 最後の一枚の郵便が 22107 春:予備校さんからね たくさん届いた うちにおいでの郵便が 夏:花火さんからね ド派手に届いた 夏の終わりの郵便が 秋:渡り鳥さんからね 忙しく届いた 寒くなるよの郵便が 冬:ネオンライトさんからね キラキラ届いた Merry Christmas! 桜の木さんからね、青空に届いた 桃色嵐の郵便が。 夕立さんからね、今日も届いた 洗濯物の郵便が。 もくもく煙さんからね、おなかに届いた 夜ごはんの郵便が。 雪だるまさんからね、お水と届いた 来年の約束の郵便が。 22424 春:風さんからね やさしく届いた きれいな花びらの郵便が 夏:太陽さんからね 力強く届いた 木々を育てる光の郵便が 秋:大地さんからね いっぱい届いた 輝く稲穂の郵便が 冬:雪降る街さんからね 美しく届いた 小さな奇跡の郵便が 22425 蒲公英さんからね ふわふわと届いた 春の匂いが 向日葵さんからね さんさんと届いた 夏の太陽が 秋桜さんからね びゅうびゅうと届いた 秋の風が 葉牡丹さんからね しんしんと届いた 冬の寒さが 22426 春:菜の花さんからね ここちよく届いた 春のおとずれの匂いが 夏:アブラゼミさんからね うるさく届いた 夏のおとずれの鳴き声が 秋:鈴虫さんからね 美しく届いた 秋のおとずれの合唱が 冬:ちらつく小雪さんからね じんじん届いた 冬のおとずれの感激が 22428 春 太陽さんからね ポカポカ届いた 心弾む郵便が 夏 太陽さんからね ギラギラ届いた 熱い日差しの郵便が 秋 太陽さんからね しみじみ届いた 赤い夕日の郵便が 冬 太陽さんからね なんとか届いた あったかパワーの郵便が 22429 はるかぜさんからねピクニックが届いた桜の郵便が 太陽さんからね海水浴が届いたスイカの郵便が さんまさんからねおいもが届いたもみじの郵便が 雪だるまさんからねスキーが届いたゆきの郵便が 22430 はる さくらさんからね ふんわりとどいた ももいろのゆうびんが なつ うみさんからね とどいた そらいろのゆうびんが あき もみじさんからね しょんぼりとどいた ゆうやけいろのゆうびんが ふゆ ゆきさんからね きらきらとどいた まっしろな きらきらひかるゆうびんが 22432 ちょうちょうさんからね ヒラヒラとどいた なのはなのゆうびんが せみさんからね ミンミンとどいた あさがおのゆうびんが すずむしさんからね リンリンとどいた コスモスのゆうびんが みのむしさんからね ジーっととどいた さざんかのゆうびんが 22433 春:さくらさんからね ひらひらとどいた おめでとうのゆうびんが 夏:たいようさんからね ぎらぎらとどいた ひやけのゆうびんが 秋:おちばさんからね ほくほくとどいた やきいものゆうびんが 冬:ふきのとうさんからね ひょっこりとどいた もうすぐはるねのゆうびんが 22434 うぐいすからね ホケキョととどいた うぐいすのゆうびんが こうえんからね イッチニッサンシととどいた らじおたいそうのゆうびんが ぐらんどからね イチニツイテヨ〜イドンととどいた うんどうかいのゆうびんが じんじゃからね ゴ〜ンゴ〜ンととどいた としのはじめのゆうびんが 22437 ふたごたちからね ぽしゃぽしゃとどいた 雪解け水のゆうびんが さそりくんからね ざあざあとどいた 夕立のゆうびんが アンドロメダさんからね さらさらとどいた 霧のゆうびんが オリオンさまからね きゅっきゅっとどいた 霜柱のゆうびんが 22438 新しい友達からね どきどき届いた これからの夢と希望の郵便が 田舎のおばあちゃんからね しゃきしゃき届いた 新鮮夏野菜の郵便が 昔の友達からね どしどし届いた 夕日を見ながらたまには語ろうよって郵便が サンタさんからね わくわく届いた 心のこもった贈り物の郵便が 22439 土さんからね、こっそり届いた 芽と花の郵便が 青葉さんからね、ザワザワ届いた 心地よい風の郵便が もみじさんからね、静かに届いた 真っ赤な山の郵便が 寒い風さんからね、急に届いた 雪景色の郵便が 22440 花びらさんからね ふわりと届いた 一面ピンクの郵便が サザナミさんからね そっと届いた 海の歌声の郵便が 落ち葉さんからね じんわり届いた ぬくぬく布団の郵便が コタツさんからね みんなに届いた 甘いみかんの郵便が 22442 みつばちさんからね ちくちくとどいた はちみつのゆうびんが かみなりさんからね ゴロゴロとどいた はなびのゆうびんが かきのきさんからね ハラハラとどいた おちばのゆうびんが ゆきうさぎさんからね しんしんとどいた こなゆきのゆうびんが 22443 お雛さんからね ももの花届いた もうすぐ別れと出会いの季節だよって 織姫さんからね ほしの空届いた ほらほら上を向いてがんばってって うさぎさんからね つき夜届いた つらい時には泣けばいいって 節分の鬼さんからね ゆきが届いた ゆめをあきらめるなって 22444 大阪教育大学から レタックスが届いた 合格の郵便が かき氷から 頭がキンとする痛みが届いた 冷たさの郵便がお腹から ぐううと届いた 食欲の郵便が寒気から ヒユウと届いた 白い吐息の郵便が 22446 さくらさんからねふわふわ届いた花びらの郵便が 夏風さんからねもくもく届いた入道雲の郵便が りすさんからねころころ届いたどんぐりの郵便が 北風さんからねひらひら届いた雪の郵便が 22448 春:みつばちさんからね やっと届いた レンゲの蜜のゆうびんが 夏:かえるさんからね たくさん届いた おたまじゃくしのゆうびんが 秋:ひがんばなさんからね 一面に届いた 真っ赤なじゅうたんのゆうびんが 冬:きたかぜさんからね じわじわ届いた しもやけのゆうびんが 22449 春:カミサマからね 偶然届いた 誕生という喜びが 夏:両親からね いつのまにか届いた 愛情という宝物が 秋:息子にね たくさん送った 同じように愛情を 冬:カミサマからね いつのまにか届いた 私のところへおいでよと 22450 枕草子からうらうら届いた綺麗なあけぼのが 枕草子からゆらゆら届いた夜のお月様 枕草子からほらほら届いた真っ赤な夕暮れが 枕草子からはらはら届いたしんしん雪の朝 22451 ちょうちょさんからね ひらひらとどいた えがおのゆうびんが せみさんからね みんみんとどいた げんきのゆうびんが こおろぎさんからね りんりんとどいた いやしのゆうびんが みのむしさんからね じーっととどいた がまんのゆうびんが 22452 さくらさんからね ひらひらとどいた 春のゆうびんんが 太陽さんからね ギラギラとどいた 暑いゆうびんが まつたけさんからね においがとどいた 食欲の出るゆうびんが 雲さんからね ゆらゆらとどいた 雪のゆうびんが 22453 たいようさんからね ぬくぬくとどいた つくしのゆうびんが おおなみさんからね ざぶーんとどいた ひとでのゆうびんが くりのきさんからね わくわくとどいた ひみつのゆうびんが しろくまさんからね しゃりしゃりとどいた かきごおりのゆうびんが 22454 大学一回生の四季 春:おばあちゃんからね にこにこ届いた 頑張るんよと電話の声が 夏:高校の友だちからね ぶるぶる届いた また会いたいねと電子メールが 冬:学科の仲間からね どっさり届いた 今年もよろしくと年賀状が 22456 春が来たみたい 世界が感激に満ちているから 夏が来たみたい 世界が元気に満ちているから 秋が来たみたい 世界が眠りの準備を始めたから 冬が来たみたい 世界が眠りに入ったから 世界は面白い だって生きているのだから 22459 おだやか陽気さんからね 布団に届いた 眠らせなさい、て誘惑の便りが ギンギラ日射しさんからね 私に届いた バテなさい、て意地悪な便りが 夕焼けさんからね さびしそうに届いた もうすぐ冬だね、てため息混じりの便りが 星空さんからね 自慢げに届いた 寒いと星はこんなにキレイなんだよ、て便りが 22460 名札さんからね ドキドキ届いた 新しく名前の入ったピカピカのゆうびんが プールさんからね キラキラ届いた 笑った顔のゆうびんが 運動会さんからね ワクワク届いた 必死に応援してるゆうびんが マラソンさんからね ハァハァ届いた ほっぺを真っ赤にしたゆうびんが 22461 ちょうちょさんからね、ひらりと届いた 春一番のゆうびんが ふうりんさんからね、せわしく届いた 夕立のそくたつが からすさんからね、かなしく届いた 夕焼け空のえはがきが ゆきだるまさんからね、オソロシク届いた 猛吹雪の小包が 22462 春:桜さんからね、ウキウキ届いた「新生活だよ」と期待の郵便が 夏:セミさんからね、ミンミン届いた「最近どないや?」と心配の郵便が 秋:紅葉さんからね、はらはら届いた「やっぱりな…」とためいきの郵便が 冬:北風さんからね、チクチク届いた「はよ彼氏つくれよ」といやみな郵便が…… 22463 春:さくらさんからねひらひら届いた新しい生活への期待の郵便が 夏:せみさんからねみんみん届いた暑さに負けない郵便が 秋:赤とんぼさんからねそろって届いた赤い夕焼けの郵便が 冬:みのむしさんからねゆらゆら届いた冬の寒さの郵便が 22464 さわやかなかぜさんからね ウトウトとどいた 「あかつきをおぼえず」のゆうびんが きりさめとたいようさんからね キラキラとどいた なないろのゆうびんが うさぎさんからね まんまるとどいた つきみだんごのゆうびんが いそがしいサンタさんからね おくれてとどいた 「あけまして」のゆうびんが 22465 桜さんからね ひらひら届いた はなびらのゆうびんが 海さんからね ざあざあ届いた なみのゆうびんが 紅葉さんからね はらはら届いた おちばのゆうびんが 雪さんからね しんしん届いた ちいさなこおりのゆうびんが 22466 春:たんぽぽさんからね ひらひら届いた 綿毛の郵便がね 夏:太陽さんからね ポカポカ届いた 日ざしの郵便がね 秋:落ち葉さんからね ほかほか届いた 焼き芋の郵便がね 冬:サンタさんからね こっそり届いた 子供への郵便がね 22467 桜さんからね ひらひら届いた 新たな出逢いの郵便が 太陽さんからね じりじり届いた 日焼けの郵便が お月さんからね ぼんやり届いた 趣深い郵便が 粉雪さんからね しんしん届いた 真冬の郵便が 22469 春:つくしさんからね 甘い香りが届いた 春の訪れ告げる郵便が 夏:高校球児さんからね 感動届いた 真夏の熱い日差しの郵便が 秋:いちょうさんからね たくさんの銀なん届いた 食欲の秋の郵便が 冬:カエルさんからね 静かな寝息届いた 冬の始まりの郵便が 22470 春:つくしさんからね新しい芽とどいた新緑の郵便が 夏:セミさんからね悲しく強い声とどいた命の郵便が 秋:すすきさんからね季節とどいた真っ赤な郵便が 冬:お空さんからねおくりものとどいた琥白のゆうびんが 22471 春:小鳥さんからね 人に届いた 桜の花びらの郵便が 夏:海さんからね 砂浜に届いた ヤシの実の郵便が 秋:お隣さんからね 私の鼻に届いた サンマの煙の郵便が 冬:寒空さんからね 宝石店に届いた 白いダイヤの郵便が 22472 春:桜さんからね 花びら届いた 桜吹雪の郵便が 夏:潮風さんからね 大波届いた 台風の郵便が 秋:もみじさんからね 色彩届いた 紅葉の郵便が 冬:北風さんからね 大雪届いた 吹雪の郵便が 22473 春雨さんから やさしく届いた 新しい出会いの予感が 夕立さんから 急に届いた 旧友の帰省状況の報告が 秋雨さんから そっと届いた 誕生祝いのメールが 粉雪さんから ふわふわ届いた 新年会のお誘いが 22474 チューリップから届いた 別れの次に新たな出会いがあることを予感させる郵便が ひまわりから届いた 太陽を見つけたうれしさいっぱいの郵便が もみじから届いた 紅く染まっていくことを知らせる郵便が クリスマスに届いた ずっと一緒にいようねというメッセージが 22475 あまがえるさんからね しとしととどいた はるさめのゆうびんが やどかりさんからね さわさわとどいた かいがらのゆうびんが しまりすさんからね ころころとどいた どんぐりのゆうびんが しろくまさんからね きらきらとどいた こおりのゆうびんが 22476 春:タケノコさんからね ひょっこり届いた 新芽の郵便が 夏:甲子園からね 熱気届いた 夢の郵便が 秋:秋桜さんからね ぱあっと届いた 色彩の郵便が 冬:白鷺さんからね ふわっと届いた 粉雪の郵便が 22477 春:大山さんからね 雪解け水が届いた つくしの郵便が 夏:大海さんからね 潮風が届いた かもめの郵便が 秋:大森さんからね 枯葉が届いたよ 焚火の郵便が 冬:大空さんからね 粉雪が届いたよ 北風の郵便が 22478 たけのこさんからね にょきにょきとどいた おいしい郵便が かきごおりさんからねしゃくしゃくとどいた つめたい郵便が おいもさんからね ほくほくとどいた あまーい郵便が おなべさんからね にこにことどいた あったかい郵便が 22479 春:太陽さんからねポカポカ届いた 暖かい陽だまりの郵便が 夏:海さんからねザバーンと届いた 気持ちいい水しぶきの郵便が 秋:空さんからねひっそり届いた さみしい夕暮れの郵便が 冬:風さんからねピューッと届いた 冷たい木枯らしの郵便が 22481 たけのこさんからね にょきにょきとどいた 七分袖のゆうびんが きゅうりさんからね しゃきしゃきとどいた 半袖のゆうびんが いがぐりさんからね ちくちくとどいた 長袖のゆうびんが やきいもさんからね ほかほかとどいた コートのゆうびんが 22483 春:暖かいそよ風と、桜の香りに誘われて みんながむくむくと、息吹きはじめる。 夏:打ち上げ花火の閃光のように、 色とりどりの花が咲き乱れる。 秋:真っ赤に染まった紅葉が、 澄みきった青空に照りはえる。 冬:北風が冷たいけれど、 雪の彩る銀世界を満喫する。 かぶとむしさんからね、たっぷり届いた、樹液の郵便が。 すずむしさんからね、今年も届いた、虫達のコンサートの郵便が。 くまさんからね、一足早く届いた、冬眠準備の年賀状が。 夏:太陽さんからね、さんさんと届いた日焼けの郵便が。 秋:山さんからね、感動届いた紅葉の郵便が。 冬:空さんからね、ふわふわ届いた雪の郵便が。 24210 はる イチゴさんからね コロコロ届いた ぷちぷちおいしい郵便が なつ ひやむぎさんからね さらさら届いた ひんやりおいしい郵便が あき やきいもさんからね ホクホク届いた あつあつおいしい郵便が ふゆ おもちさんからね ぺったんぺったん届いた のびのびおいしい郵便が 997601 桜さんからね はらはらとどいた お団子のゆうびんが 蝉さんからね じいじいとどいた 小枝のゆうびんが 月さんからね こうこうとどいた 空のゆうびんが 雪さんからね しんしんとどいた 冷蔵庫のゆうびんが 我が家語 4452 目をとる:コンタクトをはずすこと たけのこ=まめ:昔、私がたけのこご飯を買いに行ったとき店員さんは明らかに口では「たけのこですね」と言ったのだが出てきたのは豆ご飯で、とてもショックだったということを家族に話してから、我が家では「たけのこ」と言いながら口パクで「まめ」と言うのがはやっている。 今日はどこにいると思う?:わたしはパグがすごく好きで、ぬいぐるみを5体ももっている。 わたしの父親は私の帰りが遅いとそのぬいぐるみたちを移動させる。 今ではそれが趣味のようで、いろいろなところへかくして喜んでいる。 12211 1、バチコン・・・テレビのリモコンのこと。 バチバチとすぐチャンネルをかえるので、こう呼 ばれるようになった。 2、モミモミ・・・マッサージ機のこと。 前の家のマッサージ機にこのような商標がついていた ので、新しいマッサージ機になってもこう呼ぶ。 最近、腰痛がひどいので、 よく利用する。 3、コキン・・・うちの母親は金庫(小さい手提げ金庫)のことをなぜかこう言う。 12457 チューチュー:チューペットのこと。 吸うから。 鬼大根:「す」があり、鬼のようにまずい大根。 類例として鬼白菜もあり。 私も妹もちっちゃい時に使っていた。 「むいむい来たで」とか「むいむいにかまれた」のように使う。 幼くてかわいらしい、と言った意味。 21505 「びびんこ」肩車のこと。 方言で馬の子という意味らしい。 「タッチャン」リモコンのこと。 「ぶちゃ」ネコに水をあげるとき水の ことをこういう。 なぜかは分かりません。 21506 ベルじょうたい:我が家の愛犬ベルのようであること。 すなわち、食べて、寝るだけのおきらくな様子を意味する。 くるくる:ローラー式の粘着型掃除道具。 服についた犬の毛をとるための必需品。 生きた化石:時代後れの人のこと。 我が家では父親を意味することが多い。 21507 チャンネル:テレビのリモコンのこと 「かたしといて」:「かたずけといて」という意味、私は今まで普通に使ってきたが友人に伝わらなくてビックリした。 現役:主に私が使う。 クラブをしていた時のことのみをさす。 勉強の話など誰もしない我が家で「現役で合格」といわれてもピンとこない。 22102 1. めちゃ笑える 非常に笑える、面白いということ。 3、ポパイ 卵とほうれん草を一緒に炒めたもの。 22104 フタ開けてんで! 電気つけてるで! 父さん帰ってくるで! 3つとも、早く風呂に入れという意味です。 22105 ヤマタツ:TOKIOの山口達也のこと。 我が家ではキムタク以上の大スター。 中川君:母は気に入った男性タレントをすぐ君付けで呼ぶので、私はまた中川家のことかと思ったらランディーズのボケの人のことだった。 裏目る:麻雀で待ちを崩した直後に欲しかった牌がくること。 裏目に出ること。 家だけじゃないかもしれない。 22107 オキャン:ぶりっ子を指す言葉。 がじる:我が家の愛鳥が籠から出て遊びたいがために籠をガジガジとかじること(かじるといってもつつくだけだが)から略されてこの行為はがじると呼ばれるようになった。 もうそろ:単に「もうそろそろ」が略された言葉でもうすぐと同じ。 22108 ・高野山に行く・・・・祖父がよく使っていた言葉。 トイレに行くの意。 ・何でも屋・・・同じく祖父がつかっていた言葉。 昔の人だったからか、コンビ二の ことをこう言う。 ・錦行く・・・京都ならでは。 錦市場に行くこと。 22109 ゴロン:ガチャガチャの事。 つ:かさぶたの事。 つめたい:風が強くて刺すように寒い日の事。 家では祖母が九州の西浦出身ということもあって西浦弁がとびかっています。 だから正式には我が家語ではないけれど、こんな誰にも通じない日常会話を楽しんでいます。 22110 じょんじょ:つっかけのこと。 これを履いてコンビニへ・・・ たんたん:靴下のこと。 ちゃぷちゃぷ:お風呂のこと。 22401 びっちゃ:違うという意味。 ちきない:しんどいという意味。 ダラ:馬鹿じゃないのという意味。 22402 チャンネル 主にテレビのリモコンのこと ちょぼちょぼ 何かのレベルが同じもの同士を比べるときに使用 例 あいつら野球のうまさはちょぼちょぼやな 目玉焼き丼 主に僕がよく作る手抜き料理 半熟にした目玉焼きをご飯の上に載せて醤油をちょっととマヨネーズ(お好みの分 量で)をかけて食べる マヨネーズ好きにはたまらん一品 22403 1、お父さん喫茶:お父さんお気に入りの喫茶店のこと。 店名とは全くかけはなれた呼び方。 2、かねぼく :ほかにもあるのだが、このように名字とは違う 「やごう」と呼ばれている人のおうちを指す言葉を 家ではいまだに使っている。 ちなみに私の家の「やごう」は「あたらしや」 3、オゾウシ :食器を洗ってかたづけること。 22404 純野菜炒め:純粋に野菜のみの野菜炒め。 貧乏人にお勧めの食物繊維豊富な料理。 九分九厘:ほかの家では99%の意味であるが、よく考えると、9. 9% 米(よねと読む):米のことである。 別名べい・まいなどなど。 おかあはいまだにこう言ってます 小笑 22406 みやけん:宮沢賢治の本のこと。 今、我が家ではやっている。 あれとって:新聞のこと。 父親のみが使用。 これちゃうんちゃう:反論するときにつかう。 デブ:妹のこと。 妹はこれが大好きで彼女 の名前とかけて名付けられた。 クッションちゃん: 私がものごころついたときからずっと抱き かかえていたエンジ色のクッション。 ふわ ふわである。 みそアルミ: 料理の一種で、鳥肉としめじやしいたけと、みそ をアルミに包んで焼いたもの。 妹の好物である。 22408 ファミコン:一般には「ファミリーコンピューター」のことだけど、ウチの母親は全てのゲーム機をひっくるめてファミコンという。 22409 プー:音から分かるようにオナラのこと。 オナラとか屁とかいうよりプーの方 がカワイイ!だから何年か前に「プ ー太郎(フリーターのこと)」とい う言葉が出てきた瞬間「ゲッ!」と びっくりした。 パチン:テレビのリモコンのこと。 多分家 によって色々呼び名があると思う けど、我が家はずっとコレ。 ボタ ンを押す音や様子からきていると 思う。 ピッピ:電子レンジのこと。 完了した時に 音がピッピと鳴るから。 「電子レ ンジ」と言いにくいので呼び名が 変化した。 たいがいのことは何でもできるので、 母が何か頼むときによく使う。 たとえば、人に迷惑をかけたりするやつ (授業中に騒ぐやつとかは、人間の偏差値が低い) という感じ。

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こちら も 抜か ねば 無作法 という もの ネタ

私の格言 4452 格言 慣れるより笑え 解説 自分とは性格の合わない人と接するとき、相手の性格に慣れるという苦難の道を歩むより、何も考えずに笑って過ごした方が得策であるということ。 12211 格言 勝負事において本当に強いのは、勝とうとしてくる相手ではない。 負けないように戦ってくる相手である。 これは、スポーツにおける僕の持論です。 勝とうとしてくる相手は、どうしても攻めることばかりに、気を取られてしまいディフェンスがおろそかになりがちで、そのスキをついて攻めることが出来ます。 しかし、負けないように戦ってくる相手は、まずディフェンスを固めてから、攻めてくるので、なかなかスキがないので、攻める手だてを見つけるのは難しいものです。 12457 格言:財力を有するものは人を制する 解説:人生は8割強金で決まると断言します 21502 【何事も気持ちの持ちよう次第】 解説 例えば、私がよくやる方法ですが、おなかが痛くなった時に「おなか痛くない」と唱えたら不思議と痛かったのもましになる。 それと同じで、「嫌だな〜」とか「おもしろくないな〜」と思ったことも気持ちをプラスに持っていけば、不思議と楽しくなったりする。 だから、心がけ次第で何事も変わっていくということです。 マイナスにもだと思うけど) 私は常にプラスの方向に気持ちを持っていきたいと思っています。 21505 溺れる者は石をも掴む 解説;溺れているときは気が動転して冷静な判断が出来ず、石を掴んで沈んでしまうといった結果に陥りやすいものである。 どんな状況でも落ち着いて行動できる人間になりたいものだ。 21506 格言:弱さは人の心を開く 解説:病気や悩みなど身体的、精神的な弱さは私達にマイナスの影響を及ぼすことが多い。 しかし、その弱さゆえに人の弱さを理解し、心を開く助けとなることもあるものだ。 固くもなるし柔軟にもなれる。 22102 人生とは採掘場所めぐりである 人はみずから場所を巡り歩いて自分でしたいことも、友達も得ていかなければならない。 その自分でしたいことや友達というのは宝石のようにすぐわかるものもあれば、すぐに分からないものもある。 だから採掘場所で宝石を見つけられるかどうか、つまり自分のしたいことや友達を得られるかどうかは自分次第である、ということ。 22103 机に寄りて熟眠、エアコン全開。 勉強の途中でちょっと疲れたりしたら、昔は北の窓を開ければ涼めたのだろうが、今はエアコン全開でもなければうたたねもできない。 22104 人の心人知らず 分かり合えるという言葉は、たとえ一時に通じるものであっても、常に当てはまるものではありません。 どんなに気心の知れた人であっても、こちらが想像もつかない、絶対に分り得ないものを持っているのです。 そしてこのことは、人と良く付き合っていけばいくほど忘れがちになってしまうものです。 それを念頭において、人との関係を円滑にすることを心がけたいものです。 22105 長い物には巻かれてやる 解説:長い物に巻かれるのはなんとなく屈辱的だが人間関係の平和のために巻かれてやってると思えばそうでもない。 しきられ上手。 22107 格言: 最小の努力で最大の結果を! 説明: 無駄な事を極力省いて少しの努力で最も良い結果が得られるなら、それに勝るものはないと思います。 何事も効率良くすべきである!ということ 22108 格言: 失敗を補えば補うほど、ミスかさむ!! 解説: 自分の失敗を補おうとすれば、するほど失敗が増え、最後には失敗だらけになるという意味。 22109 『話しすぎの友達失い』 解説:例えば入学式などで初めて知り合った人に積極的に話しかけるのは非常に勇気がいることであり、友達がすぐできる可能性が高く、さらにみんなから早く好かれるという事も十分に考えられる。 しかしながら、ここで調子に乗ってしまう人がいるのが残念である。 話を面白おかしくしようとする余り、ついついあることないこと口にしてしまうのである。 さらに自分の持っている情報量が他人より多い事を自慢しにかかったりしてしまう人も中にはいたりする。 そのうち周りからの信用を失い、話に真実味のない人というラベルを貼られてしまい(他人の悪いところは見つけやすいものである)、気が付けば人気者から独り者になってしまったという話を耳にしたことがある。 周りに目を向ける事を忘れないようほんのちょっと心がけていれば良かったのだ。 安物を手に入れて買い物上手だと自負している人と話し上手だと思い込んでいる人は少し先を見てほしい。 が、高価なものを買えばすむという話でもなければもちろん消極的にいくと成功するという話でもない。 その都度臨機応変に頭を働かせることが必要なのではないかと思う。 22110 格言:うまくいってる時こそ慎重に!! 内容:人間誰でも物事がうまくいくと調子に乗ってしまうもの。 イイ感じの時こそ気を引き締めよう!! 22402 格言 塵が積もってもいづれは掃除する 解説 どんなにめんどくさくて後回しにしようとしても いつかはしなくてはいけなくなる だから早くするのも後でするのも勝手だが きちんと自分でかたをつけなければいけないという意味 22403 笑顔は世界一の宝石である 笑顔はどんな宝石よりも人を魅力的にするものである。 たまにしか見ることのできない笑顔はとても貴重に思える。 いつも見ることのできる笑顔は親しみやすさを感じることができる。 笑顔は場面場面でさまざまな輝き方をし、時と場合により人に与える印象を変える。 また、ニセモノはつけている本人にとって心地よいものではない。 そして、ニセモノだとみやぶることのできる鑑定士が周りにいる可能性がある。 22404 財布の中身は、その人のプライドの高さのバロメーターである。 財布の中身は、えてしてその人が最低限持っていたい量以上に入っているものであって、 その中身はその人のプライドの高さに比例する。 持っている人ほど、自分の経済力だけでなく、その他諸々の事に関して、 優位に立っているような気がしてくるものである。 私はそんなに持ち歩かないのだが・・・・・・。 22405 《人生はどう転んでも楽しくて仕方ないものである。 》 解説;生きていく中でとても辛い事が訪れるときもあるが、それを乗り越えた時に人は一歩強くなり優しくなれると思う。 その時は人生を恨んでどん底のように思えるかもしれないが、それはきっと間違った道に進もうとしている私を正そうと教えてくれているのだと思う。 私は現に今までたくさん辛い事もあったが、全ていい方向にいっている。 ありきたりだけど、これからどんなに辛いことがあっても、私はチャンスだと思って乗り越えていくつもりだ!みんなも頑張って! 22406 『人を指示する時、口で動かすのではなく、行動で示せ』 指示される側は相手の行動を見る。 つまり、人をまとめる者 は口先だけではだめだと言うこと。 22407 格言:一人のこころは世界の心 解説:一人一人の行動がわたしたちの暮らす世界に影響をあたえて います。 例えばごみについてもみんなが分別して回収してて も一人がそれを乱せば、無駄になってしまいます。 一人一人 が決められた枠のなかで自分の行動に責任をもつように心がけることが今の世界に大事かなと思います。 世界のみんなが自分の欲を捨て相手を思いやることで、戦争とかもきっとなくなります。 世界の平和のためには、一人一人の平和への強い思いが必要 だと感じます。 だから、「一人のこころは世界の心」だなぁと思いました。 自分のことをちっぽけだなぁと思ったときこれを思い出すとなんだか誇らしくなります。 22408 格言:親が子にお金を使うぐらい、子も親にお金を使え 解説:親は子供に教育費など大金を費やすけど、子供は親の介護費にお金を費やすのを嫌がる。 それでは、平等ではないと思う。 この春から一人暮らしを始めて、親のありがたさがわかり、思いついた格言。 22409 恋は電車のごとし 恋はまるで電車のようである。 乗った電車は各駅停車で、それはゆっくり進む恋なのかもしれない。 目の前を通過する特急や頑張って乗った始発はもちろん、環状線さえ も恋に例えることが出来る。 そして最終電車に乗った時、人生最後の恋が始まるのである。 二時間かかる電車通学の中で、このことが心に浮かんできたので提出して みることにしました。 22410 [格言]沈黙が許せてこそ友達 [解説]知り合ったばかりの頃は、互いに気を使いあっているため、少し会話が途切れただけでも何とか話題を探そうとするものだが、慣れていくうちに無理に探し出そうとしなくなる。 そうなってこそ互いがただの知り合いでなく、友達と認めたことになると思う。 22411 格言 強者が弱者をつくる 開設 人間は生まれながらに平等である。 しかし、あることについて優れている人(強者)がでてくると、 それに対する劣っている人(弱者)がでてくる、ということ。 22412 [格言]受験の朗報は寝て待て [解説]受験の結果は、人の力ではどうにもならないから、むこうからやってくるまで、あせらないで待ちなさいという教え。 22413 意志ある者に道はある 解説:辛くて苦しいことがあっても、自分の信念を貫き通せば最後には必ず道が開けることを 信じて、頑張っていくことが大切。 22414 格言: 努力が必ず成功するとは限らない。 しかし成功いた者はすべからく努力している。 内容: そのままの意味。 受験の辛い時期にこの言葉に助けられた。 22415 無言実行 人に言わずに努力や善行を行う。 22418 格言:時間は自分で作るものである 解説:時間というものは、自らが気に留めなければただ流れて行くものである。 そして、決して永久の物ではない。 その限られた「時間」という枠の中で 自らが生み出し、行う事こそが大切なのであり、そのために人は一所懸命に 生きるべきである。 22419 格言:お金は流れもの この格言は先輩後輩の関係についてのものである。 一回生としてサークルに入れば必ず先輩方におごってもらう機会があるだろう。 これは僕自身もであるが、意外に遠慮してしまいそのあと先輩に話しかけづらいことがあることが多い。 つまり先輩が損されたのではと思うのだ。 だが先輩がおごってくれるのはおそらく先輩が一回生のときに上の先輩におごってもらったからなのだろう。 一回生のうちは私たちはひたすらおごってもらう、そして来年入ってくるであろう後輩たちにひたすらおごってあげることが大切なことであると私は確信している。 22420 粘った者勝ち 説明:私は今まで何事もこれで乗り越えてきました。 力が足りなくても見込みが無くても、初志貫徹で最後まで頑張って努力すれば 結果はついてくると思います。 何事も粘り強く頑張ることが大切だと思います。 22421 <先を見ずして直線引けず> まっすぐな線を引こうとするとき、手元を見て線を引いたら大きく曲がった線になってしまう。 線の終着点を見て線を引けば少しのずれがあるだけでおおよそ直線が引ける。 人生においても、現状だけを見つめるのではなく、ある程度の先(将来)も視野に入れることが必要。 22422 <流れる水も留まる水も空に還る> とまってるからって焦っても結局かえるとこはひとつやねんから、ゆっくり焦らず毎日を生きるのです。 22424 格言:人間は支えあって生きている 解説:人という字は倒れそうな左の人を右の人が下から支えているような形に似ている。 しかし一見相手を支えているように見える右の人も、左の人を支えていなければ倒れてしまうだろう。 左の人は右の人に支えられていると同時に右の人を支え、右の人は左の人を支えていると同時に左の人に支えられているのである。 つまり、人間は人間である限り必ず誰かに支えられ、誰かを支えている、ということ 22425 今日を精一杯 何もしなくても明日は来るけれど、自分の望んでる明日にはならない。 自分の望む明日を迎えるためにはまず今日できることを精一杯やらなければならない。 一日では無理かもしれないけれど投げ出さずやればその「今日」がいっぱい積み重なって、やがて望んだ明日が来るという意。 22427 格言:強い者が勝つのではなく勝ったものが強いのだ 解説:いくら強いと言われていても勝負はやってみないと分からない、 最後に勝った方が結局強い!! 22428 格言:練習は嘘をつかない 解説:スポーツで結果が出ない人は、練習が足りないのである。 結果が出る人は練習をしていた人である。 最後に物を言うのは、練習量である。 22429 格言:三年目で初心者 説明:武道の道では三年間練習して初めて初心者となり、三十年間練習して達人となることから少し練習したからといって初心を忘れてはいけないということ。 特論の掲示板に21日に間違って書き込んでしまったので、すみません。 いい人生送りたいから自分のなかの最高に近づけたらかなりいいですやん?人生前向きが一番ですとも! 22431 格言:僕のための君のため 解説:そのまんまそのまんま。 22433 格言:果報はきちんと起きて待て 意味:ただ寝ていても良い知らせはやってこない。 それより、待っている間にも、今何かできることをしていく方が良い。 22434 格言:男はアホである 解説:男と女が付き合っている時、男はやたらと主権を握りたがる。 そして、男は自分が主権を握っていると思いがちだが、 実際に主権を握っているのは女である。 しかも、影はどんな時でもしっかりと 地に足をつけているし、そのままを光として映し出している。 22436 格言:2県先は福井 解説:大阪の2県隣は福井です。 大教にきて「福井って東北?」って聞かれました。 みんな福井 の場所を知ってください。 22437 格言 : 一に愛情。 二に根性。 三が体力。 もち、知性。 解説 : 小学校教師に必要だと思われるもの。 「生徒は、嫌い」なんて先生には、誰も習いた くない。 困難にぶち当たっても挫けない根性も大切。 ハードな仕事を毎日こなすには 体力が必要。 そして、生徒たちに伝えるべき知性を磨くことが不可欠。 単なる「知 識」でないところがミソ。 「もち」とは、「もちろん」の略。 22438 格言;転石懐入(てんせきかいにゅう) 解説;たとえ石につまずいて転んでしまっても、その石を拾ってポケット(懐)に入れて前に進もうという意味。 人生の道のりの中で、我々は多くの問題に直面する。 しかしその問題を解決することで、人は少しずつ成長していく。 せっかく問題を解決しても、何も得ることがなければ意味がない。 だからつまずいてしまった石をしっかり拾って自分の力にしていこう。 きっと拾った石が大きければ大きいほど、多ければ多いほど、心の強い立派な人間になることが出来るだろう。 しかし,自分を嫌ってばかりいては,成長できません。 嫌いな自分の姿を受け入れ,好きな姿へと変えていけるように,又は嫌いなところより多くの好きなところを見つけることにより人は成長すると思うのです。 自分を嫌いになり(嫌自;ケンジ),好きになる(好自;コウジ)。 この繰り返しで人は成長し,新たな自分になれるという意味。 22442 親がいないと子は生まれない 説明 普段はついついありがたみを忘れてしまいがちだが、子供のことを 一番考えているのは結局親なのだから、その気持ちを改めて感じるために この格言を作りました。 22443 格言:二兎追う者は三兎得る 解説:中学・高校時代、部活と勉強の両立に悩む事がよくありました。 そんな時にはこの言 葉!!両方がんばれた時には、努力の分だけ得るモノが多いはず・・。 22446 一寸先は光 今が辛くてもちょっと先はわからないから 22448 <気持ちの持ちようで全て変わる> これは高校の時、部活をしていて思ったことです。 種目はバドミントンだったのですが、これは瞬発力や素速い動きが必要で、やる気や勝つ気がない時は動きも遅く、メリハリのない試合になってしまいます。 そこで、一度冷静になって気持ちを切り替えると、全く動きに違いがでてきました。 その時に今まで頭ではわかっていたけれど、気持ちの持ち方って大事だなと身をもって感じました。 22449 格言:影に耳あり同時に眼あり 意味:自分の行動は影というごく身近な存在が常に見ていると気にかけ 誤った行動は慎むようにとの意 22450 格言:「たかが努力、されど努力」 解説:人間にはやはり限界というものがあり、例えば何の力も借りずに 空を飛べと言ってもそれは無理なことである。 しかし、努力するだけで 成し遂げられることもまた数多く存在する。 人は頭では努力すればできると解っているのだ。 しかし、いざ実行 するとなると、これがなかなか出来ることではない。 まさに、 「たかが努力、されど努力」なのである。 22451 格言:一生勉強 内容:勉強なんてたいていの人が大学までで終わりだと思っているが、実際学校で学ぶこと以上に社会や周りの人から学ぶことの方が多いと思うから。 人は一生勉強し、成長するものである。 22452 格言 能ある鷹は爪を隠さず 意味 近頃才能を隠していたら生けていけないから 22453 格言:狙いを定めて回転寿司 解説:チャンスを掴むには、よく吟味する必要があることの意味。 (回転寿司は、チャンスの比喩です。 )私が、回転寿司=チャンスとしとのには、3つ理由があります。 まず、回転寿司の皿を取るのには、時期を見計らわねばなりません。 皿を取るのが早すぎたら、後悔するかもしれません。 しかし逆に遅すぎたら、誰かに取られてしまうかもしれません。 また、回転寿司は、外見だけでなく、それ自身の味を見定めて取る必要があります。 外見が奇麗でも、まずいかもしれません。 逆もまた、あります。 しかし、どういった回転寿司であっても、自分から手を出さなければ、成功も失敗も、何も始まりません。 自分で皿を取って寿司を食べる事で、初めて美味しかったかまずかったかの評価が出来るのです。 チャンスは、時期や真の価値の有無を判断して、自分から掴みにいくことが大切です。 22454 格言;ひらめきも才能のうち 解説;電撃的に頭に浮かぶ「ひらめき」は天から授かったもののように思える。 「ひらめき」は誰にでも起こりうる現象だがそれに目を向けられるかどうかはその人 次第。 ぱっと思い付いたものを「ひらめいた」と発言したり実行したりして自分の発想を 形にできることも才能の一つである。 22456 期待は期待のままでいい 期待しても、期待を超えるような現実は殆ど無い。 期待どうりにならなければ、満足することは決してないし、 期待どうりになることは、殆ど無いから、満足することは無い。 期待は期待のときに価値がある。 22458 「おかんのあかんは聞かん」 解説 何かと小言の多い母の「あかん!」は日常生活においてただのバックミュージック化していること。 22460 『友は梅干』 解説:青梅の時に摘み取り、しその葉と交互に並べながら壺の中に入れていく。 塩を満遍なくふりかけ、落し蓋を落としてその上から漬物石をドンッと置く。 梅干は2、3日で食べられるようにはならない。 じっくり、ゆっくりと塩が全体に行き渡り、梅の色が青から赤に変わるまで辛抱強く待た なければならない。 待てば待つほど味が出る。 この梅干のように、友達も2、3日やそこらですべて分かり合えるようにはならない。 時間をかけ、じっくり、ゆっくりと仲を深めていく。 そのようにしてお互いのことを知り 合うのだ。 長くなればなるほど、梅干同様、友の味も濃くなっていく。 こういう想いを込めてこの格言を考えました。 22461 美味しいものは早く食べよ。 解説;大好きな食べ物が夕飯に出て、後に残してても、横取りされたり地震などがあって食べられなくなってしまうこと。 つまり、何でも思い立ったらすぐしないと、チャンスは逃げていったり、人の手に渡ってしまう。 22462 格言:試練とは、それを乗り越えられる者にしか訪れない 解説:できないことなどない。 辛いことにぶつかった時は、自分にはそれに対処するだけの能力があるのだと信じて立ち向かえば良い。 22463 過去にこだわらず今を生きろ 過去を振り返ること大切な事である。 だけど、人が生きているのは今という時である。 昨日は昨日。 今日という日を大切にしよう。 22464 強者は弱者、弱者は強者 世間では、「私は弱者だ」と言うことによって逆に強者になりたがる人たちがいます。 例えば、今も途切れることのない「従軍慰安婦問題」。 彼女たちは、「自分は戦争中に日本軍にイジメられた弱者だ。 私達に補償をしない日本は人道に外れている。 」と主張します。 強弱が逆になっているのに気づきますでしょうか?週休二日制により授業に追いつけない、と言う輩も同じです。 これは教訓となるでしょう。 私達も、逆境に陥ったときなどに、必要以上に困った顔をしないようにしたいものです。 22465 格言 運命は変えられる 説明 運命はあらかじめ決まっているが、運命までにする努力次第で、運命は変えられる。 22467 格言:元気が一番 解説:体さえ元気でいればどんなに失敗しても必ずやり直すことが できる。 去年受験に失敗したとき病気で亡くなった友達の事 を思い出して、この事に気づきました。 要するに、失敗をする事はいいが、その経験を生かしてそこから何かを得る事が大事なのだ。 22470 格言:成功の影に苦あり 解説:私は今年、大学受験の過程を通り、志望校であったこの学校に合格することができました。 しかし、この喜びを味わうまでにはたくさんの苦しみがありました。 「すべりどめ」として受験した私立大学は、勉強不足のせいか、すべて落ちてしまいました。 もう後がないという中で受けた志望校であったこの大学に合格できたのです。 この経験から、この格言が思いつきました。 22471 格言:自分の話を聞いて欲しければ、まず相手の話しを聞け 解説:話をしているときはお互いに自分の話しを聞いてもらいたいはず。 まずは相手の話を聞いて、相手に次はあなたの話しを聞くわと思わしてから話をすると よく聞いてくれる。 22472 格言:晴れの日もあれば雨の日もある 解説:例え今は辛くてしんどい毎日であっても、これを乗り越えれば楽しくて幸せな日々が待っている。 例え今物事がうまくいってなくても、この先必ずうまくいく時はやってくる。 天気と同じように・・・。 22473 「目に見えないもの程価値がある」 解説:友情、愛情、絆など、目に見えないものは人にとって不可欠だと思います。 現代の拝金主義は不幸を生むだけです。 大事なものは目に見えないと思います。 22474 全ては恋愛である! 恋愛というものがあるからこそ毎日が楽しいから。 恋愛なしの人生などありえない! 22475 [格言]花のつぼみは暦を知らず [解説]暦に関係なく、自分が感じる空気の暖かさだけを信じて咲く花々のように、常識に惑わされず自分の正しいと思う事を信じて行動すれば、道は開けるという意味。 22476 格言:大切な者の価値は無くして初めて気付く 解説:長期間ある状態にあると、その状態が当然のことのように思われ相手の 存在価値を忘れがちになる。 相手の存在の大きさは離れて初めて気付くものである。 22477 今を一生懸命生きないやつは将来もそれぐらいしか生きれない 説明 読んでのとおりだが、今を中途半端に生きている人は、将来、一生懸命生きようとしても怠けぐせがついているから、結局、中途半端にしか生きれないということ。 22478 眠たさあまって憎さ百倍 説明 すごく眠たいのに授業が長かったり、課題が終わらなかったりして、だんだん先生や課題が憎らしくなってくること。 22479 出会いこそ 人生において最高の宝物であり すべてのカギを握る ある人との出会いが自分の人生を大きく変えることがある。 また、人間は日々誰かに出会い自分でも気づかないうちに何かしら影響を受けている。 人間は人の影響によって成立しているところが多いと思う。 世界の人口が60億人を超えた現代において、世界中の人々全員に会うためには、190年の歳月が必要といわれている。 そんな中で得られる出会いは、まさに奇跡である。 22480 夫の言葉は最高のエステ:中年の女の人は自分の体型を美しく保つために通販で色々なダイエット商品を買い込んだりエステに通ったりする。 けどそんなことをするより夫が「最近きれいになったなぁ。 」とかゆってあげるのが一番効果的だということ。 22482 今日があるから明日がある 説明 今日の我慢とか努力とかは全て後の自分のためになる。 受験の時に、本当に苦しかったけれど受かるも落ちるも全部今日にかかっていると思って頑張った。 22483 努力は必ず報われる どんなに辛く、険しい道でも、自分の信念をしっかりもって、進んで行けば 必ず目標に、到達することができるという意味。 受験の時に支えとして頑張った 22484 「茶碗の底は熱い」 解説:炊きたてのごはんを茶碗にもっておいて、もう冷めたかなーっと思って茶碗をもちあげた らまだめっちゃ底が熱くてびっくりする事から、初めて会った人の印象を決めつけておい て、しゃべってみたらびっくり!実はまったく印象とは違った人だった、という私の実体 験から得た格言。 ごはんだろうが人だろうが見た目で判断してはいけません。 22485 「百見は一聞くにしかず」 楽譜をず〜と眺めているよりは一度その曲を聴いてみたほうがわかりやすい。 22486 友は宝なり 「人生山あり谷あり」これは、昔からよく聞いてきたフレーズだ。 自分が山に登っている状態にある時は問題ない。 しかし、谷に落ちた時はどうすればよいのか!?やはり、友達の力に頼るしかない。 悲しいことに、自分でできる事には限界がある。 そこで、多くの人に支えられて自分が成り立っているのである。 友達は多いに越したことはない。 なぜなら、自分の宝だからだ! 24205 格言 大きなミスも小さなミスも同じ!! 解説 次の課題をやろうと思ってホームページを開いた所、数日前に送ったはずの「私の格言」 がなかった!!よく考えれば「書き込み」をクリックする時「新規書き込み」をクリッ クして満足して終わっていた・・・。 もともと出さなかったのと、クリックのボタンを間違えるミスは、同じ結果に終わる。 24206 [格言]「死にそう。 」は「死んでいない。 」 [解説]例えば、ぎゅうぎゅうの満員電車から降りて一言。 「死にそうだった!!」とよく言い ます。 また、食べ過ぎた時に一言。 「死ぬほど食べた!」でも、実際は死んでいないん ですよね。 生きているから言えることです。 人間って、おおげさかも・・・。 24207 「急がば周るべからず」 急いでいる時は、なんだかんだ言っても近道するべきだ。 いつもの道で行って失敗するよ りは、チャレンジした方があきらめがつくと思う。 実際私の経験から言うと、近道した方が 間に合う確率の方が高い。 いつもの慣れた道でナメて急いで行くと、猫やイタチをひきそう になった。 24208 「犬も歩けば不況にあたる」 今、町を歩いてもテレビでニュースを見ても、あらゆる所で倒産やリストラなど,不況を感じずにはいられないような日本です。 だから、どこに行っても不況に出くわすということからこの格言を作りました。 24210 格言 一日一膳 解説 一人暮らしを始めて早半月。 食費節約と食事を作るのが面倒くさいという事で、一日一食なんていうこともしばしば・・・それでも人間はしっかり生きていけるのだと、自分の身をもって感じました。 というわけで、こんな格言を作ってみました。 (だけど本来は一日三膳が望ましいはずです。 ) 997601 失敗の中に必ず成功の光がぴかっとひかり 解説 「失敗は成功のもと」から発想した。 私の座右銘には失敗と成功の間の関係が もっと緊密を示している。 「志学」についての感想 4452 まず、作文と料理が似ているという文章が衝撃的でした。 今まで、私の作る料理(文章)がまずかったのは(下手だったのは)ひとつの料理のところどころの過程が抜けていたからだということがわかりました。 文章をかくのに、こんなに丁寧に材料を集めたり推敲したことがないのです。 たとえば、タイトルをつけるのにこの志学のようにB5の半分も語ることができるような理論がありませんでした。 しかし、料理というものは間違った作り方をしたときにかえっておいしく仕上がるときもあります。 文章にもそういう意外性が必要なときもあるのではないかと考えさせられます。 12211 僕は、大学入試のときに小論文を書いたことはない。 そのせいか、決して文章を書くことが苦手でも、嫌いでもないのに、1回生のときにレポートの課題を出されると苦労したことがあった。 書く内容に困るのではなく、書き出しに困るのである。 書き出しの重要さは、よくわかってはいたが、この「志学」を読んで、改めて書き出しの大事さがわかった。 僕は小説をよく読むのだが、やはり面白い小説は書き出しが面白い。 そして、会話文や心中文から入っているものも多い。 確かに、レポートを書くときには、このような手法を使うのは、難しいかもしれない。 しかし、型にはまりきったものではなく、思い切った書き出しをするよう心掛けてみようと思う。 この「志学」は、他の部分でも今までまったくの我流で文章を書いていた僕にとっては、教えられることの多かった「参考文献」であった。 12457 文章を書く時、今までの私が気をつけていた事は【簡潔さ】【ネタ性】の2点だけで した。 それを実行すると、文章の短い味気ない作品に仕上がってしまい、自分の文章 に納得がいかないことが多々ありました。 自分自身ではその理由はわかりませんでし た。 ところが今回「志学」を読んで、初めてその理由がわかったんです。 私は話の材 料集めを怠っていたんです。 自分の持っている発想力だけで戦っていました。 負け試 合です。 これからは内容の濃い文章を書けるよう、いっそうの精進が必要だと悟らさ れました。 21502 このプリントは大変わかりやすかったです。 「なるほど」と思うところがたくさんあり、 先生の生徒に対する作文をうまくなってほしいと言う気持ちもかなり感じることができたし、 この先生はとても親切だな、とも感じました。 このプリントの手順・方法に従って書くと確かにいい作文ができそうです。 でも、私としては生徒たちが技術にとらわれすぎることが心配です。 きっと生徒たちはこれを読んだあと、この通りに書こうとするでしょう。 でも、仕事や小論文じゃない限り、書きたいことをそのまま書いてしまうのが 本当の作文じゃないかなあ?とか思ってしまいます。 言い過ぎている気がしますが・・・ これから、私たちはレポート・卒論・仕事など論理的な文章、人をひきつける文章を書くことを 要求されるでしょう。 そのときはこうして書く技術が必要になってきます。 でも、まだ中学生だから、うまい作文を書けるに越したことはないけど、 まだ自由に書いていっていいんじゃないか、と私は思います。 もちろんこの先生はとてもいい先生だと思うし、私自身たくさん勉強になりました! ということは言うまでもありません。 21505 全体を通しての感想は、自分が中学の時にこの内容をしっておきたかったという事です。 そうしたら感想文や弁論等の文章を書く際にあんなに悩まずに済んだのに、と思うと悔しいです。 私は文章を書けないということは無いけれど、その書き方は全くの自己流の為、順調に書ける時もあれば、一字も書けないという時もあります。 だからこの志学の内容は、メカラウロコ、という感じでした。 特に、タイトルを他人に考えて貰う、読み返す時は声に出して澱みのない文章かどうか確かめるという項目は、是非実践していきたいです。 ただ、書き出しの部分で、「会話文から入る」というポイントがありましたが、その書き方は私はあまり好きではありません。 いきなり会話から入られると、無理やり話に引き込もうとする書き手の意図がみえみえで、却って胡散臭い感じがして読む気がうせます。 この書き方は、ありなんでしょうか。 他の人はどう考えているのか、きになります。 21506 教科通信を発行するのはよいことだと思う。 生徒も楽しみにしていることから考えると、一方的なものではなく「志学」の内容は子ども達に伝わっているようだ。 作文の書き方について書かれているが、中学生にとってわかりやすいように工夫されていると思う。 具体例を挙げたり、1,2というようにうまくまとめられている。 文章を書くということはとても大切なことだと思う。 自分の考えを文章にする力は必要不可決 だ。 文章を書くためにはまず自分の考えをもち、次にそれをうまく相手に伝える技術が必要となる。 私自身も入試のために小論文を書いていて、文章を書く難しさと楽しさを実感した。 大学に入ってレポートに悪戦苦闘する学生を減らすためにも小学校、中学校から文章を書く機会をどんどん与えていく必要があると考える。 21507 私が最近書いた文章といえば入試の小論文だ 小学生の頃は作文に抵抗はなかったが中学生になると嫌いになった 志学を読んで少し作文に対する意識が変わった 書かず嫌いで終わらないようにいろいろな材料集めからはじめようと思った 22102 私は文章を書くのが苦手で、特に感想文というのはどう書いたらよいのかわからず、最も苦手である。 しかし、この志学で文章の書き方をわかりやすく書いてあるのを読んで、少し楽になった。 そうか、結構文章を書くというのは、筋道が決まっていて、わかりやすい作業なんだなと思った。 しかし、今実際にこの感想文を書くとなるとやはり難しいものだ。 頭でこうすればいいんだということがわかっていても、中々うまくできないものだ。 やはり、文章を書くというのは練習と、慣れも重要なんだなあと実感する。 22104 「志学」にあるように着実な、堅実な方法で文章を書けばきっと、「読みやすい」「きちんとした」文章に近づけるのだろう。 しかし、私にはそういう堅実な方法というものによって必ずしも「いい」「人の共感を得る」ような文章を書けるようにはならないと思える。 文章の成り立ちを学ぶ前に、人は「いい」文章を書く感性を磨くべきではないだろうか。 22105 読みやすい文章と読みたくなる文章は違う。 私は作文がもっと芸術的なものであればいいと思う。 結局のところ、自分を表現したいがために人は文章を書くのであって、それは芸術的行為だ。 だから、一部の人には理解できなかったり、嫌われたりするのは仕方がない。 実際、私も小論文の添削を受けた際、斬新な書き出しはあっさり否定された。 斬新にする必要はないということだった。 だったらこの小論文自体に意味はあるのか、と思ったら馬鹿らしくなった。 内容を伝えるのに、確かにこのやり方は有効かもしれない。 教えてもらう価値はあると思う。 でも、型にははめないでほしい。 私たちは日本語を母国語としているわけで、せめて日本語でぐらい遊びたい。 わざとめちゃくちゃに書いたっていいと思う。 そうやって怒られて作文が嫌いになった子が何人もいるわけだから。 22107 志学を読んで文章を書くのに参考になるなぁと思うと同時に、文章を書くのは難しいことだと再認識させられたように思います。 これまでに作文は数え切れないほど書いてきたと思うけど、志学にあるようにじっくり考えて書いたことはなかったし、読む側のことなんて以ての外でした。 何か行事の後に宿題として書かされ、たいていは日記のような感じの文章になっていたと思います。 これからレポートや小論文を書く事も増えると思うので志学を参考に読む人に読みやすく、しっかりと論理だった文章を書きたいとおもいます。 22108 毎回講義で配って頂ける「志学」を読んで、大変参考になる点か数多くあります。 本当に参考になります。 志学のようには、なかなか指導できないと自分で感じていた ので、将来的にも大変参考になると感じました! これからの国語指導は、まず言葉の美しさ、日本語の美にふれることが大切だと私は 考えています。 この点からも、特に作文指導に低学年から取り組ませたいと考えます! 22109 小論の練習をしている時に文章を書くのは難しいと改めて思い直したと同時に、何を基準に採点されるのか疑問に思ったことがありました。 型にはめられた書き方なんてないし、読み手によっていい文章の基準は変ってくるはずだと思ったからです。 池田先生は生徒たちに文章を書き始めるにあたってよいきっかけとアドバイスをあたえていらっしゃるとは思うけれど、少し型にはめすぎだと思いました。 個人のいいところを引き出してやることの大せつさを忘れかけているのではないかとおもいました。 向田邦子さんの『父の詫び状』を読んでみました。 確かにタイトルには引かれるとことがあるし、時間を前後させながら書いてあってテクニックとしてはすばらしいと思ったけれど、正直なところを言うとそのような技を多様しすぎたせいか、非常に読みにくい作品だと思わざるを得なかったです。 「良いか悪いか、使えるか使えないかの判断は〜やめるのだ。 」「書き上げてから1日以上時間をおいてから読む」「書き上げたばかりの文章は独自の熱を持っている」のところは私的に感動を受けました。 22110 私は文章を書くことがあまり得意ではない。 しかし、将来国語の教師を目指しているため「面白くて、読みやすい」文章を書くことが必要になってくると思う。 自分の頭の中にあることを文章で表現することは難しいことだが、今この「志学」を読んで少しは参考になったような気がする。 これからは他人に楽しく読んでもらえる文章を心ざしたい。 そしてたまには料理をしてみよう!! 22401 自分は文を書くことが苦手、というか嫌いな方かもしれない。 文では自分の伝えたいことが伝えにくいから、自分の言いたいコトを伝えきれない部分があるから。 大学入試の小論文も何で自分が合格したのかわからないくらい上手くできない。 けど、これからレポートなど文を使って色々と表現しなければいけないから、料理を作る感じで文を書こうと思った。 今一人暮らしでインスタントが多いから、手料理から始めて、文を上手く書くぞ。 22402 小学校などで作文は思ったことを素直に書きなさいなどと いったことがいわれるが僕はずっとそれに近いことをしてきた だがこれを読んで誰かに読んでもらうことを前提とするものとしては それ相応のテクニックなども必要なのだと気付かせれる事ができた これからは参考にしたい 22403 そういえば小学校の授業で習ったなと思いながら読んだ。 取材や情報収集にインターネットを使うのは便利ではあるが、 ネット上には有益な情報のほかにゴシップやデマも多く流れている。 ネットで得た知識や情報が正確であるかどうか見極める能力も 求められるのではないだろうか? また、簡単に漢字入力ができるため いざ鉛筆を持って書こうとした時、漢字をど忘れしてしまう。 パソコンやネットは便利ではあるが その便利さに溺れない様に常に気をつけないといけない気がする。 22404 私は、作文が苦手である。 こんな私でもこの学校には入れたのだから、努力というものの力は素晴らしいものだと思う。 作文や小論文といったもの類に触れることをしてこなかった為、入試前は、自分で言うのもなんだが、大変努力した。 何度も何度も書いては消し書いては消し、書けたと思ったら、題とはかけ離れた内容になってしまったり、そんな苦労を続けた私にとっては、大変為になった物だった。 料理にたとえ、インパクトの持たせ方、さまざまな手法が分かりやすく書いてあって、今までの苦労は何だったのかと思うくらいである。 もっと前にこれに出会えていたら良かったのに。 おそらく、同じ内容を書いた「作文の書き方」と題した本より数倍いいものだと思った。 22405 私は作文がかなり苦手です。 だから更に志学に書いてあるような文章の書き方などを考えていくと、余計に作文というものが勉強といったようなものに思えてしまいました。 しかし、小論文の勉強をしてても思ったのですが、相手に読んでもらうという前提で文章を書くときは、題名に工夫を凝らしたり、書いた後に第三者に読んでもらったりするのも大事だと思います。 と言いつつもまだ私は思った事をどんどん書いていく方法でしか書けません 笑)実際小論文も一気に書いていく人だったので、一枚書くのに10分ぐらいで書いていました。 これからは志学も参考にして、読みやすい文章を書けるようになれればいいなと思います。 22406 作文の書き方についてだった。 書き上げてから一日以上あけて、読み返す というのは共感できた。 その時は熱中していいかんじやなって思う。 でも、 冷静によむと全然たいしたことなかったりする。 でも、基本的に作文なので 好きなように書くのが一番いいんちゃうかな。 鵜呑みにすると書き方の幅が 狭まると思う。 22407 作文といえば小学校や中学校で書いた「遠足」や「体育祭」 について、自分の体験や思いを示したものを思い出します。 それは、大学受験の時に苦労して書いた小論文とは別のもの だとされています。 しかし、文を書くことには違いなく、読 み手に思いや考えを伝える点では同じです。 志学を読んでそ の考えが特に強くなりました。 というのも、わかりやすく相 手に読む気を与える文を書くことが必要だという部分を読ん で、これは両方ともにあてはまると感じたからです。 作文は自分の体験したことを起きた順に書くことが多く、 実際は、この形式が私たちが嫌うものだという部分に、全く その通りだなぁと思いました。 ただつらつらと、相手の体験 談が記されていても内容がおもしろくない限り、読む気はし ません。 志学を読んでみて、意外と作文を書くときに注意できてない 部分が多いということに気づきました。 これから、作文を書くときはタイトルや内容の構成を十分に 練りあげて書き、昔書いたものと比較して読んでみると、 考え方や目のつけどころも違ったりしておもしろいかも知れ ません。 22408 他の人と書き出しが同じになるけれど、自分は作文は嫌いだ。 上手くかければカッコいいだろうなとは思うけど、その努力はしなかった。 この「志学」よんで、なんとなく自分にも書けそうかなと思えた。 時間をかけて、書ける様になればいいかなと。 22409 私が通っていた中学校の国語の授業では、こういった「作文の書き方指導」 が盛んに行われていて、毎時間のように作文を書いたのを覚えている。 その時 先生はやはり、作文における書き出しの重要性をいつも主張していた。 「志学 」には書かれていない事柄であるが、書き出しに例えば擬態語や擬声語を置く ことを効果的だとすすめていた。 他にも話の材料を集めるよう言われたが、「 志学」にあるようにその材料を吟味して上手くつなげていくのには苦労したも のだった。 私は、作文にはある程度ミステリアスな部分が必要だと思う。 謎な部分があ るほど、人間はより興味をひかれ「読みたい」という意識が強くなるのではな いだろうか。 22410 プリントにもありましたが、私も文章を書いてる途中で関係ないことをふっと思いつくことがあります。 プリントでは「そのアイデアを簡単に捨ててはいけない。 」といったことが書いてありましたが、むしろ私はその逆で、何とかそのアイデアを強引に文章中に入れようとしてしまいます。 結果、ピントのぼやけた文章になってしまいます。 いずれの場合でも「吟味する」っていう作業が必要で、自分に最も欠けていた作業だってことを知りました。 次に作文を書くときは、いきなり文を書こうとせず、ちょっとしたメモをとって吟味する時間をとってみようと思います。 22411 志学の内容には、共感するところと、そうでないところがありました。 その通りだ、と思ったところは、書き上げてすぐの文章はよく思える、というところです。 言われてみれば、今までに書いた作文・論文でも、完璧と思って他人に見せたのに、 おかしいところを指摘され「なんでこんなふうに書いたんだろう・・・」と 思ったことが多々ありました。 共感しなかったところは「会話文・心内文から入る」というところです。 aとbの文章がありますが、私はaの方がわかりやすく思いました。 それに、「会話文・心内文からはいると、次の二点が達成される。 いきなり事件の山場に入る・読者をおやっ?と思わせる」 とありますが「いきなり事件の山場に入る」という点では、 aの方が適当ではないか、と思います。 最後にためになったことですが、うかんだアイディアを使う使わないにかかわらず、 メモしておく、ということはいいと思いました。 22412 「良いか悪いか、使えるか使えないかの判断は、アイディアを出し切ってから、その次に行う」と書いてありましたが、正に同意見です。 僕は、趣味で簡単な推理小説を書くのですが、その時によく「これは駄目だろう。 」と決めつけてしまう時がありました。 しかし、ある時から「とりあえず思いついた事を書き出してみよう。 」と思って実行に移したところ、案外それまで駄目だと思っていたことも役に立つことが分かりました。 [志学]を読んで、頭の中であれこれ整理するより、まず頭に浮かんだことを書き出してみる、という作業の大切さを再確認することができました。 22413 その時感じた自分の気持ちを書き込むこと、これが私の作文の書き方です。 この方法は率直に自分の感情を伝えることが出来るけど、文の途中で話をどう展開したらいいのかわからなくなってしまうことがあります。 「志学」を読んで、柱を立てたうえで文章を構成することの大切さを改めて感じました。 私も人をひきつける魅力的な文章を書けるように頑張りたいと思います。 22414 カレーの作り方に例えて、作文の書き方を説明したのは、とてもわかりやすく面白かったです。 小論対策で、文の書き方を習い実践していたつもりだったけれど、本当に、読みやすい文を書けていたか自信がありません。 読もうとする人が食いついてくるような文章を書けるように、なりたいです。 22416 昔から作文は大の苦手だったので、これはとてもためになりました。 特に書き出しのところは、文章の順序を入れ替えるだけでこんなにも印象が変わり、読みやすくなることに感心しました。 他に印象深かったのはタイトルのところです。 言われてみれば私もタイトルだけ見て、おもしろそうだと思い本を借りてることもよくあります。 私は今まで、タイトルは付け足しのように適当に考えてきたけれど、これからは重要な役割を持つものだと認識して考えていきたいです。 今回の授業で触れられなかったというものも、機会があれば聞かせて下さい。 22417 志学のプリントを読んでいて、作文にも読み手を引き付けるようなものが必要なんだと初めて知りました。 内容をきちんと考えて組み立て、タイトルに印象的なものを付ける・・・という一連の作業はまるで小説やエッセイを書く時の様で、作文も同じように書くことが出来るというのは新鮮でした。 小学校や中学校であった宿題の作文などは毎年嫌で嫌でしょうがなかったんですが、もしこれから文章を書く機会があったなら、今までとは違った気分で書いてみようと思います。 22418 『志学』を読み、初めはそのタイトルに大仰な内容を想像していた。 しかし、中身は 「作文の書き方」について、筆者は語っていた。 そのことは冒頭でもわかることだが、 そう思って読み進めていくと、ただ作文のことに言及しているだけではなく、余談含め なかなか楽しく読むことが出来た。 内容全体的な感想を書くと、納得できる部分が多々あった。 「順序立てること」と 「閃くこと」。 また、論の組み方に工夫を加え、読み手が興味を持つように組み立てて いくということ。 これらはつい1・2ヶ月前に、この大学の入試に必要であった小論文 でも共通のことである。 だから、これらの項目には大いに苦心したし、また、その分 書き慣れもした。 こういった個所は確かに同意見である。 しかし、それは「小論文」で、 である。 作文においてでは、閃きは重要でも、文の構成と言うよりは文の勢いの方が より大きなウエイトを占めていると思う。 文に勢いがあれば、それだけで読み手は大いに 興味を持つだろうし、それが小論文との違いであり、作文の良さではないだろうか。 また余談の部分で、筆者はインターネットについて述べている。 そこで、「頭がよいと いうことは、多くの知識を取り出せることではなく、如何に使えるか」がポイントだと 言う。 「不思議だと思うこと、なぜなんだろうと思うことが頭のいい人」だと言う。 し かし、不思議に思うだけでなく、そこでそのことについて考えを突き詰め、正しい解答 を出せなくとも、自分なりの答えを見つけ出すことが重要であると考える。 それが、今 言われる「考える力」なのだろうが。 ま、自分で書いておいて、正直そう言ってそれが できれば苦労はないとも思う。 実際、今の自分にできるという絶対の自信はない。 文字 の上では・・・と調子に乗った自分に少し反省。 話が逸れたが、『志学』 学を志す ということは、すごく大変なことであると改めて 認識した。 昔の誰かさんは十五にして、よくこんなことを思ったものだと感心する。 22420 私が作文を書くときは、まず頭の中で大まかな話の流れや展開をまとめてから 一気に書きます。 それから何度も読み直して、文章のリズムを整えたり、誤字・ 脱字がないか確認します。 タイトルは最後につけます。 タイトルにしても、話の 内容や展開にしても、一ひねりあるものにするように悩みますが、それがなかなか 時間がかかります。 でもそうやってできた時の達成感がいいので、作文は好きです。 これからは、インターネット等も使って知識の幅を広げ、より深みのある作文を 書けるようになりたいです。 22421 小学生の頃から、読書感想文を除く作文は好きだった。 しかし、昔から「話がごちゃごちゃ」と指摘される事が多かった。 おごる訳ではないが、文章を書いていると、次から次へ書きたいことが出てくるのだ。 それをまとめる事もせずにだらだらと書いてしまうので、読み手には読みにくかったと思う。 やはり、文章を推敲し、まとめる事は大事だと再認識した。 加えて、文章を書くことに慣れなければならないとも思った。 22422 作文(文章)をおもしろくわかりやすく、人に興味をひかせるよう書くのはとても難しいです。 志学に書いてあったとおりやっても、下手したらダサい文章になってしまいそう。 (いきなりセリフからはじめるやつとか。 )内容をあたためている段階から全体の構想をねって、そのうえで使ったなら上手に出来るかもしれないなー、と思いました(^-^) 22424 本文:僕は今まで作文を書くのがとても苦手だった。 何を書けばいいのか分からなかったり、上手く書こうと思うあまり、とりあえず書いてみるということができなかったからだと思う。 しかし、志学を読んで相手を引き付けることのできる書き方が分かった気がする。 とりあえず材料をいろいろと出してみて、後はだらだらと書いていくのではなく、相手が読みたくなるように順番を考えたり、タイトルや書き出しを工夫したりすることは、今までの自分にはできていなかったが、とても大事なことだと思った。 22425 志学を読んで思ったのは何事も土台がないといいものは生まれないということです。 料理に下ごしらえがあるように作文にも下ごしらえがある。 もっともなことです。 私もこれまでたくさんの作文を書いてきましたが、相手に読んでもらおうと思って書いたことはなかった気がします。 でも作文は他人に読んでもらうもの。 そういうところも料理と似ているんですね。 小学生の頃はわからなかった作文の書き方が今やっとわかるようになりました。 それはこの文を読んだからだけでなく、先生のお話や、何よりも作文をいっぱい書いてきたからだと思います。 やはり土台あればこそなんですね。 22426 小学生の頃、作文を書くことに苦闘している私に向かって先生は一言、「自分の思ったままを書いたらええよ。 」 この一言で何か頭のもやもやがとれたのか、その後はえんぴつがすらすら動いた。 言葉を選ぶことなく、ほんとうに思ったまま書いた。 小学生の時分はそんなものだろう。 大学生になった今、何か文章を書く時私は、『ちょっとええ文章』にしたくなる。 この感想文もそうしたい。 そのため言葉を選び、文章にちょっぴり遊びを入れたいのだが、それがなかなかできない。 原因は分かっている。 ただ一つ、語彙の不足だ。 語彙が豊富であってこそ、ええ文章が書けると思う。 22427 簡単に言うと、文章を書くことの難しさを改めて知ることとなった。 いままで、 受験時の小論文含め こんなに深く、文章を考えさせられたことはなかった。 この「志学」は、作文が題材であったが、それでも読者の興味を引く書き方や、構成、 アイディア集めなど本当に納得のいくものであった。 まぁ言えば、あまり考えずに文章と思って書いていた自分が、ただのバカだったと 思い知らされた。 でも、今はもう文章をあまり書かなくて良いので、気にはしていない。 こうやって、レポートとして少々書く分に関しては、文章の上手い下手は正直、あんまし 関係ナイっしょ! 以上、感想終わり。 22428 作文なんてしばらく書いていません。 入試対策として小論文を1カ月ほど練習しましたが、自分でやりたくてやっていたわけではなかったので、全然楽しくありませんでした。 昔から特別作文が好きと言うわけではないので、これから先、自分から進んで作文を書くと言う事はないと思いますが、もし、「作文を書かなければいけない」という事態に遭遇したら、 『志学』の内容を思い出して書いてみようかと、少しだけ思っています。 22429 確かに何か文章を書いている時、けっこう良い考えが浮かんだのに「これは関係ないかな」とか「こじつけだな」と感じて文字にするのをやめてしまうことがしばしばあります。 でも「志学」を読んで、そういうひらめいた時はとりあえず文字にしておいて、後で全体的にまとめるという方法を学んだので、今後実行したいと思います。 また、文章の並び方の違いだけで全体の印象ががらっと変わるということも勉強になりました。 今度からは文章を書いて全体を見直す際、この点にも注意したいです。 22430 一番最近書いた作文が小論やと思う。 小論はタイトルっちゅーのがなかったけど。 小中高とカンペキ関西弁で作文書いてたから、標準語に直すんにめっちゃ苦労した。 関西弁で作文書くんは失礼やって何回か言われたけど、なんでかわからへん。 世の中謎だらけやわ… 22432 私は私立小学校に通っていて、小学生時代にはかなり作文を書きました。 その時に先生に教わったこととよく似たことが書いてあって、やっぱり作文を書くのにはポイントがあるのだと思いました。 でも、ひとつ「志学」を読んで初めて分かった事は、「途中で思い出した事も書けるようにアイデイアを出し切ってから書く」という事です。 これは分かっているようで実際はできないことだと思います。 作文を書いていると「あ、これ書くの忘れた!でも面倒やからいっか」と思うことが多多ありました。 でもこの通りに書くとそういう心配がなくていいなぁと思いました。 22433 志学を読んで思ったのは、そうそう上手くいくかなということです。 確かに、ああなるほど、と思う箇所は多々ありました。 「作文と料理は似ている」「誰にも書けないことを書く」「3行が勝負」どれもその通りだな、とは思いました。 で、だから?あまりに漠然としていて、「作文の書き方」としては、ほとんど実用的でないと思いました。 中学生は小説家ではありません。 そんな立派なものを書かなくたって、自分の感じたありのままを書いてはいけないのか。 それが、作文の最も大事なところではないのか。 あまり立派なものを書こうとして、作文の最も大事なその部分があやふやになったり、誇張してしまったりしないか。 そんな作文を仕上げて、本人はそれで満足か。 そんな疑問が沸いてくる文章でした… ちなみに「ボールペン」のところで私が読みたいと思ったのは「その2」です。 最も身近(?)で、興味がありました。 「その3」は意味がわからなすぎて、読みたいとは思いませんでした。 ただ、、<余談>のところは共感できました。 知っているだけではなく、それを生かせていけるように、知識を身につけてつけていきたいと思います。 22434 『面白くて、読みやすい』そんな文章はこれからとても必要だ。 教師になった時『面白くて、読みやすい』文章でなければ生徒は読んでくれないし、子供だけでなく大人も読んでくれない。 どんないいことを書いていても読んでもらえねければ意味がないからです。 志学を読んで、どうすれば読む人が興味を持つ文章、読みやすい文章に書き方がちょっと分かった。 その中でも書き上げてから一日以上時間をおいてから読み返すのは大切だなあと思った。 また、僕がおすすめすることは、書くための材料として、行事が終わった直後にその時の気持ちを何かに書いておくことです。 そうすると、その時の自分の気持ちや周りの情景を思い出しやすい。 どうしても時間がたつと気持ちの熱が冷めてしまい作文がさめた文章になってしまう。 しかし、これはその時の気持ちを思い出すのにとっても便利だから、熱い文が書きやすいです。 22436 作文の書き方は自分では知っているつもりだったが不十分だったと思った。 特にタイトルに関して自分は無関心だったのでこれからは読み手を引き付けるようなタイトルをつけたい。 22437 会話文、心内文から入る、という箇所について。 私は、物語を書くのが趣味だ。 小学生のとき、友人数人と、自分の書いた文章を持ち寄って見せあう、ということをしていた。 その第1日目のこと。 全員が持ち寄ったノートを見比べてみて、私たちは思わず笑ってしまった。 これが、5人それぞれの作品の書き出しだった。 全て擬音語、あるいは会話文、心内語で始まっていた。 (しかも、目覚まし時計が2人もいた)。 みんなに聞いてみたところ、地の文ではなかなかいい書き出しが浮かばず、結局、音や声で始めるのが一番ラクだったそうだ。 実は私もそうだった。 そして最近、ある雑誌を読んでいたら、小説コンクール入選発表のコーナーに、選考委員のインタビューが載っていた。 「それにしても、セリフ、擬音語で始まる作品がびっくりするほど多い! みんな、声や音に逃げるんですよ。 まあ、そのセリフが面白ければいいんですけど、だいたい同じような、平凡なものが多いんですね。 挨拶とか。 途中からは、またか、これもか、って感じで、飽き飽きしちゃいました。 」 『会話文、心内文から入る』という方法は、パッと読者の注意を引きつけ、しかもラクに始められるという点では、確かに便利だ。 しかし、わりとみんな使う手法なので、大量の文章を読み慣れた人には、かえって芸のない、幼稚なやり方だと感じられる場合もある。 「とにかく、音か声で始めりゃいいや」というのではなく、その内容も興味深い、オリジナリティのあるものにしなければならない。 また、地の文での魅力的な書き出しを模索することも大切だろう。 22438 私は幼い頃から作文を書くのが好きでした。 特に構成を考えるのが好きだったので、その部分について書きたいと思います。 私は3番の関係のなさそうなものを書いていきながら最後に共通項でつなげて書くといった書き方がいいと思います。 その方が、読み手も結論が楽しみだし、分かりやすい文章になるでしょう。 しかし、私はせっかく構成を考えても、書き出すと止まらなくなり、結局始めの構成を無視してしまうことがよくあります。 だから、自分で読むだけでなく、他の人の視点で読んでもらうことは最終チェックのためにとても必要だと思います。 また作文を書きたいなあと思いました。 22439 文章を読むのは好きですが、書くのは苦手でこれからレポートなどをどう対処したらいいのか不安でいっぱいです。 大学入試の小論文の対策としては、高校の先生に言われ、できるだけ多くの文章を書くようにしました。 確かに文章を書けば書くほど文章を書くことに慣れてきました。 「志学」に書いてあったことは、「なるほど」と思うことがたくさんありました。 私の場合書き出しはいつも悩むところで、読む人の興味を引くように書こうと思えば思うほど自分の思うようには書けず、書くことがいやになってくるのです。 私としてはもっと上手に、楽しく、楽に文章を書きたいのですが・・・。 もっと早くに「志学」に出会いたかったです。 22439 大学入試の小論文の対策として、高校の先生に言われ、できるだけ多くの文章を書くようにしました。 確かに文章を書けば書くほど文章を書くことに慣れてきました。 しかし、苦手意識は消えませんでした。 「志学」に書いてあったことは、「なるほど」と思うことがたくさんありました。 私の場合書き出しはいつも悩むところで、読む人の興味を引くように書こうと思えば思うほど自分の思うようには書けず、書くことがいやになってくるのです。 私としてはもっと上手に、楽しく、楽に文章を書きたいのですが・・・。 もっと早くに「志学」に出会いたかったです。 22440 まさに偶然なのですが昨日の夕ご飯にカレーライスを作りました。 志学を読んで作文も同じだとはなかなかうまく考えているなと思いました。 どんな人でも作文を知っている人ならば、ある程度は書けるものです。 このことを肝に銘じて作文そして料理にとこれからも挑戦していきたいです。 22442 私は今まではずっと何も考えずに好き勝手に作文を書いてきた。 タイトルとかもすごく適当に決めてたけど、志学の中のインパクトのあるタイトルを付けた方が良いという意見にすごく納得できた。 他にもごく当たり前の事だけどついつい忘れてしまう事も書いてあったのでこれから作文を書く時は参考にしたいと思った。 22443 「志学」を読んでおもしろいと思ったのは、作文が料理に似ていて材料がいる、というところだ。 私は大学の入試のために小論文の練習を始めたが、最初はまったく書けなかった。 書くための材料がなかったのだ。 それからは、材料集めのために情報網をはりめぐらせた。 新聞や本を読んだり、先生や友人の意見をきいたりして、いろんな考え方を学んだ。 作文と小論文は違うといわれそうだが、書くために材料がいるという点は同じだと思う。 そして、普段からいろんな事に目を向け考えることが、文章を書くときの「イメージの花火」を大きくさせるだろう。 22444 小説家は、「タイトルと書き出しで勝負する」と書いてあったのは、その通りだと思った。 僕が本を買うとき、タイトルに誘われてその本を手に取ったり、書き出しを読んで買うかどうか決めるからだ。 そして、中学の時にこのようなことをまとまって教えてもらって、羨ましいと思った。 僕は、今でもそうだが結構いいかげんに書いていた事がわかった。 読みやすく、読みたくなる文章を心がけようと思った。 22446 いつも作文は思いつくままに書いていたので志学のプリントを読んで自分がすごくいい加減に書いてたんだなぁと思いました。 そう思うと今までの文章が恥ずかしい・・・。 特にタイトルとか適当につけてました。 でも急に上手くなるものでもないだろうから新聞をよく読んでみるとか少しずつ頑張ろうと思います。 いつか読んでみたいと人に思われるような文章が書けるようになりたいです。 22448 私は文章を書くのが苦手で、書き始めるのにとても時間がかかるので、もっとスラスラ書けるようになりたいと感想文なんかを書くときに思います。 一度書いた文章を時間がたってから読み直すことが大切だと書いてあったのを見てその通りだと思いました。 だいたい読み直しをしたら、おかしい所を何箇所か発見します。 アドバイスにあったように、その後で誰かに見てもらおうかなと思いました。 22449 私は作文というものがあまり得意ではありません。 「志学」で述べられているような「読みやすい文章」「読みたくなる文章」などを意識して書いたこともありませんでした。 確かに読んでみてなるほどとは思いましたが、小学生などにこの技術といいますか書き方を求めるのは少し苦しいかと思います。 そもそも、私は作文というものが小学生時代はあまり好きではありませんでした 本や映画を見たあとに半ば強制という形で感想文を書かされるわけですが、それは小さいながらも自分の胸の内で感動が冷めると共に疑問が広がるものでした。 その後は仕方がないんだろうなという感じで疑問もなくなり今に至るわけですが・・・。 「志学」ではそういう文章を書くタイミングというものには触れられていないのでその辺りの考えを知りたく思います。 22450 人文社会系の二次試験は皆もよくご存知のとおり小論文である。 おそらく入試前は誰もが必死で小論に必要だといわれる知識を詰め込み、 何枚もの原稿を真っ黒にしたことだろう。 かく言う私もその一人である。 私は小学生の頃は文章を書くことが嫌で嫌で仕方が無かった。 国語の 授業のあとに毎回書かされる「今日の感想」。 なんとか避けられないものか と仮病を使ったことも無いとは言わない。 そんな私だったが、いつの間にか 中学も終わり、高校に入ってからというもの、何故だかわからないが文章 を書くことへの抵抗感が薄れていた。 いや、むしろ、好きだったかもしれない。 (何を書いていいかすらわからない数学の問題を解くよりは、なんでもいいから 答えの出せる作文のほうがマシだと感じたかどうかはまた別の話) そして大学入試の時が迫る。 なんと科目は小論文。 「得意分野だ!!」 と意気込んで、先生との一対一の指導が始まる。 「貴女は文章が上手ですね」 と何度も言われた。 そのたびに私は嬉しくなり、また、得意にもなった。 そのおかげで試験本番もたいして緊張せずに答案を作ることが出来た。 「センター試験であれだけ失敗したのにも拘らず合格したのはやっぱり私の 文章力だ!」 と、ますます要らぬ自信を持った。 しかし。 しかしだ。 志学を読んで我に返った。 私の文章は誰もが読みたいと思うような ものではない!小論文の書き方、教わったマニュアルどおりの構成。 私らしさなど、どこにもないではないか!!と。 他人が読みたくなる文章には、やはりオリジナリティーと幾分かのユーモア が必要であろう。 それが私の文には完全に欠如しているのではないか。 出来た作品のタイトルだって、これ以上無いくらいに適当に付けたものである。 こんなことではいけない。 誰もが読みたくなる文章。 こういうものを書けるようになるまで、 私は自分の文章を改良し続けよう。 その為に、友達の文と自分のものを読み比べ、 様々な書き方を「私の作風」としてアレンジし、取り入れていきたい。 そう思わされた『志学』であった。 22451 私は小さい頃から文章を書くことが苦手で、いつも文章を書くことから逃げていました。 でも、この志学を読んで、作文を書くということは思っていたよりも楽しい事だと感じました。 【書き出す】のところに書いてある『書き上げた文章をもう一度読み見直す、又は他人に読んでもらう』ということを私もすすめます。 この大学を受験するため小論文を勉強していて、「出来た!! 」と思った文章でももう一度読んでみると、文章のつながりが悪かったり、自分の言いたいことがうまく伝わらない文章だったりすることがよくありました。 だから私は、他人に読んでもらったり、自分で声に出して読み見直すことは大切だと思います。 私も「面白くて、読みやすい」文章がかけるように努力していきたいと思います。 22452 私は作文が苦手です。 いままで自分のことばかり考えて作文を書いていました。 でも、入試のため小論など練習してようやく人が読みやすく書けるようにすこしなりました。 今志学についてを読んで改めて人に読んでもらいやすい文の書く大切さを学びました。 今度また文を書く機会があればこれをおもいだしてかきたいです 22453 志学を配布されたときには、今更、作文について言われても、、。 と思っていました。 そして、読まず、そのままバインダーにはさんでおきました。 私自身、作文が嫌いで、見たくもないという感情からです。 私は今まで、小学校のころから事あるごとに宿題として出される作文が、悩みの種であり、苦痛でした。 どう書いたらいいのか誰も教えてくれなかったし、いつもいかにして字数を稼ぐかということばかりに気をとられていました。 課題のために、(仕方なく)志学をよんでみて、まず「ハッ」と驚きました。 すごい!と。 もう、とにかく目からうろこがバサバサ落ちました。 そしてその反面、小・中学校の先生も志学のような作文の書き方を教えてくれたらよかったのに、、、と思いました。 そうすればきっと、作文や、感想文を書くことに嫌悪感を抱かなかったに違いありません。 それを考えると、もっと早い時期に志学と出会いたかったなぁと、残念です。 何はともあれ、志学に出会えて、作文に対する見方が180度変わりました。 18年間生きてきた中で、かなり大きな出会いでした。 (大袈裟?)これから文章を書く機会には、絶対、志学を参考にします!自分の将来受け持つかもしれない子供たちにも、志学の事を語り継ぎたいと思います。 (迷惑でなければ) 22454 志学を読んでおもしろい作文の書き方がわかったような気がしました。 文章の順序を変えるだけで文全体の印象が全然違うように見えるのは本当におもしろいと思います。 小説にはこのトリックがたくさん使われていることに気づきました。 高校の先生もカレーと同じような例で説明してくれました。 高校の先生は、材料が多ければ多いほど比較、検討の末厳選した材料を使うのでいい文章が書けるとおっしゃってました。 本文の中でワープロを本格的に使う事で「書き直すことに何の苦痛も感じない」とありました。 パソコンやワープロを使いこなせる人はよくそう言います。 でも、今の私は少々苦痛を感じても紙と鉛筆で作文を書く方が多いです。 私はパソコンを使いこなせないので苦痛を感じない書き直しの快感がわかりません。 今も紙に書いた下書きを見ながら書き込みをしています。 野浪先生のおっしゃるようなペーパーレスの時代は必ず来ると思います。 だから、これからは原稿用紙での作文の練習と一緒にワープロでの作文の練習も欠かせないと思います。 「パソコンの方が楽やわー」と思えるように早くなりたい、「志学」を読んで強くそう思いました。 22456 会話文、心内文から入ることが効果的であるというがそれは、文の内容によるのではないか?例に二つの文章があるがbの方は分かりにくく、違和感がした。 それは内容が合唱際の発表というたわいもない内容だからだ。 文頭で思い切りひきつけておいて,「神様」という途方もない物を出しておきながら、ただの「発表」でとても興ざめである。 それは、僕のめんどくさがりで、結論だけを早く知りたがる性格が関係しているのかもしれないが…。 22460 「作文の書き方」を「カレーの作り方」に置き換える、これはナルホド・・・!と思いました。 小・中・高と、いろいろ作文を書く機会に恵まれ、その都度先生の堅苦しい説明を受けてきましたが、そんなことなどはすぐに忘れていました。 ですから、今回、作文はカレーだ!と言われて、これなら忘れずにいつでも思い出せるぜ!と思いました。 だから、私事の意見ですが、カレーを例に出してきたのはいいアイデアだと思います。 また、教わってきた中で一つだけはっきり覚えているのが、『文章の読み出しを会話文で始めると、相手がその作品を読みたくなる』ということです。 これは当時の私も納得し、高校受験当日の作文にこの戦法を使った覚えがあります。 作文の始まりが、いつも「私は・・・」「僕は・・・」だと、読む側の人も『またか・・・』と疲れてしまうのも当然です。 「作文」というと、自分の思っていることを書き連ねることだと思っていましたが、実は作文というのは、完成にたどり着くまでには色々な要素を自分の頭の中で広げだし、ろ過し、練り上げて、それを膨らましていくものである、ということを今回「志学」で確認させられました。 だから作文を上手に書くことのできる人は、いろんな文章に対して読解力がつくのだと思います。 私も作文からもう一回始めないといけないな、と思いました。 22461 受験のときに小論文を山ほど書いた。 しかしそれは、タイトルや内容について殆ど決められてはいた。 また、序論・本論・結論だの起承転結だのどういった書き方に沿って書いたものだった。 小論文と作文はいくらか違って入るけれど、根本的なものは一緒だと思う。 私は下手だけれども文を書くのが好きだし、日記まがいのものを書いたりしている。 けれどもそれは、人に見せられるような、かっこいい文章ではないし、読んでいて楽しいものでもない、ただの文章の羅列なだけだ。 しかし、「志学」を読んで今までとは、一味も二味も違う作文の楽しさ。 そして技術のようなものを得たような気分だ。 楽しかった遠足、緊張した発表の瞬間。 いかにして読む人にその場の臨場感を伝えることができるか。 また、タイトルをどうやってつけるか。 人に、全世界の人に自分の文が読まれる。 それってすごいことだと思う。 文を書くことは楽しいことだし、良い文がかけるとそれだけで嬉しくなる。 人にも見せたいと思う。 だからこそ、こういった文章の書き方、またはインターネットの様な文明の利器の利用によって、自分の文を成長させていける力。 その力をつけていきたいと思いました。 22462 初めてこの文に目を通したとき、まさに「目からウロコ」であった。 中学まで私は、どちらかといえば作文が得意な方だった。 しかし、特に何かを意識して書いていたわけでもなく、もちろんこの文が言うような「相手に読みやすい文」なんかを書いているつもりもなかった。 この文では、作文を書く秘訣みたいなものが書かれていたので、そういう意味で「目からウロコ」であったのだ。 しかし同時に、これを今の時点で作文が得意な子にはあまり見せたくないなぁとも思った。 中学生ならまだしも、小学生には技とかは全く意識せずに書いて欲しいと願うからだ。 22463 文章の書き方についてとてもわかり易く書かれていてなるほどなあと思った。 よく考えてみるとうまい小説というのは読者の考えている事の裏をかいたり、つい先が読みたくなるようなものだ。 けど、そこに至るまではタイトルや文章の構成など「志学」に書いてあったような様々なことに苦心して出来ているんだなあと思った。 文章の奥深さをまた一つ知れたと思います。 22464 最初に見たときには、「よくもまあこんなにも作文について長々と書いたね」ということでした。 しかし書いてある内容を吟味してみると、なるほどもっともな事が書かれていました。 私もいろいろと文章を書く機会があるのですが 平均していつも原稿用紙3枚くらい 、こんなことを考えて書くことはありませんでした。 いつも私は自分なりの手法で書くので、まあ一度くらいは考えつつ書いてもいいかなと感じました。 22465 とてもいい勉強になりました。 文章を書くのは難しいけれど、志学を読んでかなり納得させられました。 もっと勉強して文章を書くのが得意になればいいなと思いました。 22466 作文の書き方について考えたことはなかったけど1の書き方で知らないうちに書いていたと思う。 これからは文章の構成を考えて書こうと思う。 22467 今まで作文を書かされた事はあっても、「志学」に書かれている いるように作文の書き方を教わったことは一度もなかった。 この文章の中で私が最も納得できたのは、一度書いた文章を一日 位おいてまた読み返すとよい、ということである。 その方法の何 がよいのかはわからなかったが、私は手紙を書く時によくこの方 法を使っていた。 (作文を書くのとは違うけれども・・・)今回 「志学」の文章を読んで時間を置いてから読み返すことは自分が 冷静になって自分の文章を読み返すことができるのだと知った。 私はこれからもこの方法を用いて文章を書いていこうと思う。 22468 カレーライスに例えていたりして分かりやすかった。 私は文章を書く時あまり何も考えずに書いていたが、やはり順序を追って書いた方が自分の書きたい事をより明確に書けるのではないかと思った。 これから作文を書く時の参考にしたいと思います。 22469 志学を読んでまず思ったことは、受験で体験した小論文に少し似ているなぁということです。 でも作文と小論文で違うと思ったことは、小論文は与えられたテーマに対して自分の意見を述べ るものであって、作文のように自分の書きたいように自由気ままには書けません。 それとは反対 に作文は自分の好きなように書けるため、志学の中で述べられているように材料探しなど様々な 楽しみがあると思います。 志学の中ではこういった作文を書くためのアドバイスなどが、例えを 用いたりして詳しく書かれていたので、とてもわかりやすかったです。 作文や小説、あるいは論 文などを書く機会が近い将来必ずあると思うので、志学を読んだ事で得た知識を活用したいと思 います. 22470 今まで、作分を書くということは幾度とあったけれど、自分の文章は、ただダラダラと文字を綴っただけのものであったように思います。 作文を書くことにこのような技術や工夫があるとは考えられませんでしたし、ましてや読者のことなどまったく考えることもありませんでした。 これらの方法を用いれば楽しく、またより優れた文章が書けそうな気がしました。 22471 私がいる人文社会の二次のテストは、小論文だった。 小論文を勉強していくうちに、文章というのは、なんと奥が深いのだろうと思った。 文章の構成や、出だし方一つで文章の感じがまったく別のものになる。 「志学」は、そんな文章の奥深さを教えてくれるものの一つとして見ている。 様々な方法を教えてほしい。 22472 私は最近小論文という形でしか文章を書いたことがありません。 小学生の時、作文を書く機会はありましたが、ここまで深く考え、材料やアイデアを集めたことはありませんでした。 これからは作文を書く時はこういった材料やアイデアを大切にして書きたいと思います。 22473 私は母に習い、文章の書き出しを工夫するということを早くから実践していました。 それは今でも続けているし、作文とは全く違うからやめといたら、と助言をうけた大学入試の小論文さえスタイルを崩しませんでした。 文中にもあるように「読みやすい」「読みたくなる」文章だとてっとりばやく錯覚させるには、文頭におもしろい台詞をもってくればいいと思ったからです。 (もちろん中身をつめないと意味はないですが。 )志学を読み、その考えは間違っていなかったと確信でき、非常に嬉しかったです。 もうひとつ興味をもったことは「書き上げて一日以上時間をおいて読む」ということです。 なるほど、これを行っていなかったから私の書いた文章は、書いた時点の自己満足にしか過ぎなかったのだと分かりました。 完成させ随分後に読むと、未熟すぎてはずかしくなることばかりだったからです。 例えば、担任になって学級通信を書く時も、ある程度冷めてから推敲しないと、こどもがついてこれないようなひどい文章になるだろうなと思いました。 22474 「志学」を読んで、なるほど!と思いました。 確かに料理と作文はよく似ていると言えると思います。 料理は仮に同じ料理を作るとしても作る人によって味付けなどが微妙に違ってくるし、作文も同様に同じ事を書くとしても書く人によって感じ方などが違ってきます。 そういう類似点に気づく機会に出会えて良かったです。 「志学」はなかなか興味深く読めました! 22475 私は作文ひとつ仕上げるのにすごく時間がかかる。 というのも書く前にしっかりと文章の構成も考えず、半ば行き当たりばったりで書いてしまうことが多いからだ。 ただインスピレーションの湧くままにシャーペンを走らせる。 しかしいつも途中で行き詰まってしまう。 あまりに何の考えも無しに話を進めてきてしまったので、どうやって話を結末に持って行けば分からなくなってしまうのだ。 私は途方に暮れる。 そこで今まで書いた分をとりあえず読み返してみると、ただ感情的でなんの論理性もない文章だということにやっと初めて気づき、とても人に見せられないと思い、また最初から書きなおすはめになってしまうのだ。 この志学を読んで私は、私の作文を実際読む人の身になり書く必要があることを学んだ。 読みやすい文章=読みたくなる文章を目指して、これから文章を書いていきたいと思う。 22476 正直、『志学』とゆうタイトルを見た時、難しそうなイメージを抱いたが、内容を読むと単なる作文の書き方で心配ゾンやった。 しかし、詳しく読んで見ると「閃きが重要」であったり「情報収集」など、納得できる部分もあった。 また、作文とゆう本来、規定なく自由に書けるモノを、参考にせよ、書き方を記しているところに興味を抱きました。 22477 はじめ志学と聞いて正直何のことかさっぱりわかりませんでした。 でも、プリントを読んで行くと、作文というのはこういうふうに書くのかと、今まで考えてきた文章の書き方と全く違い驚きました。 次回、文章を書くときは、このプリントで読んだ知識を活かして書いていきたいと思います。 22478 1印象的なタイトル2何だろうと思わせる書き出し3読みやすい文字、レイアウト4しっかりとした内容 これらは何回も言われ、私も心がけてきたことです。 でも作文を書くためにインターネットを使うことや、向田邦子さんの本を読むことをすすめられたことはありませんでした。 作文によって自分の世界を広げることもできるのだと気がつきました。 作文のコンクールなどに出すとき、先生がやたら手を加えるけれどあれは良いのでしょうか。 疑問に感じます。 私は読書感想文が苦手なので、その書き方も教えていただきたいと思いました。 22479 私は、文章は文章を作るのが結構好きな方だと思います。 といっても、最初から好きだったわけではありません。 小学校3年の時に担任の先生が作文を誉めてくれたことがかなり嬉しくて、もっと誉めてもらいたい一心で、毎日の自由宿題では作文ばかり書いていました。 私は、何かを順序立ててしたり、方法に乗っ取って行う事が苦手でこれまでも「作文の書き方」という文章に出会っても、あまり興味を抱かなかったし、ちゃんと読んだ記憶もありません。 それは、自分の中で自惚れもあったからだと思います。 しかし、読みやすい文章、読みたくなる文章であったのかと考えると、自信がありません。 (柱を立てる)の中で「苦労して調べたものは、すべて使って書きたいと思う」とありましたが、私は全くそのとおりだなと気づかされました。 日記なら、許されることであっても、人に読んでもらおうとするとき、全くの自己満足であっては、いけないなと思いました。 、 22480 私は作文に限らず小論文などとにかく文章を書くというのが苦手で大教大の小論文の入試の勉強でもとても苦労した。 小論文の書き方の本なども2冊ほど買った。 買ったはいいもののいざ書くとなるとなにから書き出していいかわからず書きなれるまでにはかなりの時間がかかった。 でもこれを読んでなんか「あれ?文章書くのってそんなに難しいことちゃうんかなぁ?」って思えた。 私が今まで文章を書くことを苦手と感じていたのは実はただの食わず嫌いのようなものだったのかもしれない。 22481 今回志学を読めて良かったです。 今まで作文を書く時は思ったままに書いていて読み手のことを考えて書いたことは一度もなかったように思います。 きっと読みにくい文章だったでしょう。 読み手のことを考えて書いた文章といえば入試の小論文くらいです。 その小論文も先生の指導の下なんとか形にはなりましたが、志学にもっとはやく出合えていれば少しは楽になったかもしれません。 これから文章を書く時の参考にしたいと思います。 22482 私は作文などを書くことは好きだけれど、普通すぎて面白みのない文章になりがちです。 しかしこの志学は書く前の段階から説明してくれていて、わかりやすかったです。 また、文章の組み立て方や興味のひきつけ方も説明してあり、これから文章を書く上で使えると思いました。 22483 私は、今までにたくさんの作文を書いてきましたが、書くときに『相手に読んでもらう』のでなく、自分の思うこと、体験したことをやみくもに書いていたように思います。 作文を書くときは、自分中心に書くのでなく、相手の立場にたって考えていくことの大切さを、 痛感しました。 22484 私が、「志学」の文章を読んで感じたことは、今までの私の作文のヤバさです。 おそらく私の18年の人生で一番良くできた文章は、大学入試のときの小論文です。 あの時は人生の分かれ道に立っていたので、なかなか「志学」の文章にそった書き方かもしれません。 しかし、それ以外はほんとに「おもしろくない」作文だっただろうなーっと反省しました。 22486 「面白くて、読みやすい」文章のこつを書いた文章だけに、この志学自体、興味を引かせる文章でした。 また「良いか悪いか、使えるか使えないかの判断は、アイディアを出し切ってから、その次に行う」これは、以前、余計なことを考えても意味がないと思っていた私にとって、論文の勉強をしていた時、どれだけ大切なことか思い知らされたことでした。 一見、無駄に思えるこの作業も、文字にすることで視覚を使い、自分の考えていることが頭の中で考えるよりずっと分かりやすくなります。 またそうすることで、いろんなことを思いつくきっかけにもなるのです。 この志学は、私自身が納得することも、なるほど!と驚かされることも書いてあり面白い文章でした。 私はどちらかと言えば文章を書くのは苦手ですが、読みやすい文章を書くために、読みたくなる文章を書くために、常にいろんなことに興味関心を持ち、新しい発見をしていきたいです。 24205 私は、小さいころは学校で書く作文が好きでした。 でも、大きくなるにつれ苦手に思えるようになった。 プリントを読んですごくいい事を聞いたような気持ちになりました。 文章をろくに書いたことがないので、これからたくさん文書を書いていこうと思いました。 24206 「作文の書き方」という内容についてはとても役に立つ事が書かれている。 ただ、こういうプリントを中学生に配布するということは、私だったら、いやだ。 なぜかというと・・・。 「志学」にも書いてあったように読みたくなる文章、読みやすい文章ではないからだ。 字も小さいし、字と字の間隔も狭い。 本当に子供たちに読んでほしいという作者の思いが伝わってこない。 パソコンを使っているというのもそれを反映していると思う。 私だったら、手書きにする。 私が小学生の時に、先生の作ってくれたプリントは読みたくさせるものだった。 ちょっとしたイラストがあったり・・・。 字というのはその人そのものだと思う。 だから、子供たちをひきつけるものがあれば、もっとよくなると思う。 24207 「志学のプリント」を読んで、改めて文章の魅力の偉大さを感じたように思う。 私は今まで人から文章によって刺激を受けて満足してきたが、今は逆に「自分が人を惹き込ましたい」という思いがこみ上げてきた。 皆をワクワクさせるような、そして頭の隅でもいいからずっと残してもらえるような、そんな文章を書きたい。 とは言っても今の私には人を惹きつけるどころか、「文章」というものすら書けない。 だからまずは、毎日書いている日記から改めて「文章」というものを考え直したいと思う。 今思うと、今まで書いてきた「幼稚な文章」を抹消したいくらい恥ずかしい・・・ 24208 私も、アイデアを出す時に、関係のないものはすぐに書くのをやめようと判断してしまっていると思った。 作文の力をつけて、3番目のパターンで書ける様になりたいと思った。 24210 私は「志学」と聞いてはじめはさっぱり何のことか分かりませんでした。 とりあえず、「文章の書き方・組み立て方」ということなのでしょうか。 私は今まで文章というものは、小学校のころの読書感想文とか、反省文くらいしか書いたことがなくて、文章の構成とか読みやすさなんて考えたこともありませんでした。 ただ思いついたことをそのまま文章にしていました。 なので、今まで私の書いた文章を読んできた人は、読みにくくて主旨が分からないと感じていただろうと思います。 どうせなら、文章を書き始める年頃のころに、「志学」を学びたかったです。 今まで私が書いた文章を読んできてくれた人たちに謝りたい気分です・・・読みにくい文章しかかけなくてすいませんでした!! 997601 「志学」を拝読した。 作者が主に作文材料と書き順番という二つを書いている。 全文は先生の立場から生徒に作文の作法を教える話だ。 ここで、「志学」について、いくつか違う考えを述べましょう。 まず、タイトルとして「志学」とは何か?「学問に志すこと」と辞書でいう。 この文章の中味は作文材料と書き順番なのだ。 確かに、作文を作ることは学問である。 が、このタイトルが大きすぎではいないか?もし何か副タイトルうぃ付いた方がいいと思う。 次に、作者が作文に料理をたとえる。 作文作法のプログラムとカレーの作り方と似ている。 そして、「こんなことはどこの作文の参考書にも書いてない」と作者が考えた。 もちろん、中学生向け分かりやすい説明が必要がある。 が、周知のように、普通の人がカレーの材料をスーパーで買って「手順通り」で作って、大体出来てくる。 しかし、作文の材料どこでもらう、どのような材料がいるか、どのように書くか、「マニアル」あるか?頭が考えないと出来るか?だから、作文と料理が根本的に違うには、作文のプログラムが思惟で創作活動である。 作者が後の文章の中でもそう書いている。 「カレーライスをつくるのであればその足りないものをスーパーにでも行って買ってくれば、済むのですが、作文の場合は、どうしたらいいのでしょうか?」と自ら「 作文」と「料理」似ている+ことを否定した。 つづいて、作者が材料捜す方法を話だ。 その方法として、1、本やインタネットで調べる。 2、人に聞く。 3、現場に行って調べる。 とまとめた、ここで、とくにインタネットをたくさん紹介した。 インタネットを利用して中学生が『四人はなぜ死んだのか』という本が出たの例を挙げていた。 作者の意図が一体なんだろうか、皆がすべてインタネットを利用ですか?皆が本を作るか?中学生が一体どれぐらい知識を持っているか、文学史で有名な作家川端康成がそれでも高校生時に作品を出した。 そして『四人はなぜ死んだのか』このテーマだけから考えると、矢張りインタネットからいろいろ情報をまとめてではないか。 この本でどれぐらい文学的芸術性を持っているか?図書館でたくさん名作を読んで、基礎的なものをがっちり身に付けた方がいいと思う。 上 997601 続く 最後、作者が「書く順番」について三つ方法をまとめた。 残念ながら、プリントで2番の方法が漏れた。 作者が「1、出来物の起きた時間順に書く」に対して、「書きやすいかもしれませんが読む方からすると読みたくはない形式」と否定した。 作者が文章のジャンルを考えず、こんな結論を出してくる。 ご存知のように、時間順に書く文章が日常生活の中にたくさん出ている。 たとえば、地震、テロなど事件が発生後、その場面の描写記事がすべて時間順に書く、誰でも読みたくないではない。 だから、ジャンルによって、それぞれ書き方がある。 どちらがいいか悪いかいえない。 「志学」の中で、まだまだ議論価値がある。 以上おおざっぱに考えながら書いた。 下 四季の歌 4452 春の暖かい雰囲気さんからね わらわら届いた みんなの合格の笑顔が ジリジリ蒸し風呂みたいな教室さんからね たらたら届いた みんなの滴る汗が たくさんおいしい料理ののったテーブルからね わいわい届いた みんなの食べっぷりが 木々をふるわすこがらしさんからね ちくちく届いた みんなの丸まった背中が 12211 眠たげな桜さんからね ゆらゆらとどいた ピンクのゆうびんが どこまでも高い空さんからね きらきらとどいた 真っ青なゆうびんが 少し寂しげなコスモスさんからね こっそりとどいた むらさきのゆうびんが やわらかい粉雪さんからね ちらほらとどいた 真っ白なゆうびんが 12457 春風さんからね いっぱい届いた 桜吹雪の郵便が アスファルトさんからね ゆらゆら届いた 陽炎の郵便が 台風さんからね 音だけ届いた 雷の郵便が 空気さんからね 乾燥して届いた 肌アレの郵便が 21502 出会いの季節からね ワクワク届いた 新しい友達っていう郵便が 汗と涙の季節からね ドキドキ届いた たくさんの青春っていう郵便が 食欲の季節からね ひやりと届いた 体重増加っていう悪夢の郵便が 別れの季節からね どしどし届いた かけがえのない思い出っていう郵便が 21506 春風さんからね ひらひら届いた 桜色の郵便が 雷さんからね 突然届いた 夕立の郵便が 秋風さんからね そよそよ届いた 黄金色の稲穂の郵便が 木枯しさんからね 静かに届いた 柊の花の郵便が 21507 桜の木さんからね ふわりと届いた お花見の招待状の郵便が 海の風さんからね キラキラ届いた 夏休みのしおりの郵便が 木の葉さんからね がさっと届いた 運動会のお知らせの郵便が 空の雲さんからね ひゅーと届いた 友達からの年賀状の郵便が 22104 硬い地面からね ひよっこり届いた 小さな緑の郵便が 晴れ空からね どしどし届いた 日射しの郵便が 視界の隅からね じっくり届いた 褐色の郵便が あの木からね ひらっと届いた 最後の一枚の郵便が 22107 春:予備校さんからね たくさん届いた うちにおいでの郵便が 夏:花火さんからね ド派手に届いた 夏の終わりの郵便が 秋:渡り鳥さんからね 忙しく届いた 寒くなるよの郵便が 冬:ネオンライトさんからね キラキラ届いた Merry Christmas! 桜の木さんからね、青空に届いた 桃色嵐の郵便が。 夕立さんからね、今日も届いた 洗濯物の郵便が。 もくもく煙さんからね、おなかに届いた 夜ごはんの郵便が。 雪だるまさんからね、お水と届いた 来年の約束の郵便が。 22424 春:風さんからね やさしく届いた きれいな花びらの郵便が 夏:太陽さんからね 力強く届いた 木々を育てる光の郵便が 秋:大地さんからね いっぱい届いた 輝く稲穂の郵便が 冬:雪降る街さんからね 美しく届いた 小さな奇跡の郵便が 22425 蒲公英さんからね ふわふわと届いた 春の匂いが 向日葵さんからね さんさんと届いた 夏の太陽が 秋桜さんからね びゅうびゅうと届いた 秋の風が 葉牡丹さんからね しんしんと届いた 冬の寒さが 22426 春:菜の花さんからね ここちよく届いた 春のおとずれの匂いが 夏:アブラゼミさんからね うるさく届いた 夏のおとずれの鳴き声が 秋:鈴虫さんからね 美しく届いた 秋のおとずれの合唱が 冬:ちらつく小雪さんからね じんじん届いた 冬のおとずれの感激が 22428 春 太陽さんからね ポカポカ届いた 心弾む郵便が 夏 太陽さんからね ギラギラ届いた 熱い日差しの郵便が 秋 太陽さんからね しみじみ届いた 赤い夕日の郵便が 冬 太陽さんからね なんとか届いた あったかパワーの郵便が 22429 はるかぜさんからねピクニックが届いた桜の郵便が 太陽さんからね海水浴が届いたスイカの郵便が さんまさんからねおいもが届いたもみじの郵便が 雪だるまさんからねスキーが届いたゆきの郵便が 22430 はる さくらさんからね ふんわりとどいた ももいろのゆうびんが なつ うみさんからね とどいた そらいろのゆうびんが あき もみじさんからね しょんぼりとどいた ゆうやけいろのゆうびんが ふゆ ゆきさんからね きらきらとどいた まっしろな きらきらひかるゆうびんが 22432 ちょうちょうさんからね ヒラヒラとどいた なのはなのゆうびんが せみさんからね ミンミンとどいた あさがおのゆうびんが すずむしさんからね リンリンとどいた コスモスのゆうびんが みのむしさんからね ジーっととどいた さざんかのゆうびんが 22433 春:さくらさんからね ひらひらとどいた おめでとうのゆうびんが 夏:たいようさんからね ぎらぎらとどいた ひやけのゆうびんが 秋:おちばさんからね ほくほくとどいた やきいものゆうびんが 冬:ふきのとうさんからね ひょっこりとどいた もうすぐはるねのゆうびんが 22434 うぐいすからね ホケキョととどいた うぐいすのゆうびんが こうえんからね イッチニッサンシととどいた らじおたいそうのゆうびんが ぐらんどからね イチニツイテヨ〜イドンととどいた うんどうかいのゆうびんが じんじゃからね ゴ〜ンゴ〜ンととどいた としのはじめのゆうびんが 22437 ふたごたちからね ぽしゃぽしゃとどいた 雪解け水のゆうびんが さそりくんからね ざあざあとどいた 夕立のゆうびんが アンドロメダさんからね さらさらとどいた 霧のゆうびんが オリオンさまからね きゅっきゅっとどいた 霜柱のゆうびんが 22438 新しい友達からね どきどき届いた これからの夢と希望の郵便が 田舎のおばあちゃんからね しゃきしゃき届いた 新鮮夏野菜の郵便が 昔の友達からね どしどし届いた 夕日を見ながらたまには語ろうよって郵便が サンタさんからね わくわく届いた 心のこもった贈り物の郵便が 22439 土さんからね、こっそり届いた 芽と花の郵便が 青葉さんからね、ザワザワ届いた 心地よい風の郵便が もみじさんからね、静かに届いた 真っ赤な山の郵便が 寒い風さんからね、急に届いた 雪景色の郵便が 22440 花びらさんからね ふわりと届いた 一面ピンクの郵便が サザナミさんからね そっと届いた 海の歌声の郵便が 落ち葉さんからね じんわり届いた ぬくぬく布団の郵便が コタツさんからね みんなに届いた 甘いみかんの郵便が 22442 みつばちさんからね ちくちくとどいた はちみつのゆうびんが かみなりさんからね ゴロゴロとどいた はなびのゆうびんが かきのきさんからね ハラハラとどいた おちばのゆうびんが ゆきうさぎさんからね しんしんとどいた こなゆきのゆうびんが 22443 お雛さんからね ももの花届いた もうすぐ別れと出会いの季節だよって 織姫さんからね ほしの空届いた ほらほら上を向いてがんばってって うさぎさんからね つき夜届いた つらい時には泣けばいいって 節分の鬼さんからね ゆきが届いた ゆめをあきらめるなって 22444 大阪教育大学から レタックスが届いた 合格の郵便が かき氷から 頭がキンとする痛みが届いた 冷たさの郵便がお腹から ぐううと届いた 食欲の郵便が寒気から ヒユウと届いた 白い吐息の郵便が 22446 さくらさんからねふわふわ届いた花びらの郵便が 夏風さんからねもくもく届いた入道雲の郵便が りすさんからねころころ届いたどんぐりの郵便が 北風さんからねひらひら届いた雪の郵便が 22448 春:みつばちさんからね やっと届いた レンゲの蜜のゆうびんが 夏:かえるさんからね たくさん届いた おたまじゃくしのゆうびんが 秋:ひがんばなさんからね 一面に届いた 真っ赤なじゅうたんのゆうびんが 冬:きたかぜさんからね じわじわ届いた しもやけのゆうびんが 22449 春:カミサマからね 偶然届いた 誕生という喜びが 夏:両親からね いつのまにか届いた 愛情という宝物が 秋:息子にね たくさん送った 同じように愛情を 冬:カミサマからね いつのまにか届いた 私のところへおいでよと 22450 枕草子からうらうら届いた綺麗なあけぼのが 枕草子からゆらゆら届いた夜のお月様 枕草子からほらほら届いた真っ赤な夕暮れが 枕草子からはらはら届いたしんしん雪の朝 22451 ちょうちょさんからね ひらひらとどいた えがおのゆうびんが せみさんからね みんみんとどいた げんきのゆうびんが こおろぎさんからね りんりんとどいた いやしのゆうびんが みのむしさんからね じーっととどいた がまんのゆうびんが 22452 さくらさんからね ひらひらとどいた 春のゆうびんんが 太陽さんからね ギラギラとどいた 暑いゆうびんが まつたけさんからね においがとどいた 食欲の出るゆうびんが 雲さんからね ゆらゆらとどいた 雪のゆうびんが 22453 たいようさんからね ぬくぬくとどいた つくしのゆうびんが おおなみさんからね ざぶーんとどいた ひとでのゆうびんが くりのきさんからね わくわくとどいた ひみつのゆうびんが しろくまさんからね しゃりしゃりとどいた かきごおりのゆうびんが 22454 大学一回生の四季 春:おばあちゃんからね にこにこ届いた 頑張るんよと電話の声が 夏:高校の友だちからね ぶるぶる届いた また会いたいねと電子メールが 冬:学科の仲間からね どっさり届いた 今年もよろしくと年賀状が 22456 春が来たみたい 世界が感激に満ちているから 夏が来たみたい 世界が元気に満ちているから 秋が来たみたい 世界が眠りの準備を始めたから 冬が来たみたい 世界が眠りに入ったから 世界は面白い だって生きているのだから 22459 おだやか陽気さんからね 布団に届いた 眠らせなさい、て誘惑の便りが ギンギラ日射しさんからね 私に届いた バテなさい、て意地悪な便りが 夕焼けさんからね さびしそうに届いた もうすぐ冬だね、てため息混じりの便りが 星空さんからね 自慢げに届いた 寒いと星はこんなにキレイなんだよ、て便りが 22460 名札さんからね ドキドキ届いた 新しく名前の入ったピカピカのゆうびんが プールさんからね キラキラ届いた 笑った顔のゆうびんが 運動会さんからね ワクワク届いた 必死に応援してるゆうびんが マラソンさんからね ハァハァ届いた ほっぺを真っ赤にしたゆうびんが 22461 ちょうちょさんからね、ひらりと届いた 春一番のゆうびんが ふうりんさんからね、せわしく届いた 夕立のそくたつが からすさんからね、かなしく届いた 夕焼け空のえはがきが ゆきだるまさんからね、オソロシク届いた 猛吹雪の小包が 22462 春:桜さんからね、ウキウキ届いた「新生活だよ」と期待の郵便が 夏:セミさんからね、ミンミン届いた「最近どないや?」と心配の郵便が 秋:紅葉さんからね、はらはら届いた「やっぱりな…」とためいきの郵便が 冬:北風さんからね、チクチク届いた「はよ彼氏つくれよ」といやみな郵便が…… 22463 春:さくらさんからねひらひら届いた新しい生活への期待の郵便が 夏:せみさんからねみんみん届いた暑さに負けない郵便が 秋:赤とんぼさんからねそろって届いた赤い夕焼けの郵便が 冬:みのむしさんからねゆらゆら届いた冬の寒さの郵便が 22464 さわやかなかぜさんからね ウトウトとどいた 「あかつきをおぼえず」のゆうびんが きりさめとたいようさんからね キラキラとどいた なないろのゆうびんが うさぎさんからね まんまるとどいた つきみだんごのゆうびんが いそがしいサンタさんからね おくれてとどいた 「あけまして」のゆうびんが 22465 桜さんからね ひらひら届いた はなびらのゆうびんが 海さんからね ざあざあ届いた なみのゆうびんが 紅葉さんからね はらはら届いた おちばのゆうびんが 雪さんからね しんしん届いた ちいさなこおりのゆうびんが 22466 春:たんぽぽさんからね ひらひら届いた 綿毛の郵便がね 夏:太陽さんからね ポカポカ届いた 日ざしの郵便がね 秋:落ち葉さんからね ほかほか届いた 焼き芋の郵便がね 冬:サンタさんからね こっそり届いた 子供への郵便がね 22467 桜さんからね ひらひら届いた 新たな出逢いの郵便が 太陽さんからね じりじり届いた 日焼けの郵便が お月さんからね ぼんやり届いた 趣深い郵便が 粉雪さんからね しんしん届いた 真冬の郵便が 22469 春:つくしさんからね 甘い香りが届いた 春の訪れ告げる郵便が 夏:高校球児さんからね 感動届いた 真夏の熱い日差しの郵便が 秋:いちょうさんからね たくさんの銀なん届いた 食欲の秋の郵便が 冬:カエルさんからね 静かな寝息届いた 冬の始まりの郵便が 22470 春:つくしさんからね新しい芽とどいた新緑の郵便が 夏:セミさんからね悲しく強い声とどいた命の郵便が 秋:すすきさんからね季節とどいた真っ赤な郵便が 冬:お空さんからねおくりものとどいた琥白のゆうびんが 22471 春:小鳥さんからね 人に届いた 桜の花びらの郵便が 夏:海さんからね 砂浜に届いた ヤシの実の郵便が 秋:お隣さんからね 私の鼻に届いた サンマの煙の郵便が 冬:寒空さんからね 宝石店に届いた 白いダイヤの郵便が 22472 春:桜さんからね 花びら届いた 桜吹雪の郵便が 夏:潮風さんからね 大波届いた 台風の郵便が 秋:もみじさんからね 色彩届いた 紅葉の郵便が 冬:北風さんからね 大雪届いた 吹雪の郵便が 22473 春雨さんから やさしく届いた 新しい出会いの予感が 夕立さんから 急に届いた 旧友の帰省状況の報告が 秋雨さんから そっと届いた 誕生祝いのメールが 粉雪さんから ふわふわ届いた 新年会のお誘いが 22474 チューリップから届いた 別れの次に新たな出会いがあることを予感させる郵便が ひまわりから届いた 太陽を見つけたうれしさいっぱいの郵便が もみじから届いた 紅く染まっていくことを知らせる郵便が クリスマスに届いた ずっと一緒にいようねというメッセージが 22475 あまがえるさんからね しとしととどいた はるさめのゆうびんが やどかりさんからね さわさわとどいた かいがらのゆうびんが しまりすさんからね ころころとどいた どんぐりのゆうびんが しろくまさんからね きらきらとどいた こおりのゆうびんが 22476 春:タケノコさんからね ひょっこり届いた 新芽の郵便が 夏:甲子園からね 熱気届いた 夢の郵便が 秋:秋桜さんからね ぱあっと届いた 色彩の郵便が 冬:白鷺さんからね ふわっと届いた 粉雪の郵便が 22477 春:大山さんからね 雪解け水が届いた つくしの郵便が 夏:大海さんからね 潮風が届いた かもめの郵便が 秋:大森さんからね 枯葉が届いたよ 焚火の郵便が 冬:大空さんからね 粉雪が届いたよ 北風の郵便が 22478 たけのこさんからね にょきにょきとどいた おいしい郵便が かきごおりさんからねしゃくしゃくとどいた つめたい郵便が おいもさんからね ほくほくとどいた あまーい郵便が おなべさんからね にこにことどいた あったかい郵便が 22479 春:太陽さんからねポカポカ届いた 暖かい陽だまりの郵便が 夏:海さんからねザバーンと届いた 気持ちいい水しぶきの郵便が 秋:空さんからねひっそり届いた さみしい夕暮れの郵便が 冬:風さんからねピューッと届いた 冷たい木枯らしの郵便が 22481 たけのこさんからね にょきにょきとどいた 七分袖のゆうびんが きゅうりさんからね しゃきしゃきとどいた 半袖のゆうびんが いがぐりさんからね ちくちくとどいた 長袖のゆうびんが やきいもさんからね ほかほかとどいた コートのゆうびんが 22483 春:暖かいそよ風と、桜の香りに誘われて みんながむくむくと、息吹きはじめる。 夏:打ち上げ花火の閃光のように、 色とりどりの花が咲き乱れる。 秋:真っ赤に染まった紅葉が、 澄みきった青空に照りはえる。 冬:北風が冷たいけれど、 雪の彩る銀世界を満喫する。 かぶとむしさんからね、たっぷり届いた、樹液の郵便が。 すずむしさんからね、今年も届いた、虫達のコンサートの郵便が。 くまさんからね、一足早く届いた、冬眠準備の年賀状が。 夏:太陽さんからね、さんさんと届いた日焼けの郵便が。 秋:山さんからね、感動届いた紅葉の郵便が。 冬:空さんからね、ふわふわ届いた雪の郵便が。 24210 はる イチゴさんからね コロコロ届いた ぷちぷちおいしい郵便が なつ ひやむぎさんからね さらさら届いた ひんやりおいしい郵便が あき やきいもさんからね ホクホク届いた あつあつおいしい郵便が ふゆ おもちさんからね ぺったんぺったん届いた のびのびおいしい郵便が 997601 桜さんからね はらはらとどいた お団子のゆうびんが 蝉さんからね じいじいとどいた 小枝のゆうびんが 月さんからね こうこうとどいた 空のゆうびんが 雪さんからね しんしんとどいた 冷蔵庫のゆうびんが 我が家語 4452 目をとる:コンタクトをはずすこと たけのこ=まめ:昔、私がたけのこご飯を買いに行ったとき店員さんは明らかに口では「たけのこですね」と言ったのだが出てきたのは豆ご飯で、とてもショックだったということを家族に話してから、我が家では「たけのこ」と言いながら口パクで「まめ」と言うのがはやっている。 今日はどこにいると思う?:わたしはパグがすごく好きで、ぬいぐるみを5体ももっている。 わたしの父親は私の帰りが遅いとそのぬいぐるみたちを移動させる。 今ではそれが趣味のようで、いろいろなところへかくして喜んでいる。 12211 1、バチコン・・・テレビのリモコンのこと。 バチバチとすぐチャンネルをかえるので、こう呼 ばれるようになった。 2、モミモミ・・・マッサージ機のこと。 前の家のマッサージ機にこのような商標がついていた ので、新しいマッサージ機になってもこう呼ぶ。 最近、腰痛がひどいので、 よく利用する。 3、コキン・・・うちの母親は金庫(小さい手提げ金庫)のことをなぜかこう言う。 12457 チューチュー:チューペットのこと。 吸うから。 鬼大根:「す」があり、鬼のようにまずい大根。 類例として鬼白菜もあり。 私も妹もちっちゃい時に使っていた。 「むいむい来たで」とか「むいむいにかまれた」のように使う。 幼くてかわいらしい、と言った意味。 21505 「びびんこ」肩車のこと。 方言で馬の子という意味らしい。 「タッチャン」リモコンのこと。 「ぶちゃ」ネコに水をあげるとき水の ことをこういう。 なぜかは分かりません。 21506 ベルじょうたい:我が家の愛犬ベルのようであること。 すなわち、食べて、寝るだけのおきらくな様子を意味する。 くるくる:ローラー式の粘着型掃除道具。 服についた犬の毛をとるための必需品。 生きた化石:時代後れの人のこと。 我が家では父親を意味することが多い。 21507 チャンネル:テレビのリモコンのこと 「かたしといて」:「かたずけといて」という意味、私は今まで普通に使ってきたが友人に伝わらなくてビックリした。 現役:主に私が使う。 クラブをしていた時のことのみをさす。 勉強の話など誰もしない我が家で「現役で合格」といわれてもピンとこない。 22102 1. めちゃ笑える 非常に笑える、面白いということ。 3、ポパイ 卵とほうれん草を一緒に炒めたもの。 22104 フタ開けてんで! 電気つけてるで! 父さん帰ってくるで! 3つとも、早く風呂に入れという意味です。 22105 ヤマタツ:TOKIOの山口達也のこと。 我が家ではキムタク以上の大スター。 中川君:母は気に入った男性タレントをすぐ君付けで呼ぶので、私はまた中川家のことかと思ったらランディーズのボケの人のことだった。 裏目る:麻雀で待ちを崩した直後に欲しかった牌がくること。 裏目に出ること。 家だけじゃないかもしれない。 22107 オキャン:ぶりっ子を指す言葉。 がじる:我が家の愛鳥が籠から出て遊びたいがために籠をガジガジとかじること(かじるといってもつつくだけだが)から略されてこの行為はがじると呼ばれるようになった。 もうそろ:単に「もうそろそろ」が略された言葉でもうすぐと同じ。 22108 ・高野山に行く・・・・祖父がよく使っていた言葉。 トイレに行くの意。 ・何でも屋・・・同じく祖父がつかっていた言葉。 昔の人だったからか、コンビ二の ことをこう言う。 ・錦行く・・・京都ならでは。 錦市場に行くこと。 22109 ゴロン:ガチャガチャの事。 つ:かさぶたの事。 つめたい:風が強くて刺すように寒い日の事。 家では祖母が九州の西浦出身ということもあって西浦弁がとびかっています。 だから正式には我が家語ではないけれど、こんな誰にも通じない日常会話を楽しんでいます。 22110 じょんじょ:つっかけのこと。 これを履いてコンビニへ・・・ たんたん:靴下のこと。 ちゃぷちゃぷ:お風呂のこと。 22401 びっちゃ:違うという意味。 ちきない:しんどいという意味。 ダラ:馬鹿じゃないのという意味。 22402 チャンネル 主にテレビのリモコンのこと ちょぼちょぼ 何かのレベルが同じもの同士を比べるときに使用 例 あいつら野球のうまさはちょぼちょぼやな 目玉焼き丼 主に僕がよく作る手抜き料理 半熟にした目玉焼きをご飯の上に載せて醤油をちょっととマヨネーズ(お好みの分 量で)をかけて食べる マヨネーズ好きにはたまらん一品 22403 1、お父さん喫茶:お父さんお気に入りの喫茶店のこと。 店名とは全くかけはなれた呼び方。 2、かねぼく :ほかにもあるのだが、このように名字とは違う 「やごう」と呼ばれている人のおうちを指す言葉を 家ではいまだに使っている。 ちなみに私の家の「やごう」は「あたらしや」 3、オゾウシ :食器を洗ってかたづけること。 22404 純野菜炒め:純粋に野菜のみの野菜炒め。 貧乏人にお勧めの食物繊維豊富な料理。 九分九厘:ほかの家では99%の意味であるが、よく考えると、9. 9% 米(よねと読む):米のことである。 別名べい・まいなどなど。 おかあはいまだにこう言ってます 小笑 22406 みやけん:宮沢賢治の本のこと。 今、我が家ではやっている。 あれとって:新聞のこと。 父親のみが使用。 これちゃうんちゃう:反論するときにつかう。 デブ:妹のこと。 妹はこれが大好きで彼女 の名前とかけて名付けられた。 クッションちゃん: 私がものごころついたときからずっと抱き かかえていたエンジ色のクッション。 ふわ ふわである。 みそアルミ: 料理の一種で、鳥肉としめじやしいたけと、みそ をアルミに包んで焼いたもの。 妹の好物である。 22408 ファミコン:一般には「ファミリーコンピューター」のことだけど、ウチの母親は全てのゲーム機をひっくるめてファミコンという。 22409 プー:音から分かるようにオナラのこと。 オナラとか屁とかいうよりプーの方 がカワイイ!だから何年か前に「プ ー太郎(フリーターのこと)」とい う言葉が出てきた瞬間「ゲッ!」と びっくりした。 パチン:テレビのリモコンのこと。 多分家 によって色々呼び名があると思う けど、我が家はずっとコレ。 ボタ ンを押す音や様子からきていると 思う。 ピッピ:電子レンジのこと。 完了した時に 音がピッピと鳴るから。 「電子レ ンジ」と言いにくいので呼び名が 変化した。 たいがいのことは何でもできるので、 母が何か頼むときによく使う。 たとえば、人に迷惑をかけたりするやつ (授業中に騒ぐやつとかは、人間の偏差値が低い) という感じ。

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