指貫 現代仮名遣い。 国チャレ 第47回

宇治拾遺物語『袴垂、保昌に会ふこと(袴垂と保昌 )』テストで出題されそうな問題 / 古文 by 走るメロス

指貫 現代仮名遣い

(コメント:「博士」は、「はかせ」と読めば、「(昔、宮中の大学寮・陰陽寮 (おんようりょう) で学生 (が くしょ う) の教育に当たった官職名のことから)学問・芸道などで、その道に深く通じている人」をいい(「お天気博士」「相撲博士」)、「はくし」と読めば、「学位の一つ。 修士 (しゅうし) の上。 専門の学術論文の審査に合格した人に与えられるもの」をいう(「文学(理学・医学)博士」「博士課程」)。 しかし、「はくし」の意味の場合も俗に「はかせ」が用いられている。 冒頭例の「物知り博士」の場合は、「ものしりはかせ」と読み、「ものしりはくし」とは読まない。 (コメント:「白衣」は、「はくい」(漢音読み)と読めば、「(1)白色の衣服。 特に、医師・看護婦・技師などが仕事着とする白い上着。 (2)(官位のある人は色のある衣を着たことから)古く中国で、無位無官の人。 庶民」を意味し、「びゃくえ」(呉音読み)と読めば、「(1)白小袖 (しろこそで) に指貫 (さしぬき) や袴 ( は かま) などをつけただけの装束 (しょうぞく )。 (2)僧侶 (そうりょ) が墨染めの衣を脱いだり、武士が袴をつけていなかったりすること。 無礼・非礼のこととされた。 (3)仏語で、俗人のこと。 僧侶が黒衣 (こくえ) (墨染めの衣)を着るのに対していう」を意味する。 (「はくい」は「はくえ」ともいい、「びゃくえ」は「びゃくい」ともいう。 )また、「はくい」と読んで、「びゃくえ」の意をさすこともあり、「びゃくえ」と読んで「はくい(1)」の意をさすこともある。 冒頭例の「びゃくえの天使(=看護婦の美称)」は、全くの誤りとは言えないが、「はくいの天使」が一般的である。 「白衣」の読み分けについて、「NHKことばのハンドブック」には、「ハクイの天使・ハクエの装束・ビャクエ観音・ビャクイの行者」とある。 ) (144) (正) はくしゃせいしょう(白砂青松) / (正) はくさせいしょう (正) 静岡県にある三保 (みほ) の松原は、 はくさせいしょう (白砂青松) の景勝地として知られている。 (コメント:「白砂青松(=白い砂と青い松。 海岸などの美しい景色の形容)」の「白砂」は、「はくしゃ」とも「はくさ」とも読む。 (「白」は、漢音「ハク」、呉音「ビャク」。 「砂」は、漢音「サ」、呉音「シャ」。 )「NHKことばのハンドブック」には、「(1)ハクシャセイショー。 (2)ハクサセイショー」とあり、「ハクシャ」を優先させている。 「はくしゃせいしょう」が一般的であるが、「はくさせいしょう」も誤りではない。 ) (145) (正) はくや(白夜) / (正) びゃくや (正) 車窓から見た北欧の びゃくや (白夜) は実に幻想的であった。 (コメント:「白夜(=北極・南極に近い地域で、夏、日没から日の出までの間、反映する陽光のために薄明るい状態であること)」は、「はくや」(「ハク」は漢音。 「ヤ」は呉音・漢音共通)とも「びゃくや」(「ビャク」は呉音)とも読むが、もともとの読みは「はくや」である。 しかし、現在では「びゃくや」と読む人も多く、「NHKことばのハンドブック」には、「(1)ビャクヤ。 (2)ハクヤ」とあり、「びゃくや」のほうを優先させている。 (コメント:「発意」は、もともとは仏教語であり、「ほつい」と読んで、「(1)菩提心 (ぼだいしん) (=道を求める心)を起こすこと。 発心 (ほっしん) 」を意味する。 (「発」の「ホツ」は慣用音<一説に呉音>、「ハツ」は漢音。 「意」の「イ」は呉音・漢音共通。 )現在では、一般に「はつい」と読み、「(2)思いつくこと。 考え出すこと」の意で使われる。 例、「遠大な計画を発意する」。 冒頭例は(2)の意味で「ほつい」と言っているが、誤りとは言えない。 しかし、「はつい」のほうが一般的である。 ) (147) (正) ばっし(末子) / (正) まっし (正) 長男が家長としての地位や財産を相続する長子相続とは逆に、末っ子がそれを継ぐ まっし (末子) 相続も行われていた。 (コメント:「末」は、漢音「バツ」、慣用音「マツ」で、常用漢字表には、「末 マツ 末代・本末・粉末、バツ 末子・末弟、すえ」とある。 しかし、「末子」「末弟」は「マッシ」「マッテイ」とも、と付記する。 他に、両様に読む語には、「末裔 (まつえい・ばつえい) 」「末席 (まっせき・ばっせき) 」「末孫 (まっそん・ばっそん) 」などがある。 (現代では、「まつ…」のほうが一般的。 )「まつ…」としか読まない語は、「末日」「末世」「末端」「末尾」「末筆」「末路」など数が多い。 (コメント:「初体験(=初めての体験。 特に、初めて異性と肉体関係をもつこと)」は、「はつたいけん」が一般的な読み方である。 しかし、「しょたいけん」の読みを付記する国語辞典もあり、冒頭例も全くの誤りとは言えない。 ) (149) (正) 腹 (はら) にいちもつ(一物) / (誤) 腹にいちぶつ (誤) あの吝嗇家 (りんしょくか) が君に豪勢な食事をおごってくれたって。 何やら 腹に いちぶつ (一物) ありそうだぞ。 用心したまえ。 (コメント:「腹に一物」(「胸に一物」とも)は、「心の中に、口には出せない(よくない)たくらみを隠しもっていること」をいう。 「一物」は「いちぶつ」とも「いちもつ」とも読むが、前者は「一つの物。 一つの品物」を意味し、後者は、それに加えて、「心の中に秘められたたくらみやわだかまり」の意をも表す。 また、「いちもつ」は、(金銭・男根など)露骨 (ろこつ) に口に出すことがはばかられる言葉の代わりに使われることもある。 (「一」の「イチ」は呉音。 「物」の「ブツ」は漢音、「モツ」は慣用音。 )したがって、冒頭例は「腹にいちもつ」が正しい。 ) (150) (正) はんれい(凡例) / (誤) ぼんれい (誤) 辞書は ぼんれい (凡例) に目を通してから引きはじめたほうが、的確・有効に活用できる。 (コメント:「凡例(=およその決まり。 書物の最初に、その本の方針、書中の約束事などを記したもの)」は、「はんれい」が正しい読みである。 (「凡」の「ハン」は漢音。 )冒頭例のように「ぼんれい」と読む人もいるが、俗な読み方であり、一般的でない。 なお、「凡」を「ボン」(呉音)と読む語には、「凡人・凡百・平凡」などがある。

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『枕草子』の現代語訳:125

指貫 現代仮名遣い

『枕草子』に書き記された病を中心に 今年(令和二年)は、祇園祭のハイライトである山鉾巡行 は中止と決まった。 新型コロナウイルス感染防止のためだ。 平安時代に疫病退散として始まった祭礼が「疫病」のため に山鉾巡行が中止になったとは、何とも皮肉なことだ。 ところで、新型コロナウイルスの感染は少々下火になって来 たと見え、京都御所の一般参観の再開も始まった。 久しぶり に朝一番に京都御所に参観し、装い新たになった朱塗りの回 廊や承明門、紫宸殿、それに庭園などを貸切状態で観賞した。 そして苑内での写真撮影も少しばかりはかどった。 京都御所の建物や庭を眺め想起することは、かつてここで生 活をし、天皇や皇后様に仕えていた方々のことである。 その ことは『枕草子』や『紫式部日記』、『源氏物語』などに書 かれており枚挙にいとまがない。 ここでわたしがブログに書 き残したいものは、平安の昔どのような病があり、先人たち が病というものをどう考えていたのか、そして病にどう立ち 向かったのか、それをどう記録したのか、と言うことである。 世間の人が、法師というものをほんの木の端かなにかのように、 情けを解さぬつまらぬものと思っているのは、本当にかわいそ うだ。 精進物の、たいそう粗末な物を食べ、寝ることまでとか く言われる。 いくら法師でも若い者は好奇心もあろう。 女など のいる所だって、どうして忌み嫌ったように少しも覗かないで いられよう。 しかし、そうしたことも世間の人は、とんでもないことと非難 する。 まして修験者などはひどく苦しそうだ。 加持に疲れて、 ついうとうとすると、「居眠りばかりして」などと非難された りするのも、とかく法師は窮屈で、どんなにかつらく思ってい ることだろう。 ただし、これは昔のことのようだ。 今は大変気楽そうである。 以下同じ [ 余説] 験者は、当時病気などを引き起こす原因だとされた「 物の怪」 を調伏するために加持や祈祷を行う僧である。 依頼があると、 出かけて行き、手には印を結び口には陀羅尼を誦(ず)しなが ら、憑坐(よりまし)に物の怪を乗り移らせてその正体を暴き、 病人の体から退散させるのである。 立ちなさい」と言って、慿坐から数珠を取り戻し、「ああ、 本当に祈祷の効験がない」とちょっと口に出して、額から頭の方 へと手で撫で上げ、あくびを人前をもかまわず、ちょっとして物 によりかかって、楽な姿勢になっている。 病気は人の怨念が取り憑いてなるものと考え、そ の怨念(物の怪)を取り除くために加持祈祷する(これを調伏と いう)。 密教的行法。 験者は普通、慿坐を同伴し物の怪をそれに 乗り移らせるのだが、その前に仏法のために使われる護法童子と 呼ばれる鬼神を取り憑かせる。 慿坐(よりまし)…神降ろしの時、神霊が乗り移るべき童。 [ 余説] 「すさまじきもの」には、いかにも自信満々の験者が登場する。 しかし調伏は難航して、長時間に及ぶ祈祷のかいもなく物の怪は 姿を現さない。 疲れ果てた験者は、家人の見守る中大あくびをし て横になってしまう。 作者はそれを「すさまじ」という。 清少納言初出任の翌年である。 夜泣きということをする乳呑児の乳母。 愛人を二人持って、両方から嫉妬に責められている男。 頑強な物の怪の調伏を引き受けている験者。 早く験が現れればよ いだろうが、そうはならず、やはり物笑いの種になるまいと頑張 っているのは、大変つらそうである。 無茶苦茶になにかと疑い深い男に深く愛されている女。 摂政関白 の邸に仕えて主人の寵遇を得ている人も、安心してはいられない けど、それはそれでよいだろう。 いらいらしている人。 「苦しきもの」なら作者の体験告白というところだが、「くるし げなるもの」では、観察記録である。 物の怪。 脚の気。 さらには、ただなんということ もないが、食欲のない症状。 【胸】の病とは何なのかはっきりしないが、「広く胸部の急性 の痛みを伴う病気で、心臓、胃、肝臓の病気など」の説がある。 【 物の怪 】とは、人にとりついて悩まし、病気や死などをもた らす悪霊、他人の怨恨、である。 すべての病の元は物の怪だ、 というので僧や山伏、巫女などによる加持祈祷が一番の療法だ ったようだ。 薬による科学的療法ももちろんあったが、先ずは 「 加持祈祷」なのである。 【 脚の気 】脚気(かっけ)のことのようだ。 脚の血がのぼって 頭などがほてる症状をも言うらしい。 【 食欲減退 】気の強そうに見える清少納言でも食欲がない時が あったようだ。 定子の後宮に女房として仕え始めた頃、あるいは 中関白・藤原道隆が亡くなった頃、ほかの女房たちから意地悪さ れ、陰口を言われ心が傷つき里に帰ったことがある(紫式部にも 同様の事件がある)。 数十人もの女房のいる後宮ではストレスが 多いのだ。 八月のころに、白い単衣の柔らかいのに、袴は立派なのをつけて、 紫苑襲の袿(うちき)のごく上品なのを上に羽織って、胸をひどく 病んでいるので、友人の女房などが次々にやってきては見舞い、病 室の外の方にも若々しい貴公子たちが大勢やってきて「まことにお 気の毒なことですね。 ふだんも、こんなにお苦しみになるのですか」 などと、おざなりの挨拶をしている人もいる。 その女に想いを寄せている男は、心の底からかわいそうだと心配し、 ため息をついているのは、いかにも風情のあることだ。 とてもきち んとして長い髪を乱れぬように引き結んで、物を吐くといって起き あがっている様子も、可憐に見える。 主上におかれても病気の由をお聞きになって、御読経の僧の中で、 声のよいのをおつかわしになったので、几帳を女性の病床近く引き 寄せて立てたうえで、それを隔てに僧を座らせてある。 いくらもな い部屋の狭さなので、見舞いの婦人客がたくさんやって来て、お経 を聴聞したりする姿も、あらわに見えるので、その僧があたりに目 をくばりながら経を読んでいるのは、仏罰をこうむりはしないかと 思われることだ。 清少納言の「をかし」にはいつも賛同するわたしだけれど、これに は同意しがたい。 でもはたで見ていた清少納言には、風情のあるよ うに見えたのだろう。 【胸】を病んで物を吐く、という症状から察するに消化器に関係す る病だろうか(もしかして天然痘?)。 それにしても大勢の見舞客、 僧の読経、とは病人にとっては苦行でしかないように思うのだが。 そのうえ僧は周りの女性に目をやりながら読経しているとは罰当た りな。 その 母屋に、四尺の几帳を立てて、その前に円座を置き、そこに四 十歳位の大変すっきりした感じの僧が、墨染めの衣や薄く仕立 てた袈裟を遠目にも分かるように身につけて、香染の扇であお ぎながら、一生懸命に陀羅尼を誦んでいた。 その屋敷の主人か、その筋の人が、 物の怪に取り憑かれて、ひ どく苦しんでいるので、物の怪を乗り移らせる人( よりまし) として、大柄な女童(めのわらわ)が生絹の単衣に彩り鮮やか な袴をことさら長く穿いて、いざり出て来て、脇の方に立てて ある几帳の前に座っているので、僧は外を向くような姿勢に身 体をひねり、人目につく独鈷を、女童に持たせて陀羅尼を誦ん でいるのが有難い。 立ち会う女房たちが何人も側近くにいて、じっと見守っている。 あまり時間も経たないのに、女童が身震いを始め、正気を失い、 僧の加持するままに効験を現される仏の御心も大変有り難いと 思われる。 病人の兄弟や従兄弟なども皆病室に出入りしている。 修法の効 験を有り難がって集まって見ているのも、喪神状態の女童が正 気ならば、どんなにか恥ずかしい思いに気も顚倒するだろう。 喪神状態にある時の女童自身は苦しくないのだと分かっていて も、ひどく辛そうに泣いている様子が可哀相なので、よりまし の女童の知人などは、いじらしことと思い、側近くに坐ってい て、女童の着衣の乱れを直してやったりしている。 こうしているうちに、病人は小康状態を得て、「 薬湯を差し上 げて」などと僧が言う。 北面の廂の間に取り次ぐ若い女房たち は、不安を残しながら薬湯を手に、急いで病人の世話をする。 女房たちの身なりは単衣など大変すっきりときこなしているよ うだし、薄紫の裳なども糊気がとれてはいないし、清楚に美し いようだ。 調伏された物の怪に、きつく詫びを言わせ、退散を認めた。 女童は「几帳の中にいると自分では思っていたのに、思いがけ ないことに人に見られる所に出ていたのですね。 どんな具合だ ったのでしょう」と恥ずかしくなって、髪で顔を隠し、声もな く奥に入ろうとするので、僧は「暫く待って」と言って、女童 に対し少しの時間加持をして、「どうだね。 さっぱりしたか」 と言って、にこにこしているのも立派に見える。 「もう少しの間、お側にいなければならないのですが、勤行の 時間になりましたので」などと言って退出して行くので、 「もう暫く様子を見て」と引き留めるけれど、僧は急いで帰っ ていく。 そこへ上臈女房と思われる人(女主人)が簾の下にいざり出て、 「大変嬉しいことに、お立寄り下さいました。 その効あって、 堪えられないほどに辛く苦しく思っておりましたのに、もう今 は病が治ったようですので、幾重にも御礼申し上げます。 明日 も勤行の合間にお出で下さい」と言っていると、 僧が「本当に執念深い御物の怪のようでございました。 お気を つけ下さるのがようございましょう。 小康状態でおいでのこと、 お喜び申し上げます」と言葉少なく帰って行く時、本当に験が 高く、仏様が僧の姿で現れなさったのだと思われる。 すっきりした感じで、髪もきちんと整えた童や、また大柄で髭 は伸びているけれど、意外にも髪はきちんとしている童、人を 食ったようで気味悪いように髪の毛の多い童など、僧には多く の共人がいて、休む暇なくあちらでもこちらでも、高貴な僧と して人望のあることが、法師になっても理想的といってよいよ うなことである。 もしかして 憑き人は直前にヤバイ薬草をやっていたとか(そんな訳ないか)。 今なぜ平安時代の疾病を調べ出したのか 気分転換に「おくのほそ道」から少し距離をおき、平安王朝 文学に現れた疾病というテーマで、『枕草子』『紫式部日記』 『源氏物語』『大鏡』から引用して当時どのような病があっ たのか、を調べてみようと思ったのだが、始めてみるとどん どん構想がふくらみ、こんなことをやっていたのでは一冊の 本が書ける(引用ばかりだけど)という思いに至った。 『源氏物語』にいたってはまだ読了もしていないし。 それで途中報告ということで、一旦ここで筆をおくことにす るとしよう。 病というわけではないが、出産(安産祈願)の記述を清少納 言や紫式部(こっちの方が詳細)が書き残している。 これに も僧による加持祈祷が見られるので、ほんの一部分を紹介し ておきたい。 最後にはお決まりの露伴翁の文を! 平安時代の安産祈願と種々の病名など 『枕の草紙』百十三 正月に寺にこもりたるは より 正月に寺にこもりたるは、いみじう寒く、雪がちに氷たるこそ をかしけれ。 雨うち降りぬるけしきなるは、いとわろし。 が、今は、 導師の宿坊に、供の者たちも、下仕えの女も童女などもみな行 ってしまって、所在ない気持ちになっていると、すぐ側で、正 午を告げる法螺貝を突然吹き始めたのには、とても驚いた。 美しい立文を供の者に持たせた男などが、誦経のお布施をそこ に置いて、堂童子などを呼ぶ声は、山々にこだまして華やかに 聞える。 誦経の 鐘の音が一段と響いて、どの人の 誦経 であろ うかと思っていると、高貴な所の名を言って(僧が)「 安産で ありますように」などと、効験あらたかそうに仏に申し上げる 僧侶の声などを聞き、なんとなくお産の安否はどうであろうか などと、気がかりに思われ、自然と安産が祈念されることだ。 法螺貝や鐘の音、人を呼ぶ声や僧侶の祈祷する声などが堂内に 響き、聞こえて来る。 寺の閑静さは、ごく普通の日に限っての 事であろう。 正月などは、参拝者でただただひどく騒がしい。 何か願いごとをする人などが、ひっきりなしに参詣する様子を 見ているうちに、お勤めすることも忘れてしまう。 清げなる若き男どもの、主と見ゆる二人三人(ふたり みたり)、桜の襖(あお)、柳などいとをかしうて、くくりあ げたる指貫の裾もあてやかにぞみなさるる。 つきづきしき男(おのこ)に装束をかしうしたる餌袋(えぶく ろ)いだかせて、小舎人童(ことねりわらわ)ども、紅梅、萌 黄の狩衣、色々の衣、おしすりもどろかしたる袴など着せたり。 花など折らせて、侍(さぶらひ)めきて細やかなる者(物)な どを具して、金鼓(こむぐ)うつこそをかしけれ。 さぞかしと 見ゆる人もあれど、いかでか知らん。 うち過ぎて往ぬるも、さ うざうしければ、「けしきを見せまし」など言ふも、をかし。 [ 余説] 清少納言は、清水寺や大和の長谷寺へ参籠したことを何回か書 いている。 その記述がとても写実的でもあり、温かみもあり、 とても良いのだ。 この段は長いのだが、是非とも原文で味わう ことをお薦めしたい。 平安時代の風俗を印象付ける段である。 安産の祈祷をさらっとかいているが、昔も今もお産は命がけ (経験は無いけれど)。 清少納言が仕えた一条天皇の后である 中宮定子は二十四歳の若さでお産で亡くなっている。 そんなこ とからも深く立ち入っていないのかも知れない。 中宮定子のお 墓や清少納言の里、紫式部とのことなどは、 をご覧ください。 高貴な方のお産の際の加持祈祷は『紫式部日記』の冒頭である 「出産の秋」からを読むと、数十人の僧が幾日も加持祈祷してい る姿が描かれている。 平安時代の種々の病名 平安王朝文学には、いくつか病の名が出てくる。 当然肺結核などもあっただ ろう( 該病 がそうだったのかも?)。 『源氏物語』では、光源 氏は瘧に罹り治療のため北山に住む僧の所に向かう。 中関白藤原道隆は酒が好きで、それがもとで亡くなったと言われ ているが、糖尿病という説もある。 弟の関白藤原道長も糖尿病の ようだし、血筋なのか贅沢病なのか。 とにかく病のもとは物の怪や怨念なので「治療」は加持祈祷に勝 るものはなし。 服薬は二の次なのだった。 患者もそれを望んだ。 医療の道と源氏物語と 「奈良朝以前よりすでに医療の道ようやくに開けたるは言うまで も無く、薬剤と技術とをもって人の疾病にむかいて対治の法を講 じたりしは、その跡いと明らかなり。 されど医事の文学にあらわ れたるは、なお少し。 降りて平安朝に至りても、歴史を読みて世を観れば、医療の道の いよいよ行われたるを知るべけれども、文学をとおして時をうか がえば、厭勝禁呪(えんしょうきんじゅ)の法のかえって盛んな るを見るべし。 源氏物語の中に籠れる当時の人の疾病に対する思想を考えるに、 疾病はすべて他人の怨恨、もしくは寄るところ無き鬼物の慿着、 もしくは神仏の冥利の呵責より来るものとなせるが如し。 巫覡 僧尼(ふげきそうに)の徒の、病界における司権者の位地を占 めたるも うべなりというべし。 されば我が国の古き物語 には、精神療法の記事多くして医薬療法の記事少なしというも、 甚しき失当の言にはあらじ。

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『枕草子』の現代語訳:125

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