鈴村 興太郎。 3. 「文化功労者顕彰」おめでとうございます! 鈴村興太郎博士!

鈴村興太郎|プロフィール|HMV&BOOKS online

鈴村 興太郎

第1代 1968-70年• 第2代 1970年• 第3代 1971年• 第4代 1972年• 第5代 1973年• 第6代 1974年• 第7代 1975年• 第8代 1976年• 第9代 1977年• 第10代 1978年• 第11代 1979年• 第12代 1980年• 第13代 1981年• 第14代 1982年• 第15代 1983年• 第16代 1984年• 第17代 1985年• 第18代 1986年• 第19代 1987年• 第20代 1988年• 第21代 1989年• 第22代 1990年• 第23代 斎藤光雄 1991年• 第24代 1992年• 第25代 上河泰男 1993年• 第26代 1994年• 第27代 1995年• 第28代 1996年 日本経済学会• 第29代 1997年• 第30代 1998年• 第31代 1999年• 第32代 2000年• 第33代 2001年• 第34代 2002年• 第35代 2003年• 第36代 2004年• 第37代 2005年• 第38代 2006年• 第39代 2007年• 第40代 2008年• 第41代 2009年• 第42代 2010年• 第43代 2011年• 第44代 2012年• 第45代 本多佑三 2013年• 第46代 2014年• 第47代 2015年• 第48代 2016年• 第49代 2017年• 第50代 2018年• 第51代 2019年.

次の

「血の通った厚生経済学」という鈴村興太郎教授・最終講義を聴講

鈴村 興太郎

1 Kenneth J. Arrow・Amartya K. 厚生経済学という表現は1920年に出版された イギリスの経済学者アーサー・ピグーの主著『厚生経済学』によって 最初に用いられたものであり、 社会的選択の理論にいたっては 1951年に出版されたアメリカの経済学者ケネス・アローの記念碑的な 古典『社会的選択と個人的価値』で最初に用いられた表現である。 したがって、この研究分野の形式的な起源は決して古いものではないが、 研究対象とされる問題そのものはほとんど人類の歴史とともに古く、 この理論が開発する分析手段は「人間生活の改良の道具」(ピグー)として、 基本的な重要性を持っている。 本書は、この分野における基本的な研究成果を体系的に展望・評価して、 読者を研究のフロンティアに誘うことを目的として編集された ハンドブックの第1巻の邦訳である。 編者のひとりであるアローは、社会的選択の理論の最初で最大の 基本定理を確立して、この研究分野を創始した重要な経済学者である。 数理経済学者としてのアローの業績は、 ワルラス的な競争均衡の存在定理の確立、 ワルラス的な価格調整過程(模索過程)の動学的安定性を保障する条件の発見、 ワルラス的な競争均衡における資源配分とパレート効率的な資源配分との 密接な関係を確立した厚生経済学の基本定理の精密な証明、 情報とリスクの経済学の先駆者的な開発、ラーニング効果を内生化した 経済成長モデルの導入をはじめとして膨大かつ多岐にわたっていて、 その影響力は非常に広範におよんでいる。 だが、これほどの業績のなかでも、 社会的選択の理論へのアローの開拓者的な貢献は、 おそらくもっとも重要な業績としての評価を既に確立しているといってよい。 もうひとりの編者であるアマルティア・センは、 アロー以降の社会的選択の理論の発展に最大の貢献をしてきた 創造的な経済学者である。 彼のリーダーシップのもとに社会的選択の理論の構造は著しく透明化され、 その射程距離は大幅に延長された。 センが1970年に出版した魅力的な著書『集団的選択と社会的厚生』は、 アローが最初に開拓した研究分野をさらに深く耕すとともに、 さらに遠くまで開拓するうえで、現在に到るまで数多くの研究者にとって 輝く道標として屹立してきたのである。 本書がその構想・編集・執筆の過程で、 この研究分野における卓越した研究者たちを殆ど網羅する程に幅広く、 暖かい支持を得ることができたのも、 この事実を背景としてのことであることはいうまでもない。 Arrow , A. 40年以上にわたり経済学の第一線で研究を続ける傍ら、 国内外の様々な学会や委員会などでも活躍してきた 背景はどこにあるのか。 本書では、研究者としての苦闘と成長の軌跡を辿りつつ、 厚生と権利という2つの価値の狭間を探究し続けてきた 自らの研究のエッセンスを紹介する。 [ここがポイント] ・日本を代表する経済学者は、厚生経済学・社会的選択理論を どのように発展させてきたか。 ・知られざる苦闘と成長を余すところなく語る。 立派な業績なので、ぜひ長生きして、受賞をお待ちください。 23-2017. 21 アメリカ合衆国の経済学者。 20世紀経済学史上の最重要人物の一人とされ 経済学全般において革命的な論文を書いている。 経済学・社会学・政治学など他学問にも影響を与えている。 1972年、51歳という史上最年少でノーベル経済学賞を受賞。 受賞年:1972年.

次の

一橋大学の伝統を強く推進し、今後も社会の期待に応えてほしい

鈴村 興太郎

第1代 1968-70年• 第2代 1970年• 第3代 1971年• 第4代 1972年• 第5代 1973年• 第6代 1974年• 第7代 1975年• 第8代 1976年• 第9代 1977年• 第10代 1978年• 第11代 1979年• 第12代 1980年• 第13代 1981年• 第14代 1982年• 第15代 1983年• 第16代 1984年• 第17代 1985年• 第18代 1986年• 第19代 1987年• 第20代 1988年• 第21代 1989年• 第22代 1990年• 第23代 斎藤光雄 1991年• 第24代 1992年• 第25代 上河泰男 1993年• 第26代 1994年• 第27代 1995年• 第28代 1996年 日本経済学会• 第29代 1997年• 第30代 1998年• 第31代 1999年• 第32代 2000年• 第33代 2001年• 第34代 2002年• 第35代 2003年• 第36代 2004年• 第37代 2005年• 第38代 2006年• 第39代 2007年• 第40代 2008年• 第41代 2009年• 第42代 2010年• 第43代 2011年• 第44代 2012年• 第45代 本多佑三 2013年• 第46代 2014年• 第47代 2015年• 第48代 2016年• 第49代 2017年• 第50代 2018年• 第51代 2019年.

次の