笠井 アナ 病気。 【笠井アナ】がん(悪性リンパ腫)の現在の症状がヤバイ!?病気の原因や予防・早期発見する方法は?

笠井アナの現在の病気の症状は?進行具合と病院担当医の告知が深刻 | こーさんのためになる情報

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血液のがんと呼ばれる悪性リンパ腫を患っていることを公表した元フジテレビの笠井信輔アナウンサー(56)が19日、同局の情報番組「とくダネ!」に生出演し、初めて自らの言葉で心境を語った。 9月に同番組を卒業し、同局を退社。 フリー転身後も精力的に仕事をこなしていたところに病気が発覚し「宣告を受けた時は青天のへきれきを超える衝撃だった」と告白。 悪性リンパ腫の中でも「びまん性大細胞型B細胞リンパ腫」と診断されたことを明かした。 治療しなければ月単位の速さで進行していく中悪性度の症状で、医師からは「7割程度の生存率」と告げられたという。 早期発見につながった端緒は「頻尿」「腰痛」「体重減少」だった。 笠井アナによると、退社して間もなく、「トイレが非常に近くなった」といい、腰にも痛みを感じるようになった。 さらに体重が5キロ減少。 11年3月の東日本大震災発生後、被災者へ配慮してろくに食事を取らないまま現地で約1カ月間取材した時と同じ62キロまで落ち込んだ。 「自分の体の中に何か起きている」と思い、11月中旬に都内の病院で検査を受けたところ「前立腺肥大」と診断された。 今月上旬にMRI検査で放射線技師が不審な影を発見したことから「何か病変かもしれない」と精密検査を勧められ、主治医の判断を仰ぎ検査して、腰と肩に悪性リンパ腫が見つかった。 医師から「全身にがんが散らばっている」と告げられた直後は「えっ、死ぬの?」と思ったという笠井アナ。 それでも元アナウンサーの妻から「平気だから」と日々励まされ、3人の息子も3様の受け止め方で父親の病状を理解している。 普段から痛みがあり、仕事については影響が出ないよう鎮痛剤を服用して対処していたという。 フジテレビ関係者によると、番組出演後に古巣のアナウンス室で病状報告。 その後、この日のうちに都内の病院へ入院した。 仕事は30本以上入っていたが全てキャンセル。 今後は抗がん剤治療を4カ月間行い、その後2カ月間自宅で療養する。 発熱や寝汗などの症状がある場合もあるが、多くが無症状のため気付きにくいとされる。 リンパ節の腫れが1カ所のみのステージ1から、臓器にまでリンパ腫が広がるステージ4まである。 主な治療は抗がん剤投与。 副作用として発熱や吐き気、手足のしびれなどを伴うケースがある。 放射線治療を追加することもある。

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笠井信輔アナが「がん」を公表!『びまん性大細胞型B細胞リンパ腫』ってどんな病気?

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悪性リンパ腫で闘病し4月30日に退院したフリーアナウンサーの(57)が、22日放送のTOKYO MX『モーニングCROSS』(前7:00)にリモート生出演。 「元気にしております!」と笑顔でテレビ復帰した。 番組冒頭でMCの堀潤氏(42)から「笠井さん、おかえりなさい!」と呼びかけられると、笑顔とともに手を振り「おはようございます!」とあいさつ。 続けて、キャスターの宮瀬茉祐子(37)が「よかった! 笑顔も変わらなくて、声も変わらなくて」と声をかけると「ありがとう! ありがとう! 本当に4ヶ月半の入院でしたけども、順調に治療が進みまして、一番最短で退院できました」と明かした。 その後、7時30分頃に再び登場した笠井アナ。 掘氏が改めて「笠井さん、本当に退院よかったですよ〜」と伝えると「こんなに早く呼んでいただいてうれしく思います」と感謝し「一連の治療の節目となる診察があったんですけども、非常に抗がん剤治療がうまくいっているということで、100点満点かというと、90点はあげられると!」と順調ぶりを報告。 さらに「『寛解』といういい言葉があるじゃありませんか。 (医師からは)その『寛解』の判断はもう少し先送りしましょうと。 だけれども、もう普通の生活に戻ってくださいと。 仕事もどんどんしてくださいと。 そんな風にお墨付きをもらいましたんで、あの〜、どんどん(番組に)呼んでくださ〜い!」とアピールし、笑わせていた。 笠井アナは昨年12月19日に病を公表し、その後、約4ヶ月にわたり入院していたが、4月30日に退院。 今月15日には、文化放送のラジオ『くにまるジャパン 極』(月〜金 前9:00)に自宅からリモート出演し、仕事復帰している。

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笠井信輔アナの嫁と病気が重すぎてヤバい…現在の病状と妻の献身に涙が止まらない…

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大学時代、私はアナウンサーを目指してキー局を全て受験しました。 その時、お台場のフジテレビで出会い、声をかけてくださったのが元フジテレビの笠井信輔アナウンサーでした。 緊張しまくっていた私に優しく丁寧にアドバイスして下さった笠井信輔さん。 偉そうなところが一切なく、本当に素敵な方でした。 以来ずっとファンの一人です。 こちらがびっくりするくらい真面目でテレビで見る姿と何一つ変わらない誠実な態度だったことを今でも昨日のことのように覚えています。 私は残念ながら夢叶わずアナウンサーになることはできませんでしたがフジテレビのとくダネで笠井信輔さんを見る度に「こういう人がアナウンサーになってくれてよかった」そう思っていました。 大好きな笠井信輔アナ、毎朝その姿をお見かけするのを楽しみにしていましたが…残念ながらある時を境にフジテレビから姿を消してしまいました。 調べてみると、長年在籍していたフジテレビを退社。 大病を患って生存率が7割という噂まで浮上しました。 真相はどういうことなのか?調べてみました。 笠井信輔さんは1963年4月12日生まれ、見た目はかなり若く見えますが、現在57歳です。 元フジテレビのアナウンサーであり現在はフリーのアナウンサー。 出身は東京都世田谷区。 祖父は劇作家脚本家の阿木翁助さん。 奥様はテレビ東京社員の茅原ますみさんです。 身長は170CM、体重は62kg、血液型は A型。 本町田東小学校、町田市立薬師中学校、都立狛江高等学校、早稲田大学商学部を卒業し、1987年にフジテレビにアナウンサーとして入社しました。 「FNS27時間テレビ」で初めて提供読みを行なった第1期生だったのが笠井信輔さんでした。 1997年には「FNNニュース555ザヒューマン」のメインキャスターを担当。 そして1998年4月からは「ナイスデイ」のアシスタントになりました。 そして1999年から2019年9月までの、なんと20年間もの間!!ナイスデイの後継番組となった「情報プレゼンターとくダネ!」のサブ司会兼メインアシスタントニュースデスクを歴任。 メインMCの小倉智昭さんと一緒に人気番組を作り上げて行きました。 2007年7月から2019年9月までアナウンス室の専任部長にも抜擢。 ベテランになっても新人時代と同じく、誰よりも早く会社に来て、隅から隅まで新聞を読む笠井信輔さん。 もっと楽な道はいっぱいあったはずだと思います。 一生懸命過ぎて周囲が止めに入る程忙しかったのではないかと思います。 それでも人に頼まれると断れない性格なのか、フジテレビのホームページと携帯サイトのアナウンスマガジンの編集長もやっていました。 2015年9月16日、笠井信輔さんは声帯ポリープを除去するため一時休養していた期間がありました。 手術は無事に成功し9月28日放送だったとくダネで復帰しています。 短い期間での復帰となったので無事で良かった…と思っていたのですが、2019年12月18日悪性リンパ腫に罹患していることを公表しました。 またしても病気が発覚したのです。 19日のとくダネに出演した笠井信輔さんは、生放送で病名は「びまん性大細胞型B細胞リンパ腫」であることを語りました。 長い間所属していたフジテレビを辞めためたのは癌であることを公表したたった数ヶ月前のことでした。 もしかしてフジテレビを退社した理由は病気だったからなのか? 不仲なのではとささやかれていたとくダネのメインキャスター小倉智昭さんとの本当の関係はどうだったのか?現在生存率が7割といわれている噂は本当なのか、詳しく調べてみました。 笠井信輔さんの病気、悪性リンパ腫とはどんなものなのかというと、これは白血球の一つであるリンパ球が癌になって増加しリンパ節内で腫瘍を作る病気です。 笠井信輔さんの場合は腰と肩のリンパ節に腫瘍が見つかりました。 幸いにも検査を受けた時期が早かったので担当医からは奇跡的に早く見つかったといわれたそうです。 この病気は発見される時期が早ければ早いほどそのぶん治る確率が高くなる病気です。 転移した場所によっては完治が難しいこともあるようですが日常生活を送りながら病と闘っていくという方法もあるんだそうです。 笠井信輔さんの癌公表に対して多くの人から励ましの声が届きました。 それもそのはず、人柄が良くて真面目でいろんな人から好かれていた笠井信輔さんは返信するのが大変なくらい励ましのメッセージが届いたのではないかと思われます。 2020年5月22日、この日は癌になってからスタートさせたブログを更新した笠井信輔さん。 治療がほぼ終了したこと、結果は「寛解(完治)」になることを期待していたけれども、「治療続行」になったことを教えてくれました。 寛解にはなりませんでしたが、現在の状況は100点満点中90点くらいなんだそうで、仕事をしてもOK!普通の生活をしていい!というお話を頂けたと喜びを綴っていました。 しかし寛解を目指していた笠井信輔さんだっただけに複雑な心境だったようですが4月末には退院することもでき、一時は死ぬ覚悟までしていたこともあったそうなので、徐々に回復していることについてホッとしているような気持ちを吐露していました。 笠井信輔さんが32年も勤めたフジテレビを退社したのは癌であることを公表する3ヶ月前2019年9月のことでした。 この時すでに癌であることが分かっていたのか?それともまだ知らなかったのか?…気になって調べて見ると、フジテレビを退社する決意をした時はまだ癌であることは分かっていなかったということが判明しました。 退社する時期、すでに腰の痛み等が出ていたので、その頃から症状は出始めていたと思われます。 もしあの時フリーになっていなかったとしたら…忙しくてすぐに健康診断が受けられていなかったかもしれません。 フリーになって少し自由な時間が持てたからこそ健康診断が受けられたのか?そのおかげで早期発見となった可能性もあるようです。 笠井信輔さんと小倉智昭さんは20年間も同じ番組に携わってきました。 しかしあまり2人が仲が良いというイメージがありません。 近年、小倉智昭さんのお気に入りといえば「天達さん」。 笠井さんとは気が合わないのかと心配した時期もありました。 しかしフリーになるべきかどうか最初に相談したのはとくダネのメインMCを務める小倉智昭さんでした。 笠井信輔さん曰く小倉智昭さんとは不仲であるとか、小倉智昭さんは厳しいなどと評判があるけれども、実際の小倉智昭さんはかなり優しい方なんだそうです。 噂なんて本当に役に立たない時もあるものですよね。 2人の間には長年築いてきた絆がしっかりと結ばれており、笠井信輔さんが残りの人生を掛けて選んだフリーの事務所は小倉智昭さんと同じ事務所でした。 笠井信輔さんといえば超がつくほどの真面目な性格。 売れっ子アナウンサーなのに芸能人ぽくない淡々とした感じがまた魅力的だったのですが…。 若い頃はかなり破天荒な行動に出ていたり、上司に対して頑固な意見を貫き通したりとやや問題児だったことが発覚しました。 事件が起きたのは1996年12月17日、ペルーの首都リマでテロリストによる日本大使公邸占拠事件が起きた時のことでした。 笠井信輔さんはペルーに向かい、ペルー軍とテロ集団が銃撃戦を行なっている現場を一ヶ月もの長い間リポートしていました。 自分に弾が飛んでくるかもしれない危険な状況で防弾チョッキを身につけ、マイクを片手に走り回っていたのです。 長い間スクープが取れるまで粘っていました。 すると現地のツテを使ってテロ集団の本拠地でインタビューが取れるということになったんだそう。 笠井信輔さんは車で6時間もかけてジャングルの奥地へ向かいました。 報道陣がそんなところを走るのは危険だといわれてもなんとか観光ツアーを装って走り続けました。 しかしペルー軍の検問に引っかかり「麻薬の密売をやっているのか?」と疑われ車を止めろとすごまれてしまいます。 次の瞬間、窓から少年兵がライフルの引き金を指にかけ、銃口を笠井信輔さんのこめかみに向けました。 と同時に車の中から大きなカメラを見つけた兵士が大きな声を出し、さらにこめかみに向こめかみに押し当てられた銃口はさらにグッと強く押し当てられた…。 その瞬間笠井信輔さんは「これは死ぬかも」と思ったんだそうです。 今同じような取材をすれば偉い人の首がとんでしまう大問題に。 昔は破天荒なこともいろいろとやっていたのは知っていましたがここまでだったとは…。 しかしここで頭を下げてはかっこ悪いと思ってしまったらしく「わかりました」とクビになることを受け入れました。 この時の笠井信輔さんは10年間ワイドショーをやっていた時だったので、今後は自分がどうなってしまうのかかなり不安になりました。 しかしいつもそんな時はマイナスの縁がついてきた。 報道スタッフの方から「リポーターがいないからやってくれ」と頼まれ仕事はなんとなく繋がって行きました。 こんな経験を繰り返すうちに笠井信輔さんはマイナスの縁という考え方を信じるようになりました。 普通はマイナスなことが起きるとへこんだりネガティブになってしまうこともありますが、マイナスの状況になったからこそ出会える人や仕事がある。 笠井信輔さんはプラスの縁だけでなくマイナスの縁から広がる出会い巡ってくるチャンスを大切にしているのです。 そういう縁を見過ごさないで拾っていくと意外と素敵な出会いが待っているといいます。 ピンチをチャンスに変えられる力、ピンチの時でも何か良い出会いが巡ってくるかもと思えるポジティブさは、いかなる状況でも命をつなぐ大きなパワーになるのではないでしょうか。 事実笠井信輔さんは生存率7割といわれた癌が発見された時も、絶対に負けないとポジティブな姿勢を見せ、やっぱりどんなときも裏表のない素敵な人でい続けてくれました。 今回笠井信輔さんが癌を公表するきっかけになったのは、以前小倉智昭さんが公表してその姿が格好良かったと思ったこと、自分以外の癌の人が自分の戦う姿を見て少しでも元気になってくれればと思ったこと、そして最後はそうすることで自分も元気になれるのではないかと考えたそう。 このコメントに対し小倉智昭さんは「素直でいい」とコメント。 こんなに長く芸能界の一線で活躍してきた方が変わらず、素直な性格でいる笠井信輔さん。 私が初めて出会った20年前と何一つ変わっていないのかもしれない。 やっぱり素敵な形だなと思ってしまいました。

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