ダバオ 地震。 地震の前兆の可能性がある自然現象

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ダバオ 地震

最も治安のよい都市でコロナウイルス詐欺で詐欺に!? タイトルと全く逆の内容ですが・・・ ダバオで コロナウイルス詐欺にあいました! 中には悪い人もいるのです。 フィリピンのダバオで、 コロナウイルス詐欺(?)なるものに遭遇しました涙 フィリピンのジプニーで横に座られ、こっちに向かってめちゃ咳をされるので反対側を向いているうちに、財布盗まれました。 私の不注意も関係してますが、今後増える詐欺の形かもしれません。 みなさん、ご注意を!! — ダバオ 最も安全な都市でフリーランス(フィリピン) worldne47984434 ツイッターでは初のバズツイートとなり、インプは10万!パチパチ でも、 ダバオで詐欺や犯罪にあったのは、1年間でこれだけです。 基本的には安全で、治安のいい都市だと言っていいと思います。 バイクにひかれそうになり、死を意識する 治安はいいですが、交通事情はよくありません。 フィリピンでは、横断歩道は歩行者優先になっていますが、 ほとんどの車が突っ込んできます。 私がバイクにぶつかりそうになったのも横断歩道。 しかも、 逆車線を走行してきたバイク。 当たり前を信じてはいけないとこの時に感じました。 透き通ったきれいな海もすばらしいのですが、 私は、時間が止まったかのように感じる夕日が好きです。 そういえば、ブログでダバオのビーチについては書いていなかったので、 後日執筆できればと思います。 フルーツ食べ歩きの旅 ダバオといえば、フルーツ!! フルーツ大国フィリピンに、多くのフルーツを供給しているのが ダバオなんです! ということで、マーケットに行けば、格安でフルーツが食べれます。 ちなみに私のおすすめは 「ポメロ」 ダバオ産のポメロ、ぜひ食べてみてくださいね!! フィリピンの結婚式に参加 フィリピンでフィリピン人の結婚式に参加しました。 日本とはかなり異なる形式でしたが、 個人的には、フィリピンの形式、とっても好きでした。 価値観変わるかもです! 2019年12月31日のプロポーズ そんなこんなで、約2年の交際を続けているフィリピン人の彼女に 私も プロポーズしました!! 次は、自分たちの結婚手続きを進めていく番ですね。 たくさん指輪がある中、 シンプルなペアリングを選ぶ彼女💍 これでいいの? 予算はあるよと言うと これがいいという彼女。 なぜか聞くと、内側にプロポーズの言葉💌を刻めるからと。 2019年12月31日フィリピン人と婚約しました。 ということで名前変更しました プロポーズはLove you Forever🥂 — ダバオ 最も安全な都市でフリーランス(フィリピン) worldne47984434 セブパシフィック1ペソセールで婚約破棄の危機! セブパシフィックの1ペソセールはとっても有名ですよね。 私もぜひ使ってみたくて、彼女に旅行に行こう!と言ったら断られ・・・ 仕方なく、一人で行こうと予約を取り、それを彼女に伝えると・・・ いつも「一緒」っていうのに、ひどい!とバーガーキングで泣き出す彼女! しかもその日は、婚姻関係書類を2人で記入しようとしていた日! 何とか理由を話し、わかってもらえたけど、 さすがにこの状態で一人旅に行くわけにもいかず、キャンセルしました。 1年で一番慌てた瞬間でした! フィリピンの通販「Lazada」で起こったハプニング!! フィリピンでは、ネット通販がそこまで浸透していませんが、 フィリピンのAmazonと呼ばれる「Lazada」があります。 日本と比べると届くのも遅く、イマイチですが、 モールでも手に入らないものを気軽に購入できます。 フィリピンも大きな影響を受け、現在私も在宅勤務を余儀なくされています。 フィリピンでは、現在も新型コロナウイルスの拡大が続いており、 この状況はしばらくは続きそうです。 ただ、最低限の買い物は済ませてあるので、特に不自由なく生活しています。 感染の拡大や世界経済の悪化による失業者たちが気になります。 フード宅配アプリ「フードパンダ」に感動 フードパンダは以前から活用していましたが、新型コロナウイルス下の今、 めちゃくちゃ重宝しています。 フードパンダなかったら、野菜なし生活になっていたかもしれません! ありがとう、フードパンダ! ブログ記事がバズり、一瞬で収束 2020年3月、1つの記事がバズり、 公開1日で13000PVを超えるという奇跡が! この日は気が気でなく、常にアクセス数を確認していましたが、 はい、現在もとに戻りました。 笑 バズ記事の威力を知るとともに、継続性の短さも体験できたので、 非常によい学びになりました。 世界のコロナが、私のバズ記事のように収束に向かうことを切に願います。 彼女とともにYouTube開始 彼女とともに YouTubeチャンネルを開始しました。 視聴回数も登録者数もなかなか増えず苦戦していますが、 楽しむこと第一に頑張っていきたいと思います。 フィリピンの建物の耐震性は低いため、マグニチュード6を超える地震は 大きな災害につながります。 地震の備えも行っておく必要がありますね。 ストリートチルドレンとの出会い ダバオにも、多くのストリートチルドレンがいます。 お金をください、と頼まれることが多々ありますが、 単にお金をあげるだけでは解決につながらないことも多く、 非常に大きな問題です。 終わりに ということで、様々なことがあった2019年度ですが、 2020年度は「チャレンジ」に重点を置いて頑張っていこうと思います。 テーマとしては、 「ダバオをより魅力的な都市に」というところでしょうか。 具体的には ・自分の事業を開始 ・ダバオでボランティア(特にコロナ後) ・結婚に向けた準備 ・ブログアクセス数増 ・フィリピン料理の練習 ・TikTok ・ダバオをプロジュース ・英語のブラッシュアップ ・フィリピン株 などを進めていきたいですね。 もうしばらくダバオにいることになりますので、 みなさんの役に立つ情報を発信していけたらと思います。 最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

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ダバオ

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ダバオ ミンダナオ島 ミンダナオ島の地図を表示 : 歴史 市の成立 1937年3月16日 行政 地方 市 ダバオ市 市長 () 地理 市域 2,444 943. 6 22. 面積2,400、現在の人口は約145万人。 とを持ち、フィリピン南部の・・の中心地である。 実際の所ダバオ市は州から独立をしているが、ダバオ・デル・スル州の一部として見られることもある。 またダバオ地方の中心都市としても位置づけられている。 2,400km 2もの広さを誇るダバオ市は世界最大の行政面積を持つ都市の一つともされる。 人口は145万人だが、は約200万人である。 人による征服はと遅く、それまではやが集落を開いて暮らしていた。 この都市が発展したきっかけは、初頭のによる(マニラ麻)栽培の農園経営であり、当時は2万人の日本人が住む最大のもあった。 現在でも多くのが住み、定年を迎えた日本人の移住先としても注目されている。 現在は木材の積出港であるほか、郊外にはドール社による広大なが広がり、その加工やでも有名である。 近年はアメリカ企業による業務などの先として開発されており、巨額の収益が期待されている。 アポ山 ダバオ市はミンダナオ島に南から切れ込んだに面した都市である。 街の東にある海岸の対岸には、サマール島(フィリピン中部のとの区別のため、アイランド・ガーデン・シティ・オブ・サマールという正式名称がある)が浮かび、街の西には雄大ながそびえている。 ダバオ市の行政面積は2,443. 61km 2もあり、都市としては世界最大級の広さである。 市域は3区に分かれ、(集落)は184を数える。 国内外に販売する、、、を栽培する巨大プランテーションが農地のほとんどを占めている。 気候 [ ] ダバオ市はから山脈で守られており、台風が発生する海域より南側に位置するため被害が少ない。 天候は特にやがなく、降雨量、気温、湿度、気圧なども一年を通し変化が少ない。 こうした天気の予測のしやすさは、農業生産にとって大きな利点になっている。 気温は20度から32度の間で、年平均降水量は2,000 mmである。 9 87. 6 31. 2 88. 2 32. 3 90. 1 33. 0 91. 4 33. 0 91. 4 31. 6 88. 9 31. 4 88. 5 31. 6 88. 9 31. 8 89. 2 32. 1 89. 8 32. 1 89. 8 31. 4 88. 5 31. 9 89. 4 79. 5 26. 6 79. 9 27. 3 81. 1 28. 0 82. 4 28. 0 82. 4 27. 2 81 27. 0 80. 6 27. 1 80. 8 27. 3 81. 1 27. 4 81. 3 27. 4 81. 3 26. 9 80. 4 27. 9 71. 4 22. 0 71. 6 22. 3 72. 1 23. 0 73. 4 23. 0 73. 4 22. 9 73. 2 22. 7 72. 9 22. 7 72. 9 22. 8 73 22. 8 73 22. 7 72. 9 22. 4 72. 3 22. 6 72. 7 mm inch 114. 7 4. 516 99. 0 3. 898 77. 9 3. 067 144. 9 5. 705 206. 7 8. 138 190. 1 7. 484 175. 9 6. 925 173. 2 6. 819 180. 1 7. 091 174. 8 6. 882 145. 7 5. 736 109. 7 4. 319 1,792. 7 70. 58 平均降水日数 17 14 12 11 15 19 18 17 17 19 20 20 199 出典: PAGASA 歴史 [ ] 先住民バゴボ人と「ダバオ」の語源 [ ] ダバオ川 地方史家によれば、「ダバオ」の語源は、ミンダナオ南部周辺に住むの3つの支族が、ダバオ湾に注ぐダバオ川を指すのに使った言葉が混ざり合ったものという。 市の後背地の丘陵地帯に住む先住民()は、この川をダヴォー Davoh と呼んだ。 ダヴォーとは「高い丘の向こう」を指し、ダバオ川河口の高いうねった丘に囲まれている町をそう呼んでいた。 丘の海の中間に住む()はこの川をドゥフォウ Duhwow またはダヴァウ Davau と呼んでいたが、森から採れる物をや日用品と物々交換する川沿いの交易の町のことも指していた。 最も低地に住むはこの川をダブ Dabu と呼んだ。 スペイン人による征服とアメリカ統治 [ ] 人はにやなどフィリピンの大部分を征服したが、その影響がミンダナオ島の南側やダバオに及んだのは非常に遅く、になってからである。 、ドン・ホセ・ウヤングレン Don Jose Uyanguren に率いられた探検隊が、現在のボルトン川沿いにあったの沼地にの入植地を設立した。 その頃ダバオ周辺は(である人)の首長(ダトゥ)、ダトゥ・バゴ Datu Bago が支配しており、彼の町はダバオ川の川岸にあった(当時は、バゴボ人はダバオ川をタグロック川 Tagloc River とも呼んでいた)。 両者は戦闘になったが、ウヤングレンがダトゥ・バゴを破った。 彼はスペインの故郷を記念して、この地域をヌエヴァ・ギポスコア Nueva Guipozcoa と改称し、最初の統治者になったが、この地の開発にかけた彼の努力は実を結ばず、密林は豊かな農地にはならなかった。 、フィリピンを事実上支配下に置いたがこの地に上陸して統治を開始すると、個人農園の開拓が進み輸送・通信手段が改善され、この地方の経済的発展の端緒が開かれた。 ダバオ日本人社会 [ ] ダバオの日本人学校(1939年)。 日本人と現地人の結婚も多く、生徒の半数以上が混血という学校もあった 出身でで雑貨商を営んでいた実業家、(1876-1917 )はこの地に目をつけ、、広大な土地を開発する許可を受けて()とココナツのプランテーションを作り上げた。 当時やから多くの労働者がマニラとを結ぶ高原道路・ベンゲット道路の過酷な工事に従事していた。 ベンゲット道路 は1898年からフィリピンを支配し、マニラに総督府を置いた米国が、夏の間の行政機能をバギオに移すために1901年に着工し、難工事の末、1905年に完成させた全長約41㎞の道路である。 太田は工事で疲労困憊した彼らをダバオに誘い外国人経営の農園で働かせた。 マニラ麻は船舶用のの原料として飛ぶように売れ、フィリピン法にのっとって会社を設立すれば外国人でも土地を所有できることを知った太田はベンゲット道路で労働していた沖縄県人のリーダー・らとともに、農園と工場をあわせた「太田興業株式会社」を1907(明治40)年5月に設立、これが日本人による最初のダバオでの会社だった。 1914年には伊藤商店(現と)の援助を受けた古川拓殖株式会社が設立され、太田興業とともにダバオにおける二大アバカ麻会社となった。 1918年には日本人経営の会社は60社にのぼり、日本人の経済進出が目立つようになると、フィリピン国内でこれを警戒する世論が高まり、1919年、6割以上の株式をフィリピン人か米国人が保有しない限り土地を払い下げないという日本人に不利な新土地法が制定され、日本人殺傷事件も頻発した。 、日本人、とくに大城孝蔵の呼び寄せによるからの移民が増加し、景気でロープも大いに売れたこともあり1916年には1万人の日本人が住むに至った。 大戦後不況で多くの日本人がダバオを離れたが、沖縄県出身者はとどまり、1938年にはダバオに1万8千人住んでいた日本人のうち沖縄県出身者が7割を占めた。 太田は激増する農園需要と日本人移民の居住地を満たそうとバゴボ人の首長インタルから土地を獲得し、この場所に多くの人がとどまるように「民多留(みんたる)」と名づけた。 は日本人町になり、日本人、日本語、日本、、商店、売春宿、仏教寺院、キリスト教会、などが作られた。 周囲には日本のの支援を受けた大手農園・工場や、一から作った中小農園など多くの農園会社が林立しダバオ湾岸には日本人経営のアバカのプランテーションが広がった。 また、、基地、雑貨の輸出入なども日本人によって手がけられた。 一方バゴボ人の頭越しにアメリカ人官僚から土地を獲得する者が増えて現地人と日本人の関係が悪化し、第一次大戦景気の間の麻農園拡張期には100人以上の日本人が殺された。 またアメリカ植民地政府は日本人社会の膨張と日本の南方拡大の欲望が結びつくのを警戒し、ダバオ日本人社会を(マンチュクォ)にならってジャパンクォ、ダバオクォと呼んでいた。 こうした緊張関係もあったがダバオの麻製造をはじめとした農業・商工業は発展を遂げ、ダバオ経済の半分以上は日本人が支えるようになった。 フィリピン人は進んだ栽培技術を日本人経営の農園で身につけ、これがダバオの産業の基礎が農業になることに繋がっている。 ダバオは3月16日に正式に市となった。 しかし数年後、の開戦で日本人社会はアメリカ領フィリピンの中で厳しい目にさらされ、日本人はフィリピン人やアメリカ人たちによって強制収容された。 ミンダナオ島に日本軍が上陸し、日本の軍政が始まると日本人移民は解放され、逆に多くのフィリピン人が殺された。 街の日本化が進む一方、アメリカによる政府を通じた間接支配で事実上自治を手にしていたフィリピン人は日本人や日本軍に対して敵愾心を抱き、にフィリピン奪回を開始したアメリカ軍を熱狂的に迎えゲリラ活動に参加した。 でダバオ市、とりわけ日本人街ミンタルは最激戦地となった。 日本軍と民間人は山岳部に退却したが、戦闘やゲリラ襲撃、病気や飢餓で山中を彷徨していた兵士・民間人数万人が死亡した。 以後、生き残った日本人移民は運動を恐れ日本人である証拠を消し、戦後相当の年月がたつまでフィリピン人としてひっそりと暮らすことになる。 2006年6月6日付け「まにら新聞」の記事によると、2005年10月現在、マニラ総領事館ダバオ駐在官事務所管轄邦人数は3ヶ月以上の長期滞在人数は165人、永住者は120人となっている。 ダバオの永住者の比率は42. 1949年8月1日ポツダム政令「旧日本占領地域に本店を有する会社の本邦内にある財産の処理に関する政令」(「在外会社令」)により、太田興業はじめ40数社あった日本の在外会社は財産放棄し、すべて喪失した。 古川拓殖や太田興業の耕地や施設はフィリピン国立麻会社「ナフコ」が引き継いだが、ほどなくして荒廃した。 戦後のダバオ [ ] ケソン大通り 戦後のダバオ周辺は一転して、などアメリカの大規模農業会社による果樹のプランテーションが広まった。 ダバオはマニラに次ぐ大都市として繁栄し、特に人口過剰なフィリピン北部や中部の農民を受け入れ拡大した。 しかし以降、ムスリムの分離独立を訴える MILF や大地主やプランテーションの打倒を目指す NPA による内戦がミンダナオ島山岳部で起こり、ダバオは比較的平穏ながらもその影響を受け、またには農産物の市場価格の下落がダバオ経済をゆすぶり犯罪や貧困が増加した。 MILFやNPAは掃討され勢力を弱め、に入りダバオは落ち着きを取り戻し、ダバオ市は農業に加え情報産業も振興させようとしている。 一方、より過激で国際的なネットワークを持つやがダバオから離れたミンダナオ島西部に現れ、これまでテロとは無縁だったダバオでも3月から4月に国際空港旧ターミナルおよび港湾部の客船埠頭で連続爆弾テロが起こり合わせて38人が死亡、200人が負傷した。 MILFが関与を疑われているが、彼らは関与を否定している。 、ダバオ市の検察官を務めていたがダバオ市長に就任し、青少年の夜間外出禁止や街頭での飲酒禁止など、軽犯罪を取り締まる条例を矢継ぎ早に通過させ、警察の権限を強め、を増やし、自ら大型バイクに乗って、重武装の車列を率いてをしてみせるなど、犯罪防止に力を入れた。 ドゥテルテはからまでの3期、からまでの3期、からまでの1期と、長期にわたってダバオ市長を務め、2016年にに就任した。 ドゥテルテの執政下では、フィリピン国内でも 「フィリピンの殺人都市」とまで言わるくらい最悪の部類だったダバオ市の治安は、劇的な回復をして経済は活況を呈し、人口は1999年の112万人から2008年の144万人へと大きく増加した。 ダバオ市観光局は、タクシーのや乗車拒否、犯罪発生率を劇的に軽減させることに成功したダバオ市を 「で最も平和な都市」と称している。 しかし一方で、ドゥテルテの容認の下で「( Davao death squads、ダバオ死の部隊)」と呼ばれる組織が、犯罪者をによって殺害してきたとされ、人権団体やが批判している。 産業 [ ] ヴィクトリアプラザ付近の街路風景 ダバオの産業は関連産業およびが中心であるが、ダバオに多く集中する各種大学や、恵まれた通信インフラ・電力インフラなどを生かして産業の中心になろうという構想もある。 10月には、の振興を目指す ICT Davao, Inc が設立され、ダバオ市およびダバオ湾岸の州にこれらの産業を集積させようという「シリコン・ガルフ」構想が打ち出されている。 ダモサ地区にはDamosa IT ParkというIT産業団地が建設される。 交通 [ ] ダバオ市はフィリピン国内外の多くの都市から・・などがアクセスしている。 航空便ではからまで1時間40分、からはわずか30分であるほか、、などへ国内便が多く運行している。 国際線はへは毎日、やのへの便もある。 ミンダナオ島北部の中心地とは Highway が繋がっている。 ダバオ国際空港は1998年に拡張、近代化が行われたほか、市内の道路、橋、港の整備も著しい。 文化 [ ] アテネオ・デ・ダバオ大学 方言と言語 [ ] フィリピン中部ビサヤ諸島で使われるが最も広く使われる言語である。 ()もこれに次いで通用する。 は学校での授業の際に使用され、多くの人が聞き取りや会話ができ、特にビジネスシーンではよく使われている。 宗教 [ ] 主要なは(83. 教育 [ ] フィリピン政府は無償で初等教育(小学校)・中等教育(ハイスクール)を提供している。 フィリピンの識字率は93. ダバオ市はミンダナオ島の教育の中心である。 374の小学校、65の中等学校、35の単科大学や総合大学があり、多くの修士や博士を供給しフィリピンが世界有数の数の修了者を出すのに貢献している。 施設 [ ] ダバオ大聖堂(サン・ペドロ大聖堂) 繁華街・行政・商業の中心地はダバオ川の北に集中する。 東西に走るサン・ペドロ通りと南北に走るレクト・アベニューの二つがメインストリートであり、周囲にホテルや市場、ショッピングセンターが広がる。 戦闘記念碑 Battle Memorial かつての日本人街ミンタルで起こった、アメリカ軍と日本軍の長期間にわたる戦闘とダバオ解放を記念している。 キャンプ・ドミンゴ・レオノール かつてのスペイン人地区、1920年代のアメリカ兵地区。 ダバオ市役所 1926年建設の、ダバオ町時代からの建物。 ダバオ博物館 ダバオの先住民族、歴史的な写真や開拓者家族などに関する資料を展示。 ダバオ歴史的社会博物館 ダバオの歴史的社会の資料を展示。 ダトゥ・バゴの砦 タグロク川(現・ダバオ川)沿いを支配したムスリムの勇者ダトゥ・バゴの拠点だった場所。 フルカワ・プランテーション 日本人実業家・太田恭三郎への公的土地譲渡を許可した1903年の条例により、バゴボ人から獲得されたアバカ(マニラ麻)プランテーションの跡地。 日本人博物館 戦前・戦中にダバオにあった日本人社会の歴史的記録を展示。 プランテーションで使われた農具や日用品、貨幣、出版物など。 のや神社 お盆や終戦記念日の8月15日になると、かつての兵士や移民、その遺族らが慰霊にやってくる。 ロンワ寺 ミンダナオで一番大きな仏教寺院。 竹などに囲まれて建っており、堂々とした仏像があり、釈迦の生涯が浮き彫りにされたレリーフがある。 勇敢な息子の記念碑 ゲネロソ橋にあり、この場所で日本軍の侵略に対して橋を守ろうとして戦死したアルマンド・ゲネロソの勇気ある行為をたたえた記念碑。 ミンタル歴史記念碑 ミンダナオ戦でミンタル防衛に当たった山田大佐の記念碑。 ここは、、ら当時の米軍の将軍達も訪れた場所である。 平和統一記念碑 1998年のフィリピン独立100年記念の年に除幕された碑で、この100年のダバオの現地人(モロ人や先住民など)と入植者(ビサヤ人など)との平和な関係を記念したもの。 モスク イスラム教もダバオの主要宗教であり、バンケロハン、ケソン大通り、パナカン、キンポ大通りなどで見ることができる。 日本人の建物 ミンタル、トゥグボク、トリルなどの地区に残る、第二次大戦前・戦中の日本人の家屋、倉庫、麻の加工工場など。 太田恭三郎記念碑 ミンタル小学校。 1903年、土地条例に対して誓願した太田恭三郎を記念したオベリスク。 ウヤングレン上陸地 スペイン・ギプスコアの人、でダバオの最初の統治者になったドン・ホセ・ウヤングレン・イ・クルスが入植のため上陸した場所。 サン・ペドロ大聖堂 ミンダナオ最古の教会の一つ。 市の、聖のためにダバオ征服の年、に建てられた。 ダバオ大司教管区の所在地。 プラハの幼いイエスの聖堂 プラハから送られた像を安置する、地元のカトリック信者の聖地。 タロモ・ビーチ Talomo Beach 太平洋戦争で沈んだ軍用船が波打ち際から200m先にある。 エデン自然公園 都心から40分ほどの、人気のあるマウンテン・リゾート。 海抜1000mほどのところにあり、穏やかな気候や椰子の木々で有名。 フィリピン・イーグル・センター フィリピンの国鳥、世界最大の鷲であるの保護施設。 都心から45分ほどの位置にある。 パラダイス・アイランド・アンド・ビーチ・リゾート サマール島にある、人気のある白砂のビーチ。 ラナンからボートで5分のところ。 動物園などもある。 姉妹都市 [ ]• 、インドネシア• 、 脚注 [ ] []• 2010 Census and Housing Population. フィリピン国家統計局. 2013年10月25日閲覧。 The Naval Research Laboratory. 2013年1月12日閲覧。 『南方見学』小山嘉寿栄 著 アルス, 1944• バギオ便り、NPO法人「南国暮らしの会」2006年3月25日• Highway(幹線道路)と呼んでいるが、実態は日本で言う国道と同じで全般的に舗装が行き届いる。 所々に大きな穴が開いた道路で道路沿いに民家、商店が立ち並び、日本の高速道路とは様相が異なる。 関連項目 [ ] ウィキメディア・コモンズには、 に関連するカテゴリがあります。 - ダリアオン収容所で没 外部リンク [ ]• (英語)• (英語)• ダバオと日本 [ ] ウィキソースに の原文があります。 『南洋の歴史と現実』 帝国産業法規社, 1942 より• 『比律賓群島と太田恭三郎君』井上直太郎 川瀬俊継, 1927• (国立国会図書館近代デジタルライブラリー)• 太田興業, 1900• 興亜日本社, 1942• 改訂版『ダバオ戦記 南洋開拓の栄光と悲惨の歴史』(大陸書房, 1979).

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フィリピン第3の都市、ダバオってどんなところ?|CEBU21

ダバオ 地震

2月17日(2017年)にSurigaoでマグニチュード6. 7地震が起きたばかりですが、 Philvolcs(フィリピンの火山・地震研究所)によると、近いうちマグニチュード7~8の地震がフィリピンのルゾン島沖で起こる可能性がかなり高いと発表しています。 フィリピンで大地震予報・深海魚が次々と発見 この1週間でフィリピンでとても奇妙な現象が起こっています。 レイテ島にはOarfish(リュウグウノツカイ)が、ミンダナオ島では巨大マンボーと伝説の海のモンスター・Trunko(トランコ)が海岸に打ち上げられているのが発見されています。 この発見が何を意味しているかというと、 これらは大地震の前兆を意味するのです。 レイテ島に打ち上げられたリュウグウノツカイ Picture by Proud Bisaya 東日本大震災の1年ほど前にも実はOarfish(リュウグウノツカイ)が日本の海岸に頻繁に打ち上げられているのが確認されています。 リュウグウノツカイなど深海魚が海岸に打ち上げられるというのはなぜ自身の前兆と繋がるのでしょう。 ミンダナオ島に打ち上げられた巨大マンボー Picture by Proud Bisaya 地震は地下にある地盤がズレることによって発生する現象は皆さんご存知でしょう。 その地盤がズレる時に起こる摩擦で海底ではパルス電磁波というものが発生し、その電磁波に敏感な魚たちが沖へ逃げて最終的に海辺に打ち上げられるのです。 調べていくと深海魚が海岸に打ち上げられて1週間から10日へんに大きな地震が起きるという都市伝説があります。 今や都市伝説と言うよりかは地震予報の1つのサインといってもいいかもしれません。 ミンダナオ島に打ち上げられたTrunko(トランコ) Trunko(トランコ)の写真 Picture by Proud Bisaya この上の写真のトランコという生物は1922年に南アフリカで発見されたと言われています。 目撃者はトランコが2頭のシャチと争っているのを目撃。 この戦いに負けて死亡したトランコが海岸に打ち上げられているのも目撃されているようです。 本来の姿は像のようなトドのようななんとも説明がしがたい生き物ですがこの今回フィリピン・ミンダナオに打ち上げられた白いどデカイ奇妙は生き物の死体は伝説の生き物トランコなのでしょうか?? Picture by フィリピンにこのような深海魚たちが打ち上げられたのは先週2月17日頃。 そこから計算すると来週当たり、3月初めにはもしかすると大きな地震が起こる可能性があります。 実際、現時点でも2月初めにフィリピン・ミンダナオ島のSurigao(スリガオ)でマグニチュード6. 7の地震が起きていますし、2月23日の早朝にもミンダナオ島のDavao(ダバオ)でマグニチュード4. 6の地震が起きています。 周辺の地域には地震の準備をしろなどと地震に対してかなり警戒しているようです。 もちろんマニラ周辺だけでなくビサヤ地域(セブ島含む)など、とにかくフィリピン全体が揺れる可能性が大きな津波が来る可能性があるのでフィリピンにいる方は地震の準備を始めてください。 フィリピンで地震が起きるとどうなる?? pictutre by 皆さんが想像している通りフィリピンでもし東日本大震災のような大地震が起きると家やその他の建物はまず崩れまくるでしょう。 特にローカルな家は細い木材にトタンをくっつけただけの家ばかりです。 もっとローカルな家はバナナの葉っぱの屋根なのでとにかく地震・津波が来たら多くの人が被害にあうことは間違いありません。 日本のように稼働している原発はありませんがとても大きな被害になります。 現在フィリピンにいる方々、特にルゾンエリア、ミンダナオ島エリアにいる方は十分に気を付けてください。 セブ島だって実は危ないんです。 お隣のボホール島にも地盤があってこの前マグニチュード7. 2の大きな地震にあったばかりです。 予報によるといつ大きな地震が起きてもおかしくないとのことです。 しつこいですがフィリピンにいる方々地震準備を始めましょう。

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