五木 ひろし。 五木ひろしと嫁(妻)和由布子の現在の関係や難病説,馴れ初めをチェック!

五木ひろし

五木 ひろし

略歴 [ ] 生い立ち [ ] 幼稚園から小学校2年生までの3年間、で暮らした。 に在籍していた頃から歌手になりたいと思っていたという。 その後に移り、父親は鉱山技師を辞め、建築用石材を扱う会社を興す。 元・のはを挟んで同じ町内の出身。 1963年3月、中学を卒業した翌日、長姉を頼り単身京都へ移り、関西音楽学院に入学。 一年後の5月、作曲家のを紹介され 、プロ歌手を目指し上京。 上原のとなり、らと共に歌を学ぶ。 五木の歌が上手すぎ、松方は諦めて役者になった。 1960年代 [ ] 上京して4ヶ月後の1964年9月、第15回全国歌謡コンクールにて優勝 、コロムビアの専属歌手となる。 しかし頼みの綱だった上原が同年8月、軽井沢へ向かう車中で心臓発作のため急死、五木はまだ17歳だった。 を計6枚発売するもヒットに至らず、にへ移籍。 この時期は都はるみや北島三郎らスター歌手の前座や、キャバレー回りが主で仕事は大半地方巡業だった。 シングルを計3枚発売するもヒットに至らず、、、の「」には大きく水をあけられ、など10代の歌手にもどんどん追い抜かれた。 、プロダクションの倒産とともに契約を解除される。 仕事は0になり貯金も尽き、食べる物にも困った。 机の引き出しの奥から出てきたフジテレビの食堂の食券を握り締め、東中野のアパートから当時東京・河田町に社屋が存在したフジテレビまで歩いて行ったこともある。 同じアパートに住んでいたホステスから弾き語りを勧められ、銀座の高級クラブ『クニ』で歌い始め、ここで作曲家のを紹介され 、と契約。 デビューしてから約5年間の間に2度も芸名を変更するなど不遇の時代を過ごす。 当時銀座のクラブでの弾き語りが、サラリーマンの初任給3万円の時代に月収50万円もあり 、もし落ちたらプロ歌手として失格の烙印を押され、弾き語りの仕事にも響く、この生活を捨ててまで危険な挑戦をすべきかで悩んだ。 第1週挑戦時には、「これで駄目なら、ふるさとの福井に帰って農業をやる」と覚悟のほどを語っているが 、最終的には10週連続で勝ち残り、グランドチャンピオンに輝く。 これにより、レコード歌手として再デビューできる権利を獲得。 同番組2週目の審査員だった作詞家のがのを紹介しくれ 、五木によると実際は7週目くらいにはデビュー曲が出来上がっていたという。 この関係で・ジムであった(社長:)と契約を結び、同プロモーションの芸能人第1号となる。 山口と作曲家のに師事。 プロデューサーには山口が就任した。 1日だけ山口の命名した マツカワジュン名義での舞台に立ったのち 、3月に新しいを 五木ひろしとして、ミノルフォンから再デビューを果たす。 苗字の「五木」は山口がから頂戴した。 また、「 いいツキを ひろおう」という意も入っている。 再デビュー・シングルの「よこはま・たそがれ」で山口はの羅列ながらも女ごころを表現した詞を書き、平尾昌晃がそれにモダンでソフトな演歌調の曲を付けた。 平尾にとって初めての演歌作品でもあった。 「よこはま・たそがれ」は・シングル・チャートで、最高位1位、登場週数46週、65万枚に迫る売上げを記録(以下、文中のチャート・データはすべてオリコン・シングル・チャートに基づく)。 第2弾シングルのマドロス演歌「長崎から船に乗って」も最高位4位、登場週数28週、45万枚に迫る売上げを記録。 この年、第4回男性新人賞を受賞。 また「よこはま・たそがれ」では第4回金賞、第2回放送音楽賞(初受賞)、歌唱賞(初受賞)を受賞し、念願であった()への初出場も果たす。 以降、連続出場を継続中。 、第3弾シングル「かもめ町みなと町」は前作同様にマドロス演歌ながらも、敢えてを作曲に迎え、最高位11位、登場週数18週、15万枚を超える売上げを記録。 第4弾シングルとしてを作曲に迎えた「待っている女」は、ポップス演歌とプロモーションされ、最高位6位、登場週数22週、25万枚を超える売上げを記録。 この曲で第3回日本歌謡大賞放送音楽賞を2年連続2回目の受賞。 ポップス演歌第2弾となる「夜汽車の女」は、前作の続編的性格を持ち、スマッシュ・ヒットに終わる。 この曲で歌唱賞を2年連続2回目の受賞。 を作詞に迎えた股旅演歌「旅鴉」は、テレビ時代劇ドラマ『』として発売になったもので、テレビ歌謡番組などでは積極的に披露してはいないにも拘らず、最高位19位、登場週数32週、15万枚を超える売上げを記録。 2作続いたポップス演歌から脱却し、年の暮れに発売になった「あなたの灯」は五木の持ち味が最大限に活かされたリズム演歌であり、翌1973年にかけて最高位5位、登場週数26週、30万枚を超える売上げを記録。 の裾野を拡げ、その後の方向性を決定づけた作品となる。 には短い周期で「霧の出船」、「ふるさと」、「夜空」と立て続けに新曲が投入されたが、そのすべての作品をヒットさせるなど1年間を通じて活躍。 「霧の出船」は最高位13位、登場週数23週、25万枚に迫る売上げを、「ふるさと」は最高位11位、登場週数43週、40万枚に迫る売上げを、「夜空」は最高位4位、登場週数31週、45万枚に迫る売上げをそれぞれ記録。 演歌の「ふるさと」はサビの部分を女性コーラスだけでレコードに吹き込んでいたが、テレビやステージなどでは五木が女性コーラスを従えて歌い、これを改善している。 「狼のバラード」はテレビドラマの主題歌として発売になったものであり、テレビ歌謡番組などでは積極的に披露してはいない。 ただし、そのB面に収録された「道」は、主力であったポップス演歌の「夜空」と並行してテレビ歌謡番組でも時折披露している。 ほぼ毎日放送されていた歌謡番組は大半がであったため、連日各放送局を掛け持ちで出演するなど多忙を極める。 物真似番組にも数多く出演し、チャンピオンに度々選抜される。 「ふるさと」で第4回日本歌謡大賞放送音楽賞を3年連続3回目の受賞、「夜空」でを初受賞。 、「夜空」で第11回音楽賞を受賞。 演歌「別れの鐘の音」は、最高位15位、登場週数18週、15万枚を超える売上げを記録。 この曲で国内大会ゴールデン・カナリー賞(初受賞)、世界大会外国審査員団賞(演歌系歌手としては初出場・初受賞)、第1回'74音楽大賞上期最優秀視聴者賞(初受賞)を受賞。 テレビやステージでは壮大感をより強調するため、サビの部分だけレコードに吹き込んだ時の歌い方をせずにロング・トーンで締めている。 ステージでは締めくくりの曲としてたびたび使われている。 五木はデビュー当初からの「古賀メロディーを自分の持ち歌にしたい」と熱望していた。 この曲は1936年7月ごろにに提供した「さらば青春」にリメイクを施し、1955年12月、に「都に花の散る夜は」として提供したものに再度リメイクを施し、のが題と詞を付け直したものである。 前述の「旅鴉」を除き、山口洋子以外のゲスト作詞家を迎え入れたのは自身ではこれが初めて。 最高位5位、登場週数29週、40万枚に迫る売上げを記録。 この曲で第5回日本歌謡大賞放送音楽賞を4年連続4回目の受賞。 「みれん」は最高位6位、登場週数22週、35万枚を超える売上げを記録。 この曲で第2回FNS歌謡祭'74音楽大賞下期最優秀視聴者賞(2期連続2回目)、第2回FNS歌謡祭'74音楽大賞年間最優秀グランプリ(初受賞)、最優秀歌唱賞(初受賞)を受賞。 第7回日本レコードセールス大賞ゴールデン賞を受賞。 日本レコード大賞と日本歌謡大賞とでその年の受賞曲が割れるという、同等規模のヒット曲を連発する歌手に特有の現象が1972年から3年連続して発生し、五木と関係者らを苦悩させる。 、師匠である平尾昌晃から巣立ち、本格的に外部の作曲家の作品を歌い始める。 を作曲に迎えたポップス演歌「哀恋記」は、最高位10位、登場週数16週、15万枚を超える売上げを記録。 この曲で第3回FNS歌謡祭'75音楽大賞上期最優秀視聴者賞を3期連続3回目の受賞。 最高位14位、登場週数22週、20万枚を超える売上げを記録。 第1回日本演歌大賞を初受賞。 、猪俣公章の作曲による第三弾「愛の始発」は、最高位10位、登場週数21週、25万枚を超える売上げを記録。 「」バラエティギフトのCMに出演。 その契約金は当時、歴代最高額と云われている。 「旅人」はCMソングとして発売されたものであり、ヒットさせることを目指した作品ではないため、テレビ歌謡番組等では積極的に披露してはいない。 原点へ立ち返るとして、久々に平尾昌晃を作曲に起用した「どこへ帰る」は最高位16位、登場週数19週、15万枚を超える売上げを記録。 公演をに於いて興行。 「どこへ帰る」で第2回あなたが選ぶゴールデングランプリを初受賞。 では「愛の始発」で2年連続2回目となる白組トリを務める。 、心情演歌「風の子守唄」を最後に、師匠である山口洋子から巣立ち、本格的に外部の作詞家の作品を歌い始める。 その第一弾「灯りが欲しい」はこの年の勝負作と位置づけ、藤田まさとを作詞に迎える。 これまで一貫して女ごころを歌ってきたのを一転、初めて男ごころを取り上げ、最高位14位、登場週数23週、20万枚を超える売上げを記録。 では「灯りが欲しい」で3年連続3回目となる白組トリ、初めての大トリを務める。 、ポップス演歌「潮どき」は、最高位17位、登場週数14週、10万枚を超える売上げを、「あしたも小雨」は、最高位16位、登場週数15週、15万枚に迫る売上げをそれぞれ記録。 「熱愛」は(表記:)を作詞に迎えた意欲作であり、且つこの年の勝負作であった割りには振るわず。 「熱愛」で古賀政男記念賞を受賞。 尚、は受賞を辞退している。 、独立を果たす。 独立後第一弾「おまえとふたり」は、古賀政男の弟子でギタリストのを作曲に迎える。 不安を抱きながらの再出発となるが、折りからのブームに乗り、最高位3位、登場週数41週、90万枚を超える売上げを記録。 最終的にはミリオン・セラーに至り、自身では最大のヒット曲となる。 「おまえとふたり」で金賞を初受賞。 では「おまえとふたり」で4回目となる白組トリを務める。 1980年代 [ ] 、前年からの大ヒット作「おまえとふたり」に引き続き、「倖せさがして」が最高位4位、登場週数28週、50万枚に迫る売上げを、「ふたりの夜明け」が最高位10位、登場週数30週、35万枚を超える売上げをそれぞれ記録。 一年間を通じて活躍。 第6回日本演歌大賞を2回目の受賞。 第1回古賀政男記念音楽大賞優秀賞を受賞。 第9回FNS歌謡祭音楽大賞最優秀グランプリを2回目の受賞。 第6回あなたが選ぶ全日本歌謡音楽祭ゴールデングランプリを2回目の受賞。 第11回日本歌謡大賞放送音楽賞を6回目の受賞。 金賞を2年連続2回目の受賞。 第13回日本レコードセールス大賞シングルゴールデン賞を受賞。 第31回NHK紅白歌合戦では「ふたりの夜明け」で2年連続5回目となる白組トリを務める。 、「港・ひとり唄」は最高位21位、登場週数22週、20万枚に迫る売上げを記録。 出身地である福井県の一市民・絽端久倫が作った詩に、新鋭のを起用して曲を付けた企画もの旅情演歌「越前有情」が一定の評価を得たことから、この年の勝負作にも作曲を弦哲也で臨むことに踏み切る。 こうして誕生した「人生かくれんぼ」は最高位18位、登場週数33週、30万枚に迫る売上げを記録。 後年、「越前有情」の歌碑がの景勝地・の北側に建立される。 「港・ひとり唄」で第10回FNS歌謡祭音楽大賞最優秀視聴者賞を受賞。 「人生かくれんぼ」で第12回日本歌謡大賞放送音楽賞を2年連続7回目の受賞。 金賞を3年連続3回目の受賞。 、「愛しつづけるボレロ」は最高位19位、登場週数19週、10万枚を超える売上げを記録。 第1回演歌大賞を初受賞。 「契り」はの主題歌として自身では初めての映画タイアップ作品である。 其の他、改名後では初めて自らが作曲を手懸けたシングル曲であること、非・演歌であること、売れっ子作詞家のと初めてを組み、最高位20位、登場週数30週、20万枚を超える売上げを記録。 「居酒屋」は元々、五木のLPにで収録されていた曲であるが、同じ徳間音工のバーボン・レーベルに所属していたがその・シングルを企画で発売するにあたり、デュエット相手として五木が指名されたという経緯がある。 自身では初めてのデュエット・シングルであり、最高位29位、登場週数48週、20万枚に迫る売上げを記録。 現在でも、カラオケでは男女デュエット・ソングのとして人気が高い。 非シングルとして発表になった「恋の大阪」は、1998年11月、がしている。 第8回演歌スター賞を受賞。 「夢海峡」で第3回古賀政男記念音楽大賞優秀賞を受賞。 「契り」で第15回日本作詩大賞を阿久悠(歌:五木ひろし)が受賞。 「契り」で第11回FNS歌謡祭音楽大賞最優秀歌唱賞を受賞「契り」で第8回あなたが選ぶ全日本歌謡音楽祭ゴールデングランプリを3回目の受賞(歴代単独第1位)。 「契り」で第13回日本歌謡大賞放送音楽賞を3年連続8回目の受賞。 「契り」で金賞を4年連続4回目の受賞。 、「あなた」は自ら作曲を手懸け、最高位26位、登場週数21週、15万枚に迫る売上げを記録。 が著作した同名小説に材を得た文芸艶歌(つやうた)「細雪」は最高位9位、登場週数33週、45万枚に迫る売上げを記録。 五木は後年、「艶歌は特に歌唱が難しい」と語っている。 「細雪」で第12回FNS歌謡祭音楽大賞最優秀視聴者賞を受賞。 「細雪」で第14回日本歌謡大賞優秀放送音楽賞を4年連続9回目の受賞。 尚、優秀放送音楽賞は放送音楽賞が改称されたものである。 「細雪」で特別金賞を5年連続5回目の受賞。 尚、この年のみ制定された特別金賞は、金賞と同格として取り扱われる。 後年、「長良川艶歌」の歌碑が長良川畔の川脇に建立される。 第10回日本演歌大賞演歌名誉歌手賞を受賞。 「長良川艶歌」で第13回FNS歌謡祭音楽大賞最優秀グランプリを3回目の受賞(歴代単独第1位)。 第15回日本歌謡大賞を受賞。 を2回目の受賞(歴代第3位)。 、「そして…めぐり逢い」は最高位12位、登場週数38週、25万枚を超える売上げを記録。 第4回メガロポリス歌謡祭演歌大賞を2回目の受賞。 「第11回日本演歌大賞を3回目の受賞。 第14回FNS歌謡祭音楽大賞最優秀視聴者賞を受賞。 第16回日本歌謡大賞優秀放送音楽賞を6年連続11回目の受賞(通算では歴代単独第1位、連続では沢田研二と並び歴代第1位)。 第16回日本歌謡大賞最優秀放送音楽賞を受賞。 金賞を7年連続7回目の受賞。 、大阪を舞台とした浪花演歌「浪花盃」は最高位23位、登場週数36週、20万枚を超える売上げを記録。 第12回日本テレビ音楽祭優秀賞受賞。 「第15回FNS歌謡祭音楽大賞最優秀視聴者賞を受賞。 金賞を8年連続8回目の受賞。 レコード・ジャケットは、全員の両目の部分だけした写真がされている。 生演奏で一度だけ、テレビ歌謡番組(フジテレビ系)「」で披露している。 、アメリカ合衆国公演をに於いて興行。 大作バラード「追憶」は最高位12位、登場週数45週、30万枚を超える売上げを記録。 「追憶」で第6回メガロポリス歌謡祭演歌大賞 男性部門 を3回目の受賞。 第13回日本演歌大賞演歌スター賞を受賞。 第8回古賀政男記念音楽大賞を受賞。 第16回FNS歌謡祭音楽大賞最優秀視聴者賞を受賞。 金賞を9年連続9回目の受賞。 では「追憶」で6回目となる白組トリ、2回目となる大トリを務める。 「港の五番町」で第14回日本演歌大賞演歌スター賞を受賞。 第21回日本作詩大賞を阿久悠(歌:五木ひろし)が受賞。 第17回FNS歌謡祭音楽大賞最優秀視聴者賞を受賞。 金賞を10年連続10回目の受賞(通算・連続ともに歴代単独第1位)。 第30回日本レコード大賞特別賞を初受賞(受賞理由(原文をそのまま掲載):昭和54年、「おまえとふたり」によって第21回日本レコード大賞「金賞」を受賞以来、「ふたりの夜明け」「人生かくれんぼ」「契り」「細雪」「長良川艶歌」「そして…めぐり逢い」「浪花盃」「追憶」そして本年度第30回の「港の五番町」と連続10回「金賞」を受賞するという偉業をなし遂げた。 これは、優れた作品と、それをより生かす卓越した歌唱力との相乗効果の見事な結実であるとともに、その歌唱が10年間、大衆の大きな支持を獲得し続けたことを物語っている。 、「面影の郷」は最高位29位、登場週数21週、10万枚に迫る売上げを記録。 5月、のと結婚。 の規模は5億円と云われ、当時芸能界最高額。 「面影の郷」で第8回メガロポリス歌謡祭演歌大賞(男性部門)を4回目の受賞(歴代単独第1位)。 結婚とこれまでの数々の受賞実績等を踏まえ、歌手としては一定の成果を収めることができたと判断。 従前とは一線を画し、今後の活動方針について以下の趣旨を決意表明。 大賞に直結する各賞へのノミネートについては、後進に道を空けるため、以降辞退している。 但し、大賞候補の対象とはならない部門賞は除く。 フォークシンガーのを作曲に迎えた「暖簾」を発売後は、約一年間次の新曲を発売せずこの曲に専念し、最高位26位、登場週数20週、10万枚に迫る売上げを記録。 演歌以外の様々なジャンルの音楽家にも出会い、歌の幅が拡がってゆく。 6月、「美浜・五木大会」を出身地の福井県三方郡美浜町で初めて開催。 「美浜・五木ひろしマラソン大会」に改称され、以降も現在まで連続開催(年1回不定日)を継続中。 、「財団法人 国際親善協会」の設立をプロデュース。 20周年ゴールド・シングルとして発売になった「おしどり」は長年連れ添う夫婦愛を描いた夫婦演歌であり、翌(平成4年)にかけて最高位15位、登場週数42週、35万枚を超える売上げを記録。 、「べにばな」は最高位19位、登場週数29週、30万枚に迫る売上げを記録。 、浪花演歌「浪花物語」はとのデュエット企画であり、ふたりの台詞が織り込まれる。 「汽笛」は最高位24位、登場週数28週、25万枚を超える売上げを記録。 第45回NHK紅白歌合戦では「汽笛」で7回目となる白組トリを務める。 、自ら作曲を手懸けた「パパと遊ぼう」は、初めてに挑戦した。 「酒 尽々」は最高位22位、登場週数24週、20万枚に迫る売上げを記録。 『五木ひろしベストコレクション'94 女ひとり』で第9回日本ゴールドディスク大賞アルバム賞演歌・男性部門を受賞。 、再び永井龍雲を作曲に迎えた「女の酒場」は最高位33位、登場週数36週、10万枚を超える売上げを記録。 、第48回NHK紅白歌合戦では「千曲川」で8回目となる白組トリ、3回目となる大トリを務める。 、「千日草」は最高位42位、登場週数21週、10万枚に迫る売上げを記録。 「酒 ひとり」は最高位31位、登場週数22週、10万枚を超える売上げを記録。 美空ひばりメモリアル選奨を受賞(受賞理由:三十年余に亘り第一線の地位を確保してきた業績に対して)。 第49回NHK紅白歌合戦では「酒ひとり」で2年連続9回目となる白組トリを務める。 、「再り会い」は最高位31位、登場週数21週、10万枚に迫る売上げを記録。 2000年代 [ ] 、「」は、コンビによりを舞台とした大作に仕上がり、・シングルと銘打って発売になる。 中国楽器を採用し、スタンド・マイクを用いて歌唱した。 がに正式メンバーとして加入するなど、後進の育成にも尽力。 ハロー! プロジェクトが堀内孝雄やらと同じ(当時。 現在は「アップフロントプロモーション」)に所属していたことから、以後、彼等との関係が深まる。 では「山河」で10回目となる白組トリ、4回目となる大トリを務める。 その他、KIRINの商品[FIRE]でCM出演し、スティービー・ワンダーの同CM曲の日本語版を歌っている。 「逢いたかったぜ」はコロムビア時代の恩師である上原げんとが作曲、が歌い、1955年7月に発売になった同名ヒット曲をカバーしたものである。 、自身のレコード会社「ファイブス・エンタテインメント」の設立を果たし、長年所属してきた徳間ジャパン・コミュニケーションズから移籍。 メジャー・ディスリビューションはが担当。 ファイブス・エンタテインメント移籍シングル第一弾「傘ん中」は最高位21位、登場回数28回、10万枚に迫る売上げを記録。 「愛のメリークリスマス」は堀内孝雄やハロー! プロジェクト(など)とのデュエット企画であり、自身では初めてのものである。 「傘ん中」で第35回日本作詩大賞を阿久悠(歌:五木ひろし)が受賞。 「愛のメリークリスマス」で企画賞を受賞。 では「おふくろの子守唄」で11回目となる白組トリ、5回目となる大トリを務める。 「おふくろの子守唄」を歌唱することは封印していたが、このNHK紅白歌合戦で封印を解き、涙ながらに熱唱した。 、「逢えて…横浜」は再デビュー曲「よこはま・たそがれ」以来となる横浜を題材にしたシティー・ポップスであり、最高位21位、登場回数37回、10万枚に迫る売上げを記録。 9月、構成とを自らが手懸けた「ライブコンサート」をで興行。 、3月、第54回賞(大衆芸能部門)をより受賞(受賞理由(原文をそのまま掲載):自身の構成、演出による「五木ひろしライブコンサート」(日生劇場、9月)において日本の歌謡界に多大な業績を残した古賀政男作品に取り組み、創唱者に敬意を表す一方、自身の個性や持ち味を発揮し存在を強く印象付けた。 大衆歌謡を原点に、伝統の継承と現代性を追求し実践。 常に意欲的であり、精力的な活動を続けている。 芸能生活40周年記念アルバム『おんなの絵本』は、演歌界を代表する十六人の作家陣が豪華にちりばめられている。 ベスト・アルバム賞を受賞。 授賞式では「冬の盆」と「アカシア挽歌」を披露。 では「雪燃えて」で12回目となる白組トリを務める。 、「ふりむけば日本海」は芸名を頂戴した五木寛之と初めてした。 最高位14位、登場回数52回、10万枚に迫る売上げを記録。 CDの売上げが不振に喘いでいる演歌・歌謡界の中にあって、コンスタントに10万枚程度の売上げ実績を収める。 5月、・コンサートをの野外劇場で興行。 構成と演出を自らが手懸けた「コンサート」を日本各地で興行。 地球の緑を次世代に継承するためのプロジェクト「Green Earth21」構想を計画し、実行に就任。 また、この年はの新「ファインプレーを君といっしょに」の歌手にも選ばれた。 、京都の高瀬川を舞台に、自ら作曲を手懸けた艶歌「高瀬舟」は、最高位9位、登場回数44回、10万枚に迫る売上げを記録。 また、この21年7か月ぶりのTOP10入りという記録は「アーティスト別シングルTOP10入りインターバル記録」での22年1か月ぶりに次いで歴代第2位。 「アーティスト別シングルTOP10入りインターバル記録・邦楽アーティスト部門」では美空ひばりの「みだれ髪」の19年10か月を上回る歴代第1位の記録で、18年4か月ぶりに邦楽記録更新。 「アーティスト別シングルTOP10入り高齢記録・邦楽アーティスト部門」では58歳で、に次いで歴代第2位。 「高瀬舟」で作曲賞を受賞。 作曲家としても評価を得る。 、2月、N響()ポップスとの・コンサートを興行。 流行歌手としてはこれが初めて。 3月、公演を興行。 歌手としてはこれが初めて。 「ゆめかぜ」は最高位18位、登場回数37回を記録。 10月、を委嘱。 11月、を受章。 流行歌手としては以来のことである。 では「契り」で13回目となる白組トリ、6回目となる大トリを務める。 尚、「契り」は二度目の歌唱となるが、それは作詞家・阿久悠の追悼企画のためである。 、アップフロントエージェンシー(当時)へ芸能プロダクション(マネジメント契約)を移籍。 ラヴ・ソング「この愛に死んでも」は最高位24位、登場回数22回を記録。 4か月連続で5枚のシングルを発表。 「雪が降る」はが自作自演(1963年)したをカバー。 2010年代 [ ] 、愛媛県松山市の繁華街・二番町を舞台にした「」をリリース、松山うたこころ大使を委嘱。 、博多ア・ラ・モードで第46回日本作詩大賞をレーモンド松屋(歌:五木ひろし)が受賞。 、の初公演以来ので通算公演数5000回、の千秋楽で5008回。 秋の叙勲でを受章。 平成のカラオケで歌われた歌手ランキングでは第10位にランクインした。 人物 [ ] エピソード [ ] 「千曲川」 [ ] の勝負作として投入された旅情演歌「千曲川」はもともと猪俣公章が春日はるみ(新人時代の)の不振を打開するために用意した作品で、によってタイトル(「笛吹川夜曲」)も詞も既にでき上がっており、LPに収録された。 その際、演歌にありがちな愛や色恋や情の部分を廃した。 これらが功を奏し、最高位6位、登場週数42週、45万枚を超える売上げを記録、五木の代表作のひとつとなる。 この曲で国内大会ゴールデン・カナリー賞を2年連続2回目の受賞、世界大会へ2年連続2回目の出場。 また、第4回FNS歌謡祭'75音楽大賞下期最優秀視聴者賞(4期連続4回目)、第1回グランプリ、第6回日本歌謡大賞放送音楽賞(5年連続5回目)、第6回日本歌謡大賞放送音楽特別連盟賞(受賞理由:5年連続での放送音楽賞受賞に対して)、最優秀歌唱賞(2年連続2回目。 通算・連続ともに歴代第1位)をそれぞれ受賞。 初めての白組トリを務めたでも歌われた。 五木はこの曲について「が意外に広く、迂闊には歌えない難しい曲」と語っている。 後年、この歌が戸倉上山田温泉・萬葉公園内の千曲川を臨むことのできる位置に建立される。 夜のヒットスタジオでのエピソード [ ] フジテレビ系「」の初出演は放送。 出世作となる「よこはま・たそがれ」での初登場であった。 以後、番組晩期の放送まで、長らく準レギュラー格としてコンスタントに出演回数を積み重ね、歴代1位となる222回出演という驚異的な記録を残した。 「ミスター夜ヒット」の代表格として、番組にも数多くの名シーンを残した。 人気コーナー「ご対面」でかつて公私共に世話になった2人の恩人とヒット歌手の仲間入りを果たした後で初めて対面し、感激のあまり号泣。 「浜昼顔」をこの恩師2人が手前で座り見守るなか熱唱した(1974年8月19日放送)。 1回目のマンスリー担当時、のヒット曲「細雪」を大量の紙吹雪が舞う中で、の舞踊にあわせ披露した(1985年10月23日放送)。 2回目のマンスリー担当時、覆面バンド「ブービーズ」の一員として番組に登場し「当日・消印・有効」などを演奏。 このほか「長良川艶歌」の際には、琴や三味線にも挑戦するなど、多芸ぶりをアピールした(1986年10月15日放送)。 女優・との結婚披露宴終了後、番組ラストに駆けつけ、夫人や友人が見守る中で、「絆」を熱唱した(1989年5月31日放送。 ちなみに五木・和の結婚披露宴の中継を担当したのは夜ヒットの製作・放送局であるである)。 その他 [ ]• 」と言わしめる程に評価されていた。 初期は出身の作曲家である平尾昌晃とのコンビで売り出し、風の歌謡曲から次第に演歌へとシフトしてきた的な経歴の持ち主であり、演歌のみに留まらず、、、、、、、、、、、、、、など、あらゆるジャンルの作品を歌いこなしてきた。 今日まで滞ることなく、コンスタントにオリジナル・ヒットを生み出し続けてきた。 還暦を迎えているが、改名前の不遇時代を除き、極端にスランプと思われる時期は見当たらない。 2008年3月13日(還暦を迎える前日)、五木は思い出深い曲として自身の年代毎に、20代では「夜空」、30代では「おまえとふたり」、40代では「暖簾」、50代では「ふりむけば日本海」を挙げた。 古賀メロディーをはじめ、歌い継がれてきた数々の楽曲を《次代に受け継ぐ》という大きな使命も担い、それを果たしてきた。 海外公演やオーケストラとの共演など新しい試みにも果敢に挑戦、《後進への指標》ともなるべく率先垂範をしてきた。 ショーやリサイタル、コンサート等の公演チケット価格(クリスマス・ディナーショー2011年実績:¥50,000. -)は例年、最高峰を誇る。 発行の雑誌、1974年6月26日号では撮影に臨んだ。 ・ファンである。 「敦賀ヨーロッパ軒」には学生時代から通い詰めるほど贔屓にしており、店内に写真パネルがある 他、新譜リリースの際はポスターも貼られている。 2014年、紅白出場の継続に関し、「さんが一線を引いた年になるまであと12年。 それまでは頑張る」と50回超えを宣言している。 が歌手志望を断念し、俳優へ目標を変えたのは、五木の実力を目の当たりにして、到底かなわないと思ったからだという。 が、にて挙げる好きな人物の中に、五木ひろしが名を連ねていた。 に対して五木プロモーション宣伝部長の名刺を作って渡したことがある。 同じ福井県出身で元のと親交が深い。 受賞歴 [ ] 日本レコード大賞受賞記録 [ ] 通算受賞記録 [ ]• 大賞:2回(の4回、の3回に次ぎ、、、、、、と並んで歴代第3位)• 最優秀歌唱賞:3回(歴代単独第1位)• 歌唱賞:5回(歴代単独第1位)• ベスト・アルバム賞:1回• 企画賞:2回• 特別賞:2回• 古賀政男記念賞:1回• 美空ひばりメモリアル選奨:1回 連続受賞記録 [ ]• 最優秀歌唱賞:2回(八代亜紀と並び、歴代第1位)• 歌唱賞:5回(歴代単独第1位)• その他の受賞 [ ]• (2007年)• 第36回・大賞(2015年)• (2018年)• アーティスト・シングル・トータル・セールス:歴代単独第13位 B'zに追い抜かれる迄は歴代単独第1位、男性ソロ部門では未だに単独1位をキープしている• TOP100チャートイン作品数:歴代単独第1位• TOP100総登場週数:歴代単独第1位 関連人物 [ ]• - 司会番組「日本の名曲 人生、歌がある」また五木のコンサート等のプロデューサー・演出• - 五木と共に所属• - 同じ北陸の出身で五木との親交も深く、自身が『』というシングル盤レコードを出した時に五木が曲を提供した。 - のオーナーだった• - 五木のファンの集いに参加していたところを五木本人にスカウトされ五木プロデュースの元1982年にデビューした愛弟子第一号。 - 五木プロデュースの演歌歌手• - イメージソングを歌った• - 芸名の由来• - 美浜町・美浜駅付近で少年時代を共にしていた 物真似をする人物 [ ]• - 五木の物真似で有名• (五木のそっくりさん)• (、「ひろし5木の横滑り」というネタを持つ)• 音楽 [ ] シングル [ ]• 1~6は 松山まさる名義、7~9は 一条英一名義、10のみ 三谷謙名義でリリースしている。 ~生きてるっていいね! よこはま・たそがれ(1971年)• 長崎・よこはま・みなと唄(1971年) 「よこはま・たそがれ」「長崎から船に乗って」収録 CD化(2004年1月1日)• 股旅歌謡アルバム 流転 (1971年11月)• ぼくの新しい十二曲(1972年) 「かもめ町みなと町」収録• 心の歌アルバム ぼくの十二ヶ月 (1972年8月)• あなたの灯(1973年3月) 「あなたの灯」「旅鴉」収録• 夜空 別れの鐘の音 (1974年3月)KC-8006 「夜空」「別れの鐘の音」収録 平尾昌晃・山口洋子作品集• おんな・涙・わかれ歌(1974年12月1日) 「浜昼顔」収録• なつかしの歌アルバム 第一集 2LP• なつかしの歌アルバム 第二集• なつかしの歌アルバム 第三集(1975年1月)• 哀恋歌 五木ひろし夜のベスト・ヒット・アルバム(1975年) 「哀恋記」収録• 宵やみ・ほろ酔い・ながれ唄(1975年) 「千曲川」「ふたりの旅路」収録• 愛・過ぎ行く日 (1976年8月) 「旅人」収録• 古賀政男作品集 影を慕いて• 途中駅(1977年3月) 「途中駅」収録• 五木ひろし 日本近代叙情詩を唄う 何処へ〜青春の愛とさすらい〜(1977年)• 股旅 第二集(1977年)• ひろしとギター(1978年)• ひろしとギター 2(1978年)• ひろしとギター 3 古賀政男を唄う(1978年)• ひろしとギター 4(1978年) カバー「夢一夜」「帰らざる日々」「青葉城恋歌」「なごり雪」「さよならだけは言わないで」「季節の中で」「いちご白書をもう一度」「与作」収録• 五木ひろし・映画スターを唄う 我が心の青春譜(1978年7月)• 蝉時雨(1979年7月) 「蝉時雨」「惜春」収録• ひろしとギター5 演歌 (1979年)• 永遠に〜心にのこる歌のふるさと1(1980年4月)• 倖せさがして(1980年5月) 「おまえとふたり」「倖せさがして」収録• 股旅(1980年12月)• 港・ひとり唄(1981年6月) 「港・ひとり唄」収録 平尾昌晃・五木ひろし作品集• 股旅・男の詩(1982年) 大阪新歌舞伎座特別公演記念盤• 激涙ロードショー(1982年7月) 「愛しつづけるボレロ」「居酒屋」収録• 雨あがり(1983年6月) 「雨あがり」収録• 霧子のタンゴ〜珠玉の吉田正メロディー(1984年7月)• おんな彩(1986年4月25日) 「細雪」「長良川艶歌」収録• 五木ひろし・大阪 浪花を唄う(1987年3月10日) 「浪花盃」収録• 阿久悠・三木たかしオリジナルアルバム 胸さわぎ(1987年) 「追憶」収録 再発(2014年6月4日)• 歌暖簾 (1989年10月25日) 「暖廉」「二枚目酒 居酒屋パートII」収録• ラブ・ストーリー〜スタンダード名曲全集〜(1990年) HiQuaLityCDで再発(2014年08月06日)• ひろしとギター6(1992年)• ひろしとギター7(1992年)• ひろしとギター8(1992年)• ひろしとギター9〜おしどり〜(1992年)• 五木(1992年10月23日) 「終着駅」収録• ひろしとギター10 べにばな(1993年12月21日)• 新 ひろしとギター(1996年4月5日)• オリジナル特撰 女の酒場(1996年7月22日)• 吉田正作品集(1997年)• 再り会い(1999年6月18日) 「再り会い」「萩の花郷」収録• 新ひろしとギターII(2000年4月5日)• 股旅〜冬の渡り鳥〜(2001年6月27日)• 新ひろしとギターIII(2002年2月6日)• 昭和演歌「花の三人衆」を唄う 三橋美智也・春日八郎・村田英雄を偲んで(2002年9月25日)• 翔 五木ひろし55才のダンディズム〜船村徹阿久悠とともに〜(2003年06月25日) 「傘ん中」「愛のメリークリスマス」「北物語」「望郷の詩」収録• 五木ひろし40周年記念 おんなの絵本(2004年9月1日) 「アカシア挽歌」「雪燃えて(アルバム・バージョン)」収録• 永遠の道標/五木ひろし「美空ひばり」を歌う(2005年6月1日)• 哀愁のヨーロピアンワールド〜雪が降る〜(2009年2月25日) 「雪が降る」収録• 「江戸の夕映え」〜五木ひろし 日本の「粋」と「情」を歌う〜(2009年2月25日) 「橋場の渡し」「江戸の手毬唄」「凍て鶴」収録• 流行歌(はやりうた)(2009年6月25日)• フォークソングス(2009年7月8日)• ハマクラを歌う浜口庫之助作品集(2009年12月2日)• ひろしとギター〜おしろい花〜(2010年4月28日)• 流行歌(はやりうた)2(2010年8月25日)• 夢はるか 〜松井五郎作品集〜(2011年9月21日) 「月物語(アルバム・バージョン)」「街(アルバム・バージョン)」収録• ブルース(2013年3月21日) 「夜明けのブルース(ニュー・バージョン)」収録• ひろしとギタープレミアム〜ここに真実の詩がある〜(2015年6月3日) ベスト・アルバム [ ]• 八枚の愛のディスク(1973年)• 五木ひろし オリジナルの世界 ゴールドディスク十二枚(1974年6月)• オリジナル名曲集(1975年10月1日)KC-8020• ベストセレクション 愛の始発 アメリカ公演記念盤(1976年6月)• オリジナルデラックス全曲集(1977年12月) 2LP• 決定盤 五木ひろし 特撰オリジナル全曲集(1978年12月)• 全曲集 BEST14(1979年12月1日)KC-9514• リクエストベスト12(1981年8月)• 全曲集(1981年10月)• 五木ひろし大全集 10LP• リクエストベスト12(1982年9月)• 全曲集(1983年1月)• 全曲集(1983年12月)• シングル50W記念五木ひろし全曲集 I(1985年)• シングル50W記念五木ひろし全曲集 II(1985年)• シングル50W記念五木ひろし全曲集 III(1985年)• ベストセレクション そして…めぐり逢い(1985年) カバー「桃色吐息」「抱きしめてジルバ」「ワインレッドの心」「愛人」収録• 全曲集(1986年1月25日)• ベストコレクション 浪花盃(1986年10月) カバー「ゆうすげの恋」「雪國」「熱き心に」「愛燦燦」「恋におちて」「時の流れに身をまかせ」「天城越え」 収録• 全曲集(1987年)• それは…黄昏 ベストコレクション(1988年8月25日) カバー「北の旅人」「憂き世川」「想いで迷子」「みだれ髪」「無錫旅情」「人生いろいろ」「女の駅」「命くれない」収録• 全曲集(1988年11月25日)• 全曲集-心-(1990年11月25日)• ベストコレクション(1991年1月1日)• 日本のうた・心のうた・我が人生の歌(1991年)• 全曲集 おしどり(1991年)• 全曲集(1991年11月25日)• 全曲集'92(1992年11月25日)• 全曲集 べにばな(1992年10月25日)• 股旅ベスト18〜旅鴉〜(1993年11月25日)• ベストコレクション'94 女ひとり(1994年6月25日)• シングルA面パーフェクトコレクション(1994年7月21日) 5CD• 全曲集 スーパーヒットコレクション(1996年10月21日) 2CD• オリジナル特撰〜紫陽花〜(1997年7月24日)• 全曲集〜紫陽花・雑草〜(1997年11月6日)• 全曲集〜酒 ひとり・千日草〜(1998年10月21日)• わが心の港歌(1999年9月22日)• 全曲集〜再り会い〜(1999年10月23日)• 全曲集 20世紀ヒットパレード 思い出のアルバム より(2000年10月25日) 2CD オリジナルアルバム「愛・過ぎ行く日」より「面影橋」「ねじ子の数え歌」 が初CD化• 2001五木ひろし全曲集 逢いたかったぜ(2001年10月24日)• 名曲30撰〜NHK紅白歌合戦歌唱 全30曲〜(2002年7月24日) 2CD• 五木ひろし〜作詞家「山口洋子の世界」を歌う〜(2002年10月23日)• 2003 全曲集〜望郷の詩〜(2003年9月3日)• 夜の五木、あなたのひろし Hiroshi in the Night Fever(2004年1月21日)• 芸能生活40年記念 五木ひろしオリジナル40「新宿駅から40年」(2004年6月23日) 3CD• 芸能生活40周年記念 五木ひろしが歌う! 「日本の歌謡史・特選40」(2004年6月23日) 3CD• いろはにほへどはやりうた〜酒よおもひでつれてこい〜(2004年9月29日)• 魅惑の吉田正メロディーを歌う(2004年10月27日)• 五木ひろし全曲集〜アカシア挽歌・雪燃えて〜(2004年10月27日)• 昭和抄歌1(2005年04月27日)• 昭和抄歌2(2005年05月25日)• 五木寛之・五木ひろし作品集 ふりむけば日本海(2005年8月24日)• 旅路のはてに歌ありて(2005年12月7日)• 全曲集2006〜ふりむけば日本海〜(2005年10月26日) 新録セルフカバー「霧のかもめ唄」「紅い月」収録• 艶歌: 高瀬舟(2006年7月26日)• 「闘魂の譜」作詞家編(2006年8月23日)• 「闘魂の譜」作曲家編(2006年8月23日)• 全曲集2007(2006年10月25日)• アコースティックアルバム(2007年4月11日)• 「阿久悠」の名作を歌う(2007年9月21日)• 全曲集2008〜ゆめかぜ〜(2007年11月27日)• 全曲集2009(2008年12月10日)• 時代をつなぐ流行歌(2009年6月24日)• 全曲集2010(2009年11月6日)• [40周年記念盤] 五木ひろしBEST40(2010年9月29日)• 股旅〜旅笠道中・旅鴉〜(2010年12月8日)• 全曲集2011(2010年12月22日)• ギターの弾き語りで歌う〜オリジナルソング編(2012年11月20日) 廉価ベスト• ギターの弾き語りで歌う〜カヴァー名曲編(2012年11月20日) 廉価ベスト• 三大作詞家トリビュートアルバム 〜石本美由起、星野哲郎、吉岡治に捧ぐ〜(2011年5月25日) 3CD• 全曲集2013 夜明けのブルース(2012年11月28日)• なつかしの歌のアルバム(2013年9月10日) 4CD• 五木ひろし ベストセレクションI 1971〜1994(2013年8月7日) 廉価ベスト• 五木ひろし ベストセレクションII 1971〜1994(2013年8月7日) 廉価ベスト• 五木ひろし ベストセレクションIII 1971〜1994(2013年8月7日) 廉価ベスト• 全曲集2014(2013年11月27日)• 芸能生活50周年記念大全集〜シングルセレクション〜(2014年3月5日) 4CD• 芸能生活50周年記念大全集〜カップリングセレクション〜(2014年3月5日) 4CD• 芸能生活50周年記念大全集〜ライブ盤セレクション1〜(2014年3月5日) 4CD• 芸能生活50周年記念大全集〜ライブ盤セレクション2〜(2014年3月5日) 4CD• 芸能生活50周年記念大全集〜ライブ盤セレクション3〜(2014年3月5日) 4CD• 全曲集2015(2014年11月26日) ライブ・アルバム [ ]• ファースト・リサイタル 熱唱の三時間(1973年5月)2LP• ライブアンコール ふるさとの町 ふるさとの歌(1973年11月)2LP• ライブ3 母の歌こころの歌(1974年9月)2LP• ライブ4 昭和歌謡史五十年(1975年7月)2LP• 日劇ライブ この五年・・・・(1975年)2LP• ラスベガス・オン・ステージ(1976年)2LP• ラスベガス・イン'77(1977年)2LP• ベストヒット リサイタル(1977年7月)2LP• '77 秋 五木ひろしリサイタル• THE WORLD OF HIROSHI LAS VEGAS '78(1978年11月)• 79年五木ひろしです(1979年)• 五木ひろし Final in Budokan 武道館(1981年)2LP• シルクロードの旅(1983年11月)• 大阪新歌舞伎座ライブ 歌・舞・奏スペシャル(1994年2月25日)2CD• 五木ひろしリサイタルライブ 21世紀の喝采がきこえる (1997年6月18日)2CD• 芸能生活35周年記念 〜東京シティフィルコンサートライヴ(1999年3月17日)2CD• 御園座ライブ '02「歌・舞・奏」(2002年9月4日)2CD• 五木ひろし日本歌謡史100年(2007年8月22日)3CD• 五木ひろし日本歌謡史100年! 〜昭和編〜(2008年8月27日)2CD 出演 [ ] NHK紅白歌合戦出場歴 [ ] 1971年(第22回)に「よこはま・たそがれ」で初出場を果たして以来、連続出場を継続中である。 通算出場回数:49回(北島三郎に次ぎ、歴代第2位)• 連続出場回数:49回(歴代第1位)• 通算出場曲数:41曲(歴代単独第1位)• 通算トリ回数:13回(美空ひばり、北島三郎と並び、歴代第1位)• 連続トリ回数:3回(美空ひばり、SMAPに次ぎ、島倉千代子、森進一と並び、歴代第3位)• 通算大トリ回数:6回(美空ひばり、北島三郎に次ぎ、SMAPと並び、歴代単独第3位)• 〜生きてるっていいね! 〜生きてるっていいね! 対戦相手の歌手名の 内の数字はその歌手との対戦回数、備考のトリ等の次にある はトリ等を務めた回数を表す。 出演順は「(出演順)/(出場者数)」で表す。 音楽番組(司会) [ ]• (2013年7月6日、BS朝日、単発) - と共同司会• 第4話「地獄の罠」(、制作・系)• (、系)同番組の主題歌「」や挿入歌「小鳥」を歌っており第14話にゲスト出演• (、系) 服部佳/作 石井ふく子/プロデューサー• (系)• 第1シリーズ 第22話「夕陽の渡世人! 子連れ旅でござんす」(1982年)長五郎 役• 第2シリーズ 第33話「男ひとり 流れのままに」(1986年)• (、系)ノリスケ役• (フジテレビ系)第888話「ああ十手ひとすじ!! 八百八十八番大手柄 さらば我らの平次よ永遠に」(1984年) - い組の半次• 子連れ刑事(1985年、TBS系)• (1988年、テレビ朝日系)• (、)• (1989年、系)• 第1話 SP 「懸賞首、三つ揃って夢道中」(1992年、テレビ朝日系) - おみくじ新之助• 『ど素人刑事殺人事件簿 慕情編』(1996年、TBS系)主演・如月公平 役• 『熱血ド演歌分校先生の事件通信簿 熱血! イノシシ先生の事件通信簿』(1998年、フジテレビ系)主演・猪沢慎太郎 役• 第8話「露西亜人形殺人事件」・特別出演(2001年、系)• (、NHK)• (、フジテレビ) 与謝野孝 役• (、テレビ東京系)• 『心研ぎます! 鷹宮光次郎の旅情事件簿 刀研ぎ師の人情放浪記』(2007年、TBS系) 主演・鷹宮光次郎 役• (2007年-2008年、NHK)五木ひろし(本人) 役• () - 山下淳(の審査員) 役 映画 [ ]• (、)五木ひろし(本人)役• (、東映) CM [ ]• 1986年• 1988年ごろ)• 福井県経済連福井米• モルツ• グランディア芳泉• 五木ひろしに改名の直前に1日だけ中川淳で活動していた• 『「家」の履歴書 このヒトはどんなイエに住んできたか』 291、322頁• 『「家」の履歴書』、322頁• ドキュメント五木ひろし 限りなき飛翔 大下英治作• 1971年6月よこはまたそがれ改名4度五木ひろし起死回生の「4・4・7」、2011年6月20日• 2013年1月16日時点のよりアーカイブ。 2015年1月7日閲覧。 2018年5月1日中日劇場 中日新聞文化芸能局 発行「中日劇場全記録」• 海のホテルひろせ公式ブログ• ,スポーツニッポン,2014年12月30日• 2020年1月9日放送分より• シアターガイド 2015年2月13日. 2015年2月16日閲覧。 SANSPO. COM 産経デジタル. 2020年3月5日. 2020年3月5日閲覧。 NHK. 2020年3月5日閲覧。 に、新録音版がシングルリリースされた。 後に「」に改題された。 とのデュエット。 に、新録音版がとのデュエットでシングルリリースされた。 との(1973年)は同名異曲である。 マリエとのデュエット。 とのデュエット。 覆面バンド・ブービーズのメインボーカルとして参加。 とのデュエット。 の同名曲のカバー。 B面の「渚の女」は、とに、新録音版がシングルリリースされた。 に、新録音版がシングルリリースされた。 とのデュエット。 とのデュエット。 とのデュエット。 の同名曲のカバー。 とのデュエット。 の同名曲のカバー。 」名義。 「五木ひろし with feat. 」名義• とのデュエット。 の同名曲のカバー。 都はるみとのデュエット。 坂本冬美とのデュエット• ORICON NEWS. 2019年2月8日. 2019年2月8日閲覧。 外部リンク [ ]•

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五木ひろし (イツキヒロシ)|チケットぴあ

五木 ひろし

五木 ひろし(いつき ひろし)は、1948年京都府生まれ福井県出身の演歌歌手である。 所属事務所は株式会社五木プロモーションに所属し、レーベルはファイブスエンターテインメントと契約している。 1964年に第15回コロムビア全国歌謡コンクールにて優勝し、プロ歌手となる。 この芸名には「いいツキをひろおう」という意味が込められていると言われている。 シングル「よこはま・たそがれ」や「長崎から船に乗って」をリリースし、ヒットを記録した。 これらの大ヒットにより、一躍ミリオンセラー歌手となった。 また、「よこはま・たそがれ」では、第4回新宿音楽祭金賞や第2回日本歌謡大賞放送音楽賞、第13回日本レコード大賞歌唱賞を受賞し、同年に第22回NHK紅白歌合戦への初出場を果たした。 この年以降、今なお連続出場を継続している。 その他にも数多くの賞を受賞しているが2004年には文化庁より第54回芸術選奨文部科学大臣賞(大衆芸能部門)を受賞、2007年には学術・芸術・ 発明などに顕著な功績のあった者に授与される紫綬褒章を受賞するなど、日本を代表する歌手として高い評価を得ている。 芸能生活50周年を経て、2015年 平成27年 五木ひろし「よこはま・たそがれ」より45周年を迎えた。 1964年 昭和39年 「第15回コロムビア全国歌謡コンクール」で優勝し、プロ歌手となる。 1970年 昭和45年 「全日本歌謡選手権」で10週勝ち抜きの栄冠を得る。 翌1971年 昭和46年 3月1日に「五木ひろし」として「よこはま・たそがれ」を発表。 この曲の大ヒットにより、数多くの賞を受賞し、一躍ミリオンセラー歌手となる。 毎年年末のNHK紅白歌合戦では、1971年「よこはま・たそがれ」で出場以来、連続しての出場。 また2004年3月には、自身の構成演出による日生劇場ライブコンサートが評価され、文化庁より第54回芸術選奨文部科学大臣賞(大衆芸能部門)を受賞。 2007年11月には紫綬褒章を受章。 常にチャレンジを続ける日本歌謡界のトップランナー。 あらゆるジャンルで最高の声を披露できる日本を代表する歌手として、多方面から評価を得ている。

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五木 ひろし

略歴 [ ] 生い立ち [ ] 幼稚園から小学校2年生までの3年間、で暮らした。 に在籍していた頃から歌手になりたいと思っていたという。 その後に移り、父親は鉱山技師を辞め、建築用石材を扱う会社を興す。 元・のはを挟んで同じ町内の出身。 1963年3月、中学を卒業した翌日、長姉を頼り単身京都へ移り、関西音楽学院に入学。 一年後の5月、作曲家のを紹介され 、プロ歌手を目指し上京。 上原のとなり、らと共に歌を学ぶ。 五木の歌が上手すぎ、松方は諦めて役者になった。 1960年代 [ ] 上京して4ヶ月後の1964年9月、第15回全国歌謡コンクールにて優勝 、コロムビアの専属歌手となる。 しかし頼みの綱だった上原が同年8月、軽井沢へ向かう車中で心臓発作のため急死、五木はまだ17歳だった。 を計6枚発売するもヒットに至らず、にへ移籍。 この時期は都はるみや北島三郎らスター歌手の前座や、キャバレー回りが主で仕事は大半地方巡業だった。 シングルを計3枚発売するもヒットに至らず、、、の「」には大きく水をあけられ、など10代の歌手にもどんどん追い抜かれた。 、プロダクションの倒産とともに契約を解除される。 仕事は0になり貯金も尽き、食べる物にも困った。 机の引き出しの奥から出てきたフジテレビの食堂の食券を握り締め、東中野のアパートから当時東京・河田町に社屋が存在したフジテレビまで歩いて行ったこともある。 同じアパートに住んでいたホステスから弾き語りを勧められ、銀座の高級クラブ『クニ』で歌い始め、ここで作曲家のを紹介され 、と契約。 デビューしてから約5年間の間に2度も芸名を変更するなど不遇の時代を過ごす。 当時銀座のクラブでの弾き語りが、サラリーマンの初任給3万円の時代に月収50万円もあり 、もし落ちたらプロ歌手として失格の烙印を押され、弾き語りの仕事にも響く、この生活を捨ててまで危険な挑戦をすべきかで悩んだ。 第1週挑戦時には、「これで駄目なら、ふるさとの福井に帰って農業をやる」と覚悟のほどを語っているが 、最終的には10週連続で勝ち残り、グランドチャンピオンに輝く。 これにより、レコード歌手として再デビューできる権利を獲得。 同番組2週目の審査員だった作詞家のがのを紹介しくれ 、五木によると実際は7週目くらいにはデビュー曲が出来上がっていたという。 この関係で・ジムであった(社長:)と契約を結び、同プロモーションの芸能人第1号となる。 山口と作曲家のに師事。 プロデューサーには山口が就任した。 1日だけ山口の命名した マツカワジュン名義での舞台に立ったのち 、3月に新しいを 五木ひろしとして、ミノルフォンから再デビューを果たす。 苗字の「五木」は山口がから頂戴した。 また、「 いいツキを ひろおう」という意も入っている。 再デビュー・シングルの「よこはま・たそがれ」で山口はの羅列ながらも女ごころを表現した詞を書き、平尾昌晃がそれにモダンでソフトな演歌調の曲を付けた。 平尾にとって初めての演歌作品でもあった。 「よこはま・たそがれ」は・シングル・チャートで、最高位1位、登場週数46週、65万枚に迫る売上げを記録(以下、文中のチャート・データはすべてオリコン・シングル・チャートに基づく)。 第2弾シングルのマドロス演歌「長崎から船に乗って」も最高位4位、登場週数28週、45万枚に迫る売上げを記録。 この年、第4回男性新人賞を受賞。 また「よこはま・たそがれ」では第4回金賞、第2回放送音楽賞(初受賞)、歌唱賞(初受賞)を受賞し、念願であった()への初出場も果たす。 以降、連続出場を継続中。 、第3弾シングル「かもめ町みなと町」は前作同様にマドロス演歌ながらも、敢えてを作曲に迎え、最高位11位、登場週数18週、15万枚を超える売上げを記録。 第4弾シングルとしてを作曲に迎えた「待っている女」は、ポップス演歌とプロモーションされ、最高位6位、登場週数22週、25万枚を超える売上げを記録。 この曲で第3回日本歌謡大賞放送音楽賞を2年連続2回目の受賞。 ポップス演歌第2弾となる「夜汽車の女」は、前作の続編的性格を持ち、スマッシュ・ヒットに終わる。 この曲で歌唱賞を2年連続2回目の受賞。 を作詞に迎えた股旅演歌「旅鴉」は、テレビ時代劇ドラマ『』として発売になったもので、テレビ歌謡番組などでは積極的に披露してはいないにも拘らず、最高位19位、登場週数32週、15万枚を超える売上げを記録。 2作続いたポップス演歌から脱却し、年の暮れに発売になった「あなたの灯」は五木の持ち味が最大限に活かされたリズム演歌であり、翌1973年にかけて最高位5位、登場週数26週、30万枚を超える売上げを記録。 の裾野を拡げ、その後の方向性を決定づけた作品となる。 には短い周期で「霧の出船」、「ふるさと」、「夜空」と立て続けに新曲が投入されたが、そのすべての作品をヒットさせるなど1年間を通じて活躍。 「霧の出船」は最高位13位、登場週数23週、25万枚に迫る売上げを、「ふるさと」は最高位11位、登場週数43週、40万枚に迫る売上げを、「夜空」は最高位4位、登場週数31週、45万枚に迫る売上げをそれぞれ記録。 演歌の「ふるさと」はサビの部分を女性コーラスだけでレコードに吹き込んでいたが、テレビやステージなどでは五木が女性コーラスを従えて歌い、これを改善している。 「狼のバラード」はテレビドラマの主題歌として発売になったものであり、テレビ歌謡番組などでは積極的に披露してはいない。 ただし、そのB面に収録された「道」は、主力であったポップス演歌の「夜空」と並行してテレビ歌謡番組でも時折披露している。 ほぼ毎日放送されていた歌謡番組は大半がであったため、連日各放送局を掛け持ちで出演するなど多忙を極める。 物真似番組にも数多く出演し、チャンピオンに度々選抜される。 「ふるさと」で第4回日本歌謡大賞放送音楽賞を3年連続3回目の受賞、「夜空」でを初受賞。 、「夜空」で第11回音楽賞を受賞。 演歌「別れの鐘の音」は、最高位15位、登場週数18週、15万枚を超える売上げを記録。 この曲で国内大会ゴールデン・カナリー賞(初受賞)、世界大会外国審査員団賞(演歌系歌手としては初出場・初受賞)、第1回'74音楽大賞上期最優秀視聴者賞(初受賞)を受賞。 テレビやステージでは壮大感をより強調するため、サビの部分だけレコードに吹き込んだ時の歌い方をせずにロング・トーンで締めている。 ステージでは締めくくりの曲としてたびたび使われている。 五木はデビュー当初からの「古賀メロディーを自分の持ち歌にしたい」と熱望していた。 この曲は1936年7月ごろにに提供した「さらば青春」にリメイクを施し、1955年12月、に「都に花の散る夜は」として提供したものに再度リメイクを施し、のが題と詞を付け直したものである。 前述の「旅鴉」を除き、山口洋子以外のゲスト作詞家を迎え入れたのは自身ではこれが初めて。 最高位5位、登場週数29週、40万枚に迫る売上げを記録。 この曲で第5回日本歌謡大賞放送音楽賞を4年連続4回目の受賞。 「みれん」は最高位6位、登場週数22週、35万枚を超える売上げを記録。 この曲で第2回FNS歌謡祭'74音楽大賞下期最優秀視聴者賞(2期連続2回目)、第2回FNS歌謡祭'74音楽大賞年間最優秀グランプリ(初受賞)、最優秀歌唱賞(初受賞)を受賞。 第7回日本レコードセールス大賞ゴールデン賞を受賞。 日本レコード大賞と日本歌謡大賞とでその年の受賞曲が割れるという、同等規模のヒット曲を連発する歌手に特有の現象が1972年から3年連続して発生し、五木と関係者らを苦悩させる。 、師匠である平尾昌晃から巣立ち、本格的に外部の作曲家の作品を歌い始める。 を作曲に迎えたポップス演歌「哀恋記」は、最高位10位、登場週数16週、15万枚を超える売上げを記録。 この曲で第3回FNS歌謡祭'75音楽大賞上期最優秀視聴者賞を3期連続3回目の受賞。 最高位14位、登場週数22週、20万枚を超える売上げを記録。 第1回日本演歌大賞を初受賞。 、猪俣公章の作曲による第三弾「愛の始発」は、最高位10位、登場週数21週、25万枚を超える売上げを記録。 「」バラエティギフトのCMに出演。 その契約金は当時、歴代最高額と云われている。 「旅人」はCMソングとして発売されたものであり、ヒットさせることを目指した作品ではないため、テレビ歌謡番組等では積極的に披露してはいない。 原点へ立ち返るとして、久々に平尾昌晃を作曲に起用した「どこへ帰る」は最高位16位、登場週数19週、15万枚を超える売上げを記録。 公演をに於いて興行。 「どこへ帰る」で第2回あなたが選ぶゴールデングランプリを初受賞。 では「愛の始発」で2年連続2回目となる白組トリを務める。 、心情演歌「風の子守唄」を最後に、師匠である山口洋子から巣立ち、本格的に外部の作詞家の作品を歌い始める。 その第一弾「灯りが欲しい」はこの年の勝負作と位置づけ、藤田まさとを作詞に迎える。 これまで一貫して女ごころを歌ってきたのを一転、初めて男ごころを取り上げ、最高位14位、登場週数23週、20万枚を超える売上げを記録。 では「灯りが欲しい」で3年連続3回目となる白組トリ、初めての大トリを務める。 、ポップス演歌「潮どき」は、最高位17位、登場週数14週、10万枚を超える売上げを、「あしたも小雨」は、最高位16位、登場週数15週、15万枚に迫る売上げをそれぞれ記録。 「熱愛」は(表記:)を作詞に迎えた意欲作であり、且つこの年の勝負作であった割りには振るわず。 「熱愛」で古賀政男記念賞を受賞。 尚、は受賞を辞退している。 、独立を果たす。 独立後第一弾「おまえとふたり」は、古賀政男の弟子でギタリストのを作曲に迎える。 不安を抱きながらの再出発となるが、折りからのブームに乗り、最高位3位、登場週数41週、90万枚を超える売上げを記録。 最終的にはミリオン・セラーに至り、自身では最大のヒット曲となる。 「おまえとふたり」で金賞を初受賞。 では「おまえとふたり」で4回目となる白組トリを務める。 1980年代 [ ] 、前年からの大ヒット作「おまえとふたり」に引き続き、「倖せさがして」が最高位4位、登場週数28週、50万枚に迫る売上げを、「ふたりの夜明け」が最高位10位、登場週数30週、35万枚を超える売上げをそれぞれ記録。 一年間を通じて活躍。 第6回日本演歌大賞を2回目の受賞。 第1回古賀政男記念音楽大賞優秀賞を受賞。 第9回FNS歌謡祭音楽大賞最優秀グランプリを2回目の受賞。 第6回あなたが選ぶ全日本歌謡音楽祭ゴールデングランプリを2回目の受賞。 第11回日本歌謡大賞放送音楽賞を6回目の受賞。 金賞を2年連続2回目の受賞。 第13回日本レコードセールス大賞シングルゴールデン賞を受賞。 第31回NHK紅白歌合戦では「ふたりの夜明け」で2年連続5回目となる白組トリを務める。 、「港・ひとり唄」は最高位21位、登場週数22週、20万枚に迫る売上げを記録。 出身地である福井県の一市民・絽端久倫が作った詩に、新鋭のを起用して曲を付けた企画もの旅情演歌「越前有情」が一定の評価を得たことから、この年の勝負作にも作曲を弦哲也で臨むことに踏み切る。 こうして誕生した「人生かくれんぼ」は最高位18位、登場週数33週、30万枚に迫る売上げを記録。 後年、「越前有情」の歌碑がの景勝地・の北側に建立される。 「港・ひとり唄」で第10回FNS歌謡祭音楽大賞最優秀視聴者賞を受賞。 「人生かくれんぼ」で第12回日本歌謡大賞放送音楽賞を2年連続7回目の受賞。 金賞を3年連続3回目の受賞。 、「愛しつづけるボレロ」は最高位19位、登場週数19週、10万枚を超える売上げを記録。 第1回演歌大賞を初受賞。 「契り」はの主題歌として自身では初めての映画タイアップ作品である。 其の他、改名後では初めて自らが作曲を手懸けたシングル曲であること、非・演歌であること、売れっ子作詞家のと初めてを組み、最高位20位、登場週数30週、20万枚を超える売上げを記録。 「居酒屋」は元々、五木のLPにで収録されていた曲であるが、同じ徳間音工のバーボン・レーベルに所属していたがその・シングルを企画で発売するにあたり、デュエット相手として五木が指名されたという経緯がある。 自身では初めてのデュエット・シングルであり、最高位29位、登場週数48週、20万枚に迫る売上げを記録。 現在でも、カラオケでは男女デュエット・ソングのとして人気が高い。 非シングルとして発表になった「恋の大阪」は、1998年11月、がしている。 第8回演歌スター賞を受賞。 「夢海峡」で第3回古賀政男記念音楽大賞優秀賞を受賞。 「契り」で第15回日本作詩大賞を阿久悠(歌:五木ひろし)が受賞。 「契り」で第11回FNS歌謡祭音楽大賞最優秀歌唱賞を受賞「契り」で第8回あなたが選ぶ全日本歌謡音楽祭ゴールデングランプリを3回目の受賞(歴代単独第1位)。 「契り」で第13回日本歌謡大賞放送音楽賞を3年連続8回目の受賞。 「契り」で金賞を4年連続4回目の受賞。 、「あなた」は自ら作曲を手懸け、最高位26位、登場週数21週、15万枚に迫る売上げを記録。 が著作した同名小説に材を得た文芸艶歌(つやうた)「細雪」は最高位9位、登場週数33週、45万枚に迫る売上げを記録。 五木は後年、「艶歌は特に歌唱が難しい」と語っている。 「細雪」で第12回FNS歌謡祭音楽大賞最優秀視聴者賞を受賞。 「細雪」で第14回日本歌謡大賞優秀放送音楽賞を4年連続9回目の受賞。 尚、優秀放送音楽賞は放送音楽賞が改称されたものである。 「細雪」で特別金賞を5年連続5回目の受賞。 尚、この年のみ制定された特別金賞は、金賞と同格として取り扱われる。 後年、「長良川艶歌」の歌碑が長良川畔の川脇に建立される。 第10回日本演歌大賞演歌名誉歌手賞を受賞。 「長良川艶歌」で第13回FNS歌謡祭音楽大賞最優秀グランプリを3回目の受賞(歴代単独第1位)。 第15回日本歌謡大賞を受賞。 を2回目の受賞(歴代第3位)。 、「そして…めぐり逢い」は最高位12位、登場週数38週、25万枚を超える売上げを記録。 第4回メガロポリス歌謡祭演歌大賞を2回目の受賞。 「第11回日本演歌大賞を3回目の受賞。 第14回FNS歌謡祭音楽大賞最優秀視聴者賞を受賞。 第16回日本歌謡大賞優秀放送音楽賞を6年連続11回目の受賞(通算では歴代単独第1位、連続では沢田研二と並び歴代第1位)。 第16回日本歌謡大賞最優秀放送音楽賞を受賞。 金賞を7年連続7回目の受賞。 、大阪を舞台とした浪花演歌「浪花盃」は最高位23位、登場週数36週、20万枚を超える売上げを記録。 第12回日本テレビ音楽祭優秀賞受賞。 「第15回FNS歌謡祭音楽大賞最優秀視聴者賞を受賞。 金賞を8年連続8回目の受賞。 レコード・ジャケットは、全員の両目の部分だけした写真がされている。 生演奏で一度だけ、テレビ歌謡番組(フジテレビ系)「」で披露している。 、アメリカ合衆国公演をに於いて興行。 大作バラード「追憶」は最高位12位、登場週数45週、30万枚を超える売上げを記録。 「追憶」で第6回メガロポリス歌謡祭演歌大賞 男性部門 を3回目の受賞。 第13回日本演歌大賞演歌スター賞を受賞。 第8回古賀政男記念音楽大賞を受賞。 第16回FNS歌謡祭音楽大賞最優秀視聴者賞を受賞。 金賞を9年連続9回目の受賞。 では「追憶」で6回目となる白組トリ、2回目となる大トリを務める。 「港の五番町」で第14回日本演歌大賞演歌スター賞を受賞。 第21回日本作詩大賞を阿久悠(歌:五木ひろし)が受賞。 第17回FNS歌謡祭音楽大賞最優秀視聴者賞を受賞。 金賞を10年連続10回目の受賞(通算・連続ともに歴代単独第1位)。 第30回日本レコード大賞特別賞を初受賞(受賞理由(原文をそのまま掲載):昭和54年、「おまえとふたり」によって第21回日本レコード大賞「金賞」を受賞以来、「ふたりの夜明け」「人生かくれんぼ」「契り」「細雪」「長良川艶歌」「そして…めぐり逢い」「浪花盃」「追憶」そして本年度第30回の「港の五番町」と連続10回「金賞」を受賞するという偉業をなし遂げた。 これは、優れた作品と、それをより生かす卓越した歌唱力との相乗効果の見事な結実であるとともに、その歌唱が10年間、大衆の大きな支持を獲得し続けたことを物語っている。 、「面影の郷」は最高位29位、登場週数21週、10万枚に迫る売上げを記録。 5月、のと結婚。 の規模は5億円と云われ、当時芸能界最高額。 「面影の郷」で第8回メガロポリス歌謡祭演歌大賞(男性部門)を4回目の受賞(歴代単独第1位)。 結婚とこれまでの数々の受賞実績等を踏まえ、歌手としては一定の成果を収めることができたと判断。 従前とは一線を画し、今後の活動方針について以下の趣旨を決意表明。 大賞に直結する各賞へのノミネートについては、後進に道を空けるため、以降辞退している。 但し、大賞候補の対象とはならない部門賞は除く。 フォークシンガーのを作曲に迎えた「暖簾」を発売後は、約一年間次の新曲を発売せずこの曲に専念し、最高位26位、登場週数20週、10万枚に迫る売上げを記録。 演歌以外の様々なジャンルの音楽家にも出会い、歌の幅が拡がってゆく。 6月、「美浜・五木大会」を出身地の福井県三方郡美浜町で初めて開催。 「美浜・五木ひろしマラソン大会」に改称され、以降も現在まで連続開催(年1回不定日)を継続中。 、「財団法人 国際親善協会」の設立をプロデュース。 20周年ゴールド・シングルとして発売になった「おしどり」は長年連れ添う夫婦愛を描いた夫婦演歌であり、翌(平成4年)にかけて最高位15位、登場週数42週、35万枚を超える売上げを記録。 、「べにばな」は最高位19位、登場週数29週、30万枚に迫る売上げを記録。 、浪花演歌「浪花物語」はとのデュエット企画であり、ふたりの台詞が織り込まれる。 「汽笛」は最高位24位、登場週数28週、25万枚を超える売上げを記録。 第45回NHK紅白歌合戦では「汽笛」で7回目となる白組トリを務める。 、自ら作曲を手懸けた「パパと遊ぼう」は、初めてに挑戦した。 「酒 尽々」は最高位22位、登場週数24週、20万枚に迫る売上げを記録。 『五木ひろしベストコレクション'94 女ひとり』で第9回日本ゴールドディスク大賞アルバム賞演歌・男性部門を受賞。 、再び永井龍雲を作曲に迎えた「女の酒場」は最高位33位、登場週数36週、10万枚を超える売上げを記録。 、第48回NHK紅白歌合戦では「千曲川」で8回目となる白組トリ、3回目となる大トリを務める。 、「千日草」は最高位42位、登場週数21週、10万枚に迫る売上げを記録。 「酒 ひとり」は最高位31位、登場週数22週、10万枚を超える売上げを記録。 美空ひばりメモリアル選奨を受賞(受賞理由:三十年余に亘り第一線の地位を確保してきた業績に対して)。 第49回NHK紅白歌合戦では「酒ひとり」で2年連続9回目となる白組トリを務める。 、「再り会い」は最高位31位、登場週数21週、10万枚に迫る売上げを記録。 2000年代 [ ] 、「」は、コンビによりを舞台とした大作に仕上がり、・シングルと銘打って発売になる。 中国楽器を採用し、スタンド・マイクを用いて歌唱した。 がに正式メンバーとして加入するなど、後進の育成にも尽力。 ハロー! プロジェクトが堀内孝雄やらと同じ(当時。 現在は「アップフロントプロモーション」)に所属していたことから、以後、彼等との関係が深まる。 では「山河」で10回目となる白組トリ、4回目となる大トリを務める。 その他、KIRINの商品[FIRE]でCM出演し、スティービー・ワンダーの同CM曲の日本語版を歌っている。 「逢いたかったぜ」はコロムビア時代の恩師である上原げんとが作曲、が歌い、1955年7月に発売になった同名ヒット曲をカバーしたものである。 、自身のレコード会社「ファイブス・エンタテインメント」の設立を果たし、長年所属してきた徳間ジャパン・コミュニケーションズから移籍。 メジャー・ディスリビューションはが担当。 ファイブス・エンタテインメント移籍シングル第一弾「傘ん中」は最高位21位、登場回数28回、10万枚に迫る売上げを記録。 「愛のメリークリスマス」は堀内孝雄やハロー! プロジェクト(など)とのデュエット企画であり、自身では初めてのものである。 「傘ん中」で第35回日本作詩大賞を阿久悠(歌:五木ひろし)が受賞。 「愛のメリークリスマス」で企画賞を受賞。 では「おふくろの子守唄」で11回目となる白組トリ、5回目となる大トリを務める。 「おふくろの子守唄」を歌唱することは封印していたが、このNHK紅白歌合戦で封印を解き、涙ながらに熱唱した。 、「逢えて…横浜」は再デビュー曲「よこはま・たそがれ」以来となる横浜を題材にしたシティー・ポップスであり、最高位21位、登場回数37回、10万枚に迫る売上げを記録。 9月、構成とを自らが手懸けた「ライブコンサート」をで興行。 、3月、第54回賞(大衆芸能部門)をより受賞(受賞理由(原文をそのまま掲載):自身の構成、演出による「五木ひろしライブコンサート」(日生劇場、9月)において日本の歌謡界に多大な業績を残した古賀政男作品に取り組み、創唱者に敬意を表す一方、自身の個性や持ち味を発揮し存在を強く印象付けた。 大衆歌謡を原点に、伝統の継承と現代性を追求し実践。 常に意欲的であり、精力的な活動を続けている。 芸能生活40周年記念アルバム『おんなの絵本』は、演歌界を代表する十六人の作家陣が豪華にちりばめられている。 ベスト・アルバム賞を受賞。 授賞式では「冬の盆」と「アカシア挽歌」を披露。 では「雪燃えて」で12回目となる白組トリを務める。 、「ふりむけば日本海」は芸名を頂戴した五木寛之と初めてした。 最高位14位、登場回数52回、10万枚に迫る売上げを記録。 CDの売上げが不振に喘いでいる演歌・歌謡界の中にあって、コンスタントに10万枚程度の売上げ実績を収める。 5月、・コンサートをの野外劇場で興行。 構成と演出を自らが手懸けた「コンサート」を日本各地で興行。 地球の緑を次世代に継承するためのプロジェクト「Green Earth21」構想を計画し、実行に就任。 また、この年はの新「ファインプレーを君といっしょに」の歌手にも選ばれた。 、京都の高瀬川を舞台に、自ら作曲を手懸けた艶歌「高瀬舟」は、最高位9位、登場回数44回、10万枚に迫る売上げを記録。 また、この21年7か月ぶりのTOP10入りという記録は「アーティスト別シングルTOP10入りインターバル記録」での22年1か月ぶりに次いで歴代第2位。 「アーティスト別シングルTOP10入りインターバル記録・邦楽アーティスト部門」では美空ひばりの「みだれ髪」の19年10か月を上回る歴代第1位の記録で、18年4か月ぶりに邦楽記録更新。 「アーティスト別シングルTOP10入り高齢記録・邦楽アーティスト部門」では58歳で、に次いで歴代第2位。 「高瀬舟」で作曲賞を受賞。 作曲家としても評価を得る。 、2月、N響()ポップスとの・コンサートを興行。 流行歌手としてはこれが初めて。 3月、公演を興行。 歌手としてはこれが初めて。 「ゆめかぜ」は最高位18位、登場回数37回を記録。 10月、を委嘱。 11月、を受章。 流行歌手としては以来のことである。 では「契り」で13回目となる白組トリ、6回目となる大トリを務める。 尚、「契り」は二度目の歌唱となるが、それは作詞家・阿久悠の追悼企画のためである。 、アップフロントエージェンシー(当時)へ芸能プロダクション(マネジメント契約)を移籍。 ラヴ・ソング「この愛に死んでも」は最高位24位、登場回数22回を記録。 4か月連続で5枚のシングルを発表。 「雪が降る」はが自作自演(1963年)したをカバー。 2010年代 [ ] 、愛媛県松山市の繁華街・二番町を舞台にした「」をリリース、松山うたこころ大使を委嘱。 、博多ア・ラ・モードで第46回日本作詩大賞をレーモンド松屋(歌:五木ひろし)が受賞。 、の初公演以来ので通算公演数5000回、の千秋楽で5008回。 秋の叙勲でを受章。 平成のカラオケで歌われた歌手ランキングでは第10位にランクインした。 人物 [ ] エピソード [ ] 「千曲川」 [ ] の勝負作として投入された旅情演歌「千曲川」はもともと猪俣公章が春日はるみ(新人時代の)の不振を打開するために用意した作品で、によってタイトル(「笛吹川夜曲」)も詞も既にでき上がっており、LPに収録された。 その際、演歌にありがちな愛や色恋や情の部分を廃した。 これらが功を奏し、最高位6位、登場週数42週、45万枚を超える売上げを記録、五木の代表作のひとつとなる。 この曲で国内大会ゴールデン・カナリー賞を2年連続2回目の受賞、世界大会へ2年連続2回目の出場。 また、第4回FNS歌謡祭'75音楽大賞下期最優秀視聴者賞(4期連続4回目)、第1回グランプリ、第6回日本歌謡大賞放送音楽賞(5年連続5回目)、第6回日本歌謡大賞放送音楽特別連盟賞(受賞理由:5年連続での放送音楽賞受賞に対して)、最優秀歌唱賞(2年連続2回目。 通算・連続ともに歴代第1位)をそれぞれ受賞。 初めての白組トリを務めたでも歌われた。 五木はこの曲について「が意外に広く、迂闊には歌えない難しい曲」と語っている。 後年、この歌が戸倉上山田温泉・萬葉公園内の千曲川を臨むことのできる位置に建立される。 夜のヒットスタジオでのエピソード [ ] フジテレビ系「」の初出演は放送。 出世作となる「よこはま・たそがれ」での初登場であった。 以後、番組晩期の放送まで、長らく準レギュラー格としてコンスタントに出演回数を積み重ね、歴代1位となる222回出演という驚異的な記録を残した。 「ミスター夜ヒット」の代表格として、番組にも数多くの名シーンを残した。 人気コーナー「ご対面」でかつて公私共に世話になった2人の恩人とヒット歌手の仲間入りを果たした後で初めて対面し、感激のあまり号泣。 「浜昼顔」をこの恩師2人が手前で座り見守るなか熱唱した(1974年8月19日放送)。 1回目のマンスリー担当時、のヒット曲「細雪」を大量の紙吹雪が舞う中で、の舞踊にあわせ披露した(1985年10月23日放送)。 2回目のマンスリー担当時、覆面バンド「ブービーズ」の一員として番組に登場し「当日・消印・有効」などを演奏。 このほか「長良川艶歌」の際には、琴や三味線にも挑戦するなど、多芸ぶりをアピールした(1986年10月15日放送)。 女優・との結婚披露宴終了後、番組ラストに駆けつけ、夫人や友人が見守る中で、「絆」を熱唱した(1989年5月31日放送。 ちなみに五木・和の結婚披露宴の中継を担当したのは夜ヒットの製作・放送局であるである)。 その他 [ ]• 」と言わしめる程に評価されていた。 初期は出身の作曲家である平尾昌晃とのコンビで売り出し、風の歌謡曲から次第に演歌へとシフトしてきた的な経歴の持ち主であり、演歌のみに留まらず、、、、、、、、、、、、、、など、あらゆるジャンルの作品を歌いこなしてきた。 今日まで滞ることなく、コンスタントにオリジナル・ヒットを生み出し続けてきた。 還暦を迎えているが、改名前の不遇時代を除き、極端にスランプと思われる時期は見当たらない。 2008年3月13日(還暦を迎える前日)、五木は思い出深い曲として自身の年代毎に、20代では「夜空」、30代では「おまえとふたり」、40代では「暖簾」、50代では「ふりむけば日本海」を挙げた。 古賀メロディーをはじめ、歌い継がれてきた数々の楽曲を《次代に受け継ぐ》という大きな使命も担い、それを果たしてきた。 海外公演やオーケストラとの共演など新しい試みにも果敢に挑戦、《後進への指標》ともなるべく率先垂範をしてきた。 ショーやリサイタル、コンサート等の公演チケット価格(クリスマス・ディナーショー2011年実績:¥50,000. -)は例年、最高峰を誇る。 発行の雑誌、1974年6月26日号では撮影に臨んだ。 ・ファンである。 「敦賀ヨーロッパ軒」には学生時代から通い詰めるほど贔屓にしており、店内に写真パネルがある 他、新譜リリースの際はポスターも貼られている。 2014年、紅白出場の継続に関し、「さんが一線を引いた年になるまであと12年。 それまでは頑張る」と50回超えを宣言している。 が歌手志望を断念し、俳優へ目標を変えたのは、五木の実力を目の当たりにして、到底かなわないと思ったからだという。 が、にて挙げる好きな人物の中に、五木ひろしが名を連ねていた。 に対して五木プロモーション宣伝部長の名刺を作って渡したことがある。 同じ福井県出身で元のと親交が深い。 受賞歴 [ ] 日本レコード大賞受賞記録 [ ] 通算受賞記録 [ ]• 大賞:2回(の4回、の3回に次ぎ、、、、、、と並んで歴代第3位)• 最優秀歌唱賞:3回(歴代単独第1位)• 歌唱賞:5回(歴代単独第1位)• ベスト・アルバム賞:1回• 企画賞:2回• 特別賞:2回• 古賀政男記念賞:1回• 美空ひばりメモリアル選奨:1回 連続受賞記録 [ ]• 最優秀歌唱賞:2回(八代亜紀と並び、歴代第1位)• 歌唱賞:5回(歴代単独第1位)• その他の受賞 [ ]• (2007年)• 第36回・大賞(2015年)• (2018年)• アーティスト・シングル・トータル・セールス:歴代単独第13位 B'zに追い抜かれる迄は歴代単独第1位、男性ソロ部門では未だに単独1位をキープしている• TOP100チャートイン作品数:歴代単独第1位• TOP100総登場週数:歴代単独第1位 関連人物 [ ]• - 司会番組「日本の名曲 人生、歌がある」また五木のコンサート等のプロデューサー・演出• - 五木と共に所属• - 同じ北陸の出身で五木との親交も深く、自身が『』というシングル盤レコードを出した時に五木が曲を提供した。 - のオーナーだった• - 五木のファンの集いに参加していたところを五木本人にスカウトされ五木プロデュースの元1982年にデビューした愛弟子第一号。 - 五木プロデュースの演歌歌手• - イメージソングを歌った• - 芸名の由来• - 美浜町・美浜駅付近で少年時代を共にしていた 物真似をする人物 [ ]• - 五木の物真似で有名• (五木のそっくりさん)• (、「ひろし5木の横滑り」というネタを持つ)• 音楽 [ ] シングル [ ]• 1~6は 松山まさる名義、7~9は 一条英一名義、10のみ 三谷謙名義でリリースしている。 ~生きてるっていいね! よこはま・たそがれ(1971年)• 長崎・よこはま・みなと唄(1971年) 「よこはま・たそがれ」「長崎から船に乗って」収録 CD化(2004年1月1日)• 股旅歌謡アルバム 流転 (1971年11月)• ぼくの新しい十二曲(1972年) 「かもめ町みなと町」収録• 心の歌アルバム ぼくの十二ヶ月 (1972年8月)• あなたの灯(1973年3月) 「あなたの灯」「旅鴉」収録• 夜空 別れの鐘の音 (1974年3月)KC-8006 「夜空」「別れの鐘の音」収録 平尾昌晃・山口洋子作品集• おんな・涙・わかれ歌(1974年12月1日) 「浜昼顔」収録• なつかしの歌アルバム 第一集 2LP• なつかしの歌アルバム 第二集• なつかしの歌アルバム 第三集(1975年1月)• 哀恋歌 五木ひろし夜のベスト・ヒット・アルバム(1975年) 「哀恋記」収録• 宵やみ・ほろ酔い・ながれ唄(1975年) 「千曲川」「ふたりの旅路」収録• 愛・過ぎ行く日 (1976年8月) 「旅人」収録• 古賀政男作品集 影を慕いて• 途中駅(1977年3月) 「途中駅」収録• 五木ひろし 日本近代叙情詩を唄う 何処へ〜青春の愛とさすらい〜(1977年)• 股旅 第二集(1977年)• ひろしとギター(1978年)• ひろしとギター 2(1978年)• ひろしとギター 3 古賀政男を唄う(1978年)• ひろしとギター 4(1978年) カバー「夢一夜」「帰らざる日々」「青葉城恋歌」「なごり雪」「さよならだけは言わないで」「季節の中で」「いちご白書をもう一度」「与作」収録• 五木ひろし・映画スターを唄う 我が心の青春譜(1978年7月)• 蝉時雨(1979年7月) 「蝉時雨」「惜春」収録• ひろしとギター5 演歌 (1979年)• 永遠に〜心にのこる歌のふるさと1(1980年4月)• 倖せさがして(1980年5月) 「おまえとふたり」「倖せさがして」収録• 股旅(1980年12月)• 港・ひとり唄(1981年6月) 「港・ひとり唄」収録 平尾昌晃・五木ひろし作品集• 股旅・男の詩(1982年) 大阪新歌舞伎座特別公演記念盤• 激涙ロードショー(1982年7月) 「愛しつづけるボレロ」「居酒屋」収録• 雨あがり(1983年6月) 「雨あがり」収録• 霧子のタンゴ〜珠玉の吉田正メロディー(1984年7月)• おんな彩(1986年4月25日) 「細雪」「長良川艶歌」収録• 五木ひろし・大阪 浪花を唄う(1987年3月10日) 「浪花盃」収録• 阿久悠・三木たかしオリジナルアルバム 胸さわぎ(1987年) 「追憶」収録 再発(2014年6月4日)• 歌暖簾 (1989年10月25日) 「暖廉」「二枚目酒 居酒屋パートII」収録• ラブ・ストーリー〜スタンダード名曲全集〜(1990年) HiQuaLityCDで再発(2014年08月06日)• ひろしとギター6(1992年)• ひろしとギター7(1992年)• ひろしとギター8(1992年)• ひろしとギター9〜おしどり〜(1992年)• 五木(1992年10月23日) 「終着駅」収録• ひろしとギター10 べにばな(1993年12月21日)• 新 ひろしとギター(1996年4月5日)• オリジナル特撰 女の酒場(1996年7月22日)• 吉田正作品集(1997年)• 再り会い(1999年6月18日) 「再り会い」「萩の花郷」収録• 新ひろしとギターII(2000年4月5日)• 股旅〜冬の渡り鳥〜(2001年6月27日)• 新ひろしとギターIII(2002年2月6日)• 昭和演歌「花の三人衆」を唄う 三橋美智也・春日八郎・村田英雄を偲んで(2002年9月25日)• 翔 五木ひろし55才のダンディズム〜船村徹阿久悠とともに〜(2003年06月25日) 「傘ん中」「愛のメリークリスマス」「北物語」「望郷の詩」収録• 五木ひろし40周年記念 おんなの絵本(2004年9月1日) 「アカシア挽歌」「雪燃えて(アルバム・バージョン)」収録• 永遠の道標/五木ひろし「美空ひばり」を歌う(2005年6月1日)• 哀愁のヨーロピアンワールド〜雪が降る〜(2009年2月25日) 「雪が降る」収録• 「江戸の夕映え」〜五木ひろし 日本の「粋」と「情」を歌う〜(2009年2月25日) 「橋場の渡し」「江戸の手毬唄」「凍て鶴」収録• 流行歌(はやりうた)(2009年6月25日)• フォークソングス(2009年7月8日)• ハマクラを歌う浜口庫之助作品集(2009年12月2日)• ひろしとギター〜おしろい花〜(2010年4月28日)• 流行歌(はやりうた)2(2010年8月25日)• 夢はるか 〜松井五郎作品集〜(2011年9月21日) 「月物語(アルバム・バージョン)」「街(アルバム・バージョン)」収録• ブルース(2013年3月21日) 「夜明けのブルース(ニュー・バージョン)」収録• ひろしとギタープレミアム〜ここに真実の詩がある〜(2015年6月3日) ベスト・アルバム [ ]• 八枚の愛のディスク(1973年)• 五木ひろし オリジナルの世界 ゴールドディスク十二枚(1974年6月)• オリジナル名曲集(1975年10月1日)KC-8020• ベストセレクション 愛の始発 アメリカ公演記念盤(1976年6月)• オリジナルデラックス全曲集(1977年12月) 2LP• 決定盤 五木ひろし 特撰オリジナル全曲集(1978年12月)• 全曲集 BEST14(1979年12月1日)KC-9514• リクエストベスト12(1981年8月)• 全曲集(1981年10月)• 五木ひろし大全集 10LP• リクエストベスト12(1982年9月)• 全曲集(1983年1月)• 全曲集(1983年12月)• シングル50W記念五木ひろし全曲集 I(1985年)• シングル50W記念五木ひろし全曲集 II(1985年)• シングル50W記念五木ひろし全曲集 III(1985年)• ベストセレクション そして…めぐり逢い(1985年) カバー「桃色吐息」「抱きしめてジルバ」「ワインレッドの心」「愛人」収録• 全曲集(1986年1月25日)• ベストコレクション 浪花盃(1986年10月) カバー「ゆうすげの恋」「雪國」「熱き心に」「愛燦燦」「恋におちて」「時の流れに身をまかせ」「天城越え」 収録• 全曲集(1987年)• それは…黄昏 ベストコレクション(1988年8月25日) カバー「北の旅人」「憂き世川」「想いで迷子」「みだれ髪」「無錫旅情」「人生いろいろ」「女の駅」「命くれない」収録• 全曲集(1988年11月25日)• 全曲集-心-(1990年11月25日)• ベストコレクション(1991年1月1日)• 日本のうた・心のうた・我が人生の歌(1991年)• 全曲集 おしどり(1991年)• 全曲集(1991年11月25日)• 全曲集'92(1992年11月25日)• 全曲集 べにばな(1992年10月25日)• 股旅ベスト18〜旅鴉〜(1993年11月25日)• ベストコレクション'94 女ひとり(1994年6月25日)• シングルA面パーフェクトコレクション(1994年7月21日) 5CD• 全曲集 スーパーヒットコレクション(1996年10月21日) 2CD• オリジナル特撰〜紫陽花〜(1997年7月24日)• 全曲集〜紫陽花・雑草〜(1997年11月6日)• 全曲集〜酒 ひとり・千日草〜(1998年10月21日)• わが心の港歌(1999年9月22日)• 全曲集〜再り会い〜(1999年10月23日)• 全曲集 20世紀ヒットパレード 思い出のアルバム より(2000年10月25日) 2CD オリジナルアルバム「愛・過ぎ行く日」より「面影橋」「ねじ子の数え歌」 が初CD化• 2001五木ひろし全曲集 逢いたかったぜ(2001年10月24日)• 名曲30撰〜NHK紅白歌合戦歌唱 全30曲〜(2002年7月24日) 2CD• 五木ひろし〜作詞家「山口洋子の世界」を歌う〜(2002年10月23日)• 2003 全曲集〜望郷の詩〜(2003年9月3日)• 夜の五木、あなたのひろし Hiroshi in the Night Fever(2004年1月21日)• 芸能生活40年記念 五木ひろしオリジナル40「新宿駅から40年」(2004年6月23日) 3CD• 芸能生活40周年記念 五木ひろしが歌う! 「日本の歌謡史・特選40」(2004年6月23日) 3CD• いろはにほへどはやりうた〜酒よおもひでつれてこい〜(2004年9月29日)• 魅惑の吉田正メロディーを歌う(2004年10月27日)• 五木ひろし全曲集〜アカシア挽歌・雪燃えて〜(2004年10月27日)• 昭和抄歌1(2005年04月27日)• 昭和抄歌2(2005年05月25日)• 五木寛之・五木ひろし作品集 ふりむけば日本海(2005年8月24日)• 旅路のはてに歌ありて(2005年12月7日)• 全曲集2006〜ふりむけば日本海〜(2005年10月26日) 新録セルフカバー「霧のかもめ唄」「紅い月」収録• 艶歌: 高瀬舟(2006年7月26日)• 「闘魂の譜」作詞家編(2006年8月23日)• 「闘魂の譜」作曲家編(2006年8月23日)• 全曲集2007(2006年10月25日)• アコースティックアルバム(2007年4月11日)• 「阿久悠」の名作を歌う(2007年9月21日)• 全曲集2008〜ゆめかぜ〜(2007年11月27日)• 全曲集2009(2008年12月10日)• 時代をつなぐ流行歌(2009年6月24日)• 全曲集2010(2009年11月6日)• [40周年記念盤] 五木ひろしBEST40(2010年9月29日)• 股旅〜旅笠道中・旅鴉〜(2010年12月8日)• 全曲集2011(2010年12月22日)• ギターの弾き語りで歌う〜オリジナルソング編(2012年11月20日) 廉価ベスト• ギターの弾き語りで歌う〜カヴァー名曲編(2012年11月20日) 廉価ベスト• 三大作詞家トリビュートアルバム 〜石本美由起、星野哲郎、吉岡治に捧ぐ〜(2011年5月25日) 3CD• 全曲集2013 夜明けのブルース(2012年11月28日)• なつかしの歌のアルバム(2013年9月10日) 4CD• 五木ひろし ベストセレクションI 1971〜1994(2013年8月7日) 廉価ベスト• 五木ひろし ベストセレクションII 1971〜1994(2013年8月7日) 廉価ベスト• 五木ひろし ベストセレクションIII 1971〜1994(2013年8月7日) 廉価ベスト• 全曲集2014(2013年11月27日)• 芸能生活50周年記念大全集〜シングルセレクション〜(2014年3月5日) 4CD• 芸能生活50周年記念大全集〜カップリングセレクション〜(2014年3月5日) 4CD• 芸能生活50周年記念大全集〜ライブ盤セレクション1〜(2014年3月5日) 4CD• 芸能生活50周年記念大全集〜ライブ盤セレクション2〜(2014年3月5日) 4CD• 芸能生活50周年記念大全集〜ライブ盤セレクション3〜(2014年3月5日) 4CD• 全曲集2015(2014年11月26日) ライブ・アルバム [ ]• ファースト・リサイタル 熱唱の三時間(1973年5月)2LP• ライブアンコール ふるさとの町 ふるさとの歌(1973年11月)2LP• ライブ3 母の歌こころの歌(1974年9月)2LP• ライブ4 昭和歌謡史五十年(1975年7月)2LP• 日劇ライブ この五年・・・・(1975年)2LP• ラスベガス・オン・ステージ(1976年)2LP• ラスベガス・イン'77(1977年)2LP• ベストヒット リサイタル(1977年7月)2LP• '77 秋 五木ひろしリサイタル• THE WORLD OF HIROSHI LAS VEGAS '78(1978年11月)• 79年五木ひろしです(1979年)• 五木ひろし Final in Budokan 武道館(1981年)2LP• シルクロードの旅(1983年11月)• 大阪新歌舞伎座ライブ 歌・舞・奏スペシャル(1994年2月25日)2CD• 五木ひろしリサイタルライブ 21世紀の喝采がきこえる (1997年6月18日)2CD• 芸能生活35周年記念 〜東京シティフィルコンサートライヴ(1999年3月17日)2CD• 御園座ライブ '02「歌・舞・奏」(2002年9月4日)2CD• 五木ひろし日本歌謡史100年(2007年8月22日)3CD• 五木ひろし日本歌謡史100年! 〜昭和編〜(2008年8月27日)2CD 出演 [ ] NHK紅白歌合戦出場歴 [ ] 1971年(第22回)に「よこはま・たそがれ」で初出場を果たして以来、連続出場を継続中である。 通算出場回数:49回(北島三郎に次ぎ、歴代第2位)• 連続出場回数:49回(歴代第1位)• 通算出場曲数:41曲(歴代単独第1位)• 通算トリ回数:13回(美空ひばり、北島三郎と並び、歴代第1位)• 連続トリ回数:3回(美空ひばり、SMAPに次ぎ、島倉千代子、森進一と並び、歴代第3位)• 通算大トリ回数:6回(美空ひばり、北島三郎に次ぎ、SMAPと並び、歴代単独第3位)• 〜生きてるっていいね! 〜生きてるっていいね! 対戦相手の歌手名の 内の数字はその歌手との対戦回数、備考のトリ等の次にある はトリ等を務めた回数を表す。 出演順は「(出演順)/(出場者数)」で表す。 音楽番組(司会) [ ]• (2013年7月6日、BS朝日、単発) - と共同司会• 第4話「地獄の罠」(、制作・系)• (、系)同番組の主題歌「」や挿入歌「小鳥」を歌っており第14話にゲスト出演• (、系) 服部佳/作 石井ふく子/プロデューサー• (系)• 第1シリーズ 第22話「夕陽の渡世人! 子連れ旅でござんす」(1982年)長五郎 役• 第2シリーズ 第33話「男ひとり 流れのままに」(1986年)• (、系)ノリスケ役• (フジテレビ系)第888話「ああ十手ひとすじ!! 八百八十八番大手柄 さらば我らの平次よ永遠に」(1984年) - い組の半次• 子連れ刑事(1985年、TBS系)• (1988年、テレビ朝日系)• (、)• (1989年、系)• 第1話 SP 「懸賞首、三つ揃って夢道中」(1992年、テレビ朝日系) - おみくじ新之助• 『ど素人刑事殺人事件簿 慕情編』(1996年、TBS系)主演・如月公平 役• 『熱血ド演歌分校先生の事件通信簿 熱血! イノシシ先生の事件通信簿』(1998年、フジテレビ系)主演・猪沢慎太郎 役• 第8話「露西亜人形殺人事件」・特別出演(2001年、系)• (、NHK)• (、フジテレビ) 与謝野孝 役• (、テレビ東京系)• 『心研ぎます! 鷹宮光次郎の旅情事件簿 刀研ぎ師の人情放浪記』(2007年、TBS系) 主演・鷹宮光次郎 役• (2007年-2008年、NHK)五木ひろし(本人) 役• () - 山下淳(の審査員) 役 映画 [ ]• (、)五木ひろし(本人)役• (、東映) CM [ ]• 1986年• 1988年ごろ)• 福井県経済連福井米• モルツ• グランディア芳泉• 五木ひろしに改名の直前に1日だけ中川淳で活動していた• 『「家」の履歴書 このヒトはどんなイエに住んできたか』 291、322頁• 『「家」の履歴書』、322頁• ドキュメント五木ひろし 限りなき飛翔 大下英治作• 1971年6月よこはまたそがれ改名4度五木ひろし起死回生の「4・4・7」、2011年6月20日• 2013年1月16日時点のよりアーカイブ。 2015年1月7日閲覧。 2018年5月1日中日劇場 中日新聞文化芸能局 発行「中日劇場全記録」• 海のホテルひろせ公式ブログ• ,スポーツニッポン,2014年12月30日• 2020年1月9日放送分より• シアターガイド 2015年2月13日. 2015年2月16日閲覧。 SANSPO. COM 産経デジタル. 2020年3月5日. 2020年3月5日閲覧。 NHK. 2020年3月5日閲覧。 に、新録音版がシングルリリースされた。 後に「」に改題された。 とのデュエット。 に、新録音版がとのデュエットでシングルリリースされた。 との(1973年)は同名異曲である。 マリエとのデュエット。 とのデュエット。 覆面バンド・ブービーズのメインボーカルとして参加。 とのデュエット。 の同名曲のカバー。 B面の「渚の女」は、とに、新録音版がシングルリリースされた。 に、新録音版がシングルリリースされた。 とのデュエット。 とのデュエット。 とのデュエット。 の同名曲のカバー。 とのデュエット。 の同名曲のカバー。 」名義。 「五木ひろし with feat. 」名義• とのデュエット。 の同名曲のカバー。 都はるみとのデュエット。 坂本冬美とのデュエット• ORICON NEWS. 2019年2月8日. 2019年2月8日閲覧。 外部リンク [ ]•

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