ドラえもん 歌。 ドラえもん映画主題歌一覧ランキング

大杉久美子 ドラえもんのうた 歌詞&動画視聴

ドラえもん 歌

スポンサーリンク ドラえもん映画の主題歌って今では必ずヒット曲となっています。 やはり歌詞も感動の要素がたっぷりあるし、歌ってる歌手の人にも魅力があります。 これまでのドラえもん映画の主題歌をたっぷり解説します。 ぜひ思い出しながら最後まで見てくれたら嬉しいです。 そのドラえもんに日常的に彼が持つ不思議な道具で助けられている、メインキャラクターの、野比のび太は、今どきの若者にありがちなメンタルの軟弱性はありますが、友達や家族思いで、物事を一度やると決めたら、失敗が多くても諦めないで猪突猛進していく憎めない主人公です。 では、本日はそんなドラえもんの主題歌を総力特集で紹介していきましょう。 映画「毎日かあさん」、「グーグーだって猫である」、ドラマ「監獄のお姫さま」など多数ドラマに出演する、小泉今日子さん。 彼女がドラえもんの主題歌を担当していたってなんだか意外ですよね。 snowrecords. html ドラマ、「3年B組金八先生」などでの俳優としての現在の活躍は勿論、海援隊としても活躍している、武田鉄矢さん。 金八先生同様、優しく語り掛けるような声が特徴で、主題歌にもよく表れています。 また、武田さんは、映画6作品目から17作品目、「映画ドラえもん のび太と銀河鉄道」までの作詞を担当されているのです。 このことも、ドラえもんファンにとっては過去作品映画の主題歌のなかで、一押しのポイントなんだそうです。 ドラえもん映画第7作!「映画ドラえもん のび太と鉄人兵団」主題歌:「わたしが不思議」大杉久美子 アルプスの少女ハイジの主題歌、「おしえて」、エンディングテーマの「まっててごらん」が有名ですが、特に日本アニメーション提供の、世界名作劇場シリーズでは主題歌とエンディングテーマの担当数が多いことが、ママさんや世界名作劇場ファンに知名度が高いです。 私も、世界名作劇場ファンなのですが、大杉さんの美声がドラえもんでも活かされていたとは・・・。 母をたずねて三千里や、フランダースの犬、あらいぐまラスカル、ペリーヌ物語、赤毛のアンの主題歌を多く担当されました。 大杉さんが主題歌を担当する、「わたしが不思議」も、世界名作劇場を知っているドラえもんファンからは知名度が高いレア曲なんですよ。 ドラえもん映画第8作!「映画ドラえもん のび太と竜の騎士」主題歌:「友達だから」大山のぶ代 大杉久美子さん同様、世界名作劇場の、「愛少女ポリアンナ物語(ストーリー)」、「わたしのあしながおじさん」などの主題歌の担当した経歴が長い、堀江美都子さんと、日本のコーラスユニットで解散してしまった中年男性ユニット、こおろぎ73が担当。 堀江さんは、「キャンディキャンディ」や、「ハローサンディベル」、「魔法使いララベル」、「風の中の少女金髪のジェニー」といった昭和世代が知っている名作劇場以外のアニメ作品での主題歌だけでなく、美少女戦士セーラームーンの2シリーズの主題歌と挿入歌や、宇宙戦艦ヤマトのエンディング、2000年代の子ども達に人気だった、「ジュエルペット」、「お茶犬」のオープニングテーマも幅広い活躍がみられます。 このドラえもんの主題歌「君がいるから」も、Youtube上では再生回数が高く、ドラえもんファンや、アニメファンから高評価が高い曲です。 ドラえもん映画第10作「映画ドラえもん のび太の日本誕生」主題歌:「時の旅人」西田敏行 沖縄出身の女性ボーカルグループ、SPEEDが担当。 彼女達の若かりし頃の初々しい声が伝わってきます。 yuki-yasuda. 伸びやかで波長の合う美声が特徴。 ドラえもん映画第23作「映画ドラえもん のび太とロボット王国」主題歌「いっしょに歩こう~Walking into Sunshine」KONISHIKI 「栄光の架け橋」など人の心にエールを灯す歌が多い、男性2人組のボーカルとギターのユニット、ゆずが担当。 ドラえもん映画第25作「映画ドラえもん のび太のワンニャン時空伝」主題歌:「YUME日和」島谷ひとみ ドラえもん のび太のワンニャン時空伝 大山のぶ代世代のドラえもんキャストラスト映画。 今でもEDのYUME日和 島谷ひとみ 聴くだけで泣くほど泣ける作品。 心地よく女性らしい綺麗な歌声はおすすめです。 ちなみにこの作品は、ドラえもんの初代声優、大山のぶ代さんが、ドラえもんの声を演じる最後の映画です。 barks. hirocoさんの明るい声をもう一度聴きたくなる、ミヒマルGTファンにも愛されている隠れ名曲。 フレッシュで明るい声が、ドラえもんの歌としてだけでなく、miwaさんの楽曲としても人気です。 大人の音楽のアーティストとして知られる、山崎まさよしさんは、「セロリ」などの多くの楽曲で有名。 大人になってから聞くと、心に沁みる平井さん渾身のメッセージソングです。 ドラえもん第38作「映画ドラえもん のび太の宝島」「ドラえもん」星野源 2017年からじわじわと知名度を上げていく星野源さんの初、ドラえもん映画主題歌。 ドラえもんや周りののび太などとの日常がテーマ。 ドラえもんの過去映画作品は、全世代に通じるように下記の表以外に補足として上記にて、主題歌についての解説・画像・主題歌の動画を入れました。 のび太の日本誕生 山崎まさよし 空へ ドラえもん のび太の南極カチコチ大冒険 平井堅 僕の心をつくってよ ドラえもん のび太の宝島 星野源 ドラえもん ドラえもん のび太の月面探査記 平井大 THE GIFT ドラえもん映画主題歌ランキング Happy New Year!2019年もみんなに、楽しいことがたくさんありますように!!新年のかべがみとぬりえも配布中だよ! — ドラえもんチャンネル doraemonChannel ドラえもんファン必見!映画主題歌ランキング!トップ5 5位 「帰る場所」青山テルマ 青山テルマさんといえば、JUJUさんのように若い女性の心を揺さぶる恋愛ソングが多いですが、この「帰る場所」という曲は、大切な人との別れ、思い出の詰まった場所と新たなる旅立ちが伝わるメッセージソングです。 4位 「ボクノート」スキマスイッチ ドラえもんの主題歌らしい少年期を思い起こさせるようなどこか切なくなるメロディです。 この曲で、スキマスイッチは2度目の紅白歌合戦も果たしています。 のび太とドラえもんの関係をイメージさせるようなところがあり、大ヒットしたこの楽曲は、2006年の熱闘甲子園の中でも使われました。 3位 「生きてく生きている」福山雅治 まず、この曲名からして、毎週日曜日の14時台に放送している、「ザ・ノンフィクション」で使われている歌と同じかなって思いましたが、別物です。 ドラえもんの主題歌で、親世代にも、子ども世代にも伝わりやすく作られています。 この曲は聞いた方のとあるレビューによると、人生でくじけそうになった時に、自分を見つめ直せる、もう少し頑張ってみようと元気づけられるとのコメントが多かったですね。 子供にも伝わるように、歌詞も分かりやすい配慮がされています。 2位 「未来のミュージアム」perfume ドラえもんをイメージしたダンスが取り入れられているところもイチオシポイントです。 映画のタイトルも、「ひみつ道具ミュージアム」となっているので、主題歌の局名と引っ掛けてあります。 子供もお母さんも一緒に踊りたくなるような明るいテンポや、PVの中にドラえもんのひみつ道具が隠されているところも注目してみてください。 1位 星野源 「ドラえもん」 主題歌だけでなく、挿入歌も担当している星野さん。 2019年も大ブレイク中の星野源さんの歌は、明るいテンポや我が家に帰ってきたようなホッとした雰囲気のある曲が特徴ですね。 プロモーションビデオには、ドラえもんのシーンによくある、しずかちゃんのお風呂タイムやどこでもドアなど、ドラえもんの世界観をふんだんに取り入れていました。 tokyo. 槇原敬之さんのようなアップテンポで、人の背中を押すような楽曲や歌詞が多いですね。 ドラえもんだけではなく、「過保護のカホコ」の主題歌などヒットソングメーカーとしても知られており、楽しさやアットホームな歌詞が共感を得られるところが魅力です。 ドラえもんの挿入歌も担当したこともあり、星野源さんはドラえもんの歌を歌っているとのイメージも、トレンドとして定着していくことでしょう。 この曲は当初はCD化の予定はなかったのですが、ベスト盤と、ドラえもんの映画の主題歌を集約したアルバムに収録されました。 この映画の公開翌年に放送された、「愛の貧乏脱出大作戦」の主題歌にも採用されていたため、矢沢永吉ファンの間でもコアな楽曲として愛されています。 お子さんと一緒に是非、聞いてみてくださいね。 アイドル時代の島崎和歌子さんや吉川ひなのさん、小泉今日子さんも! 島崎和歌子さんや吉川ひなのさん、小泉今日子さんの初々しさと、若い世代のママさんからすると、女優のイメージが強く、歌手活動をしていた姿がレアですよね。 ツイッターユーザーが選んだドラえもんおすすめ主題歌!世間のイチオシ ツイッターにて、好感度の高い映画ドラえもんで使われた主題歌は何か、世間の生の声を聴いてみました。 白鳥英美子さんのことを知らない世代のほうが多いですが、マニアックなドラえもんの楽曲として選ばれました。 島谷ひとみ の 「YUME日和」やっぱり最高。 ドラえもんの主題歌で 小4のころ歌いました。 聴いてるとその当時を思い出します。 小学生の頃に島谷さんの音楽を私も聞いていた世代でしたので、共感できます。 とある20代のママさんのブログによれば、この曲をお子さんの子守歌に聞かせたところ、優しい歌声に癒されて赤ちゃんや小さい子の寝つきが良くなったようです。 ドラえもんは鉄人兵団と太陽王伝説が好き主題歌も含めて — キノ 育成頑張ります keeeyn0 由紀さおり、安田祥子姉妹が歌う、「この星のどこかで」と大杉久美子さんの「わたしが不思議」ですね。 プロのアーティストの歌って若い世代の心にも響きますよね。 やっぱ旧ドラえもんはええわぁ……! 雲の王国 — ななよん74 モグロノフ・フクゾフ nanayon74sukima 武田鉄矢さんの声は、金八先生を思い起こさせる温和で、諭すような声が心地良く響きますね。 ドラえもんの映画主題歌に携わることの多かった武田さんは今でもアーティストとしてに根強い人気です。 まとめ ドラえもん映画は昔ながらの主題歌が若い世代に注目されている• ドラえもんの歴代主題歌は、どの世代の人の心に響きます。 武田鉄矢さんや、矢沢永吉さん、福山雅治さんなど大御所が携わることの多い楽曲は若い世代にも、ドラえもんの80年代の映画を見ていなくても、曲から聴いて好感を得る人も多いことがわかりました。 個人的には、ドラえもんの映画シリーズに含まれない番外編となる「STAND BY ME」の主題歌「ひまわりの約束」秦基博さんの曲が大好きですが、今回のランキングからは対象外と致しました。 きっとこの曲が何でランキングに入っていないんだろう…と思われた方が多数だと思います。 本当にこの曲も素敵ですね^^ カテゴリー•

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映画「ドラえもん」全歴代主題歌一覧【2020年最新版】

ドラえもん 歌

『ドラえもん』のアニメには以下の3作品が存在する。 1979年から2005年3月までテレビ朝日系列で放送されたシリーズ• これらを区別する呼称は公式には発表されていないが 、アニメ誌では2005年4月より放送中のシリーズを『ドラえもん(新・第2期)』としている。 本項ではそれに倣い、1973年にで放送されたシリーズを 第1作、1979年よりで放送されているシリーズをまとめて 第2作とする。 また第2作において、1979年から2005年3月まで放送されたシリーズを 第1期、2005年4月から放送中のシリーズを 第2期とする。 本記事では 第2作第1期について記述する。 概要 [ ] (昭和54年) から(平成17年) まで26年間放送された。 テレビ用には通常放送の全1787話と特番で放送された特別話となる27話が制作され、総計で全1814話に達する。 リニューアル後の放送話数・期間を含めると、作品の中ではとなっており、日本のアニメ作品の放送期間では、最長寿の『』(フジテレビ系、 - )に続く第2位という記録を誇る。 また今作は1976年にから独立した(旧社名:Aプロダクション)初の制作元請作となり、本作のヒットを皮切りに藤子不二雄原作の漫画が同社により数多く映像化され同系列により放送された。 全国ネットへの拡大及び時間構成 [ ] 10分の帯番組 [ ]• 4月2日より月曜から土曜までの18:50~19:00、10分の帯番組としてのみで放送を先行開始(4月以降、テレビ朝日は土曜のみ再放送に)。 1980年春よりなど数局でも放送を開始。 30分番組 [ ] この節のが望まれています。 1979年4月8日より毎週日曜、朝8時30分から9時までの30分番組がテレビ朝日及び、下記の地方局で同時ネットされる。 これは前述の10分作品を集めた再放送である。 テレビ朝日と地方局は時差無く同内容で、放送予定話が毎月『』内にて事前告知された。 北海道テレビ• 東日本放送• 名古屋放送• 静岡朝日テレビ• 朝日放送• 広島ホームテレビ• 瀬戸内海放送• 九州朝日放送 また同時期に、下記の局で他の時刻での時差ネットも開始。 こちらは上記の局と放送内容にが生じる。 青森放送 木曜17:30~18:00 1979年4月5日開始 キー局のテレビ朝日より早く放送開始• 山形放送 火曜17:00~17:30• 福島中央テレビ 火曜18:00~18:30• 日本海テレビ 土曜17:30~18:00 後発でネット開始した局• 鹿児島テレビ 日曜18:00~18:30 1979年4月20日開始• 信越放送 金曜17:00~17:30 1979年6月8日開始• 北陸放送 火曜17:00~17:30 1979年6月19日開始• 秋田放送 火曜17:00~17:30 1979年7月17日開始• 山梨放送 土曜6:15~6:45 1979年8月25日開始• テレビ岩手 土曜7:45~8:15 1979年8月25日開始• 熊本放送 水曜17:00~17:30 1979年9月5日開始• テレビ宮崎 金曜16:55~17:25• 福井放送 木曜18:00~18:30 1979年10月4日開始• 愛媛放送 月曜17:30~18:00 1979年10月開始• 新潟総合テレビ 金曜• 四国放送 金曜• テレビ山口 金曜17:30~18:00• 大分放送 火曜17:20~17:50• 琉球放送 金曜17:30~18:00 1回に放送する話数は1981年まで3話だったが翌月以降は2話(これに伴う1話あたりの放送時間は後述)になった。 1979年から1981年までは全話新作、から2005年3月まではAパートが新作でBパートが再放送(ただし、後半や前半は、両パートとも新作を放送していた時期があった)、1時間に拡大される特番ではB、Cパートを跨ぐ中編のみが新作だった。 その後も原作と共に人気を急上昇させ、まだテレビ朝日の系列局が少ない中でも全都道府県で放送される大ヒット作となった。 テレビ朝日や藤子漫画だけでなく、日本を代表する国民的アニメ番組としての『ドラえもん』ブランドを成長させたのは、本作の影響が非常に大きい。 雑誌媒体との連携 [ ] 1978年末、テレビ放映化決定と共に、以降、当漫画を掲載中のや『』他で放送開始の告知を展開。 中でも『コロコロコミック』は、1979年3月15日号で表紙に大きく「テレビ化記念おいわい特別号」と印刷し発刊。 巻頭カラーページで製作過程を特集し、その後も同じ企画の連載、また毎号にテレビ放映局と放送時間を記した頁を必ず入れるなどしていた。 また、1979年にコロコロコミックデラックス「テレビ版ドラえもん」第1号、1980年7月25日に第2号を発行 共に380円。 カラーページを多用し、テレビ内容をより深くなぞったり、製作過程を紹介する書となっている。 放送枠 [ ] 現在に続く30分枠での放送が開始したのはからであり、帯枠放送時からの移行で制作体制も刷新されそれらの美術設定などは声優陣のリニューアルに伴う2005年の放送終了まで、金曜19時(一時期は18時50分)からの放送はまでそれぞれ続くこととなる。 1976年10月から1981年9月までは「」を含めた少女向けアニメを放送する枠として展開されていたが、今作の枠移動により東映動画は6年間保持していた当枠を手放すこととなり、放送されていた『』は30分繰り下がって金曜19:30へ移動となっている。 原作不足への対応 [ ] 帯枠での放送ということもあって原作の不足は早い段階で発生しており、当時の時点で単行本などに未収録だった作品もいち早く映像化していた。 1980年の特番で初のアニメオリジナルの作品が放送され、放送開始以来、脚本家を置かずアニメーターが原作から直接コンテを書き起こす制作形態を採っていたが、この時期以降は脚本家が置かれての制作形態へ徐々に移行となり、30分枠移動時には完全に移行した。 他作品の流用 [ ] 原作者を同じとする漫画作品を、本作のキャラクターに差し替えた形でアニメ化するなどの手法も採り、帯枠時では『』から数多く映像化され、1990年代後半には『』、2000年代には『』のエピソードを原案にした作品も数作品制作された。 リメイク [ ] 放送が長期に渡ったこともあり、同一の原作を再びアニメ化するリメイク版の制作も数多く行われた。 初のリメイクは単行本2巻収録、本作では1979年にアニメ化された『オオカミ一家』で、1985年に『オオカミ一家を救え!! 』として放送された。 30分枠移行後では、1990年頃からアニメオリジナル作品の制作割合が多くなり、末期にはほぼ全ての作品がアニメオリジナルとなった。 その時期では主に特番などにおいてリメイク版の放送を行った。 リメイク作品は帯放送枠時代に放送された作品が中心だが、30分時代に放送された作品をリメイクする場合もある。 に原作者の藤子・F・不二雄が逝去した際、遺族がアニメの放送終了を求めたことがあったが、テレビ朝日側が遺族を説得し、放送は継続された。 映画化 [ ] 放送開始から約1年後のからはの配給により毎年3月に映画が公開されており、リニューアルにより2005年のみ途切れるも2006年からは再開され現在も毎年新作映画が公開されている。 1980年に公開された第1作『』から、本作の放送期間中に劇場公開された最終作は2004年公開の『』である。 また、秋の特番では1996年までは、春に公開された映画が放送されていた。 なお、放送は必ずしも金曜日ではなくレギュラー放送を通常通り放送した翌日の土曜日など別日だった回もある。 特にはその年の曜日がどの曜日であっても関係なく『大晦日だよ! ドラえもん』と題して3時間の特番が放送され、中編、短編も含め過去の傑作の中から10本程度の(1987年までは藤子オールスター特番のため、『ドラえもん』の他、『パーマン』、『忍者ハットリくん』などの傑作も放送 )、翌年春公開予定の映画のお知らせ、ドラえもん関連イベントの紹介などが放送された。 ただし、1995年は大晦日に『』の特別番組を編成したため、1日前倒しをして30日に放送、タイトルも『冬休みだよ! ドラえもん』に変更された。 視聴率 [ ] 2005年3月の放送終了までの日本での歴代平均最高はの放送で記録された 31. 声優陣の交代 [ ] 当日付の朝日新聞にて声優陣一新の決定が初めて世間に公表され、リニューアルに伴い2005年3月18日放送の特番『ドラえもん オールキャラ夢の大集合スペシャル』をもって、同年からのにバトンを渡す形で放送終了を迎えた。 当日、直前に放送された『』では声優陣の卒業特集が組まれ、最後のエピソード『ドラえもんに休日を?! 』の収録に密着した。 レギュラー5人に加え、準レギュラーから(先生役)、(神成役)、(ミニドラ役)、(ドラミ役)、(しずかのママ役)、(スネ夫のママ役)、(ジャイアンのママ・ジャイ子役)、(玉子役)、(のび助役)計14人が視聴者にメッセージを述べた。 ナレーションは玉子役のが担当。 後日には第2期の声優のオーディションに密着した特集も組まれた。 楽曲 [ ] 劇伴はが担当、その後の同社制作による藤子アニメや『キテレツ大百科』などにも参加する。 菊池は放送開始から20年以上にわたってテレビシリーズと映画 のBGMを手がけた。 うち一部の楽曲はサントラCDとして商品化された。 主題歌『』のシングルレコードは1987年の時点で日本で150万枚を売り上げている。 原作にはない設定 [ ] シンエイ動画旧社屋。 青い壁色から「ドラえもんビル」の通称で呼ばれる。 また、撮影日は、2007年と思われる。 のの放送終了後、漫画『』の映像化権は、かつての制作会社のが消滅していたこともあって宙に浮いていたが、その後は原作者からの信頼を獲得したへと委ねられていたとされる。 の秋に東京ムービー専属の下請会社であったが、へと社名を変更して独立。 その際に東京ムービーの社長を務めていたが『ドラえもん』の映像化権をシンエイ動画への餞別として快く譲渡したという経緯がある。 一方、の回想では、秋に原作者である藤本弘(藤子・F・不二雄)にアニメ製作の許諾を求めると、藤本はしばらく沈黙してから「いったいどうやって『ドラえもん』を見せるのか、教えてもらえませんか。 原稿用紙3、4枚でいいから、あなたの気持ちを書いてきてください」と答えた。 楠部はAプロダクション時代に面識のあったに依頼して企画書を書いてもらい 、高畑とともに再度藤本を訪れて企画書を見せると、藤本は「わかりました。 あなたにあずけます」と即答したという。 楠部は後日藤本が「『』にしても、『』にしても、みな幸せな家庭へ嫁に出すことができました。 でも、『ドラえもん』だけは出戻りなんです。 (中略)だからもし、もう一度嫁に出すことがあったら、せめて婿は自分で選ぼうと、そう決めていました」と、企画書を求めた理由を話したことを記している。 独自に映像化権を取得したシンエイ動画は手始めに(YTV・) へ新作のセールスを行っており、同局のだったが本格的な書を作ったものの、上層部の理解を得られずに企画は頓挫する。 佐野は『ドラえもん』の企画書をのに譲渡することで、シンエイ動画と旭通信社による各テレビ局へのセールスが新たに開始された。 楠部三吉郎は、東京ムービーと関係の深かったよみうりテレビ東京支社長が「また一緒にやろう」と誘ってくれたが、シンエイ動画が東京ムービーと「揉めて」独立した経緯があり、東京ムービー時代の「コネ」に頼るのは「仁義に反する」と考えて他局に売り込んだと記している。 になると、のだったも再アニメ化への根回しを開始。 テレビ朝日の編成部で19時から23時までの担当者だったに「藤本先生が『私の作品はどこが受け入れられなかったのでしょうか?』と言われている。 『ドラえもん』がで失敗した理由を教えてほしい」という要望で、1973年版全26話分の台本と漫画の数冊を入れた風呂敷包みを贈っている。 それを自宅に持ち帰った高橋は、小学校低学年と幼稚園児だった娘たちが単行本を楽しそうに読む姿を見て『ドラえもん』は低年齢層向けの作品だと確信するが、1973年版の台本を読むと対象年齢のターゲットが少し高いように感じた。 書店でも、当時の子どもたちが面白そうに単行本を読む光景を観察した高橋は、『ドラえもん』の再アニメ化をテレビ朝日の上司に提案するが「日本テレビで失敗したものがテレビ朝日で成功するわけがないだろう」という一言で却下。 高橋は、低の枠があったら再び『ドラえもん』の企画を出す作戦に切り替える。 その後、プライムタイムの低視聴率を問題視したテレビ朝日の編成局長と編成部長が、担当者の高橋を呼び出して責任を問う機会があった。 18時50分から19時までの枠を視聴率が取れ、ベルト編成ができる番組に切り替えれば、プライムタイムの数字は自ずと上がるのではないでしょうか」という高橋の考えに対し、「現在の18時30分から20分間の全国ネットニュース、18時50分から10分間のローカルニュースという編成を、18時から30分間の全国ネットニュース、18時30分から20分間のローカルニュース に拡大すれば、報道局は納得するだろう。 そうすれば、18時50分からの10分間をあけることができる」という編成部長の妙案で、高橋は月曜から土曜まで10分間のベルト企画を社内外から募集することになった。 高橋が、アニメ、人形劇、特撮もの、歌ものなどを含めて88本も集まった企画に『ドラえもん』も入れて選定中の頃、小学館やシンエイ動画と組んで『ドラえもん』の再アニメ化を各テレビ局にセールス中だった旭通信社が、テレビ朝日におけるベルト企画の状況を聞いてきた。 高橋が『ドラえもん』を薦めると、旭通信社も同意して『』と題したを持参。 このパイロット版は高橋の上司の編成部長にも好評であり、「必ず決めるから他局に持っていかないで欲しい」と言われたという。 そして様々な紆余曲折を経た『ドラえもん』の再アニメ化は10分間のベルト新番組として、1979年4月の改編期に決定する。 なお、テレビ朝日における月曜から土曜までの時間帯(18時50分~19時)は関東限定のローカルしか存在せず、安い広告料しか得られない広告代理店も製作リスクが高いことから、月曜から土曜まで放送した『ドラえもん』を日曜朝(8時30分~9時)の全国同時ネット用に再編集して放送する珍しい編成になった。 楠部三吉郎によると、他局へのセールスに色よい反応がなかったため、最後の手段としてパイロット版を作ることにしたという。 なお、楠部はパイロット版の完成時期を「1978年秋」と記している。 パイロット版の時点で本放送キャストの、、、、、の6人が既に同役で参加しているが、パイロット版で起用されていたキャストは、放送決定後に改めてプロデューサーなどの意向を含め変更されることが多いため、これはかなり特異なことである。 楠部三吉郎は、このキャストは音響監督だったが選んで連れてきたと記している。 本作の第1話「ゆめの町ノビタランド」はプロローグ的な意味合いなどは全く持たない平常的な作品であり、普通に本編から始まっていることから、第1作の続編を意識したかのような形がとられている。 他にも、しずかの髪の色が栗色であったり、美術設定にが起用されているなど、第1作と同一の設定も散見される。 なお、ドラえもんが初めてのび太の前に現れる原作の第1話にあたる「未来の国からはるばると」は、翌年の正月特番として放送された。 企画書を作成したは通常のエピソードを第1話に用意した意図について次のように記している。 ドラエモンは何者か、どこから来たか、のび太とどういう関係なのか、をはじめからわからせるために、特別な第1話を指定することはしない。 ドラエモンの出現とのび太のおどろきをみせない方が良いということを積極的に主張する根拠はないが、ドラエモンとのび太の友情の発展していく過程とか、パパやママのそれを受け入れていく過程などを描くことが予定されていない以上、第1話それ自体としての問題でしかなく、要は如何に面白い話を第1日目に提出するかという点で考えたい。 「ドラエモン」の魅力はドラエモンという不可思議な存在が、その存在のリアリティを子供に植えつけることで増加するわけでなく、ドラエモンがポケットから出すものによって、平凡な日常生活が急に活気を帯び、楽しく夢のあるものになったり、なりかけて駄目になったり、イタズラ心や子供っぽい復讐心に刺激を与えられて、笑いを解き放たれるところに、その魅力があるのだから、短刀直入〔〕に個々のエピソードを展開しはじめたほうが良いだろう。 同じような意味で、のび太、パパ、ママ、しずか、スネ夫、ジャイアンなども、最も一般的なタイプを代表していて、ドラエモンの道具によって異変が持ちこまれるべき「日常生活の世界」を最もシンプルな形で構成しているのだから、この的人物達とその関係は子供達に一目瞭然であり、余計な説明も肉づけも不要である。 以上の点から、このシリーズの場合、シリーズの構成といったものは不要であり、いかにバラエティを考えるかだけが重要である。 — 「ドラエモン"覚書"」1977年 放送時間 [ ] 1979年(昭和54年)4月2日 - 1981年(昭和56年)9月23日 月 - 土曜 18:50 - 19:00(帯番組・10分) テレビ朝日など、一部局でのローカル枠としての放送。 このほか、テレビ朝日系全国ネットで下記の放送時間にて30分間の再放送(大半の地域では初回放送)がされた。 なお、帯番組のものとは放送順が異なる他、オープニング・エンディング・次回予告が別途製作された。 1979年(昭和54年)4月8日 - 1980年(昭和55年)3月30日 日曜 8:30 - 9:00 30分 1980年(昭和55年)4月6日 - 1981年(昭和56年)9月27日 日曜 9:30 - 10:00 30分 金曜日に移行した後、放送枠は『』として『』、『』(第2作)、『』(第3作)に引き継がれた。 1981年(昭和56年)10月2日 - 1987年(昭和62年)10月9日 1989年(平成元年)4月14日 - 2005年(平成17年)3月18日 金曜 19:00 - 19:30 30分 日曜日の再放送と同様にテレビ朝日系全国ネットでの放送。 前者では、金曜日の同枠で藤子アニメの放映は『』(NETテレビ時代、当時系列局だった制作)以来だった。 なお、後者は『』の放送時間変更に伴うもの。 日曜8:30~9:00。 1979年10月から月~金曜16:50~17:00で10分帯番組も追加ネット。 金曜17:30~18:00 1979年8月25日~9月29日 土曜7:45~8:15 (IBC) 1979年10月~1996年3月打ち切り 開始時は火曜 17:30~18:00に放送 IAT テレビ朝日系列 1996年10月開局から KHB 1979年4月8日から。 日曜8:30~9:00 ABS 日本テレビ系列 1979年7月17日 ~1992年9月24日。 同年10月から月~土曜18:50~19:00で10分帯番組も開始。 KNB 日本テレビ系列 作者の出身地。 1980年4月5日に第3話よりネット開始。 1980年4月5日から1985年9月28日までは土曜 17:00 - 17:30 1985年10月4日から1996年9月27日までは金曜 17:00 - 17:30 1996年10月4日から1999年3月26日までは金曜 16:55 - 17:25 1999年4月9日から2002年9月27日までは金曜 16:27 - 16:55 2002年10月1日から2005年3月22日までは火曜 16:27 - 16:55にて、 それぞれ放送。 MRO TBS系列 1979年6月19日 ~1985年9月23日。 火曜17:00~17:30 (ITC) フジテレビ系列 1985年11月1日 ~1991年9月22日 放送時間は当初は金曜17:32 - 18:00であったが、 1986年1月5日以降は日曜9:00 - 9:30にて放送された。 HAB テレビ朝日系列 1991年10月開局から FBC 日本テレビ系列 テレビ朝日系列 1979年10月4日ネット開始。 木曜18:00~18:30 1987年9月までと、1989年4月から1990年代後半まで木曜17:30~18:00 1987年10月から1988年3月までは火曜19:00~19:30 1988年4月から1989年3月までは日曜10:30~11:00 1990年代後半以降変動あり。 1987年10月よりのスポンサー付きネット。 NBN テレビ朝日系列 1979年4月8日から。 日曜8:30~9:00 ABC 1979年4月8日から。 土曜17:30~18:00 BSS TBS系列 1989年10月から HOME テレビ朝日系列 1979年4月8日から。 日曜8:30~9:00 tys TBS系列 1979年秋頃~1993年9月 金曜17:30~18:00 yab テレビ朝日系列 1993年10月開局から JRT 日本テレビ系列 1979年秋頃~1990年代後半に打ち切り。 毎週金曜17:30~18:00 KSB テレビ朝日系列 1979年4月8日から。 日曜8:30~9:00 EBC フジテレビ系列 1979年10月~1995年3月。 日曜8:30~9:00 NBC TBS系列 1990年3月まで 月曜16:50~17:20 NCC テレビ朝日系列 1990年4月開局から RKK TBS系列 1979年9月5日~1989年9月。 水曜17:00~17:30 KAB テレビ朝日系列 1989年10月開局から OBS TBS系列 1979年秋頃~1993年9月。 火曜17:20~17:50 OAB テレビ朝日系列 1993年10月開局から UMK フジテレビ系列 日本テレビ系列 テレビ朝日系列 1979年の秋頃から。 日曜18:00~18:30 KKB テレビ朝日系列 1982年10月開局から RBC TBS系列 1979年後半~1995年9月。 - 年表 [ ] 年 月日 表類 備考 1973年 9月30日 前史経歴 によって初めてアニメ化された『』が会社の解散に伴い放送を終了。 その後、『ドラえもん』のアニメ化版権及び放送版権は宙に浮いていたが、 シンエイ動画の企画書を通じた必死の説得で、今作の制作が決定するのは1976、7年頃の事となる。 1976年 9月9日 前史経歴 Aプロダクションがシンエイ動画株式会社として独立。 1978年 8月 作品経歴 今作のパイロットフィルム『』が完成。 今作の時点でドラえもん、のび太、静香、スネ夫、ジャイアン、のび太のママが登場、その後声優は代役時を除き一律。 12月 放送経歴 テレビ朝日での放送が決定する。 1979年 4月1日 放送経歴 本放送開始の前日であるこの日に本作を紹介、予告する特別番組が放送された。 この放送で、のび太の家にドラえもんがやってきて2人がはじめて出会う内容の番組『ぼくらのともだちドラえもん』 (司会:、、ゲスト:)が放送された。 4月2日 初回経歴 本放送を開始。 第1話は単行本3巻収録『ゆめの町ノビタランド』。 ドラえもんとのび太の出会いを描いた物語は後述、 翌年正月に特別番組『ドラえもんのびっくり全百科(オールひゃっか)』にて「未来の国からはるばると」として放送された。 4月3日 登場経歴 4月3日放送作品『変身ビスケット』にて、のび太のパパこと野比のび助が初登場。 声優は。 声優交代に関しては後述。 6月15日 登場経歴 6月15日放送作品『ラジコン大海戦』にて、骨川スネ吉が初登場。 声優は。 その4年後に放送された『超リアル・ジオラマ作戦』からに変更し、そこからは一律。 10月3日 放送経歴 初の特番『秋だ! 一番ドラえもん祭り』を19:00 - 20:00で放送。 過去放送された4本の他、パイロット作『勉強部屋のつりぼり』を初放送した。 12月20日 登場経歴 12月20日放送作品『百年後のフロク』にて、セワシが初登場。 声優は。 その後25年間一律。 1980年 1月3日 初回経歴 初のテレビアニメオリジナル作品『タイムマシンでお正月(映像ソフト未収録)』が放映された。 以後数年間、正月三が日にスペシャル番組が放送されるパターンが続いた(前述の『ドラえもんびっくり全百科』もうち1日)。 同年4月、『(映像ソフト未収録)』を放送。 往年の人気藤子キャラクターと共演を果たした。 3月12日 放送経歴 前年より同局の『』で始まったアニメ特番『』の進行役として、ドラえもんが初登場。 これ以後1987年3月11日放送の『春だ! 今夜はアニメまつりだ!! とびだせ! ドラえもん』まで、ドラえもんが他の藤子アニメキャラと共に進行役を担当する。 3月15日 初回経歴 初の 『』が公開される。 配給収入15億6000万円、観客動員数320万人。 4月4日 登場経歴 4月4日放送作品『税金鳥』にて、出木杉英才が初登場。 声優は。 その後25年間一律。 4月8日 登場経歴 『春だ!一番ドラえもん祭り』内で放送された『おまたせドラミちゃん初登場!のび太の海底ハイキング』にてドラミが初登場。 ドラミの声を担当したのは番組内で多くの脇役をこなしてきた横沢啓子(現:)。 その後約25年間ドラミの声を担当した。 5月5日 放送経歴 関連大型特番『』の一環として本作のスペシャル版として『のび太の夢の金メダル』が放送される。 全編42分の長編であった。 なお直前の18:30に放送されたバラエティ「ドリフと秀樹とドラえもん」にもドラえもんが出演し、やと共演した(このため通常の18:50版は休止)。 7月11日〜 8月29日 放送経歴 金曜19時30分枠で放送されていた『』が7月11日に終了し、 同枠に8月29日から放送開始する『』までのの一環として、1か月間の本作の特集を開始。 7月18日から8月1日までは金曜19:30枠に『ドラえもん・夏休みアンコール劇場』を放送、 8月8日には初の夏の特番『夏だ! 一番・ドラえもん祭り』を、金曜19:00 - 20:00 枠で放送した。 1981年 9月23日 放送経歴 約2年と5ヶ月続いた帯放送枠での最後の放送。 帯枠最後の作品は『やどり木』。 この枠では全617話を放送した。 10月2日 変革経歴 放送枠が進出に伴い、金曜19:00 - 19:30枠に移行。 同時に多方面における大きな変革が行われる。 まずアイキャッチアニメーション を廃止し、サブタイトル画面を新作の物にした。 1作品の尺も6分30秒から10分50秒へ拡大。 10分50秒の作品を2本立てで放送。 菊池俊輔作曲による劇中のBGMを原則、すべて新たな菊池による新規BGMに変更 またキャラクターデザインや色彩設定、その他の作画設定なども変更された。 12月31日 初回経歴 初の大晦日特別番組『大晦日だよ! ドラえもんと忍者ハットリくん』を放送。 以後、毎年の大晦日に特別番組を放送。 ただし1995年は大晦日にビートルズ特別番組が編成されたため1日前倒して12月30日に放送した。 1982年 1月1日〜 1月3日 放送経歴 本作と『』に、前年開始した『』を加えた新春特番『'82お正月!! ドラえもん・怪物くん・忍者ハットリくんスペシャル』を放送。 4日連続して『ドラえもん』と『怪物くん』が見られる事となった。 1月8日 変革経歴 1回あたりの構成を変更。 新作1本8分57秒と再放送作品2本6分30秒の3本立てに。 3月24日 放送経歴 テレビ朝日の期首特番『』に、 『怪物くん』・『忍者ハットリくん』と共に全声優陣が初参加(アニメチームの参加はこれが初)。 さらにこの時のみ、藤子不二雄(当時)も参加した。 以後当番組には、最後までアニメチーム が参加した。 初参加の時は、番組冒頭にドラえもん、怪物くん、ハットリカンゾウがボウリングをするアニメ(シンエイ動画制作)が挿入された。 1983年 2月11日 放送経歴 本日放送回にて、 番組最高視聴率31. 2%を記録。 放送作品は『鏡の中の世界』『テストロボット(映像ソフト未収録)』『オンボロ旅館をたてなおせ』の3本。 ただし後記2本は再放送作品。 テレビ朝日系で放送されたアニメの中では第1位の視聴率である。 10月13日 放送経歴 テレビ朝日開局25周年『藤子不二雄スペシャル (映像ソフト未収録)』が放送。 アニメと実写の合成を用い、ドラえもんらと藤子両人が旅行するという内容の番組だった。 この番組はテレビ界初の立体的なアニメ(アニメ部分は当時としては珍しいCGでの制作)と 実写の新方式の合成が利用されていて「ドラビジョン」と名付られていた。 その後1985年の新春スペシャルとして再放送されている。 12月31日 放送経歴 本作と『ハットリくん』に、この年開始の『』を加えた大晦日特番『大みそかだよ! ドラえもん・パーマン・忍者ハットリくん "シシ丸のゆく年くる年"』を放送。 「」が誕生する。 翌1984年も『スーパービッグヒーロー 大晦日だよ! ドラ・ハッパー』のタイトルで放送。 1984年 5月18日 変革経歴 放送形態を変更。 新作10分50秒と再放送10分50秒の2本立て。 その後も数回1話当たりの放送時間が8分57秒、10分50秒、12分43秒のいずれかにたびたび変更されていた。 11月30日 変革経歴 放送形態を新作12分43秒と再放送8分57秒の2本立てに変更。 1985年 4月5日 初回経歴 初のリメイク作品が放送。 ドラえもん初のリメイク作品は単行本2巻収録『オオカミ一家』だった。 12月31日 放送経歴 「ドラ・ハッ・パー」に、この年開始の『』と『』、そして3年振りの『怪物くん』を加え、『藤子不二雄スペシャル オールスター大集合』を放送、1987年まで続ける。 1986年 11月14日 休止経歴 11月14日放送分はの報道特番に差し替えられ休止となった。 1987年 7月中 作品経歴 『ドラえもん21世紀まつり タイムカプセルドラ丸くんフェスティバル』で1つ目の・ドラ丸くんが封印される。 2001年1月1日午前0時0分開封予定であったが作者が亡くなったこともあり恒久保存となった。 10月23日 変革経歴 女優のを起用した夕方のニュース番組『』が放送されたため、この回より放映枠が18時50分-19時20分に移動。 Bパートの後半に「このあと7時20分からはニュースシャトルです」のお知らせテロップを挿入。 その後、本作が19:00スタートに戻った際はその他の藤子・F・不二雄作品を10分間の短編に仕立てて18:50から放送し、19:00からドラえもんを放送した。 次回予告はドラえもんが立て札に次回のタイトルをハケのようなもので書いていくという簡略化された20秒のものになっていた。 音楽も「ドラドラどこかにドラえもん」の前奏を利用した曲に変更された。 また、本編も10分50秒の新作2本立てとなった。 この時期は月曜日に、帯番組時代の再放送(初期放送分)があった。 1988年 1月8日 変革経歴 新作10分50秒と再放送10分50秒の2本立てになる。 3月25日 放送経歴 18:20-18:50の時間帯で放送された。 これは前日に中国で起きた関連の情報でニュースシャトルが拡大したためである。 4月1日 達成経歴 本日放送作品『ワラシベにお願い(映像ソフト未収録)』にて、第1話「ゆめの町ノビタランド」から数えて特番を含み 通算1000話を達成。 11月11日 放送経歴 1988年11月11日の放送は特番編成に伴い19:30 - 20:00での放送となる(『ニュースシャトル』が前倒しで拡大版を放送したため)。 これ以外にもの病状が芳しくない時は30分前倒して放送したこともあったほか、 ニュース速報によるテロップなどで昭和天皇の体調情報がたびたび流されていた(同時期の他のテレビ番組も同様)。 12月31日 放送経歴 8年ぶりに大晦日特番がドラえもん単独のものになり「大晦日だよドラえもん」が復活する。 1989年 1月6日 放送経歴 正月SP『ドラえもん夢気球SP』を19:00 - 20:00で放送。 しかし翌7日に昭和天皇が崩御され8日に「」と改元されたため「昭和64年」の放送はこれが唯一になった。 2月24日 放送経歴 昭和天皇の大喪の礼特番放送のため19:30 - 20:00での放送となる。 3月11日 劇場経歴 通算10作目にあたる劇場版『』が封切り。 現在も破られていない歴代最高の観客動員数420万人を記録した。 1990年 3月7日 放送経歴 同局の『』(『水SP』の後身)で、3年振りのアニメ特番として、劇場版ドラえもん10周年を記念した『春だ! 映画だ! ドラえもん祭り』を放送。 1991年 2月24日 作品経歴 本作で神成さん役を務めたが逝去。 アニメ版開始から連続で出演する声優の死去はこれが最初となった。 3月6日 放送経歴 同局の『』(『水スーパーTV』の後身)で、ドラえもん達が他のテレビ朝日系列アニメと共演するクロスオーバー特番『』を放送。 以後1992・1993年にも放送される。 3月22日 変革経歴 3月22日に放送された『チリつもらせ機(映像ソフト未収録)』から、神成さん役を演じてきた兼本新吾が死去したため、が後任となって神成さんを演じる。 6月21日 変革経歴 中村英一が総作画監督に就任。 各話の作画監督はローテーション制となった。 10月11日 放送経歴 放送が30分枠になって初めて、原作の存在しないアニメオリジナル作品が放送。 作品名は『ラッキー砂時計(映像ソフト未収録)』。 1992年 10月9日 変革経歴 サブタイトル場面が長年使用されたオレンジタイトルからグリーンタイトルへ移行。 またこの日の放映よりオープニング、エンディングテーマともに変更され、オープニングの『』は歌手がからに交代。 10月23日 変革経歴 本日放送の『シャワーでかくれんぼ(映像ソフト未収録)』から 放映開始から役を演じてきたが咽喉癌のため途中降板しが後任となった。 1993年 3月18日 作品経歴 本作で野比のび助役を務めた加藤正之が逝去。 4月9日 変革経歴 この回より新作の長さが10分50秒と8分57秒の1本ずつになり、1話目の前に1分50秒の『ドラえもん めいさく劇場』が付くようになった。 また、オープニング前に3秒間「テレビ化15周年」の表示が出るようになった。 『ドラえもん めいさく劇場』は10月1日まで続いた。 9月8日 放送経歴 15周年『 ドラえもんボクの感謝の90分! 夢の四次元バラエティー』が放送される。 藤子・F・不二雄のアニメキャラクターが出演し競演した。 また、実写とアニメで藤子・F・不二雄、と、ドラえもんのメインキャラクターの声優陣がドラえもんたちと競演した ドラえもん似の人を募集して紹介する「ドラ顔コンテスト」、1979年からの歴史を振り返るといった内容だった。 12月31日 放送経歴 『大晦日だよ! ドラえもん』を放送。 翌1994年に公開される『』の宣伝を兼ねて、デンカがゲスト出演(声は)。 1994年 4月1日 変革経歴 今放送分から(字幕放送)を開始。 テレビ朝日でのアニメ化15周年を記念し、先述の通り、菊池俊輔作曲による劇中のBGMのうち、第1回放送「ゆめの町ノビタランド」から1981年頃まで使用されていた数十種類に及ぶうちの1つだけがこの日放送の新作「ハリ千本ノマス」で久々に復活・使用された。 このBGMは集等のCDには収録されていないBGMで、久々の採用となったが、翌週以降使用せずこの話が最後となった。 またキャラクターデザインや色彩設定、その他の作画設定なども変更された。 1995年 10月6日 放送経歴 特捜関連のに配慮し、 Aパート、Bパート冒頭で「番組を中断してニュースをお伝えする場合がありますのでご了承ください」と書かれたテロップが流されたが、 ニュースが挿入されることなく放送された。 12月30日 放送経歴 1980年以来毎年続いてきた大晦日の3時間特番が30日に移動。 番組タイトルも『冬休みだよ!ドラえもんスペシャル』に変更された。 31日にはの特番が放映された。 1996年 9月23日 放送経歴 (本名:藤本弘)逝去。 享年62。 9月29日 放送経歴 藤子・F・不二雄逝去により、『』枠で追悼特番として『』が再放送された。 放送終了直後には、生前の藤子の写真がエンドロールとして流れた。 12月31日 作品経歴 1996年(平成8年)のNHK紅白歌合戦にドラえもんが登場。 同時刻にテレビ朝日ではドラえもんの大晦日スペシャルを放送していた。 1997年 8月8日 変革経歴 サブタイトル場面、次回予告、本編BGM等がリニューアルされた。 1998年 1月 作品経歴 前年に系列で放送された『』における「」の事件を受けて、年が明けたこの月からひみつ道具を出すシーンなどにおいて用いられていたなど激しい点滅の演出を一切使わなくなる。 同時にBパートや特番での前年分までの再放送もひみつ道具を出すシーンではVTRを一時停止するなど修正・編集が加えられた。 なお、現在流通している映像ソフトなどでは点滅の修正はされずそのままである。 スーパースペシャル』を放送。 番組では『パーマン』・『オバケのQ太郎』・『』・『』・『21エモン』といった、歴代藤子・F・不二雄アニメキャラが祝福に駆け付け、また『ウメ星デンカ』のデンカも5年振りにゲスト出演した。 1999年 10月 作品経歴 ドラえもんが「青少年向け番組」に指定される。 ただし、『』にあるような表記は一切なし。 12月31日 放送経歴 『』が放送される。 番組内で『2000年だよ! ドラえもん』が放送された。 この番組では、各国の2000年になるカウントダウンの時間をドラえもんがナビゲートした。 また、21世紀に保存したい名場面を納める製のドラえもんが作られた。 これはに開ける予定になっている。 放送経歴 同局の長寿番組『』にゲストとしてドラえもんがCGで初出演。 同番組に架空のキャラクターがゲスト出演したのはこれが初めて。 2000年 2月11日 放送経歴 ドラえもん、2度目の『徹子の部屋』出演。 3月3日 変革経歴 この回からモノラル放送から ステレオ放送に移行。 6月9日 変革経歴 サブタイトルが変更。 グリーンタイトルからピンクタイトルになる。 2001年 7〜8月 休止経歴 中継により約1か月間放送が休止となる。 2002年 3月 作品経歴 テレビ朝日ホームページ内にアニメドラえもんの公式ホームページが開設される。 7月13日 作品経歴 「THEドラえもん展」が大阪の「天保山」で開催された。 大好評で、日本各地でも開催されたが2005年12月22日 - 2006年の1月17日の長崎県美術館県民ギャラリーの展示で最後となった。 10月4日 変革経歴 本編がセル画制作からデジタル制作へ移行されフルデジタルアニメーションとなる。 それに伴いオープニングやエンディングも新しくなり、近代的作風へ大幅にリニューアルが行われた。 2002年当時では、すでに多くの作品がデジタル制作に移行されており、ドラえもんのデジタル制作への移行は非常に遅く、本番組のデジタル制作に伴いセル画制作のアニメは『』(2013年に移行)を残すのみとなるほど遅かった。 『ドラえもん』初の完全デジタル作品は『ミニドラレンタル中(映像ソフト未収録)』。 2003年 7月18日 放送経歴 この日の放送作品『四次元エレベーター(映像ソフト未収録)』に当時主題歌を歌っていたが出演。 8月9日 作品経歴 渡辺美里の西武ドームライブにアニメ出演のお礼としてドラえもんがゲスト出演する。 11月21日 達成経歴 この日の放送で放映枠が現在の金曜夜7時になってから レギュラー放送が通算1000回を迎えた。 2004年 3月6日 劇場経歴 大山版ドラえもんの映画シリーズ最終作『』が公開。 興行収入30. 5億円。 7月9日 休止経歴 放送前に曽我ひとみ、ジェンキンス夫妻がジャカルタで再会するニュースが入ったため、 直前に報道特別番組に差し替えられ、その日の放送予定分は翌週に延期された。 10月1日 放送経歴 渡辺歩がコンテ・演出・作画監督の三点を同時に担当した最後の作品『ためしにさようなら』がオンエア。 渡辺は次作においてキャラクターデザインを担当する。 10月22日 初回作品 番組史上初めて『』を4週に分けて放送。 11月12日は日米野球の中継を放送するため、最終章は1週延期して11月19日に放送された。 10月23日 休止経歴 特別番組『今夜公開!! 誰も知らない ドラえもんの秘密スペシャル! 』が新潟テレビ21をはじめ ほとんどの地域は放送開始から5分ほどで関連の報道特番に差し替えられる形で放送中止となった。 これに従いこの特番は2ヶ月後の12月18日に放送が延期された。 一部地域ではこの特番の再放送も行われた。 11月22日 作品経歴 朝日新聞一面にて声優陣交代が公表される。 この件は朝日新聞が独占で唐突に公表したため、NHKを始めとした他の報道機関は予定を変更し、時間を割いてこの話題を報道した。 12月17日 放送経歴 芝山努チーフディレクターのコンテ担当最終作『のび太とのび夫(映像ソフト未収録)』放送。 2005年 3月18日 放送経歴 『ドラえもん オールキャラ夢の大集合スペシャル!! 1984年12月21日放送の 再放送作品『ハリーのしっぽ(映像ソフト未収録)』と 旧声優陣による再アフレコ兼リメイク作品『ドラえもんに休日を?! 』をもって、本作のレギュラー放送を終了。 平均視聴率は14. 3月25日 放送経歴 『』を放送。 大山のぶ代と小原乃梨子が映画のとして登場しシリーズの最後の放送を終える。 これをもち大山版ドラえもんは26年の歴史に終止符を打った。 3月下旬 受賞経歴 第14回で 本作のレギュラーキャラクター5人の声を務めた、、、、の5人が賞を受賞。 2006年 11月19日 受賞経歴 2006年に開催された第11回にて 大山のぶ代、小原乃梨子、野村道子、肝付兼太、たてかべ和也が特別賞を受賞。 2007年 3月 受賞経歴 東京国際アニメフェア2007にて 本作のレギュラーキャラクター5人の声を務めた大山のぶ代、小原乃梨子、野村道子、肝付兼太、たてかべ和也が第3回功労賞を受賞。 2009年 11月18日 作品経歴 テレビアニメ『ドラえもん』の放送開始30周年を記念して、1979年4月2日から1980年3月31日までに放送された全309作品を収録した テレビ朝日限定生産DVDBOX『DORAEMON TIME MACHINE BOX 1979』が発売。 このDVDBOXにはパイロットフィルムの『勉強べやのつりぼり』と1980年の正月スペシャルに放送された『未来の国からはるばると』も特典映像として収録されている。 某日 受賞経歴 劇伴を担当したが『ドラえもんBGM』での日本国外からの著作物利用料収入が最も多い作品に与えられる国際賞を受賞。 2012年にも再度受賞。 2010年 3月19日 放送経歴 『ありがとう!30周年 今夜かぎりの春のドラえもん祭』内で地域限定だった10分帯番組時代のシリーズ第1話「ゆめの町ノビタランド」を初の全国放送。 新作ではないが5年ぶりに旧声優陣のシリーズが放送された。 12月13日 作品経歴 兼本新吾に代わり本作で神成さん役を務めた渡部猛が逝去。 2014年 5月 放送経歴 CS(現在はテレ朝チャンネル2)にて『TVアニメ35周年記念・ドラえもん名作コレクション』と題した第1話から話数順での一挙放送が実施。 30分枠で、オープニングは1981年9月27日まで放送していた日曜枠と、1981年10月2日からの金曜枠に分かれ、クレジットも再打ちされている。 8月8日 放送経歴 映画『』公開記念としてCSテレ朝チャンネルにて行われた傑作選放送で、地上波放送終了以来初めてピンクタイトル作品の再放送が行われる。 2015年 6月18日 作品経歴 本作でジャイアン役を務めたたてかべ和也が逝去。 作品の終了から11年目にして本作のメインキャストで一人目の逝去者となった。 翌日に放送された『』では追悼テロップが流れた。 11月25日 作品経歴 本作で出木杉英才役を務めた白川澄子が逝去。 2日後に放送された『ドラえもん』ではたてかべの時と同様の追悼テロップが流れた。 12月13日 放送経歴 NHK・にて、大山のぶ代と本作が歩んだ26年間を描いたドラマ『』をオンエア。 主演(大山のぶ代)はが務め、ナレーターには小原乃梨子が起用された。 併せて新規のインタビュー映像も放送され、小原の他、野村道子、肝付兼太、そして本作のプロデューサーであった別紙壮一も出演した。 さらに小原、野村、肝付は劇中のアフレコの吹替やエンディングで10年ぶりにそれぞれのキャラクターを演じた。 2016年 10月20日 作品経歴 本作でスネ夫役を務め、日本テレビ版で初代ジャイアン役を演じた肝付兼太が逝去。 8日後に放送された『ドラえもん』ではたてかべ、白川の時と同様の追悼テロップが流れた。 作品リスト [ ] 「」も参照 メインレギュラーキャラクター [ ]• - (1979年4月2日『ゆめの町ノビタランド』 - 2005年3月18日『ドラえもんに休日を?! - (1979年4月2日『ゆめの町ノビタランド』 - 2005年3月18日『ドラえもんに休日を?! 』)、(1979年7月23日『おおかみ男クリーム』〜7月28日『かげがり』)• - (1979年4月2日『ゆめの町ノビタランド』 - 2005年3月18日『ドラえもんに休日を?! - (1979年4月2日『ゆめの町ノビタランド』 - 2005年3月18日『ドラえもんに休日を?! - (1979年4月2日『ゆめの町ノビタランド』 - 2005年3月18日『ドラえもんに休日を?! 』)、(1985年11月1日『モーテン星』 - 12月6日『思い切りバサミ』) 準レギュラーキャラクター [ ]• - (1980年4月8日『おまたせドラミちゃん初登場! のび太の海底ハイキング』 - 2005年3月18日『ドラえもんに休日を?! - (1980年4月4日『税金鳥』 - 2005年3月18日『ドラえもんに休日を?! のび太のママ - (1979年4月2日『ゆめの町ノビタランド』 - 2005年3月18日『ドラえもんに休日を?! - (1979年12月20日『百年後のフロク』 - 2005年3月18日『ドラえもんに休日を?! 』 - 2005年3月18日『ドラえもんに休日を?! ジャイアンの母ちゃん - 青木和代(1979年4月17日『正義のみかたセルフ仮面』 - 2005年3月18日『ドラえもんに休日を?! 』) その他 [ ]• - 小原乃梨子(1979年4月7日『のび太のおよめさん』 - 1987年12月25日『タイムワープリール』)• 』 )• 』)、(1998年12月18日『サンタバッグでクリスマス』) スタッフ [ ] メインスタッフ [ ]• 原作 -• 連載 - 、、• キャラクターデザイン・総作画監督(旧・作画監督) -• 美術監督 - 、、、、、、、、、、、• 美術設定 -• 音響監督(旧・録音監督) - (途中降板)、• 音楽 -• 音楽制作 -• チーフプロデューサー(旧・プロデューサー)• テレビ朝日 - 、、、、、• シンエイ動画 - 、、• プロデューサー• テレビ朝日 - 、、、、、• ADK -• シンエイ動画 - 、• 音響制作 -• 音響制作担当 -• アシスタントミキサー -• 音響効果 - 、• 現像 -• ビデオ編集 -• 文芸 - 、、、• 制作担当 - 、• 制作デスク - 、、、、、• 制作 - 、、 各話スタッフ 五十音順 [ ]• 脚本 - 、、、、、桶谷顕、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、藤子不二雄、、、、、、、、、 、もとひら了、、、、、• 作画監督• 作画監督のみ - 、、、、、、、、、、、、、、、中村英一、、、、、、、、• 演出兼任あり - 、、、、、、、、、、• 演出、コンテ兼任あり - 音楽 [ ] オープニングテーマ [ ] 特記なきものは1番を使用。 曲名 歌手 使用開始話 使用開始日 最終使用話 最終使用日 備考 1 0 0 01 1979年4月2日 0156 1979年9月29日 10分枠。 帯番組版では日曜版より前後数秒ずつがカットされている。 スタッフクレジットは他とは異なりひらがな表記。 日 - 1979年4月8日 - 1981年9月27日 日曜枠。 2 、 0157 1979年10月1日 0617 1981年9月23日 10分枠。 正月特番のオープニングに使われたためこの3日間のみは放映エリア全域で聴けた。 1 ドラえもんのうた 0618 1981年10月2日 1199 1992年10月2日 映像とスタッフロールの書体は変更。 映像は1984年4月6日にも変更。 3 1200 1992年10月9日 1681 2002年9月20日 1995年4月14日に映像とスタッフロールの書体が変更。 4 1682 2002年10月4日 1705 2003年4月11日 2002年12月までは3番。 翌年1月からは1番を使い、スタッフロールの書体も変更。 5 1706 2003年4月18日 1752 2004年4月23日 6 1753 2004年4月30日 1787 2005年3月11日 「ぼくドラえもん」は10分枠でのみ使われており、全国放送の30分枠に着目した場合、一貫して「ドラえもんのうた」が使われていた。 30分枠オープニングアニメーション [ ] この節のが望まれています。 で2019年4月5日より使用しているオープニング「ドラえもんのうた 40th」にて、これらのアニメーションの一部が冒頭で使用されている。 初代 日曜枠で使われていたもので、ドラえもんとのび太が赤い風船の上でシャボン玉をしている映像から始まり、その風船でなどの前を通り、最後はタケコプターで飛んで消える映像。 タイトルは口の中に入る所と赤い風船が浮遊する所の間で数秒間表示。 2代目 金曜日に移動してから最初の映像。 タイムマシンに乗ったドラえもんが登場して、野比家の2階からドラえもんやのび太がタケコプターを使って飛んで途中から静香、スネ夫、ジャイアンも加わって夕陽の海をヨットが駆け巡り最後に灯台の前を通る映像。 タイトル演出はタイムマシンで野比家へ向かっていく瞬間に勢いよく飛び出し、歌い始めの前のイントロにあわせて中央に集まり2回フラッシュする。 3代目 最も長く使われた映像。 ドラえもんのポケットから木造のどこでもドアが出たり、タイムマシンの空間の中でドラえもんにのび太、静香、スネ夫、ジャイアンが密集したり、赤、青、黄色のどこでもドアからそれぞれのキャラクターが現れ、最後は光の中をドラえもん、のび太、静香、スネ夫、ジャイアンら5人が歩いていく映像。 一部「」で使われたCG部分を流用してる場面があり、歌い始めの前に流れるタイトル演出や、最後の5人が歩いていく場面に見られる。 この代の曲はまだ大杉久美子だが、映像ソフトでは山野さと子にさし変わっているため映像と曲で若干ずれが生じている。 4代目 この代より曲が山野さと子に変わり、作画も1986年以降のものになった。 ドラえもんの背後にフィルムが登場したり、ドラえもんが描いたのび太、静香、スネ夫、ジャイアンの絵が実物になって出てきたり、SL、飛行船からタケコプターで上空を飛んでは海へと飛び込み、そこからドラえもんをかたどった乗り物が出てきて最後は夕陽と荒波が打ちあがっていく映像。 タイトル演出は3代目とほぼ同一だが、直前にたくさんのドラえもんが降る場面があるためか一部分にとどまっている。 5代目 最初にキャラクターのパズルが出てその後に全体にドラえもん絵になると、口の中に入りタイトルが出て、車に乗ったり昆虫に乗ったりする映像が出て、最後はキャラクターの影絵が出る映像。 作画監督は藤森雅也。 6代目 製作がセル画から、デジタル作画に変更された時に製作されたバージョンで、この代の曲は東京プリン。 リズムに合わせてドラえもん達が踊ったり、ドラえもん風の車が大量に走っているなど、今までのオープニングとは異色を放つ映像。 7代目 この代の曲は渡辺美里。 ジャイアン、スネ夫、のび太、静香が歩いていると、にそれが映り、最後は雨が降って草が成長して、地球が緑に染まる映像。 8代目 最後の映像。 この代の曲はAJI。 ドラえもんが街を歩いていると、いろいろな乗り物に乗ったのび太、静香、スネ夫、ジャイアンが登場し、のび太、静香、スネ夫、ジャイアンがシャボン玉に乗って飛び、最後は草が成長する映像。 エンディングテーマ [ ] この項目には、一部のコンピュータやで表示できない文字が含まれています ()。 初期の10分帯枠にはエンディングがなく、最初のエンディングは日曜枠のものである。 また、エンディングテーマの情報は2002年9月まではオープニングテーマ内にてオープニングの情報とまとめてクレジットされていたが、同年10月以降はエンディングテーマにクレジットされるようになった。 曲名 歌手 使用開始話 使用開始日 最終使用話 最終使用日 備考 日 01 1979年4月8日 0617 1981年9月27日 日曜枠。 映画『』でも使用された。 1 まる顔のうた 0618 1981年10月2日 0737 1983年11月11日 レンタル映像ソフトに収録されているため、比較的容易に視聴できる。 2 サンタクロースはどこのひと 0738 1983年11月18日 0744 1983年12月30日 1 まる顔のうた 0745 1984年1月6日 0757 1984年3月30日 3 ぼくたち地球人 0758 1984年4月6日 0971 1988年4月8日 途中から映像が追加されている。 1986年の作画変更後も約2年ほど旧作画のまま使われた。 4 青空っていいな 0972 1988年4月15日 1199 1992年10月2日 制作クレジットが旭通信社からASATSUに変更された。 5 1200 1992年10月9日 1346 1995年4月7日 スタッフロールの書体が変更された。 6 、 1347 1995年4月14日 1681 2002年9月20日 10分枠オープニング「ぼくドラえもん」の別アレンジ。 7 1682 2002年10月4日 1705 2003年4月11日 2002年11月15日に映像が変更。 映画『』でも使用された。 8 1706 2003年4月18日 1729 2003年10月3日 9 1730 2003年10月10日 1757 2004年5月28日 映画『』でも使用された。 このほか、映画の宣伝のため一時的にエンディングが変更された時期がある。 曲名 歌手 使用日 使用映画 - 『』 1989年2月3日 — 1989年2月17日 『』 1999年3月26日 『』 この星のどこかで 2000年3月10日、2000年3月24日、2000年4月7日 『』 2001年3月16日 — 2001年4月13日 『』 いっしょに歩こう 〜Walking into sunshine〜 2002年2月22日 『』 ひとりじゃない 〜I'll Be There〜 KONISHIKI with 2002年3月1日 1996年ごろまでは毎年2月 - 3月にかけてエンディングテーマ後に新作映画公開のお知らせが入るため、エンディングテーマもショートバージョンでの放送となっていた。 日曜枠挿入歌 [ ] 日曜枠で、本編終了直後に流れていた歌。 そのあとを挟んでエンディング「青い空はポケットさ」が流れていた。 テレビ朝日では「推理クイズ・」(制作)の途中で日曜日朝6時55分からも流れていた。 [ ] VHS・DVDの「TV版ドラえもん」ではエンディング前のおまけ映像として収録。 CSの(現在はテレ朝チャンネル2)の『ドラえもん名作コレクション』内でも流れている。 歌 - 大山のぶ代• ドラえもん音頭 歌 - 大山のぶ代、こおろぎ'73(映像はドラえもんが一人で踊る初期版と、のび太としずかが踊る新振付の後期版がある)• ドラミちゃんのえかきうた 歌 - ドラえもん、ドラミちゃんのえかきうたは後にとがカバーしている。 たてかべ和也 たてかべ和也 原曲での使用はもとより、たてかべがアカペラで歌うことが多い。 のんきなのび太くん ばばすすむ 小原乃梨子 BGM用に編曲され本編にて多用。 しずかちゃんのうた ばばすすむ スネ夫のうた 肝付兼太 肝付兼太 1997年9月26日放送『何でもなる木セット』内でスネ夫がアカペラで歌唱。 ドラえもんにゅうイヤー 喜多條忠 大山のぶ代 ドラえもん子守唄 大杉久美子 浪曲ドラえもん 大山のぶ代 ゾウさんの瞳はなぜ青い 喜多條忠 大杉久美子 1980年1月3日放送『ゾウとおじさん』内で原曲使用。 ドラえもんのクリスマス ばばすすむ 菊池俊輔・ 大山のぶ代 ぽけっとポッポッポー 山本正之 こおろぎ'73 うきうきタイムトラベル 山本正之 山本正之・ こおろぎ'73 夢 1981年1月2日放送『精霊よびだしうでわ』内で原曲使用。 劇場版第5作の主題歌。 1984年4月6日放送『さらばキー坊』内で原曲使用。 時の旅人 ・ 西田敏行 劇場版第10作の主題歌。 1994年9月30日放送『逆成長グラス』内で原曲使用。 武田鉄矢 劇場版第6作の主題歌。 2004年10月1日放送『ためしにさようなら』内で原曲使用。 その他 [ ]• - ドンジャラ村のテーマソングに使われた• - ジャイアンやのび太のママが歌ったことがある キャラクターデザイン [ ] キャラクターデザインの変遷 [ ] アニメ版『ドラえもん』第2作1期の放送は約26年間も続いたので画調も時間と共に少しずつ変わってきた。 しかし中にはスタッフたちが意図的にキャラクターデザインを変更したことが何回かある。 大きく分けて計3回行われている。 キャラクターデザインはにより行われた。 本人も自覚しているがあまり原作の絵と似ていない。 本人いわく「アニメ用のキャラデザインをするにあたって大変悩んだ。 何とか原作に似せようと努力したがやはり自分の絵になってしまい力不足を痛感した」とのことである が、キャラクターデザインはもとより絵への影響は作画監督者による影響の方が大きい。 作画監督者により絵は大きく異なる。 だが基本はキャラクターデザイン者および総作画監督を務める中村英一の指導のもとに絵が確立されるため大きく異なるといってもそのキャラクターが誰だか分からなくなるということはまず無いが作画品質が著しく低い物やを起こしている作品が帯番組時代には数本あった。 1 1979年4月2日『ゆめの町ノビタランド』〜1981年9月27日『やどり木』• 放送開始からの約2年間。 月曜 - 土曜で帯番組として放送されていた期間である。 このアニメシリーズでは一番作画が一定していない時期で先述のように作画監督者によりキャラクターデザインが大きく異なる。 これは帯枠での放送だったため作画の統一は難儀な事であったとプロデューサーの別紙が後日語っており、を起こしている回はVHSには収録されず『タイムマシンBOX』まで収録は見送られていた。 この時期での特徴は、作画監督者による作品の絵に影響するデザインのばらつきが顕著に見られる点である。 そのため、第2作1期の中期以降と比べて作画がかなり違う。 例えば、本多敏行が作画監督だった場合、スネ夫の眉毛がつながっていたりすることが分かりやすい例である。 放送第1話『ゆめの町ノビタランド』が多く再放送されたが、この作品の作画監督者はだったため中村英一が設定した原画とはまた大きく絵が異なっていた。 また、一人原画の回も少なくない。 放送を見た藤子から『原作に似てない』、『キャラクターの髪が均等じゃない』などの苦情が来てしまった為、体制が安定してきた放送2年目からはスタート時のキャラクター表が書き直され、当初の風作画から独自の画作りに改められた。 2 1981年10月2日『ドラえもんだいきらい!? 』〜1985年8月16日放送分『山寺のユーレイ騒動』から1985年9月25日にかけて• テレビアニメ版に先駆け、本格採用半年前となる1981年3月公開の劇場版より初採用。 作画から動画に及ぶまで既存デザイン設定に忠実に制作されるようになる。 それに伴い作画設定、色彩設定にも手が加えられた。 またキャラクターデザインの変更と共に脚本設定、家の間取り設定なども多少変更される。 この間、作画監督者はほとんど中村英一に絞られ、作画がほぼ一定となり帯枠時のアバウトな作調も大幅に改善される。 3 1985年8月16日放送分『浦島事件のなぞに挑戦』から1985年9月25日にかけての作画変更後〜2005年3月18日『ドラえもんに休日を?! 原作者の藤子を監修に立ち合わせての大掛かりな作画設定変更では最後の作画設定変更。 ドラえもんのヒゲが青い部分へはみ出さず白い部分でおさまるようになる。 またこの頃からのび太やしずかの身長尺が少々大きくなる。 これにはのび太たちの学年がこの頃に小学5年生と確定されたことに起因する。 1988年頃から徐々に作画監督者を増やしていき、1991年からはが作画監督デビューした。 2002年の後期頃から第2作2期に似た作画を行なった。 当時の視聴者から見ると渡辺歩の作画はそうとう特徴的にうつり 一部のファンから反感をかってしまった。 しかし通常よりキャラクターの目が大きくなり少し可愛らしくなっている。 はこれに似た作画を行う。 主な作画監督者 [ ] 中村英一 [ ]• このシリーズのキャラクターデザイン及び総作画監督を担当したアニメーター。 今作のパイロットフィルム『』の作画監督を務めた。 『ドラえもん』が何かしらで商品化された時にその商品にプリントされるドラえもんのほとんどは中村英一が描いたドラえもんがプリントされている。 第2作1期のドラえもんといえばという時に提示されるドラえもんは中村英一が描いたドラえもんであることが多い。 本人が一番印象に残っている作品は1979年4月10日に放送された『恐竜ハンター』。 中村いわく「自分一人で原画を全て描いたので、強く印象に残っています。 私自身も恐竜が大好きで、この話の演出家が仕事仲間の竹内啓雄氏だったこともあり、忘れられない作品です」とのこと。 第2作2期では各話スタッフとして作画監督を担当。 2007年に富永貞義と共に番組を降板した。 富永貞義 [ ]• 映画シリーズのほとんどの作品の総作画監督を担当したアニメーター。 映画第2作『』にて映画作品で初の作画監督を担当。 そこから22年間、『』まで作画監督(後期では総作画監督)を全うし、映画ドラえもんならではの雰囲気を作り上げた。 渡辺歩に次いで作画監督をした作品数が多い(劇場用作品も含めて)。 自身にとって藤子・F・不二雄先生の存在とはという質問に対し「私の夢の多くを実現してくださった方。 人生の目標です」と語っている。 第2作2期でも渡辺歩と共にキャラクターデザインを担当した。 2007年に中村英一と共に番組を降板した(のちに復帰)。 渡辺歩 [ ]• 1991年から作画監督デビュー。 渡辺歩が作画監督した作品のドラえもんたちは目の大きさが比率的に大きく非常に愛らしく描かれ多くのファンを獲得し第2作2期では富永貞義と共にキャラクターデザインを手がけた。 1990年公開の『』にて作画監督補佐を務めた。 今作においては作画監督だけではなくコンテ・演出・映画によっては監督も務めた。 コンテデビューは1996年5月17日に放送された『おしゃべり切手』。 演出デビューは1997年10月18日放送の『ミイちゃんが行方不明』である。 自分にとって藤子・F・不二雄先生の存在とはという質問に対し「一番最初に好きになった漫画家で、やっぱり一番好きな漫画家。 「ドラえもん」は私の全ての源です」と語っている。 2003年公開の『』で初めて劇場用作品の総作画監督に任命される。 翌年公開の『』では演出も担当した。 本多敏行 [ ]• テレビシリーズで多くの初期作品の作画監督を行う。 劇場版第1作『』の作画監督を行い、劇場版第4作『』から劇場版第9作『』までの6作品のレイアウト(コンテ)を担当する。 椛島義夫 [ ]• 第1話『ゆめの町ノビタランド』の作画監督を行う。 短期間ではあったが放送が開始してからの約3ヵ月間の作画監督数は非常に多かった。 劇場版第2作『』と第3作『』のレイアウト(コンテ)を担当する。 原作と比較した本作の特徴 [ ] のび太の家が原作の物と形状が大きく異なる。 外見上は原作の家より第1作と同じ木造である点は同一であり、窓、その他の形状などはいずれの物とも異なる。 美術設定を第1作に引き続き担当した川本征平は、戦後の区営住宅をイメージして設定したと語っており、庭に設置されたバーゴラや、タテはめ板の外壁、瓦棒葺き屋根、中廊下式などの造りがそのことを特徴づけるデザインとなっている。 当時原作で「タケコプター」と「ヘリトンボ」の名称が入り混じっていた。 番組スタッフの別紙壮一がそれらをタケコプターに統一し、それを原作側が逆輸入し原作でも名称がタケコプターに統一された。 1980年4月の特番からドラミは登場するが、作者の意向では登場しない。 帯枠時にガチャ子が登場する原作が数作品アニメ化されているが、いずれにおいても同じである。 しずかのニックネームは原作では「しずちゃん」だが、アニメ版ではほぼ「しずかちゃん」へ統一している。 また、原作でしずかは「あなた」を「あんた」などと言うことがあったが、担当声優である野村道子が放送開始から間もなく「あなた」に統一した。 また、しずかの母のキャラクターデザインはふくよかに描かれた原作のものとは大きく異なっており、初登場した第3話以降 映画も含め最終話まで、しずかによく似たオリジナルのデザインが通された。 このデザイン設定は第2作2期にも引き継がれている。 アニメオリジナル作品が増加した2000年代に入るとジャイ子を初めとしてミニドラ、スネ吉、神成、ミイちゃん、ジャイアンの犬であるムクなどの脇役たちの登場が増加する。 また、原作に登場したひみつ道具の効用はほとんどそのままに外見とストーリーを少し変えただけの作品も多く放送されている。 『ドラえもん』は基本的には一話完結なので、単行本収録順にアニメ化をしているというわけでもなく、原作の作品を順不同にアニメ化して放送している。 そのため第1期で一度もアニメ化されなかった作品 も存在する。 『ドラえもん』は一話完結であるとはいえ、登場人物が前にあったことを基本的に覚えていて、のび太が「前に使った道具だ」などと言ったりする。 そのため、てんとう虫コミックス第11巻収録の「もしもボックス」よりも先にてんとう虫コミックス第13巻収録の「お金のいらない世界」が放送された時には矛盾が生じたことがある。 原因は制作開始時に制作に関与した高畑勲が原作をアレンジせずにアニメ化するよう指南していたことも関係している。 放送開始時には、すでにてんとう虫コミックス第15巻まで出版されていた。 本作のドラえもん [ ] 原作初期のおよび、前作である第1作のドラえもんには現在に続く的側面はほとんど無く、かつてののようにナンセンスなギャグ騒ぎを起こすトラブルメーカーとしての側面が強かった。 しかし、放送開始初期の帯枠時はアバウトな一面も見られたものの、今作においてドラえもんがトラブルメーカー的なキャラクターに描かれることはまず無かった。 帯枠から金曜の枠に入った時点 では、すでにドラえもんはのび太を呼び捨てにすることはほとんどなくなっている。 それ以降に原作初期の作品がアニメ化された場合も、原作のドラえもんの比較的過激なセリフは、ほかのキャラクターに差し替えられていたり、改訂されていたりする。 その中で大きかったのは、大山のぶ代による「ドラえもんは子守用ロボットであるから乱暴な言葉遣いなどはしない」という考えによって彼女なりに意識して演技を続けた結果であり、「ぼくドラえもんです」というセリフも元々「です」とは付いておらず彼女自身が付け足したものである。 他にも「のび太を呼び捨てにしない」などの意向を持ってドラえもんを演じていた。 原作もある程度は同一ではあるが、のび太がひみつ道具を携えて町へ行き騒動を起こすくだりは今作では少し濃めに強調されており、ドラえもんがのび太に同行することは稀である。 その一連の経緯で今作での「ドラえもん」というキャラクターはのび太に対する保護者的側面が強く描かれるようになっていった。 映像的な面においては、今作のドラえもんの身長は設定上は原作と同じ129. 3cmであるものの、実寸100cmで描かれている。 理由は至って単純であり、ただその方がかわいらしく見えるため。 これにより今作では放送開始時から、原作ではたいして大きくないドラえもんとのび太の身長差は格段に大きく描かれており、この点は第1作には見られなかった工夫である。 また、この作画設定は次作にも受け継がれている。 口癖やキャラクターの呼称など、担当声優が独自につけた設定も多々存在している。 これらはのちに原作へ逆輸入され、リニューアル後もほぼそのままの形で残った(ジャイアンが自己紹介時に発する「オッス!」やスネ夫の「ボクちゃん」など、リニューアル後に追加された設定も存在 [ ])。 再放送・映像ソフト化の経緯 [ ] 2005年3月の放送終了以降、放送回数の莫大さ故に容易なが行えないため、本作の本放送用マスターを使用した純粋な再放送は一度も行われていない。 これについては帯枠時の617回分が10分番組故に細々し過ぎてしまう点や、それ以降の新作と再放送作を合わせて放送した番組の編成形態などにも問題がある。 純粋な再放送は放送30周年を記念した2010年の特番と2019年の放送40周年を記念した特番のみで、2010年には当時の10分番組として開始した第1回放送分である「ゆめの町ノビタランド」を、オリジナリティを考慮したうえでそのまま放送し、2019年には「恐竜ハンター」が再放送された。 このため、後年の再放送や映像ソフト化にあたっては、本放送時のフォーマットを使わずに再放送や映像ソフト用に編集されているものが多い。 主な変更点としては、OPとEDの曲順が異なったり、次回予告が削除されていたり、スタッフのクレジット表記が前者および後者にそれぞれ差し替えられている点など。 ・はすべてより発売されている。 本作のビデオソフトは、劇場版が85年に「のび太の恐竜」を筆頭にソフトでレンタルされていたが、テレビシリーズの方は放送開始時から長らく発売されていなかった。 に放送15周年記念としてVHSソフトが順次刊行されたが、「傑作選」として発売しているため、収録されているものは一部である。 このため、未収録話が多数存在するほか、収録順も放送時とは異なる。 からはDVDが販売開始されたものの、一部のTVシリーズ、特に初期の劇場版に関してはDVD用の再テレシネ及びデジタルリマスターは一切行われておらずVHS時代のマスターを流用しているものが多い。 特に後期の劇場版に関してはレターボックスで収録されているものも存在する ため、DVDとしては非常に粗悪なものとなっており、特に初期作品に関しては再放送や幾度も再発売が行われたこともありマスターの劣化が著しい物も少なくない。 TVシリーズに関してはエピソードによって著しく画質・音質が低かったりするものも存在し 、この問題は放送用マスターがになる90年代後半以降の作品で改善される。 またDVDでは全てモノラル収録となっているが、ステレオ化以降の作品はそのままステレオ音源で収録されている。 にTV放送30周年記念として1979年度放送分(10分番組)を全話収録したDVD-BOX『ドラえもんタイムマシンBOX1979』が発売された。 続巻は発売されず、これ以降は収録話数・価格を抑制した『ドラえもんTVシリーズ名作コレクションDVD』(により書店でも販売)に転換している。 ただしコレクションDVDに収録される作品はほとんど特番用作品で、今作のレンタル用DVDに収録されているものとも収録作品がかなり重複している。 そのため、日本で放送が長期化している主に国民的アニメと言われている作品の中では現在まで一切映像ソフトが発売されていない『』を除いて、映像ソフト未収録作品の割合が極端に多い。 また、放送当時は問題とされていなかったが現在になって差別描写として扱われるようになった演出 の含まれる作品も、現在では本編の前に注意書きと断りのテロップを挿入したうえで収録する事で、問題をクリアしている。 またに発売されたDVD『藤子・F・不二雄TVアニメアーカイブス』シリーズ TCエンタテインメント 内に本作の内計8本、及びVHSのみの収録だった『ドラえもんめいさく劇場』が収録されている。 、小学館は発売の『ドラえもんTVシリーズ名作コレクションDVD』ゆめの町ノビタランド編と『ドラえもんタイムマシンBOX1979』に収録されている「一生に一度は百点を」で、制作当時のいたずら書きに不適切な表現 があったとして該当部分約2秒を削除したDVDに交換することを発表している。 2014年からは前述のとおり、CSのテレ朝チャンネルにて「ドラえもん名作コレクション」として放送中。 ここではEDこそカットされたものの、1話から順番に本放送を踏襲したものを放送している。 」などの表記削除が行われている。 それ以外の本編はオリジナル)。 大晦日の特番に関してはCSではあるが初のノーカットであり、権利関係が厳しい中、テーマ曲をカットせずに放送された。 2019年3月をもって通常放送枠での新作の放送はストップしていたが、2020年6月24日より約1年2ヶ月の放送休止期間を当て、再び新作の放送が開始された。 映像ソフト化 [ ] セル版 TV版ドラえもんコレクション 全12巻 レンタルビデオ 後にDVDで再発売 の内容を1枚に2巻分を収録し12巻で24巻分を収録したもの。 季刊テレビ版・ドラえもんスペシャル 春・夏・秋・冬 全20巻 TVスペシャル等で放送され尺の都合から通常のソフトに収録されなかったものを纏めたもの。 話によって画質に差があるのが特徴。 ドラえもん・タイムマシンBOX TV放送開始30周年を記念し帯番組時代の1年目の作品を纏めたもの。 ドラえもん名作コレクション 2011年から2014年にかけて展開された廉価版DVD。 上記のDVDに未収録だった作品もいくつか収められている。 レンタル版 TV版ドラえもん 全60巻 1993年から2000年にかけて展開された同名のVHSソフトをDVD化したもの。 21世紀テレビ文庫・TV版ドラえもん(全34巻 上記のTV版ドラえもんの繋がりで、31-34巻は1999年以降の作品を収録。 DVDは未発売。 ドラえもん テレビ版スペシャル特大号 春・夏・秋・冬 全24巻 同名のVHS版をDVD化したもの。 上記の季刊テレビ版と巻数が異なるのはセルDVD発売後に新たに第6巻が発売されたためである。 キャッチフレーズ [ ]• 1995年「僕ドラえもん」• 1999年「映画 20th Anniversary TV 地球だいすき! 」 賞歴 [ ]• 昭和59年()文化庁・テレビ用優秀映画賞• 昭和60年()文化庁・テレビ用優秀映画賞• 昭和63年()文化庁・テレビ用優秀映画賞• 平成元年()文化庁・テレビ用優秀映画賞• 平成10年()劇場映画『』• 第53回アニメーション映画賞• 優秀賞• 平成12年()劇場映画『』• 第55回毎日映画コンクールアニメーション映画賞• アニメ部門選出(芝山努監督) 劇場アニメ [ ] 放送開始からおよそ1年、帯枠時だった1980年に劇場用作品第1作が公開された。 それ以降、毎年3月に新作が公開され2004年までに全26作品が公開された。 また、第4作以降の作品は全て芝山努が監督を担当している。 1988年公開分のみ原作者の体調不良により原作となるが存在せず、1997年以降の原作者死去後は、が原作漫画の執筆を担当した。 原作漫画の大長編シリーズとしても2004年の物が最終作となっている。 毎年1本新作を公開する製作体制はのノウハウとなり、後になどにも生かされている。 作品一覧 [ ]• (1980)• (1981)• 1981• (1982)• (1983)• (1984)• (1985)• (1986)• (1987)• (1988)• (1989)• (1990)• (1991)• (1992)• (1993)• (1994)• (1995)• (1996)• (1997)• (1998)• (1999)• (2000)• (2001)• (2002)• (2003)• (2004)• 放送開始からまでは藤子不二雄名義。 演出助手のによると、もとひら了の以前は福冨博が監督の役職を行っていたが、ノンクレジット。 2005年4月より放送中のシリーズのDVDは『NEW TV版ドラえもん』というタイトルで発売されている• 日曜放送はから• 劇場版のテレビ放送を最終放送とした場合は3月25日• これより前の『』(同じ藤子アニメ)~『』は、当時NETとネットしていた制作のアニメが放送されていた。 1988年5月27日放送「パパのおみやげ」、2004年10月1日放送「ためしにさようなら」、2005年3月4日放送「魔法使いしずかちゃん」、2005年3月18日放送「ドラえもんに休日を?! 映画でも「」以降の作品は30分時代に放送された作品をリメイクしたものである(帯放送枠時代にも放送された「」、「」を含む)。 かつては、お正月にも『お正月だよ! ドラえもん』と題して1時間の特番が放送されていた。 では、1986 - 87年に、夏の1時間特番を番組返上として、自社送出の上ネットスポンサー付で過去の通常30分版を再放送を行い、19:30からプロ野球主催試合のを放送したことがあった(19:30 - 20:00はローカルセールス扱い。 また、1995年は春の1時間特番を翌週月曜の17:00から遅れネットとして広島戦中継を放送した。 1997年以降の映画は当初、お正月特番の代替で翌年の正月に、第2作1期最末期からは現在と同様、新作映画公開直前での放送となった。 なお、『パーマン』はその後新作映画公開記念として2002年度と2003年度にも傑作を2本程度放送された• 映画シリーズは第17作まで担当。 後任は及び。 その後、同じく高畑が関与したアニメ『』(制作・)が金曜19時枠に移動して表裏となった期間があった。 元シンエイ動画プロデューサーのは、『藤子・F・不二雄大全集 パーマン 7』(2010年)に寄稿した文章でほぼ同様の経緯を記しているが、楠部がアニメ化承諾後のエピソードとしている「権利料を先に払う話」(藤本が断る)を、許諾を求める際に持ち出して藤本がお金はいらないが、その代わりレポートを求めたとしている。 は日本テレビからをネット受けしていた。 本番組が開始される際、この編成は結果的に18時から18時半がローカルニュース(テレビ朝日では『』)となり、全国ニュースは18時30分開始を維持することとなった。 このような編成はのちに『』()などでも行っているが、こちらは再編集版がローカルネットである。 ただし、第1作の最終話でドラえもんは一度未来に戻っている。 IBC岩手放送・福島中央テレビは岩手朝日テレビ・福島放送開局準備のため途中打ち切り。 1980年3月までは日本テレビ単独加盟局。 1980年4月から1993年3月まではテレビ朝日系列とのクロスネット局。 サービス放送期間中の1981年9月27日(日曜日朝の放送枠最終日)から。 サービス放送期間中、夕方の枠では放送されなかった(『』を放送)。 1981年10月1日と2日には、18時48分から、「ゆめのまちノビタランド」(1日)、「変身ビスケット」(2日)が放送された。 なお、金曜日に放送時間移動後初回にあたる1981年10月2日放送から正式に同時ネット開始。 1981年3月までは日本テレビ系列・テレビ朝日系列とのトリプルネット局。 1981年4月~1983年9月はテレビ朝日系列とのクロスネット局。 1987年9月まではフジテレビ系列とのクロスネット局。 放送されたのはであり、当時のテレビ朝日水曜19時台前半枠はローカルセールス枠(および制作枠)であるため、一部地域では19:30から同時ネットされた。 この時のみドラえもんの相手役は、『』のキャンディだった。 金曜19:00の『』は休止。 なお8月15日にはドキュメンタリー特番『父よ、母よ、祖国よ…孤児たちの望都』(19:00 - 20:54)、8月22日は『』(19:30 - 20:54)を、それぞれ放送した。 帯番組版では翌日分の予告テロップを表示するスペースだった。 そのため、1期終了まで行っていた次回予告はこの枠移動まで日曜版のみの放送だった。 ただし、後述のように(1994年4月1日放送「ハリ千本ノマス」等)その後も度々開始当初の1979年~1981年頃の初期BGMが復活・採用される話も現れる。 『』『』『』など。 なお制作アニメは『』と『』が参加。 制作アニメは1本も参加しなかった。 ただし1987年では『猿』は放送せず、代わりに『』と『』を加えた。 92・93年では『』と改題し、放送枠も『』に変更した。 一部のシーンで「空き地」という言葉が「広場」などに言い換えられている。 本作と同じテレビ朝日系列シンエイ動画製作の『クレヨンしんちゃん』は同年5月25日放送分より、他局では、『』()は2000年11月10日(関東地区)放送分より、『』(同)では2002年7月29日放送分より、『』()は9月26日放送分より、『』(同)は2000年1月2日放送分より、『』()は1998年より、『』は2002年8月15日放送分より、それぞれ移行• 旧名・横沢啓子を経て現在の物に変更• 当初は加川三起名義• 当初は横尾マリ名義• 2000年6月16日に放送された『ハッピー』ではがスネ夫の従弟の声を担当していたが、それがスネ吉であるかは明確でない。 初期に演出を務めていたによると、厳密な形でのチーフディレクターは存在しなかったが、実質はがその責を担っていた。 一時期ノンクレジットの時期あり。 ノンクレジット。 テレビスペシャル(など)のみ。 3月18日のスペシャルはオープニングは無く、提供クレジット画面のBGMのみで使用されている。 当初はドラえもん達が地球の上で手をつないで歩いている映像が延々と流されていた。 例えば、1979年4月10日放送分の『恐竜ハンター』は中村英一が全て一人で原画を担当。 旧作画と新作画が交錯していた• 玉子の腰掛が青から白になったり、スネ夫の首襟がオレンジから白になったり、静香の靴の色が赤にされた点、など。 ドラえもんに限ればヒゲの位置などで 2 を思い起こさせるデザインだが大きく異なる点が多い。 しずかのニックネームは原作とアニメで各々異なって統一された。 ただし統一までにはある程度期間を要しており、放送初期では「しずちゃん」と呼ばれていることがある他、サブタイトルを「しずちゃんのはごろも」としてそのまま使用することもあった。 藤子・F・不二雄大全集第1巻『ドラえもんの歌』、てんとう虫コミックス第11巻『からだの部品とりかえっこ』など。 うち、映像ソフトにおけるスタッフのクレジット表記は放送時のものとビデオ刊行時のものが混在して表記されている。 これはVHS時代に権利関係の問題で本編に手を加えたり、主題歌・挿入歌の音源をステレオ音源に差し替えたりなど劇場公開時の状態で販売できないことが原因の一つである。 主にに関わる演出。 のとなってジャイアンが追いかけて来る描写がある『オーバーオーバー』なども映像ソフトに収録されている。 ドラえもんが出した「コンピュータペンシル」でのび太にノートに書かせる件。 1981年のみ、劇場用作品が2作公開されているが、3月の公開でない上、同時上映でカップリングされていた経緯上『桃太郎のなんなのさ』は劇場用作品から除かれるケースが多々ある。 出典 [ ]• - スポニチ Sponichi Annex ニュース、2009年9月21日。 (2009年9月24日時点の)• 「テレビ秋の陣 地上波の模索(下)アニメバブル 長持ちソフト期待」『』1998年10月2日夕刊、11面。 「古今東西TVアニメ作品人気番付」『読売新聞』1987年1月1日付、37頁。 『リトル・ニモの野望』、2004年• 12 - 25• 『大全』旭通信社『ミラーマン』担当 佐野吉秀インタビュー pp. 252• - スワッチのアニメ日記• 『「ドラえもん」への感謝状』pp. 26 - 27。 ここには上記の佐野寿七の話は記されていない。 , pp. 120 - 122, 第4章 異例ずくめのアニメ「ドラえもん」の船出. , pp. 122 - 124, 第4章 異例ずくめのアニメ「ドラえもん」の船出. , pp. 124 - 126, 第4章 異例ずくめのアニメ「ドラえもん」の船出. 『「ドラえもん」への感謝状』pp. 29 - 30• 31 - 32• 会報誌50号, p. 出典:1979年4月5日の陸奥新報テレビ欄(番組欄のドラえもんに「 新番組 」と記載あり)• 出典:1991年9月24日の東奥日報テレビ欄(番組欄のドラえもんに「終」マークが付されている)• 出典:1979年8月25日のテレビ欄(番組欄のドラえもんに「 新番組 」と記載あり)• 『河北新報』1979年8月25日 - 9月29日付朝刊、テレビ欄。 『河北新報』1979年10月2日 - 10月30日付朝刊、テレビ欄。 出典:1979年7月17日のテレビ欄(番組欄のドラえもんに「 新番組 」と記載あり)• 『福島民報』1979年4月10日付朝刊、テレビ欄および『福島民報縮刷版昭和56年6月号』(福島民報社)、514頁(1981年6月30日『福島民報』朝刊8面、テレビ欄より)。 出典:1979年4月5日のテレビ欄(番組欄のドラえもんに「 新番組 」と記載あり)• 「全国放映リスト」『』1983年10月号、、 98頁。 1979年6月8日、1980年9月26日 信濃毎日新聞 テレビ欄• 富山新聞 1980年4月5日付朝刊テレビ欄より。 『北日本新聞』1980年4月5日から2005年3月22日付までの各日付の朝刊テレビ欄より。 北國新聞 1979年6月19日付朝刊テレビ欄• 北國新聞 1985年9月23日付朝刊テレビ欄• 北國新聞 1985年11月1日付朝刊テレビ欄• 北國新聞 1991年9月22日付朝刊テレビ欄• 北國新聞 1986年1月5日付朝刊テレビ欄• 北國新聞 1979年10月4日付朝刊テレビ欄• ただし前年『』内で放送された『未来を守れ!のび太VSアリ軍団』で試験的にステレオ放送された。 gooニュース 2015年6月19日. 2015年6月19日閲覧。 ORICON STYLE 2016年10月24日. 2016年10月24日閲覧。 SANSPO. COM. 2016年10月28日. 2016年10月29日閲覧。 藤子不二雄FCネオ・ユートピア会報誌50号, p. DVDBOX『ドラえもんタイムマシンBOX1979』付録パンフレット• タイムマシンBOX 付属パンフレット• 藤子不二雄FCネオ・ユートピア会報誌50号, p. 渡辺歩インタビュー• ドラえもん商品カタログ• 詳細は、9項. のび太の家を参照。 『ドラえもんタイムマシンBOX1979』付録パンフレット• 高畑と仕事をしていたが証言。 高畑は先述の企画書を執筆する際に前作を視聴し、尺が余ることからシナリオライターを起用して間延びさせているところがダメだという感想をスタッフに述べていた事が本作の制作スタイルに反映されたという。 1981年10月2日放送『ドラえもんだいきらい!? DVD用にマスターが作り直され16:9スクイーズ化された劇場版は『南海大冒険』、『宇宙漂流記』、『太陽王伝説』、『ワンニャン時空伝』のみ。 「マッチ売りのドラえもん」(1993年12月24日放送)などが該当する。 ナリナリドットコム 2012年4月23日閲覧• 小学館 ニュース 2012年4月24日閲覧(2012年4月24日時点の)• (2012年4月24日 2014年8月17日閲覧)・(記事名は一部伏字にしている)• 金曜版以前の帯番組時代の作品の放送形態は日曜版を採用。 新作放送休止前に最後に放送された新作は「リクエスト小切手」(1994年10月28日放送)。 参考文献 [ ]• 大山のぶ代、2006、『ぼく、ドラえもんでした。 涙と笑いの26年うちあけ話』、小学館• あのヒット番組を生んだ「発想法」と「仕事術」』、小学館 - 18:50 — 19:00枠 前番組 番組名 次番組.

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ドラえもん映画主題歌一覧ランキング

ドラえもん 歌

映画ドラえもん歴代主題歌一覧(2011年〜) 映画ドラえもんの歴代主題歌をまとめました。 2011年以降のものです。 2018年 『ドラえもん』星野源 2018年の「映画ドラえもん のび太の宝島」のテーマソングです。 2月28日にリリースされ、オリコン週間1位を獲得。 2017年 『僕の心をつくってよ』平井堅 2017年「ドラえもん のび太の南極カチコチ大冒険」のテーマソング。 3月1日に発売され、オリコン週間7位にランクインしました。 2016年 『空へ』山崎まさよし 2016年「ドラえもん 新・のび太の日本誕生」のテーマソング。 3月2日に発売され、オリコン週間25位を獲得しました。 2月25日に発売され、オリコン週間5位を獲得しました。 2014年 『光のシグナル』Kis-My-Ft2 2014年の「ドラえもん 新・のび太の大魔境〜ペコと5人の探検隊〜」のテーマソング。 3月5日に発売され、オリコン週間1位を獲得しました。 Kis-My-Ft2通算10作目のシングル。 2013年『未来のミュージアム』Perfume 2013年「ドラえもん のび太のひみつ道具博物館」のテーマソング。 2月27日に発売され、オリコン週間2位を獲得しました。 2012年 『生きてる生きてく』福山雅治 2012年「ドラえもん のび太と奇跡の島〜アニマルアドベンチャー〜」の主題歌。 3月28日に発売され、オリコン週間1位を獲得しました。 また、福山さんはドラえもんに声優として登場したこともあリマス。 2011年 『友達の唄』BUMP OF CHICKEN 2011年「ドラえもん 新・のび太と鉄人兵団〜はばたけ天使たち〜」のテーマソング。 2月23日に発売し、オリコン週間2位を獲得。 ビルボードのランキングでは週間1位を獲得しました。 2010年 『帰る場所』青山テルマ 2010年「ドラえもん のび太の人魚大海戦」のテーマソング。 3月3日に発売して、オリコン週間63意を獲得しています。 映画ドラえもん歴代主題歌一覧(2001年〜2010年) 映画ドラえもんの歴代テーマソングをまとめました。 2001年〜2009年のテーマソングは以下の通りです。 2009年 『大切にするよ』柴咲コウ 2009年「ドラえもん 新・のび太の宇宙開拓史」のテーマソング。 3月4日に発売し、オリコン週間16位でした。 2008年『手をつなごう』絢香 2008年「ドラえもん のび太と緑の巨人伝」のテーマソング。 3月5日の発売され、オリコン週間7位にランクイン。 2007年 『かけがえのない詩』mihimaruGT 2007年「ドラえもん のび太の新魔界大冒険」のテーマソング。 2月28日に発売し、オリコン週間6位を獲得しています。 2006年 『ボクノート』スキマスイッチ 2006年「ドラえもん のび太の恐竜2006」のテーマソング。 3月1日に発売し、オリコン週間3位を獲得しました。 2004年 『YUME日和』島谷ひとみ 2004年「ドラえもん のび太の恐竜2006」のテーマソング。 2003年11月6日に発売されたシングルで、オリコン週間30位にランクイン。 その後もロングヒットを続けました。 2003年 『またあえる日まで』ゆず 2003年「ドラえもん のび太とふしぎ風使い」のエンディング 2002年10月17日に発売し、オリコン2位にランクインしました。 2002年 『いっしょに歩こう』KONISHIKI ドラえもんのび太とロボット王国のテーマソング。 2001年 『Love you close』知念里奈 2001年「ドラえもん のび太と翼の勇者たち」のテーマソング。 3月7日に発売されたシングルで、オリコン39位獲得。 映画ドラえもん歴代主題歌一覧(〜2000年) 2000年以前の映画ドラえもん歴代テーマソング一覧をまとめました。 2000年『この星のどこかで』由紀さおり・安田祥子 2000年「ドラえもん のび太の太陽王伝説」のテーマソング。 1999年 『季節がいく時』SPEED 1999年「ドラえもん のび太の宇宙漂流記」 「Precious Time」ともに収録された曲で、2月17日に発売、オリコン週間2位を獲得しました。 1998年 『ホットミルク』吉川ひなの 1998年「ドラえもん のび太の南海大冒険」のテーマソング。 3月4日に発売され、オリコン週間69位を獲得しました。 1997年 『Love is you』矢沢永吉 1996年「ドラえもん のび太のねじ巻き都市冒険記」のテーマソング。 アニメドラえもんの歴代主題歌一覧 アニメ版のドラえもんの歴代主題歌を紹介します。 ドラえもんのうた ドラえもんの主題歌として、1979年に発表。 大杉久美子・山野さと子・東京プリン・渡辺美里など様々な歌手が歌ってきましたが、2005年で主題歌としては終了となりました。 エンディングテーマソング アニメドラえもんのエンディングテーマソングは以下の通りです。 まる顔のうた• サンタクロースはどこのひと• ぼくたち地球人• 青空っていいな• ぼくドラえもん2112• またあえる日まで• タンポポの詩• YUME日和• あぁいいな! まとめ:ドラえもんの歴代テーマソング一覧 ドラえもんの歴代主題歌はかなりたくさんあります。 歴史あるドラえもんの主題歌は名曲揃い。 主題歌をじっくり聴いてみるのも一つの手です。 かなり楽しめるかもしれませんよ!.

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