ジョーカー考察。 ネタバレあり「ジョーカー」の妄想を考察!本当に怖いのは誰?

ジョーカーがラストで浮かんだジョーク内容【血の足跡から考察】

ジョーカー考察

スポンサーリンク ストーリー 『バットマン:キリングジョーク』はジョーカーの現在と過去、2つのストーリーが交互に語られる。 注意 ここから先は作品のネタバレがある。 未見の方はご注意願う。 ジョーカーの過去編 ジョーカーは働いていた研究所を辞め、コメディアンに転職した。 転職後は思うように稼げず、ジョーカーは焦る。 家には身重の妻がいた。 妻子のために、巷に出没していたレッドフッドに扮して強盗に参加することにした。 しかし、その直前に妻が事故死してしまう。 強盗までする理由がなくなったジョーカーだったが悪い仲間から抜けることはできず、渋々参加する。 レッドフッドに扮したジョーカーは被ったマスクのせいで視野が狭くなっていた。 そこにバットマンが現れ、ジョーカーは逃げる途中に工場のタンクに転落した。 工場の排水を通じて河岸に上がってきたときには、工場からの排水に含まれた有毒物質の影響で脱色され、髪は緑になり、顔の色は真っ白に変わっていた。 バットマンvsジョーカー編 バットマンはジョーカーに面会するため、アーカム・アサイラム(精神病院)を訪れた。 ところが、ジョーカーは影武者を立て、すでに脱走していた。 ジョーカーはつぶれた遊園地のオーナーを殺し、遊園地を手に入れた。 次に警察本部長ジム・ゴードンの家を訪れ、ジムの娘バーバラに発砲しゴードンを拉致して遊園地に連れ去った。 バットマンは一命を取り留めたバーバラからジムが連れ去られたことを聞き、救出に向かう。 (なお、この事件によってバーバラは半身不随となっている。 ) ジョーカーはジムの身ぐるみを剥がし、虐待した。 さらにバーバラが撃たれて血を流している写真を見せて、ジムを苦しめようとした。 ジムが精神的に追い詰められたとき、バットマンが現れる。 バットマンはジムを助け出したが、ジムから「奴を捕らえたい。 法規に則ってだ」と言われる。 バットマンはジョーカーを追いかけ、対峙する。 「自分の人生は『不幸な一日』のせいで変わってしまった」というジョーカーに対して、「ジムは負けなかった。 人間は不幸を正面から受け止める」というバットマン。 バットマンに追い詰められたジョーカーは自分を叩きのめせばいいとうなだれた。 バットマンは「このままではお互いの関係が殺し合いで終わってしまう」と手を差し伸べたが、ジョーカーは「遅すぎるよ…」といい決別を選んだ。 ジョーカーは最期にジョークを言い、ハハハ、と笑い始めた。 バットマンはジョーカーの首をつかみ、笑い声が止んだ。 警察のライトが足元の地面を照らしていた。 スポンサーリンク 見どころ・感想・考察 ジョーカーを生んだ「不幸な1日」 ジョーカーがジム・ゴードンの家を襲撃し、娘を撃ってからジムを誘拐した理由は、どんな人間でも「不幸な1日」があれば人は大きく変わってしまう。 自分のように狂人になってしまう、ということを証明するためだった。 過去にうだつの上がらないコメディアンだったジョーカーも、「不幸な1日」を境に運命が変わってしまった一人だ。 妻が生まれてくる子どものため、哺乳瓶用の電熱器を試しているときに感電死した。 百万に一つの不幸な事故だった。 その夜、やめようとしていた強盗に無理矢理参加させられ、同じく不幸な事故によって自らの容貌が変わってしまう。 これがジョーカーの「不幸な1日」だ。 ジョーカーはスーパークレイジーな男ではなく、元々は妻を愛する平凡な男だった。 『バットマン:キリングジョーク』は、このようにジョーカーの人間性を引き出した。 ジョーカーは、バットマンに対しても「不幸な1日」があったから自警活動を始めたんだろう、と問う場面がある。 その通り、バットマンにも幼少期に両親を殺された過去がある。 「不幸な1日」を体験した者の、光と影の対比を描いている。 バットマンとジョーカーの関係性 冒頭でアーカム・アサイラムを訪れたバットマンは、ジョーカーとの関係について、対話を試みている。 お互いに殺し合う前になんとかしたいとバットマンは願っていた。 結局本物のジョーカーではなかったが…… ラストシーンではバットマンが改めてジョーカーに手を差し伸べている。 どんな不幸にあったかは知らないが、自分がいたら助けられたかもしれない。 一緒に働けたかもしれない。 もう自分を追いつめるな。 苦しみを一人で背負うな。 と伝える。 これを聞いたジョーカーが少し間をあけたあと、すまない。 遅すぎる。 と返す。 二人が不幸を分かち合っていたらどんな未来があっただろうか。 そのあと、ジョーカーのジョークを聞き終わり、バットマンはジョーカーの首に手をかける。 本作はここで終わっているので、バットマンはジョーカーを殺してしまったのか。 ジムに言われたとおり捕まえたのかは分からない。 私が思うに、笑い続けていたジョーカーがふいに静かになっているところを見ると殺されてしまったのではないかと思う。 読者によって解釈が分かれるラストシーンとなっている。 Killing joke 「キリングジョーク」を辞書で引くと「おかしくて死にそうな冗談」と出る。 これはジョーカーが最後に放つジョークに意味を掛けている。 精神病院から二人の男が脱走した。 屋上に出て、一人目は難なく隣のビルに飛び移る。 二人目は落ちるのを恐れて飛ぶのを躊躇する。 一人目の男は懐中電灯の光で橋を架けるから、それを渡ってこいと言う。 二人目の男はどうせ途中でスイッチを切ってしまうつもりだろう!と怒鳴り返す。 この二人の男はそれぞれ、バットマンとジョーカーを示している。 バットマンが手を差し伸べても、ジョーカーは相手を信用できない。 これがジョーカーからのメッセージだった。 ラストの2コマで水たまりに映る一筋の光が描かれている。 その光は地面に遮られて途中で分断され、光の橋が架かることはなかった。 スポンサーリンク おわりに 『バットマン:キリングジョーク』は私が初めて買った邦訳アメコミだ。 それまでアメコミはなんだか読みにくそうだと敬遠していた。 しかし、ティム・バートン監督の映画『バットマン』でジャック・ニコルソンが演じるジョーカーがずっと頭に残っていて、表紙を見た時に「これは!」となって購入した。 文字や絵柄の一部に箔押し風のコーティングが使用されていて高級感があり、装丁が抜群にかっこいい。 アメコミとしては薄くて読みやすいこと、豪華版の書籍(高くて5,000円程度)があるなかで2,000円程度で買えることも、手に取りやすいポイントだ。 キャラクターの人間性を深堀りした作品が好きな人にはアメコミ入門書としておすすめしたい。

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ジョーカーがラストで浮かんだジョーク内容【血の足跡から考察】

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『ジョーカー』考察/アーサーと育ての母親の悲惨な関係 考察の前に映画で明かされたアーサー(ジョーカー)と母親・ペニーの関係性を整理しましょう。 映画で明かされたその関係性はかなり悲惨なものでした…。 ネタバレ注意です。 長年暮らしていた母親・ペニーとアーサーに血縁関係はなく養子だった• 養子にするが育児を放棄。 当時の交際相手がアーサーを虐待しても黙認• ペニーには妄想癖がありアーサーはウェインとの子供だと妄想していた この生い立ちを知るとアーサーが狂気に世界に足を踏み入れるのは必然だった気がします。 自分を愛してくれた存在がこの世にいなかったワケですからね…。 ジョーカーをジョーカーたらしめるバックボーンがそこにありました。 コミック版のジョーカー誕生の設定よりよっぽど説得力があった気がします。 コミック版ではバットマンに追われたコソ泥が工場の化学溶液に落下。 白い肌、常に笑みを浮かべる口などに変化。 自身の容姿をみて正気を失いジョーカーになった。 そしてアーサーの生い立ちも然ることながら、育ての母親・ペニーもなかなかイカれてます。 映画では精神病棟にいた頃の養母のシーンがありましたが、目がうつろでヤバかったです。 『ジョーカー』考察/養子大国アメリカは慈善心で養子にする そんな彼女が養子を迎え入れた理由を考えるにあたって、アメリカの養子事情を調べました。 するとアメリカって養子大国なんですよね。 養子の数が日本と比べ圧倒的に多いんです。 日本での年間の養子縁組数…544件(2015年度の特別養子縁組成立件数から)• アメリカで養子として育てられた数…推定12万7000名(2001年) より参照 より参照 参照した時期は違いますが養子の数が違いますよね。 養子に対する考え方も日本とは違って語弊はありますが、オープンでカジュアルなんだとか。 なお、養子を迎え入れる理由は大きく分けて2つあるそうです。 具体的には以下の通りです。 慈善精神で恵まれない子どもを迎え入れる• 子どもが恵まれず、養子として迎え入れる ハリウッドセレブが養子縁組をするのも慈善精神なんでしょう。 日本ではあまりないですよね。 ネットで調べると養子に迎える里親の中には独身女性や男性もいると言うから驚きです。 もちろん、誰でも里親になることはできず、子どもを育てられるかどうか審査があります。 映画で描かれた妄想癖のあるペニーでは間違いなく里親にはなれません。 『ジョーカー』考察/母親も昔は心優しく慈善心で養子にした? こうしたアメリカの養子事情を知ると、ペニーもかつては心優しい人物だったと思えてきます。 理由は2つあります。 若かりし頃のペニーが聡明な女性に見えた 映画『ジョーカー』のワンシーンで若かりし頃のペニーの写真が映るシーンがありました。 その写真に写っている彼女はキレイで聡明な女性のように見えたんですよね。 イメージは完全に若い頃のグウィネスさん。 ペッパーポッツを演じた女優です。 うん可愛い。 大富豪のウェイン邸で働いた実績があった 昔はウェイン邸で仕えていました。 大富豪のもとで働くためある程度身辺調査はあったはず。 それをパスしていたワケですから社会的に信用のあった人物といえます。 これらを踏まえると、もともとは妄想癖もなく心優しい女性だったのではないでしょうか。 しかし、悪い男に捕まりDVを受け精神を病んでしまった。 実際に慢性的にDVを受けてしまうと不安障害といった精神疾患になるケースもあるそうです。 …そう考えるとアーサーを養子に迎え入れた理由と映画で描かれたペニーで辻褄が合います。 変な話ですが、ジョーカーの育ての母親であればこうした悲しい背景がふさわしい気もします。 以上、映画『ジョーカー』特集第1弾でした。 「お前の書いてること意味不明」「俺はこう思う!」という方がいれば書き込みお願いします! 『ジョーカー』が好きなら『ダークナイト』も100%楽しめる ジョーカー誕生のプロセスを重々しく描いた『ジョーカー』。 こうしたダークな作風が苦手じゃなければ、映画『ダークナイト』もお勧めです。 同作はバットマン3部作の2作品目で、バットマンとジョーカーの戦いを描いた作品。 マーベルのようなTHE・アメコミ的なノリは一切ないのが特徴です。 ジョーカーによって人々の倫理感が試される展開で作風はかなり重ためです。 観終わった後なんとなーく鬱さが残るため、映画『ジョーカー』と同じ後味がありますね。 映画『ジョーカー』と『ダークナイト』の2つの作品はストーリー上の繋がりはありません。 そのため、映画『ジョーカー』にハマったなら、『ダークナイト』も楽しめるハズです。 すでに『ダークナイト』を観たことのある私も改めて観たくなったくらいですからね。 ちなみに『ダークナイト』を観るなら『U-NEXT』という動画配信サービスが便利です。 『ダークナイト』を含むバットマン3部作を見放題作品として配信しているから。 初回登録の方ならキャンペーンで31日間無料でサービスを利用することが可能です。 31日以内に解約すればお金を一切かけることなく『ダークナイト』を観られます。 登録もカンタンで名前やカード情報を入れるだけ。 登録から1分後には映画を観られます。 『U-NEXT』を利用して『ダークナイト』を楽しんでみては?.

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映画『ジョーカー』ラストシーンを考察!<3つの解釈から徹底考察!>|深淵のサルベージ~アニメ・漫画・映画をとことん楽しむブログ~

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ジョーカーと言えば、バットマンの宿敵であり、ヴィランの中のヴィランとも言うべき悪のカリスマ。 映画作品としても、クリストファー・ノーラン監督の『ダークナイト』で故ヒース・レジャーが演じた事で、世界中に熱狂的なファンを生み出したキャラクターです。 そんなジョーカーの誕生秘話を描く… 正直、ハードルが高いとかそういうレベルじゃねぇ!って話なんですが、本作は、そんな我々の期待を裏切ることなく、真正面からジョーカーに挑戦し、そして、見事成し遂げた作品です。 いつもならば極力ネタバレ無しでお届けする所なのですが、本作に関して観た後の考察がとんでも無く面白い為、少しスタイルを変えてお届けする事にしました。 全力でネタバレしているので、未だ見ていない人は必ず映画本編を観てから読むようにしてください。 ここからは要素ごとに現実と妄想の境を考察していこうと思います。 幸せを感じる出来事は全て妄想 序盤のTV出演 マレー・フランクリンのテレビに出演した過去は、アーサーの憧れが生み出した妄想。 終盤、楽屋でマレーに対して「初めてだとは思えない。 ずっと憧れていました。 」的な台詞からもそれが読み取れます。 隣人女性との関係 エレベーターでの会話・ストーキング・ストーキングへの苦情は現実。 その後の接吻・デート・母へのお見舞いは妄想。 これは作中でもハッキリと妄想と表現されているシーンなので間違いありません。 そもそも、シングルマザーで必死に生きている彼女が、子供をほったらかして隣人とデートしたりするシーンは違和感がある。 最初のエレベーター以外で子供がほとんど出てこないのも意図的なものを感じます。 ちなみに、デート(妄想)からの帰宅後に香水をつけていたことが分かるシーンがある。 この香水が女性物なのか男性物なのかは少し気になりますね。 ウェインが父親は母親の妄想 ウェインがアーサーの父親なのはペニーの妄想。 ペニーがアーサーを養子にとったのも、ウェインに取り入る為の道具である可能性が高い。 ウェインとペニーに肉体関係があったかどうかは不明だが、それも含めて妄想の可能性も十分に考えられます。 まさかのバットマンとジョーカー兄弟説には驚かされましたw 耐えられないような辛い出来事は全て現実 看板を盗まれた末のリンチ ゴッサムの悪ガキども手慣れすぎてて怖い! ネズミ・ゴミ問題・治安の悪さ…ゴッサムシティはマジゴッサムとしか言いようがありません。 証券マン三人を手にかけた事 証券マン3人を手にかけた事は紛れもない事実。 それにしてもジョーカーさん、中々の射撃の腕前。 逃走する男の心的行動把握もばっちりでした。 これは、普段から周りの眼を気にするジョーカーさんの処世術の一部が成した技なのかも? 銃を隠すために訪れたトイレでのダンスシーンは、アーサーの中のジョーカーが垣間見える初めてのシーンでもあり、とても印象的でした。 ハッピーは自分のハッピーを作り出す道具 信じていた母親に、実は愛されていなかったという事実。 よくよく考えると、ペニーがアーサーと呼び掛けているシーンは1回も無かったように思える。 ハッピーとは、自らのハッピーを作るための道具と考えるととても辛い。 母親による虐待の傍観 恐らくアーサーは自分の障害を先天的なものと把握していたように思えるが、実はそれが虐待によるものだったという事実。 様々な事の積み重ねがアーサーの善良性を破壊したのは間違いないが、これが最大の要因になったと筆者は考えています。 失うものが無くなってからは全てが現実:反転する世界 母親という名の枷を外す 病院で母親を自らのてにかける。 やってる事はひどく残酷だが、差し込む光の美しさが印象的な一幕。 同僚を手にかけた事 母親のお悔やみに現れた同僚を躊躇なく手にかけるシーン。 唯一優しく接してくれた同僚の事は平気で見逃す。 マレー・フランクリンのテレビ出演 あの映像に大反響があったというのは疑問だが、テレビ出演のオファーがあったのは現実。 テレビ放送でアマチュアを笑いものにするって流石に悪質。 ラストのアサイラムでのシーン 多くの人が一番疑問に感じたシーン。 これはクラウンの靴をかたどっていて、アーサーではなくジョーカーとして歩み出したという表現なのかも?とも思いました。 真っ白な壁・窓から差し込む眩い日差し・はしゃぎ躍るジョーカー。 堕ちたはずなのに光り輝くという矛盾に満ちたエンディングが、これからのジョーカーの異常性を物語っています。 不気味な男、アーサーを表現する為の徹底された演出 終盤のジョーカーはバチバチの恰好良さ(筆者の主観)なのですが、序盤・中盤は、善良だが不気味な男である演出が徹底されています。 ここも色々と思う所があったので、気になった点をピックアップしてみました。 アーサーの心境によって変化する天候・室内の明暗 自分を押し殺し、常に善良であろうとする時の天気は、雨または曇り。 室内の照明は青白く暗い。 逆に、自らの本質をさらけ出し、ありのままであろうとするシーンでは快晴が多く、室内に差し込む光は眩い。 心境と天候のシンクロは恐らく意図された演出だと思いますが、これは滅茶苦茶ハマってましたね。 特に青白い照明のシーンは、アーサーとジョーカーの狭間で揺れ動く良心の炎みたいなイメージが頭を過り、とても印象的でした。 顔で笑って心で泣いて、正に表裏一体(ジョーカー) 笑いの発作にも規則性があり、ストレスや不安が臨界点を越えると発生します。 ただし、全てがその規則性に則っている訳ではなく、明らかに演出で笑っているシーンもあります。 クラウン仲間の同僚が同僚を小馬鹿にするシーンでは、明らかに同調したワザとらしい笑い声をあげています。 善良で優しいアーサー的にはストレスを感じる対象であってもおかしくはありませんが、これは既に日常化していて、発作が起こる程のストレス起点ではなくなっていると筆者は考えました。 しかし、相手を小馬鹿にする・笑い者にするというアーサーのタブーに触れている為、笑う事で怒りを表現している。 元々笑いのポイントにズレが生じているアーサーが、コメディアンとして大成する為のすり寄せ(努力)と取る事も出来ますが、上司に呼ばれた際の廊下を曲がった時の表情を考えると、やはり怒りの感情を腹に据えているように思えます。 ホアキン・フェニックスの徹底した体作り 靴を解すシーンで長めに背中を映す描写がありますが、あのシーンのインパクト凄いですよね。 あのシーンだけで、異常に痩せている・骨ばっている・不健康そうな男である事が印象付けられます。 噂によると24キロも体重を落としたらしいですが…(半端ねぇ)。 何度も観て考察したくなる。 心に刺さる強烈な映画 福祉サービスが打ち切られて投薬がストップした時点から、全てはアーサーの妄想という考察もあるようですが、ジョーカーだけでなくバットマン誕生のエピソードまで含めている時点で、それは無いんじゃないでしょうか? 到底共感する余地が無いと思っていた悪のカリスマを身近に感じ、現実と創作を融和させた風刺性の高い作品です。 好き嫌いはハッキリと分かれる作風だとは思いますが、映像美・プロットの完成度・配役・音楽効果など、何度も劇場に足を運ぶ価値のある映画だと筆者は感じました。 追伸:上映終了の瞬間、「ゴッサムが死んで僕らは生まれた」という言葉が脳裏に浮かびました。 あくまで主役はジョーカーですが、バットマンのルーツもきっちり織り込んでいる(ジョーカーとバットマンは表裏一体の存在)辺り、本当にうまいですよね。

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