ロッテ 創業 者。 さらに遠くなる日本:韓国財閥創業者時代の終焉 ロッテ創業者、重光武雄氏が生き抜いた1世紀(1/5)

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ロッテ本社(「」より/あばさー) ロッテホールディングス(HD)で起きた突然の解任劇は、やはり創業者の重光武雄会長による決断だった。 1月8日、ロッテHDは臨時株主総会を開いて武雄会長の長男・宏之副会長を解任した。 ロッテHD傘下のロッテグループでは、その理由を「機密事項に当たる」と開示していない。 臨時株主総会の3日前、ロッテHDは宏之氏が兼務していたロッテ商事社長などの役職を解いていた。 この電撃的解任を受けて、業界内では当初、宏之氏とロッテグループ会長を務める弟の昭夫氏との不和説が流れた。 「宏之氏は以前から昭夫氏と折り合いが悪く、それが内紛に発展したらしい」という内容である。 しかし、真相は違った。 宏之氏が対立していたのは佃社長だったのだ。 ロッテ関係者が明かす。 「住友銀行(現・三井住友銀行)で専務、ロイヤルホテルでは社長も務めた佃社長は6年前、その経営手腕を見込まれ、武雄会長に請われるかたちでロッテHDの社長に就任しました。 そして、ロッテの日本事業を統括する宏之氏と対立を深めていき、武雄会長に対して『私を切るか、宏之さんを切るか、あなたが決めてほしい』と迫ったといいます。 これを受けて、武雄会長はやむなく宏之氏を解任し、グループ全体の調和を守ったということです」 ロッテグループは、宏之氏が日本事業を、昭夫氏が韓国事業を統括してきた。 第二次世界大戦終戦直後に武雄会長が創業したロッテは、日本では菓子事業が中心だが、韓国では重化学工業が中核で、上位財閥にも名を連ねる存在となっており、売上高も日本の20倍近くある。 韓国での事業を軌道に乗せた昭夫氏の手腕は、佃社長も高く評価しており、宏之氏はグループで浮いた存在になっていた。 「すでに武雄会長は、自身がオーナーを務めてきたプロ野球・ 千葉ロッテマリーンズの代表代行に昭夫氏を起用しました。 マリーンズは菓子事業のPR役であり、本来であれば宏之氏が担当するのが筋ですが、武雄会長は昭夫氏の社交性を評価したといいます。 いずれにせよ、これによって名実ともに昭夫氏がロッテグループの実権を握る構図が固まったといえます」(同) ロッテグループにとって残る火種は、宏之氏がロッテHDの株式を10%以上保有していることだ。 宏之氏が持ち株を外部に売却するような動きに出れば、グループの屋台骨を揺るがす事態に発展しかねないだけに、その成り行きが注目される。 (文=編集部).

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辛格浩氏 韓国南東部の蔚山市生まれ。 日本に転居し切削油の製作所で事業を開始した。 終戦後の進駐軍が配るチューインガムの人気を見てガムの製造に乗り出しロッテ製菓を設立した。 日本で稼いだ資金で日韓国交正常化後に高度経済成長期に入った韓国に投資。 百貨店やホテル、スーパー、化学、建設など幅広い事業を手掛けて韓国財閥5位の資産規模を誇るロッテグループの躍進を主導した。 プロ野球界では、日韓両国で球団を創設した。 ただ晩年は不遇だった。 2人の息子が後継を巡って泥仕合を繰り広げ、日韓にまたがってグループ全体の経営の混乱を招いた。 自身もグループの経営不正事件に絡み業務上横領と背任の罪に問われた。 2019年10月には大法院(最高裁)が懲役3年の判決を下し、健康状態を考慮して執行停止していた。

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ロッテの創業者・重光武雄名誉会長が死去 98歳:朝日新聞デジタル

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ロッテ本社(「」より/あばさー) ロッテホールディングス(HD)で起きた突然の解任劇は、やはり創業者の重光武雄会長による決断だった。 1月8日、ロッテHDは臨時株主総会を開いて武雄会長の長男・宏之副会長を解任した。 ロッテHD傘下のロッテグループでは、その理由を「機密事項に当たる」と開示していない。 臨時株主総会の3日前、ロッテHDは宏之氏が兼務していたロッテ商事社長などの役職を解いていた。 この電撃的解任を受けて、業界内では当初、宏之氏とロッテグループ会長を務める弟の昭夫氏との不和説が流れた。 「宏之氏は以前から昭夫氏と折り合いが悪く、それが内紛に発展したらしい」という内容である。 しかし、真相は違った。 宏之氏が対立していたのは佃社長だったのだ。 ロッテ関係者が明かす。 「住友銀行(現・三井住友銀行)で専務、ロイヤルホテルでは社長も務めた佃社長は6年前、その経営手腕を見込まれ、武雄会長に請われるかたちでロッテHDの社長に就任しました。 そして、ロッテの日本事業を統括する宏之氏と対立を深めていき、武雄会長に対して『私を切るか、宏之さんを切るか、あなたが決めてほしい』と迫ったといいます。 これを受けて、武雄会長はやむなく宏之氏を解任し、グループ全体の調和を守ったということです」 ロッテグループは、宏之氏が日本事業を、昭夫氏が韓国事業を統括してきた。 第二次世界大戦終戦直後に武雄会長が創業したロッテは、日本では菓子事業が中心だが、韓国では重化学工業が中核で、上位財閥にも名を連ねる存在となっており、売上高も日本の20倍近くある。 韓国での事業を軌道に乗せた昭夫氏の手腕は、佃社長も高く評価しており、宏之氏はグループで浮いた存在になっていた。 「すでに武雄会長は、自身がオーナーを務めてきたプロ野球・ 千葉ロッテマリーンズの代表代行に昭夫氏を起用しました。 マリーンズは菓子事業のPR役であり、本来であれば宏之氏が担当するのが筋ですが、武雄会長は昭夫氏の社交性を評価したといいます。 いずれにせよ、これによって名実ともに昭夫氏がロッテグループの実権を握る構図が固まったといえます」(同) ロッテグループにとって残る火種は、宏之氏がロッテHDの株式を10%以上保有していることだ。 宏之氏が持ち株を外部に売却するような動きに出れば、グループの屋台骨を揺るがす事態に発展しかねないだけに、その成り行きが注目される。 (文=編集部).

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