な に と なく 君 に 待た るる ここち し て。 与謝野晶子の歌の説明で...

百人一首 075

な に と なく 君 に 待た るる ここち し て

何となく君に待たるるここちして出でし花野に夕月夜かな 読み:なにとなく きみにまたるる ここちして いでしはなのに ゆうづきよかな 作者と出典 与謝野晶子『みだれ髪』 現代語訳 何となくあなたが待っているような気がして、秋の花が咲き乱れる野に出てみたら、月が夜空に浮かんでいた 教科書掲載の短歌一覧 文法解説 ・この短歌に句切れはないので、句切れなし ・「何となく」の読みは、「なにとなく」 ・「出でし」の「し」の基本形は過去を表す「き」 「し」は連用形。 「出た先の花の野」の意味。 ・「花野」…野原に花の咲いているところ 古くから多くは、秋の野の意味。 ・夕月…夕方の空に見える月 ・「かな」は詠嘆の助詞 表現技法 ・結句の「かな」は助詞、体言止めにせず「かな」をつけて終わる余韻を出している ・初句「何となく」は「ここちして」を修飾するが、具体的な言葉ではなく、気分を表すためで、淡い印象をもって一首を始めている ・「花野」「夕月夜」など、古典的で女性的な言葉が散りばめられている 関連記事: 解説と鑑賞 相聞の短歌。 相聞というのは、「恋愛の歌」のことであって、一首は、女性である作者のの相手に会いたい気持ちを表している。 「何となく」というのは、故由もなく、理由もなく、の意味で、相手に実際に呼ばれているわけではないのだが、作者自身の、思慕の念、相手に会いたい気持ちを、受身形で「待たるるここち」と表していることに注意。 「待たるる」は「待たれる」の意味だが、「待たるる」と受け身で表すことであって、この時代の女性らしさが出ている。 「るる」連用形の言葉の音が美しく、たとえば「君に会いたきここちして」であるよりも、ずっと音が美しく、この言葉が選択されたと思われる。 「花野」は古い短歌ではよくつかわれる言葉で、多くは秋の野を指し、和歌で使われる秋の花は、萩などの繊細な花が多い。 そのような清澄な美しさを含むイメージでもある。 「夕月」は夕方早く出る月のことで、あたりはまだ光が残っており、花の影もおぼろに見える。 そのような中に立つ女性の影もまた美しくイメージされるであろう。 与謝野晶子は実際にはもっと行動的な女性であったと思われ、「狂ひの子われに 焔 ほのほの 翅 はねかろき百三十里あわただしの旅」など、相手に待たれるどころか、会いに行こうとする歌もある。 この歌は、それに比べると、もっとほのかな女性の恋心を受け身で歌うというものであり、広く好まれるものとなっている。

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【なにとなく君に待たるるここちして出でし花野の夕月夜かな】徹底解説!!意味や表現技法・句切れなど

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「短歌」には、季節の感動を詠んだ歌、人生の不安や苦しみを嘆いた歌、恋する気持ちを詠った歌など、人々の日常に溢れる感情が多く詠み込まれています。 その中から今回は、「恋」に関する「短歌」を紹介したいと思います。 恋人と会えない時間を辛く感じたり、相手の気持ちが分からなくて不安になったり、そんな気持ちになっているのはきっと、現代の私達だけではないはずです。 紹介した三十首の作品を読みながら、共感したり、感動したり、好きだと思える一首に出会えたら素敵ですね。 短歌(和歌)とは? 五・七・五・七・七の三十一文字(みそひともじ)で表現する短歌。 「短歌」のはじまりは1300年前の奈良時代に遡り、その頃は、「短歌」「長歌」「旋頭歌」「仏足石歌」「片歌」という、五七調の歌(五音と七音を基調とした歌)を全てまとめて「和歌」と呼んでいました。 それが平安時代に入ると、「短歌」以外の歌の文化が廃れていったことから、「和歌」というと自然と「短歌」形式の歌を指すようになっていったのです。 「和歌」の特徴は、まず、歌の中に縁語、掛詞、序詞などの修辞法が多く用いられていることが挙げられます。 修辞法とは、伝えたい想いを効果的に伝えたり、趣を添えたりするために用いる技巧のことで、時には言葉遊びのように使われることもありました。 また、「和歌」のもう1つの特徴は、貴族や文化人などが中心になって盛り上がった文化ということです。 それは、天皇や上皇の「勅命」によって編纂された歌集が多く存在することや、宮中での「歌合(うたあわせ)」の様子が古典文学作品に描かれていることからも分かりますね。 長い間、多くの人に詠まれ、親しまれてきた和歌ですが、明治時代に入るとそんな「和歌」の歌風を批判する声が上がり始めました。 それがきっかけとなり、同じ五・七・五・七・七の形式でありながら、明治時代以降の作品を「短歌」と呼び、これまでの「和歌」と区別するようになりました。 近代の「短歌」には、都市化・近代化していく社会を背景に、生活への不安や苦悩が詠まれた歌なども多くあります。 そしてそれが現代になると、口語(話し言葉)やカタカナを用いて表現された作品も登場し、時代とともに「短歌」も変化してきました。 また、「短歌」は「和歌」と違って修辞法をあまり用いないこと、そして天皇や貴族など権力とも切り離された文学であるという特徴もおさえておきたいですね。 このように「和歌」「短歌」にそれぞれ歴史や特徴がありますが、ここでは、五・七・五・七・七の形式で詠まれた歌を「短歌」と一括りにして紹介していきたいと思います。 私は恋しい人と離れて、たった一人、寂しく寝ることであろうか。 修辞法:「足引きの山鳥の尾のしだり尾の」は「ながながし」を導く序詞。 それと同じように、あなたを思う私の恋心も積もり積もって、今では深い思いの淵のようになってしまいました。 修辞法:「川」「淵」は縁語。 こうなったのは誰のせいでもない、あなたのせいなのですよ。 修辞法:「陸奥のしのぶもぢずり」は「みだれ」の序詞、「しのぶもぢずり」「染め」は縁語。 きっとご存じないでしょうね。 ですから、私はそうおっしゃってくださる今日を最後に死んでしまいたいものです。 来るとおっしゃるから、あなたをずっとお待ちして、とうとう西の山に沈もうとする月を見てしまったことですよ。 うっかり心にかけたら、あとで涙で袖をぬらすことになるでしょうから。 修辞法:「音」「高師(髙し)」「波」「かけ」「ぬれ」は縁語。 それと同じように、たとえ今は恋しい人と別れても、また必ず逢おうと思う。 修辞法:「瀬を早み岩にせかるる滝川の」は「われても末に逢はむ」を導く序詞、「瀬」「せか」、「滝川」は縁語。 このまま生きながらえていると、たえ忍ぶ力が弱くなってしまい、自分ひとりの心に秘めている思いが、外に表れてしまいそうだから。 修辞法:「緒」「絶え」「ながらへ」「弱り」は縁語。 人がみんな手に入れることができないと言うあの安見児を妻にしたよ。 ですが、一度この人をと愛しはじめた人を、私は決して忘れたりはしないでしょう。 そのあやめ(ものごとの道理)もわからない夢中の恋をするよ。 修辞法:「ほととぎす鳴くやさ月のあやめ草」が「あやめ」を導く序詞。 二人の関係が長く続くと思うのなら。 もし、それが夢だと知っていたなら、目を覚ましたりはしなかったのに。 修辞法:見立て(「人の心」を「花」に見立てている)、「色」「うつろふ」「花」が縁語。 ㉑『結ぶ手の しづくににごる 山の井の あかでも人に 別れぬるかな』 作者:紀貫之 意味:山の清水は、すくいあげるてのひらからこぼれ落ちるしずくで、すぐに濁り、飲み足りない。 その清水のように、私は心残りのあるまま、あなたとお別れしましたよ。 修辞法:「結ぶ手のしづくににごる山の井の」は「あかでも」を導く序詞。 ㉒『つれづれと 空ぞ見らるる 思ふ(う)人 天降(あまくだ)り来む(ん) ものならなくに』 作者:和泉式部 意味:なんとなく物悲しい気持ちで空を眺めている、愛しい人が天から降りてくるわけもないのに。 どんなに愛し合っていても、女性としては不安はつきもの。 そんな状況の中で詠まれた和歌です。 ㉓『もの思へ(え)ば 沢の蛍も わが身より あくがれ出(い)づる たまかとぞ思ふ(う)』 作者:和泉式部 意味:思い悩んでいると、この水辺を飛びかっている蛍も、私の体から出た魂かと思ってしまいます。 ㉔『黒髪の みだれもしらず うちふせば まづかきやりし 人ぞ恋しき』 作者:和泉式部 意味:黒髪が乱れているのに気がつかず横になると、まずは手で髪をかきのけてくれた人が恋しくなることだよ。 ㉕『桐の葉も 踏み分けがたく なりにけり かならず人を 待つとなけれど』 作者:式子内親王 意味:桐の落葉がつもって、通りにくくなるほどになってしまったなあ。 必ずいらっしゃると思って、人を待っているというわけではないのですが。 修辞法:「本歌取り」(本歌は「わが屋戸は 道もなきまで 荒れにけり つれなき人を 待つとせし間に」) ㉖『なにとなく 君に待たるる ここちして 出(い)でし花野の 夕月夜(ゆうづくよ)かな』 作者:与謝野晶子 意味:なんとなくあなたが待っていてくださるような気がして、秋の草花な咲き乱れる野原に出てきました。 その野原は、美しい夕方の月に照らしだされています。 ㉗『小百合さく 小草(おぐさ)がなかに 君まてば 野末にほひ(い)て 虹あらは(わ)れぬ』 作者:与謝野晶子 意味:百合の花が咲いている草の中で、あなたを待っていると、野のはてがほのかにそまって虹が出てきました。 ㉘『それとなく 紅き花みな 友にゆづり そむきて泣きて 忘れ草つむ』 作者:山川登美子 意味:気が付かれないように、華やかな恋を友達に譲って、私は二人に背を向けて想いを忘れようと忘れ草を摘んでいます。 ㉙『薄紙の 火はわが指を すこし灼き 蝶のごとくに 逃れゆきたり』 作者:斎藤史 意味:薄い紙を燃やした火は、私の指をほんの少し焼いて、まるで蝶のように逃げていきました。 指にかすかな痛みだけを残して。 ㉚『ヒヤシンス 薄紫に 咲にけり はじめて心 ふるひ(い)そめし士日』 作者:北原白秋 意味:ヒヤシンスの花が、薄紫に咲いた。 誰かに対して、はじめて心がときめいた日もヒヤシンスの花が咲いていたなあ。 一言で「恋の歌」と言っても、恋の形は様々ではありますが、切なく悲しい歌も多くあったように感じます。 誰かを好きになり、心を通わせることができても、相手の気持ちが分からなくなって不安になったり、せっかく好きな人の夢を見ていたのに目覚めてしまって悔しい思いをしたり、言葉や表現方法は違っても現代の私達にも十分共感でき、気持ちを代弁しているように感じたりする素晴らしい歌ばかりだったのではないでしょうか。 「恋」の短歌(和歌)を通して、その時代を生きた人々の生活を学んだり、自分自身の恋愛や生き方を見つめてみるのもいいものですよね。

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【恋の短歌30選】有名な恋の短歌(和歌)一覧 名作短歌の作者・意味とは?

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秋晴れのもと美しい花々が咲き乱れ、玲瓏と響き渡る虫の声。 萩、尾花、女郎花、撫子、野菊、桔梗、吾亦紅、竜胆、等々、 一つ一つを取り上げると何となくつつましやかな花が、思い思いに 一面に咲き乱れると華やかな場面に変わります。 「 秋萩の 花野のすすき 穂には出 い でず 我 あ が恋ひわたる 隠 こも り妻はも」 巻10-2285 作者未詳 萩の花が一面に咲き乱れ、その花陰にススキがまだ穂を出さないまま、 ひっそりと立っています。 私もそのススキのように人目を忍んであの人に恋をしていますが、 彼女もまた「隠り妻」という名のごとく家に引き籠ったまま姿を見せてくれません。 お互いに人目をはばかる仲、なんとも切ない恋をしていることです。 「隠り妻」とは社会的に認知されていない関係をさし、人妻あるいは何らかの事情で 関係を持つことが許されない相手 巫女、采女、両親の反対など かと思われます。 この歌で「萩が一面に咲いている野」という意味に使われている「花野」という言葉は 後代になると「秋の花が千々に咲き乱れる野」という意味に変わってゆきます。 「 なにとなく 君に待たるる ここちして 出でし花野の 夕月夜かな 」 与謝野晶子 みだれ髪より なんとなく恋しい人が私を待っていてくれるような気がして、あてどなく歩いていると 秋の花々が咲き乱れる野原にやってきました。 作者は、「花野」「柔肌」などの万葉言葉を自身の歌に多く取り入れております。 古代の自給自足の時代、多くの人々は草花や木々を見て美しいとは感じても、 それを生きる為の大切な生活資源と認識していたように思われます。 風流の心が芽生えたのは生活に少し余裕が出てきた万葉時代の頃からで、 梅をはじめ大陸文化の輸入とあいまって貴族や官人達の間で草木を鑑賞し 賛美するという意識の変化がみられ、詩歌で表現したり、外なる自然を 住居の周辺に取り入れるようになります。 さらに平安時代には秋の野の趣を庭に移そうと試みられ、草花を植え、 鳴く虫をすだかせた庭が宮中や貴族の屋敷に盛んに造られました。 このように庭先に植える草花または植え込んだ草木を 「前栽」 せんざい といいます。 「花野」という言葉が秋の季語とされるに至ったのは「和漢朗詠集」で「前栽」が 秋の部の題とされたことによる影響が大きかったそうです。 千三百年前に無名の人が造った「花野」という美しい言葉は様々な時代の 文化の香りを染み込ませながら今もなお生き続けております。 「 堅横 たてよこ に 風の機 はた 織る 花野かな 」 乙由 おつゆう:江戸時代の俳人.

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