黒い砂漠 労役の苦情。 【黒い砂漠】Black Desert冒険記 クエスト攻略 No.393

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黒い砂漠 労役の苦情

一五八八年の新版『随想録』の扉には、その標題の下に第三巻一冊と既刊二冊への増補六〇〇項が増加されたと印刷されているが、この書きおろしの第三巻は、結局、一五八二年版の余白に書き込まれた前記増補分の延長ないし溢流とも言うべきもので、そこに特に新しい提論はないようである。 けれどもやはりそこには、進歩とか特徴とか言うべきものが確かに認められる。 まったく著者モンテーニュは、今や紋章だの勲章だの、王室伺候だとか市長だとかいう肩書などを、いつの間にかきれいさっぱりと脱ぎ捨てて、フランスのジャンティヨムからソクラテス流の世界の市民になり変っている。 一五八八年版の表紙には肩書きが取れてただモンターニュの領主と書かれている。 そして彼はその書斎における読書執筆と彼のいわゆる 夢想とをいよいよ自己の本領と自覚し、著作者エッセイストたることに徹している。 従来はいささか消極的であった自己弁護も、今や全く積極的な自己表出となり、大胆に自己の根本思想を布衍し解明することに没頭している。 その上さらに、自己を読者に知らせることから、読者をして読者自らを知らしめ、読者自らをして世界や宇宙に眼を注がしめることに、その重点を移してゆく。 つまりモンテーニュの 自己 ( モワ )は、この時、彼自らにとっても読者にとっても、己れ自らと世界とを知らせる、いわば顕微鏡とも望遠鏡ともなる光学機械、モラリスト・エッセイストという彼の本職にとって最も大切な道具となるのである。 三の六「馬車について」の章なり三の九「すべて空なること」の章なりは、いずれも一の二十三、二十七、三十一、二の二十二章の延長であるとしても、何とそれは堂々として確信に満ちていることであろう。 こういうところに第三巻時代のモンテーニュの面影が見られる。 モンテーニュがペストに追われて城館をあとに、家族を引き連れて諸所を放浪したのは、従来一五八五年秋冬の頃と推定されていたが、このモンテーニュ一生の中の最も苦難の多かった時期は、実際には一五八六年九月から八七年三月頃のことであったと思われる。 この時期のことについては後出第十二章の始めの解説にゆずる。 また巻末年表参照。 とにかくモンテーニュは、市長をやめてから一五八八年まで、この七カ月ばかりの時期をのぞけば、前後二十五カ月ばかりの間、比較的平穏に執筆の時間をもったわけであるが、一五八四年に王弟アンジュー公が死んで以来、思いもかけずプロテスタント側の最高指導者であるアンリ・ド・ナヴァールが王位継承者になったので、フランスの政界はいよいよ紛糾した。 特に西南部のボルドー方面は内乱がますます激しくなったから、モンテーニュは退職したとはいえ全然政治問題に無関係ではありえず、国王アンリ三世と、神聖同盟派のアンリ・ド・ギュイズと、かねて関係の深いアンリ・ド・ナヴァールと、いわゆる三人のアンリの間を奔走して、その調停に誠意を傾けた。 そういう経験がこの章および第三巻第十章において、モンテーニュに「個人は混乱した社会の唯中でどのようにその良心を守りとおすことができるか」という問題を論じさせたのである。 すなわちこの章では、モンテーニュも一方ではマキアヴェリと同様に政治と道徳とは別ものであると考えながら、なおかつ誠意信実はいかなる乱世においてもその徳を発揮するものであるとし、政治においても道徳を無視してはならないと言っている。 しかし何と言っても政治組織、政治生活の中には不徳の介在は避けがたいものであるから、モンテーニュ自らはせいぜい調停者として働くくらいにとどまり、あまり政治の世界に深入りしたがらない。 政治はもっと大胆なふとっぱらの人間に委せ、自分はやはりあくまでも自分の良心を清潔に保ちたいと思う。 だがこの告白は必ずしも彼自らに厳守されない。 彼もまた自分の良心なり節操なりをけがさない範囲においては、相当積極的に政治的活動をする。 もちろん第三巻においてもモンテーニュの個人主義は弱まるどころか、益々自分の体験を語り、自分を描き、自分を大切にするように説いているが(三の十)、一般社会に関する問題、政治の問題にふれることが、前二巻に比して著しく多くなっている。 モンテーニュは自分について語ることがますます詳しくなるが、同時に人類一般に働きかけようとの意志も、益々強く、明瞭になる。 (b)誰でもばかを言うことは免れない。 困るのはそれを念入りにやられることである。 (テレンティウス) だがわたしはちがう。 わたしのはいかにも愚論らしくうっかり唇をもれるのである。 だからはなはだ始末がいい。 少しでも困ればあっさり捨てる。 つまりわたしは、愚論は愚論として買いもし売りもするのである。 わたしが紙に向って語るのは、出あいがしらの人に向って語るのと同じことだ。 それが嘘でないことは、次に読まれるとおりである。 誰にとっても、不信不実は憎むべきものであるに違いない。 皇帝ティベリウスはあれほどの損をしてまで、それをしりぞけたではないか。 ドイツから、「もしご異議さえなければ、アリミニウスを毒殺してさしあげよう」といってよこしたとき(これはローマ人のもった最大の強敵で、かつてウァルスの率いるローマ軍をひどい目にあわせたことがあり、ただこの人ひとりのために、ローマの支配はこの地方においてその発展を妨げられていたのである)、彼はこう答えた。 「ローマの民は、敵に 復讐 ( ふくしゅう )するとき、いつもまっこう正面からぶつかった。 計略によってこっそりやるようなことはしたことがない」と。 彼は実利をすてて誠実を取ったのである。 「あれは食わせ者だよ」と言われれば、なるほどそれはそうかも知れない。 彼のような地位にある人たちには、ああしたことは少しも珍しいことではないのだ。 だが徳の告白は、これを憎む者の口からもれたものであっても、やはり重視すべきだと思う。 それは真実が、さしもの彼にああいう告白をさせたのであるから。 またこの告白を本気で実行する気はなかったにしても、これによって自分の表面だけでも掩い飾ろうとしたのであるから。 我々の組織は、公私いずれの場合においても、つねに不完全に満ち満ちている。 けれども自然のうちには、何一つとして無用なものはない。 無用なことさえも無用ではない。 この宇宙に忍びこんだもので、そこに適当な席を占めていないものは、ただの一つもないのである *。 我々の存在は、もろもろの病的特質で固められている。 野心・嫉妬・そねみ・復讐・迷信・絶望なども、まったくそれが自然にかなっているかのような顔で我々のうちに宿っている。 そうした有様は動物の中にもそっくり認められるくらいである。 残酷というきわめて不自然な不徳までも授かりものなのだ。 まったく同情の気持を十分にもっていながら、我々は他人の苦悩を見ると、心の底に、何とも言いようのない・甘いような苦いような・意地の悪い快感を覚えるのである。 子供たちまでがそれを感ずるのである。 *「 桂 ( にくけい )は 食 ( くら )うべきが故に之を 伐 ( き )り、 漆 ( うるし )は用うべきが故に之を 割 ( さ )く。 人は皆有用の用を知りて無用の用を知ること 莫 ( な )し」(『荘子』「人間世篇」最終の説話)。 これらの諸特質の種子を人間の中から取り除くならば、我々の生命の根本的性質をも破壊することになろう。 同様にどんな国家にも、たんに下賤であるだけでなく不徳であって、なおかつ必要とされる職務がある。 不徳はそこにそのところを与えられ、我々相互のつながりに役立っている。 ちょうど毒が我々の健康の保全に用いられるようなものである。 それらの職務が我々に必要なものであり、またそれらが一般にも必要であるということから、それら本来の悪い特質が相殺され、従って許されるものになるとすれば、そういう役目は最も気の強い・最も物におじない・市民たちに、大いにやってもらうべきである。 彼らは自国の安泰のために自分の生命をなげうったあの古人のように、よろこんで自分の名誉と良心とを犠牲にする。 だが、我々みたいな意気地なしは、もっと容易な・危険の少ない・役にまわろう。 公益のためには、裏切ることも嘘をつくことも、 (c)また人殺しも、 (b)必要である。 だがこういうお役目は、我々よりも柔順で融通のきく人たちの方にお願いしよう。 実にわたしは、裁判官たちが詐術を用いたり、恩恵や赦免をいつわり約したりして、罪人にその犯行を白状させようとするのを見て、すなわち彼らまでが詐欺や破廉恥をあえてするのを見て、しばしば憤りに堪えなかった。 むしろそれとはちがった・わたし流儀の・手段を用いる方が、正義〔裁判〕のためにも、よくこの方法を用いたあのプラトンのためにも、よいであろう。 あれは 邪 ( よこしま )な正義〔裁判〕である。 正義は、他から傷つけられることよりも、こうやって自分で自分を傷つけることの方が多いと思う。 わたしはつい先頃、ある人に向ってこう答えた。 「わたしは一個人のために帝王を裏切ることはとてもできない。 帝王のために一個人を裏切ることさえ辛いのである。 わたしは人を欺くことがきらいなばかりではない。 人にまちがって買いかぶられることさえ、きらいなのである。 嘘やまちがいの材料や機会にされることさえ、いやなのである *」と。 * モンテーニュはどんな目的(正義・裁判)のためであろうと、誰(帝王や主君)のためであろうと、人が詐欺的手段を用いることをゆるさない。 自ら裏切りや詐欺を働かないことはもちろんだが、自分が他人の詐欺や裏切りの機縁になったり嘘やまちがいの材料になったりするのさえ悲しいのである。 だから彼は人から買いかぶられることさえきらう。 わたしはこんにち我々を四分五裂の状態においている諸党諸派の間に立って、いささか王侯がた *の調停をしなければならなかったときも、彼らに勘ちがいをされたり買いかぶられたりしないように、つとめて用心をした。 その道の人々は、できるだけ自分を掩いかくす。 そしてできるだけ中立であるかのような、できるだけ同じ意見であるかのような顔をして、まかり出る。 だがわたしは、自分の意見をできるだけ鮮明にし、できるだけわたしらしい態度で出てゆく。 なんと甘っちょろい素人くさい調停者だろう! 自分に不忠である位ならむしろ事が成就しないことをのぞむというのだから! ところがこんにちまでのところ、万事はなはだ好運で(まったく正直のところ、ここでは運が最も主要な役を勤めるのである)、わたしほど疑われず・わたしほど可愛がられ親しまれながら・橋渡しをした者は、ちょっとないのである。 わたしのやり方はあけっぱなしで、初対面の時から相手に気に入られ、容易にその信をかちえてしまう。 素朴とまじり気のない真実とは、どんな時代においても時宜にかない受けいれられる。 それに、自由率直な言動も、少しも自分の損得など考えずに働く人々の場合には、疑いを受けたり嫌われたりすることはほとんどない。 そういう人たちは、あのヒュペレイデスが、その言葉の辛辣なのをアテナイ人から咎められた時にした答を、そっくりそのまま用いることができるのである。 つまり、「諸君よ、ただわたしが無遠慮だということだけを考えず、むしろわたしが何らの報酬も要求せず、少しも自分の仕事を有利にしようなどとは思わないからこそ、ただ無遠慮なのだと考えて下さい」と言えばいいのだ。 わたしの無遠慮もまた、その臆面のなさによって、そこに隠しだてがありはしないかとの嫌疑を容易に一掃してくれた(わたしはどんな言いづらいことでも容赦なくいってのけたから、人のいないところでもそれ以上の悪口はいいようがないと見えたのだろう)。 いやそれは見るからに二心なく、いかにもざっくばらんに思われるからである。 わたしは行動しながら、働くこと以外に何の果実も期待しない。 そこに遠大な計画や後日の結果などを付け加えない。 それぞれの行為がそれぞれするだけのことをする。 あとは成るようになればよいのだ。 * 三人のアンリ、すなわち国王 Henri , 神聖同盟派の頭目 Henri de Guise, 革新教徒の頭目 Henri de Navarre の間に立って、モンテーニュはしばしば調停をした。 解説及び年表参照。 それに、わたしは、えらい人たちに対して愛憎いずれの感情にも駆られないし、わたしの意志は私怨にも私恩にも縛られない。 (c)わたしは我々の王侯を、単に法的な・市民としての・愛をもって見る。 それは私の利害によって盛んにもならなければ衰えもしない。 この点わたしは自分に満足している。 (b)一般的な公正な動機にも、適度に・熱狂せずに・でなければ、拘束されない *。 わたしはあの、心の底までも窮屈にする抵当契約には引きずり込まれない。 怒りや憎悪は正義の義務を越えている。 それらは、単なる理性によっては十分にその義務を果しえない人々にだけ、役立つ感情である。 すべて適法公平な意図は、それ自体穏和中正なものであって、そうでなければ謀反をひめた不法なものになってしまう。 そう思うからわたしは、常に頭を高くし、顔をも心をもあけひろげて歩きまわるのである。 * 一般的な公正な動機に対しても過度になったり熱狂的になったりせず、常に節制と中庸を失わないという意味である。 彼も一方では、「人間は狂った状態においてでなければなんら偉大な業をなしとげることがない」と知っているのだが、しかし彼は飽くまで実際家であり平凡人である。 まったく、文字どおりに「身命を賭し」たり「粉骨砕身」したりしなければならぬ事柄というものは、落ちついて考えて見ればそうざらにあるものではないのである。 正直のところ(わたしはこう白状することを恐れない)、わたしもまた必要があれば、あのお婆さんが企てたように、一本の蝋燭を聖ミシェル *に、もう一本をその竜に、ささげないとも限らない。 わたしは正しい党派に、火あぶり台のところまでついて行くであろう。 だが、できるならその一歩手前までにしておく **。 モンテーニュの邸も社会の破滅とともに崩れ落ちるがよい、それが必要ならば。 だがそれに及ばないなら、邸が助かることを運命に感謝するであろう。 わたしはわたしの義務がゆるす限り、自分の家の保全に努めるつもりである。 あのアッティクスも、正義の側、すなわち負けた方の側にくみしはしたが、それでもその節制によって、世をあげての難船のなかで、すなわちあれほどの政変革命を通じて、よくその身を全うしたではないか。 ** Je suivray le bon parti jusques au feu, mais exclusivement si je puis. モンテーニュは自分の支持する党派に、あくまでついていく。 火あぶり台までもついていく。 ただし出来れば exclusivement(すなわち火まで、ただし火を含まず、その一歩手前まで)、で御免をこうむりたい、というのである。 彼のような私人にとっては、ことは比較的容易である。 いやわたしだって、頼まれもしないのにあの種の仕事に自分から関与しようという野心を持たなくても、当然ゆるされてよいと思っている。 だが、自分の国の混乱に臨み、公衆の分裂を前にしながら、その感情を動かすことも傾けることもなく、どっちつかずでぐらついているのは、決して美しいことだとも正しいことだとも思わない。 (c) そは中正の道を取ることにあらずして、いかなる道をも取らざることなり。 そは形勢を観望して、運めでたきかたにつかんとするものなり * (ティトゥス・リウィウス)。 * ここでもモンテーニュの懐疑説が純粋のピュロン説でないことがわかる。 彼がよく公私の生活を識別し、みずから愛国者として積極的な行動に出たこともしばしばあることは、彼の伝記が語るとおりである。 それは隣りの国の事件に対してならば許されよう。 スュラクサイの 僭主 ( せんしゅ )ゲロンは、蛮民がギリシア人に攻めかかったとき、今申したように、いずれに味方すべきかを決定しなかった。 すなわちデルフォイに 貢物 ( みつぎもの )を携えた一人の使臣を滞留させ、運がいずれの側に幸いするかを見さだめて、時を移さず勝った方と手を握る機会を逃さないようにと、命じたのである。 だが自国内の事件に関してそのようなことをすれば、一種の裏切り行為となるだろう。 この場合は是非とも (b)断乎たる決心によってその態度をきめなければならないのだ。 だが全然ことに関与しないことも、何の公職もなく何ら司令の義務もない人においては、他国の戦争に参加しないのと同様に、許されてよいことだと思う(もっともこの弁解はわたしにはあてはまらないが)。 わが国の法律は、外国との戦争に対しては、それに参加したくない者が参加しないことを許しているのであるから。 けれども、一身をあげて事件に参加せねばならない人々〔王臣ないし軍人〕だって、秩序と節制とをもってそれにのぞめば、暴風はただその頭の上を吹きすぎるだけで、何の損傷もこうむらないですむのである。 さきのオルレアンの司教モルヴィリエ *殿について、我々がこんな風にしてもらいたいと希望したのは間違いだったのであろうか。 わたしはこんにち、内乱にのぞんで雄々しい働きを示している人々の中にも、その性質がきわめて温和平静であって、天がいかに恐ろしい変異を下すとも泰然として動かないだろうと思われる幾人かを、知っている。 わたしは王侯に対していきり立つのはもっぱら王侯であるべきだと思う。 あまりにも不釣合な喧嘩にあえて立ち向うあの威勢のよい連中を見るとおかしくなる。 まったく我々は、自分の名誉のために自分の義務に従って公然と勇ましく王侯に立ち向うとき、彼と私の争いをしているのではないのである。 この場合王侯は、このような人物を好まないにしても、それ以上に、彼に一目おく。 特に法律のため旧制度擁護のための争いである場合には、私の目的のためにその国を乱している王侯たちまでが、そのような擁護者を、尊敬はしないまでも容赦するのが常である **。 ** これはモンテーニュ自らの政治上の主義を述べているものと考えられる。 自分はアンリ三世のために働いているのでもアンリ・ド・ナヴァールのためにしているのでもない。 正義のために、国家人民のために働いているのだという、自分の心事を述べているのであろう。 「私の目的のためにその国を乱している王侯たち」とは、神聖同盟派の人々を指しているのであろう。 しかし私利私情から生れる胸の中の苛立たしさ激しさは、決して(我々が日常呼びならわしているように)義務と呼んではならない。 二心ある・よこしまな・行為は決して勇気と呼んではならない。 人々はその邪悪と乱暴とに向う心を熱心と名づけている。 つまり彼らを奮い立たせているのは大義名分ではなくて私利私欲だからである。 彼らが戦争をあおり立てているのは、それが正義であるからではなくてそれが戦争であるからだ。 我々が互いに敵である人たちの間に立って協調的に・公平に・ふるまったとしても、いっこう差支えないのである。 いつも均等な感情でのぞみえないまでも(まったく人の感情は時によって程度を異にするのである)、少なくとも中正な感情をもってお臨みなさい。 一方の人たちにだけ片よってそのいいなり次第になってはいけないのだ。 また彼らのほどほどの愛顧で満足しなければいけない。 そこに魚をとろうとはせず、ただ濁流の中を泳ぐだけで満足なされよ。 もう一つの態度、すなわち全力をつくしてこっちにもあっちにも奉仕するというのは、良心を欠いているというよりはむしろ思慮を欠いていると言った方がよい。 その一方のために、やはり君をちやほやしているもう一方を裏切ってごらん。 前者も、この次にはおれの方が裏切られる番だと、さとらずにはいまい。 彼は君を邪悪な人間だと思う。 そのつもりで君のいうことを聞き、君を利用し、君の不信を自分のために利用する。 まったく二心ある人間は、利用するつもりになればなかなか役に立つものだ。 だが、こっちもなるたけ利用されないように用心しなければならない。 わたしはどっちの人にも、いつかまたもう一方に対して僅かに語調を変えるくらいで言いうることでなければ、いわないのである。 どっちつかずの事柄、知れきった事柄、あるいは両方に役立つ事柄でなければ、伝えないのである。 そこにはわざわざ彼らを欺くほどの利益はないのである。 黙っていろと言って明かされた事柄は、そっと胸に秘めておく。 けれども、内証のことはできるだけ伺わないことにしている。 王侯がたの秘密なんて、これをどうしようもない人間にとっては、迷惑千万な預り物と言わねばならない。 わたしはよくこんな取引をする。 「あまり私に打ちあけたもうな。 その代り私の申上げることは思い切ってご信用ください」と。 それでもわたしは、いつも思いの外に多くのことを洩れ承ったのである。 (c)こっちが打ちあければ、むこうも胸を開いて語る。 ちょうど酒や恋と同じである。 (b)フィリッピデスは、「わたしの財宝の何を譲ろうか」といったリュシマコスに、こういう賢明な返答をした。 「何なりとも。 ただし君の秘密だけは御免だよ」と。 人は誰でも何か仕事をたのまれながらその奥底を隠されたり、その背後にある若干の意味を明かされないと、機嫌を悪くするようだ。 だがわたしは、人がわたしにさせようとするそのこと以上に何もいってくれなくてもいい。 かえって事情を知りすぎて、言おうとすることが言えなかったりしては困るのである。 よし詐欺の道具に使われるにしても、せめてわたしの良心だけは清らかにしておきたい。 わたしは、「 謀反 ( むほん )をあかしても安心な男」といわれるほどの忠実なしもべにはなりたくない。 自分に不忠な者が主人に対して不忠でも、それは大目に見てやらなければならない。 ところが王侯がたは、半分の人間は受け容れて下さらぬ。 そして制限や制約のある奉仕をおきらいになる。 これには全く閉口する。 でもわたしは、正直に自分の奉仕の限界を彼らに告げる。 まったく奴隷になるくらいなら、ただ理性だけに奴隷でありたい。 いやそれにだって、奴隷にはなり切れそうにないけれど。 (c)それに彼らもわるい。 一個の自由な人間に向って、彼ら自らが育て上げたり買ったりした者に対するように、またその運命が特に明らかに彼らの運命に結びついている者に対するように、絶対の服従や奉仕を要求するのは間違っている。 (b)法律はわたしから大きな困難を除いてくれた。 法律はわたしのために、わたしのくみすべき党派を選び、わたしの仕えるべき一人の主人を見つけてくれた。 他の権威他の拘束は、どれも皆法律の権威拘束の中に包括され局限されねばならないのだ。 だからわたしの感情がわたしを別の方向〔宗教改革〕につれてゆくことがあっても、わたしはすぐさまその方の人と手を結ぶつもりはない。 意志と欲望とはただ自分の法規に従えばよいのであるが、行動の方は国家が規定する法律に従わねばならないからである *。 * この句もモンテーニュの宗教上政治上の態度をかなりによく説明してくれると思う。 心にはいかなる信仰いかなる哲学をいだいていても、行動の上では国法に従うというのがこの人の態度であったと察せられる。 すべてこうしたわたしのやり口は、世間一般の仕方とはかなり喰違っている。 これは大きな効果を生み出すものでも永くつづけられるものでもないであろう。 我々の間では、正直だけでは何一つできないのだ。 猫をかぶらなくては商談もできないし、嘘をつかわなくては談判もできないのだ。 だから、公務にたずさわることはどうしてもわたしの性に合わないのである。 職分上取らねばならぬ公務を、わたしはできる限りわたしの流儀のやり方で果した。 若い頃、人はわたしを耳まで公務の中に漬けた *。 そして成功した。 だが、わたしはさっさとそこをぬけ出した。 それから後は、公務にたずさわることをしばしば回避した。 稀にそれを受けても、決して自ら求めはしなかった。 いつも野心に背を向けてきたのである。 だが、そうやって後向きにぐんぐんとのしてゆく 漕手 ( こぎて )とはわけが違うのである。 もっともわたしがそうした舟に乗込まなかったのは、そうと決心した結果ではなくて、むしろわたしの好い運のためであった。 まったく、わたしの趣味にさほどに反せず・またわたしの能力にもっともふさわしい・幾筋かの道もあったのである。 もしも運命が、それらの道によって、昔わたしを公務にと導き、また世間の信用へと案内したならば、おそらくわたしも、わたしの思想上の理由をふみ越えて、そうした運命の導くがままに赴いたかも知れないのである。 * 年齢制限免除により、若くしてコンセイエになったことを指す。 こう言うと早速わたしの言葉をさえぎって、「お前は日頃率直だとか単純だとか正直だとか言うが、それはみんな技巧策略だ。 お人好しではなくて用心、自然ではなくて巧知、運がよいのではなくて勘がよいのだ」と口を揃えて言う人がいるが、それはわたしにとってはむしろ名誉なことで、少しもそれによって名誉を傷つけられたとは考えない。 けれどもほんとうに、それはわたしの策略をあまりに買いかぶっているのだ。 もうすこし詳しくわたしの行動を審査してもらいたい。 その上でなお、「なるほど自分たちの学派には、お前みたいに自然に振舞うことをゆるす規則はない。 あんなに曲折が多く多様な道筋を通じて、お前みたいにいつも変らず、しじゅう自由気ままな態度で押しとおすことをゆるす規則はない。 いくら注意を払っても工夫をこらしても、とてもお前のその自由率直にはかなわない」と告白しないですむようなら、そのときにこそ始めてわたしは 冑 ( かぶと )を脱ぐことにしよう *。 真理への道はただ一筋である。 一身上の利益や自分のたずさわっている仕事のための便益に通ずる道は二重であり、不同であり、偶然である。 わたしはしばしば曲げられた・人為的な・わがまま勝手が行われるのを見たけれども、それは最もしばしば効を奏しなかった。 それはいつもアイソポスの 驢馬 ( ろば )を思わせる。 彼は小犬とせりあって、甘えて主人の肩に両足をかけたのであるが、犬の方はたくさんの愛撫をうけたのに、可哀そうに 驢馬 ( ろば )の方は、同じ仕草のために倍数の 鞭笞 ( むちしもと )をくらったのであった。 (c) 我らに最も似合うことは、最も我らのままにあることなり (キケロ)。 (b)わたしは 欺瞞 ( ぎまん )からその位をうばおうとは思わない。 それは世間を誤り解することとなろう。 わたしも欺瞞がしばしば有効に役立っているのを、それが人間の大部分の職業を支持し養っているのを、知っている。 世には適法な不徳があるのだ。 あたかも良い・或いはゆるすべき・行為でありながら、適法でないものがいくらもあるように。 * これはマキアヴェリストに対する反論。 「君たちは僕(モンテーニュ)を策略家だという。 それはむしろ僕にとっては光栄千万だが、今すぐその断定には承服しかねる。 もう一度よく考えてから物を言ってもらいたい。 そうすれば、策略にかけては自分たちの方がうわてであることを、君たちは自ら認めないわけにゆくまい」というのである。 自然で普遍的な正義そのものは、もう一つの (c)特殊な・国家の・ (b)我々の行政上の必要にしばられた・正義とは別様に、それよりも高貴に、規定されている。 (c) 我らは真正の権利・完全なる正義・の確実な模範を知らず。 我らはただ僅かにその影を模倣するのみなり (キケロ)。 (b)それで賢者ダンダミスは、ソクラテス、ピュタゴラス、ディオゲネスの一生の物語を聞くと、彼らを「他のすべての点においては偉大な人物であるが、あまり法律に服従しすぎた」と判断した。 つまり法律をあまり擁護しすぎると、かえって真の徳義がはなはだしく本来の力を失うからである。 そして、たんに法律に許可せられてではなく、むしろそそのかされて、たくさんの悪業がなされるからである。 (c) 元老院の決議および人民投票によりて犯されたる罪あり (セネカ)。 (b)わたしは一般の言葉遣いに従って有益な事柄と正しい事柄とを区別するが、そうすると、たんに有益であるだけでなく必要でさえある或る自然の行為までも、不正不潔と呼ばざるを得ないことになる。 だが我々の裏切りの話を続けよう。 トラキアの王位を望む者が二人 *、互いにその権利を主張して譲らなかった。 ローマの皇帝ティベリウスは彼らが武器に訴えることを妨げた。 ところがその一方は、会見によって友誼的和解をとげるように装って、相手を自分の家の御馳走によび、これを牢に入れ殺してしまった。 正義に訴えて考えれば、ローマ人はこの非行の報復をなすべきであったろう。 けれども普通の方法ではそれをなしとげることが困難であった。 そこで彼らは、戦争も危険もなく合法的にはなしえないことを、裏切りによって行おうと企てた。 彼らは誠実な仕方ではなしえないことを、有利な仕方でなしとげようとした。 それにはポンポニウス・フラックスという者が適任と認められた。 この男は、嘘の約束と保証をして相手を自分の網の中に引き入れ、約束した名誉と恩恵とを与えるどころか、その手足を縛ってこれをローマに送った。 このように裏切者の裏をかいたことはまことに珍しい。 まったく、裏切者はひどく疑いぶかいから、彼らが得意とする策略によって彼らの鼻をあかすことはむつかしいのである。 その証拠には、我々もつい先頃、そのために 苦 ( にが )い経験 **をなめたではないか。 ** 一五八八年にカトリーヌ・ド・メディシスとアンリ・ド・ギュイズとの間に行われた見せかけの和解を指しているのではあるまいか。 なりたければポンポニウス・フラックスになって見るがよい。 なりたい者は相当にたくさんあろう。 だがわたしにおいては、言葉も真心も他の部分と同様に、みな国家という一つの体の一部をなしている。 それらの最良の働きは、公に奉仕することである。 わたしはこのことを第一の前提としている。 けれども、もしわたしが、「裁判官となって訴訟をさばけ」と命ぜられるならば「そのようなことはさっぱり不案内で」と答えるであろうように、また「開墾者の監督をやれ」といわれれば「わたしはもう少し気のきいたことができるはずだ」と答えるであろうように、もし誰かが、何か重大な奉仕のためにわたしに嘘をつかせ裏切りをさせ心にもない誓言をさせようとするならば、それが暗殺や毒殺を目指してはいなくたって、わたしはいうであろう。 「わたしは泥棒をするくらいなら、むしろ漕役 *の方にまわしてもらおう」と。 まったく名誉を重んずる者は、かつてラケダイモン人がいったように語ることができるのである。 すなわち彼らはアンティパトロスに負けていよいよ講和の場にのぞむと、「君たちは我々にいくらでも重く苦しい荷を負わすことができる。 けれども恥ずかしい不正な事柄を 強 ( し )いようとしても到底むだであろう」と答えたのである。 人はみなあのエジプトの王たちがその裁判官たちに荘厳に宣誓させたこと、すなわち、「いかなる王の命令があろうとも決して 己 ( おの )が良心はいつわるまい」ということを、自らに向って誓うべきである。 今いったような無理な言いつけの中には、恥と罪とが歴然と現われている。 ああいう命令を課する者は、君に罪をなすりつけているのだ。 よく彼のいうところを理解して見れば、ひっきょう彼は君に重荷と苦悶とを授けているのだ。 君の働きによって世間の事情が良くなれば、それだけ君の胸のうちは苦しくなる。 君がそれに成功すれば、それだけ君は損をする。 それに、君にそれを命じた当人が君を罰することも珍しくはなかろうし、またひょっとするとその方がかえって正義らしく見られることすらあるであろう。 (c)不信不実もある場合はゆるされる。 だがそれは、ただ不実を罰し不信の裏をかく場合だけにかぎるのである。 * ファブリキウスがピュロスと戦ったとき、ピュロスの侍医はファブリキウスに向って、「ピュロスを殺して戦いを終えよ」と進言した。 ファブリキウスはこの侍医を縛ってピュロスの許に送った。 ロシアのヤロペルク公はポーランド王ボレスラスを裏切ろうとしてハンガリアの一貴族を手なずけ、これに「お前が自らポーランド王をなきものにしてくれるか、さもなくばロシア人の方でこれに何か重大な危害を与えうるような便宜を与えてくれ」と頼んだ。 そこでこの男はきわめて巧みに立ち回り、従前以上に王の信任をえ、まずその顧問、しかもその最も忠実な顧問になりすましてから、いよいよその特権を利用し、また主君の留守の間をねらって、とうとう〔ポーランドの〕富裕な大都市ヴィスリチュカをロシア人に売った。 それでこの都はロシア人のためにすっかり掠奪された上に焼きはらわれ、たんにその老若男女の住民ばかりでなく、彼の計略によっておびきよせられた近郷の貴族たちまでが、そこで命をおとしたのである。 かくてヤロペルクは、そのいわれがないでもない 敵愾心 ( てきがいしん )と怒りとを満足させられたけれども(まったく彼はボレスラスからさきに同じような侮辱を与えられたのである)、さていよいよこの裏切りの結果に飽きて見ると、その醜悪な点ばかりがまざまざと想い出され、今はもうそれを情念に曇らされていない健全な目で見るようになり、非常な後悔と嫌悪とを感じ、とうとうその実行者の目をえぐり舌を抜き、その恥ずかしい部分を切断させた。 アンティゴノスは銀楯隊の老兵どもを説きふせて、自らの敵であり彼らの総大将であるエウメネスを売らせた。 けれども彼らからこれを受け取りこれを殺してしまうと、みずから神に代ってそのような憎むべき大罪を罰してやろうと思い、彼らを地方長官の手にわたし、どんな方法によってでもよいから彼らに酷刑を加えるよう厳命した。 そのために、彼らの数はおびただしいものであったけれども、それ以来そのなかの誰一人、マケドニアの空を見たものはなかったといわれる。 裏切りの命令がよく行われただけに、それだけ彼は、そのことを悪い罰すべきものと判断したのである。 (c)その主人プブリウス・スルピキウスの隠れ家をあかした奴隷は、ス ラの解放令が約束するところに従って自由の身になった。 けれども国法の命ずるところに従って、せっかく自由の身となったのにそのままタルペイウスの岩の上から突き落された。 これはまず報酬の入った財布を首にかけてやってから、その 紐 ( ひも )で首をしめたようなものである。 まずもって第二の特別の約束を果しておいて、次に第一の一般的な約束を全うしたわけである。 マホメット二世は弟の威勢が盛んになることを恐れ、彼を亡きものにしようと、その国の習慣に従って家来の一人にそのことを託した。 この者は、彼の口中に水をしたたかに注ぎこんで窒息させた。 後に王はこの殺害の罪を 贖 ( つぐな )うために、その下手人を死んだ弟の母にわたした(二人は腹ちがいの兄弟であったから)。 母は彼のいる前で殺害者の胸をさき、そこに手をつっこみ、まだ熱い彼の心臓をつかみ出して、これを犬に喰わせた。 我々の王クロヴィスはカンナクルの三人の下僕を、彼らがその主人を自分に売ってから後に絞め殺した。 彼らにそれをさせたのは彼自身であったくせに。 (b)やくざな者どもでさえ、何か不徳な行為から得をしてしまった後に、いわばその罪滅ぼし良心のつぐないとして、自分の身を少しも危うくすることなしに何かの善行と正義のしるしをそれに縫いあわせることができるならば、はなはだしあわせなのである。 (c)それに彼らは、そういう恐ろしい罪悪の実施者を、あたかも自分たちに向ってその非を責める人のように見るのである。 だからこそこれらの者を殺して、そういう悪だくみの認知と証拠とを抹殺しようと努めるのである。 (b)ところで万々一、人が、そういう最後の自棄的な方策が世間には必要であることを否定しないで、君の裏切りに報いるところがあったとしても、その人だってしんからの不信な人でない限り、やはり君を呪われた憎むべき人間と思わずにはいない。 そして君が裏切ったその人以上に、君を裏切者と考えるのである。 まったく彼は君の 邪 ( よこしま )な心を、君自身の手によってためしたので、そこには否認も抗議もありえないのである。 それでも彼は君をそこに使用する。 ちょうど堕落した人間を死刑の執行に使用するのと同じことで、この役ははなはだけがらわしいものではあるが、また有用でもあるのである。 こういう役目は、それ自体醜悪である上に、その人の良心を腐敗させる。 セイヤヌスの娘は処女であったので、ローマにおける裁判上のある形式のために死刑に処することができなかったから、その刑を執行するために刑吏をして首をしめる前にけがさしめた。 この刑吏は、その手のみならず、その霊までも、公用のために奴隷としたのである。 (c)アムラト一世は、太子が自分に対して企てた謀反と父殺しを手伝った家来どもの刑罰を、いやが上にも苛酷なものにしようと、彼らの最も近い肉親にその刑の執行を手伝わせた。 その中の幾人かが、「他人の親殺しを手伝ったという無実の罪をきせられる方が、自ら親殺しをあえてして正義〔裁判〕に奉仕するよりはまだましだ」と考えたのは、はなはだ正しいと思う。 だが我々の時代に或る要塞が攻囲をうけた際、馬鹿者どもがただ自分の命が助かりたさに、その僚友の首をしめることに賛成するのを見た時は、わたしは彼らを、首をしめられる者よりも一そう可哀そうな奴だと思った。 いい伝えによると、むかしリトアニア人の帝王ヴィトルドは、「罪人は自分に与えられた死刑の布告を、自らおのれの手によって執行すべし」という法を立てたというが、罪とがのない第三者が殺人の役目を強いられるのはおかしなことであると考えたからだ。 (b)帝王は、国家の要請する緊急な事情のため、何か唐突かつ意外な出来事のために、その誓約をひるがえさなければならないときには、いいかえればその平常の義務にはずれなければならない時には、この必要を神の 鞭 ( むち )と考えなければならない。 それは決して不徳ではないが(まったく彼は、より強くより広い別の理由のために自分ひとりの理由を譲ったのである)、それはたしかに不運なことであるには違いない。 だからわたしは、「ではそれに対してどのような方法があるか」というある人の問いに対して、こう答えたのである。 「仕方がない。 もし帝王が真にこの両極の間に板ばさみになったのであれば、そうするよりほかはない( (c) ゆめここに宣誓違反の口実を求むることなかれ (キケロ))。 (b)けれども、それはやむをえずなされたことではあろうが、それが少しも遺憾の念なくなされたのであれば、そうすることが彼に少しも心苦しく感ぜられなかったのであれば、やっぱりそれは彼の良心が腐っている証拠である」と。 (c)もしここにきわめて良心的な帝王があって、「どんな治療に用いるにしても、そのような荒療治はふさわしくあるまい」と考えたとしても、わたしはこの王に対する尊敬を少しも減らしはしまい。 そのために彼は身を滅ぼしても、それは許すべくまた正しいことであったといわねばなるまい。 我々は万能ではないのだ。 どっち道、我々は、しばしば我々の船の保護を、ただただ天の引きまわしに 委 ( ゆだ )ねなければならないのだ。 天こそ我々の最後の港である。 世の帝王にとって、天の命に従うくらい公正な辛抱我慢がほかにあろうか。 自分の良心と名誉とを犠牲にしなければなしえない事柄くらい、帝王にとってなすにしのびないことがまたとあろうか。 この良心と名誉とこそは、彼自らの安泰よりも、また人民の安泰よりも、彼にとって大事なことなのではあるまいか。 腕を組んで虚心に神の助けを呼びながら、彼は善良なる神が清く正しい者にその非凡な助力をおしまれるはずはない、と思ってはならないのだろうか *。 * ここにこの一章の眼目、モンテーニュの政治論の究極を、見なければなるまい。 彼は政治と道徳とを混同しない。 彼は本来ポジティヴィストであるから、そのマキアヴェリスムに対する論難の仕方は、当時一般の道徳家とはちがっていたのであるが、しかし、結局はマキアヴェリスムを排撃している。 すなわち、帝王は宜しくその権謀術数に勿体らしい理屈をつけることをやめ、もっぱら神意をたずね、自分の良心に訴えて、政治をすべきだ、というのがモンテーニュの結論である。 マキアヴェリスム批判については前出、第二巻第十七章参照。 (b)以上に述べた話は危険な実例であり、我々の自然の法規の稀な病的な例外である。 我々もこれに譲歩しなければならないが、それは大きな節制と用心とをもってしなければならない。 私の利益は、どんな場合もこのような我々の良心に対する無理を正当化することはできない。 公の利益のためならばよいが、それもその公益がはなはだ明白で、かつはなはだ重大なものである場合に限る。 (c)ティモレオンは、暴君を殺したその手がまさに兄弟である自分の手であったことを思って涙 *を流したために、その勲功の非道を責められずにすんだ。 実際、あのように兄弟の義務を犠牲にしてまでも公の利益を守らねばならなかったことが、彼の良心を刺激したのは当然である。 元老院も彼の行いによって救われながら、なおすらすらとはこの功績を判定しかね、二派の全然相反する意見にわかれたのであった。 ところがちょうどそのとき、スュラクサイ人が使をよこして、コリント人の援助を求め、自分たちの都を昔の隆昌にかえし、シチリアの地を圧制する多くの暴君を一掃してくれるような大将を一人貸してくれといって来たので、さっそく元老院はティモレオンを呼びよせ、彼がその任を立派に果すか否かによって、祖国の解放者たる名誉を与えるか兄の殺害者として処罰するかを決定する、とあらためて申しきかせた上、彼をそのスュラクサイに派遣した。 しかしこの気まぐれな結論もまた、あの特異な行為の重大さと、それが前例となる場合の危険を考えれば、多少 恕 ( じょ )すべきものがある。 実際、直ちにその判定をすることを避け、これを別の第三者の考察によって決しようとしたのはよかった。 ところで、ティモレオンのこの旅さきにおける働きは、やがて彼の立場を明瞭にした。 それほど彼は、様々の点においてその力量と徳性とを示したのである。 またこの高貴な任務には多くの困難があったにもかかわらず、彼が首尾よくそれをなしとげたのは、ひとえにこの人の行為を釈明してやろうと思召された神々の 賜 ( たまもの )であるとも、思われるのである。 * 第一巻第三十八章の最後のパラグラフ参照。 このティモレオンの意図はゆるされるべきである、人を殺すという意図も時にゆるされることがあるとするならば。 ある幾つかの都市は、ルキウス・ス ラの努力の結果、元老院の布告および許可により、金を払って再びその自由を獲得した。 ところが後に再びそのことが問題になると、元老院はかつての約束を無視してそれらの都市から従前どおり税をとることにきめ、しかもかつてそれらの都市の自由と引きかえに受けとった金は返さなかったのである。 内乱はしばしば次のような忌わしい事件をひき起す。 例えば我々の方が昔と考えがかわってくると、かつて我々の党派を信じた人たちを処罰する。 同じお役人が、自分の変説の罪を、これを夢にも知らない者に負わせる。 先生が、従順だと言ってその弟子を鞭うち、案内者が、自分についてくる盲人を叱りつける。 何という恐ろしい正義の姿であろう! 哲学の規則の中にも嘘のものもあればいい加減なものもある。 私の利益を良心よりも重く見させるために哲学が我々に示す次のような事例は、いくら人々がそこにこじつけられた情状を酌量して見ても、十分な重味を持たないのである。 泥棒が君をとらえ、幾ら幾らの金額を支払うという約束をさせた上、君を放したとする。 「いくら正しい人間でも、一度彼らの手のうちから脱したら、正直に金を支払わないでもよい」というのは間違っている。 とんでもないことだ。 恐怖がわたしに一ぺんそう決心させた以上、恐怖がなくなってからもわたしは約束どおりにしなければならない。 わたしにはその意志がないのに、唯恐怖がわたしの舌を強いただけであったにしても、あくまでわたしは約束を守らなければならない。 わたしは恐怖のためにうっかり思わぬことを口ばしったのであっても、やはり約束したことは守るように心がけた。 そういうことにしなければ、我々は第三者が我々の誓約について持つ正当な権利を、だんだんとくずしてゆくことになるであろう。 かくては正義の人も暴力の前には屈することあるがごとし (キケロ)。 ただ一つだけ例外がある。 すなわち、約束したことそれ自体が 邪 ( よこしま )な不正なことである場合には、ただ私の利益だけのためでも、約束を守らなくてもゆるされる。 まったく、徳の権利は契約の権利に優先しなければならないのである *。 * モンテーニュは第三巻第十二章に、ある森の中で敵に襲われ、身の代金を強要された経験を物語っている。 その時の彼の態度は、ここに述べている彼の考えが口先だけでないことを証明している。 (b)わたしはかつて〔二の三十六〕、エパメイノンダスを優れた人物の第一位においた。 わたしはこの言葉をひるがえさない。 どこまで彼は自分の個人的義務を重んじたか。 彼はあくまでそれを重んじて、みずからうちまかした敵をも決して殺さなかった。 彼はその祖国を自由にするという最も貴い善行のためにすら、裁判の形式によらなければ暴君をもその共犯者をもあえて殺すまいと心がけた。 いや、戦場で敵側にあるおのれの友人や恩人に出会ってこれを助けなかった者は、それがいかに忠誠な市民であってもそれを悪人と判断したのである。 これこそ豊かな霊魂の人と言うべきである。 彼は人間の最も粗暴な行為に、慈悲の心を合体させた。 実にそれは、哲学の塾に見出される最もデリケートな霊魂であった。 あれほどに大胆な、そして苦痛や死や貧に対して我慢強い心をやわらげて、あれほど優しい慈悲深い性質にしたのは、そもそも自然であるかまた修業であるか。 刀や血を見るとすさまじい勢いを示す彼は、彼以外にかなう者のなかった強国をうちやぶるために出かけたが、その激戦の最中にも恩人や友人に出あうとこれをかわした。 実にこの人こそ、最もふさわしく最もよく戦争を指導した人である。 彼は戦争が最も白熱するとき、すなわち狂暴と 殺戮 ( さつりく )とでそれが最も沸き立つときに、それに優しさの 轡 ( くつわ )を含ませたではないか。 ああいう野蛮な行為にいくらかでも正義の姿をもたせることができるとは誠に不思議であるが、エパメイノンダスのような豪胆の人であって始めて、よくそこに最も柔軟な最も純潔な優にやさしい心根を加味することができるのである。 いや、ある人はマメルティニーの人たちに向って、「法規は武装した者には適用されない」といい、ある人はある部落の民に対して、「法律のときと戦争のときとは二つである」と言い、また第三の人は、「武器の響は法律の声を聞くのを妨げる」と言ったが、このエパメイノンダスにいたっては、礼儀礼節の声さえ聞きもらしはしなかった。 彼は出陣に際してミューズの女神たちに犠牲を献ずる習慣を、その敵ラケダイモンの人たちから借りて、この女神たちの優しさと陽気さによって戦争の狂暴残酷をやわらげようとさえしたではないか。 すでにこのように偉大な先生もあることだから、 (c)敵に対してさえ決してしてはならない何事かがあり、 (b)公共の利益といえども私の利益を無視して、すべての人にすべてを強要してはならないということを、あえて認めようではないか。 (c) 私権の想出は公法の争いの中にもなお残りとどまればなり (ティトゥス・リウィウス)。 (オウィディウス) いや正しい人から見れば、 (c)その王のため、 (b)公共のため、また法律のためだからといって、どんなことでもすることが許されてはいないのである。 (c) 祖国に対する義務は他のすべての義務を免除せず。 むしろ祖国は、まず国民がその親達に対して義務をはたすべく命ぜざるべからず (キケロ)。 (b)これこそこんにちの人にふさわしい教訓である。 我々はあの鋼鉄の板で我々の心までも硬くするには及ばない。 我々の肩さえ硬くできればそれでたくさんなのだ。 我々のペンはインキの中につければ十分なので、血の中につけるには及ばないのだ。 友愛や私の義務や約束や近親の 誼 ( よしみ )を、公の福祉、法規への服従のために軽視することが、偉大な心まれなる徳の結果であるというなら、我々はほんとうにこういいわけをすれば足りる。 「そんなのはエパメイノンダスの偉大な心の中にも宿りえない偉大ですよ」と。 わたしは、この人とはちがって、度をはずれたあのカエサルがすすめる狂暴な激励をきらう。 (ルカヌス) 血に渇き不信に凝り固った、しんから邪悪な人たちから、こういうもっともらしい口実を取り上げよう。 こういう途方もないはめをはずした正義は捨てて、もっと人間らしいお手本を真似よう。 時勢と実例の力は恐ろしいものである。 内乱の際のキンナに対する会戦において、ポンペイウスの一人の兵士は、はからずも敵方にあった兄弟を殺すと、恥ずかしさと悲しさのあまりその場で自殺した。 ところがそれから数年の後、この同じ国民のもう一つの内乱の時、ある兵士は自分の兄弟を殺したと言って、その大将に恩賞を要求した。 ある一つの行為を、ただそれが有益であるからというだけで、正しく美しい行為だとするのは間違った論法である。 有用なことにはみなが従わねばならぬ、 (c)有益なことは誰に取っても正しいことである、 (b)と結論するのも間違っている。 この章は「四十年来、わたしはもうまったく、語るのにも書くのにも、それ〔ラテン語〕を用いたことがない」(九四二頁)と書いているところからおして(彼がギュイエンヌ学校を卒業したのは一五四六年であるから)、大体一五八六年頃に書かれたものと思われる。 この章のおもな興味は、彼の みずから描く理由が最も明瞭に説かれているところにあろう。 一五八〇年の序文や第二巻第十八章「嘘について」などで見ると、「親戚朋友」のために彼特有の性癖などを書きとめるのが著者の目的であったらしいが、ここではむしろすべての読者の役に立つような、もっと一般性のある、自分の性格の分析指摘に努めているようである。 すなわち彼は、各人はみなそれぞれに「人間の本性を完全に身にそなえている」との認識に立っているのだ。 つまり、彼がその哲学の根拠としている自然は各個人のうちにその枝葉をひろげているので、われわれのうちにはわれわれの個性となる何か特異なものもある代りにまた普遍的なものもあって、おのおのの経験は相互に役にたてることができると考えるのである。 それから、従来彼は人間の思想感情が常に動揺変化してやまないことを語っているが(一の一、二の一および三十七)、ここではそういう変化の底にも何かしら持続的恒久的なものがあることを発見しているようである。 すなわち彼はもう明らかにセプティックではなくなっている。 今ではヒューマニストとしてのはっきりした信念の上に立って、すこぶる大胆にその道徳観を述べている。 その道徳観の根本には「女を見て色情を起すものは……」という福音書のモラルにも劣らない清洌厳正なものが感じとられるばかりでなく、われわれはここに、神の観念ないし模範とは全然きり離された純然たる人間的モラルのよりどころを教えられる。 神だとか天皇だとか法律だとか世間の眼だとかいうようなものによらない道徳、理性主義者でも科学者でもいだき得る道徳、ひいては民主主義国民がその基本的人権と共に誇りをもっていだきうる、真のモラルのあり方を教えられる。 モンテーニュの道徳が従来いささかルーズであるように伝えられているのは、おそらく彼が肉体生活の面を軽視しなかったためであろうが、これは現代人にとってはもはやまったく問題とならない。 むしろかえって儒教やキリスト教の超人的ないし非人間的道徳観にさんざん悩まされた我々にとっては、魅力でもあり救いでもある。 彼は本来徹底したヒューマニストであって、ときには人間の愚かさをも卑しさをも悲惨さをも十分に認めるが、それでもなお人間の尊さを見おとすことが決してなかった。 それで彼は、パスカルがあのようなペシミストになったのに、依然としてオプティミストでありえたのである(それはモンテーニュが生れながらによき天性をめぐまれていたせいでもあるが)。 前者がすべてを天に向って乞い求めながら終生不幸で苦悶を脱しなかったのに対し、モンテーニュがすべてを自分に求めるだけでかくも愉快に幸福に一生を終ったことを、我々はここに特筆せざるを得ない。 要するに彼のモラルは、人間が人間のままで、すなわち神も聖寵もなしに、清く正しくかつ幸福に生きられることを教えたのであって、これこそ現代人の求める道徳ではあるまいか。 神秘的キリスト教の道徳観のうちに教育された人は別として、今日ではモンテーニュの道徳こそ人間としてもちうる限りの最も清洌なものであることに異議をさしはさむ者はないであろう。 (b)他の人たちは人間を造る。 わたしはそれを描く。 しかもきわめて出来のわるい一個人の似姿を表わす。 それを新たに造り直すのであれば、わたしは本当にそれをまったく別のものにするであろう。 だがもう追っつかない。 さて、わたしの描線はいろいろに変ってはいるが、決してごまかしてはいない。 世界は永遠の動揺にすぎない。 万物はそこで絶えず動いているのだ。 大地も、コーカサスの岩山も、エジプトのピラミッドも。 しかも一般の動きと自分だけの動きとをもって動いているのだ。 恒常不変と言っても幾らか緩慢な動きにすぎない。 わたしはわたしの 対象 ( モデル ) *が固定できない。 それは生れつきの酔っぱらいみたいに、よろよろふらふらと歩いて行く。 わたしはそれを、ふとそれに心をとめるその瞬間に、そのあるがままの姿において捉える。 わたしは本体 tre を描かない。 推移 passage を描く。 一年ごとの推移でも人々のいう七年ごとの推移でもなく、毎日・毎瞬・の推移を描くのだ。 わたしは叙述をその時機に適合させなければならない。 わたしはやがて変るだろう。 偶然に変るのみならず故意に変ることもあろう。 わたしの叙述は、種々様々な変り易い偶然事と、定めない・いな時には相反する・空想との記録なのである。 それはわたし自らが変るからであろうか。 それとも物事を別の事情、別の考察の下にとらえるからだろうか。 とにかくわたしは時と場合で随分矛盾したことをいうらしいが、デマデスがいったように真実は決してこれをまげないのである。 もしわたしの霊魂ががっちりと立って動かないものならば、わたしは自分を試さないであろう。 自分を決める **であろう。 だがわたしの霊魂は依然として修業と試練の中にある。 直訳すれば「各人は人間性の完全な型を帯びている」。 万人共通の一般的 人間性をいう。 すなわち「人間は死すべきもの」であるとか、「動揺してやまぬもの」であるとかがそれである。 forme enti re とは完全無欠の 典型(モデル)の意味に従来考えられているが、或る人はこれをアリストテレスの哲学の術語であって、すべての人間において同一である「本質」essence の意味だという。 専門家の間では「質料」mati re に対置される語として、「形相」と訳されている。 いずれにしても、「人間を知るには聖人君子というような特別なモデルを見るに及ばない。 平凡な熊公八公の生活の中からも道徳哲学は引出される。 自分の平凡な生活を描いて見せるのもそのためだ」というのである。 (c)世の著作者たちは、何かの特別な・外的な・特徴によって自分を人々に伝えている。 わたしこそ始めて、わたしの全体によって、つまり文法家とか詩人とか法律家とかとしてではなく、ミシェル・ド・モンテーニュとして、自分を伝えるのである。 もし世の人たちが、わたしがあまりに自分について語るといって嘆くならば、わたしは彼らが自分を考えることさえしないのをうらみとする。 (b)けれども日常このように引込み思案なわたしが、自分を公表して人々に知らせようと望むのはおかしくはないであろうか。 また、外見や形式があれほどに尊重推奨される世間に向って、生地のままの・単純な・しかもきわめて微力な・天性の結果をご披露するのは、果してもっともなことであろうか。 学問も技芸もなしに書物を作ろうとするのは、いわば石なくして石垣を築くようなものではあるまいか。 音楽家の幻想は芸術によって導かれる。 わたしの妄想は偶然によって導かれる。 だがわたしも次の理由でちゃんと規則にかなっている。 すなわち、なんぴともいまだかつてその専門の主題を、わたしがここでわたしの主題についてしたほど徹底的には、論じたこともなかったし、知ってもいなかったから。 つまりこの主題にかけてはわたしこそ天下第一の物知りであるから。 (c)第二に、いまだかつてなんぴとも、自分の主題にわたしほど深く徹しはしなかったし、その各部分やその結末をわたしほど細心に批判しはしなかったから。 そして (b)その著作において目ざした目的に、わたしほど的確に・十分に・到達しはしなかったから。 わたしは自分の著作を完成するためには、ただそこに忠実さを適用しさえすれば足りるのだが、その忠実さは、ちゃんと、最も真率純粋に、ここにある。 わたしは本当のことをいう。 いい飽きるほどにではないが、いおうと思っただけは言っている。 そして年をとるに従って、それを益々思い切っていう。 まったく習慣も、わたしのような老人にはお 喋 ( しゃべ )りの自由と、自分について物語るぶしつけとを許すようである。 ここにはわたしがしばしばよそで見るようなこと、すなわち、作者と作品とが食いちがうようなことは起らない。 「つき合って見るとあんなにも立派な人が、こんなにも愚劣な書物を書いたのか。 またこんな高尚な書物が、あんなつまらぬ者の手から生れたのか」などといわれる恐れはまったくないのである。 (c)平凡なことばかりいう男がめずらしい書物を書いたといえば、彼の器量と見えるものもどこからかの借り物であって、彼自らのものではないことを意味する。 物知りもあらゆるものを知ってはいない。 けれども、器量人は何事にかけても器量人である。 知らないことにかけても器量人である。 (b)ここではわたしとわたしの書物とは、両方が同じ歩調でゆく。 よそでは人が、著作を作者ときりはなしてほめたりくさしたりすることもできるが、ここではそうはゆかない。 作者にふれることは著作にもふれるからである。 作者を知らないで著作を判断する者は、わたしに損をさせる以上に御自身損をなさることであろう。 著作だけでなく、作者までも知っていただけるならば、わたしは完全に満足するであろう。 分別ある御仁ばかりでなく世間一般のかたがたも、その称賛の中に「彼にもう少し学問があったならそれを利用することもできたであろうに」とか、「もう少し記憶にめぐまれていたらよかったのに」とか申し添えて下さるなら、それこそ望外のしあわせである。 ここにわたしは、わたしがしばしば次のようにいうのを、すなわち、「わたしは後悔することが稀である」とか (c)「わたしの良心はみずからに満足している。 それが天使の・もしくは馬の・良心であることにではなく、一人の人間の良心であることに」とか (b)言うのを、おゆるし願う。 そしてそれに、相変らず次の繰返し句をつけ加えたい。 それはお世辞の繰返し句ではなく、純真な・心からの卑下の・繰返し句で、すなわち「わたしは尋ねる者・ 識 ( し )らない者・として語っているのだ。 決定をするときもただ一般の適法な信仰にもとづいてするのだ」というのである。 わたしは決して教えない。 ただ物語るのである *。 キリスト教の悔い改めが形式的で意味なきを指摘するのがこの章の目的。 人々の反感をそそらない不徳、完全な判断を持った人たちに告発されない不徳は、本当の不徳ではない。 まったく、不徳というものは、きわめて明瞭な醜悪と不都合とをもっているのである。 だから、「不徳は主として愚と無知とから造り出される」という人こそ、おそらく正しいであろう。 人がそれと意識しながらもそれを憎まないでいられるなどということは、とても考えられないことである。 (c)悪意はみずからの毒素の大部分を吸い込んで、みずからその毒にあたる。 (b)不徳は肉の中の 潰瘍 ( かいよう )のように、心の中に後悔を残す。 そのために、心は自らをかきむしり血にまみれる。 まったく理性は、他のもろもろの悲哀や苦痛を消す代りに、かえって悔恨の悲痛を生むのである。 しかもこの悲痛は、内部から生れるだけに余計辛いのである。 ちょうど熱病の寒さ熱さが、外部から来る寒暑よりも辛いのと同じことである。 わたしはたんに理性と自然とが非とする不徳だけでなく、人間の意見が作りあげたそれらをも(それぞれ程度は違おうが)、すべて不徳と見なすのである。 よしそれが誤った考え方にもとづく意見であっても、法規と習慣とがそれを支持しているかぎり、それが不徳とするものはやはり不徳と見なさざるを得ないのである。 同様に、 善行 ( ボンテ )〔徳ないし親切〕にして、よく生れついた天性を喜ばさないものはない。 実にそこには、善を行うという何かしらうれしい気持があって、我々の心のなかをよろこばすのである。 そこには良心の満足に伴う一種の高貴な誇りがあるのである。 何のはばかるところもなく平然として不徳な行いをしている人は、少しもびくびくせずにそれができているのかも知れないが、到底善行に伴うあの楽しさと満足とをもつことはできない。 あんなに腐敗した当世の悪風にも自分は決して染まってはいないぞと感ずることは、決して小さな喜びではないのである。 いや、「人はわたしの霊魂の奥底まで見すかしても、わたしには人を悲しませたり傷つけたりした罪も、人を恨んだり 嫉 ( ねた )んだりした罪も、法にもとって世をそこなった罪も、改革騒乱に関与した罪も、またたんに約束をたがえた罪さえも、ないことを知るであろう。 いや、当世のルーズな風潮が世の人に何を許し何を教えたにしても、ただわたしだけは、未だかつてフランス人の財宝にも財布にも手をかけたことがなく、戦時にも平時にもただ自分の金だけで生活した。 金も払わずに他人の労働を利用するようなことはついぞ決してしなかった」と、心の底で言いうることは、すばらしいことだ。 こうした良心の証言こそまことに喜ばしい。 こういう自然な喜びこそ、我々にとって大きな賜物であり、決して我々に欠けることのない唯一の報いである。 徳行の報いを他人の賞賛の上に築き上げようとするのは、あまりにも不確実な基礎を選ぶことである。 (c)特に当世のように人心腐敗して無知な時代にあっては、民衆の好評はむしろ有害である。 何がほむべきものであるかをしらべることを、そもそも君は誰にゆだねるのか。 死んでもわたしは、毎日世間の人たちが自画自賛しているあのような型の善人にはなりたくない。 昨日の不徳は今日の習わしとなれり (セネカ)。 わたしの友人の誰彼は、ときに心を開いてわたしを叱責しようと企てた。 それは彼らの発意によることもあれば、わたしの求めによることもあった。 いわばそれは一種の奉仕であって、よくできた霊魂にとっては、たんにそれが有益であるからばかりでなく、またそれが甘美であることによっても、友愛がなすすべての奉仕を越えたものである。 わたしはそれを、常に礼儀と感謝との両腕を大きくひろげて受け入れた。 けれども、こんにち正直にいうならば、わたしは彼らの非難や賞賛の中に、しばしばたくさんの見当ちがいを見出した。 むしろ彼らのいわゆる善行に従わず、彼らのいわゆる悪いことをした方が、よかったろうと思うくらいである。 (b)特に我々のように自分だけにしか見られない隠れた生活を営む者は、模範を自分の内部に設け、これによって自分の行為を批判しなければならない。 これによってときには自分を愛撫しときには自分を叱責しなければならない。 わたしは自分を裁判するのに、自分の法律と自分の法廷とをもっている。 そして、よそに訴えるよりもそこに訴える。 勿論わたしは、他人によっても自分の行為を抑制するが、これを拡張するにはただ自分だけによる。 君が卑怯残忍な男であるか忠誠敬虔な男であるかを知るのはただ君だけである。 他人には君は見えない。 彼らは不確かな推量によって察するだけである。 彼らには君の技巧は見えても、君の本性は見えないのである。 だから、彼らの宣告は気にしないで、君自らの宣告をきくほうがよい。 (c) 君みずからの裁判にこそ訴うべけれ (キケロ)。 徳不徳に対するおのれの良心こそ尊し。 それをおきて何物もなし (キケロ)。 (b)だが、「後悔は罪悪のすぐ後からやって来る」とよくいわれるが、それは完全に 鎧 ( よろ )われている罪悪、すなわち我々のうちにまるで自分の 棲家 ( すみか )にいるようにがんばっている罪悪には、あてはまらないようである。 不意に我々に現われる不徳、我々が熱情にかられて犯す不徳は、これを咎めこれに逆らうことができる。 けれども長い間の習慣によって、強硬な意志の中にしっかりと根をおろし 錨 ( いかり )をおろしている不徳にいたっては、とうてい逆うことはできないのである。 後悔はけっきょく、我々の意志の取消し、我々の思想の反駁にすぎず、ただ我々を右に左に引きまわすだけである。 或る男には、過去の徳と節制までも後悔させたことすらある。 (ホラティウス) 独りでいるときまで秩序を失わない生活こそ稀代の得がたい生活である。 人は誰でも狂言に加わり、舞台の上で紳士淑女を演ずることができる。 だが、すべてが我々にゆるされすべてが隠れて見えない内部において、その胸の中において、規則にかなっていることこそ肝腎なのだ。 これに近い段階とは、自分の家において、自分の日常の行為において、すなわち誰に気兼ねもいらない行為、何らの思惑も何らの技巧も交っていない行為において、規則ただしくあることである。 だからビアスは、すぐれた家庭の状態を描いてこういった。 「よい家庭の主人は、ただ独り家にいるときも他人の眼を意識せず、家の外にいて法律と世間の批評とを恐れるときと、まったく同様にあらねばならない」と。 またユリウス・ドゥルススが、「三千エキュ下さればお邸がこれまでのようにお隣りからのぞかれないようにして差上げましょう」といった職人たちに向って、「六千エキュくれてやるから、皆が四方八方からのぞき込めるようにしてくれ」といったのは、誠に立派な言葉だと思う。 人がアゲシラオスの日常について尊敬をもって語るところによれば、彼は旅に出るといつも寺院に泊って、人民および神々に、その私の行為を示したということだ。 或るものは世間からはすばらしい人物と思われているが、妻や下僕は彼の中にこれといって別に変ったものも見なかった。 家内の者どもから賞賛された人たちはきわめて少ない。 (c)なんぴとも、自分の家においてばかりでなく、自分の郷里においても、予言者でなかった。 これは歴史が実証するところであるが、つまらない事柄にかけても同様である。 実際次の卑近な実例の中にも、偉大な人たちの場合がそっくり見られるのである。 わがガスコーニュの土地では、皆がわたしの著作が公にされたのを見ておかしがっている。 わたしに関する世間の評判は、わたしの家から遠く離れれば離れるほど高まった。 ギュイエンヌ州ではわたしの方から印刷屋に払うのだが、よそでは向うから金をくれる。 こうした事実をたのんで、生きてこの世にいる間は隠れて暮し、死んでいなくなってから世に重んぜられようと望む人々も出て来るのだ。 だがわたしは、死後の評判なんかほしくはない。 わたしは世間から分前を得ようと思えばこそ、世間に打っても出るのだ。 死んでしまったら、後は世間がどう言おうとかまいはしない。 (b)人々は公の儀式から帰ってくる人を、感嘆しながらその門口まで送ってくる。 と、その人は官服とともにお役目をぬぐ。 そこで彼は、さきに高く昇っただけそれだけ低く下に落ちる。 その家の内はと見れば、何もかも乱脈で下卑ている。 そこに規律 *がある場合も、こういう卑近な私の行為の中にそれを見出すのには、よほど鋭敏な特別の判断がいるのである。 それに秩序というものは映えない目立たぬ徳である。 爆破孔にとびこむとか、使節の大任を果すとか、人民を治めるとかいうことは、目ざましい行為である。 小言をいったり笑ったり、売ったり買ったり、愛したり憎んだり、穏やかにまたふさわしく家族のものや自分みずからと語ったり、ふしだらもせずまた自分をいつわることもないというのは、それこそかえって稀有で困難な事柄だが、しかしいっこう見映えはしない。 だから隠遁の生活は、何といっても、世間的な諸生活同様の・否それ以上の・辛い骨の折れる義務を背負っているのだ。 (c)私人は、アリストテレスのいうように、官にある者ども以上に徳に対して困難で崇高な奉仕をしているのだ。 (b)我々が異常な場合に備えるのは、良心のためではなくむしろ栄誉のためである。 (c)だが栄誉にいたる一番の近道は、我々が栄誉のためにするところを良心のためにすることであろう。 (b)だから、アレクサンドロスがその舞台の上で演じて見せる勇猛心は、どうもあのソクラテスがその低く隠れた行いにおいて示したそれに、はるかに及ばないように思う。 わたしは、ソクラテスをアレクサンドロスの位置において見ることは容易にできるが、アレクサンドロスをソクラテスの位置において見ることは到底できない。 前者に向って「何ができるか」と問うならば、「世界を従えること」と、答えるだろう。 同じように後者に問うならば、「人間の生活をその持って生れた本性にふさわしくすること」と、この人は答えるであろう。 この方がより一般的で重んずべき正しい学問である。 霊魂の価は高く行くことにはなく、秩序正しく行くことにある。 * この規律 r glement という語は、前々のパラグラフの中に 規則にかなっているr gl とあるのをうけている。 そして一行目に秩序 ordre という語が出てくる。 この ordre, r gle, r glement, r gler(規整する・ととのえる)等の語は、いずれもモンテーニュの理想を示した語で、彼は突発的な手柄、偉業をほめない。 それよりも理性にかなった・いつも変動のない・整然たる生活をほめるのである。 (c)偉大な霊魂は、偉大な身分のうちに見いだされず、中くらいの身分のうちに見出される。 我々を内面において判断し試みる人々は、我々の公的行為の輝きを大して尊重せず、そんなものは泥深い所からほとばしり出たしかも細い走り水にすぎない、と見ている。 ところが同じ場合に、我々をあの勇ましげな外観によって判断する人々は、我々の内心までもそれと同様に勇ましいものと結論する。 そして自分たちのと同じ平凡な性能が、自分たちの眼の及ばないあのびっくりするような性能と、相並んで存在することを知らない。 それで我々は、デモンに奇怪な 形相 ( ぎょうそう )を与えるのである。 だから誰でも、チムールには釣り上った眉、大きな鼻の穴、恐ろしい顔つき、度外れた身の丈を与えないではいられないのだ。 だが、結局それは、人が彼の雷名を聞いて想像に見た姿にすぎないのである。 もしだれかがわたしをエラスムスに引き合わしてくれたら、わたしは彼がその下僕や宿のおかみさんに言ったことまでも、ことごとく金言格言と思わないではいられなかったろう。 我々にはその態度や才能によっていかにもえらそうに見える大統領などよりも、その便器に・否その妻に・またがっている職人さんを想像する方が、ずっと柄にあっている。 どうもああいう高いところにお坐りになる方々は、我々みたいな下品な生活はなさらないようである。 (b)不徳な人々も何か外からの衝動をうければしばしば善い行いをすることがあるように、有徳な人々もまた悪い行いをすることがある。 だからかれらを、その落ちついた状態にあるときに、たまにはそういうこともあるとすればかれらの霊魂がその家に在る時に、判断しなければならない。 少なくとも彼らの霊魂が、比較的うちくつろいで生れながらの態度に近くあるときに、判断しなければならない。 生れつきの傾向は教育によって助成され強化されるけれども、変えられたり抑えられたりすることはあんまりない。 今日ではいろいろの天性が自分に反対の躾をうけながらもそれを突抜けて、あるいは徳へあるいは不徳へと 外 ( そ )れて行った。 (ルカヌス) こういう先天的な性質は根絶されない。 ただおおいかくされるだけである。 ラテン語はわたしにとっていわば生れつきの言葉である。 それはフランス語以上によくわかる。 だが四十年来、わたしはもうまったく、語るのにも書くのにも、それを用いたことがない。 ところがそれにもかかわらず、突然に極度の感動におちいったときには(わたしは今までに二、三回そういう目にあった。 その一度は、父がまったく健やかでありながら突然気を失って、わたしの腕に倒れかかったときである)、わたしはいつも、腹の底から、まず第一にラテンの言葉を発したのである。 (c)天性が長い間の習慣にもかかわらず、突然せきをきってほとばしり出たのである。 (b)このようなことは他の人々にもしばしば見られる。 こんにち新しい考え方によって世の風潮を矯正しようと努めた人たちは、表面に現われた不徳は改革したが、本質的な不徳の方はそっくりそのままにしている。 まさかそれを増長させる気ではあるまいが、どうやらそのおそれがないでもない。 この気ままな外面的改革の方が労少なくして効果が多いから、人はとかくこれだけやってのけ、ほかの善行はしないですます。 つまりそうやって、安価に、内部に深く巣食っている生れながらの幾多の不徳を満足させるのである。 ほんの少し、我々がめいめい経験するところを見てごらん。 誰でも、少しく己れ自らに耳をかたむけるならば、自分のうちに独自の性分、主導的な性分があって、教育や自分の本性に反するもろもろの情欲の嵐と抗争しているところを発見しないものはない。 だがわたしは、ほとんどゆすぶられている感じはしない。 あたかもどっしりと重い物のように、ほとんど常に自分の席に坐っている。 わたしの許にいないまでも、常にそのごく近くにいる。 わたしの 放縦 ( ほうしょう )も、わたしをひどく遠くにはつれて行かない。 そこには何も極端な奇怪なものがない。 実際わたしは、すぐ健康で元気な自分にかえる。 真に現代人に共通な悪弊として非難すべきことは、彼らの隠退生活さえもが腐敗と汚濁に満ち満ちていること、彼らの 贖罪 ( しょくざい )の観念までが混迷しており、彼らの悔悛までが彼らの罪過そのものとほとんど同じに病み腐っていることである。 或る人たちは、或いは生れつきの執着によりあるいは長い間の習慣によって不徳に貼り付いているために、今ではもうその醜悪を感じなくなっている。 また別の人たちにおいては(わたしも同じお仲間だが)、不徳を重たく感じてはいるが、快楽やその他の理由をもってその埋め合せをつけている。 ある代償を得てそれを許しそれに耽っている。 いよいよもって不徳卑怯なやり口だが、もしかすると我々は、その罪と快楽との間にあまりにも大きな重さのちがいを想像するのではないか。 すなわちそれで、目的のためには手段をえらばずとでもいうように、そんなに大きな快楽があるのなら、少しくらいの罪過は当然かんべんしてもらえそうなものだと、思っているのではないか。 掻 ( か )っぱらいのような、ほんの出来ごころで、罪というにはあまりにもささやかな快楽ばかりでなく、婦人との接触のように、罪の行使そのものの中にある快楽までも、同じように考えているのではあるまいか。 この場合は、誘惑がとても激しくて、ときにはとても我慢ができないものだと、皆がいう。 ついこの間わたしは、身内の者の領地であるアルマニャックにいた折のことだが、皆の者が「ぬすっと」とよびなす百姓にあった。 彼は次のようにその一生を物語った。 すなわち、彼は乞食の子と生れ、地道な働きでパンを得るくらいではとても貧乏を免れることはできないと思ったので、とうとう泥棒になる決心をしたのだった。 そして若い間じゅう、安全にこの職業を行ったが、それは強い体力のお蔭だった。 まったく彼は、他人の田畠から作物を刈り取ることを専門としていたのだが、ずいぶん遠いところから、しかも一人の男がとても一晩のうちに背負ってゆけそうにないほどのものを、盗んで来たのである。 それに、人に与える損害を均等に分散するよう心掛けていたから、その損害はひとりひとりにはさほどにひどくなかったのである。 その男は今ではもういい年であるが、百姓あがりとしては相当な金持になっている。 みんな泥棒稼業のお蔭であると自ら正直に白状している。 そして言うには、「だから、こうしたかせぎのために神様の罰があたらないように、わたしは毎日、かつて自分が盗んだ者の相続者に恩恵をもって報いようと心がけている。 もし自分一代でそれを全うしえない場合は(まったくそれは一ぺんにはできない仕事である)、その与えた損害の額に応じて(それはただ彼だけが知ることであるが)、自分の相続者に弁済させるつもりでいる」と。 嘘かまことか知らないが、とにかくこの告白によって見れば、この男は窃盗を不正な行為と見、これを憎悪してはいるのだが、しかし貧乏ほどにはこれを憎んでいないのである。 盗んだことについてはきわめて単純に後悔しているが、貧乏がそれによって埋め合され補償される限り、大して後悔はしないのである。 これは誠に不思議な話で、我々を不徳に合体させ・我々の悟性までもこれに慣らす・あの習慣のせいとも言えないし、また我々の霊魂を急襲的に攪乱し盲目にするところの・我々を判断もろとも一挙に不徳の権力下に突きおとすところの・あの情念の突風ともちがうのである。 わたしはわたしの行うところを、いつも全身をあげて行う。 全身ひと塊りとなって進む。 わたしの理性にかくれて見えないような挙動はほとんどしない。 一つとしてわたしのすべての部分の賛同によって導かれないものはない。 そこには分裂もなければ内訌もないのである。 だからわたしの判断は、わたしの一挙一動の受ける罪科あるいは賞賛をそっくり引きうける。 そしてその一度引き受けた罪科は、それを何時までも受け続ける。 まったくわたしの判断は、その誕生以来ほとんど一様で変らない。 同じ傾向、同じ道程、同じ力を持ちつづけている。 そして一般的意見にかけては、わたしは少年時代からいつも自分の居なければならない場所にとどまっている *。 * これは第一巻の解説以来訳者のしばしば述べてきたことを支持する。 モンテーニュは人間を波のように変りやすいものとはいっているが、彼自身そう無定見で始終動揺していたわけでは決してない。 根本的な意見は前後を通じて自らここにいっているように変ってはいない。 中には急激迅速になされる罪がある。 それはここでは論じまい。 けれどもそれとはちがって、熟考に熟考を重ねた上いく度も反復される罪、あるいはその人の体質から来る罪、 (c)また職業から来る罪、 (b)にしても、それらを有する者の理性や意識が、絶えずそのように意欲するのでなければ、そう長い間同一の心の中に居すわっているとは考えられない。 だから一定の時機に至って後悔をしたからと言って、それは自慢にはならない。 そんな後悔を到底わたしは本気にはできない。 (c)わたしはピュタゴラス派の、「人間は神々の像に近づいてその託宣をきくとき別の霊魂をとる」という説にはくみしない。 ただしそれが、「人間の霊魂もそのときだけはよそゆきのもの・別のもの・とならざるをえない」という意味ならよい。 人間の霊魂はもともとそのようなお勤めにふさわしい清浄潔白なものではないのだから。 (b)人々はあのストア派の教訓のまるで正反対を行っている。 なるほどその教訓は自分の中に認めるところの不完全と不徳とを正せとは命じているが、それを悲しみくやむことはむしろ禁じているのだ。 ところがこんにちの人々は、心の中にさもさも大きな遺憾と悔恨とをいだいているかのように見せかけているばかりで、改良改善の実はもちろんのこと、中止中絶をすら示しはしない。 まったく病をおろさない限り、それは治癒ではないのである。 悔悟の重みが天秤皿にかかるならば、一方罪の重みはしぜんと軽くなるであろう。 およそ信心くらい真似しやすい特質はまたとあるまい。 行状と生活とをそれにかなわせないですむものなら。 信仰の本質は微妙幽玄であるが、その外観の方は容易で壮麗である。 わたしについていえば、全体として別人になりたいと願うことはあろう。 わたしというもの全体をくさしきらうこともあろう。 わたしの全体が改革されるよう、わたしの天性の弱さが許されるようにと、神に哀願することもあろう。 けれどもそれを後悔と呼んではならないと思う。 自分が天使でもカトーでもないことを不満に思うことは後悔とはいえまい。 わたしの行為は、わたしの本質に従いわたしの天賦に相応している。 それ以上のことはわたしにはできない。 実際「後悔」という語は、我々の力の及ばない事柄には本当はあてはまらないのだ。 さよう、むしろそれは「遺憾」というべきなのだ。 わたしは自分のよりも遙かに高く遙かに整った数限りない天性を想像する。 けれどもそうしたからとてわたしの性能がよくはならない。 わたしの腕や心にしても、他人の強い心や腕を想いいだいたからといって、それだけ強くはならないではないか。 もし我々の振舞いよりも高貴な振舞いを想像し願うことが、自分の振舞いに対する後悔をうむならば、我々は我々の最も罪のない行為をすら悔いなければならないだろう。 なぜなら我々は、より優れた資性においてはそれらがさらに大きな完全さと品位とをもって果されるであろうと判断し、我々もまたあのようにしたいと願うであろうから。 今老年に達して自分の若かった頃の行状をかえりみると、わたしは一般に、わたし相応の秩序に従って生きて来たと思う。 あれがわたしのせい一杯のがんばりである。 自慢ではないが、同様の場合にあえば、今でもわたしは同じように振舞うであろう。 わたしは黒ぶちではなく、全身まっ黒なのである。 わたしは浅薄な・いい加減な・礼式の・後悔を知らない。 ほんとの後悔なら、わたしがそれを口にする前に、それは四方八方からわたしを突くはずである。 神様が深くまた 普 ( あまね )くわたしのうちを見とおされるように、わたしの腹わたを締め苦しめるはずである。 仕事の上では、やり方がまずくてわたしは幾多の幸運を取り逃がした。 だがわたしの考えの方は、決して見当はずれでなく、いつもその時の事情にかなっていた。 その流儀といえば、いつも一番容易で安全な道を選ぶということである。 いま昔とった決断をふり返ってみても、わたしはよくも自分の主義を守って、それぞれの問題の性質に応じて、賢明な進退をしたものだと思う。 これから千年たったとて、同じような場合に出あえばやはり同じようにすることであろう。 わたしは現在から見てそれがどうだというのではない。 ただあのように決断したその時に、それがどうであったかと言っているのである。 (c)どんな決心も、それが効果をあげるかあげないかは、時の運である。 情勢や事件は絶えず変動するからである。 わたしも今までに幾度か重大な失敗をやったが、それはよい判断を欠いたからではなく、よい運を欠いたからである。 我々のたずさわる物事には、秘密な・そして予知しがたい・部分がある。 特に人間の天性の中には、黙った・あらわれない・ときにはその所有者にさえ知られない・ただ思いがけぬ機会に目を覚ましあらわれる・もろもろの性質がある。 わたしの知恵にそれが洞察しえず予言できなかったからとて、わたしは少しもわたしの知恵を不満には思わない。 わたしの知恵の働きがその限界をでず、結果がわたしを打ち負かしたのだ。 (b)結果がわたしが退けた決心の方にくみしても、それはどうにも仕方がない。 わたしは自分に食ってはかからない。 わたしの運は責めても、わたしのしたことはとがめない。 つまりそれは「後悔」とはいわれないのである。 フォキオンは、アテナイ人に或る意見を与えたが聞かれなかった。 しかしことは彼の予想に反して隆昌に向ったので、ある人が彼に、「どうだフォキオン、ことがこうもうまくいったのを満足に思うかね」とたずねたところ、「いかにもこうなったのは満足だ。 だがあのようにいったことを、わたしは少しも後悔していないよ」と答えた。 わたしの友達がわたしに意見を乞うことがあれば、わたしは自由にはっきりとそれをいう。 大概の人々がするように、「物事は運次第だ。 わたしの考えに反する事態も生じよう。 そうなると皆はわたしの意見を責めるにちがいない」などと心配はしない。 そんなことは私の知ったことではない。 まったくそれは責める方が間違っているのだ。 ただわたしは、友人としてこの務めを拒んではならないと思えばこそ言うのである。 (c)わたしは自分の過失すなわち不運について、自分以外の者にも食ってかかる必要はない。 まったく、わたしが他人の意見を用いることは、礼儀による場合を除けばごく稀なのである。 専門的な知識や実際についての知識を必要とする場合は別であるが、ただ判断さえ用いればよい事柄に関しては、他人の理由はわたしを支持するには役立つけれども、わたしを翻意させることはほとんどない。 わたしは他人の理由を、すべて有難く謹んで承る。 けれどもわたしが覚えている限り、今日にいたるまで自分の理由だけしか信ずることがなかった。 わたしに言わせれば、わたしの意志を引きまわすのは蠅とアトムだけである。 わたしは自分の意見もたいして重んじないが、他人の意見も同じようにあまり重んじないのである。 運命が公平にわたしに報いてくれる。 わたしは人の意見もきかないが、自分の意見を人に押しつけることは更に少ない。 わたしが意見を乞われることははなはだ少ないが、それが信じられることはなおさら少ない。 公私何れの企てにしても、わたしの意見によって立て直されたり引込められたりしたものがあったとは思われない。 運命によっていくらかわたしの意見に引きつけられた人々も、やがて間もなく全然別の考え方に引きずりまわされることが多かった。 わたしは自分の休息の権利を自分の権勢の権利と同様に大事に考える者であるから、むしろそうである方がありがたい。 人がわたしをほったらかしてくれるのは、わたしの流儀にかなっている。 わたしの流儀とは、全然わたしのうちに隠居安住することである。 他人の問題から解放され彼らの面倒を見てやらないですむのはまことに有難いことである。 (b)何事に限らず、すんでしまった以上は、それがどのようであったにせよ、わたしはほとんどくやまない。 まったく、「それは始めからそうなるべきであったのだ」という考えが、わたしを苦悩から解放するのである。 見たまえ。 物事はみな宇宙の大きな流れにただよい、ストア派のいわゆる諸原因の連鎖の中に巻きこまれているではないか。 君の思想は、願って見ても想って見ても、物事の一点をだに動かすことができないではないか。 万物の秩序がひっくり返らない限り、過去や未来が、ひっくり返らない限り、どうにもならないことではないか。 それにわたしは、年齢のせいで時折いだくあの後悔を憎む。 むかし「年とったおかげで肉欲から解き放たれた。 有難いことだ」といった人があるが、わたしはそれとはちがった考えでいる。 不能がどんな恵みを与えるにもせよ、とてもわたしは不能にむかって感謝する気にはなれない。 (c) 神意 ( みこころ )と 神業 ( みわざ )とは決して矛盾することあるまじ。 されば不能がめでたきものの中に数えらるるはことわりならず (クインティリアヌス)。 (b)我々の欲望は年をとると稀になる。 深い飽満があとで我々を捉える。 そうしたことの中には少しも良心の働きは見られない。 それは悲観と衰弱とが、よわよわしいカタル性の徳を我々に刻みつけているだけのことである。 我々はあまり完全に自然の変更に身をまかせて、我々の判断までも鈍らせてしまってはいけないのだ。 昔わたしは、青春と快楽とのために逸楽の底にひそむ不徳の顔を見のがしはしなかったが、現在もまた、年齢のせいで嫌気を感ずるようにはなったけれども、それでも不徳の中にかくれた逸楽の顔を見のがすことはない。 今はもうそこにはいないけれども、わたしはそれを、あたかもなおそこにあるかのように判断する。 (c)強く・注意深く・ゆすぶって見ると、 (b)わたしの理性は、わたしが最も奔放であった年頃に持っていたそれと同じなのである。 ただそれが、おそらくわたしが年をとっただけ、それだけ衰え鈍っているだけである。 (c)またそれは、今わたしの肉体的健康を害しないために、わたしがこの快楽にはまり込むことをさまたげるけれども、わたしの精神的健康のためには、今も昔どおりそれを禁じたりはしないであろう。 (b)わたしの理性が隊列の外にあるところを見れば、わたしはそれが昔よりも勇壮であるとは思わない。 ただわたしの感ずる誘惑があまりにも衰え弱っているので、今ではもう理性が強くそれに抵抗するまでもないのである。 わたしはただ手を伸ばすだけで誘惑をうち払うことができるのである。 だがもう一度この理性の前に、昔の淫欲を立ちむかわせて見たらどうだろう。 理性にはもう、昔のようにこれに反抗するだけの力はないのではあるまいか。 それは少しも昔とちがった独自の判断をしている様子も見えないかわりに、少しも新たな知恵を示してもいない。 だから、回復期のように見えても、それは呪われた回復期 *なのである。 * 病気の回復期には一種の清涼感がある。 老人の理性も、ようやく色欲物欲を解脱してちょっと道徳的に善くなったように見えても、要するにそれは病後の清涼みたいなもので、決して若いときのそれより改善されてはいないというのである。 それで、呪われた回復期、呪縛にかかって手も足も出ない回復期 convalescence mal fici e だというのであろう。 (c)病気のおかげで理性の健康を得るなどとは、何というなさけない療治であろう! 我々が健康になるのは我々の不幸のおかげであってはならない。 それは我々の理性が幸福な状態にある結果でなければならない。 いじめて見ても悲しませて見ても、人はわたしに何もさせることはできない。 ただそういう責苦を呪わせるだけである。 そんなのは 鞭 ( むち )で打たれなければ目も覚めないような人たちにふさわしい方法である。 わたしの理性は健康なときほど元気に働く。 それは快楽を消化するときより苦痛を消化するときの方が、むしろよそに気をとられて本来の働きをわすれる。 朗らかな天気の日には物が一層はっきりと見える。 健康の方が病気よりも、より張り切って・より有益に・わたしに忠告する。 わたしは健康のただ中にあった時代に、できるだけわが改善と整頓との方向に進んだ。 老いさらばえた自分の悲惨と不幸との方が、健康で元気溌剌としていたわたしの全盛時代よりも好もしいと思わねばならぬなら、またわたしがわたしの在ったことによってでなく、わたしが在ることをやめたことによって、尊敬されなければならないとすれば、それは恥ずかしくまたねたましいことである。 わたしの考えでは人間の至福は幸福な生にあって、決してアンティステネスがいったように幸福な死にあるのではない。 わたしはろくでなしの首と胴体に哲学者の尻尾をくっつけた怪物になろうとは期待しなかった。 またこのけちな端っこが、わたしの生活の最も美しく最も完全で最も長かった部分を取消したり打ちけしたりしてくれるようにとも期待しなかった。 わたしは自分の全部を一様に示したいと思う。 もしもう一度生きなければならないならば、わたしは今まで生きて来たとおりに再び生きるであろう。 わたしは過去もくやまなければ将来も恐れない。 いや、もし思い違いでないならば、わたしは内も外も並行して生きて来た。 わたしの肉体的状態が常にその時期相応のコースをとったことこそ、わたしが自分の運命に対して持つ主なる感謝の一つである。 わたしはわが若葉を見、花を見、果実を見、今や冬枯を見ている。 誠に幸いである。 だってそれこそ自然なことなのだから。 わたしは今、すこぶる心静かに現在の病苦に堪えている。 なぜなら、それはその来るべき季節に来たのだから。 それはわが過去の生活の長い幸福をいよいよなつかしく思いおこさせるから。 同様にわたしの知恵も、結局両方の時期を通じて同じ背丈であるのかも知れない。 だがどうも昔の方がずっと多く手柄をたてたし、今よりもずっと優雅であったし、若々しく元気で自然のままであったと思う。 ところが今はそうではない、この通り、かがまった不機嫌な苦労なものになってしまった。 だから今さらわたしは、あの 時偶 ( ときたま )の苦しい改心などをしようとは思わない。 (b)〔本当の改心は〕神様 *が我々を心の底から動かすのでなければならない。 我々の良心が我々の理性の強化によって自分で自分を改善するのでなければならない。 我々の欲望の衰弱によってであってはならない。 快楽は老人のただれ 霞 ( かす )んだ目にはそう見えても、決してそれ自体色がうすれてもあせてもいないのである。 人は節制をそれ自体のために、またそれを我々に命じたまう神様への畏敬のために、愛さなければならない。 純潔もまたそうである。 カタルが我々に与えるところのそれ、またわたしが 疝痛 ( せんつう )のおかげでもっているところのそれは、純潔でもなければ節制でもない。 人がもし快楽を見ないならば、それを知らないならば、その魅惑をも魅力をも・その最も人をひきつけるところの美をも・見も知りもしないならば、それを蔑視しそれを抑圧しているといって威張ってはいけない。 わたしはその美しさもその力も両方とも知っている。 わたしこそこの問題を論ずる資格がある。 けれども年をとると、我々の霊魂は若い時よりもずっと厭わしい病気や不完全にかかりやすいように思う。 わたしは若いときからそう言っていた。 当時人はわたしの 顎 ( あご )の下を見てあざ笑った。 わたしは灰色の 鬚 ( ひげ )がわたしの顎に信用を添えている今日、再びそう言う。 我々の気むずかしさや、現世の事柄に対する嫌悪を、我々は知恵と呼んでいる。 けれども正直にいえば、我々はさほどに不徳を脱してはいない。 ただそれらをとり代えているだけである。 しかもわたしの考えでは、より悪い不徳ととり代えているのだ。 愚かなよぼよぼの虚勢、くどくどしい繰言、あの針を含んだ非社交的な気分、取越苦労、自ら使うことのできない財宝をばかばかしく大切にすることなどはいうまでもなく、わたしはそこに、より以上の嫉妬と不正と邪念とを見出すのである。 老いは我々の顔よりも心に 皺 ( しわ )をつける。 いや、老いて酸味とかびとを帯びない霊魂は見たことがない **。 少なくともきわめて稀である。 人間は心身の両方をもって成長し衰退するのである。 ** これには例外がある。 モンテーニュその人がその一つである。 (c)ソクラテスの知恵や彼の処刑に関するいろいろな事情を見ると、わたしは彼がいわば相手の裏をかいて、わざと自分から死に赴いたのではないかと考えたくなる。 彼はその時すでに七十歳で、ようやくその精神の輝かしい働きも 萎靡 ( いび )しようとし、いつもの明敏さもようやく曇りかけていたのであるから。 (b)いかなる変化を、老いは毎日、わたしのたくさんの知人の上に行いつつあることか! それは強い病であって、自然に、知らない間に、我々に食い入る。 それが我々にになわせる不完全さを避けるためには、少なくともその進行の度を弱めるためには、たくさんの勉強と大きな注意とが必要である。 わたしはみずから、どんなに堀をほりめぐらしても、老いが一歩一歩とわたしに向って押しよせて来るのをどうしようもない。 わたしはできるだけ支える。 けれども、結局それがどこへわたしを押していくのかは、知る由もないのである。 最後 ( すえ )はどのようになるにしても、わたしは世の人が、どのような所からわたしが落ちるであろうかを見てくれれば、それで満足である *。 モンテーニュは自分の経験から出発して会話・社交・友愛というような問題を検討した上、教養あり実力ある紳士との交わり、美しい淑女との交わり、また古今の良書との交わりについて述べる。 すなわち我々は、ここにまず彼の理想とするオネトム honn te homme がどんなものであるか、またどのような女性を彼は理想としているかを知る。 理想の紳士については、第三巻第十二章に描かれたソクラテスの姿と第一巻第二十六章に描かれたアルキビアデスの姿とを参照されれば、一そうよくわかるであろう。 要するにそれは、第十七世紀のオネトムとはかなりその趣を異にしている。 すなわちそれは、近隣の人々と狩猟や建築や訴訟などについて話し合うばかりでなく、更に出入りの大工や植木屋とも親しむほどの人でなければならないのである。 その点、彼の理想ははなはだ平民的である。 それらの諸例を彼はプラトンやエピクロスから得ているのだが、この理想は、彼が第三巻第十三章に自ら述べているところを信ずれば、彼が幼少の時代、洗礼をうけた年頃から、ずっと近隣の百姓たちと親しくしていたことの結果でもあろう。 なお彼は、一生を通じて幾多の婦人たちと交遊があった。 彼の大きな章の四つがいずれもマルグリット・ド・ヴァロワを始め身分の高い婦人たちに献呈されているのでもわかる。 その女性観は、第三巻第五章における所論と併せよむことによって、いっそう完全に把握されよう。 この章では詩が婦人の読物として最もふさわしいといい、婦人の能力をほめているのか見くびっているのかわからないようないい方をしているが、第三巻第五章になると彼は断然男女を同列においている。 また会話交遊の規則に関しては後出第三巻第八章「話合いの作法について」を、良書に関しては第二巻第十章「書物について」を、オネトムの教育については第一巻第二十六章「子供の教育について」を併せよまれたい。 なお当章には、生かじりの学識と身についた教養との区別など、学問教育に関する問題も論ぜられている。 (b)あまりつよく自分の気分や気質に執着してはいけない。 我々にとって一番肝心かなめの力は、いろいろな習慣に順応できるということである。 唯一つの生き方にいやおうなしに拘束されているのは、「在る」のであって「生きる」のではない。 最も立派な霊魂とは最も柔軟で変通自在な霊魂である。 (c)ここに大カトーの尊い証拠がある。 彼の心はいかなる業にも等しく適応し得るほど柔軟なりき。 されば彼何を企つるも、人みな彼がもっぱらそのために生れ出でたるもののごとくに思いたり (ティトゥス・リウィウス)。 (b)わたしの流儀にわたしを仕込むことはわたしの勝手であるにしても、それに執着して後日それから離れることができなくなってもよいと思うほどに、立派な流儀というものはありはしない。 人生とは不同な・不規則な・いろいろな形をとるところの・運動である。 絶えず自分につき従うこと、いやあまりに自分の傾向にへばりついて少しもこれからはなれることが出来ず・少しもこれを曲げることができない・ようなのは、決して自分の友であることではない。 まして自分の主人であることではない。 むしろ自分の奴隷であることである。 わたしが今更こういうことをいうのは、わたしみずからが容易に自分の霊魂の執拗さから抜け出ることができないからである。 つまりわたしの霊魂が、通例何に関係してもこれに没頭せずにはおられないから、また緊張して全部を挙げてでなければ何一つできないからである。 わたしの霊魂はどんな些細な主題を与えられても、とかくそれを大きく引伸ばすから、結局全力を傾けて取っ掛らないではいられなくなるのである。 であるから、わたしの霊魂が何もしないでいることは、わたしにとって苦しいこと、いやわたしの健康を害することなのである。 大多数の精神は自分を元気づけ働かすために外的な材料を必要とするのだが、わたしの精神はむしろ自分を落ちつけ休ませるためにそれを必要とする。 勤労によりて閑居の不徳を避けざるべからず * (セネカ)。 まったく、わたしの精神が最も骨折るところの・その最も重しとするところの・研究は、独りで自分を研究することである。 (c)読書は、彼〔わたしの精神〕にとっては、むしろ彼をそういう研究からそらす仕事の一つである。 (b)彼〔わたしの精神〕に何か一つの思想が浮ぶと、彼は急に活気づき、縦横にその力を発揮し、ある時はその働きを力に向わせ、ある時はそれを整頓と優美とにむかわせ、 (c)自分自身をととのえ、抑え、強くする。 (b)彼〔わたしの精神〕は、みずから自分の性能を喚起するだけの力を持っている。 自然は彼〔わたしの精神〕にもやはり彼の役に立つような彼の材料、創意や判断を示すに足るだけの彼の主題を、十分に与えたのである。 * モンテーニュは何事にも集中没頭できない、不徹底な、非活動的な、冷淡な、怠け者であるかのような伝説の主人公となっているが、以上の数行は正しく彼を理解する上に読み落してはならないことである。 (c)瞑想は、自分を試みてから力一杯にそれを用いるすべを知る者にとっては、真剣な充実した研究である。 わたしはわたしの霊魂にいろんな物を詰めこむよりは、それを鍛える方が好きだ。 自分の思想と語りあうことほど、それが宿る霊魂次第で、頼りない業ともなれば力強い業ともなるものはない。 最も偉大な霊魂は、それを自分の天職とする。 それらの霊魂にとりて生きることはすなわち考うることなり (キケロ)。 自然もまた特別にこの業に目をかけた。 これほど我々が長くたずさわることのできるもの、またこれほど容易にこれほど日常に我々が没頭しうるものはないではないか。 それはアリストテレスによれば神々の営みであって、そこから神々の幸福も我々の幸福も生れ出るのである。 特に、読書は、わたしがさまざまな問題によってわたしの推理を喚起することに、わたしの記憶力ではなしにわたしの判断を働かすことに、役立っている。 (b)だから力も何もこもらないただの会話は、ほとんどわたしの注意を引くことがない。 淑 ( しと )やかさや美しさが、重味や深味と同様に、またそれ以上に、わたしをみたし捉えることは事実である。 しかし右のいずれでもない会話においてはわたしは居睡りをするから、それにはわたしの注意のうわべだけしか貸さないから、わたしはそういう下らないくどくどしい言葉やそらぞらしいお世辞の言葉などをきいていると、往々にして子供にさえ笑われそうなばかげた寝言やたわ言をいったり答えたりする。 あるいはいよいよつまらなそうに、また無礼にも、執拗な沈黙を守ったりする。 わたしには、わたしをわたしのうちに引籠らせる・ぼんやりと夢みるような・癖がある。 また幾多の普通平凡な事柄を、ばかみたいに、また子供みたいに、わたしは知らないのである。 実にこの二つの特質・ぼんやりと無知と・のおかげで、わたしもまたいつの間にか、世間の誰彼と同じように、ばかばかしい五、六篇の逸話の主人公に祭り上げられてしまったのである *。 * 前註に言ったように、モンテーニュの周囲には幾多の伝説があって、彼の真正の姿を歪曲している。 彼の伝記は、彼が辛抱強い学者であり著作家であると共に、誠実で熱心な行動人であったことを証明している。 さてわたしの話を続ければ、こういう気むずかしい性格であるために、わたしは人々との交遊においてなかなかやかましやである。 わたしは、人々を一粒選りにしないではいられないし、また皆と行動をともにするのをおっくうがる。 だが我々は庶民と共に暮し、彼らと交渉をもつ。 もし彼らとの交際が厭わしいならば、また下等平凡な霊魂と折り合うことをさげすむならば、凡俗な霊魂は往々にして最も鋭敏な霊魂と同様に整っているのだから( (c)一般の無知と折り合わない知恵はすべて妙味がない)、 (b)我々はもう、自分の事柄にも他人の事柄にも、かかわり合わないことにしなければならない。 だって公私いずれの事柄も、こういう人々があって始めて片がつくのだから。 我々の霊魂の最もくつろいだ最も自然な態度こそ、最も立派な態度なのだ。 最も無理のない仕事こそ、最もよい仕事なのだ。 ああ知恵は、これによってその欲望を自分の力に相応させる者のために、いかによい奉仕をすることであろう! これくらい有用な学問はないのである。 「各々その力に応じて」とは、ソクラテスがしばしば繰り返した好みの句であり、はなはだ含蓄のある言葉である。 我々の欲望は、最も容易な手近な物事にむけなければならない。 わたしの運命がわたしを結びつけた・そしてそれがなくてはわたしが生きていかれぬ・数千の人々と仲たがいをしてまで、わたしとは身分のちがう一人二人にかじりついたり、わたしにはとても手のとどかない物をむやみに欲しがったりするようなことは、愚かな心根ではなかろうか。 どんなきびしさも 苛 ( いら )だたしさも嫌うわたしの悠長な気風は、容易にわたしから人の嫉妬や怨恨を防いでくれよう。 愛されることにおいて、とはあえていわぬが、決して憎まれないことにおいて、誰もわたしにはかなわなかった。 けれどもわたしの交際の冷淡さは、当然わたしから多くの人々の親切を奪った。 彼らがわたしの冷淡を別のもっと悪い意味に解したのは、無理もないことである。 わたしは稀な床しい友愛をえ、またそれを長もちさせることが、はなはだ上手 *である。 なぜならわたしは、自分の趣味にかなう交友を大きな 饑餓 ( きが )の心をもってとらえるからである。 わたしは一向専念にそれに向って突き進むから、容易にそれと結びつき、わが目指すものに感銘を与えずにはおかないのである。 わたしはしばしばそれに成功して見せた。 だが普通の友愛にかけては、わたしはむしろへたで冷淡である。 まったくわたしは、生れつき帆に一杯の追風をうけなければ動き出さないのである。 それにわたしの運命は、若い時分からわたしをただ一つの完全な友愛に慣れ親しませて、正直のところある程度までわたしに平凡な友愛を忌みきらわせたばかりでなく、友愛はあの古人〔プルタルコス〕がいったように、一匹飼うべきものでたくさん飼うべきものではないということを、深くわたしの心に刻みつけていたのである。 しかもわたしは生れつき、自分を半分だけ・そして修正して・伝えるのが苦労である。 あの数ばかり多くて不完全な交友関係においてはどうしても守らねばならない・あの屈従的な・また疑いぶかい・用心をするのが、わたしにはとても苦手なのである。 ところがこんにちは、特にこれが要求される。 今や危険をおかして言うか・いつわって言うか・するより他には、うっかり噂話もできない御時世なのである。 * ラ・ボエシのみならず彼は幾多のよき友人にめぐまれていた。 彼の隠棲は隠者の庵ではなく、教養ある紳士淑女のサロンでもあった。 彼はルソーのような孤独なる散歩者ではなく、相当な社交人であり座談の面白い人であった。 だがいうまでもなく、わたしみたいに自分の生活の安楽ということを(もちろん本質的安楽のことであるが)究極の目的としている者は、こういう気むずかしいデリケートな気分をペストのように避けなければならない。 わたしは数階建ての霊魂 *、すなわち緊張することも打ちくつろぐこともできる霊魂、運命にどこへ連れていかれてもそこ **に安住できる霊魂、おとなりの御主人と建築・狩猟・訴訟・などについて語りあうことができるのみならず出入りの大工や植木屋とさえ喜んで話のできる霊魂を、たたえたい。 わたしは自分のお供の中の最も卑しい者にまで慣れ、自分の供回りに打ちまじって談笑することのできる人々を、羨ましく思う。 ** 言いかえれば、「随所に主となる」ということであるが、これは後出第三巻第十二章(一二一一頁)にも、ホラティウスの句に託して述べられている。 嵐いずこの岸辺にわれを吹き寄すとも、われはそこの客とならん。 (c)「召使に対しては常に主人らしい言葉で話せ。 下男下女いずれに対しても冗談をいうな、 馴々 ( なれなれ )しくするな」というプラトンの考えは我が意を得ない。 まったく以上に述べた理由を別にしても、こういう運命の特権をあまりにふりまわすことは、非人間的で正しくない。 主従の間にそんなに懸隔をおかない家風こそ、最も公平であるとわたしは思う。 (b)他の人々は精神を高くあげ高ぶらせようと骨を折る。 わたしはそれを低く下げ平伏させようとする。 そ *れが悪くなるのは、ただひろがるときだけである。 (ホラティウス) だから、ちょうどラケダイモン人が戦争にでると、その武勇が無鉄砲や狂暴になることを恐れ、節制と微妙な笛の調べとを用いてそれをやわらげなければならなかったように(これに反して、他のすべての国民は、かえって強く鋭い音や声を用いて兵士たちの勇気をいやがうえにもあおり立てたのであるが)、我々もまた、一般の流儀には反するけれども、やはり精神の使用に際しては、多くの場合翼よりは 錘 ( おもり )を、熱心興奮よりはむしろ冷たさと静かさとを、必要とすると思う。 特に物のわからぬ人々の間で独りわかったようなふりをしたり、いつも大げさな物言いをしたり、 小楊枝 ( こようじ )の先でつつくような (原文イタリア語)ややこしい物言いをしたりするのは、はなはだ愚かなことであると思う。 むしろ相手の人たちによって調子をさげなければならない。 時には無知も装わなければならない。 誇張と技巧とはしまっておきなさい。 普通の場合は秩序さえ失わなければ足りるのである。 それに、もし相手が欲するならば、地べたをもはいなさい。 (ユウェナリス) そして、行きあう誰を証人に立ててもすむべき事柄のために、ことごとしくもプラトンや聖トマスを引き合いにだす。 彼女たちの霊魂の中まで達することができなかった学説は、ただ彼女たちの舌のさきに残った。 よく生れついた婦人たちは、もしわたしの言葉を信じて下さるならば、ただ女性に特有な天与の資質を発揮なさるだけで満足なされるであろう。 世の婦人たちは、借り物の美の下にその本来の美をおおいかくしている。 借りた光で輝こうとして自分の輝きをおしかくすのは、まことに愚かなことである。 彼女たちは技巧の下にうずもれている。 (c) 全身紅・おしろい・にまみれたり (セネカ)。 (b)これは彼女たちがみずからを知らないからである。 世に女ほど美しいものはない。 ところが彼女たちは、かえって技巧の方を尊重しお化粧ばかりする。 一体彼女たちは何が不足なのか。 愛され敬われて生きればよいはずである。 そのためには、彼女たちは十分に持ち十分に知っている。 ただ彼女たちのうちにある性能を、少し呼び覚ましあおりさえすれば足りるのである。 わたしは彼女たちが、修辞学や法律学や論理学や、その他これに類する・彼女たちの必要に対しては何の役にもたたない・いろいろな薬味薬種をひねくっているのを見ると、ふとこんな疑いがおこる。 「けっきょく男たちの方が、そういう種類のことで彼女たちを 牛耳 ( ぎゅうじ )ろうという下心から、ああいうことを勧めているのではなかろうか」と。 まったくこんな風に考えるよりほかに、彼女たちを弁護する方法があるだろうか。 彼女たちは我々のご厄介なんかにならずに、ご自分の眼の色を陽気にも・ 厳 ( いか )めしくも・やさしくも・することができれば、その「いやぁよう!」につれなさをも・ためらいをも・好意をも・ 按排 ( あんばい )することができれば十分なのだ。 そして、言いよる人の言葉が註解者なしで理解できればそれで十分なのだ。 これだけの学問さえあれば、先生たちをも学校をも、心のままに指図し従えることができるのである。 だがしかし、彼女たちが何事にかけてもわれわれ男たちに譲歩することをいやがるならば、そしてただ好奇心から書物を読みたいというのならば、詩こそ彼女たちの要望にふさわしい慰みである。 それは気紛れで・こまかな・お化粧された・おしゃべりの・芸術で、その面白さといいその美しさといい、彼女たちにそっくりである。 彼女たちはまた、歴史の中からも様々な利益をうけられるがよい。 哲学の中では、その処世上に役立つ部分から、我々の性質性格を判断し・我々の裏切りを予防し・自分の軽率な欲望を調整し・自分の我儘を抑制し・人生の喜びを長くする・ように、またしとやかに雇人の不実や夫の放蕩や己れの老衰凋落のやるせなさなどに堪えられるように、自分たちを鍛練してくれるような論説を選びとられるがよい。 学問の中でわたしが婦人たちにお勧めするものは、せいぜいこれ位である。 世には閉じこもって出ない・独りぽっちな・生れつきの人々がある。 だがわたしの本性は、何もかもさらけ出すことにむいている。 わたしは全く見かけっきりのあけすけな男で、生れながら社交向き友愛向きにできているのである。 わたしは孤独を愛しそれを説きすすめるが、それはただわたしの思想と感情とを自分に向けるためである。 わたしの歩みを局限するためではなくて、わたしの欲望と心配とを制限するためである。 ひとのために心を労することをきらい、屈従と束縛とを死ぬほど憎むからである。 (c)人間が多いのを避けるのではなくて雑用がふえるのを避けるのである。 (b)場所が寂しいと、本当に、わたしの心はかえって外に向って伸び広がる。 ただ一人でいると、とかく国家の問題や宇宙のことなどを考えてしまう。 ルーヴル宮や群衆の中にいると、わたしは自分の殻の中に閉じこもる。 群衆は外に出ようとするわたしを押し返す。 実際、礼儀正しく畏れかしこんでいなければならない場所にいるときほど、狂おしく・遠慮なく・独りで自分を思うことはないのである。 我々の狂愚はわたしを笑わせない。 笑わすのは我々の小ざかしさである。 性格上わたしは賑やかな宮廷がきらいではない。 わたしは一生の一部をそこに送った。 ただそれが間を置いてであり、わたしの気のむいたときだけならば、おえら方の間にまじって愉快に振舞うこともできるのである。 けれども先にお話したあの柔弱な考え方が、いや応なしにわたしを孤独に結びつける。 自分の家においてさえ、家人も大勢おり・客の出入りもはなはだ多い・この家の真中にいながら、わたしは孤独である。 わたしはここでいろいろな人にあったけれど、わたしが心から語りたいと思う相手はまれである。 それでわたしは、わたしのために、また人々のために、類のない自由を保有している。 わたしの家には挨拶とか接待とか見送りとかいうような、我々の礼法が命ずる窮屈なことは一切ない(おお、これほど屈従的な厄介な作法がまたとあるかしらん!)。 各人はここで思いのままに振舞う。 あるいは独り自分の思いにふける。 わたしの方でも黙っている。 夢みている。 自分のうちに立てこもっている。 あえてお客様がたの邪魔をしないで。 わたしが親交を求める人々は、世間で「上品で有能な *人」と呼ばれる人々である。 これらの人々の面影は、わたしに他の人たちをきらわせる。 だがよく考えて見ると、それは我々の間で最も稀な人々、我々がもっぱら自然に負うところの人々である。 この交わりの目的は、ただ親密になり、往き来をし、語りあうことである。 つまり霊魂の鍛練のためで、その他には何の果実も期待されないのだ。 こうした同士の会話では、主題は何でもよいのである。 そこに重味がなかろうと、深味がなかろうと、どうでもよいのである。 優雅と適切さとがいつもそこにあるからだ。 すべてがそこでは成熟した変らない判断の色を帯びているし、好意と率直と喜悦と友愛とをまじえているからだ。

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黒い砂漠 労役の苦情

何故こんな道を選んだ?!マシンの車幅ギリギリの道を通り抜けさせられるラリードライバー達。 どのドライバーも普通のスピードで通り抜けていく車両感覚に脱帽してしまう ラリードライバーに必要な絶対的車両感覚 ラリー競技といえば、猛スピードでコースを駆け抜けながら、タイヤを側溝にひっかけたり バンパーをイン側に擦り付けたりとミリ単位でラリーマシンをコントロールするモータースポーツ 多少のボディタッチは当たり前、ボディに触れる程度にマシンをコントロールする 運転技術が必要となるわけだが、 車両幅とほぼ同じくらいの道を次から次へとラリーマシンを通過させる ドライバーの車両感覚が常人を超えた感覚なのだとわかってしまう動画がこれ ネットのコメント 「てかここをコースにした奴頭おかしいだろw」 「当たってマス」 「当たった家の持ち主が心配です片メガネをかけた顔 誰が修理してくれるのでしょうか??」 「何台かは当たってますね」 「すげぇギリギリだぁw」 「何台か当たってはいるけど、あのクリアランスであの速度、当てたところでおかしいレベルなんだよなぁ」 「ラリーだからこれくらいはね……」 「うちの住宅入り口がこんな感じです 10軒位住んでます タクシーが、入ってきません。 笑 でもプロパンガス積載の 2㌧のショートトラックは入ってくる。 やはりプロとはそういうもの。 」 「ガス屋さんは何処でも届けないといけないから大変ですね 仕事で軽バンに乗ってた頃に車幅感覚はかなり鍛えられました」 「26秒と36秒はあたってるけど、26秒はすり抜けた後の動きがクイック!」 「トレーラーの運ちゃんも凄いですよね」 「あんなスピードでよく入るよなー」 wikipedia F1グランプリ F1グランプリ(エフワングランプリ)は、フジテレビNEXTで日本向けに放送されるF1レース中継番組。 正式名称は「Formula 1 World Championship xxxx」("xxxx"はその年の西暦)である。 1987年から2011年までは地上波放送のフジテレビ系列、2012年から2015年まではBSフジでも放送されていた。 日本で初めてF1グランプリを全戦中継したのは『カーグラフィックTV』(テレビ朝日系列)でのダイジェスト版放送。 F1放映権は1986年まではTBSが保持していたが、全戦中継することはなく月1回程度のダイジェスト番組が放送されるのみであった。 1987年から日本GPが再開されるのと中嶋悟が日本人初のF1シーズンフル参戦をすることになったことをきっかけに、フジテレビが日本GP分の放映権を取得しようとしたところ、FIAの方針によって全戦分の放映権を取得することになった。 以来全戦中継を行っている。 しかし、1990年代以降F1ブームそのものが下火になり、一時期ほどの視聴率は獲得できていない。 2012年・2013年の2年間については、フジテレビのCS放送およびBSフジでの放送となると発表された。 これにより、フジテレビ系列における地上波中継は2011年をもって終了することとなった。 2014年1月24日には、2014年の中継も前年までと同様であると発表された。 放映権は複数年契約とされている一方で、2014年にはダイジェスト放送ではあるが地上波で3年ぶりに放送が行われることとなった(後述)。 また、2014年8月27日には、2014年の日本グランプリはBS・CSでの放送に加え、地上波でも決勝当日の深夜に録画中継されることが発表された。 なお、フジテレビのF1の放映権の契約は2015年で一旦終了し 、FOX SPORTSが2016年 - 2022年のF1のアジア全地区でのテレビ放映権を獲得している。 2016年2月9日にフジテレビが放映権を獲得したと発表したが、FOMと直接契約したのではなく、FOX SPORTSからサブライセンスを購入するかたちとなっているため、放送はCS放送のフジテレビNEXTでの生放送に限られ、フジテレビNEXTsmartでのネット配信は放送契約者のみ利用可能(後述)と変更され、フジテレビONEや2012年から地上波から移行して放送を行ってきたBSフジでの録画放送は行われないことになった。 ただし、日本GPの決勝のみ当日深夜に録画放送される。 また、2016年シーズンの中継はNHKがWOWOWでの放送を目的とした放映権の買取交渉を行っており、関係者によるとフジテレビよりも好条件を提示していたが、NHKは現地にスタッフを派遣しての独自制作などは考慮していなかったため、NHKとWOWOWの放映権獲得には至らなかった。 その一方でNHKはBS1で「F1世界最速への挑戦」と題した特別番組を不定期に放送しており、2016年3月26日に初回放送された第3回目の放送では開幕戦のレース映像が使用された(エンドロールには「映像提供 Formula One Management」との表記あり)。 このホンダ製パワーユニットを追った番組は2シーズン4回以降続編が作られていない。 また同シーズンよりワールドスポーツMLB内にて数分間・不定期に欠戦がありつつも、写真構成ではなくレース映像を1戦ごとに放送し続けている。 2017年もフジテレビが放映権を獲得、フジテレビNEXTでの生放送が継続される。 前年に引き続き、日本GPの決勝をBSフジで録画中継する。 2018年も同様。 中継に使用する映像は、当初は開催国のテレビ局の映像にフジテレビ独自のカメラからの映像をかぶせたり、編集したものを使いフジテレビが製作するオリジナルのテロップを使用していた。 しかし、1994年からFOA(当初はFOCA)統括によるチェックが厳しくなり、オープニング後に「FIA FORMULA1 WORLD CHAMPIONSHIP」というアイキャッチが入るようになったほか(2003年以降は「F1」ロゴのアイキャッチが使用されている)、さらに厳しくなった1996年以降はスタジオトークなど局独自の映像以外、レースそのものにおけるオリジナルの映像やFOA中継で使用される以外のテロップ表示を禁じられた(このため一時はレース中に日本語テロップを全く表示できない状態となり、視聴者からの不評を招いた)。 テロップについては2003年より規制が緩和されており、通常のFOA制作中継に重ねて局独自のものが挿入されている。 2001年より一部地域を除き、番組の最初に「PERFECT SPORT SPECIAL」のアイキャッチが入る。 また、地上デジタルテレビジョン放送では2006年からはデータ放送と連動、2007年からはHD対応の16:9サイズとなり(ただし映像はSD)、2011年からは国際映像がハイビジョン化された。 実況・解説・ピットレポートは、当初は全て現地から行っていた。 しかし2001年第14戦アメリカGP以降は、地上波中継については日本GPを除き実況・解説を東京のスタジオで行う方式に切り替え、さらに2002年のサンマリノGPからは東京のスタジオにセットを構え、タレントの北川えりをレース前後の進行役に据え、実況と解説者が同スタジオでレースの模様を届ける方法に替わった。 2003年からはタレントの永井大とモデルの山田優を「キャスター」に、ドライバー出身の片山右京やタレントの近藤真彦らを解説陣に据えた。 これは2001年9月に9. 11事件が発生したため、取材クルーがテロに巻き込まれるリスクを考慮した対応である。 また、FOAの規制は厳しい反面、情報の提供は豊富であり、あえて現地にCS・地上波の2クルーを送り込む必要がなくなっていることなどが理由である。 ただし、この方法だと生の臨場感、錯綜する情報への対応に支障が出ることなどから、2004年より再び実況および一部の解説者が現地に入るかたちに改められた。 当初から上記の方法は何の予告もなく中継スタイルが変更されたことや、レース途中で中継が中断され模型による状況解説が挿入されたために視聴者から戸惑いと不満の声が上がっており、モータースポーツの知識に乏しい芸能人の進行役の存在もしばしば議論の対象となっていた。 一例として、当時『週刊オートスポーツ』(三栄書房)に連載されていた漫画『あんたが大将 オレさま烈伝』では、当時の番組スタイルを揶揄・批判する描写がしばしば登場している。 長坂哲夫のように新スタイルへの不満を公言して一時中継から離れるものもいた(詳しくは長坂哲夫 来歴・人物を参照)。 2007年からは進行役を置かず、オープニング後、CMが明けてすぐにレース映像に入るスタイルに変更された。 なお、ごく初期の中継において、副音声で小林克也が実況を行いながら適切な音楽を流す「F-1 MUSIC PIT」という中継方法をとったこともあった。 前述の通り、2011年をもって、地上波放送は姿を消すこととなった。 1989年から1994年にかけて、新日本プロレス中継などで有名であったフリー(元テレビ朝日)アナウンサーの古舘伊知郎を実況に採用する。 マシンガン実況と呼ばれる名調子・比喩表現をF1実況に持ち込んだことで評判となり、F1ブームの立役者ともなった。 事前取材が綿密な人物であるため、経年ごとにコメントに深さも見られるようになり、1993年のスペイングランプリでは「解説者」として中継ブースに座るまでに至った。 古舘の降板理由については、一般には心酔していたセナのサンマリノグランプリでの事故死が真っ先に挙げられるが、古館自身は齋藤孝との対談書の中で、「実況する際に必要なマシンカラーとチーム名称、ドライバーの名前とそのヘルメットカラー等が、毎年毎年目まぐるしく変わり、毎年毎年それをリセットして記憶し直し、それぞれを結びつける作業 例:マシンカラー+ヘルメットカラー=ドライバー名・チーム名 ができなくなったため」と説明している。 古舘の登場以後の実況は、絶叫や独自表現・比喩法を利かせたようなアナウンサーが目立つようになった。 2003年ごろから「応援」「サポート」の名目でタレントなどを起用し、番組宣伝を行わせる手法を取り入れたことも当中継の特徴であった。 芸能人を中継のゲストに呼ぶ行為自体は中継初期から行われていたが、初代プロデューサーの松野博文がバラエティ色の濃いスポーツ中継に否定的であったことから、当時のゲストは芸能人でもある程度モータースポーツ経験のある人間、もしくはF1ファンに限られていた。 しかし渡辺信治がプロデューサーとなった2003年以降、番組は全体的にバラエティ色を強める方向に向かった。 2005年シーズン中に「F1モデル」をレギュラー番組として放送したことでも挙げられるように、女性をターゲットにしたハンサムなドライバーの紹介をし、タレントや女子アナに魅力を語らせてから、日本メーカーや日本人ドライバーを中心とした紹介VTRをいくつも挿入して、視聴者に訴えかけるようなことを例年工夫している。 最も顕著だった例としては、2006年シーズンのトルコGPから日本GPまで、モデルの蛯原友里を筆頭としたCanCamモデルをサポーターズ(現地リポーター)として起用したことが挙げられる。 トルコGPオープニングではチームやドライバー紹介もコメディチックになり、さらに合間合間にCanCamのロゴをバックに蛯原、押切もえ、山田優がダンスをするムービーがなぜか流れ、ナレーションが「Support by CanCam!! 」と叫ぶなど、何を紹介しているのかわからない状態になり、日本GPでは小倉智昭とCanCamモデルがブースに入りコメントをするなど、ますますバラエティ路線を意識した番組作りに、インターネット上等で批判が巻き起こり、前述の通り実況担当の長坂アナは一時期F1実況から離れることとなった。 この間もCS放送では、当初からバラエティ色を極力排除した本来の中継スタイルで放送を続けていた(下記項目を参照)。 このような賛否を招いたタレント起用は、2011年にAKB48の大島優子が日本グランプリのレポーターを務めたのが最後となり、2012年からのBSフジでの放送はCS生中継の編集版が使われることになったため、上記のようなタレント起用は一切なくなり、一部BSフジ独自制作の場合でも、片山右京、近藤真彦、小倉茂徳、森脇基恭などモータースポーツ関係者がコメンタリーを務めるため、バラエティ色はほとんどない。 オープニングについては、2006年までは歴代の名車を再現したものなどやアラン・プロスト、ナイジェル・マンセル、ニキ・ラウダ、ジル・ヴィルヌーヴ、中嶋悟、鈴木亜久里、片山右京、アイルトン・セナ、ミハエル・シューマッハの名ドライバーを中心にCGを多用したものが使用され、THE SQUAREの『TRUTH』のテーマ曲と共にF1名物となっていた。 2007年からはテーマ曲がQUEENの『FLASH』をアレンジした『Flash's Theme 2007 High Octane Mix』となった。 しかし、オープニングがこれまでのF1マシンを多用したものから、アメリカンコミックを思わせるようなアニメーションに変更された。 そのアニメにはF1とはかけ離れた、空を飛ぶマシンをアメリカンコミック風にデフォルメされたドライバー達が操縦し、悪者と思われる架空の青人もしくは黒人ドライバーの乗ったマシンが、シグナルポールに激突して爆発するシーンがあった。 なお、第5戦スペインGP放送分より実車映像が挿入されているが、激突のシーンは以降もそのままだった。 翌2008年もテーマ曲は継続して使用されたが、件のアニメが廃止され、ネルソン・ピケ・ネルソン・ピケJr. 、ケケ・ロズベルグ・ニコ・ロズベルグ、中嶋悟・中嶋一貴の親子ドライバーを中心に、キミ・ライコネン、ルイス・ハミルトン、フェルナンド・アロンソのトップドライバー、ジェンソン・バトン、ティモ・グロックの日本ワークスドライバー、日本人ドライバーの佐藤琢磨が紹介された。 2009年はテーマ曲が再変更され、屋敷豪太の『God only knows』を採用し、メロディアスで流麗な旋律が視聴者の好感触を誘った。 映像は、2008年のレースのものが使われ、その後ルイス・ハミルトン、フェリペ・マッサ(シーズン途中まで)、キミ・ライコネン、ヤルノ・トゥルーリ、フェルナンド・アロンソ、ティモ・グロック、セバスチャン・ベッテル、中嶋一貴が紹介された。 シーズンの途中からは、チャンピオンシップでトップに立っているジェンソン・バトン、マッサの代わりにはルーベンス・バリチェロも紹介されるようになった。 2010年も同じ曲であるが、その中の別のメロディを使用している。 第3戦のマレーシアGPまでは曲の中にエンジン音を取り入れていた。 日本グランプリでは特別なオープニングが放送され、過去の鈴鹿の名場面や歴代日本人ドライバー 中嶋悟、片山右京、佐藤琢磨、鈴木亜久里 の映像が流された後、タイトルを争うマーク・ウェバー、フェルナンド・アロンソ、ルイス・ハミルトン、ジェンソン・バトン、セバスチャン・ベッテルと唯一の日本人ドライバー小林可夢偉が紹介された。 2011年はGreen DayのAmerican Idiot、原田憲のGIMCRACKが採用された。 紹介されるドライバーは前年と同じであるが、ベッテルが2010年ワールドチャンピオンになったことで"5人の歴代世界王者+挑戦者"という図式となった。 日本国内でのF1の人気低迷、そして近年のトヨタ、ホンダ、ブリヂストンなど日本企業のF1からの撤退が相次ぎ番組スポンサーも付きにくくなっていたことなどの要因から、2012年1月19日にフジテレビは地上波放送の終了、そしてBSフジでの放送に移行することを発表した。 なお、CSではこれまで通り全セッションを生中継する。 フジテレビ広報部によると(2012年の時点では)「日本グランプリも地上波放送の予定はない」としている。 BSフジでもこれまでの地上波放送と同様に予選と決勝の模様が中継されるが、CSとの差別化を図るため録画放送になる。 基本フォーマットは予選が60分、決勝が1時間50分で、決勝の放送時間は23時開始を原則とする(ただし時差の関係もあるため固定ではない)など、予選については従来の地上波よりも放送時間が拡大、決勝も放送開始が従来より早まる。 2012年は、基本的にはCSでの放送内容を編集したものであったが、イギリスグランプリと日本グランプリにおいては、BSフジとCSは別の実況・解説陣で放送された。 BSフジの実況は、前年までの地上波中継を模した雰囲気で進められた。 独自テロップはイギリスグランプリでは無かったが、日本グランプリでは一部に用いられた。 2013年は、BSフジは半数近くのレースで独自の実況・解説陣となる。 また、F1情報番組「Inside Line」を英語ナレーション・日本語字幕で不定期に放送した。 なお、前述の通り2016年以降はCSによる生中継のみとなったため、BSでの放送は実施されない(ただし、日本GPの決勝のみ録画放送される)。 2018年は日本GPのみ録画放送。 BSフジに異動した塩原恒夫アナによる実況、川井一仁による解説であった(川井は前日に生中継されたCS放送でも解説を務めた)。 レース中継前には子供やF1初心者向けの「F1ってな~に? 」のコーナーがあったり、川井の解説が極力専用用語を排し分かりやすさに努めたものであるなど、CS放送との差別化が図られた。 2016年以降のこれらの番組の処遇は不明。 2012年からは、テーマソングとしてTHE SQUAREの『TRUTH』が復活した。 オープニング映像では、当番組が開始した1987年からの歴代ワールドチャンピオンである、アイルトン・セナ、アラン・プロスト、ナイジェル・マンセル、デイモン・ヒル、ジャック・ヴィルヌーヴ、ミハエル・シューマッハ、ミカ・ハッキネン、フェルナンド・アロンソ、キミ・ライコネン、ルイス・ハミルトン、ジェンソン・バトン、セバスチャン・ベッテルが紹介された。 その後もこれをベースにほぼ同じオープニング映像が使用されており、毎年若干の変更を加えている。 2013年は、前年紹介されなかった1987年ワールドチャンピオンのネルソン・ピケがセナの隣に追加された。 2014年は、ベッテルの後に2年ぶりのF1復帰となる小林可夢偉が追加された。 また、ベッテルの写真が前年最終戦の表彰式での物に変更された。 日本グランプリは特別なオープニングが作られ、メルセデスのルイス・ハミルトンとニコ・ロズベルグ、レッドブルのダニエル・リカルドとセバスチャン・ベッテル、フェラーリのフェルナンド・アロンソとキミ・ライコネン、ケータハムの小林可夢偉が紹介された。 2015年は、前年ワールドチャンピオンのハミルトンが最後に紹介され、ベッテルは前年までのハミルトンの位置に変更された。 なお、今シーズンに参戦していない小林は外されている。 2016年は、この年よりBSでの日本GP録画放送でのみオープニング映像が使用されている。 前年までと同じ映像だがF1マシンの風切り音などの効果音が追加されている。 2017年は、映像が一新され今シーズンのレース映像をダイジェスト風に編集した約15秒間のオープニングが放送された。 2018年は、2016年まで使用していた「F1 GRAND PRIX」のタイトルに続き、この年開催30周年を迎える鈴鹿サーキットでの日本GPの過去のレース映像となった。 1992年からBS放送局・WOWOWにて翌週、もしくは翌々週に決勝のノーカット再放送が行われ、1998年のフジテレビ721(現・フジテレビTWO)開局以降も並行して放送が続いていたが、2001年で放映を終了。 また、フジテレビ721では金曜フリー走行1回目からの全セッションを生中継していたほか、下述のように実況・解説が地上波とCSで個別のものになる以前はオープニング・エンディングを除いて共通のソースを利用していた。 2003年からは2011年までは と位置付け、2002年までの解説、レポーター陣をCS放送に起用した体制となっていた。 2008年からはフジテレビCSHD(現・フジテレビNEXT)対応の中継が開始。 現在は、フジテレビNEXTで金曜フリー走行を含む全セッションの生中継を行っている。 番組は基本的に東京のスタジオと現地の実況ブースの2元中継体制で、東京のスタジオでは実況者と解説者1名が伝え、現地では川井一仁が解説と現地での状況を伝える。 このほかフリー走行の中継に津川哲夫や米家峰起が現地から出演することがある。 また、今宮純、浜島裕英、森脇基恭、片山右京、松田次生も東京スタジオの解説で出演する。 2012年からは、経費削減や治安問題等の理由で現地解説なしで川井一仁らが東京のスタジオで解説を行うレースもある。 レース全体の実況は地上波・BS独自と違い、比較的平坦である。 また、地上波では披露されない、チームやマシンについての深い内容を解説する。 2012年 - 2015年はBSフジでも解説がそのまま流用されることがあったため、解説陣が言葉の言い回しに気を遣っている様子も見受けられた。 さらに音声切り替え(ステレオ2。 一部のケーブルテレビ局の配信は除く)により、実況や解説のないサーキットでの音声のみを聞くことも可能である。 なお、CSでのF1中継は2007年まではフジテレビ721で、2008年からはフジテレビ721とフジテレビCSHD(現・フジテレビNEXT、スカパー! e2(現・スカパー! )では2008年のバーレーンGPから、スカパー! HD(現・スカパー! プレミアムサービス)では同年の日本GPから)両チャンネルのサイマル放送にて、土曜日のフリー走行3回目から予選、日曜日の決勝までリアルタイム生中継(日本グランプリのみ金曜日のフリー走行1回目から完全生中継)を行っていた。 フジテレビ721が画面アスペクト比4:3で主音声・副音声ともにステレオ音声(ちなみに地上波アナログ放送の音声多重放送では技術的な問題により主・副 ともにモノラルとなる。 地上デジタル放送では主・副 ともにステレオが可能)、フジテレビCSHDは画面サイズ16:9の放送(東京のスタジオ映像やオープニング映像などはハイビジョン映像、中継映像はハイビジョン映像または16:9SD映像)で副音声なしのステレオ放送であった。 2013年から、決勝の放送はピットレーンがオープンされるレーススタート30分前から開始され、レコノサンスラップの模様も中継される。 2014年からは「フジテレビNEXTsmart」を開始、フジテレビオンデマンド、スカパー! オンデマンド、ニコニコチャンネル(日本グランプリから)などでフジテレビNEXTと同内容の中継を全セッション、インターネットでライブストリーミング配信や一定期間のアーカイブ配信を行っている。 2016年シーズンは放送権の都合上ネット配信は原則として行われず、CS放送またはジュピターテレコム系CATVでのチャンネル契約者のみスカパー! オンデマンドまたはJ:COMオンデマンド経由でネット配信を受けることができ、リピート放送時の同時配信や見逃し配信、アーカイブ配信は行われない。 2015年はマルチメディア放送のNOTTVでも、一部を除く土曜日の公式予選と日曜日の決勝レースの同日録画放送を行う。 2016年については上述の放送権に関する事情や、NOTTV自体が同年6月末で放送を終了したことから、放送されなかった。 2017年には、イギリスグランプリ開催前にロンドンで行われたイベント「F1 LIVE LONDON」の生中継を行った。 また、2015年まではフジテレビONEで翌月曜日に「F1 MONDAY」と称して全セッションの録画放送を行っていた。 2005年のシーズンオフからは、「F1 LEGENDS THE BEST GP」と銘打ったオフ企画を開始。 これは、フジテレビが中継を開始する以前の1981年から1986年のグランプリを、2007年シーズンオフまでの3年間(その後2008年以降も継続)にわたり、視聴者リクエスト結果と解説陣の推薦するレースにより2年分ずつセレクトしたかたちで放送するものである。 この企画には、従来シーズンオフになると翌年の開幕まで契約を解約する加入者が多かったことに対する解約防止策という側面もある。 また、2009年のシーズンオフは「F1グランプリの歴史」と題した企画を放送。 これは世界的に全戦中継もなされていなかった1970年から1980年までのレース映像を放送するもので、全編英語ナレーション・字幕放送となっている。 日本グランプリ(以下日本GP)はフジテレビがタイトルスポンサーを務める、F1では珍しい放送局の冠レースであった(2009年まで)。 2007年からは日本GPの開催地がこれまでの鈴鹿サーキットから富士スピードウェイに替わることとなったが、フジテレビが引き続き同グランプリの冠スポンサーを務めた。 当時使用された優勝トロフィー(漆器を使ったもの)はフジテレビの美術スタッフのデザインである。 しかし、長年に渡って地上波での生中継は行われず、決勝当日の夜(時期によって放送開始時間は異なる)に録画放送されていた。 特に中継初年度の1987年の日本GPでは広告効果などの都合上生放送で行う考えがあったが、日本GPが行われる時間帯に当時デーゲームで行われたプロ野球日本シリーズ中継があり、さらには競馬中継の放映の関係もあり、視聴率や放映時間の確保などの関係上20時-22時のゴールデンタイムで録画放送された経緯がある。 中央競馬中継は、フジテレビおよび関西テレビにとってF1中継よりも長い歴史を有する番組であり、重要なコンテンツでもある。 2014年まではこのような形で競馬中継ができない場合は、フジテレビが運営するBSフジで生中継を行った。 また、グランプリシリーズの日程決定機関がテレビ局ではなくFIAであるため、日本中央競馬会(JRA)が重要と位置づけるGIレースと日程が重なることもある。 1994年4月17日に、TIサーキット英田(現 岡山国際サーキット)で開催されたパシフィックグランプリにおいて、初のフジテレビによる日本国内開催のF1グランプリレースの生中継が実現した。 この日は中央競馬でも牡馬クラシックの第一戦皐月賞が開催され、競馬中継(『スーパー競馬』『ドリーム競馬』)もそれに対応して通常より30分早い14時30分からの放送となっていたが、パシフィックグランプリのレーススタート時間も12時30分と早い時間であり、両番組の時間的競合は発生しなかった。 日本グランプリの地上波生中継はその後も長く行われず、2005年10月9日に開催された2005年日本グランプリで初めて実現した。 視聴率が関東地区で10. ちなみにこの放送ではF1では初めてとなるハイビジョン制作での中継となった。 2007年はF1日本GP決勝とGIレースのスプリンターズステークスが同じ9月30日開催(発走時間15:40)となったため、その処遇が注目されていたが、日本GPの生中継は13時10分から15時15分(最大延長15時35分まで)となり、レギュラーの競馬中継時間と15分重なることになるが、F1・競馬両レースを生中継するにはほぼ問題ないスケジュールとなった。 ただ、日本GPのスタート時間が13時30分であること、さらに当日は雨天で2時間に及ぶレースとなったことから、最大延長時間の15時35分まで放送、ゴールの瞬間は放送できたものの、表彰式以降は非中継となった。 競馬中継もスプリンターズステークス出走直前からの放送となっている。 2008年も決勝生中継は13時10分から15時15分であったが、前年と異なり天候が悪化することもなく、時間内にレースから表彰式・公式インタビューの一部まで放送された。 ちなみに、この日の競馬はGI競走は設定されておらず GIIの毎日王冠・京都大賞典 、予定通り通常より15分遅れで競馬中継が開始した。 2009年は2007年と同様に決勝とスプリンターズステークスが重なった上に、2007年よりもF1決勝開始予定時刻が遅い14時(当初は15時予定だった)となっており、両レースの開催時間が重なる可能性が発生、さらに同日にゴルフの「コカ・コーラ東海クラシック」(FNS系列の東海テレビ主催)最終日も行われた。 このためF1を13時40分から15時45分、競馬を15時45分から16時20分(F1は15時40分までの放送予定だったが5分延長し、これに伴い競馬中継を5分繰り下げ・短縮して放送した)、ゴルフを16時20分 から17時50分(録画)で放送した。 また地上波放送としては珍しく副音声での放送も行った。 前日の予選では、ティモ・グロックのクラッシュなどで赤旗が3度も振られるなどし、セッション時間が大幅に延びたため、Q3(第3ラウンド)の途中で番組が終了。 この予選中継の延長対応がなかったことに対し、1400件もの苦情電話が視聴者センターに寄せられた。 ちなみに次のブラジルGP予選も雨の影響で予選が当初の時間より遅れたため途中から生放送となり日本GPに続いて予選の結果を伝えることができなかった。 また、フジテレビがリーマン・ショックに端を発した一連の不況を受け、日本グランプリ再開から長らく務めてきた冠スポンサーを前年で降りた。 無料放送がBSに移行してからは、決勝は2012年は21時 - 22時40分、2013年は21時 - 22時50分、2014年は19時 - 20時40分、2015年は19時 - 20時50分、2016年は24時 - 26時、2017年は翌日の17時 - 18時55分、2018年は翌日の17時 - 19時でそれぞれ録画放送となっている。 2007年からほとんどのGPのホスト局が国際映像の制作をFOMに委託する中で、日本グランプリは2011年までフジテレビが国際映像の制作を継続した。 2012年からは契約更新における予算削減の影響を受け、国際映像はFOMの制作に切り替わっている(2008年よりフジテレビが取り入れた5. 1chサラウンド音声はCS放送でのみ継続されている)。 一方、今後の日本GPについて、2007年3月にFOAのバーニー・エクレストン会長が、「早ければ2008年からの日本GPは夜間開催にしたい」という意向を示していた。 これが実現すればこうした問題は解決するほか、生中継となればゴールデンタイムでの放送となるが、安全性の問題やインフラ整備の問題があり、実現への障壁は大きい。 当初はパドックの一角を借りてのささやかなイベントが行われ、歌手のアン・ルイスらが出演し、予選の回顧やF1関係者のゲスト出演から始まり、ミニゲームを経て、別撮りのT-SQUAREのライブを放映していたが、その後は古舘がホストとなって、ゲストを呼んでのスタジオ撮りとなり、またサーキット周辺にステージを設けるようになり、果ては独立した興行を打つようになった。 前夜祭の名にふさわしく、大物ドライバーや中継陣、F1関係者が多数出演していた。 興行化された1996年は、MAXのライブを開催したことから多くの熱狂的なMAXのファンが来場。 イベント序盤にライブが開催されたため、それ以降の企画に来場者が盛り上がらなかったという本末転倒な事態に陥ってしまった。 1993年のゴールデン生中継の前夜祭では、鈴鹿サーキット入場口周辺の徹夜組を取材。 携帯テレビを持参したファンがいたため、三宅正治が視聴番組を自番組と思い込んで確認したところ、NHKの時代劇を見ていたということがあった。 2012年以降はフジテレビNEXTにて前夜祭の放送が行われている。 1987年の開幕レースから使われているテーマ曲、『TRUTH』(THE SQUARE)が日本におけるF1、ひいてはモータースポーツ(レース)をイメージする代表的な曲となっている。 その後は1999年・2000年に『GO FURTHER』(松本孝弘)が使用され、2001年から2006年までは『TRUTH』のアレンジバージョンが使用された。 さらに2012年 - 2015年のBSフジでの放送では、『TRUTH』が再度使用され、2016年からの日本GP録画放送でも使用されている。 2007年・2008年はQUEENの代表作『FLASH』をブライアン・メイが新たにリミックスした『Flash's Theme 2007 High Octane Mix』が使用され、2009年は屋敷豪太の『God Only Knows』へと変更された。 『GO FURTHER』以降はほぼ2年ごとに違った曲・アレンジが使用されている。 CS放送では2003年以降、『RESONANCE-T〜Truth Drum'n Bass Mix』がテーマ曲として採用されたが、2010年はテーマ曲・映像ともに地上波と共通となった。 2011年以降はテーマ曲自体がなくなっている。 エンディングテーマは初期には『TRUTH』がそのまま使用されていたが、後に『In This Country』(ロビン・ザンダー)や『A Latchkey』(佐藤準)を始めとしてさまざまな曲が使用された。 BSフジでは『TRUTH』の後半の一部が使用されている。 1988年までは紹介曲が固定されておらず、鳥山雄司の『Captain Haddock』や堀井勝美の『Hot Corner』などが使用された。 1989年〜1993年開幕戦にはスターティンググリッド紹介中のBGMにOVAドミニオンのサウンドトラックより『危険濃度』が使われていた。 近年は国内外のメタルなどのアーティストのナンバーをインストゥルメンタルで流すことが多い。 1992年から1993年にかけてドライバーごとのテーマ曲が設定されていた時期もあり、優勝ドライバーがゴールすると共にそのドライバーのテーマ曲が流れていた。 例外として1992年のハンガリーGPは優勝者のアイルトン・セナのテーマ曲ではなく、2位でフィニッシュしてワールドチャンピオンを決定したナイジェル・マンセルのテーマ曲が流された。 しかし1993年のポルトガルGPでは同じように2位でフィニッシュしてワールドチャンピオンを決めたアラン・プロストのテーマ曲ではなく、優勝者のミハエル・シューマッハのテーマ曲が流された。 さらに予選中継でもポールポジションを獲得したドライバーのテーマ曲が流れていたが、デーモン・ヒルがポールポジションを獲得した1993年のフランスGPで流れたのは後にハンガリーGPで優勝した際に流れた「HEART OF EARTH」ではなく、ジョー・サトリアーニの「One Big Rush」であった。 なお、この期間に優勝したドライバーはセナ・マンセル・ベルガー・パトレーゼ・シューマッハ・プロスト・ヒルの7人で、他のドライバーにテーマ曲が設定されているか不明であったが、これについては1992年のF1日本グランプリ前夜祭で古舘伊知郎が「ペリー・マッカーシーのテーマ曲も用意されています」と語っており、一応は全ドライバー分用意されていたことがうかがえる。 同じく放送初期(1987年の数戦)の選手紹介の時に、メゾフォルテ の 『Rockall』 が使われていた。 この曲はF1情報番組のF1ポールポジションでもよく使われていた。 同じく放送初期(1989〜1994年)の開幕戦(1989年日本GP)に行なわれていたチーム紹介中のBGMにOVAヴイナス戦記のサウンドトラックより『メインテーマ(ヴイナスの彼方へ)』が使われていた。 放送はF1の現地開催時間に応じて行われていて、フジテレビNEXTで生中継している。 セッション開始予定時刻10分前に放送がスタートする。 放送はF1の現地開催時間に応じて行われていて、フジテレビNEXTで生中継している。 セッション開始予定時刻10分前に放送がスタートする。 放送はF1の現地開催時間に応じて行われていて、フジテレビNEXTで生中継している。 レコノサンスラップ開始予定時刻 フォーメーションラップ開始予定時刻40分前 に放送がスタートする。 走行セッションが延長した場合、セッション終了まで番組を延長して対応する。 予選でセッションが翌日に順延した場合、セッションに合わせて急遽番組を編成する。 放送はF1の現地開催時間に応じて行われていた。 通常は土曜深夜に予選を放送し、翌日に決勝の模様が放送される。 ただし、一部のフジテレビ系列局では土曜の予選を放送していない、またはフジテレビより遅れた時間で放送している局も存在していた。 2010年現在地方局で毎戦予選を放送していたのは北海道文化放送、岩手めんこいテレビ、さくらんぼテレビ、東海テレビ、関西テレビ、岡山放送、高知さんさんテレビ、山陰中央テレビ、沖縄テレビの10局となっていた。 なお、年一回の「FNSの日(27時間テレビ)」と重なる場合は放送時間が30分に短縮されていた(この場合のみ通常未放送地域でも放送、ただしFNSの日を放送していないテレビ大分は除く)。 2011年は放送時間を30分に短縮した。 基本的にフジテレビNEXTで放送したものを1時間に編集して24:00 - 25:00に放送された。 南北アメリカの国でのグランプリは、基本的に日曜日の15:00 - 16:00(一部例外あり)に放送されていた。 F1商業権を統括するFOAとの契約によりレース開催当日に放送開始することを義務付けられている。 実際に完全履行しているのはCSチャンネルのフジテレビNEXTでの放送のみだが、地上波でも2011年までは23:50から放映されていた(それまでは時間帯が不定期だった)。 これは、特にヨーロッパでの開催において日本時間ではプライムタイムと重なるが、「高い視聴率を確保しにくい」という理由で深夜帯での枠が与えられているため。 その場合、23:45からの「FNNニュース」は通常10分のところを5分短縮、「すぽると! 」はF1中継終了後、深夜枠にて20分間の放送などの編成がなされていた。 また、クロスネット局であるテレビ大分とテレビ宮崎の場合は日本テレビ制作「Going! クロスネット2局では特番などの影響でこれより数10分遅れることもある他、編成によってはFNSフルネット局と同時ネットになる場合もあった。 例外としてオーストラリアGPは時差の関係上夕方(2005年は13:00)から、モナコGP、イタリアGP、シンガポールGP 2008年 、日本GPは22:00もしくは22:30、または22:55から放送を行う場合がある。 また日本GPは2005年から2009年まで午後1時台からの生中継を実施していた(後述)。 また、北アメリカの国で行われる場合、時差の関係で当初は月曜深夜に放映されていたが、「結果が先に新聞などで流れてしまう」などの視聴者の声に応える形で月曜日の早朝に放映されるようになり、1995年以降生中継となったが、1992年のメキシコGPとカナダGPは月曜朝(録画放送)・月曜深夜(ダイジェスト)と2回放送していた。 2010年ブラジルGPは前夜のプロ野球日本シリーズ中継延長の影響で、125分遅れの2010年11月8日3:00 - 4:25でかつ放送時間を85分に短縮して録画放送された。 この場合はクロスネット局のテレビ大分とテレビ宮崎でも同時ネットで放送される(クロスネット2局では開始時間が22:00もしくは22:30、または22:55の場合は24:50からの時差ネットとなる)。 かつては1993年3月まではフジテレビ系列だった山形テレビ(現在はテレビ朝日系列)のほか、青森テレビと岩手放送(現:IBC岩手放送)(いずれもTBS系列)などの系列外局でも決勝レースのみ放送されていた。 なお1990年代後半まで、フジテレビ社内の映写室で生映像を見せるサービスを、モータースポーツジャーナリストやスポンサー、ドライバー関係者のために行っていたが、フジテレビ721(現フジテレビTWO)における生放送の開始(1998年)を受けてこのサービスは廃止となった。 基本的に決勝開催日の23時30分から25時10分(2012年は23時から24時50分)に、フジテレビNEXTで放送されたものを1時間40分(2012年度は1時間50分)に編集して録画中継していた。 南北アメリカの国でのグランプリは、月曜日の22時から23時40分(例外として2015年のアメリカグランプリは月曜日の23時から24時40分)に放送された。 開幕戦であるオーストラリアグランプリは2012年と2013年は17時から18時50分、2014年と2015年は17時から18時40分に放送された。 シーズン終了後の12月にはその年の総集編を特別番組として放映している。 ブーム期には5時間の内容だったこともある。 また、総集編は放映しない地上波系列局も存在する。 CS放送では1999年から放送している。 地上波放送では1988年 - 2009年、BS放送では2014年・2015年に放送された。 山本以外は現職のフジテレビアナウンサーである。 ()は地上波初実況のGP 馬場、古舘、鈴木、下田以外はフジテレビアナウンサーである。 2006年の企画(トルコGP - )。 日本グランプリを盛り上げる役割を担った。 小倉以外は山田優もモデルを務める小学館のファッション雑誌「CanCam」とのタイアップで、同誌のモデルから選ばれた。 wikipedia ゾウ ゾウ(象)は、哺乳綱ゾウ目(長鼻目)ゾウ科の総称である。 アジアゾウとアフリカゾウ、それとおそらくはマルミミゾウの、2属3種が現生し、これらは現生最大の陸生哺乳類である。 他に絶滅したマンモスやナウマンゾウなどを含む。 「ゾウ」は漢字「象」の音読み 呉音。 「象」の字は、古代中国にも生息していたゾウの姿にかたどった象形文字であるとされる。 これとは別に、日本にはゾウがいないにもかかわらず、日本語には「きさ」という古称があり、『日本書紀』では象牙を「きさのき」と呼んでいる。 『和名抄』には などの記述がある。 ほか、『うつほ物語』、『宇治拾遺物語』、『徒然草』、江戸時代の『椿説弓張月』などにも「象」の記述がある。 英語や仏語の elephant、独語の Elefant はいずれもギリシア語 elephas「ゾウ」に由来し、ギリシア語は雄牛を意味するフェニキア語のエルフ・エルプス、もしくはヘブライ語のエレフ・アレフ・オリフントなどに由来する。 長い鼻、大きな耳が特徴。 首が短く、立ったままでは口を地面に付けることができない。 膝をついてしゃがむか、筋肉質の長い鼻を使って食べ物や水などを口に運ぶ。 鼻を使って水を体にかけ、水浴をすることもある。 この鼻は上唇と鼻に相当する部分が発達したものであり、先端にある指のような突起で仁丹のような小さな物から、豆腐といったつかみにくい物までを器用につかむことができる。 また嗅覚も優れており、鼻を高く掲げることで遠方より風に乗って運ばれてくる匂いを嗅ぎ取ることができる。 聴覚も優れている。 詳細は下記の「生態」の項を参照のこと。 しかし視力は弱く、色覚もなく、外界の認識は主に嗅覚と聴覚によっている。 第2切歯が巨大化した「牙」を持ち、オスのアフリカゾウでは牙の長さが3. 5mにまで達することもある。 牙は象牙として珍重され、密猟の対象となる。 巨大な板状の臼歯が上下に1本ずつの計4本しかない。 自分の体重や歩くことによって足にかかる負担を少なくするため足の骨と足の裏の間には脂肪に包まれた細胞がつまっており、足の裏の皮膚は固く角質化している。 蹄を持つため有蹄類として分類されることもある。 ただし気性には個体差もあり、アフリカゾウが全体的に気性が荒いという性質はあるもののアジアゾウ同様に飼い慣らせば人間に従順になるとみられている。 なお、かつて調教され労役に使われたアフリカゾウの種はマルミミゾウであり、これはアフリカゾウの中でも比較的温厚とされている。 雌と子供で群れを形成し、雄は単独か雄同士で別に群れを形成して生活する。 巨大な体躯のため、成体のゾウが襲われることはほとんどないが、しかし人間を初め敵が皆無という訳ではなく、アフリカではライオンの群れ、インドではトラが、主に若いゾウや幼獣を襲うことが確認されている。 そのため、群れの成獣たちは常に幼獣の周りを取り囲んで、これらの敵から身を守っている。 寿命は60歳から70歳で、20歳ほどで成獣になる。 人間には聞こえない低周波音(人間の可聴周波数帯域下限である約20Hzのそれ以下)で会話していると言われ、その鳴き声は最大約112dBもの音圧(自動車のクラクション程度)があり、最長で約10km先まで届いた例もある。 加えて、象は足を通して低周波を捕えられることも確認された。 ゾウの足の裏は非常に繊細であり、そこからの刺激が耳まで伝達される。 彼らはこれで30-40km離れたところの音も捕えることができる。 この生態領域はまだ研究途中であるが、雷の音や、遠く離れた地域での降雨を認知できるのはこのためではないかと考えられている。 また、足の裏のひび割れには滑り止めの役割があり、人間の指紋のように個体によってひび割れの模様は違っている。 ゾウのしわは表面積を大きくし熱を発散させるという。 人間を見分けることもできるほどに高い認知能力を持っているといわれており、例えば飼育下では優しく接してくれた人間に対しては甘えたり挨拶したりするが、逆に自らや仲間に危害を加えた人物に対しては非常に攻撃的になる。 また、人の言語の違いを聞き分けられるとも言われ、象を狩っていたマサイ族の言語を非常に警戒したとの報告もある。 ただし、同じマサイ族でも狩りに参加しない女性にではなく、男性だけを避けようとする等々、様々な逸話が伝えられる。 また、群れの仲間が死んだ場合に葬式ともとれる行動をとることがある。 死んだ個体の亡骸(なきがら)に対し、周りに集まり鼻を上げて匂いを嗅ぐような動作や、労わるように鼻でなでる等の行動をとった記録がある。 これらの行為の意味については疑問点も多いが、いずれにせよかなり優れた記憶力や知能を持っていると推察されている。 近年、ゾウには鏡映認知(鏡に映った自身を自身と理解する能力)があることが明らかになった。 タイのチェンマイでは象が絵を描く芸が披露されている。 日本でも市原ぞうの国の「ゆめ花」が絵や文字を書くことで知られている。 草・葉・果実・野菜などを食べる。 ミネラルをとるために泥や岩塩などを食べることもある。 草食動物で1日に150kgの植物や100Lの水を必要とし、野生個体の場合はほぼ一日中食事をしている。 体が大きく必要となる食物も並大抵の量ではないため、森林伐採などの環境破壊の影響を受けやすく、また食欲と個体数増加に周囲の植生回復が追いつかず、ゾウ自身が環境破壊の元凶になってしまうこともある。 また糞の量も多く成獣だと1日平均120キロもの糞を出す。 動物園で飼われている象で1日に250キロもの糞をした記録もある。 成熟した成獣のオスにはマスト(ムスト)と呼ばれる一定の間凶暴になる時期がある。 ゾウはこめかみの辺りからタール状の液体を出すが、マストとなった個体はその分泌量が多くなるため、その判断材料とされる。 動物園等では、この時期の個体は保安のため、檻の中で鎖に繋いでおくことが多い。 ゾウの死体や骨格は自然状態では全くと言っていいほど発見されなかったため、欧米ではゾウには人に知られない定まった死に場所があり、死期の迫った個体はそこで最期を迎えるという「ゾウの墓場」伝説が生まれた。 だが、実際には他の野生動物でも死体の発見はまれで、ゾウに限ったことではない。 自然界では動物の死体は肉食獣や鳥、更には微生物によって短期間で骨格となり、骨格は風化作用で急速に破壊され、結果的に文明人の往来が少なかったアフリカでは遺骸が人目につくことはなかった。 そうした事情が基になり、この伝説ができたものと考えられている。 象牙の密猟者が犯行を隠すためにでっち上げたという説もある。 なお、人の往来が頻繁になった近年はアフリカのサバンナでもゾウの遺骸が見られる事がある。 長鼻類で最も進化したグループであるゾウは新生代の第四紀にはオーストラリアと南極大陸以外の全ての大陸に分布していたが、自然環境の変化や人類の狩猟などによりやがて衰退し、現在はサハラ砂漠以南のアフリカに生息するアフリカゾウとインドおよび東南アジアに生息するアジアゾウのわずかに2種が残るのみであり、滅亡へ向かいつつあるグループといえる。 動物園の定番ではあるが、共にIUCNレッドリストで絶滅危惧IB類に指定されている。 またアフリカゾウの亜種と考えられてきたマルミミゾウは、最近は別種とされることが多くなっている。 化石種のゾウではマンモスが特に有名。 かつて日本にもナウマンゾウ などのゾウが生息していた時代がある。 ゾウすなわちゾウ科は、ステゴドンなどステゴドン科に最も近縁で、次いでいくつかの科未定の属が続く。 ゾウ科のからいくつかの祖先的な属を除いたゾウ亜科の中で、アフリカゾウ属・アジアゾウ属・マンモス属の3属間の類縁関係は長らく不明瞭だった。 歯の特徴や初期の分子系統により、アフリカゾウ属とマンモス属が近縁とされたこともあったが、全ミトコンドリアDNAの解析により、アジアゾウ属とマンモス属が近縁とほぼ確定した。 現生種はアフリカゾウとアジアゾウの2種存在している。 アフリカゾウには2亜種、アジアゾウには4亜種がいる。 アフリカゾウの亜種とされていたマルミミゾウは、最近はアフリカゾウとは別種とする研究事例が多く、その場合には現生種のゾウは世界に3種いることとなる。 ゾウ類は人間の重要な狩り対象であった。 食用としても重視され、先史時代からナウマンゾウやマンモスといったゾウ類が人類にとって重要な獲物であったことは多くの証拠から認められている。 崖から数百頭の群れを一度に追い落とす猟が度々行われてきた痕跡から、彼らの絶滅に人間の関与を指摘する向きもある。 現在では数が少なくなったために保護が行われているが、この個体数減少の原因の1つも人による捕獲圧であると考えられる。 特に大型になる動物であるクジラ類などにも共通するが、元々の繁殖力が低いため、狩りの圧力を受けやすい。 現在においては食用目的の捕殺はまれであり、捕獲の最大の理由は象牙となっている。 象牙(特に長い象牙を持つ象)を目的とした捕獲が後を絶たないため、自然界では成熟しても象牙の短い象の個体数が増えているとの報告もある。 また、自然保護と個体数減少によって禁止されるまでは、ゾウは猛獣狩りの最も主要なターゲットであり、欧米の富裕層の観光客によってハンティングが行われていた。 ゾウの個体数が減少してきたことを受け、生息する各国においては国立公園や自然保護区が設定され、ゾウは保護されている。 この保護のための資金作りや象牙に代わる地元住民の雇用などを目指し、各国の自然公園ではサファリなどの観光を行うことが多い。 このサファリにおいてゾウは目玉の一つであり、ゾウの自然な姿を見るためにヨーロッパやアメリカからやってくる観光客も多く、各国の重要な産業の一つとなっている。 現在ゾウの生息数が最も多いといわれるボツワナでは15万頭以上が生息しているといわれ、1980年代の3万から4万頭に比べ大幅に個体数が増加した。 一方、かつては自然保護区に指定されても、象牙などを求める密猟が後を絶たず、世界最大のゾウの保護区だったタンザニアのセルー国立公園では、1970年代から1980年代にかけて、かつて10万頭いたゾウが2万頭にまで激減してしまった。 その後、保護が強化されたことでセルーでの頭数は回復傾向にある。 モザンビークにおいては、2015年には5年前とくらべて密猟のためにゾウの生息数が半数にまで減少してしまった。 その他、コンゴ民主共和国など、貧しく政治の混乱が続いている国においては密猟取り締まりに予算を割く余裕がなく、密猟の横行を招いている。 ただし、ゾウが増加すると、今度は害獣として近隣に多大な被害を与えることがある。 ゾウは農作物を荒らすことも多く、またその巨体を支えるために食べる食物の量は膨大で、樹木の樹皮をはがしてしまうことも多く、そのために枯死してしまう樹木も多いためである。 こうしたことから、特にゾウの個体数が回復した地域においては逆にゾウの駆除が求められる場合がある。 日本の動物園においては定番として飼育されるが、自然繁殖例は極めて少ない。 欧米の動物園では人工授精での繁殖に成功している例が幾つかある。 (アジアゾウ、アフリカゾウの各項参照) ゾウの持つ長い牙は象牙と呼ばれ、その美しい色合いやなめらかさ、やわらかく加工のしやすい材質などから古来より宝石や工芸材料として珍重されてきた。 象牙はアジアゾウ・アフリカゾウともに取れるが、アフリカゾウの方が大きくて品質が良く評価が高い。 特に近代以前のアフリカにおいては金と並ぶ重要な交易品であり、サハラ交易の南端に位置するトンブクトゥなどのサヘル交易都市や、インド洋交易の東端に位置するアフリカ東海岸の諸都市は金と象牙を主な交易品として栄えた。 大航海時代においてもヨーロッパ人がアフリカに求めたものは金と象牙であることには変わりなかった。 19世紀に入ると、それまで象牙を沿岸の港湾都市で買い付けるだけだったアラブ人の隊商が内陸部へと入り、直接象牙や奴隷を買い付けるようになった。 これによって内陸部の交易ルートが拡大され、スワヒリ語がこの地域の共通語として広まるきっかけとなった。 その後も、20世紀に入るまで象牙はアフリカの重要な特産物の一つとなっていた。 一方で象牙の高価さはゾウを狩猟の目的とするのに十分なものであり、とくに19世紀以降上記のとおり象牙を目的とした乱獲が行われ、ゾウの個体数が急減する原因となった。 このことから1989年にはワシントン条約によって象牙の国際取引がほぼ禁止され、旧来象牙を使用していた分野においては代替品の開発が急速に進められた。 一方で、取引が禁じられたことによって象牙の価値はむしろ高騰し、この高い利益をもとめて密猟を行うものが後を絶たず、問題となっている。 ゾウは使役動物としてかつて現地の人たちには移動手段として使われ、重いものを運ぶのにも利用された。 戦象として軍事用に使われたこともある。 こうした役畜としての使用はおもにアジアゾウに限られ、アフリカゾウも使われた(下記の古代ローマとゾウを参照)記録はあるものの、あまり役畜としての利用はせず、飼育もあまりされてこなかった。 また、ゾウに芸をさせることもあり、サーカスではゾウに逆立ちさせたり台に上らせたりといった芸をさせる。 タイではゾウにサッカーをさせる行事がある。 また、かつてインドでは象に罪人の頭を踏みつぶさせる処刑があった。 ゾウの糞は、近年さまざまな利用方法が開発されつつある。 タイの北部では、コピルアクにヒントを得てゾウの糞からコーヒー豆を集め、高級コーヒー豆としてブランド化させている。 ("ゾウの糞のリサイクル 食品も参照") インドの神話でゾウは世界を支える存在として描かれる。 ヒンドゥー教には、ゾウの頭を持つガネーシャと呼ばれる神様がいる。 仏教では歓喜天に当たり、シヴァ神の長男で富と繁栄の神様とされる。 また、天帝インドラはアイラーヴァタと呼ばれる白象に乗っている。 仏教の影響下、東南アジアでも白いゾウ(白象)は神聖視された。 釈迦は白象の姿で母胎に入ったという。 ゾウは普賢菩薩の乗る霊獣として描かれることが多い。 チェスや将棋などの起源と考えられる古代インドのボードゲーム、チャトランガにはゾウを意味する駒があった。 シャンチー(後手のみ)やチャンギにも「象」が登場する。 日本でも中将棋を含む古将棋の多くに「酔象」があるが、現在の将棋に「酔象」はない。 古代地中海世界では戦象としてゾウを軍用に使役していた。 古代ローマ人が初めてゾウと遭遇したのはピュロスのイタリア半島侵入の際で、ヘレニズム世界で使用されていた戦術をピュロスがそのまま持ち込んだものであった。 このときローマ軍が戦象と戦った場所ルカニアからローマではゾウはルカニアの牛と呼ばれた。 こうしたピュロスのエピソード以上に第二次ポエニ戦争の際、カルタゴの将軍ハンニバルがその傭兵部隊に加えて39頭の象を引き連れ、イタリア半島に侵攻したことはよく知られている。 アルプス山中で受けた妨害と寒さや餓えのため、イタリアの平野部に到達した象は元の半数以下だったが、それもトレビア川の戦いでインドゾウの一頭を残してことごとく倒れた(最後のゾウ以外はアフリカゾウ(マルミミゾウ)であった)。 ゾウはローマにおいては一般的なものではなく、そのためローマ帝国期においてはときおりゾウがローマ市まで連れてこられ、パンとサーカスの一環として見世物に供された。 80年にローマ市中心部において完成したコロッセウムにおいても、ゾウが皇帝に挨拶をしたりダンスを踊った記録が残されている。 また、ゾウとほかの猛獣とを戦わせる見世物も行われた。 ゾウはその生息地だけでなく、ゾウの生息しない地域においても大きさや温和さ、強さ、賢さなどのイメージから、さまざまなシンボルに使われてきた。 アメリカの二大政党の一つである共和党はゾウを党のシンボルマークに使用している。 また、ガーナの二大政党の一つである新愛国党も、偉大さや賢さ、愛情深さなどプラスのイメージを持つゾウを党のシンボルマークとして使用している。 日本列島がまだユーラシア大陸と陸続きだった頃、日本にはナウマンゾウが生きており、石器時代には獲物とされていた。 日本においては約2万年前に絶滅したとされるが、その骨は後の時代も珍重され、正倉院にもナウマンゾウの臼歯が竜骨として保管されていた。 文献上、現世のゾウが日本へ人為的に初渡来したのは応永15年6月22日(1408年7月15日)、東南アジア方面からの南蛮船により、足利義持への献上品として現在の福井県小浜市に入港。 上京した後、朝鮮に贈られた記録がある。 それ以前より仏教の影響でゾウの存在は知られており、『今昔物語集』には、イノシシがゾウに乗った普賢菩薩に化けて僧を誑かす逸話がある。 12世紀から13世紀に成立したと言われる鳥獣人物戯画の乙巻には、長い鼻や太い足、牙など象の特徴をよく捉えた絵が描かれている。 天正3年(1575年)には明の船が象と虎を連れて豊後国臼杵に到来し、大友宗麟に献上されたほか、慶長2年(1597年)にはルソン総督が豊臣秀吉への献上品として、また慶長7年(1602年)には交趾から徳川家康への献上品として虎・孔雀とともに贈られた。 神戸市立博物館所蔵の桃山時代の南蛮屏風には日本に連れて来られた象が描かれている。 享保13年(1728年)6月には、オスメス2頭の象が江戸幕府8代将軍・徳川吉宗に献上するために広南(ベトナム)から連れてこられた。 メスは上陸地の長崎にて3ヵ月後に死亡したが、暴れることを想定しそれに耐えうる頑丈な国産船が当時無かったことから、オスは長崎から陸路歩行で江戸に向かい、途中、京都では中御門天皇の上覧があり、庶民からもかなりの人気があった。 上覧には位階が必要なため、オスのゾウには「広南従四位白象」と位と姓名が与えられている。 江戸では徳川吉宗は江戸城大広間から象を見たという。 その後、ゾウは浜御殿にて飼育されていたが、飼料代がかかり過ぎるため寛保元年(1741年)4月、中野村(現東京都中野区)の源助という農民に払い下げられ、翌年12月に病死した。 現在も馴象之枯骨(じゅんぞうのここつ)として、中野の宝仙寺に牙の一部が遺されている。 その後、文化10年6月28日(1813年7月25日)にイギリス船シャルロッテ号とマリア号が長崎に来航した際、将軍への特別の贈り物としてメスの象1頭が連れてこられている。 長崎奉行遠山景晋がその象の検分に当たり、しばらく長崎に滞留していたが、同年9月1日に幕府から受け取り拒否の回答が伝えられたため、その象は再び船に乗って日本を出国していった。 なお、このイギリス船の来航の本当の目的は、トーマス・ラッフルズの命により、出島のオランダ商館をイギリスに引き渡すようにオランダ商館長ヘンドリック・ドゥーフに要求するためで、象はその挨拶がわりだったのではないかとされている。 大きいこと、鼻が長いことがはっきりした特徴となっているから、そのような特徴を捉えて他の生物の名としている例もある。 春の準備をそろそろいかが? フルプロテクションの3シーズンジャケット 2月は寒さのピークだが、ライダーとしては「もうすぐ春が来る!」と前向きに捉えたいところ。 ニューモデルの発表や3月のモーターサイクルショーを楽しみにしているライダーも多いだろう。 ウエア関連も新作の春夏物が披露されるのは2~3月だが、いち早く試せたのがこの春フラッグシップからデビューする新ブランド「FLAGSHIP」(フラッグシップ)のメッシュジャケット、バーテックスだ。 着丈は短めだが、袖丈は長めでタンクを抱きかかえるような前傾姿勢も楽に取れる。 合計4個の外ポケットは実用的な装備だ。 見ためは大きめのロゴをあしらったショートジャケットで、肩、肘、背中、胸にプロテクターを内蔵。 肩と肘の外側には耐摩耗性の高いパッチも貼られ、プロテクション性能を稼ぎにくいメッシュ仕様ながら充分な安全性を備えている。 肩、肘、背中に加え... 2019-02-01 135 ネットのコメント 「わからん。 すごい。 なんで奇数なんだろ。 8気筒って変になるのか???」 「4ストロークの場合、点火タイミングはご存じの通り2回転に1回ですが、奇数気筒だと1回転目に半分の気筒が点火し、2回転目にもう半分が点火というタイミングが可能なんですが、偶数気筒だと1回転目にすべての気筒が点火、2回転目はすべての気筒が休みとなってしまい出力にムラが出てしまうためです。 」 「エンジン、シリンダー内、ピストンの焼き付きや、オーバーブローのプロセスも診てみたい!」 「コンロッドどうなっとんねん!」 「栄発動機とかは、これが前後になり14気筒になるのね」 「零戦ですね 7気筒の2列」 「星型エンジン!」 「これが零戦のエンジンなんだ!栄!!」 「最初のゆっくりの所 少し気持ち悪い 」 「超高速で動くヒトデに見えてしまいました…」 「星型はロマンの塊」 「星型engineは高効率を目指した過程で生まれたと言われてるね 誰が言ったか知らんが 」 「親コンロッドが分からん。 クランクの後ろに、ギアで回り留めしてるんかな。 」 「しばらく眺めてみましたが、大端部は左側にある時に反時計回りに傾き、右側にある時に時計回りに傾いてるので、下側のロッドのどれかなんじゃないかと思います。 多分5時方向のやつかと。 間違ってたらすみません」 「さっき観たバックトゥーザ・フューチャーの次元転移装置?にみえます」 「すっごい荒ぶるヒトデみたいですね」 「これが二列になると火星エンジン 14気筒 これが四列になるとワプスメジャーエンジン 28気筒 の動きになるんやな」 「なんかロータリーエンジンの方が滑らかな気がした。 」 「天気の良い空に飛ぶ「帽子をかぶらにぁ~あかんよー」と拡声器積んだセスナ機のエンジン!?」 「中島飛行機 寿型は7気筒で隼、零戦の栄型は14気筒、紫電改や疾風の誉18気筒なんてわけわかんなくなりそう」 「エンジンの事ととか全く知らないけど これはロマンだ!」 何気なく車を走らせていると隣に本物のWRCカーが並走?!リエゾン区間ではラリーマシンと一緒に公道を走ることができる夢のような区間 リエゾン区間って何? リエゾン区間とは、ラリー競技が行われるSSから次のSSへの移動区間のこと。 リエゾン以外にもロードセクションなどとも呼ばれており、 次のSSに向かうために一般の公道を走行してラリーマシンを移動させる必要がある 公道を走るため、一般の車両と並走して走ることも多い。 もちろん、競技中ではないので法定速度で走るラリーマシン。 運よく並走できれば、間近でラリーマシンを感じることができる 今回は、めちゃくちゃ運の良いドライバーが リエゾン区間でラリーマシンと遭遇する映像.

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公害・労災・職業病年表 (すいれん舎): 2007|書誌詳細|国立国会図書館サーチ

黒い砂漠 労役の苦情

公害・労災・職業病年表• 新版刊行にあたって• 序にかえて• 第I章 封建時代(1469~1867) 1• 第II章 近代(1868~1945) 9• 第III章 現代(1945~1975) 103• 第III章 1945 (昭和20)年 104• 第III章 1946 (昭和21)年 106• 第III章 1947 (昭和22)年 108• 第III章 1948 (昭和23)年 112• 第III章 1949 (昭和24)年 114• 第III章 1950 (昭和25)年 118• 第III章 1951 (昭和26)年 122• 第III章 1952 (昭和27)年 128• 第III章 1953 (昭和28)年 132• 第III章 1954 (昭和29)年 136• 第III章 1955 (昭和30)年 140• 第III章 1956 (昭和31)年 146• 第III章 1957 (昭和32)年 152• 第III章 1958 (昭和33)年 158• 第III章 1959 (昭和34)年 164• 第III章 1960 (昭和35)年 174• 第III章 1961 (昭和36)年 180• 第III章 1962 (昭和37)年 186• 第III章 1963 (昭和38)年 192• 第III章 1964 (昭和39)年 200• 第III章 1965 (昭和40)年 210• 第III章 1966 (昭和41)年 220• 第III章 1967 (昭和42)年 230• 第III章 1968 (昭和43)年 242• 第III章 1969 (昭和44)年 260• 第III章 1970 (昭和45)年 280• 第III章 1971 (昭和46)年 306• 第III章 1972 (昭和47)年 322• 第III章 1973 (昭和48)年 342• 第III章 1974 (昭和49)年 364• 第III章 1975 (昭和50)年 382• 典拠文献リスト 1~16• 索引 17• 注記、訂正 85• あとがき 86• 事項索引 18• 人名索引 66• 地名索引 71• 事項索引• アース・デー 287F• アームストロング社 51A• アイソトープ 143E• アイソトープ乱脈管理 225F• 愛知県衛生研究所 344A• 愛知県公害防止条例 203D• 亜鉛 95A 98E 204A 322C• 亜鉛による水道汚染 200A• アオサギのコロニー 374A• 青空と緑を取り返し千葉市民のいのちとぐらしを守る市民会議 306B• 青森県公害防止条例 233D• 赤池 127E 145E• 赤池・豊国炭鉱 100A• 赤沢銅山 3F 3A 4A• 赤潮 176A 350A 386A 390B 396A• 赤潮訴訟 386B 388B• 赤潮発生 332A 356A• 赤潮被害 393D• 赤潮被害に対する訴訟 382B• 阿賀野川漁協 244B 260B 326B• 阿賀野川漁連 232B• 赤平福住鉱 185E• 秋川漁協 322B• 秋葉ダム 141E• 秋葉ダム工事現場 141E• 亜急性水銀中毒 60E• 悪臭 40A 60A 71A 96A 214A 222A 254C 262A 266A 272B 310A 318B 334B• 悪臭公害 275D• 悪臭対策研究会 275D• 悪臭防止法 315D 329D• 悪臭防止法案 309D• 悪臭問題 221D 259D• 悪臭を伴った濃霧 194A• 芥川 112A 116A• アクビ事件 35A• アクリルアマイド中毒 269E 368A• アクリルアマイドの漏出 237E• アクリルアマイドモノマー粉塵 289E• アクリル酸メチル 299E• アクリジン系色素中毒 97A• アクリルニトリル中毒 169E• アクリルニトリル流出事故 214A• アクリロニトリル中毒 281E• アクロレイン 267E• 麻糸ロープ製造販売業 238B• 浅草マッチ工場 14E• 浅野セメント大阪工場 82A• 浅野セメント合資会社粉害事件に関する質問趣意書 45A• 浅野セメント深川工場 54A• 浅野セメント粉塵事件 27A• 浅野セメント北海道工場 67A• 浅野セメント門司工場 64A• 浅野造船所 55A 56A• 浅野造船所井戸水枯渇問題 55A• 旭化工油工場ガス爆発 141E• 朝日化学肥料会社亜硫酸ガス中毒 85A• 旭化成 185E 224A 358C• 旭化成火薬工場 173E• 旭化成坂ノ市工場 141E• 旭化成ダイナマイト工場 177E• 旭化成薬品工場 252A• 旭硝子 40F• 旭硝子京浜工場 322A 382C 390C• 旭硝子工場 354A 354B• 旭硝子千葉工場 354C 395E• 旭硝子本社 356B• 旭硝子リン酸製造工場 294A• 旭川保健所 401D• 旭絹織 78A• 旭絹織会社の人造絹糸工場 64A• 旭絹織物 65A• 朝日賞の社会奉仕賞 260B• 旭食品会社 220A• 朝日新聞 248B 282C 314A• 朝日訴訟 201F 235F• 朝日訴訟第二審判決 199F• 朝日訴訟判決 177F• 旭ダウの塩化ビニール工場 252A• 朝日炭鉱 365E• 旭チッソアセテート 358C• 旭電化工業 54F 60E 211D 363E• 旭鍍金工業会社 306A• 旭有機工場 233E• 旭油脂工場爆発 137E• 麻布・六本木生活環境を守る会 236B• アサリ内の重金属 328A• アサリのメチル水銀汚染 348B• アジア石油会社 319D 365E• アジア石油横浜工場 319D• アジア石油横浜製油所 239E• アジア農村医学会議 359F• 足尾鉱業所 115E• 足尾鉱業停止東京事務所 26A• 足尾鉱毒 19A 324B• 足尾鉱毒救済会 34A• 足尾鉱毒根絶期成同盟会 106B• 足尾鉱毒事件 20A 50A• 足尾鉱毒処分請願同盟事務所 30A• 足尾鉱毒被害者在京委員 27A• 足尾鉱毒被害民の逮捕 30A• 足尾産銅 14F 20F• 足尾銅山 3F 7F 13F 14F 21A 32A 83A 106A 107D 226A• 足尾銅山鉱業停止請願書 25A 27A• 足尾銅山鉱毒調査会 26A• 足尾銅山鉱毒被害救済会 27A• 足尾銅山鉱毒補償 368B• 足尾銅山製錬所 26A• 足尾銅山閉山 343F• 足尾銅山労組 107E• 足尾労働組合同盟会 105F• 足柄上郡河川漁組 81A• 足柄下郡農会 79A• 芦北沿岸漁業振興対策協議会 168B• 味の素 42F 61A 62A 63A 67A 81A 85A 93A 102F 107F 352B 358A• 味の素会社 59A 60A• 味の素川崎工場 98A 296C• 味の素工場 61A 95A 370A• 味の素工場廃水問題 88A• 味の素東海工場 195F• 芦浜原発 203D 224C• 亜硝酸ガス被害 90A• 亜硝酸性窒素 152A• 飛鳥田市政 380B• 畦修築 40A• アセチレン法オクタノール製造 131F• アセチレンボンベの爆発 372A• アセトアルデヒド 210C• アセトアルデヒド工場 81F• アセトアルデヒド廃液 250C• 亜炭採掘 124B• あっせん依頼書 262B• 厚真漁協 396B• 阿仁鉱山 17F• 阿仁銅山 13F• アニリン 167D• 網走漁協組 192B• 亜ヒ酸 19F 81A 90E 115E• 亜砒酸煙害 62A• 亜ヒ酸検出 274A 275D• 亜ヒ酸鉱害 96A• 亜ヒ酸鉱山による中毒 322A• 亜ヒ酸製造 138C• 亜ヒ酸製造廃止の陳情 164B• 亜ヒ酸中毒 15E 324B• 亜ヒ酸の検出 185D• 亜ヒ焼き 138C• 油汚染被害 334A• 油津漁民の示威行動 93A• 油津地区反対運動 88A• 油流出 240A• 油流出事故 368A• 阿呆煙突・命令煙突 48A• 雨池町自治会 190B• 尼崎市,各都市の公害防止資料の募集 131D• 尼崎市議会,騒音防止条例 139D• 尼崎市市会に防煙対策の専門委員会 125D• 尼崎市民煤煙追放対策協議会 164B• 尼崎市藻川淡水漁協 166B• 雨水の放射能汚染 154A• 雨宮製糸場工女同盟罷業 17F• アミン 363E• アミン説 174C• アメリカFDA(食品医薬品局) 271F• アメリカSW社 181F• アメリカアビサン社 181F• アメリカイーストマン 185F• アメリカ医学会誌 324A• アメリカ沿岸警備隊浦幌ロランC基地 386A• アメリカ海兵隊基地の環境汚染 347D• アメリカ下院 191F• アメリカ環境局 371F• アメリカ環境庁 339F• アメリカ環境保護局 379F 385F• アメリカ環境保護庁 342C 345F 353F 377F• アメリカ空母ボーグ号 181E• アメリカ軍 188A 237F 241F 342A• アメリカ軍板付基地 248A• アメリカ軍基地 180A 382A• アメリカ軍基地公害 234A• アメリカ軍基地廃油問題 146A• アメリカ軍千歳基地 154A• アメリカ軍チャーター貨物船 343E• アメリカ軍ナパーム弾 237F• アメリカ軍による毒物投入 248A• アメリカ軍横田基地周辺 210B• アメリカ原子力委員会 265F• アメリカ原子力潜水艦 246A• アメリカ原潜シードラゴン 216A• アメリカ原潜入港 259D• アメリカ原潜の放射能 272A• アメリカ原潜ハドック 260A• アメリカ原潜プランジャー 218A 256A 260A• アメリカ厚生教育長官 273F• アメリカ国防総省 185F• アメリカ上院 297F• アメリカ上院本会議 327F• アメリカ上下両院 337F• アメリカ政府 249F 285F 373F• アメリカ大統領公害防止会議 275F• アメリカ地下核実験 319F• アメリカ農務省 269F 289F 297F• アメリカの原爆実験 148A• アメリカ陸軍 210A• アメリカ陸軍省 277F• アメリカ連邦高裁 289F• アメリカ連邦取引委員会 271F• アユ 160A• アユ大量死 266A• 荒金銅山 54A 62A 89A 100A• 荒金銅山鉱毒防止期成同盟 89A• 荒川浚渫促進連合協議会 148B• 荒川放水路での水泳禁止通達 143D• 荒田川閘門普通水利組合 61A 62A 64A 89A• 荒田川水利組合 74A 76A 77A 79A 83A• 荒田川農漁民闘争 90A• 荒田川の水質汚濁問題 128A• 新手炭鉱 80E• アラビア海 249F• アラビア石油 262C• 有明海汚染問題 351D• 有明海の漁業被害 144A• 有明炭鉱 388A• 亜硫酸ガス害 27A 93A• 亜硫酸ガス規制 251D• 亜硫酸ガス規制問題 279D• 亜硫酸ガス特別排出基準 271D• 亜硫酸ガスに関する環境基準 248C• 亜硫酸ガスによる小鳥の激減 238A• 亜硫酸ガスの一般排出基準 271D• 亜硫酸ガス濃度の許容限度 249D• 亜硫酸ガス排出企業の拒否 257D• 亜硫酸ガス排出基準 257D• 亜硫酸ガス排出量 269D• 亜硫酸ガス被害 49A 214A• 亜硫酸パルプ(SP)工場 113F• アルカリ腐蝕症 94E• アルキルベンゼン 167F 181F• アルキルベンゾール輸入 119D• アルデヒド製造工場 217E• アルミくずの爆発 344A• アルミニウム 93F• アルミニウム電解炉の爆発 345E• 安全衛生課 184C• 安全衛生局 239D• 安全衛生国際シンポジウム 335F• 安全技術協会創立 77E• 安全週間 69E• 安全性の考え方 235F• 安全闘争宣言 353E• 安全連 133F• アンチモン鉱山 274A• アンプル入り風邪薬中毒死 210A 210B• アンモニア 301E• アンモニア原料ガス精製工程ドレンパイプ修理中にガス爆発 159E• イースト・ゲート号 345F• 飯塚炭鉱 76E• 家田製紙排水問題 82A• イオウ鉱山 231E• 硫黄採掘反対運動 140B• 硫黄分引下げ 226C• イオニス・カラス 367E• 医学雑誌 18E 32E 38A 38F 347E• イギリス国立医学研究委員会 245F• イギリス政府 377F• イギリス農漁食糧省 275F• イギリス放送協会(BBC) 319F• イ草 230A• イ草先枯れ問題 228C• イ草の先枯れ 214A 234A• イ草被害 248A• 幾春別炭鉱 61E• 生野・佐渡両鉱山 12F• 生野銀山 3F 5A 6E 7E 11F• 生野鉱山鉱夫共済組合病院 28E• 育友会公害研究所 302B• 医師会 332C• 医師会のシンポジウム 248A• 医師会の訴訟協力 338B• 石狩川・水銀をなくす市民の会 402B• 石狩川沿岸の土地改良区 174B• 石狩川汚水被害 220B• 石狩川汚水被害対策本部 210B• 石狩川汚染 114B 116B 132A• 石狩川汚染被害 114C 114A• 石狩川汚染問題 136B• 石狩川汚濁 98A 188B 201D• 石狩川汚濁事件 130A• 石狩川汚濁被害 184B• 石狩川汚濁問題 97A 157D 184B 185D 193D 196C 201D 203D• 石狩川汚濁問題の和解 200B• 石狩川甲水域水質研究所 202B• 石狩川水質浄化 168B 184B• 石狩川水質浄化促進期成会 152A 152B 154B• 石狩川廃液対策協議会 130B• 石狩炭鉱 339E• 石狩町公害対策協議会 220B• 石狩湾新港関係漁協対策協議会 348B• 石狩湾新港建設問題 348B• 石川島造船所 90E• 石川島播磨重工業 281E• 石川島播磨重工業名古屋造船所 221E• 石黒製作所籠原工場 303E• 医事新聞 26E• 石田・牧野地区被害者対策協議会 290B• 石田地区被害者対策協議会 300B• 石鎚スカイライン 320B• 石巻漁業会 99A• 石原産業 91F 95F 115F 117F 118C 119F 248A 276C 290C 364C• 石原産業公害事件 307D 311D• 石原産業工場長 280C• 石原産業四日市工場 96F 99F• 石原産業硫酸たれ流し公害事件 306C• 医師法・医療法 113F• 異臭 85A 202A• 移住 32A 33A• 異臭魚 174A 176B 179D 196B 382A• 異臭魚事件 209D• 異臭魚補償 218B 218C• 異常放射能値 260A• 石綿(アスベスト)による死者 397E• 泉尾工業学校 76A• 五十鈴工業会社 345E• 厳原町公害被害者組合 380B• 伊勢湾汚水対策漁民同盟 184B• 伊勢湾汚水対策推進協議会 178B 184B• 伊勢湾漁民 189D• 伊勢湾漁連 176B• 伊勢湾産 174A• 伊勢湾の異臭魚 180A• イソプチレンボンベ爆発 249E• イソミン 158C 188C• イタイイタイ病医学研究会 264C• イタイイタイ病カドミウム説への反論 332C• イタイイタイ病カドミウム中毒研究班 335D• イタイイタイ病カドミウム中毒症鑑別診断研究班 301D 307D 309D• イタイイタイ病患者 242B 246B 262B 324A 324B• イタイイタイ病患者対策協議会 240B• イタイイタイ病患者認定 246A• イタイイタイ病患者の自殺 332A• イタイイタイ病患者の住民税免除 269D• イタイイタイ病患者の存在否定 263D• イタイイタイ病患者の治療費 244C• イタイイタイ病機密漏えい審査会 328C• イタイイタイ病原因 248B• イタイイタイ病原因究明 241D• イタイイタイ病原因究明調査班 243D• イタイイタイ病研究委員会 197D• イタイイタイ病研究会 196A 196C• イタイイタイ病研究班 197D 326B• イタイイタイ病検診 217D• イタイイタイ病控訴審 322C 332B• イタイイタイ病控訴審判決 334C• イタイイタイ病鉱毒説 156A• イタイイタイ病鉱毒説への反論 196C• イタイイタイ病裁判 246B• イタイイタイ病死因 328C• イタイイタイ病症状の患者 342C• イタイイタイ病診査協議会 246A• イタイイタイ病シンポジウム 184A• イタイイタイ病訴訟第1次訴訟 314B• イタイイタイ病訴訟の終了 338B• イタイイタイ病訴訟弁護団 242B• イタイイタイ病第2次検診 378A• イタイイタイ病対策 189D• イタイイタイ病対策会議 242B• イタイイタイ病対策協議会 228B 234B 338B 338C 352B 352C• イタイイタイ病対策連絡会議 252B• イタイイタイ病対策連絡協議会 191D• イタイイタイ病調査 265D• イタイイタイ病調査研究班 235D 253D• イタイイタイ病治療に関する協定書 352B• イタイイタイ病治療費 195D• イタイイタイ病同種患者 206A• イタイイタイ病とカドミウム中毒症鑑別診断班 321D• イタイイタイ病に関する厚生省見解 246C 247D• イタイイタイ病に対する疑問記事 386C• イタイイタイ病についての論争 346C• イタイイタイ病認定患者 243D• イタイイタイ病の疑い 344A• イタイイタイ病のおそれ 263D• イタイイタイ病のカドミウム原因説否定 266C• イタイイタイ病のカドミウム原因説への疑問 384C• イタイイタイ病の行政費 336C 337D• イタイイタイ病の原因 200A 227D 260C 262C• イタイイタイ病の原因解明 216A 231D• イタイイタイ病の原因論争 326C• イタイイタイ病のビタミン欠乏説 322C 326C• イタイイタイ病被害者団体 372B• イタイイタイ病補償協定 352C• イタイイタイ病問題 324C• イタイイタイ病要観察者 264A 332A• 遺体救出作業 181D• 板付基地 183D 186A• 板橋火薬製造所 24F• 市川市民連合 338B• 市原市市議会 259D• 市原署 360C• 1万円札発行 163F• 一酸化炭素 227D 249F 278A• 一酸化炭素・窒素酸化物・亜硫酸ガス 234A• 一酸化炭素汚染 220A• 一酸化炭素中毒患者 217E 241E 365E 379D• 一酸化炭素中毒研究委員会 130C• 一酸化炭素中毒症 349E• 一酸化炭素中毒に係る環境基準 283D• 一酸化炭素中毒認定基準 243D• 一酸化炭素中毒問題の仮協定 243E• 一酸化炭素排出規制 295D• 一酸化中毒発症 333E• 一都三県公害防止協議会 237D• 出光 191F• 出光興産 222C 224C 234B 234C 238C 239F 328B• 出光興産製油所 222B 224C• 出光興産千葉製油所 367E• 出光興産中央訓練所 383E• 出光興産徳山製油所 230A 236B• 出光興産姫路製油所 240B• 出光興産姫路製油所問題 225D• 出光石油化学徳山工場 350A• 出光丸 227F• 井戸汚染 230A• 糸田炭鉱 71E• 井戸水 97A• 井戸水汚濁問題 234A• 井戸水枯渇事件 126A• 井戸水の塩水化 176A 192A• 井戸水の黄濁 168A• イトムカ鉱業所 351F• イトムカ水銀鉱山 99E• 稲作被害 95A 234B• 稲の鉱毒禍 130C• 稲の立枯れ 250A• 稲の発育不全 222A• いのちとくらしを守る会 262B• いのちと財産を守るための市民協 240B• 猪之鼻炭鉱 80E• 茨城県会 43A• 茨城県核燃料再処理工場設置阻止闘争委員会 342B• 茨城県鹿島臨海工業地帯 330A• 茨城県霞ヶ浦漁協連 316A• 茨城県漁協連 327D• 茨城県漁連 272B• 茨城県公害防止条例 229D• 胆振漁協 398B• イペリット弾 280A• 伊万里労基署 379E• いもち防除 121F• 入浜権 360B• 入浜権宣言 384B• 入山炭鉱 63E 69E 75E• 医療費・生活費の要求 366B• 医療費公費負担 209D• 医療費補助 243D• 威力業務妨害罪 321D• 入れ歯固定剤 256A• 岩国工業クラブ 218C• 岩国市漁協 184B 208B 218B• 岩手県衛生研究所 286A• 岩手小児科医グループ 312B• 岩内郡漁協組 330B• 岩鼻火薬製造所 15F 38F• 岩屋炭鉱 69E 199E• 印刷工場 30F• 飲食物防腐剤取締規則 37A• インターチェンジの実力封鎖 355D• 咽頭カタル 42E• 院内銅山 13F• 上野製薬 370B 372B 372C• 魚カス工場 262A• 浮島石油化学 243F• 鶯沢 263D• 宇治火薬製造所 23F• 臼杵市議会 273D• 臼杵市漁協 276B 282B 288B• 臼杵市商店街連合会 298C• 臼杵市を愛する会 286B• 有珠漁協 324B• 有珠漁協組 230B• 歌志内鉱 265E• 内郷炭鉱 69E 76E• 宇部興産 98F 156C 204A• 宇部市漁業被害救済基金 400C• 宇部市煤煙対策委員会条例 125D• 海鳥の死がい 348A• 海の汚染対策 216B• 海への廃油放出 330C• 埋立て 314B 319D 320A 326A• 埋立て免許無効確認請求訴訟 374B• 右翼団体 378C• 浦戸大橋 195D• 浦戸湾漁協 192B• 浦戸湾漁協組 124B 128C• 浦戸湾漁業被害 139D• 浦戸湾漁業被害者 163D• 浦戸湾を守る会 258B• 浦安漁協組 164B• 浦安町漁民による本州製紙押しかけ事件 163D• ウラン検出 366A• ウラン合金事故 243F• ウラン試験 396B• ウラン燃料棒の破損 260C• ウラン濃縮 400A• ウラン濃縮遠心分離機破損 400A• ウラン濃縮研究運営会議 289D• ウラン溶液漏れ 398A• 運輸技術審議会自動車部会 295D• 運輸省 257D 303D 319D 321D 349D 362B• 運輸省船舶技術研究所 233D• 運輸省の行政指導 401D• 運輸大臣 342B• 雲龍寺 28A 29A• 永久示談契約 23A• 衛生学会 70A• 衛生局 14A• 疫学調査 151D• 液化炭酸ガスタンクの爆発 262A• 液化天然ガス(LNG)火発 324C• 液化天然ガス(LNG)専焼火力発電所 286C• 液化天然ガス(LNG)の輸入 275F• エチレン新増設基準 235F• エチレン法アセトアルデヒド 204C• エッソ 344C• 江戸川の水質検査 165D• 江戸前のハゼを守る会 234B• エネルギー教書 365F• エネルギー対策 276C• エネルギー調査会低硫黄化対策部会 265D• エネルギー問題 333F• 江ノ口川改装促進委員会 194B• 江ノ口川浚渫 122B• 江ノ口川問題緊急対策協議会 214B• 愛媛県新居郡角野村山根製錬所 17F• 愛媛県農会 42A• 煙害 4A 41A 57A 95A 96A 128C 138C• 塩化水素 342A 356A• 塩化第二水銀 319E• 塩化ビニルモノマー 371D• 塩化ベンゾール 397D• 塩化燐入瓶の破損事故 267E• 沿岸海域汚染 320A• 塩酸 352A• 塩酸ガス 40E 44A 53A 358A• 塩酸ガスの被害 344A• 塩酸ガス噴出 370C• 塩酸タンク車の爆発事故 352A• 塩酸噴出 380A• 塩酸流出事件 270C• 塩素 379F• 塩素ガス 289E 301E• 塩素ガス中毒 222A 239E 267E• 塩素ガス噴出事故 370A• 塩素ガス漏れ 176A 204A 214A 356A• 塩素ガス漏れ事故 206A 343E 372A• 塩素ガス流出 240A 345E• 塩素ガス流出に伴う公害罪事件 384C• 塩素系施設での事故 368A• 塩素系除草剤 243E• 塩素中毒者 51E• 塩素流出事故 381D• 塩素漏洩事故 217E• 鉛丹 32E• エンテロ・ヴィオホルム 135F• 煙毒 21E• 煙毒救済 32A• 烟毒予防調査会 54A• 煙突 18A• 烟煤 31E• 塩ビ 137F• 塩ビ関係職場 397E• 塩ビ工場 145E• 塩ビ使用スプレーの禁止 373F• 塩ビ生産工場周辺住民の肝臓癌 369F• 塩ビ製造 137F• 塩ビによる肝臓障害 387E• 烟病 5E• 煙霧 152A• 遠洋もののキンメダイ 354A• 黄害 272C• 逢坂山隧道 72E• 王子製紙 22F 158B 368A• 王子製紙春日井工場 303D• 王子製紙春日井工場廃水問題 126A• 王子製紙苫小牧工場 45A 348A 348C 384A• 王子製紙の排水被害対策 126B• 欧州経済委員会(ECE) 399F• 王洗 181F• 黄変米問題 128A• 近江絹糸紡績加古川工場 134A• 黄燐マッチ 15A 17E 19E 38E 60E 61E• 黄燐マッチ工場 29E• 黄燐摺附木製造取締規則 20E• 黄燐摺附木取締方伺出 15A• 大分銀行 257E• 大分空港 201F• 大分県医師会 346A• 大分県奥嶽川汚染被害防止決起大会 266B• 大分県漁業被害認定審査会 393D• 大分県警 347D• 大分合同新聞 286B• 大分臨海工業地帯 246A• 大内新興化学志村工場 256A• 大型原子炉に関する争議協定 201E• 大葛金山 5E 6E• 大蔵省 13F 201D• 大蔵大臣 30A• 大阪・水俣病を告発する会 338A• 大阪朝日 35A• 大阪朝日新聞 43F 45F 47F• 大阪アルカリ 14F 51A• 大阪アルカリ事件 51A 52A 53A 58A• 大阪瓦斯 24F 89A• 大阪瓦斯岩崎工場 74E• 大阪金巾製織会社工場 30E• 大阪空港公害訴訟 366B 367D 370B 384B 400B• 大阪空港公害訴訟団 366B• 大阪空港騒音問題 401D• 大阪空港訴訟の上告 401D• 大阪空港の使用制限 401D• 大阪空港の廃止問題 342B• 大阪空港乗入れの減便 368C• 大阪港 265E• 大阪港域の埋立 278B• 大阪公害防止条例 309D• 大阪高裁 400B• 大阪鉱山監督署 27A• 大阪鉱山司 11F• 大阪国際空港拡張問題 228B• 大阪国際空港公害訴訟 350B• 大阪国際空港騒音訴訟 276B 326B 338A• 大阪国際空港騒音問題 282A• 大阪国際空港訴訟 380B• 大阪市衛研 254A 300A• 大阪市漁協 126B 278B• 大阪市周辺で漁獲物の油臭,問題化 156A• 大阪市内大井製薬所 53A• 大阪商船アラビア丸 75A• 大阪商船ありぞな丸衝突事故 85A• 大阪私立衛生会 23E 24E• 大阪市立衛生研究所 45F• 大阪市立衛生試験所 60A• 大阪市立都島工業学校 70A 76A• 大阪住友本店 23A• 大阪舎密 28F• 大阪製錬 60A• 大阪製煉 67A 70A 73A• 大阪製錬所 24F• 大阪セメント 264C 277D 285D 288B 293D 298B 301D 302B 302C 303D 306B 309D 314B 314C 316B• 大阪セメント進出反対裁判 316B• 大阪セメント進出反対訴訟 358B• 大阪セメント進出問題 274B 276B• 大阪セメント進出問題控訴審 358B• 大阪セメント問題 286B• 大阪造幣局 12F• 大阪地裁 340B• 大阪電燈会社 17F 18A• 大阪電燈会社安治川発電所 56A• 大阪電燈春日出発電所 57A 58A• 大阪天満紡婦人労働者同盟 18F• 大阪都市ガス爆発事件 286A• 大阪都市協会 71A• 大阪都市協会煤煙防止委員会 80A• 大阪都市協会煤煙防止調査委員会 88A• 大阪廃弾工場 39E• 大阪府公害室 334A• 大阪府公害対策審議会 199D 257D• 大阪府公害防止条例 317D• 大阪府工場課 77A 79A• 大阪府事業場公害防止条例 217D• 大阪府事業所公害防止条例 137D• 大阪府知事 328B• 大阪府庁 74A• 大阪府農林部 247D• 大阪府立公衆衛生研 349D• 大阪紡績会社 16E 16F• 大阪紡績三軒工場 21E• 大阪砲兵工厰 45E• 大阪湾汚水対策本部 145D• 大隅野鳥の会 370A• 大辻炭鉱 185E• 大手興産 296B• 大ノ浦桐野第2坑 43E• 大野浦炭鉱 54E• 大之浦炭鉱でガス爆発 155E• 大之浦炭鉱労組 157E• 大野鉄山 7A• 大浜炭鉱 199E• 大原社会問題研究所 57F 62F 84E• 大宮市議会 233D• 大宮市住民 254B• 大宮市での原子炉設置 249D• 大宮市内原子炉設置問題 360C• 大宮市の原子炉建設の許可 251D• 大牟田市池本犬猫病院 336A• 大牟田市農協 400B• 大牟田市の水俣病類似患者 350A• 大牟田肥料 256C• 大牟田労基署 381D• 大元浦炭鉱 157E• 大森浦漁業被害 86A• 大森漁協 152B 188B• 大谷石採掘現場での落盤 167E• 大谷炭鉱 191E• オーラミン 124C 126A 128C 134C• 大和田 145E• 大和田炭鉱 56E• 岡山県議会 197D• 岡山県企画部公害課 231D• 岡山県漁連 350B• 岡山県警 396C• 岡山県公害防止条例 227D 231D• 岡山県水産課 383D• 岡山県玉島市乙島漁協 168B• 岡山県南新産都市 209D• 岡山県薬害対策協議会 228B• 岡山大学公衆衛生学教室 220A• オキシダント 316A• 沖縄CTS訴訟 397D 398B• 沖縄国際海洋シンポジウム 397F• オクタノール 137F 173F• 小倉石油子安貯油所 62A• 小倉石油所 71A 74A• 小河内ダム建設計画運動 85A• 小河内貯水池建設計画 83A• 尾小屋鉱山 98A 99A• 尾去沢鉱山 86A• 押麦蛍光染料事件 145D• 白粉 16E 32E• 汚水 50A 81A• 汚水による漁業被害 386A• 汚水問題 161D• 尾瀬の自然を守る会 316B• 汚染 112A• 汚染井戸水 216A• 汚染魚による食中毒 382A• 汚染魚問題 352B• 汚染農地 144C• 汚染母乳 326A• 汚染米 332A• 汚染米凍結基準 369D• 汚濁 7A• 汚濁問題 99A• 越智郡煙害除害同盟会 41A• 女川原発建設問題 399D• 小名浜製錬 296B• 小名浜地区公害対策連合委員会 306B• 鬼首鉱業 96A• 小野組 11F• 小野田化学門司工場 365E• 小野田セメント津久見工場 385D• 小野田セメント藤原工場 346B• 小野田セメント門司工場 130A• 小野田セメント八幡工場 194B 198B 210B• オハイオ州立大学 387F• 帯広公害対策市民会議 388B• 汚物掃除法 30F• 汚物による汚染 149D• 汚物による東京湾汚染 146A• 織物工場 30F• 織物労働者 21F• オリンピック東京大会 207F• 遠賀川汚濁防止期成同盟会 112B• ガーゼ遺失事件 38F• ガーゼ事件 34F 36F• ガーバー・プロダクト社 273F• カーバイト工場爆発 198B• 海域の汚染 380C• 海軍工廠毒ガス 253E• 海軍燃料廠 93F• 外航タンカー 332A• 外国企業との提携 181F• 蚕の斃死 96A• 外資審議会 181F• 海上公害 304B• 海上公害関係法令 320C• 海上デモ 244B• 海上封鎖 354B 354C• 海上保安庁 149D 304A 304B 320A 320C 332A 346A 392A• 海上保安白書 288A• 海水汚濁防止に関する法案 233D• 海水浴場の汚れ 267D• 改正建築基準法 331D• 改正首都圏近郊緑地保全法 331D• 改正森林法 331D• 改正治安維持法 96F• 改正中小企業近代化資金等助成法 329D• 改正文化財保護法 331D• 海蔵丸 215F• 海底陥没 45E 51E• 海難審判 339D• 貝の死滅 182A• 貝の大量死 380A• 開発 382A• 開発基本構想 311D• 開発促進派 360B• 回復訓練中の事故 215E• 海面埋立 92A• 海面埋立禁止の仮処分申請 389D• 海面埋立禁止を求め訴訟 396B• 海面埋立契約 138C• 海面火災 168A• 海洋汚染 254C 304A• 海洋汚染による漁獲物減少 172A• 海洋汚染の補償 275F• 海洋汚染発生件数 346A 368A• 海洋汚染防止法 305D 316B 333D 382C• 海洋汚染防止法改正施行令 403D• 海洋学会 310A• 海洋投棄 319D• 海洋投棄規制国際条約 339F• 海陸の封鎖 354B• 加鉛ガソリンによる発狂 261E• 花王石鹸 378C• 花王せっけん川崎工場 284C• 花王石鹸製造所 24A• 科学技術庁 147D 147F 215D 243D 245D 247D 289D 342B• 科学技術庁原子力委員会・原子炉安全審査会 244B• 科学技術庁資源調査会 166A• 科学技術庁長官 247D• 化学工学協会 358A• 化学工業会社 175E• 化学工業統制会社設立 98F• 化学工場 249E• 化学工場の火災 236A• 化学工場の爆発 234A• 化学工場の爆発事故 235E• 化学繊維工業労働衛生研究会 114C• 化学肥料工業 107F• 化学部隊新設案 271F• 化学物質規制法案 345D• 化学物質の安全性確保 399E• 化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律 359D• 化学労協 399E• 香川県漁連 318B• カキ死滅問題 216C• 核エネルギー 333F• 核原料物質 311D• 核原料物質・核燃料物質および原子炉の規制に関する法律 211D• 革新知事 233F• 学生鉱毒救済会 34A• 学童の健康調査 256A• 学徒勤労令 101F• 学徒出陣 100F• 核燃料物質および原子炉の規制に関する法律 155D• 核燃料物質及び原子炉の規制法 311D• 核兵器禁止平和建設国民会議 294B• 核兵器研究の拒否 136B• 角膜症 26E• 隔膜法への製法転換 354B• かけがえのない地球と生命を守ろう市民集会 330B• 加古川汚染 227D• 加古川流域保全対策協議会 225D• 鹿児島県議会 373D 397D• 鹿児島県川内市議会 371D• 鹿児島県総評 356B• 鹿児島県内の補償 172C• カゴメ 236A• 葛西浦漁組 79A• 火災事故 239E• 過酸化水素製造プラント 345E• 加治川水害訴訟 248B• 鹿島アンモニア工場 300A• 鹿島協同火力発電所 296B• 鹿島計画 243F• 鹿島建設 139E• 鹿島港開港 273F• 鹿島工業地帯造成計画 181F• 鹿島臨海工業地帯 330A 353E 363E 372A• 鹿島臨海工業地帯の公害 338B• 貨車の脱線 267F• カシンベック病 222A 297D 316A• ガス 81A• ガス管の爆発 262A• ガス事業法 137D• ガスタンクの爆発 183E• ガス炭塵爆発 30E 33E 43E 45E 49E 58E 62E 63E 73E 75E 76E 77E 80E 84E 89E• ガス中毒 84E 162A 182C 225E• ガス中毒死者 376B• ガス灯 12F• ガス突出 241E 259E• ガス突出事故 365E 391E• ガスの流出 196A• ガス爆発 13E 24E 27E 29E 39E 40E 46E 50E 54E 57E 61E 69E 71E 73E 75E 76E 77E 80E 82E 89E 92E 95E 121E 172C 173E 185E 191E 203E 225E 241E 248A 259E 279E 303E 305E 321E 339E 341E 359E• ガス爆発防止の保安協定 259E• ガス噴出 209E• ガス噴出事故 346A• ガス斃死 376A• ガスボンベ 230A• ガスまけ 98E• 霞ヶ浦埋立 233D• 霞ヶ浦漁連 216B• 霞ヶ関ビル 238A• ガス漏れ 207E 242A 287D 359E 394A• ガスもれ事故 345E• 苛性ソーダ 74F• 苛性ソーダ工場 396C 400C• カセイソーダメーカー各社 354C• 化成品工業協会 282C• 河川漁場 178A• 化繊工業紡糸工 94E• 化繊工業保健衛生調査会 92A• 河川浄化 91A• 河川浄化運動 88A• 河川浄化促進会 166B• 河川での毒物検出 346A• 河川取締規則 119D• 河川の悪臭 148A• 河川の魚の絶滅 180B• 河川白書 165D• 河川法 24F 205D• 河川法改正問題 233D• 河川法施行令 295D• 河川有毒物放出厳重取締法 82A• 可塑剤DOP製造設備 133F• 潟炭鉱 45E• 家畜の飼料 240A 275F• 学校公害研究大会 254B• 学校周辺での交通騒音対策 142B• 学校の移転 220A• 活字工 16E• 活性酸化マンガン 239D• 角万長浜谷商店 238C• カドミウム 93F 113F 227D 241D 245D 250A 286A 288A 289E 290A 292A 292B 293D 294A 295E 296A 298A 300A 300B 301D 302A 306A 307D 307E 308B 309D 309E 310A 311D 314A 314B 334B 342C• カドミウム汚染 246A 247D 252A 262C 289D 297D 326B 335D 348A• カドミウム汚染地区指定 399D• カドミウム汚染調査 332A• カドミウム汚染調査のごまかし 366A• カドミウム汚染に対する損害賠償要求 400B• カドミウム汚染の補償 328B 380B• カドミウム汚染反対運動 366B• カドミウム汚染被害団体連絡協議会 368C• カドミウム汚染への補償要求 325D• カドミウム汚染米 293D 295D 296A 296B 297D 298A 299D 302A 302C 303D 306A 309D 362A 374A 384A 400A• カドミウム汚染米検査データの操作 369D• カドミウム汚染米対策 326C• カドミウム汚染米の安全基準への批判 349D• カドミウム汚染米の出荷 334A• カドミウム汚染米発見地域 374A• カドミウム原因説 198A 322C• カドミウム検出 248A 251D 264A 266A 270A 272A 343D• カドミウム鉱害隠ぺい工作 366C• カドミウム公害合同緊急総点検 310A• カドミウム説 316C 326B• カドミウム説への反論 212C• カドミウム単独原因説 231D• カドミウム中毒症 321D• カドミウム中毒説 326C• カドミウムによる汚染防止のための暫定対策 271D• カドミウムによる健康障害 333D• カドミウムによる土壌汚染 398A• カドミウムによる農業被害 342B• カドミウム排出 338C• カドミウム被害 374A• カドミウムメッキ 300C• カドミウムを含んだ玄米 345D•

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