ロボ サピエンス 前 史。 サピエンス日本上陸 3万年前の大航海

ブックサピエンス人類の簡単な歴史 ホモ・サピエンスの誕生と拡散の通販/篠田 謙一 歴史新書

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このマンガすごい!けど、何がすごいのか言語化するのが難しいですね。 自分がこの作品を理解できているのかも分からない。 たかが100年しか生きられない人間に比べるとロボットの寿命は遥かに長い。 けれどもロボットだって古くなったり壊れたりするから永遠に存在することはできない…はずだった。 物語の結末としてロボット達は人間を置いてきぼりにして、機械の身体を捨て意識をデータにし電波に乗せて宇宙に飛ばすことで永遠になることを選んだ。 この概念だけが存在する様はのマサトとタマミの話のラストのようでもあります。 人間は歩んできた歴史の中で絶えず変化してきましたが、ずっと変わらずにあり続けるものがあります。 その一つが幸福を願うということです。 博士がロボットの幸せを願ったように、自分自身ではない誰かの幸せを願うことも、人間が積み重ねてきた大切な営みであり、歴史なのです。 これは人間の意志を継いだロボット達の未来に続く話なんだと私は思いました。

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ロボ・サピエンス前史2巻は漫画村、星のロミやzipの裏ルートで無料で読めるって本当?

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サピエンス全史の要約とあらすじ 『 サピエンス全史』は、イスラエルのユヴァル・ノア・ハラリ氏の書いた、人類250万年の歴史書です。 現在、地球上のあらゆる生き物の中で、人類が最も力を持ったのは、なぜなのでしょうか? 人類の歴史から、これまでになかった仮説を提唱し、世界で1200万部のベストセラーになったのが『 サピエンス全史』です。 どんなことが書かれているのでしょうか? サピエンス全史に注目するリーダーたち 『 サピエンス全史』は、日本語版は、上下巻で500ページを超える長い本です。 普通は「 ちょっと長すぎるんじゃないの?」と思って、読みたくなくなってしまうんですが、なんと世界で1200万部のベストセラーになっています。 しかも、ただ単にたくさんの人に読まれただけではありません。 世界のリーダー的な人たちが注目しています。 例えば、ウインドウズを作った、マイクロソフトのビル・ゲイツは、こう言います。 「(妻の) メリンダも私もこの本を読み、夕食の席で多くの豊かな会話を交わした。 (中略) 私は『サピエンス全史』を歴史や人類の未来について興味のあるあらゆる人に薦めたい」 また、フェイスブックのマーク・ザッカーバーグは、 「 この世の謎を解き明かしてくれる知的冒険の書だ」 と言っています。 アメリカの大統領だったバラク・オバマは、 「 実に魅力的で、刺激的な書」 と言っています。 ジャーナリストの池上彰氏は、 「 こういう人類史の本で幸せかどうかを問題に立てる本にはじめて出会った。 どうしてこういう発想が出てきた?」 と言っています。 また、NHKのクローズアップ現代にも出るほど、大きな影響を与えています。 一体どんな内容の本なのでしょうか? サピエンス全史のキモ 私たち現在生きている人類は、たったの1種類で、「 ホモ・サピエンス」といいます。 約250万年前に、アウストラロピテクスから進化して、人類の祖先が生まれました。 約200万年前にはそこから、現在の人類以外の人類も進化しました。 例えば有名なネアンデルタール人のホモ・ネアンデルターレンシスや、 北京原人やジャワ原人のホモ・エレクトス、 その他、ホモ・ソロエンシス、ホモ・フローレシエンシス、ホモ・デニソワなど、 他にもたくさんの種類の人類が同時に生きていた時代があります。 現在の人類のホモ・サピエンスが生まれ、生きていたのは15万年前です。 その頃には、ネアンデルタール人や、ホモ・ソロエンシス、ホモ・デニソワなども生きていました。 ホモ・サピエンスは、アフリカで細々と暮らしていただけなのですが、なぜ、現在ではただ1種類生き残り、文明を築き、世界を征服することができたのでしょうか? これが、『 サピエンス全史』の問題提起です。 こう聞かれると、私たちは、 「 それは頭が良かったからじゃないの?」とか 「 道具を使えたからじゃないの?」とか 「 二足歩行がよかったのでは?」とか 「 複雑な社会を築けたから」 と思いますが、『 サピエンス全史』では、それは全部違うといいます。 なぜなら、250万年前の最初の人類から、200万年間それら全部の要素があったのに、まだ人類は食物連鎖の中ほどで、それほど繁栄していなかったのです。 そして、約30万年前に火も使うようになりましたが、15万年前でも人類はまだ取るに足らない生き物で、火の使用も答えになりません。 また、ホモ・サピエンスよりもネアンデルタール人のほうが、脳が大きく、力もあったようです。 では、何が決定的だったのかというと、『 サピエンス全史』では、7万年前にホモ・サピエンスに起きた「 認知革命」だといいます。 さらに『 サピエンス全史』では、その後の「 農業革命」と「 科学革命」が起きたことが大きいとしていますが、それは認知革命があってのことです。 そして、それらの2つは、認知革命の強みをより強化するものですので、『 サピエンス全史』では、この認知革命によって、ホモ・サピエンスは現在、地球全体に繁栄していると言うのです。 認知革命とは? では、『 サピエンス全史』でそれほど重要な「 認知革命」とはどんなことなのでしょうか? それは、現実に存在するライオンの危険性を伝えたり、ずるい人の情報を共有して社会を守ろうとする話の力でもありません。 「 現実には存在しない虚構(フィクション) を信じ、語ることのできる能力」が人類の繁栄に決定的だったといいます。 普通、ありもしない虚構を信じたら、判断を誤ってしまうので、危険だと思います。 ところが、このフィクションを信じる力によって、人類は多くの人が協力できるようになったのです。 チンパンジーでもするような、ハグやふれ合い、キス、毛づくろいなどで個人的な人間関係を築くのは、150人が限界で、それ以上の力を合わせることができません。 ところが、虚構を信じ、語る認知能力で、神話を作ることで、150人よりはるかに多くの面識のない人が、同じ神話を信じ、協力することができるようになるのです。 そして、この虚構は、すぐに別の虚構に入れ替えることができます。 それは進化よりはるかに早く、ホモ・エレクトスは、200万年の間同じ石器を使っていたのですが、ホモ・サピエンスは、次々と新しい神話やイデオロギーを生み出して、急激な発展を遂げることができるようになったのです。 こうして、7万年前にこの認知革命が起きてから、ホモ・サピエンスはアフリカを出て、急速に世界中に広がっていきます。 そしてなぜか他の人類は次々と絶滅し、約3万年前に最後に残ったネアンデルタール人が絶滅して、私たちホモ・サピエンスだけが残ったのです。 農業革命 約1万年前に農業革命が起きたことは、『 サピエンス全史』で言われなくても、もともと多くの人に知られていたことです。 それまで250万年の間、狩猟採集生活をしていた人類が、約1万年前に農業を始めました。 小麦や稲、トウモロコシを作り、ブタや馬などの家畜を使うようになって、安定した豊かな生活ができるようになり、人類は躍進したというのがこれまでの見方でした。 ところが、『 サピエンス全史』では、確かに手に入る食糧は増えて、人口は急速に増えたものの、個人の生活は狩猟採集生活よりも困難で、労働時間は長くなり、貧富の差を生んだといいます。 朝から晩まで小麦を世話することは楽なことではなく、私たちの体はそのために進化したのではないので、首や背中、腰に負担がかかり、ヘルニアなどの多くの病気がもたらされました。 そして、穀物を中心とする食生活では、ビタミンやミネラルが不足しがちになります。 さらに、思ったより生産が不安定で、日照りやイナゴで不作の年には、たくさんの餓死者が出ました。 また、一カ所に定住しなければならないため、敵が攻めてきたときに逃げることができず、暴力で死ぬ人が増えます。 農耕によって500万人ほどだった人口が、2億5千万人ほどになりましたが、人類は、より大きな結果を求めたために、その分大きな苦しみを抱えてしまったというのです。 社会の拡大 こうして、人口がどんどん増えて紀元前3000年には、人口何十万人のエジプト王国、紀元前2000年には、人口100万人のアッカド王国、紀元前1000年には、人口何百万のアッシリア、バビロニア、ペルシア、紀元前200年には人口4千万人の中国を秦が統一し、ローマは人口1億人の地中海沿岸を統一します。 この巨大な帝国を支えたのが、認知革命でできるようになった虚構を信じる力です。 それが共通の神話を信じることであり、ハンムラビ法典などの法律を信じることです。 それが文字の発明によってより多くの人に伝えられていきます。 こうしてやも生まれます。 このようにして人類は、見ず知らずの人と協力する体制を作っていきますが、特に大きな3つは、国ととお金です。 その3つの中でも、最も普遍的で最強なのがお金です。 は、最初、貝や皮、塩、穀物などが使われましたが、それらに価値があるというのは、虚構です。 現在でも、単なる金額の印刷された紙に、額面の価値があるとみんなで申し合わせただけです。 ところがそのお金によって、物々交換よりもはるかに便利になり、世界中のまったく見ず知らずの人と協力して何かを成し遂げることができるようになったのです。 ところが同時に、あまりにお金を強く信じるが故に、利害打算で名誉や愛、果ては人の命まで売り買いする、無で邪悪な側面も出てきたのです。 このように農業革命によって、認知革命による虚構を信じる力の強みが、飛躍的に強く発揮されるようになってきたのです。 科学革命 この科学革命からは、『 サピエンス全史』の下巻になります。 人間が史上空前の発展を遂げたのは、西暦1500年頃から始まった科学革命でした。 それからわずか500年で、人口は14倍、生産量は240倍、エネルギー消費量は115倍に増えています。 それまでの人類は、宗教の聖典にすべての答えがあると信じていましたが、科学革命で自分たちは無知だと気づいた人類は、世界を探求し始めます。 そしてに投資して力を手に入れられると信じるようになったのです。 1767年にイギリスのクック船長が科学的な天文観測を目的とする遠征をしました。 ところが得られた知識は軍事的な価値が高く、到達した土地は、イギリスが外国を占領する上での拠点となりました。 逆に、帝国は科学に投資するようになり、科学は帝国主義が結びついて成長するようになります。 資本主義と株式会社 さらに資本主義が科学と帝国の躍進を支えます。 それまでは実物のお金しか使いませんでしたが、信用(クレジット)というお金が生まれました。 科学革命で、未来は過去よりもよくなると信じられるようになり、信用が流通するようになったのです。 この資本主義の先駆けが1776年にアダムスミスの『 国富論』です。 商売で得た利益を生産に再投資すれば、商売はみんなを裕福にするというものです。 こうして金持ちから資本を集めて事業を興す株式会社が設立されます。 さらに、200年程前に蒸気機関を発明して産業革命が起こり、エネルギーを変換する方法が見つかります。 次々に石油や電気が発明され、エネルギーの供給源となります。 こうして飛躍的に伸びた生産量を支えるのが、の満足はすばらしいものとする消費主義です。 お金持ちは投資する資本主義と、それ以外の人が買う消費主義が表裏一体となって、人類は経済発展を続けているのです。 サピエンス全史を一貫するテーマ このように、認知革命によって大きな発展を遂げ、地球上に君臨した人類ですが、 「 それでになったのか?」 というのが、『 サピエンス全史』を一貫するテーマであり、問題提起です。 多くの人は、狩猟採集生活よりも、豊かで健康な生活をしている現代のほうが、幸せになっていると思います。 自分の外側の要因 そこで幸福についての研究結果を振り返ります。 まず、貧乏な人にとって、生活ができるようになるまでは、お金は幸せをもたらします。 ところが、生活ができるようになると、お金の喜びは数週間以内に消えてしまい、幸福感にそれほど影響しないといいます。 そのほか、お金や健康、さらにはコミュニティの人間関係にも、幸福感はそれほど左右されないといいます。 自分の内側の要因 では、自分の外の要因ではなく、自分の内なる要因ではどうかというと、これまで幸せだと言われている快楽と、意味を感じることの2つについても検討します。 まず、快楽については、感じる原因が、脳内の化学物質であることが分かってきました。 例えばセロトニンやドーパミン、オキシトシンから幸福感が生じます。 だとすれば、変わらない幸せを得るには、脳内の幸福感を感じさせる化学物質を出し続ける方法を追及することになります。 ところが、この方法は多くの人は恐ろしいと感じるようです。 そこで次に、人生に意味を感じられればいいという説を検討します。 ニーチェの言葉にもあるように、を感じられれば、どんなにもたいてい耐えられます。 無意味な人生は、どんなに快適でも厳しい試練なのに、有意義な人生は、困難のただ中でも満足がいきます。 ところが、『 サピエンス全史』では、 「 純粋に科学的な視点から言えば、人生にはまったく何の意味もない」(サピエンス全史) とします。 そして、これまで論じてきた認知革命の「 虚構を信じる力」からすれば、 「 人々が自分の人生に認める人生の意義は、いかなるものも卓なる妄想にすぎない」(サピエンス全史) と切り捨て 「 幸福は本当に、自己欺瞞あってのものなのだろうか?」(サピエンス全史) と、これらは本当の幸せではないといいます。 サピエンス全史の結論 こうして人類の繁栄の最大の要因を認知革命とし、幸福という観点でその歴史を追ってきた『 サピエンス全史』の結論は、こうなります。 「 不幸にも、サピエンスによる地球支配はこれまで、私たちが誇れるようなものをほとんど生み出していない。 私たちは環境を征服し、食物の生産量を増やし、都市を築き、帝国を打ち立て、広大な交易ネットワークを作り上げた。 だが、世の中の苦しみの量を減らしただろうか? 人間の力は再三にわたって大幅に増したが、個々のサピエンスの幸福は必ずしも増進しなかったし、他の動物たちにはたいてい甚大な災禍を招いた」(サピエンス全史) 7万年前、アフリカの片隅で生きて行くのが精一杯だったサピエンスが、全地球の主になって大きな力を手に入れても、誇れるものは生み出せず、一人一人の苦しみは減らなかった、というのが、人類250万年の歴史をひもといた『 サピエンス全史』の答えなのです。 ところが、『 サピエンス全史』が一縷の望みをかけているものがあります。 それが仏教です。 サピエンス全史の期待する可能性 『 サピエンス全史』では、最後、快楽も、人生の意義を問う試みも失敗した後、このように仏教の可能性を紹介しています。 「 仏教はおそらく、人間の奉じる他のどんな信条と比べても、幸福の問題を重要視していると考えられる。 2500年にわたって、仏教は幸福の本質と根源について、体系的に研究してきた。 科学界で仏教哲学とそのの実践の双方に関心が高まっている理由もそこにある」(サピエンス全史) 『 サピエンス全史』で紹介される仏教は、快い感情を幸福だと思っているが、それは束の間の心の揺らぎで、決して報われない。 それなのに束の間の感情を果てしなく求め続けることが苦しみの原因なので、感情の追及をやめると、感情と無関係な真の幸福になれる、というものです。 ブッダの教えを紹介した後、『 サピエンス全史』では、幸福の歴史の研究は始まったばかりなので、この努力をすべきだといいます。 仏教から見るサピエンス全史 ところが、この『 サピエンス全史』に記されていることは、約2600年前に仏教に説かれていることばかりです。 次は、仏教から『 サピエンス全史』を見てみましょう。 例えば、農業革命によって、たくさんの食糧を手に入れたものの、一人一人の生活は苦しくなったということは、仏教では 「 たまたま一あれば、また一をかく」(大無量寿経) と説かれています。 たまたま何か一つを手に入れると、何か一つが足りなくなるということです。 また、「 お金や健康、さらにはコミュニティの人間関係にも、幸福感はそれほど左右されない」ということは、 「 尊と無く卑と無く、貧と無く富と無く、少長・男女共に銭財を憂う。 有無同じく然り。 憂き思いまさに等し」(大無量寿経) と説かれています。 地位の高い人も低い人も、年上の人も若い人も、男も女もみんなお金や財産の心配をしている。 有っても無くても心配やがなくならないのは同じである。 どんな人も、憂いや苦しみがなくならないことは同じなのだ、ということです。 また、快い感情が一時的だというのは、「 快い感情」というのは欲望のことで、仏教では代表的なです。 煩悩というのは、私たちを煩わせ、悩ませるものということで、欲望を求めれば求めるほどもっと欲しくなって苦しまなければならないと教えられています。 欲望は無限なので、一時的に満足してもすぐになれてしまい、決して満たされることはありません。 そして、『 サピエンス全史』のキモである認知革命によって、人は虚構を信じているというのも、仏教では昔から教えられています。 には、 「 一切の法は、なお夢・幻・響きのごとし」(大無量寿経) と教えられています。 すべてのものは、夢や幻、音響のようなもので、実体はないのだ、ということです。 夢とか幻は、現実にはないものが、一時的にあるように見えたものです。 まさに虚構です。 このことをはこういわれています。 「 世間虚仮 唯仏是真(せけんこけ ゆいぶつぜしん)」 みんなが信じて幸せになれると思っている、お金や財産、地位、名誉というものは、すべて虚構なのだ、ということです。 多くの人が、とかだと思っているのは、本当の生きる目的ではなくて、生きる手段だということです。 このような虚構も、生きる手段としては、とても有意義です。 しかしそれは本当の幸せを与えるものではないというだけです。 だから、本当の生きる目的を知らず、生きる手段だけを求め続けていると、人生には限りがあるので、大変なことになります。 『 サピエンス全史』では、仏教の教えは表面的なの部分しかふれられていないので、そこまで書いてありませんが、聖徳太子が「 唯仏是真」といわれているように、仏教には、本当の苦しみ悩みの根本原因を絶ちきって、真の幸せになる道が教えられているのです。 『 サピエンス全史』はおそらくそれを察知して仏教の可能性に期待したのだと思いますが、まったく正しい洞察と言わざるを得ません。 では、その本当の苦しみの根本原因と、本当の生きる意味は何か、ということについては、 仏教の真髄ですので、メール講座と電子書籍にまとめてあります。 一度目を通しておいてください。 メニュー•

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ホモ・デウス(上) / テクノロジーとサピエンスの未来

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「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」 フランスの画家ポール・ゴーギャンが2度目のタヒチ滞在中に描き上げた作品のタイトルだ。 画面には人間の誕生と成長、そして死を目前にした晩年が幻想的な筆致で描かれている。 観る者の内面にさまざまな思いを喚起させる力を持つこの絵は、紛れもないゴーギャンの最高傑作だ。 なぜこの絵は観る者に訴えかけてくるのか。 それはこの絵がまさに人類の究極の問いについて描かれたものであるからに他ならない。 人類(ホモ・サピエンス)の来し方行く末こそ、私たちにとっての最大の謎である。 気鋭の歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリの「サピエンス全史」は、この究極の問いのうち、「私たちはどこから来たか」を解き明かそうと試みたものだった。 歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリ かつて地球上にはさまざまな人類種が存在したが、なぜホモ・サピエンスだけが生き残ったのか。 ハラリはその理由を、7万年前にホモ・サピエンスの脳に起きた「認知革命」に求めた。 これによってホモ・サピエンスは、「虚構」を操る力を手に入れたのだ。 この能力によって人類は、言語を獲得し、「神」や「国家」などの概念を生み出した。 目に見えないものを崇めたり、自らの身体スケールを遥かに超える大きさの共同体をイメージして、互いに協力したりするようになったのだ。 今よりも豊かな生活や、まだ見ぬフロンティアなどを想像する力を手に入れた人類は、文明を生み出し、イノベーションによって進化のエンジンを加速させ、この星の歴史上、もっとも繁栄する生物となった。 「虚構」というコンセプトひとつで人類史をクリアに見通してみせた「サピエンス全史」は、またたくまに評判となり全世界で800万部を超えるベストセラーとなった。 「ホモ・デウス」は、「サピエンス全史」に続く待望の新刊だ。 人類の来し方について描いた前作に対して、本作は私たち人類がどこに向かおうとしているかを壮大なスケールで描き出す。 ビル・ゲイツやダニエル・カーネマン、カズオ・イシグロらが本書に熱のこもった賛辞を贈っているが、それも当然、「ホモ・デウス」は前作を上回る知的興奮が約束できる傑作なのだ。 ホモ・デウスとは何を指すのか 人類の歴史を振り返ると、飢饉や疫病、戦争によって人々の生存は脅かされてきた。 ところがいまやこれらは克服されつつある。 もちろんこれらの問題が根絶されたわけではないが、実際には飢饉で死ぬよりも肥満で死ぬ人の方が多く、疫病よりも老化で、戦争よりも自殺で死ぬ人のほうが多いのが現実だ。 ハラリは、この3つの問題を克服しつつある人類は、次のステージに向かうのではないかと見ている。 次なるステージで人類が目指すのは、不死と幸福と神性の獲得だ。 サピエンスは自らを神(デウス)にアップグレードさせ、ホモ・デウスになるのではないかというのが、本書の予見する未来である。 とはいえ、ピンとこない人のほうが多いだろう。 たとえば人類が不死の存在になるなんて、そんなことが本当に可能なのだろうか、と。 当然の疑問だろう。 ところがこの動きはもう現実のものとなっているのだ。 現代科学の最重要事業は死を打ち負かし、永遠の若さを人間にもたらすことだと考える科学者が増えている。 グーグルは「死を解決すること」をミッションに掲げる子会社を設立しているし、投資ファンドのグーグル・ベンチャーズは生命科学や寿命延長などに取り組むスタートアップに巨額の投資を行なっているという。

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