ブレイディ みか こ 息子。 ブレイディみかこ「ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー」著者の気になる経歴は?

ブレイディみかこの夫や息子のこと、妹の意外なつながりについてご紹介します

ブレイディ みか こ 息子

リンク 幼少期は家庭があまり裕福ではなかったというブレイディみかこさん。 福岡に生まれ、出身高校は 福岡でもトップクラスの進学校「修猷館高校」偏差値は70を超えます。 ロンドンやダブリンへを転々とし、一度日本に戻るも再度渡英。 1996年には現在の居住地であるブライトンに住み、 2006年には出産。 翌年に保育士見習いを始め、最初はお小遣い稼ぎにライターの仕事を始めたんだそう。 無料託児所の創設者が地元の伝説の幼児教育者であり、親なら見逃すような成長のあとを詳細に記録するプロだったそうで、その方の 「平等も自由も大切だ、両方あってしかるべき」 という理念に共感。 師と仰いでいるんだとか。 当時の保守党の緊縮政策のツケが回り、託児所がつぶれたことをきっかけにみすず書房から保育士の仕事をPR誌に書いて欲しいという声がかかり、Yahoo!ニュースでも執筆依頼があり、その記事が岩波書店から出版されました。 そのデビューがきっかけとなり、現在の活動に至るようです。 リンク 2018年に同作で 第2回大宅壮一メモリアル日本ノンフィクション大賞の候補となりました。 パンクな文体で腐った政治を撃つ剛速球投手かと思えば、ユーモアと繊細さをブレンドさせた変化球の人であると称され、新聞や雑誌、Web上でも数々の連載の連載をもつ、人気の書き手として世間に認知されました。 ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルーが賞を総なめ 2019年、『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』が「本屋大賞ノンフィクション本大賞」「毎日出版文化賞特別賞」「八重洲本大賞」「ブグログ大賞エッセイ・ノンフィクション部門」の 4つの賞を総なめし話題となりました。 キノベス!2020でも第1位となり、今まさに大活躍中といえるでしょう。 特に話題を呼んでいるのは、自身初のノンフィクション作品となった『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』。 帯には「一生モノの課題図書」という文字。 連載中から熱狂的な感想が飛び交った作品です。 公立中学に通う自身の息子の葛藤と成長を描いた作品で、貧しい白人の子供が多く学力的に「元・最低辺校」であった学校生活で起きるトラブルが綴ら、移民問題や貧困問題を背景に息子さんと夫婦の日常が進んでいきます。 「多様性の時代」に生きることと直面しながらさまざまな悩みと共に乗り越えていく親子の成長物語で、世界の縮図のような日常、思春期の息子とパンクな母が織り成す、等身大のノンフィクション作品となりました。 ブレイディみかこさんの夫は一般人?息子は映画にも出演 旦那さんはアイルランド人の方。 そして息子さんのケン・ブレイディ(Ken Brady)さんは菊地凛子さんの出演された イタリア映画『Last Summer』に出演し、菊地凛子さんの息子役を演じているそう! 吉本ばななさんが脚本協力をされ、2014年の第9回ローマ国際映画祭に出品されました。 ブレイディみかこのテレビ出演に話題沸騰!SNSで反響! ブレイディみかこさんはNHK「おはよう日本」への出演を気に、一気に世間に知られるようになったようです。 受賞を機に、これまで一切断ってきたテレビ出演をされました。 「人種に関する問題や価値観の違いについてすごく考えさせられる内容だった。 僕も今はイエローでグリーンだな。 」 「息子さんの数々の言葉にハッとさせられます。 」 「一番大切だと思ったのは『他人の感情や経験などを理解する能力(エンパシー)』です。 」 等といった感想がSNSにはずらりと並んでいます。 人種差別やジェンダー、貧困、アイデンティティのことなど、考えさせられることばかりのノンフィクション本。 「息子」さんの数々の言葉にハッとさせられます。 前向きでフラットな考え方に脱帽です。

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ブレイディみかこが語る、イギリスのコロナ禍と市井の人々の生活 「おっさんにも人生があるし、おっさんは悪魔ではない」|Real Sound|リアルサウンド ブック

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大人の凝り固まった常識を、 子どもは子どもなりのやり方で 軽く飛び越えていく。 優等生の「ぼく」が通う元・底辺中学は、毎日が事件の連続。 人種差別丸出しの美少年、ジェンダーに悩むサッカー小僧。 時には貧富の差でギスギスしたり、アイデンティティに悩んだり。 世界の縮図のような日常を、思春期真っ只中の息子とパンクな母ちゃんの著者は、ともに考え悩み乗り越えていく。 落涙必至の等身大ノンフィクション。 優等生の「ぼく」が通い始めたのは、人種も貧富もごちゃまぜのイカした「元・底辺中学校」だった。 ただでさえ思春期ってやつなのに、毎日が事件の連続だ。 人種差別丸出しの美少年、ジェンダーに悩むサッカー小僧。 時には貧富の差でギスギスしたり、アイデンティティに悩んだり……。 何が正しいのか。 正しければ何でもいいのか。 生きていくうえで本当に大切なことは何か。 世界の縮図のような日常を、思春期真っ只中の息子と パンクな母ちゃんの著者は、ともに考え悩み乗り越えていく。 連載中から熱狂的な感想が飛び交った、私的で普遍的な「親子の成長物語」。 はじめに 隣の部屋から、やけに軽快なギター・リフが聞こえてくる。 もうすぐ「ザ・ファンク・ソウル・ディスコ」というコンサートに出演する息子が、本番に向けてギターの練習をしているのだ。 ファンキーなタイトルだが、それはプロのコンサートではない。 中学校の講堂で行われる音楽部の発表会だ。 演奏するのは11歳から16歳までの中学生たちで、息子は下級生グループの中にいる。 だから、コンサートでもその他大勢的なパートを与えられているだけなのだが、まじめな性格なので日曜の朝から練習に没頭している。 「おめえ、ちょっとアンプの音量を落としてくれねえか。 テレビが聞こえねえぞ!」 と階下から叫んでいるのはわたしの配偶者だ。 夜間シフトでダンプを運転して帰ってきたばかりなので気が立っているのだろう。 23年前にわたしが知り合った頃は、ロンドンの金融街シティというところにある銀行に勤務していたのだが、数年後にリストラされ、また同じような仕事に就くのかなと思ったら、 「子どもの頃にやりたいと思っていた仕事だから」 と言って大型ダンプの運転手になった。 わりと思いきったことをする人である。 わたしはこの配偶者と一緒に英国の南端にあるブライトンという街にもう20年以上前から暮らしている。 そして息子が誕生してからは3人暮らしになった。 息子が生まれるとわたしは変わった。 それまでは「子どもなんて大嫌い。 あいつらは未熟で思いやりのないケダモノである」とか言っていたくせに、世の中に子どもほど面白いものはないと思うようになって保育士にまでなったのだから、人生のパラダイムシフトと言ってもいいかもしれない。 とはいえ、保育士になったおかげで、わたしは自分の息子とは疎遠になった。 彼が1歳になるとすぐに、わたしは(「底辺託児所」と自分で勝手に呼んでいた)保育施設で見習いとして働き始めたからだ。 職場には息子も一緒に連れて行っていいことになっていたが、保育士の資格を取るために実習を行っているのだから、自分の子どもと遊んでもしょうがない。 そのため、託児所で彼はほとんどわたしから引き離されていた。 こんなことをすると「なんでうちの母ちゃんはよその子とばかり遊んでいるのか」という嫉妬心で子どもがひねくれ、素行が荒れるので、保育士は職場に自分の子どもを連れて行くべきではないという人も多い。 だが、うちの息子はすくすくと育った。 託児所の創設者であり、地元では伝説の幼児教育者だった師匠アニーが、わたしが心おきなく実習できるよう、ほとんど専属保育士のように息子の面倒をみてくれたからだ。 幼児時代の息子は、わたしではなくアニーに育てられたと言ってもいい。 わたしの子どもにしてはバランスの取れた性格になったのはそのおかげだと思う。 いまでも、いったい誰に似たのかと驚くほど沈着冷静なことを彼が言うときには、彼の中から師匠が喋っているような気になることがある。 そんな風にして底辺託児所で幼児期を過ごした息子は、地元の公営住宅地の中にある小学校ではなく、カトリックの小学校に進学した。 そこは市のランキングで常にトップを走っている名門校だった。 公立だったが裕福な家庭の子どもが多く通っていて、1学年に1クラスしかない少人数の教育を行っていた。 森の中に建てられたこぢんまりとした煉瓦の校舎に机を並べ、7年間を同じクラスで過ごす子どもたちは卒業する頃には兄弟姉妹のように仲良くなっていた。 ふわふわしたバブルに包まれたような平和な小学校に、息子は楽しそうに通っていた。 たくさん友達もでき、先生たちにもかわいがられて、最終学年になったときは生徒会長も務めた。 すべてが順調で、うまく行きすぎて、正直、面白くないぐらいだった。 わたしには、彼の成長に関わっているという気があまりしなかった。 幼児のときは師匠アニーが育ててくれたし、その後は、牧歌的な小学校が育ててくれた。 わたしの出る幕はなかったのである。 ところが。 息子が中学校に入るとそれが一変することになった。 彼はカトリックの中学校に進学せず、「元底辺中学校」に入学したからである。 そこはもはや、緑に囲まれたピーター・ラビットが出てきそうな上品なミドルクラスの学校ではなく、殺伐とした英国社会を反映するリアルな学校だった。 いじめもレイシズムも喧嘩もあるし、眉毛のないコワモテのお兄ちゃんやケバい化粧で場末のママみたいになったお姉ちゃんたちもいる。 これは11歳の子どもにとっては大きな変化だ。 大丈夫なのだろうかと心配になった。 ようやくわたしの出る幕がきたのだと思った。 とはいえ、まるで社会の分断を転写したような事件について聞かされるたび、差別や格差で複雑化したトリッキーな友人関係について相談されるたび、わたしは彼の悩みについて何の答えも持っていないことに気づかされるのだった。 しかし、ぐずぐず困惑しているわたしとは違って、子どもというものは意外とたくましいもので、迷ったり、悩んだりしながら、こちらが考え込んでいる間にさっさと先に進んでいたりする。 いや、進んではいないのかもしれない。 またそのうち同じところに帰ってきてさらに深く悩むことになるのかもしれない。 それでも、子どもたちは、とりあえずいまはこういうことにしておこう、と果敢に前を向いてどんどん新しい何かに遭遇するのだ。 「老人はすべてを信じる。 中年はすべてを疑う。 若者はすべてを知っている」と言ったのはオスカー・ワイルドだが、これに付け加えるなら、「子どもはすべてにぶち当たる」になるだろうか。 どこから手をつけていいのか途方にくれるような困難で複雑な時代に、そんな社会を色濃く反映しているスクール・ライフに無防備にぶち当たっていく蛮勇(本人たちはたいしたこととも思ってないだろうが)は、くたびれた大人にこそ大きな勇気をくれる。 きっと息子の人生にわたしの出番がやってきたのではなく、わたしの人生に息子の出番がやってきたのだろう。 この本はそんな息子や友人たちの中学校生活の最初の1年半を書いたものです。 正直、中学生の日常を書き綴ることが、こんなに面白くなるとは考えたこともなかった。

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本屋大賞受賞作家ブレイディみかこさんに聞く!「エンパシー」で多様性を楽しむ生き方 | 和樂web 日本文化の入り口マガジン

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息子さんと同じことを僕も経験していたんですね ブレイディ 自分と全然違う相手とかかわって、その人のことを知ろうとするのはエンパシーの第一歩です。 2冊目(『「大家さんと僕」と僕』)の最後の8コマを読んだとき、涙がダーって流れて。 滂沱の涙。 矢部さんはこれが言いたくて描かれたのかなって感じて、泣きました。 矢部 あれは番組で出されたお題だったんです。 全部の話をまとめて1ページで、っていうめちゃくちゃな話で(笑)しかも描きたくないなぁ、という気分の時期でもあったので……ああ、描いてよかったです。 3冊目は「恋愛漫画」だって言っていただくときもあるんですけど、これも僕はそう思って描いてはいなかったんです。 男女だから恋愛の物語になるとか、そういうことでもないだろうって。 エンパシー漫画でお願いします! ここまで話しておいて何なんですけど、今日、先生に聞きたいことをレジュメにしてきたんです。 (と言って『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』とタブレット端末を取り出す) ブレイディ だから! 先生はやめてください! うわ、本の付箋すごいですね! そのタブレットで漫画を描いているんですか? 矢部 ええ。 ブレイディ ちょっと触っていいですか? 矢部 は、はい……普通の売ってるやつですけど(笑)。 ブレイディ (カバーにすこし触って)すごーい! 矢部 ええと、どれから聞こうかな(笑)。 まず、この本を読んで、自分が思っていたイギリスのイメージが完全に覆されました。 ミドルクラスとかワーキングクラスとかいくつかの階級に分かれていて階級間でごちゃごちゃしているというイメージだったんですけど、もっと複雑で、ややこしくて。 ブレイディ BBCが8年前にやった調査で、今のイギリスには階級が7つあることになってるんです。 でも、わたしの実感としてはそんなもんじゃない。 労働者階級だけをみてもモリッシーがアイコンだった80年代よりもバラけて多様化していますよ。 しかも、経済だけじゃなくて、人種とか、いろいろな要素が入ってきていますから。 矢部 だからエンパシーが必要なんですね。 ブレイディ そう! よくできました、なんて(笑)。 矢部 先生に褒められました(笑)。 あと、ブレイディさん自身のこと、たとえば子どもの頃の話とかがちゃんと書いてあるのもフェアな感じがするんですよね。 ブレイディ うれしいです。 わたしは54歳なんですけど、この年になったら自分の子ども時代とか、けっこう忘れているんですよ。 でも、いま子どもが置かれている状況を見てフラッシュバックみたいに思い出すことがあるんです。 矢部 ところで、連載では毎回なるべく違うことを書こうとしているんですか。 ブレイディ 締切に追われて書いているだけです(笑)。 でも、うちで起きていることを全部書いたら、連載の原稿枚数の10倍あっても足りないです。 矢部 その「完全版」も読みたいですけど(笑)。 ブレイディ いやいや、それはできないので、わたしが面白いと感じたことに絞って書いて。 それを毎月繰り返しているだけだから、戦略とかそういうのはないんですよね。 でも、人生と同じくそうやって行き当たりばったりに書いていく中で、第5章のエンパシーのくだりが出てきたんです。 息子がホームレスの人から飴玉をもらった。 これはどういうことだろうね、と息子と話したときにコツンときたというか、この連載で書いていくのはこれじゃないかと思いました。 だから結果的にエンパシーについて書いている本になったんです。

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