岩国神社。 岩国のシロヘビ

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岩国神社

鮎原剣神社穹崇橋は、大正6年(1917)年に完成、35個の迫石でつながれた半円に近い形状の石造アーチ橋である。 硬い石材を精密に加工し、迫石として組み合わせるのは極めて難しいが、当橋はそれに成功した全国でも珍しい花崗岩のアーチ橋である。 加えて、橋面上部が迫石のみでできていること、参道をつなぐ橋として川に対して斜めにかけられていることが特徴であり、高度な技術力が用いられている。 神社の庭園には飾り物として、形だけアーチとした橋を置くことがあるが、当橋は参拝者が川を渡るための本格的なアーチ構造の橋であり、デザインにおいても信仰上の理想である弓を描いたような美しいスタイルをしている。 当橋についての資料として、橋を含む庭園整備の費用や過程を記録した『神苑ニ関スル経費明細簿』、社格向上を願い出て、社殿、橋などの工作物についても説明をした『神社昇格願書』が残っており、当時の情報を今に伝えている。 日本橋梁史において、20世紀初頭には既に鉄筋コンクリート橋が建造されており、その時代にかけられた数少ない石造アーチ橋としえ、貴重な土木遺産である。 平成30年4月 岩国市教育委員会 そう、説明にあるようにこの穹崇橋は飾りではなく、実際に参拝者が川を渡るための橋。 単純な橋にすることもできたのでしょうが、こういった凝ったものになっているのがすごい。 鮎原剣神社 穹崇橋 上流側から 昔の建築物って、(いい意味で)必然性がないのに無駄に凝っているのがいいです。 遡れば軍用水道となる広島市(例えば)や呉市の水道施設(例えば、)なんかもいいですよねぇ。 道から橋を撮り、川に下りて橋を撮り、橋を渡って橋を撮り、再び戻って橋を撮り… 傍から見ると、"あのおじさんは何をやっているんだろう"、"何が面白いんだろう"と思われたに違いありません。 でも、いいなぁ〜、この穹崇橋。 これから桜も咲いてきそうでした。 この橋と絡めて撮りたいところですが、そんな時期になると来訪者もでてくるんだろうな。 来年以降におあずけですね。 鮎原剣神社へ 鮎原剣神社は武道の神様だそうです。 せっかくなので神社へ行ってみましょう。 穹崇橋 正面から 参道は穹崇橋からまっすぐ続いています。 鮎原剣神社 急な階段 写ってはいませんが、階段の右のほうには車が通れるほどの幅がある坂道があります。 落ち葉もあって本当に滑りそうなので階段でのぼりました。 鮎原剣神社 階段を上ると 派手なものではありませんが、雰囲気があります。 その理由は社叢に違いありません。 市指定文化財に指定されているスダジイとヤブコウジの群集、またここまで向かうまでのシイノキの森林がそう感じさせてくれるののでしょう。 神社について特別な意識がない私でも感じました。 急な階段をのぼった甲斐があったというものです。 これからも"石造りのアーチ橋"へ 広島と違って九州はとても多くの"石造りのアーチ橋"があります。 COVID-19が落ち着いたあとに出るであろう経済対策のひとつに高速道路無料化があります。 期待しちゃうなぁ〜。 しかし、九州だと日帰りで訪れるのは容易ではありません。 ツマと調整して今週は私が「もか」の世話をする、来週はツマがする、みたいな感じでしないと難しい。 でも、行きたいなぁ〜。 そのためにもCOVID-19が落ち着くことを、効果のある薬ができることを願うばかりです。

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白山比咩(しらやまひめ)神社(山口県岩国市)

岩国神社

白色の理由 [ ] が白化したもの()である。 アルビノは、によってメラニン色素を合成できなくなった生物であり、劣性遺伝のため通常個体との間にできた次世代(ヘテロ個体)では通常体色である。 また、体色が白くて目立つため天敵に捕食されやすい。 一般には自然下ではアルビノの出現は稀であり、やシロのように、飼育下で系統をコントロールすることにより維持される。 岩国のシロヘビの場合、人間の飼育下ではないにもかかわらず、高い頻度でアルビノが出現していた。 これは、地域の人々が昔からシロヘビを神の使いとして特別で大切なものと扱ってきたのが理由であろうといわれている。 シロヘビについて [ ] 天然記念物指定 [ ]• 白ヘビがに指定されたのは、(13年)。 当初は「白ヘビ生息地」として、今津地区(今津町)、麻里布地区(山手町など)および川下地区(旭町など)が生息地域として指定されたが、(47年)に「岩国のシロヘビ」という名称で生物としてのシロヘビ自体への指定替えとなった。 岩国市の中でも横山地区、今津町、山手町、旭町、車町、尾津町などで見られる。 アオダイショウのアルビノ自体は、岩国市以外の日本各地からも報告されている。 ただし、それらは自然界で累代繁殖した実績のあるものではない為、天然記念物の扱いにはならない。 シロヘビの歴史 [ ]• シロヘビが目撃されたもっとも古い記録は、『 岩邑年代記』(がんゆうねんだいき)にある、(3年)に横山地区の千石原にあった吉川邸の城門付近での、門番による捕獲記録である。 『 錦川志』(にしきがわし)の(2年)の年に関する記述には、下流にあたる、現在はの一部として今津川に架かる橋(寿橋)の一帯にあった、のに2頭のシロヘビが棲みついており、よく見かけるとある。 この後、シロヘビは、今津地区の寿橋にあたる一帯に設置されていた岩国藩やの米倉の米を狙うを餌にして、繁殖していった。 (30年)頃には、今津、川下、麻里府、室の木の各地区等、合わせて400の地域に棲んでいるといわれた。 (14年)には、上記地域に1,000頭程度が棲んでいるといわれた。 (45年)頃までは、今津川寿橋周辺や、今津地区の対岸となる川下地区でよく姿を見かけた。 シロヘビの現在 [ ]• 生息域内の都市化が進み、米倉、、といったシロヘビの棲みかが次第になくなり、また、餌となるネズミが(昭和20年)以降、伝染病対策として薬剤駆除の対象となったため、天然のシロヘビはその個体数を減らしている。 そのため、(昭和40年)3月以降、岩国市内の6か所にシロヘビの繁殖育成施設等を設けるなどの、保護策を講じている。 保護活動の主体は、岩国市および財団法人岩国白蛇保存会である。 保護活動の庇護下(繁殖育成施設等の管理下)にあるシロヘビの頭数は、(平成17年)6月の時点で943頭。 毎年の平均で1,000頭前後であったが、には782頭と減ってしまった。 、原因不明のの流行により24頭のシロヘビの死亡が確認された。 シロヘビ観光 [ ] 白蛇神社• 岩国市今津町6丁目に、観光客用のシロヘビ観覧所(白蛇資料館)が財団法人岩国白蛇保存会により開設されている。 隣接して白蛇神社もある観覧所への交通アクセスは、にある項目:シロヘビ観覧所(白蛇資料館)を参照。 岩国市横山地区にある吉香公園内にも、同じく観光客用のシロヘビ観覧所(岩国シロヘビの館)が存在する(横山2丁目6番)。 交通アクセスは、同じくにある項目:を参照。 (岩国城「山麓駅」の近く。 主要な路地から少し奥まっている。 岩国藩家老・旧目加田家住宅も近く)• 岩国駅の駅正面(西口)を出て右折すると、キャッシュコーナー(銀行)を通り過ぎた場所に、「岩国のシロヘビ」に関する説明板が設置されている((昭和48年)付)。 柵の中にあり、位置がわかり難いので注意。 伝承 [ ] 白蛇を神として崇める風習が各地に残る。 一例としては、• 白蛇の脱け殻(脱皮によるもの)を財布に入れておくと金運が舞い込む。 納屋や家屋に住み着くと、その家は栄える。 脚注 [ ] [].

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白山比咩(しらやまひめ)神社(山口県岩国市)

岩国神社

当神社は旧岩国藩主吉川経幹公が維新前後の戦役に斃れられたる22名の御霊をお慰めする為明治元年秋関所山に社殿を造営し毎年祭典が擧行されたのに起源する。 爾来 西南・日清・日露・大東亜戦争などに於て散華された戦没者を合祀し平成16年4月1日現在3,031柱の御霊を奉斎する。 明治24年岩国町関所山招魂社と称し山口県庁の管理に属していたが護国神社制度が公布されて岩国護国神社と改称する。 昭和20年の豪雨による豪雨による境内・参道の損壊により昭和28年秋関所山より現在地に社殿を移築建立し毎年4月11日と10月10日に厳粛に慰霊大祭をとり行っていたが平成14年から10月は第二月曜日に変更して現在に至る 境内の案内板より 三が日には、岩国護国神社で御朱印を頂けるようですが、通常は岩国護国神社から錦帯橋の方向(西側)に40分くらい歩いた所にある椎尾八幡宮で頂けます。 今回、私も椎尾八幡宮の授与所で頂いて来ました。 入口周辺• 門石柱• 境内前 鳥居• 手水舎• 拝殿 扁額• 神馬像•

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