生き づらい 世の中。 なんとなく生きづらい人が日本社会に蔓延してることが大問題。生きづらさは程度の問題ではない。

日本の男性はなぜこんなにも生きづらいのか(1)

生き づらい 世の中

Contents• 生きづらい人とは 「生きづらい人」「生きづらい性格」とは言いますが、そもそも生きづらいとは何なのでしょうか。 その決定的な要素としての1つに、「人と心を通わせる間の障壁」を感じる状態、人を指すのではないでしょうか。 人間関係上の摩擦、意思が伝わらない、伝えられない、人が理解できない、周囲の環境や人に溶け込めないetc… 「生きづらさ」といいうものを表面上の現象でいい表すならば、上記のように言い換えることができるかも知れません。 そのことが結局は、疎外感、孤独感、孤立感、虚無感、倦怠感、無気力感、絶望感へと繋がり、何だか分からないけれど無性な悲しみ、怒り、寂しさ、イライラ、不安、心配、恐怖といった負の感情の連鎖となって人を苦しめることになっているのではないかと思います。 それに加えて、慢性的な負の感情の定着が、人間関係へ対する疲労感へとつながるなどして、更に人同士の心の結びつき、心を通わせる障壁が生まれ、負の感情は更に重たくのしかかってくる、「生きづらい」の無限ループが生まれるというわけです。 そんな生きづらさを感じやすい人の性格や特徴として• 真面目• 完璧主義• 人に気を使いすぎる• 人の目が気になる• 人に意見を言えず人に飲み込まれてしまう またこれらを総称する「生きづらい」人に共通する特徴として「自己犠牲を払うことで自分の価値を得よう、認識しようとする」というものがあります。 恐らく考えられる大きな原因の1つに、成長過程で育つはずだった「自我」「自尊心」「自己愛」がなく自分の思うように考え、意見し、自分の思うように人生を選択できなくなっているのです。 ただ、今の私達の性格というのは人それぞれ様々なルーツやバックグラウンドがあってのものです。 それらの性格1つを取り出してきて、それがいい悪いの話ではありません。 ただ、そういった性格故生きづらさを感じて、自分の人生の生き方が分からなくなってしまい、「自分は何の為に生まれてきたんだろう」「自分は何がしたいんだろう」といった悩みの沼から抜け出すことができずに長いこと苦しんでいるのであれば、個人が持つルーツやバックグラウンドから背景に潜むものを見出し、そこから得られるヒントをもとにの解決策を見つけ出す必要があると思います。 自分の心の奥底にある思い 前章にて「成長過程で育つはずだった「自我」「自尊心」「自己愛」がなく、自分の思うように考えたり、意見したり、自分の思うように人生を選択できなくなっている」 と述べましたが、ここに「生きづらい」と感じる性格や特徴の根底にある原因が隠されていると思います。 自身の生きづらさの根底にある原因を探る1つの鍵として、よく語られるものではありますがアダルトチルドレンという概念に触れてみたいと思います。 アダルトチルドレンとは、機能不全家族という「支配的な親」「暴力的な親」「虐待を行う親」「アルコール、薬物中毒の親」「放任主義、家庭に不在がちの親」「極端に家族中が悪い、夫婦喧嘩の絶えない親」「幼少期の親の離婚や死別」など家庭環境に何等かの問題を抱えた家庭で育ったことにより、幼少期の体験がトラウマとなって心に癒されない傷を残したまま大人になった人のことを指します。 また、過干渉や過保護などの、所謂「毒親」のもとで育った子供も、ここに含まれると思います。 過干渉や過保護な親の行う「教育」と称されるものにも、子供の心に闇を落とし込み、幼少期の体験をトラウマ化させるような要素が十分にあります。 トラウマを抱えたまま成長する段階で、通常養われるはずの健全な自尊心や自己肯定感などの形成が上手くいかずに大人になった人がアダルトチルドレンです。 アダルトチルドレンの人は自尊心や自己肯定感が育まれてこなかったために「自我」がなく、あらゆる人間関係の中で自己犠牲を払うことで自分の価値を認識しようとする傾向があります。 本人的にも辛いのですが、それが辞められず、むしろその方法でしか人と関わる方法が分からずに困っていたりします。 そのため、社会に出た後も人間関係の構築に支障があったり、トラブルが絶えなかったり、コミュニケーションが取れない、そもそも社会生活に適応できないなどの2次的3次的な被害へと繋がり、友人ができない、恋人ができない、上司、同僚、部下と上手く連携がとれない、その結果仕事ができない、続かないetc… のように連鎖する被害を挙げたらきりがないのですが、学校や会社、プライベート生活において様々な支障が表れたりと、本人的にはそれらが耐え難いストレスや苦しみとなって、人生での行き場を失い、うつ病や神経症などの精神疾患を引き起こしたり、引きこもってしまい、最悪の場合は社会復帰が困難となったり自殺に繋がる恐れさえあります。 やはり人間というのは、自分が体験したことしか分からないので、周囲の人からは単純に「ダメな人」「孤立する人」「社会不適合者」としか認識されず理解も得られにくいことから、これが更に本人へのストレスや疎外感を強く感じさせる原因ともなります。 しかし過去に起こった出来事というのは変えようがありませんし、人生は続いていくのです。 親や環境、その他の過去を恨みたくなることもあるかもしれません。 それはそれでいいと思います。 気持ちが晴れなければ気の済むまで恨んでみるのも次に進む為の大事なステップかもしれません。 それが終わったら次の人生をどう生きるかを考えればいいのですから、続いてそのためのヒントについてもお話していきたいと思います。 内なる子供の存在 アダルトチルドレンという概念について、もう一段階深く掘り下げて考えてみましょう。 前章にて、アダルトチルドレンとは「幼少期の体験がトラウマとなって『心に癒されない傷を残したまま』大人になった人」のことであると定義しました。 『心に癒されない傷を残したまま』という部分が重要で、アダルトチルドレンの人が、『幼少期に心に残したその未消化の感情』のことを自分のインナーチャイルドといいます。 今の自分の心の中に存在する、満たされなかった思いで傷ついて、そこにとどまっているままの幼少期の自分の心とも言い換えることができます。 これを「インナーチャイルド」=「内なる子供」といいます。 それでこのインナーチャイルドというものを抱えたまま成長すると、本来成長過程において行われる自我の形成、自尊心、自己愛が上手く育まれず、それが大人になってからの生きずらさに繋がってくるというのです。 アダルトチルドレンの人にとって、自我や自尊心、自己愛が上手く育まれていないことによって、他人や社会との関わりの中で何らかの支障が起こること、それが生きづらさの正体の1つといえるでしょう。 それにプラスして、インナーチャイルドである幼少期の頃のあなたがずっと抱えている未処理のままの感情は、今もあなたに悲しみや虚無感というネガティブな思いを無意識下で感じ続けさせているのです。 大人になったあなたは、その感情を忘れたつもりでいて、何があったのかなんて覚えていなくても、幼少期についた心の傷がいまだに疼いているのです。 インナーチャイルドを抱えて大人になったアダルトチルドレンの人が、「 生きづらさ」を解消するための第一のキーとして必要なのが「インナーチャイルドを癒す」という考え方です。 トラウマ体験を思い出す インナーチャイルドを癒す大まか具体的な手順は次の通りです。 未処理の感情のもととなっている体験を思い出す• 未処理だった感情を十分に感じる• 感情を洗い流す このステップだけを見ると手順自体は非常にシンプルです。 ただ、1つ目の手順である「未処理の感情のもととなっている体験を思い出す」というステップが厄介で、この「体験」というのは本人の心の中で、言うなれば「幼少期にトラウマ化した出来事」なのです。 ただ、この幼少期にトラウマ化した出来事というのは、本人の無意識化では体験と感情が覚えられているのにも関わらず、意識化ではさっぱりと忘れられていて普段の日常では思い出すことがありません。 ですのでこの「トラウマ化した出来事」を思い出すことさえできれば、未処理の感情を受け流して解放することは簡単なのです。 少し話を戻して、このトラウマ化した出来事というのは、通常本人の意識下では忘れられているという部分について考えてみたいと思います。 例えば多重人格障害の人などは、受け入れがたいショッキングな出来事を体験したとき、脳がその起こった出来事、感情を受け入れることを拒否し、その体験を自分では受け入れることができないので、自分の中に異なる別人格を作り上げ、その別人格にトラウマ体験の記憶と感情を押し付けることで自身の心の平安を保とうとした結果、多重人格障害を引き起こすとされています。 原理的にはインナーチャイルドもこれと非常に良く似たものではないかと私は感じるのですが、過ぎゆく年月と共に大人になっていく心身とは裏腹に、傷ついたまま置いてけぼりにされた子供のように、満たされなかった思いなどのショック体験を、心の中で『子供(幼少期の自分)という人格』に押し付けてしまいこんでいる状態のようなものだと思うのです。 これを「記憶が解離している状態」と表現するのですが、この解離した記憶というのは、本来記憶を整理、保管されるはずの記憶ボックスから受け取りを拒否され、闇を彷徨い行方不明になっていった記憶というイメージです。 解離した記憶、すなわちトラウマ記憶は消失した訳ではなく行方不明になっているという所が厄介で、多重人格障害になるメカニズムを述べたように、それは言うなれば自分の心の中で作り上げられた別人格(あるいは子供のままの自分という人格)の記憶の中に収められているということであり、通常の日常生活の中では自分の記憶として「トラウマ化した体験」「感情」を思い出すことができないのです。 しかしながら、その記憶が収まっているのは、自分の脳みその中であることに他ならないため、それは自分の脳みその中にトラウマ化した記憶という名の「爆弾」を抱えていることになるのです。 それがつまりはあるとき理由もなく突如として襲ってくる「虚無感」「悲しみ」「無気力感」そして「生きづらさ」に大きく関わっているということです。 トラウマ体験=解離した記憶を解放するカウンセリング これらを克服する為には、心理カウンセリング等で「解離した記憶」を呼び起こし、その記憶と湧き上がる感情に目を向けさせることで、トラウマ体験の記憶と感情を受け流すという方法があります。 ただこれも腕のいいカウンセラーにセッションしてもらわなければ意味がありませんし、探すのも大変です。 トラウマの心理療法に強く着眼した心理カウンセラーの方で「大島信頼」さんという方がいます。 この本の1章でも「トラウマにより時が止まる」という見出しがあるのですが、この表現一言が「アダルトチルドレン」「インナーチャイルド」の定義と同義だと感じました。 トラウマ心理、生きづらさのメカニズムや、それらを解消する自己カウンセリング法なども詳しく解説されていますので、是非一読されることをオススメします。 生きづらい国と称される「日本」という国に暮らす私達日本人の自己カウンセリングバイブルとしてもいいぐらいではないかと個人的には思った程の名著です。 日本人というのは『集団としての一丸性を保つ個人』として育てるために『個性を消される』教育を受けてきたわけです。 そのため多くの日本人は空気を読むことに長けた半面、個性的な主張や行動を嫌い、また排除しようとしてきました。 現代では個人の価値観や生き方に対する多様性が容認されつつありますが、それでもなお人並み外れてた主張や行動は苦手としています。 現に多くの日本人は個性を持たず主張に同調しています。 だからこそ、その同調に対して同調できない人が生きづらいのです。 この自分の持っている世界観が色濃く、強ければ強いほど自身が感じる生きづらさも強いものになっていきます。 ですが多様性が認められつつある現代、そして今後の日本においてはそういった自分の世界観をしっかりと持つ人の価値というのは必然的に高くなっていきます。 なぜならそういった自分の考え主張、価値観を持っている人こそがこの日本の未来における将来的には、従来の日本になかった革新的なアイディアと習慣の変革、大きな成果と飛躍を社会にもたらす存在となっているからです。 現代はポストモダンの時代で、国家でさえ国民の生きる指針の打ち出しができず、多くの日本人が自身の生き方に迷走している真っただ中にあります。 そんな最中、急速なIT技術の発展と共に社会の在り方や価値観が大きく変動し始め、多様性はみるみる膨らんでいき、もはや国民がたった1つの価値観に収束されることはもはや不可能となりました。 そこで多くの国民が「私達が教わってきたことと違う」「どうしようどうしよう」と慌てて自分の道、指針を探し始めたんです。 つまり今になってようやく、多くの人は自分特融の主義主張、価値観がなく「私達は世間に迎合していただけだった」と気づき始めているんですね。 それで大多数に合わないから「生きづらい」「自分は社会不適合者なんじゃ?」と悩む必要や価値はどこにもないんです。 むしろ今は生きづらさを感じているぐらいのほうが間違いなくいいです。 今あなたに生きづらさを感じさせているものの正体は、自身の中にある自分なりの色、世界観であり、今後更に多様性が認められていく未来の日本においては、それが間違いなく社会の価値になっています。 だから生きづらい性格や特徴を持っているということは、むしろ誇らしく思っていていいぐらいなんです。 まとめ 「日本というのは生きづらい国」だという話もよく聞きます。 個人のバックボーン、アダルトチルドレン、うつ病など、その人の育った環境や性格の特性もありますが、日本という国自体がなんでもかんでも、どこに行ってもガチガチの規則で固められているという点は、多くの人が「生きづらさ」を感じる原因となっていることとして否めません。 またそのガチガチの規則から少しでもはみ出そうとする人や、上手く適応できない人に対して集団で白い目を向けるような空気感を作ったりというような、日本の古くの村文化的な風潮を、今なおこの現代においても世間は持ち込んでいるのです。 互いが強く監視し合い、結局は自分達が苦しくなっていく方向に空気を作り上げていっている側面があるような気がしてなりません。 もちろんそういう空気感を壊して、従来に囚われない、自由で革新的な企業や団体、個人も多くなってきたようには思います。 でもそれは一部の少数派で、いまだ古い日本の体質に縛られて息苦しい社会を形成することを手伝っている人が圧倒的に多いのではないでしょうか。 且つ、息苦しい日本で暮らす人達に中で、「生きづらい」という感覚を、自分のせいだと責めたり、育った環境や親のせいだと責めたり、、と余計に自分の首を絞めてしまう方向へと思考を走らせてしまっているという人も多いのではないかと思います。 ですが「生きづらい」と感じている人は意外にも多いはずです。 夫婦の3組に1組が離婚するといわれ、うつ病患者は年々増加し(推定300万人以上)といわれ、年間自殺者数は3万人(潜在数は10万人とも言われる)を超え、国民の10~30代の死因のトップが「自殺」であるという、日本のこの現状がそれを物語っています。 またそういった精神的に不安定な親のもとで育った子供、親の離婚や、なかには自殺による死別を子供時代に経験した人もいるでしょう。 そして子供時代に味わった大きなショック体験は、心の中に闇を落とし込み、大人になっても尚「生きづらさ」という悪影響を及ぼし続けることになります。 ですがそのメカニズムを知り、トラウマ化した体験と付随する記憶を解放する術を身に付けることで、日々感じる生きづらさは解消することができます。 本来、 生きづらい性格や特徴というものがあるというよりも、その奥底の背景に何が潜んでいるのかを探ることが、その解消のために必要なことなのではないかと思います。 つまりは何があなたの「生きづらい」と感じるような性格や特徴を作っているのか、何が「生きづらい」と感じるような思考や行動をあなたにとらせているのか。 それを探ることです。 そしてそれは.

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この生きづらい世の中で「よく生きる」ために――。いま注目されている古代哲学者の思想とは?

生き づらい 世の中

日本って経済的には豊かなのに、なんでこんなに 生きづらい国なんだろう? 僕も 日本という国に、ものすごく生きづらさを感じていました。 そんな生きづらいのが嫌になった一面もあり、アジア最貧国のネパールに移住しました。 でも、2年ぶりに一時帰国したときに思ったんです。 日本が生きづらい国だったんじゃない。 生きづらい理由は「自分」にあったんだって。 そう思うようになった理由を紹介していきます。 生きにくい世の中?日本が生きづらい国であると感じる3つの理由 日本は生きづらい国だって言われていますが、その気持ちはよく分かります。 でも、日本って経済的にはめちゃくちゃ豊かなじゃないですか。 電気も水も豊富にあるし、電車は時間通り来るし、食事するお店も清潔。 なのに、なんでこんなに生きにくいんでしょう? その理由は大きく分けて3つあると感じます。 とにかく忙しい 1つ目の理由は、 仕事第一主義でとにかく忙しいからです。 僕も新卒から3年間は大手企業で働いていたので分かりますが、日本で働いているサラリーマンって超忙しいですよね。 なんでこんなに働くんだってくらい、みんな一生懸命手を抜かず働いています。 平日なんて、朝起きて仕事行ったらあとは帰って寝るだけって人がほとんどじゃないですか? 食事・風呂・睡眠以外の時間が何もないなんてことが当たり前。 僕も、朝7時半くらいには会社にいて、家に帰るのは22時前なんていう毎日を普通に繰り返していました。 しかも恐ろしいことに、役職が上に行けば行くほど、出世すればするほど、どんどん忙しくなっていくんですよね。 これじゃあ、のんびりぼーっとする時間もないですよね。 日本の人は、生きるために仕事をするんじゃなくて、仕事をするために生きているような生活をしている。 仕事が好きで好きで仕方ないなら、それも健全だし、幸せなんじゃないかと思います。 嫌いなことにこれだけ時間を費やしていたら、そりゃ生きにくいわけです。 家族・会社以外に、自分が所属するコミュニティがない人って結構いるんじゃないですか? これは先程の一番目の理由である仕事が忙しすぎることにも関係してきそうですね。 日頃お付き合いのある人間関係が職場・家族だけってなると、やっぱり息が詰まりますよね。 同じコミュニティにず~っといると、そりゃストレスも溜まりますよ。 僕も3年間働いていた時は、会社しかコミュニティがありませんでした。 あとは、見知らぬ人と接する機会が全然ないのも1つの特徴ですね。 電車で偶然隣に座った人と、会話が始まって仲良くなるなんて全くないじゃないですか。 そして目が偶然に合っても、会釈も何もない。 冷たい感じがしますよね。 僕らは人間だから、本来人と接することに喜びを感じる生き物だと思うんです。 でも、そういう機会が特に東京に住んでいると、なかなかないように感じます。 「そりゃ生きづらいよな~」ってつくづく実感します。 「みんな一緒で当たり前。 違いは許さないし、受け入れない」という風土を社会から感じますね。 特に芸能人の不倫が一気に叩かれるようになってからは、本当に圧力が高まっています。 日本は多民族国家ではありません。 肌の色の違いも、宗教の違いも、他の国と比べたらありません。 そういったもともとの民族的な背景もありますが、それにしても最近は同調圧力が強すぎます。 同調圧力が強いと生きづらくなる理由は、 「本音」を隠すようになるからです。 「本当は違う意見なんだけど、言えない」 「本当は違うことがしたいんだけど、できない」 「本当は嫌なんだけど、嫌なことから逃げられない」 「本音」を隠すとストレスが溜まります。 僕も「本音」を出せないときは苦しかったです。 そりゃ生きづらい国だってなりますよね。 超不便なアジア最貧国ネパールより、日本の方が生きにくいと感じた理由 僕もそんな風に、日本っていう国が生きづらいなと感じていました。 それも1つの理由となり、新卒で入った会社をたった3年で退職。 「途上国で働きたい」という本音に従って、青年海外協力隊としてネパールに2年間暮らしながら働く道を選びました。 ネパールはアジア最貧国です。 THE途上国なだけに、生活は圧倒的に日本より不便です。 電気も水も満足にないし、バスだって時間通り来ません。 外食したらお腹を壊すこともしょっちゅう。 それだけ生活環境は日本よりも厳しいのですが、1つ意外なことに気がつきました。 それは、これだけ不便なネパールですが、日本よりも生きにくいと感じないのです。 まあ僕が超絶変わり者であるっていう点は否定できません 笑 でも、それを抜きにしても、ちゃんと理由を説明できます。 日本が生きづらい国であると感じた3つの理由が、ネパールでは見事に当てはまらないからなんです。 まず仕事第一主義じゃありません。 ネパールで残業をする人なんてほぼいませんからね。 それに、人間関係が広くて深いです。 結婚式に500人くらい来るのは結構普通だし、見知らぬ人同士でも普通に会話があります。 ネパールは多民族国家なので、みんな違って当たり前。 外国人にも寛容です。 そんなわけで生活環境は決して良いとは言えないネパールですが、日本よりも生きづらさを感じることはなかったです。 2年ぶりに日本に帰国。 意外にも日本に生きづらさは感じなかった 今もネパールに住んでいる僕ですが、協力隊の任期が終わったときに2年ぶりに一時帰国をしました。 2年ぶりに帰国することは楽しみもありましたが、正直不安もありました。 「あの日本社会特有の生きづらい感じをまた味わうことになるのか~」って考えると、テンションが下がりますからね。 でもいざ、2年ぶりに日本に帰国してみると、意外なことに生きづらいとは感じませんでした。 確かにスーツを着たサラリーマンたちは晴れない顔をしていたし、疲弊している感じはありました。 でも、それよりも、電気も水も不自由なく使えて、時間通りに電車が来て、何を食べてもおいしくて絶対お腹を壊さない日本は最高に生きやすかったです。 2年前、僕が日本を離れる前と比べて、日本社会は根本的に変わったわけではありません。 相変わらず仕事第一で忙しすぎて過労死する人もいるし、人間関係は狭くて希薄だし、同調圧力は一段と高まった感じさえします。 それでも、一時帰国の時に、僕は日本が生きづらい国であるとは正直感じませんでした。 日本を生きづらい国にしていたのは「自分」だった なんでかって考えたときに、すごくシンプルなことに気がつきました。 日本が生きづらい国だったんじゃない。 生きづらい理由は「自分」にあったんだって。 ネパールに移住する前、僕は「生きづらい人生」を自分で選んでいたんです。 仕事第一で忙しすぎる毎日を送っていたのは、忙しい会社に入ることを自分が選んだから。 人間関係が狭くて希薄だったのは、会社以外にコミュニティを持たないことを自分が選んだから。 同調圧力が生きづらかったのは、同調圧力に屈すると自分が選んだから。 全部、自分が選んだこと。 そりゃ生きづらくなるのは当たり前だったんです。 「日本が生きにくい国=生きにくい人生」なわけじゃない 確かに日本は生きづらい国なのかもしれません。 それは、ネパールで暮らして、日本を客観的に見ている僕も本当に感じることではあります。 でも、日本が生きづらい国だからといって、あなたの人生まで生きづらくする必要はないんですよ。 日本がいくら生きづらい国だからといって、日本に住んでいる人全員が生きづらい思いをしているわけではない。 日本を生きやすい国に変えなくても、あなた自身が生きやすい人生を生きることはできるんです。 あなたが日本を生きづらい国だと感じている一番の理由は、あなた自身が生きづらい人生を生きているから。 あなた自身が生きづらい人生を生きることを、自ら選んでいるんです。 自分の人生を生きやすくできるのは自分だけ。 自分の「本音」を体現しよう そんな生きづらい人生がもう嫌なら、やることはたった1つ。 自分の「本音」で生きることです。 あなたが本当に生きたい人生って、どんな人生ですか? あなたが本当にやりたいこと・本当に好きなことって何ですか? あなたの人生で、何を最も大事にしたいですか? こうした問いかけに対して、本音で答えること。 そしてその本音を行動に起こして体現すること。 たったこれだけで人生は生きやすくなります。 入社3年目を迎えた春。 「本当に自分がしたいことは何だろう?」と問いかけた結果、僕はネパールで働くことを選びました。 たまたま日本から出るという決断でしたが、「途上国で働きたい」という「本音」に気づいたからです。 その「本音」と真剣に向き合い、その「本音」を体現する。 たったそれだけで、人生が一気に生きやすくなりました。 日本という国が生きづらいのは事実かもしれません。 でも、あなたの人生まで生きづらくする必要はありませんし、あなたの人生を日本という国が生きやすくしてくれることもありません。 あなたの人生を生きやすくできるのは、他の誰でもなく、あなただけです。 「本音」で生きる人生にしていきましょう! 「本音」が分からないなら、無料メール講座がおすすめ でも、きっとこの記事を読んでくれているあなたは、その「本音」が分からないんですよね。 僕も、会社員をしていた3年間は、自分の「本音」が分からなくなっていました。 そんな、あなたに絶対おすすめなのがこちら。 <Googleでも出てこない! たった1時間でやりたいことが溢れ出る感動の雑談!> 1988年生まれ。 鎌倉市出身。 早稲田大学政治経済学部卒。 働くのが夢だった大企業で人事になるも「やりたいことがわからない」で約3年悩むも、ひょんなことからコーチングを受講。 たった3日で「やりたいこと」に気づき、その実現のために退職。 2015年から2年間、青年海外協力隊としてネパールでボランティア活動に従事。 現在は日本とネパールでデュアルライフ。 「やりたいことがわからない」を解決するプロとして、コーチングのプロコーチをやりつつ、ネパールでの事業を準備中。 スターウォーズ、ラーメン、たらこパスタが大好き。 124•

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「生きづらい」「世知辛い世の中」になった理由。生きづらさの原因と対処法

生き づらい 世の中

数年前から「男性の生きづらさ」が取り沙汰されています。 「生きづらい? 甘えるんじゃあない!」と切り捨ててはいけません。 なぜ、日本の男性は生きづらくなってしまったのか? 男性のさまざまな心の不調を診てきた心療内科医の海原純子先生と、男性が男性ゆえに直面する問題を研究する「男性学」を専門とする社会学者の田中俊之先生に、男性の生きづらさの正体、そして生きづらさから解放されるヒントを語っていただきました。 消えちゃいたくなる男たち 海原 今回の対談のために田中先生の著書を何冊か読ませていただいて、びっくりしたんです。 私が調べていることと、ぴったりリンクしているから。 田中 「男性学」は、日本ではあまり浸透していませんからね。 女性が抱える社会的な問題は、たとえば男性よりも低賃金だとか、職場で不当な扱いがあるとか、明白で理解されやすいのですが、男性学が課題とする「男性だから抱える苦悩や葛藤」というのは、なかなか理解してもらえなくて。 海原 本当にそうですよね。 男性の問題は本人が自覚していないし、周囲にも伝わらない。 田中 男性学は1990年代からあったんですけど、「男の働き方を見直そう」と提案したとき、バカだと一蹴されて(笑)。 でも、「働きすぎ」は典型的な男性問題で、仕事が「逃げ」になっているから、さまざまな問題を抱えてしまうんです。 海原 日本では、男性は毎日会社に行って仕事をしていれば、それでよしとされてますからね。 85年に男女雇用機会均等法が制定され、80年代から女性たちは自分の生き方を模索し始めたのに、男性たちは大学へ行って就職すればエスカレーター的に一生が決まるものだと、考えようとしなかった。 女性の意識より30年遅れているんですよ。 田中 海原先生は、なぜ男性問題に興味を持たれたんですか? 海原 私はもともと、女性の健康問題に取り組んでいたのですが、産業医の現場や外来で男性たちのとんでもない状況に出くわして、「このままでは男の人たちはみんな死んじゃう!」って(笑)。 日本の男性って本当にかわいそうだと思うんですね。 職場でつらい目にあったり、上司は変な人だったり。 高度成長期は仕事をしていればなんとかなったけど、リストラだなんだと状況が変わってきた。 つらくなって消えちゃいたくなる気持ち、わかりますよ。 田中 男性は学校を卒業したら定年まで、「働く以外の選択肢がない」ところに問題があると思うんです。 海原 お父さんが仕事を辞めたら、家族が食べていけなくなりますからね。 だから、定年直後にうつになる人が多い。 田中 定年退職した人にインタビューすると、喪失感や虚無感がすごくて。 当たり前ですよね。 1日10時間近く、40年間もやってきたことが、いきなり「ない」って言われちゃうんだから。 海原 名刺もなくなりますしね。 定年した患者さんから「以前はここにいたんです」って、現役時代の名刺を渡されたことがあって。 それはもういいんだけど、みたいな。 田中 自分が抱えている問題を、認識できないんですよね。 海原 特に、日本の男性がそうでしょ? 日本と韓国って特殊ですよね。 田中 おっしゃる通りで、日本も韓国も基本的に「男は仕事、女は家庭」という性別分業で長時間労働、そして男性の自殺率が非常に高いんです。 そもそも、40年間も仕事だけで人生を費やすって、かなり特殊なことですよね。 だから問題を抱えるのに、当事者がその問題と向き合おうとしない。 その理由を考えると、高度成長期以降の日本は、「男は仕事」という評価を疑わないことで社会が回ってきたからだと思うんです。 弱音を吐けない男たち 海原 かつては男性も女性も性別分業が楽だったけど、今の日本の経済状態では、その社会構造は成り立ちませんよね。 社会が変わったのに、男性の意識も女性の意識も、その変化に追いついていない。 社会が変化し始めたとき、男性はもっと生き方の多様性を探るべきだったのに、「男は仕事」という評価がそのまま続いているところに問題があるんでしょうね。 田中 社会の変化よりも、当然、人の意識の変化のほうが遅いですからね。 そこに発生した男性の問題は「過渡期だから」という言葉で済まされがちですが、変化に適応できない人は過渡期で困っているわけです。 定年退職者のフォローが必要だと言われ続けているのに、「楽しくやってるんじゃないの」みたいなイメージが先行して、どうケアするかという議論はほとんどない。 そうこうしているうちに、うつになったり。 行くところがなくて近所を散歩すれば、「あのおじさん、いつもうろうろしてるのよ」って怪しまれたり(笑)。 海原 問題を抱えている男性は、定年退職者だけではありませんよね。 田中 そうなんです。 たとえば、「平日昼間問題」と呼ばれているのですが、平日の昼間にぶらぶらしていると好奇の目で見られるのも、定年退職者に限ったことではなくて。 働き方は多様化しているのに、「普通の男性」は、昼間は仕事に行っているという画一的なイメージが根強くあるんですよ。 海原 社会全体が変わるって難しいですからね。 でも、そういった男性たちの問題は、今、きちんと根本から対処していかないと、社会は大変なことになってしまいます。 田中 「仕事中心の生き方はダメだ」という意見は90年代に出てきましたが、「フリーター」や「ニート」の出現で、その流れが止まったんです。 フリーターは、最初は「自由でいいよね」と持ち上げられていたし、ニートも本来は、仕事がなく、学校にも通っていない若者を統計的に割り出して、助けるための言葉だった。 ところが景気が悪くなったので、彼らを否定することで「正社員こそが正しい生き方」「働くのが普通」というルールを延命させてしまったんですよ。 だから、いつまでたっても根本的な問題が解決されない。 海原 誰もが根本的なことはやりたくないんですよ、大変だから。 病気も同じで、根本の原因を探ろうとせず、「とりあえず、この薬飲んで」と応急処置で済ませる。 特に男性の医師はそうですね(笑)。 田中 働く以外の選択肢がないことから発生する男性の問題はいろいろあって、「つながりがない」「友だちがいない」というのもそうです。 お父さんが会社に行っていれば、友だちがいなくても誰もおかしいとは思わない。 自他ともに認識がないんです。 海原 「つながり」や「友だち」ってすごく大事なんですよ。 仕事がうまくいかなくても、「大変だよね」って言ってくれる仲間がいるだけで救われるのに、今の会社はそういうコミュニケーションがまったくなくなっちゃってる。 そういうところも、男性の生きづらさの背景にある気がしますね。 田中 コミュニケーションといえば、海原先生の著書『男はなぜこんなに苦しいのか』(朝日新書、2016年)には、男性の「合理思考」も問題だと書かれていますよね。 弱音を吐いても意味がない、という考え方。 海原 そう。 話したからといって、相手が自分の会社をどうこうしてくれるってわけじゃない、問題は解決されない、と。

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