おおかみ こども の 雨 と 雪 ネタバレ。 身近な母親たちがきっかけで生まれた映画『おおかみこどもの雨と雪』ネタバレあらすじ

【おおかみこどもの雨と雪】ネタバレ感想評判!母性感じる細川守監督作!

おおかみ こども の 雨 と 雪 ネタバレ

本作が劇場公開されたのは昨年の7月。 試写会の招待券までゲットできていたにも関わらず、タイミングを逃しまくってしまって、結局観ることが出来なかった本作『おおかみこどもの雨と雪』。 この度、Blu-rayにてようやく鑑賞することが出来ました。 そんなわけで待望の作品だった本作ですが、個人的には 超思い入れのある作品になってしまいました。 もちろん本作が公開していた頃は奥さんが妊娠中だったんですけど、 「育児真っ只中」という今のタイミングで観たことが非常に意味を持ってくる作品だったんですよ。 そして、「うちの子のうんこが、今日はいつもよりくさかった。 」なんてことに怯んでしまう僕は、どう考えてもまったく「親としての覚悟」が足りないわけで。 雪と雨と名づけられたその子どもたちは、人間と狼の顔をあわせもった「おおかみこども」で、その秘密を守るため家族4人は都会の片隅でつつましく暮らしていた。 しかし、おおかみおとこが突然この世を去り、取り残されてしまった花は、雪と雨をつれて都会を離れ、豊かな自然に囲まれた田舎町に移り住む。 感想 というわけで、「育児」まっただ中の僕にとって非常にタイムリーな作品で、かつ、今後の子どもとの向き合い方について深く考えさせられる作品だった本作。 どう考えても、かなり「好き」な作品だったわけですが、褒めちぎる前にまずは ちょっと気になったところから。 本作についての唯一の不満点。 それは、本作のアニメーションとしての表現の部分。 本作が公開した当時、いろいろなところで「かなりいい!」という評判を聞いていて、その中でも 「映像が超きれい!」ってのが、よく聞く評判の一つでした。 というのも、本作の表現って 「背景は実写に近いようなにカチッとした絵」で 「人物はややデフォルメされたやわらかい絵」で構成されているんですよ。 そして、これは僕が目が悪いくせに裸眼でうろついているのが良くないんでしょうけど、 「情報量が多いものやくっきり鮮明なもの=近くにあるもの」「情報量が少ないものやぼやっとしたもの=遠くにあるもの」と認識してしまうようわけで。 つまり、本作におけるアニメーションの表現と僕の脳の処理との間で、完全に 遠近感が逆転しているんですよ。 そんな状態なもんで、なかなか自分の中で遠近感が安定しなくて、脳が誤作動しているような感覚から抜け出せず。 なかなか、作品の世界観に入っていくことができませんでした。 「そういう絵がみせたいなら実写でやればいいのに。 」「2次元アニメで表現したいことがあるから、2次元アニメを作ったんじゃないの?」って思ってしまうんですよ。 どうしても。 これって、僕が話題になったアニメしか見ないミーハー野郎で、単にアニメの表現に慣れていないというだけなのかもしれないけど、本作に関しては 「アニメをあまり見ない人が観る映画」ってことが想定できたわけだからさぁ、、なんていう身勝手な気持ちになってしまいました。 ただ、作品中の「本棚から本を取り出すシーン」で、キャラクターが本を手にした瞬間、本棚に並んでいた時とは 本の質感が変わってしまうところがあったりするわけで。 少なくとも、背景と前景とで「絵」の質感が違うことが無理を生んでいる部分があるのは事実。 すげー細かいことなのかもしれないけれど、どうにも気になってしまいました。 それでは唯一の不満を吐き出しきったところで、ここからはビシビシと褒めちぎりたいと思います! 冒頭にも書いたとおり、僕は本作のテーマを 「親としての覚悟」と受け取ったわけですが、まさにその集大成とも言うべき、 クライマックスでの花が雨に向ける言葉は本当にスゴイ。 (思いっきりネタバレになりますが)本作の終盤の展開をざっくり言うと、おおかみおとこと人間の間に生まれた「雨」と「雪」は、「おおかみこども」として成長しながら、やがて「おおかみ」として生きるか、「人間」として生きるかという決断を迫られる、というのが本作における一番大きな展開。 そして紆余曲折ありながら、おてんばで「おおかみ」モードで大暴れしてばかりだった姉の「雪」が人間としての道を、ひ弱だった弟の「雨」がおおかみとしての道を歩くことを決めます。 ただ、「 雨」が選んだ道というのが、「おおかみ」の姿で生きていくというだけではなく、大雨で命を落としてしまった森の長(老きつね?)の代わりに、 森と、そこに生きる動物たちを守っていくという道で。 そして、明示的には語られないものの、その道を歩くということは 「花や雪とは、もう二度と会えない」ということを意味しているっぽいわけです。 花から見た「雨」は、まだ 10歳の男の子なわけで。 そしてそれ以上に、 散々愛を注いできた我が子と、二度と会えなくなってしまうことの悲しさに花は泣き、「行かないで!」と叫ぶわけです。 「元気で!しっかり生きて!」と。 「元気でいて!」と。 わずか10歳で自分の生き方を見つけ、歩みだした息子の背中を押すわけですよ! 泣くのをやめて。 笑顔で。 その言葉を最愛の人へ向けて放つことのできる花の 強さに、すげーグッと来てしまいました。 というわけで、最後には「花」の姿勢に完全に心を打たれてしまったわけですが、実は 序盤から中盤過ぎくらいまで、僕は「花」をあまり良く思ってもいなくて。 おそらく、その最大の理由というのが、花の声を演じているのが 宮崎あおいってところ。 宮崎あおいという女優を最初に知ったのがあの『 』だったせいなんでしょうけど、僕は、宮崎あおいに対して 「この人、なんか怖い。 」という印象を持っていて。 はっきりとした原因があるわけではないんですけど、 「なんか嫌な感じだな」という先入観を持ってしまっているんですよ。 だからなんでしょう、本作における「花」という人物も、 なんか嫌でした。 僕も奥さんと二人で一人の息子を育てているわけですが、それすらなかなか大変。 なので、 女手一つで二人の子どもを育てることが想像以上に大変なのもわかるし、生まれた子どもが「おおかみ」なのか「人間」なのかわからず、どうやって育てていいかもわからないため他人に頼れない部分があるのもわかりますよ。 でも、例えば病院に連れて行かないとか、検診や予防接種を受けさせないなんていうのは、やっぱりどうしても理解できないし。 ましてや、周囲の人に対して 「ほっといてください!」という姿勢なのは ものすごいエゴだなと思っちゃうわけで。 まあ、僕が 「しなくて良い苦労はしないに越したことがない」という考えの下、効率的かつ打算的に生きようとしちゃう性格なもので。 きっと花のようなタイプの女性とは根本的に性格が合わないんだろうな~ってだけの話なんですけどね。 「自分と違う考え方」をする人って、「合わない」とか「苦手」とか、行き過ぎると「あいつ嫌い!」と思う人だったりもするんだけど、 自分と違う考え方をするからこそ「尊敬」の念を抱くこともあるわけです。 まさに、クライマックスでの花の行動は、今の自分にはきっと出来ない行動なわけで。 それは確かに自分の中にあると思っていた気持ちだったんだけど、その夢が 「自分の価値観と照らしあわせてみて問題ないもの」という範疇しか想定していなかったことに気がついてしまって。 子どもが間違った道を進んでいたら止めるのが親の務めだと思いつつも、それが「間違っている」という判断は自分の価値観にすぎないわけで。 じゃあ自分の価値観が正しいということを、僕はどうやって確信できるんだろう。。。 いやいや、これは本当に難しい問題。 それでも、いつかは直面する問題なわけです。 花の姿を見ていると、そこまでの覚悟が自分にはまだ出来ていないことを痛感してしまいます。 ただ、いつか来る「子どもとの別離」という一大イベントの難しさ。 その片鱗を見ることが出来たのは本作のおかげです。 ひとつ 大きな励みなのは、「常に笑っていること」を信条としているはずの花が、親として成長する直前には、 かならず泣いているという点。 やはり 人は笑っているだけでは成長できないんだ、と。 そして、 つらい時には泣いてもいいんだ、と。 そんなことを考えながら、 泣きながら強くなっていく花の姿を、どこか心強く感じました。 いやー、なんだかんだでやっぱり 「涙の数だけ強くなれる」わけで。 youtube. 先日観た『桐島』ほどではないにせよ、かなり 「自分ごと」として感じられる映画で、大きく感情を動かされるてしまいました。 そして、僕にとっての本作は、 僕自身とうちのオカンとの関係や、 奥さんと息子の関係を投影しやすかったせいか、完全に 「雨くんの物語」。 雪ちゃんは脇役だったんだけど、彼女の物語もあれはあれで深刻で切実なわけで。 雪ちゃんにガッツリと感情移入した人の感想なんかも聞いてみたいものです。 とりあえず、 「雨くんがいなくなったことをご近所さんになんて説明したんだろう。。。

次の

映画『おおかみこどもの雨と雪』評価は?ネタバレ感想考察/かわいさと親ばなれ!個性は封印すべきか

おおかみ こども の 雨 と 雪 ネタバレ

打ち合わせ後に時間があったので、どさくさに紛れて、『』を観てきました。 細田作品は、『サマーウォーズ』、『時をかける少女』の順番で観て、劇場で観た『サマーウォーズ』は 今更ながらサマーウォーズ見てきた。 老若男女オタク非オタ誰にでも勧められる傑作。 10年に一作のレベルじゃね?笑って泣けて、すんげぇよかった。 唯一の難点は作画はもう少しなんとかならんかったのか。 貞本さんの絵が台無し。 できるだけ事前情報は入れずに、観てきたのですが。。。。 さて、ネタバレしまくりなので、ネタバレが嫌な方はここから先は見ないでください。。。。 かなりシナリオがシンプル 細田作品の魅力って練られたシナリオだと思ってたので、シンプルすぎて驚いた。 『時をかける少女』はタイムリープの話だから、当然シナリオはリープを繰り返して楽しめる内容にならなければいけない。 『サマーウォーズ』は大家族ものかつSNSを扱っており、どうやってあれだけの人数と仮想世界であるOZの世界で描くかというのを、うまくやってのけた。 先日放映されたテレビ版ではまるごとカットされている高校野球とのシンクロは、「離れていても一緒に闘っている」という「つながり」を示すあの映画の醍醐味でもある。 が、「おおかみこどもの雨と雪」は非常にシンプルだ。 おおかみおとことのこども2児ができたら旦那が死んでしまったので、三人は人目を気にせずに子育てできる田舎に引っ越しました。 当初は人とのふれあいをさけて自活しようと思っていましたが、田舎への憧れではなくきちんと根をおろして生きていこうとする花の姿に、周囲の人達は花に協力的になり、打ち解けていきました。 幼い頃は姉の雪の方が野生的で、雨は引っ込み思案でしたが、学校に入ると、雪は友達との間で自分を見つめ直し、じょじょに女の子らしさを身につけていきました。 が、転校生の草平に「けもの臭い」と言われた雪は、彼にケガをさせてしまいます。 弟の雨は学校に馴染めず、山の主である「先生」の元で山の行き方を学んでいきます。 最終的に雪は人として生きていくことにして、全寮制の中学に入学、弟はおおかみとして自然に帰りました。 まあまとめるのは簡単なんだけど、これが2時間。 ぶっちゃけ1時間でもよかったんじゃなかろうか。 映画館を出た後、思わず「脚本誰だよ」とパンフを確認してしまったんだけど、で「細田は本作で初めて自ら脚本も手がける。 」と書いてあって、非常に納得。 『時をかける少女』と『サマーウォーズ』の脚本である奥寺佐渡子さんも関わってるけど、うん、(以下自粛)。 「俺、何の映画観に来たんだっけ?」と正直思ってしまった。 映像が綺麗で、それは楽しいんだけどね。 二人が産まれてからは雪と雨がかわいらしく、多少メリハリが出て来て楽しくなる。 「おおかみこども」という人であり、おおかみでもある子育ての苦労として、雪が乾燥剤を間違えて食べた時に、道を挟んで右側にある動物病院へ行くべきか左側にある小児科に行くべきか花が悩むなど、切実だがユーモラスも場面もある。 また、ネグレクトを疑われて児童相談所の視察が入りそうになるなど(その奥ではおおかみ姿の二人が寝ている)、痛ましくもスリリングな場面もある。 が、見せ場としての事件らしい事件は、おおかみおとこの死、雨の溺死危機、雪と草平のケンカ、最後の嵐くらいか。。。 三人の暮らす家の前の道が右は山、左は学校と別れていて、雪が左、雨が右へよく行く時点で、雪が「人間」になり雨が「おおかみ」としての生き方を選ぶのは映像としても示されてる。 また、家の中でも何かあれば駆け回ったり、蛇を捕まえたりとワイルドだった雪が女の子らしさを身につけていくのと対象に、絵本でおおかみが悪者として描かれるのに傷つくほど繊細な雨が、おおかみの姿になり山を駆け巡るようになる対比を見れば、「こりゃ二人の生き方が人とおおかみで別れるな」というのは誰でもわかる。 そもそも、それより前に豪雨の中でのおおかみおとこがおおかみの姿で死んでいるのは、「雨-男-死(別れ)」と、嵐の中での(弟の)雨の野生への帰還を暗示している。 そしてそのまんま。 話の振れ幅がないから、意外性のカケラもない。 三人が雪山を駆けるシーンなど映像のダイナミズムはあるのだが、シナリオのダイナミズムがない。 子育て「物語」ではなく、子育て「記」だ。 かといってドキュメンタリーのようなリアリズムの楽しさがあるわけでもない。 ドラマがないのだ。 カタルシスがない。 雪のシナリオは悪くないのだが、雨は自滅してるだけだ。 もともと引っ込み思案で、学校に馴染めない。 山に先生を見つける。 先生が死に、おおかみとしてに帰る。 直線で繋がっている。 おおかみとして生きるのか、人間として生きるのかの葛藤がない。 自分が行きやすい道を障害物を避けながら生きている。 花も最初だけ逆ナンするアクティブさを見せるが、あとは嫌なことから避けて生きやすい生き方を選んでいる。 韮崎とのエピソードも、韮崎を通じて結果的に他の住民とも仲良くなって行くが、いわばなりゆきに任せているだけだ。 意図的なのか偶然か、花と雨は似た生き方になっている。 それに較べて雪は花が作ってくれたワンピースの力を借りつつも自ら「女の子らしさ」を取得していくし、草平とのケンカ後ひきこもるも、 草平の助力もあり学校へと戻っていく。 最後には全寮制の中学校へ行くなど、小学六年生にして親から独立して生きていく気力が満々である。 雨はメンター的な先生の後を継ぐわけだが、空席ができたからそこへ行くわけで、先生が死ななかったら、彼は「逃げる」形で自然に帰ることになってしまう(この「逃げる」というのがすでに人間側からの視点でおおかみ側の視点ではないのだが)。 もしかしたら、雪と雨とわけてしまったのが失敗だったのかもしれない。 雪ひとりだけで、草平とのほのかな恋と、自分に流れる血の間での葛藤をもっと濃密に描いていれば、雪に感情移入しやすくなり、その上での雪の選択にカタルシスも得られただろう。 パンフレットを見ると花役の宮崎あおいが、「彼女(引用注:花)は自分がない人なんだろうね」と監督と話したというインタビューが載っている。 「それは悪い意味ではなくて、相手のすべてをそのまま受け入れられること」と思ったといってるが、まさにそれなのだ。 観客もそのまま受け入れて「ああそうなんだね」で終わって、心を突き動かされるものがない。 なんだろう、この空虚さは。 よく言えば王道、悪く言えばありきたりな話。 田舎礼賛ほのぼのケモナーアニメが、『おおかみこどもの雨と雪』だった。 他に気になった所 細かい部分を見ると、何度かおおかみおとこの免許証がアップになるシーンがあるのだが、おおかみおとこの生年月日が昭和54年で、免許の有効期限が平成21年だから、21世紀の話なのに、ケータイ、スマホどころかネットもテレビも出ない。 そりゃ貧乏暮らしだとしても、それはさすがにおかしいんじゃないだろか。 ラストの嵐のシーンで花は雪の電話の一本くらい入れろと思わなくもない(雨が行方不明になって動転した・思ったより探すハメになったというのはあるだろうが、少しは雪の心配もしなはれ)。 百歩譲ってケータイなどは電波が通じないし維持費が高いから持たないとしても、テレビかネット環境のどちらかはあってもいいだろう。 花が勉強するシーンで本だけに頼るのは不自然だ。 あと花は父親を亡くしてるだけなのに、母親がいっさい話に出てこないのもちょっと不自然。 孫の相談もできないとは、よっぽど仲が悪かったんだろうか。 畑仕事などをしてるのに、花の肌の色が変わらないのもどうかと。 書き分けが難しい だろうが、最後のシーンも花が女子高生みたいな若々しさで、13年後の姿には見えなかった。 とまあここまでグチっぽく書きましたが、それなりにうるっときたシーンはありましたよ。 嵐の中、おおかみおとこの死体がゴミ収集車に収容されるとか、もう酷いじゃないですか。 しかし国分寺あたり(おおかみおとこの免許参照)は雉なんか獲れるんの? どんなときでも笑顔をモットーにしている(居酒屋みたいだなぁ)花が、雨が死にかけて泣くシーンとか、雪が車の中で泣くシーンとか、嵐の中での雪の告白とか。 あのカーテンのはためきはいいですね。 三度目で人の形に戻るんだけど、あれが人として生きてく決意を表してるんでしょう。 あと実は『名探偵ホームズ』や『宇宙船サジタリウス』が大・大・大好きな隠れケモナーなので、二人のケモノシーンには結構満足しました。 シナリオはアレだけど、演技にはかなり入り込めた。 映像としてはダイナミックなシーンが多くて、特に水の描写が綺麗なので、映画館やできるだけ大画面で観た方が楽しめます。 最初は『時をかける少女』・『サマーウォーズ』人気で延びてるみたいだけど、最終的に興業としてはどうなるんでしょう。 作品の評価も、DVDなどの売上、テレビ放映時の視聴率も気になります。 ちょっとのっぺりした話だけど、無難にうるっと来る映画が観たい方にはいいと思います(とネタバレレビューで書くのもどうかと思うが)。 淡々としてるだけあって万人のマザコン心をくすぐるのには成功しそうな映画じゃないかと思いますけどね。 苦労を知らない人には退屈なのかな?まあちょっと花は人間味に欠けますが。 「彼」を2度失ってなお壊れないんですからね。 超人です。 監督は両親を幼くして亡くされたそうなので、彼の無意識にはユングの言う太母みたいなイメージが綺麗に残ってるのかもしれませんね。 それが意外とありそうで無かった!ドストライクな自分! あと音楽には突っ込まねばいけません。 高木さんのお仕事ですから当然良いわけですが、あれだけ浮世離れした活動をしていながら、ちゃんと戻って来て商業映画にも対応できるあたりは改めて尊敬。 彼の抜擢にも賛辞を禁じ得ません。 また技術面についてですが、細田さんは否定なさってるようですが、其処彼処にジブリリスペクトが見受けられますよね。 森の生き物はもののけそっくりだし、草平なんて現代版カンタじゃないですか。 宮崎駿がいなかったら今の彼の才能は無いと思ってるんですが、細田流・視点固定カット多用からの魅せたいときだけしっかり動くスタイルは、デジタルワールドを離れた今作で遂に真価を発揮しましたね。 本当の意味で天才だ~と思わされて正直悔しかったです。 「所詮デジモンでしょ」と思いつつ彼の作品を見続けて来た前科をもみ消したくなりました。 公式では育児アニメってな事をのたまってますが、実際に子供を育て上げた人からの共感を得るのは難しいでしょう。 超人ですから。 そう思って見るとダイナミズムは不必要かなとか、「彼」との生活はむしろもっと尺がないと悲劇性が際立たないかなとも感じられませんでしょうか。 長文失礼しました。 自分でブログやれやって話ですよね。 この映画にやられちゃった人間としては少し悔しかったのでつい。 かく言うわたしもマザコンでね キリッ• 早々のお返事、ありがとうございます。 そうですね。 現実的には辻褄の合わない部分が多い映画なので、あまりシビアに考えるのはお門違いなんでしょう。 この辻褄に合わなさを華麗にスルーすることにより、「おおかみこども」は私にとって、とても大切な作品となっています。 さて、寮の件ですが… 私が申し上げたいのは、「全寮制」では無い…ということだけなんです。 映画の中にも、「寮」という言葉は出てきましたが「全寮制」と出てきたのかどうか…? 私の記憶にはありません。 ですから「全寮制」の学校では無いけれど「寮」には入っているという解釈です。 「雪は寮に入った」というような言葉は、確かにありましたしね。 学区内にもかかわらず、家が遠すぎて、交通事情が悪すぎて通えない…そんな生徒だけがいるであろう「寮」。 とにかく、親元を離れての集団生活をしていることは間違いが無いわけですよね。 この映画についての感想をUPしている多くの皆さんが「全寮制」と解釈しているのがとても不思議なのです。 どうしてなんでしょうね?•

次の

ネタバレ『おおかみこどもの雨と雪』レビュー。

おおかみ こども の 雨 と 雪 ネタバレ

タイトル:おおかみこどもの雨と雪 監督:細田守 脚本:細田守、奥寺佐渡子 原作:細田守 製作:阿佐美弘恭、高田佳夫、齋藤佑佳、植木英則、井上伸一郎、弘中謙、平井文宏、藤本鈴子、市川南、岡田浩行 公開:2012年7月21日(日本) 声の出演:宮崎あおい、大沢たかお、黒木華(ナレーション兼任)、西井幸人、平岡拓真、上白石萌音、林原めぐみ、染谷将太、谷村美月、麻生久美子、菅原文太 など 前作『サマーウォーズ』から3年ぶりの作品となった本作は、これまでの細田作品を支え続けてきた脚本家の奥寺佐渡子、キャラクターデザインの貞本義行など主要スタッフが続投しています。 なお、本作より2011年に設立された製作会社「スタジオ地図」が細田作品の製作を一括して担っています。 『おおかみこどもの雨と雪』のキャスト 本作の主人公であるシングルマザーの役には後に同じ細田守作品である『バケモノの子』にも出演している宮崎あおい、主人公の恋人である訳アリの男役で大沢たかおが出演しています。 その他、主人公の娘役には後の細田作品『バケモノの子』『未来のミライ』にも出演している黒木華、息子役には俳優集団「D-BOYS」のメンバーでもある西井幸人、主人公の近所に住む老人役で本作が遺作となった名優・菅原文太が出演しています。 『おおかみこどもの雨と雪』のあらすじ・ネタバレ 花の出逢い 「おとぎ話だって笑われるかもしれません。 そんな不思議なこと、あるわけないって。 でも、これは確かに私の母の物語です。 学費は奨学金で、生活費はクリーニング屋などのアルバイトの掛け持ちで賄っていたごく普通の学生だった。 ある夏の日、花は大学の講義中に、白い長袖シャツの痩せっぽちの男(大沢たかお)を見かけたのだ。 男は教科書も持たず、ただひたすらノートに書き込む姿に花は他の学生とは異質なものを感じ取ったのである。 男が出席表を出さないことに気付いた花が指摘すると、男は「俺、ここの学生じゃない。 目障りならもう来ない」とだけ告げて立ち去った。 それでも、男が転んで泣き出した付近の子供をあやしているところを見かけた花は彼を追いかけ、一緒に講義の勉強をしようと持ち掛けたのだった。 男は運送業者で働きながら勉強をしており、やがて花と男の距離が縮まるのに時間はかからなかった。 男は花の名前の由来を聞くと、この名前は亡き父がつけたものであり、裏庭に自然に咲いたコスモスの花を見て「笑顔を絶やさないように」名付けたというのだ。 花はどんな苦しい時でも笑っていきていようと心に決めているのである。 男はいつか温かい家庭と家を持つことを夢見ており、花は自分が「おかえり」って言ってあげると言うのだった。 別れ際、男は自分の境遇について明かそうとしたが、結局また明日にすることにしたのだ。 しかし、男は結局何も語らぬまま冬を迎えたのである。 男の正体 雪は寒さに震えながら待ち合わせ場所で待っていると、男は遅れて現れたのだった。 満点の星空が見渡せる人気のない高台に花を連れて行った男は「もっと早く告げるべきだった」として、花に目を閉じているよう促したのだ。 すると、男の姿はみるみるうちにオオカミの姿に変貌していったのである。 「花、俺は何に見える?」 それでも花は「怖くない」と男を受け入れ、やがて二人は結ばれたのだった。 男の正体は100年前に絶滅したはずのニホンオオカミの末裔であり、オオカミと人間の混血である最後の存在だったのだ。 男の両親は一族が滅亡した経緯を語り、決して他言してはならないと告げて他界、男は正体を知らない親戚に引き取られて育てられ、運転免許を取ると東京で独り隠れるようにして生きてきたというのである。 雪と雨の誕生、男の死 花と男は花のアパートで同棲を始め、穏やかな日々を過ごしたのだった。 やがて花は男との子を身籠り、男は働きながら献身的に花の世話をしたのであった。 雪の降る日、花はアパートで助産師の助けを借りずに女の子の赤ん坊を出産した。 二人は人間の姿で生まれた赤ん坊に「雪」(大野百花)と名付け、どんな人生を歩むか思いを馳せたのである。 翌年の春、雨の日に花は第2子となる男の子を出産、「雨」(加部亜門)と名付けた。 ところが、雨が生まれた直後から、男は花たちの前から姿を消したのだった。 花は雪と雨を連れて必死で男の行方を捜したところ、男はオオカミの姿で、川の中で息絶えていたのだ。 男が死の間際に何を考えていたのかは分からぬまま。 産後間もない花のために栄養のあるものを食べさせたいがために狩りの本能を働かせたのか・・・。 男はゴミ袋に入れられ、花の静止もむなしくゴミ収集車に放り込まれていったのである。 花は大学を休学、バイトも辞め、男が遺した僅かな蓄えで子供たちの育児に奮闘し始めたのだ。 雪は活発で健康的に、逆に雨は内気で病弱に育ったのだが、やがて子供たちも父と同様にオオカミに変身する能力が目覚めつつあったのである。 誰にも相談できない花は独学で育児について学んでいった。 そんなある秋の日、花は雪と雨を連れて公園に散歩に出かけたが、通行人の犬に反応した雪はオオカミに変身してしまい、その日から花は一目を極度に避けるようになったのだ。 更には雨の夜泣きが止まなかったり、夜中に雪と雨がオオカミに変身して吠え出したりしたことから、近隣住民やアパートの大家から苦情が寄せられ、更には児童相談所までもが動き出す事態となってしまったのである。 人気のない原っぱで思う存分雪と雨を走らせた雨は、二人に人間かオオカミかどちらの人生を選ぶか問いかけ、どちらの選択肢でも大丈夫なように東京を捨てて引っ越す考えを伝えたのだった。 花一家の再出発 雪が5歳、雨が4歳になった頃。 花が移住先として選んだのは、小学校や病院からは車で片道30分、中学校からはバスと電車を乗り継いて片道2時間半という、本当に何もない山麓の田舎の村であった。 花は地元の不動産屋から打ち捨てられた廃屋の一軒家を紹介してもらった。 ここは大掛かりな修繕が必要なほど朽ち果てており、すぐそばには畑はあるものの山から動物が下りてきて農作物を荒らしてしまうため自給自足には向かないというものだった。 花は即決でこのオンボロ家に住むことを決め、雪は早速家の周りで大はしゃぎしたのだが、雨は小動物を怖がって怯えだす始末である。 納屋から工具を見つけた花は自力で家の掃除と修繕を始め、何とか住める程度に仕上げた。 花は柱に雪と雨の身長を刻み、人目を避けつつ自転車で買い物に出かけたが、そろそろ貯金も底を尽きそうになったので花は本格的に自給自足に乗り出すことにしたのだった。 花は移動式図書館で家庭菜園つくりの本を大量に借り、独学で農業について学ぶ一方、雪と雨に対しては絶対に人前では変身しないこと、決して山の動物たちに偉そうな態度をとらないことを約束させたのだ。 花は試行錯誤で作物を育て始めたが中々上手くいかず、村の住民たちは都会育ちの花がいつまで耐えられるかとバカにしていたのである。 そんなある日、雨が怪我をして帰宅してきた。 雪は雨が弱虫だから動物になめられるんだとバカにし、山に入ってはネズミやヘビ、鳥などを捕らえるようになっていった。 その一方で全く自然に馴染めない雨は、花に「オオカミってどうしていつも悪者なの? みんなに嫌われて最後に殺される、だったら僕、オオカミになるのは嫌だ」と本音をぶちまけたのだった。 花は雨に「お母さんはオオカミが好きよ。 みんなが嫌っても、私はオオカミの味方だから」と優しく諭したのだ。 村人との絆 相変わらず農作が上手くいかなかった花だったが、近所の老人・韮崎(菅原文太)やその娘(片岡富枝)ら地元住民の助けを借りて少しずつ収穫を得るようになっていったのである。 近隣住民は花の畑だけが野生動物の被害がないことに驚きながらも、素直に花からのおすそ分けを喜んでくれたのだった。 貯金が底を尽きそうになった花は近所の若い母親たちの助言により雪と雨を保育園に預けて仕事を探そうかとも考えたが、雪はかたくなに保育園行きを拒み、人前でも堂々とオオカミに変身しては花を困らせたのだ。 花は男の遺影代わりの免許証に、その日あったことを報告していたのである。 人目を避けるために田舎に移り住んだ花だったが、いつしか村の人々との絆が生まれつつあったのだった。 やがて村に入ってから初めての冬が訪れ、花と雪と雨は雪の積もった山林を駆け回った。 この頃にはあれだけ山を嫌がっていた雨もオオカミに変身して思う存分楽しんだのであった。 雨は川辺で野鳥を捕まえたが、足を滑らせて川に転落してしまった。 何とか雪に助けられて一命を取り留めた雨は、駆け付けた花にもう何も怖くない、何でもできるような気がしてきたと語ったのである。 その日以来、雨は変わっていったのだった。 雪の小学校生活 春が訪れ、雪は決して人前ではオオカミに変身しないことを条件に地元の小学校に通わせてもらえることになった。 花は雪に、オオカミにならないように「おみやげ三つ、たこ三つ」というおまじないを教えたのだ。 雪は花や雨と共にバスに乗って入学式に出席したのだが、初めて沢山の人々と触れる雪は果たしてうまくやっていけるかどうか不安になったのである。 しかし、雪はすぐ学校生活に慣れ、運動神経の良さから初めての友達もできたのだった。 一方、花は雨を連れて役場で職を探していたところ、雨は求人欄の自然観察員アシスタント募集のポスターのオオカミの写真に興味を示したのだ。 花は安い給料であることを承知で観察員の面接を受け、ポスターに載っていたオオカミが入れられている檻に案内されたのである。 花はオオカミに雨の正体を明かし、教えてほしいことがあると頼んだが、スタッフがいうにはこのオオカミはモスクワの動物園育ちであって野生育ちではなく、ある資産家に飼育されていたが亡くなったためセンターに引き取られたということだった。 花は雨同伴で観察員に採用された一方、野原で遊んでいた雪はヘビを素手で掴んで同級生たちを驚かせ、小動物の骨や爬虫類のミ干物などを集めては同級生たちに嫌がられてしまったのだ。 クラスで孤立してしまった雪は、その日以来本性を封じて人間の女の子らしく生きていこうと決意したのである。 雪から相談を受けた花は可愛らしいワンピースを手作りし、雪は再び同級生たちと打ち解けあうことができたのだった。 翌年、雨も小学校に入学したのだが、雨は雪とは対照的に授業に全く身が入らず、いじめにも遭ったことから次第に不登校になっていったのだ。 転校生 月日は流れ、雪(黒木華)は小学4年生となり、雨(西井幸人)は学校に行かず花の仕事に帯同するようになっていた。 花は古いスズキ・ジムニーを買い、一生懸命に仕事をこなす一方で、雨は檻のオオカミに話しかけ、近辺の自然に興味を持ち始めていったのである。 そんなある日、雪のクラスに藤井草平(平岡拓真)という転校生がやってきた。 草平は雪の後ろの席に座るなり、いきなり「なあお前、犬飼ってるのか? なんか獣臭いなあ」と言い出したのだった。 雪は洗面所で必死に手を洗い、クラスに戻ってみると草平は雪の仲良したちと打ち解けてトランプで遊んでいたのだ。 雪は草平を避けるようになったが、草平は執拗に雪に付きまとうようになり、しまいには高圧的に「正直に言えよ! 俺が転校生だから気に入らないのかよ」と迫ってきたのである。 雪は草平に追いかけられ、咄嗟に半分オオカミの姿になって草平に怪我を負わせたのだった。 花は学校に呼び出され、雪に事情を説明するよう求めたが、雪はうつむいたまま何も語ろうとはしなかった。 花は仕方なく草平とその母(林原めぐみ)に謝罪したが、ブランド服に身を固めた草平の母は嫌味たらしく花に家を売って借金してでも償えと迫ったのだ。 草平は「オオカミがやったんだ」と語り、何とかその場を収めたのだが、雪は車の中で「おまじない、効かなかった。 もうあの家に住めなくなる。 ごめんなさい」と号泣したのである。 花はそんな雪を優しく抱きしめたのだった。 その日以来、雪は学校に行かなくなり、すっかり引き籠りの生活を送るようになっていた。 草平はバスで度々雪の家を訪れ、こっそりお便りやくすねてきた給食のパンなどを置いては足早に去っていったのだ。 花は草平を家に招き、ジュースとお菓子をごちそうしたのである。 草平は「雪が学校に来なくなるの嫌だし」と真意を語り、あの時の怪我は一瞬だけオオカミが現れたのだとして雪は何も悪くないと話したのである。 草平は「オオカミは別に嫌いじゃない」と語り、雪に耳についた傷跡を「かっこいいだろ」と自慢すると、雪を一緒に学校に連れていったのだった。 雨と「先生」 雨は学校には行かず、「先生」に会いに行くと言って一人で山に向かうことが多くなった。 花は村人たちに「先生」のことを尋ねてみても、誰一人知る者はいなかったのだ。 雨は「先生は何でも知ってるんだ、山のことなら何でも」と語り、今度お礼がしたいという花に「先生は人間とは会わないよ。 イノシシや熊みたいに里には下りないんだ」といいながらも花だけには紹介したいと言い出したのである。 花は雨に連れられて山の中に入ると、そこには年老いた1匹のキツネがいた。 このキツネこそが「先生」であり。 この山を統べる主だった。 「先生」は花がくれた桃とパンのうち桃だけを食い、オオカミに変身した雨を連れて山に入っていった。 「先生」は雨に野ウサギなど獲物の捕らえ方を教え、人間が立ち入ることのできない雄大な自然に心を奪われたのだ。 それぞれの生き方 ある夜、雨は雪に、一緒に「先生」にオオカミとしての生き方を教えてもらおうよと誘ったのだが、勉強中の雪は「行くわけないでしょ。 何で学校に来ないの?」と言うと自分はもう二度とオオカミにはならず人間として生きていく考えを伝えたのである。 花が風呂の支度をしている間に、雪と雨はそれぞれオオカミに変身して取っ組み合いのケンカとなり、花の静止にも関わらず部屋中を滅茶苦茶に荒らし回ってしまったのだった。 花の言葉にようやく我に返った雨だったが、その目は野生の赤に染まっていたのであった。 雪は風呂の中で泣き続け、花は免許証の男の写真に「雪も雨も自分の道を歩き始めている。 望んでいたことのはずなのに、どうしてこんなに不安なんだろう」と問いかけたのである。 大雨の日 雪の小学校最後の夏は記録的な豪雨が何度も続いていた。 雨は「先生」や森の動植物を心配して度々山に入るようになっていったのだ。 ある日、家に戻った雨は心配する花に、「先生」は足を悪くして動けなくなり、もうじき寿命を迎えることを伝え、「先生」のしてきたことは誰かが引き継がなければならないと告げたのである。 雨の様子にただならぬものを感じ取った花は、今後二度と山に行かないよう厳命したのだった。 翌朝、ラジオでは日中は晴れるが夕方から夜にかけて大雨が降るとの天気予報が流れていた。 学校に行こうとする雪に、雨は「今日は母さんと一緒にいなよ」と引き留めたが、雪は「あんたがいてあげなさいよ」と告げると元気よく登校していったのだった。 やがて予報通りに一帯を豪雨が降り始め、学校は午前で授業を打ち切ることになった。 児童たちは保護者が迎えに来るまで体育館で待機することになったのだ。 学校から連絡を受けた花は雨を連れて迎えに行こうとしたが、雨は「行かなきゃ」と言い残して家から姿を消してしまったのである。 花は雨を追って強風の中を追いかけていったのだった。 学校には続々と保護者たちが迎えに来たが、結局は雪と草平だけが取り残されてしまったのだ。 二人はひとまず学校で夜を明かすことにし、雪は「早く大人になりたい」とこぼしたのである。 雪の正体 花は疲労困憊をおして山の中を探し回ったが、雨の姿はどこにも見当たらなかった。 花は足を滑らせて崖下に転落、全身を強く打って動けなくなってしまったのだった。 夜になり、教室に身を潜めた草平は雪に「(親は迎えに)来ないよ。 俺の母ちゃん結婚したんだ。 お腹には赤ちゃんがいる。 生まれたら俺はもう要らないんだってさ」と打ち明け、このまま家に戻らずボクサーになると伝えたのだ。 草平の夢を聞いた雪は「私も草ちゃんのように、本当のことを話しても笑っていられるようになりたい」と告げ、自分の正体は草平に怪我を負わせたオオカミであることを明かしたのである。 草平は雪の正体は最初から知っていたこと、誰にも話していないことを伝え、そしてこれからも絶対に誰にも明かさないと約束したのだった。 草平は涙を流す雪に「もう泣くな」と諭し、雪は「ありがとう」と笑顔を見せたのであった。 今生の別れ 意識を失った花の元に1匹のオオカミが現れた。 花は夢の中で必死に雨の名を呼び続けていた。 そこに現れたのは10年以上前に死んだ、花がかつて愛した男だった。 男は「今まで苦労をかけたね。 すまなかった」と花を優しく抱きしめ、女手一つで子供二人を育てた花を労ったのだ。 男は「雨なら大丈夫だよ。 もう大人だよ。 雨は自分の世界を見つけたんだ」と告げたのである。 気が付くと、花は雨に背負われて麓の駐車場に運ばれたのだった。 夜が明け、雨も上がり、意識を戻した花はオオカミとなった雨に「行ってしまうの? 私はあなたにまだ何もしてあげられていないのに・・・」と語りかけたが、雨は何も語らず山へと駆け上がっていったのだ。 泣き崩れた花だったが、山の頂へと昇った雨は朝日を背に受けて力強く雄叫びを上げ、その姿に勇気づけられた花は「元気で・・・しっかり生きて!」と声をかけたのである。 その日以来、雨は二度と花と雪の前に姿を現すことはなかった。 雪の巣立ち 翌年、中学校に進学した雪は寮に入るために家を去った。 花は雪と雨と過ごした激動の12年を、まるでおとぎ話のように一瞬だったと満足げに振り返ったのだった。 花は今でもこの家で一人暮らしを送っている。 男の免許証に大好物だった焼き鳥を供えた花は、心地よいそよ風に乗って届いた雨の遠吠えに耳をすましていたのである。 『おおかみこどもの雨と雪』の感想とまとめ 前作『サマーウォーズ』で家族の絆を描いた細田守監督は、本作でも引き続き家族の絆をテーマに半人半獣の「狼人間」の要素を取り入れることで全く新しい家族像を描き上げました。 細田監督は題材にオオカミを選んだ理由について、「オオカミは家族的な生き物であり、リーダーが群れを統率し、全体のことを考えながら生きている」とインタビューで明かしています。 現実社会の日本では既にニホンオオカミは絶滅してしまっており、本作は失われたオオカミの孤独とその血を受け継ぐ者についても言及されています。 本作では、オオカミへの変身能力を持つ二人の子供、姉の雪は人間と向き合うことでオオカミではなく「人間」として生きていく決意をし、弟の雨は自然と触れ合うことで人間としてではなく「オオカミ」として生きていく選択をしました。 これは、作中のキャラクターのみならず現実社会の誰もがいずれは経験する道であり、自分自身で選んだ道はたとえ親でも踏み入ることのできない自己責任の世界(もちろん、愛した男の正体を知りつつも受け入れた主人公・花の選択にも通じるところがあります)でしょう。 前作『サマーウォーズ』は細田監督の夫人の実家がある長野県上田市が舞台となりましたが、本作は細田監督自身の生まれ故郷である富山県中新川郡上市町を物語の舞台のモデルとしています。 劇中で花たち一家が暮らした一軒家は上市町浅生に現存する築130年の古民家をモデルとしています。 現在、この古民家は個人の所有物ではありますが、所有者と有志・サポーターの好意により「おおかみこどもの花の家」として一般公開されており、映画の世界観を体感することができます。 ちなみに劇中の序盤で花が乗っていた自転車は「おおかみ1号」、途中で登場した花の愛車であるスズキ・ジムニー(二代目)は「おおかみ2号」と呼ぶのだそうです。 劇中で雪が草平たちと通っていた小学校のモデルは滑川市立田中小学校(富山県滑川市)の旧校舎がモデルとなっており、映画公開から2年後の2014年に新校舎に建て替えられた後も旧校舎の一部が保存されています。 また、花が通っていた大学は東京都国立市の一橋大学、花と男が待ち合わせをしていた喫茶店は一橋大学近くの「COFFEE 白十字 CAKE」、花が自然観察員アシスタントの職に就いた「新川自然観察の森」は神奈川県横浜市にある「横浜自然観察の森」と茨城県の「牛久自然観察の森」をミックスしたものがモデルとなっています。

次の