学校再開 なぜ。 「こんなに学校行きたいなんて」 授業再開、備え厳重 [新型コロナウイルス]:朝日新聞デジタル

学校再開!なのに、子供が「行きたくない」と言い出したら?

学校再開 なぜ

3月から臨時休校が続いていた学校が再開し始めた。 子どもたちが自宅外で学びの機会を再び得られることに胸をなで下ろす一方、登校によって苦痛を強いられる生徒の存在が脳裏に浮かぶ。 福岡県の公立中1年のA君は「制服を着たくない」と悩み続けている。 なぜ着たくないのか。 A君は全員が同じ服を着用することで個性が軽視され、大人たちが納得する「中学生らしさ」が押しつけられているように感じるという。 中学の入学説明会では、制服姿の在校生の言動がまるで何かの「台本」通りのように感じられた。 A君は小学校の慣習にも疑問を抱いてきた。 学級全員が給食を食べ終わるまで待たないと昼休みに入れない。 卒業式の練習が寒い体育館であってもコートの着用は認められない。 いずれも、保護者を通じて学校に不満を伝え、改善されたという。 制服(標準服)は、多くの公立中で着用が求められている。 最近、Qなど性的少数者に配慮し、複数のデザインから選べるようにした自治体もある。 そもそも、なぜ制服が必要なのか。 A君の通う中学と管轄するに聞いた。 私服での登校を禁じるほどの効力は校則にないとの解釈だが、校長は「良さが認められているから普及している」と説明する。 では世の中の認識はどうか。 着る服に悩まなくてよい、公私のけじめがつくといった点に加え「私服よりも経済的で、服装による格差を生まない」という主張が目立った。 文部科学省の子どもの学習費調査(2018年度)によると、公立中の1年生は制服の購入費が平均約4万8千円だった。 その後の買い替え分も含め、中学3年間の総額は1年当たり平均約1万9千円という。 一概に安いとも高いとも言いづらい。 制服は帰属意識を強くし、規律を守る意識が働くという考え方もあった。 校則を緩めると学校が荒れ、学習どころではないという教師の懸念もあるだろうが、A君は、そんな考え方に疑問や「息苦しさ」を感じる。 制服姿が苦痛という子どもがいる以上、学校は解決の手だてを講じるべきだ。 全国には、本当に必要かどうかを検討した結果、服装を自由にした公立中もある。 制服を着るのが当然という見方は根強いが、そうした学校の在り方を見直そうとする議論は目立ってきた。 A君の思いは単なる異論ではない。 なぜ中学生が制服を着るのか。 「当然」を問い直す機会と考えたい。 (社会部).

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静岡市など16日から学校再開「生活リズムを正す」

学校再開 なぜ

新型コロナウイルスの感染拡大に伴う緊急事態宣言が解除された首都圏など各地の学校で1日、約3カ月ぶりに授業が再開された。 校舎に子どもたちの元気な姿が戻った一方で、教員らは感染予防に細心の注意を払いながら、学習の遅れを取り戻し、心のケアも求められる。 緊張感に包まれた学校再開となった。 「おはようございます」 1日午前8時すぎ、東京都豊島区の駒込小学校では1、3、5年生を半分に分けた「Aグループ」が登校した。 児童らは小雨が降る中、校庭のテントの中で検温の結果などが書かれた「健康観察カード」を教員らに手渡し、教室の前で手を消毒すると、新学期初めての教室へ足を踏み入れた。 1年生の野村櫂海(たくみ)君(6)は「昨日はドキドキした。 足し算や引き算の授業が楽しみ」と明るい声。 5年生の毛塚梨櫻(りお)さん(11)は「ずっと家にいたので、友達に会えてうれしい」と目尻を下げた。 「3密」を避け、クラスを2分割して1教室20人以下を徹底させる。 3年生の教室では、間隔を空けて座席に着くと、教員が「手洗いの後は必ずハンカチで拭きましょう」と呼びかけた。 この日は、30分授業を2コマ受けて、下校する。 区教育委員会によると、今後2週間は給食がなく、段階的に学校生活に慣れていくよう、授業時間を設定するという。 花火を打ち上げ 北海道七飯町の町立大沼岳陽学校でも、午前8時前、スクールバスから小学1~4年生が元気に降りてきた。 入り口でアルコール消毒液を手につけてから、廊下に2メートル間隔で並べられた目印に沿って距離を保ちながら教室に入った。 函館市の北隣にあり、農業や酪農が盛んな地域だ。 この春、四つの小中学校が統合して9年制の義務教育学校として開校したが、北海道で再び感染者が増え、2週間ほどで休校になっていた。 町では学校再開を前に31日夜、子どもたちを勇気づけようと、花火が打ち上げられた。 小学3年の教室では、児童10….

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【学校再開】絶対に気をつけたい2つのこと!!|🌍冒険者🌍~実は予備校講師~|note

学校再開 なぜ

前回と前々回の記事では、独自調査のデータなども紹介しながら、公立小中学校について、 5~6割の保護者が休校中の学校の対応に不満で、不信感を高めていることを確認した。 わたしの調査では、もともと不満があった人がより回答しやすい(不満のない人はスルーしている)という可能性もあるから、 話が「仮に」半分だったとしても、2~3割の保護者の信頼感が落ちているとすれば、由々しき事態だ。 自由記入を読むと深刻なことが一層よくわかる。 「もう学校、先生には期待していない」、「塾(または通信講座)を頼ります」、そんな声も寄せられている。 次の意見もあった。 学校から出た課題の質はとても低く、ただの作業になるだけのものばかりで、家庭学習に対して意欲的に取り組んでいた子どもたちが消極的になり、この質の悪い課題を終わらせるまで子どもたちの学習能力の向上が止まってしまうことがとても残念。 公立の教員の質の低さを改めて感じ、私学に転校させることを検討中。 (公立小5~6年生の母親) 誤解しないでいただきたいのは、あくまでもこうした声は一部であり、過半数などではない。 だが、程度の差はあれ、こうした不満、不信が氷山の一角である可能性もある。 どうして、こんなことになったのか。 以下は、今回の調査で検証されているわけではない、仮説ベースの話にはなるが、3つの問題点について指摘して、対応策を考えたい。 今からでも、やれることはある。 保護者の不信が高まっているとすれば、その理由のひとつは、 コミュニケーションが少なくて、保護者からすれば、学校側、教員側の思いや努力があまりにも、わかりづらいからだ。 休校なので、子どもを通じて先生たちの様子を知ることもできない。 それで、たまに連絡があったかと思ったら、大量のプリントが送りつけられてきて、あるいは「ホームページからダウンロードしてください」と来て(プリンターのない家庭への配慮は?)、「学校再開後にテストをします」などという文章があり、あとは音沙汰なし。 こういうケースもある。 (すべての学校がそうではないが。 前々回の記事での調査結果も参照いただきたい。 ) 先行研究(もちろんコロナ禍での話ではない)でも、保護者の学校信頼は、教員と保護者との間のコミュニケーション満足度によって影響を受け、 コミュニケーション満足度は、コミュニケーション頻度と比較的強い相関を有していることが示されている(文章末、参考文献の露口2012など)。 今回の新型コロナの影響で、むき出しになったのは、あまりにも、学校と保護者、子どもをつなぐ連絡共有手段が細くて、貧しい、ということだ。 多くの公立学校などでは、一斉配信メールと電話と学校ウェブページくらいだった。 担任の先生もメールアドレスすらもっていないケースも多い(学校の代表メールでやりとりできなくはないとはいえ、不便だろう)。 (写真素材:photoAC) 学校のネット回線の容量、環境も悪くて、YouTubeすら見られない学校もまだまだ多くあるようだ。 自治体のセキュティポリシーなどでZoom、Teamsなど多くのネットサービス、クラウドサービスを禁止しているところもある。 こうした地域では、「Web会議で子どもたちとつながろう」、「オンラインで双方向性のある授業をやりましょう」などと言っても、できない学校が多いのだ。 だから、 学校や教員だけ批判するのは、間違っている。 かなり多くが、教育委員会の予算措置やセキュティ設定のせいのところもあるためだ。 この問題は、わたしも1ヶ月前から申し上げているが、まだまだ改善されていないところも多いようだ。 記事: とはいえ、学校、教員側にも反省点は多々あると思う。 Web会議やネットがたとえ使えなくても、できることはあるからだ。 たとえば、 宿題を指示するお便りのなかで、その宿題の意味や意義は、どのくらい書いているだろうか? 向山洋一さんの『授業の腕をあげる法則』(明治図書出版 )というベストセラー本がある。 1980年代から売れ続けている驚異の本で、年配の先生のなかには、若い頃に読んだという方も多いと思う。 (向山さんが推進していた教育技術法則化運動の是非をここでは論じないし、わたしは特段どちら側にも与していない。 )この本で最初に書いていることはなんだか、ご存じだろうか。 「 趣意説明の原則」である。 授業中は、指示の意味、趣旨をしっかり説明しないといけない、という話だ。 たとえば、ゴミを拾いなさいと言うのではなく、「教室をきれいにしたいから、ゴミを拾おう」と呼びかける。 この話は授業中にだけ応用できる話ではない。 家庭学習という、教師の影響が及びにくいところであればなおさら、先生たちは、その宿題の意味や意義を深く考察して、必要な課題に絞り、説明をしていく必要があるのではないだろうか。 それが、学習への動機付けにもなる。 日ごろ、「文科省や教育委員会からワケのわからん指示や仕事が来て、頭に来る!」と愚痴っている先生が、自分が出す宿題については、「しっかりやっておくように」としか言っていないとすれば、どういうことか? また、宿題をわたしたきりではなく、やった状況を郵送、あるいは学校の下駄箱入れなどに持ってきてもらって、ちょっとしたコメントを書いて、返している学校もある。 3月、4月、5月と、この2ヶ月半の間で、一往復でも二往復でも、学校と子どもたちがもっとつながっていれば、おそらく、約半数の保護者の信頼が下がったという結果にはなっていない、と思う。 怒っている保護者もいるのは、学校側が、働いている保護者等にとっては、「むちゃぶり」とも思える宿題の出し方をしているケースもあるからだ。 家庭学習に向けて細かく時間割を指定している例などがそのひとつだろう。 わたしの調査によると、公立小の場合、約3割の保護者が毎日の時間割が配布されることがあった、と回答している。 (次の図)。 図は割愛するが公立中は14%、国立・私立の小中は39%(オンライン授業があるためかもしれない)。 たとえば、「朝9:00~9:45は国語のここの音読をやって、おうちに人に聞いてもらいましょう」となっていても、その時間、仕事や下の子の育児などをしている保護者も多い。 出所)妹尾昌俊「休校中の家庭学習について、保護者向けアンケート調査」 おそらくだが、学校としても、時間割は例示であり、「この通りに絶対やれ」というつもりはないのだろう。 だが、説明不足なので、真面目な保護者ほど、プレッシャーに感じるだろうし、「 なんで学校はわたしの大変さをわかってくれていなんだ」と不信感を募らせることになる。 休校中なのに「ランドセルに必要なものは入れましょう」、「トイレや水飲みは休憩時間(時間割で指定されている)に行きましょう」などという心得が配れているケースまであるという。 ここまで管理主義的な例はごく稀かもしれないが、家庭空間なのに、学校が遠慮なく踏み込んでくる印象を受けている保護者もいるかもしれない。 そのわりには、あれやれ、これやればかりで、フォローはない。 だから不信が高まるのだろう。 次のデータは、4月または5月における学校からの宿題のおおよその量についてだ。 子どものペースで1日どのくらいの時間がかかる分量かを聞いた(土日は除く)。 出所)妹尾昌俊「休校中の家庭学習について、保護者向けアンケート調査」 保護者の見立てなので、どこまで正確な数字かは不確かな部分はあろう。 だが、4月と5月で比べると、 公立小学校では、どの学年層も、5月のほうが分量が増えている傾向が強い。 今月中休校が続く学校では、また増えそうという声も聞く。 おそらく、これが保護者ならびに子どもたちのストレスと、学校への不満を高めている可能性がある。 小学生なら、自学自習だけではしんどい子も多い。 机に向かってというだけでも一苦労だ。 そんななか、前回の記事で書いたとおり、保護者はできることをかなりしている。 それで、学校、あるいは教育委員会としては、「勉強の遅れが心配」という保護者の声もあるし、よかれと思って、宿題を多めに出したのかもしれないが、受け取った保護者から見れば、「もっと保護者が面倒見てあげてくださいね」と映るわけだ。 「わたしだって忙しいのに、あるいは、親が先生の代わりはなかなか務まらないのに、もっとやれと言うの?」という感触になるのである。 (写真素材:photo AC) 「家庭学習を保護者に丸投げじゃないか」という保護者の声が多いのは、こうした理由がある、とわたしは見ている。 3番目の問題は、宿題の質についてだ。 自由記入欄から保護者の声を拾おう。 休校中に出された学校からの課題は、 当然といえば当然なのですが 同じ学年一律の内容なので、我が家の子供のレベルとはズレがあります。 子供としてはなぜ自分のレベルとかけ離れた課題を、しかもしつこいくらいの反復学習として、毎日1時間以上かけてせねばならないのか納得していません。 親としては、とりあえず義務としてササッとやるべきと子供に諭しますが、子供としては学校からの課題について意味のないことと捉えてしまっているので、親の言葉は全て拒否します。 結果的に、学校からの課題が原因で毎日親子喧嘩ばかりしています。 さらに学校からの課題丸投げの姿勢に対し、子供は学校や先生へ不信感を募らせ、更には嫌悪感を持ち始めています。 親子関係の悪化、学校への不信感アップ、我が家にはマイナスしかありません。 が、非常に効率が悪く、楽しくもない課題で、子どもも嫌々だし、かといって実行するメリットを語ってあげることもできず、苦慮しました。 課題の目的は「毎日2. 3時間卓に向かっている体力をつける」「理解することでなく教科書を丸ごと写すこと」と時間割に書いてあり、意味がわかりませんでした。 (公立小学校5~6年生の母親) 1年生なので、はじめは学校の勉強楽しみ!宿題頑張る!と意欲的だったが、 ひらがなのプリントが50枚あり毎日3枚はしないと終わらない計算だったので、必ず3枚終わらすよう声かけをするが、まだ書く事に慣れていないので次第にその量に子どもは負担を感じていた。 でも、サボると後が大変なので親として宿題を終わらすように言うしかなくそれも子どもの負担になっていると感じた。 学校で友達や先生と楽しく習う勉強と違って、親は楽しく教える事が難しいので、 勉強の楽しさを感じる前に宿題のしんどさから経験してしまって、勉強嫌いにならなければいいなと思った。 (公立小学校1~2年生の母親) こういう例ばかりではないかもしれないが、学習効果が薄い、あるいは子どもたちにとっては学習意欲がそがれる宿題が出ているとすれば、それは保護者の信頼を下げるし、何より子どもたちのためになっていない。 なにも、この問題は、今般の新型コロナの影響で新たに発生した問題ではない。 千代田区立麹町中学校で宿題を全廃したことが昨年大きな話題になったことを思い出そう。 もともと、さまざまな習熟度や個性のある子たちなのに、同じ学年・学級だからといって一律の宿題で本当によいのかどうかは、コロナ前から問われてきた課題だった。 今回、休校が2ヶ月、3ヶ月と長引くなかで、余計、宿題の質で問題のある例や、その子に応じた学習になっていない部分が目に付きやすくなってきたわけだ。 もっと言えば、 学習者主体、学習者本位の教育になっていないことが、より明るみに出てきた、と思う(コロナ前からのこの問題については、参考文献の拙著でも解説している)。 たとえば、宿題をドバッとわたす前に、あるいは細かい時間割表を作る時間があるならば、 先生たちは、子ども(または小学生らの場合は保護者を交えて)面談ができればよかった、と思う。 で、この教科はちょと苦手だったから、このドリルはやっておいたほうがいいんじゃないかな」などとアドバイスがあれば、子どもの学習意欲もちがってきただろうし、保護者の信頼も高まったことだろう。 ソーシャル・ディスタンスは確保したうえで、短時間の面談だけでも今からでも考えた方がよいと思うし、Web会議でできるところはそうしたほうがよいと思う。 子どもや学校の状況によるので、一概に言える話ではないと思うが、プリント学習主体で新しい教科書を先に進めようとばかりするよりは、そっちほうが有益ではないだろうか。 わたしのこうした見立てが正しいとは限らない、と思っている。 個々の学校の実情や子どもたちによって変わってくると思う。 だが、いや、だからこそ、先生たちには、考える時間を大切にしてほしい。 宿題を出すなら、 どんな内容の宿題が子どもたちの好奇心を高めるだろうか、その子に応じた学習になるにはどんな工夫や働きかけができるだろうか、などということに、もっとアタマを使ってほしい、と思う。 「いや、わたしは、うちの学校はちゃんとやっているよ」という例があれば、どんどんシェアしてほしい。 わたしはずっと、学校の働き方改革や教職員の人材育成を推進する仕事をしてきたし、今後もそのつもりだ。 宿題を出すことで、先生たちが疲れ果てたり、貴重な時間を使い切ったりすることをオススメしたいわけでは、全くないし、手作りのオリジナル教材にこだわれなどと言いたいわけでも全くない。 また、休校中で、やりたくても、さまざまな制約もあることだろう。 だが、授業も給食指導もないのだし、考える時間や校内(あるいは自治体のなかで)話し合う時間は、ある程度は生み出せると思う。 釈迦に説法だが、宿題を出すことが目的化してはいけない。 「宿題ひとつとってもよく練られているな」とか「自由度があって、子どものことをよく考えてくださっている」と保護者が思えるものになれば、保護者の信頼や協力は違ってくるだろうと思う。 そして、何より子どもたちの主体的な学びも進みやすくなる。 今回の一連の記事は、教師バッシングのために書いたのではない。 振り返りにしてほしくて、書いたものだし、学校再開後も問題となりうることを多く含んでいる、と考えている。

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